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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第四章〜飛翔する若鳥〜
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第九十六話ー不死鳥カイル

 




 処刑台の壇上、鎖に繋がれたユナと、処刑人が二人。彼らの持つ巨大な斧は交差され、ユナの眼前に置かれている。重厚で、鈍い輝きを放つその斧は処刑の時を今か今かと待っているようだ。


 壇上にハクシャクとジャンヌが登っていく。ジャンヌは漆黒のドレスを纏い、魔具である扇を口元に添えてユナの背後に、ハクシャクは黒を基調とした礼装を纏い、ユナの前に立つ。乾いた風が吹き、静寂を運んでくる。嵐の前の静けさ……そう思わせる少し張り詰めた空気の中、ハクシャクは拡音機のスイッチを入れた。



『光栄に思うがいい、貴様らは下等な身でありながら、この私の寛大な心ゆえに処刑に参列することを許されたのだ』



 処刑場の壇上で数万人の見物人たちを前にして、ハクシャクは初めの言葉を紡ぐ。色白で病人のような肌色、血のように赤い瞳。鋭く尖った犬歯に、背中からは蝙蝠の翼。


 聞くものの不快感、悪寒、その類の悪感情をそこはかとなく掻き立てる気持ちの悪い声。

人間のものではないと思わせる異質の声。

その声を拡声機に乗せて、響かせる。


 暗雲の立ち込める陰鬱な天気の中、とうとう訪れた処刑の日……………………カイルはまだ、現れていない。


 ユナは処刑台の壇上で頭を垂れていた。

すでにその姿は半死半生……身体には鞭によって刻まれた傷が生々しく残り、血と塩水でユナの髪は固まって……生気の感じられないその姿は幽霊のようだ。


 八年間、逃げ延びてきた意味をハクシャクにへし折られ、彼女は生きる気力を失ってしまっている。

何もかもを……諦めてしまっている。



『この下等で、穢れた、混血の半吸血鬼(ダンピール)は、吸血鬼族(ヴァンパイア)の王である私に歯向かった……。八年間、前国王の娘であるルミナス姫を誘拐し、国宝である王剣ダーインスレイヴを盗み出した!


 その罪は、命をもって贖うことになる……!』



 大衆は、その言葉を黙って聞いていた。

誰も彼も、真っ黒(・・・)な目をして。

一片の光も介さない漆黒。全てを塗りつぶす闇の色だ。


 それは……ジャンヌの部下と同じ瞳。生気のない無機質な瞳。ジャンヌの闇の【能力】は【魂】を司る。


 その名称からも想像できるように、ジャンヌは死者を操ることができるのだ。

生前の力、意思、人格はそのままに、己の意のままに動く生きた手駒を作り出すことができる。


 言い換えれば、ジャンヌは死者ならば自由に操ることができるが……生者を自由に操ることはできない。


 ここまで言えば推測はつくだろうが……大衆の瞳が黒く染まった理由。

それは彼らが全員殺され、ジャンヌの支配下に置かれたからだ。


 

「最期に私に言わねばならんことはないか、半吸血鬼(ダンピール)

王剣ダーインスレイヴの居場所や、ルミナス姫の居場所……もしそれらを教えれば……命だけは助けてやろう」



 ユナに話しかけるハクシャク。殺したのは、この男。

この男が……大衆たちを皆殺しにしたのだ。


 王の空間(エヒドヴァラーズ)


 魔力の乏しい者たちの空気を奪うハクシャクの技。

(ハクシャク)の前に立つ者を振るいにかける……力無き者を強制的に淘汰する凶悪な技だ。


 それを、ハクシャクは放った。


 参列者たちを皆殺しにし、その中に潜んでいるであろうルミナスを見つけ出すために。

結果は、空振りに終わった。


 参列していたのは本当に一般人のみで、ルミナスやそれに類する関係者はいなかったのだ。

それはジャンヌの魔法で大衆を生き返らせ、確認をとったので間違いはない。


 その確認の為だけに、ハクシャクは……帝国は数万の命を奪って見せた。軽々と、何の感慨もなく、あっさりと。これが、帝国という国だ。


 種族選別、闇集め……ヴェンティアの街の生贄騒動、カラクムルの街の不正……。

帝国は、国民にとってまさしく暴君である。

何をしでかすか分からず、そしてそれに逆らうことができない。

圧倒的な武力差。逆らえば、死ぬ。

こんな風に、彼らが唐突に多くの人の命を奪うことは……今の時代、よくあることなのだ。


 帝国によって虐げられ、悲劇を被って涙を流した者など、星の数ほどいる。



「ありません……殺すなら、殺せばいいじゃないですか……」



 ユナも、その一人だ。ハクシャクによって母国を追い出された後、帝国に見つかった。闇集めの対象となり、莫大な懸賞金がかけられた。それによって生まれたのは……孤独。


 八年間にも及ぶ孤独。


 裏切られ、売られ、石を投げられ、追い立てられてきた八年間。人間不信にさえなりかけ、先の見えない希望に縋り続けてきた。


 そして、ユナは帝国に捕まった。その時にハクシャクが帝国側に付いていたことを知った。また……帝国。全ての元凶は帝国なのだ。


 ハクシャクの革命も、帝国に対して――他種族の国家に対して弱気な国王に対する反感、という側面もあった。


 闇集めも、帝国。捕まえたのも帝国。

どこまで行っても……帝国がユナの前に立ちはだかっていた。


 もう……ユナに生きる気力は残されていない。

ハクシャクの言葉にも、投げやりに答えるしかできない。



「ふん、よかろう。その首を刎ね、助けに来たルミナス姫を完全吸血すれば済む話だ」



 ハクシャクはユナから視線を逸らし、再び高説を語り始める。

彼の口調は、ルミナスが助けに来ることを確信しているかのようだった。

しかし、ユナの背後に立つジャンヌは、その可能性は低いと考える。


 助けに来るのなら、見物客に紛れて忍び込むのが最適。

処刑台の壇上に容易く接近でき、戦闘も最小限で済む。


 しかし、見物客にはユナを助けようとする輩は一人たりともいなかった。


 つまり、そのルミナスとやらは、このユナを助けるつもりがないということ。もしくはルミナス自体がもう――


 だからジャンヌは扇で口元を覆いつつ、ハクシャクには聞こえない声でユナに語りかけた。



「おい、娘……あぁ、答えずとも良い。これは妾の独り言じゃからの。


 もし、そなたが帝国に協力する気概があるのならば……助けてやってもよいぞ?


 妾たちは闇属性を集めるが……求めておるのは属性ではなく、【チカラ】じゃ。闇属性に宿る……神の権能。






          【魂】


          【時間】


          【空間】


          【創造】


          【破壊】






 この五つの【チカラ】が、帝国の求めるものじゃ。

ハクシャクのような後天的な闇属性は……正直望む存在ではない。


 あんなもの(・・・・・)……作ろうと思えば作れるのでのう」


「……」



 ユナは、ジャンヌの問いに無言で答える。

関心さえ払っていない。

ユナはもう、自分の命を諦めている。

むしろ、その命を捨てたがっている。


 意味のなかった人生に……終止符を打ちたがっている。



「……そなたが死を望むのなら、それもよい。


 死した後、生き返らせるまでのこと。生きるにせよ、死ぬにせよ、そなたは帝国の軍門に下ることになる…….」



 ジャンヌはそれきり、ユナに話しかけるのを止めた。ユナの背後で腕を組んで、目を伏せる。処刑の時を……待つ。そして、



『――では、処刑を始めよう』



 遂に、その時が訪れた。




――――――――――――――――――――



 硬質な斧の刃が、両側から交差してユナの首に当てられる。

切っ先から伝わる“死の冷たさ”。

身体が底冷えするような、既に身体が死んでしまったかのような、冷たさ。

その冷たさが……ユナは心地良かった。


 眼前にはこちらを見つめる……数万の黒々とした瞳。

無機質で、何も写さない、ひたすらの闇。


 今の自分と、彼ら。

一体何が違うのだろう。

何も考えない、何も写さない、全てが欠落した瞳。


 もうすぐ、自分も彼らと同じになる。

死んで、ジャンヌに生き返らせられて、全ての意思と感情を捨て去った人形になる。



――これで、全部やめられます。



 曇天の、陽の光が差さない午後。命ある人間がほぼ皆無の処刑場。不気味にうねった黒い大地。呼吸音も、心臓の音も、衣擦れさえおこらない完全な静寂。



 処刑人の斧が今……ゆっくりと持ち上がる。


 天高く掲げられたその斧は刃そのものの鈍い輝きを大衆に晒す。

天辺まで斧が上がると、力を溜めるように……誰かに見せつけるように二人の動きが止まった。

後は、振り下ろすだけ。

それだけでユナの首は落ち、その命は絶たれるだろう。

しかし、中々処刑人はその斧を振り下ろさない。


 数時間とも言える数秒。


 そして……その静寂は破られた。



「……来たか」



 ハクシャクが、歪んだ笑みを浮かべる。

待ち望んだ獲物が現れた狩人のような鋭い瞳。

斧はまだ振り下ろされていない。

ハクシャクの、その視線の先には…….



「――――――――――――!!!!」



 誰かの叫び声と……吹き上がる火炎の魔法。

その荒々しい炎はジャンヌの支配下にある民衆たちを次々と蹴散らし、処刑台に一直線に向かっていた。



「火属性の魔法……間違いない。ルミナス姫だ」



 ハクシャクが満足気にその魔法を見つめる中、



――……違います。



 ユナは、心の中でそう異論を唱えていた。

驚きと、困惑が入り混じったその考えは、ユナ以外の誰にも悟られることは無い。



「もう半吸血鬼(ダンピール)に用はない。こうしてルミナス姫も釣れたことだ。……殺せ」


「「……」」



 処刑人は、無言でハクシャクの言葉に従う。

最後に、大きく斧を振りかぶる処刑人だが……



――違います……あれは、あの炎はルミナス(・・・・)じゃありません。



 ユナは一切、注意を払っていない。

自身に対して向かってくる炎を、目を見開いて見つめる。



――だって、ルミナス(・・・・)は、もう……!




「――――――ぉぉぉ!!!!」


「っ、早い! 処刑人! 早く執行しろ!」



 帝国兵を紙クズかなにかのように吹き飛ばしていくその炎は、ハクシャクが予想していたより遙かに早く、処刑台に接近してくる。


 一方で、ハクシャクの檄とともに処刑人の斧は振り下ろされる。

迫り来る炎と、処刑台の間には数千の帝国兵の肉壁。

……間に合わない、いくら何でもこの距離では。

ハクシャクは額に汗を滲ませながらにやり、と笑みを浮かべた。


 斧の切っ先が空を裂き、両側からユナの首を刈り取らんとする。

炎を見つめ、無抵抗に晒されたユナの首に斧先が吸い込まれていく。


 ハクシャクの表情が、嗜虐的に歪む……が。



「っらぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」



 まるで砲弾のように凄まじく、荒々しい炎が、壁となった帝国兵を豪快に突き破る。

そしてユナの側で控えていたハクシャク、ジャンヌの目の前で……


 処刑人の二人を、斧ごと吹き飛ばした!


 ガラァン、ガラァン、と使命を果たせなかった斧が地に落ちる。

圧倒的な炎の魔法。あれほどの出力の魔法を出せる者などそうはいない。

だから油断していた、とそういうことなのだろう。

呆気にとられ、しばし呆然とするハクシャク……彼はゆっくりと視線を動かして、見た。

処刑を妨害した炎の主を。


 ハクシャク、ユナ、ジャンヌは炎によってできた道から、初めてその姿を見る。



――どうして、



 どれほど無茶な行軍をしてきたのだろうか、その姿はボロボロで、上半身はほぼ裸。



――なんで、ですか。



 大きく広げられた羽毛で膨れ上がった翼は朱色(あかいろ)

短く揃えられた金髪に、透き通るようなエメラルド色をした瞳。



――どうして、ここに……なんで……っ!



 帝国最強の一角であるジャンヌを前にしても、化け物の如き魔力を有するハクシャクを前にしても、なんら臆した様子はない。

数万の敵に囲まれたところで、なんら怯えた様子はない。


 何もかもを無視し、度外視し、視野に入れずに……世界で最もバカなその男は、ユナだけを見て、ユナだけを指差し、



「もう……独りになんてさせねぇ!


 助けに来たぞ、ユナ!!!!!!!」



 処刑場全てに響き渡るほどの大声で、そう言ったのだった。






――――――――――――――――――――

 




「……何だ、貴様は」



 ド派手に啖呵を切ったカイルの前に、ハクシャクが腕を組んだまま立つ。

明らかにカイルのことを見下した目で、翼を動かし、カイルより高い中空に留まる。


 その声音は依然として気持ちの悪いものだが、同時にハクシャクの苛立ちが透けていた。



「俺はカイル。ユナの仲間だ」



 律儀にハクシャクの質問に答えたカイルはそのまま戦闘の構えを取る。

バカではあっても、目の前の男の危険度くらいは分かる。

本能が警鐘をならしているのだ。

アイツは危険だと、関わるべきじゃない、と。


 それでも、カイルはその本能をねじ伏せる。

臆することなく、相対する。



「ふん、そうか、ならば……」



 死ぬがいい。


 と言って、ハクシャクは闇の魔力を撒き散らす。

空間を埋めていく黒。

ハクシャクから吹き出す闇は周囲の空間を侵食し、カイルに迫る。



王の空間(エヒドヴァラーズ)



 力無き者を容赦無く跪かせるハクシャクの技。

過大な魔力にものを言わせた無茶苦茶な技、それでいて確かな効果のある技だが……



「それは……ミカゲから聞いたっ!!!」



 カイルも同様に魔力を放ち、その空間を押し返す。

王の空間(エヒドヴァラーズ)の詳細は既に聞いている……その対処法も、だ。

あっさり自分の十八番(オハコ)を破られ、ハクシャクは露骨な舌打ちをする。



「なにやら苦戦しておるようじゃのう、ハクシャク殿。……手を貸そうか?」



 闇を引かせ始めたハクシャクに、ジャンヌが笑みを浮かべながら語りかける。

が、そのジャンヌの厚意とも呼べる発言に対し、ハクシャクの表情は険しい



「必要ない。貴殿の手など……借りるまでもないわ」


「ふん……そうか。ならよい。妾はここで見物しておるとしよう」



 ジャンヌは闇を具現化し、椅子を拵えてそこに深く腰掛ける。本当に見物、傍観気分のようだ。



「うっ、らぁあぁあぁぁぁぁああ!!!」



 特攻。何も考えない突撃。

カイルは飛翔し、ハクシャクに向かって拳を振り抜く。



「……下らん」


「っが、ぁ!?」



 真っ直ぐに振り抜かれたカイルの拳はハクシャクの数多の“経験”の前に為す術もない。

隙だらけのカイルは、ハクシャクにとって格好の獲物だ。

拳を躱し、空いた身体に鋭い拳打。


 何気無く振るわれたその拳には闇の魔力が乗っており、無意識に放った護身柔拳がカイルの内部を破壊する。



「弱いな、劣等種」


「ぐっ、あ!」



 次々に振るわれるハクシャクの拳打。

カイルもその合間合間に反撃をするが……まるで当たらない。

多くの人間の人生そのものを吸い尽くしたハクシャクとカイルでは……あらゆる面で差がありすぎる。


 颯爽と現れたはいいが……カイルはハクシャクに一撃すら見舞うことができない。

これでは、どちらが処刑されるのか分かったものではない。


 内臓のいくつかは破壊され、何度も何度も吐血し、身体中の骨がミシミシと悲鳴を上げる。


 拳を振るう。避けられ、頭部を殴られて目の前が眩む。

その隙に鳩尾、顔面の順に殴られ、蹴られる。


 咄嗟に左足を振るうが、その足はハクシャクの肘と膝で痛烈に挟まれ、受け止められる。

ボキッ、という決定的な音と共にカイルの左足から迸る激痛。


 その悲鳴を上げる間も無く、カイルの腹部にハクシャクの蹴り。

鉛筆を転がすように容易く、カイルは地面を転がった。


 次元が違う。


 カイルは、戦闘という土俵にすら立てていない。一方的に嬲られるだけだ。



「っ、カイルさん!!」



 堪らず、ユナが声を上げる。あんなカイルの姿、見てられなかった。

だからユナは、こちらに意識を向けたカイルに対し、



「逃げてください!!!」



 そう……叫んだ。



「なんで……なんでここまで来ちゃったんですか!!?

誰もそんなこと……頼んでないです!! 帰ってください!! 


 わたしはもう……ここで死にたいんですよ!!!!」



 使命を失い、生きる意味をなくしたユナ。

もう……ここでいい。

ユナは自分の命を諦めて、処刑の運命を受け入れていた。

なのに……カイルは来てしまった。


 あれほど酷い別れ方をしたと言うのに、来てしまった。



「もう、わたしとカイルさんは他人じゃないですか!!

わたしのために…….そんなにボロボロになる意味なんてないじゃないですか!!


 死にますよ……死んじゃいますよ!

わたしなんかのために、そこまでしないでください!


 わたしはここでいいんです!!

ここで終わらせてくださいよぉっ!!」



 カイルは、血で滲んだ視界を擦る。

開いた視界……処刑台で、ユナは泣いていた。

自分が傷つくのを辛そうに。

自分が死にそうなのを悲しそうに。

ユナは、カイルを見ていた。



――ああ、そっか。フィー(ねぇ)

フィー(ねぇ)は、これが言いたかったのか。



『頑張り……なさい。負けるんじゃ……ないわよ』



――俺が負けたら、誰かが死ぬ。

俺が負けたら……仲間が悲しむ。

だから、俺はもう二度と負けちゃいけねぇ。



「どうにか頑張って……勝つんだ……」



――そうだろ、フィー(ねぇ)



 カイルは立ち上がる。

満身創痍の身体で、押せば倒れてしまうような傷で。

闘志だけを燃やし、立ち上がる。



――……力が欲しい。皆を守れるだけの力が。

ユナを救い出せるだけの力が。



 呼吸を整え、魔力を身体中に張り巡らせていく。

己の身体を一つのクリスタルに見立て、魔力を走らせる。



――二度と、負けないための力が。



 ゆっくり、ゆっくり。

土に水を染み込ませていくように、身体に魔力を浸透させていく。



「何をしているのか知らんが、そんな隙だらけの状態を、この私が見逃すとでも?」



 目の前から聞こえるハクシャクの声。

次の瞬間、身体に異物が入り込んだ感覚と共に……カイルの胸部をハクシャクの腕が貫いていた。


 心臓を一突き。体を貫く抜手。



「そんな、カイルさん……いや、嫌ぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」



 ユナの絶叫を尻目にハクシャクはカイルの身体から腕を引き抜く。

ゴポリ、と血の塊がカイルの胸部から溢れ出す。

体の中心に空いた穴が、無様に晒される。


 吸血鬼族(ヴァンパイア)は血液を熟知している。

そしてこれは、明らかに致死量。

それぐらい見抜くことは容易かった。


 ユナも、それは分かっていた。

分かっていたからこそ、耐えられなかった。

あっさり、こんなにあっさり、大切な人が殺されてしまった現実を直視したくなかった。


 ハクシャクは倒れこもうとするカイルを一瞥もせず、カイルに背を向けた。



「ふん、この私に無意味な時間を過ごさせるなど……分を弁えろ、劣等種」



 そう言い捨て、ハクシャクが処刑台に戻ろうとしたその時、



「俺の取り柄は……魔力の多さと一撃の強さ……それと……打たれ強さだ」


「バカな……っ!?」



 強烈な魔力の波動。殺したはずの、カイルから……あり得ないほどの命の波動を感じた。驚愕を顔に浮かべ、ハクシャクは振り返る。



「俺はもう……負けねぇって決めたんだ。

何万回倒されたって、何万一回起き上がってやる」



 一回り大きくなった翼。

露わになっている上半身の、肩口から肘あたりにかけての部分が、朱色の羽毛で覆われている。

手や足は五本指を維持したまま、鋭い鳥類の鉤爪となる。

臀部からは息を飲むほど美しい、鮮やかな朱金の尾羽。


 そして、ハクシャクが開けた胸の風穴からは真っ白な(・・・・)炎。

それが傷口……そしてカイルの全身を包むと……あれだけ刻まれたカイルの傷が全て消える。

まるで何も無かったかのように、生まれたての赤ん坊のような滑らかな肌。


 瞳の色はカイル本人の澄んだ緑眼。

理知的な光を宿した瞳。

暴走は……起こっていない。



変異(パンドラ)を……制御しおったか……!!」



 ジャンヌが椅子の上からカイルを見て呟く。

その声音には大きな驚愕が表われていた。

完治し、万全な状態へと戻ったカイルは大きく息を吸う。



『いいか、カイル。二回目の変身をした後にな、こう言うんだ』



 神影の声が、頭の中で響く、



「俺は【再生】の炎を扱う幻獣、不死鳥に変化する亜人族だ!!!


 よぉく覚えとけよ、帝国!!

俺はもう誰にも負けねぇ!!!

誰にも殺されねぇ!!!


 全部、全部守ってみせる!!!」



 不死身の鳥の翼を広げ、全てを回帰する白炎を吹き出し、カイルは大きく見栄を切る。

その視界の隅に、大粒の涙を眦に浮かべたユナの姿が写った。


 自分が不甲斐ないばかりに泣かせてしまった。

自分が弱いばかりに心配させてしまった。



――大丈夫だ。もう、負けねぇ。

だから、死ぬなんて言うな。

どんなことがあっても、俺はお前を独りになんてさせねぇから……!!!




「俺はカイル!!!


 “不死鳥”のカイルだぁっ!!!!!!」



 この帝国に逆らう賞金首には、稀に二つ名が付けられることがある。

例えば、睡蓮、流星、剣聖……。


 この日、新たに二つ名を付けられた人物がいた。

“不死鳥”と名付けられた男は、その冠する名前の通りに何度殺しても起き上がり、帝国を大きく震撼させる人物となる――。




 

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