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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第四章〜飛翔する若鳥〜
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第九十五話ー1人でも……

 






 シュードラの街、シュウたちの家。カイルがユナを助ようと空を翔ける中、ジャックは神影と話すために屋根の上にいた。ちなみに先程神影と話していた人物の姿は既にない。夜の闇の中、二人分の影だけが月光に浮かぶ。



「……で、むざむざカイルをユナちゃんのトコに行かせたっちゅうわけか? 死ぬかもしれへんのに」


「まぁな」



 いけしゃあしゃあと神影はそう答えた。責めるようなジャックの言葉に対しても、彼は不遜な態度を崩さないつもりらしい。

だが、



「……そうか」



 ジャックはそう言って納得しただけだった。反論も、神影に対する怒りもない。ただ事実を確認し、それを認識したかのような口ぶりだ。



「おいおい、随分と聞き分けがいいじゃねーか。そこはもっと俺に対して噛み付くところじゃねーの?」


「別に。自分に文句言うたって変わらんよ。カイルは……あのアホはどーせユナちゃんのところに行ったわ」



 ジャックはカイルが飛んで行った方角―――ユナがいる方角を眺める。達観した瞳だった。諦観、とも言うだろうか。カイルだから仕方がない。そんな諦めが込められていた。


 神影に問うまでもなく、ジャックはカイルがユナの元へ行くことに対し、有る程度の予想はしていたようである。



「……ジャック。どうやらお前はカイルがユナちゃんを助けに行くのを否定はしねーみてーだな。

さて、ここで一つ……カイルがユナちゃんを助けに行ったことで問題が起こったのは分かるな?」


「……マリンさんか」



 ジャックは苦虫を噛み潰したような顔をする。

マリン……彼女はいまだ、フィーナが死んだ悲しみを乗り越えられていない。

精神を病み、家族に対する執着を抱えたままだ。

輝きを失った瞳は過去しか写しておらず、現実を顧みようとしない。

フィーナが死んだ光景を思い出すのか、突然泣き喚いたり、暴れたり……非常にマリンは不安定なのだ。

もし彼女が、カイルがユナを助けに行ったことを知ったら……どうなるかは予想できない。



「それはお前が何とかしろよ、ジャック」


「分かっとるわ……マリンさんは、ワイが立ち直らせる」



 ジャックはカイルの飛んだ方角を見つめたまま、言う。意識をカイルの方に向け、口だけがジャックの意思を吐き出す。



「ワイは、ユナちゃんを助けに行くだけの力もない。

今のワイにカイルを手伝う術はない。

やけど……ええんか悪いんかは別にして、ワイには経験がある。


 大切な人を失った経験、仲間を失った経験。

ワイが一番多く、前の反乱で経験したわ。


 やから、ワイがマリンさんを立ち直らせる。

それがワイが今できる……今まで旅してきた仲間としてできる、唯一のことやからな」



 ジャックはそのまま神影に背を向けた。



「もう行くのかよ」


「早い方がええ。カイルが行ったこともワイが伝える。


 カイルも立ち直ったんや……マリンさんだけあのままやなんて、ワイは許さんからな」


 

 ジャックは屋根から飛び降りる。どうしようもなく傷ついた仲間を迎えに行くために。もう一度……皆が笑える日々を作るために。



「……これで、全部丸く収まりゃいいんだけどな……」



 神影は深い疲労の色を顔に浮かべる。心労からか、その姿はいつもよりも二割増しで年老いて見えた。



「るせぇ、ほっとけ。

あー、くそ、疲れた。精神的にキツいぜ……。

マリアを弄ってこの疲れを忘れねぇ……と……………」



 神影は立ち上がって、気付く。

今の今まで失念していた恐るべき問題に。

神影の顔を、冷や汗が流れる。



「やべぇ……どうやって降りよう……」



 屋根の上で一人、神影は立ち尽くすのだった。




――――――――――――――――――――




 ジャックは、魔力探知を使ってマリンの居場所を探った。彼女は……カイルが寝ていた部屋にいた。


 きっと彼女は待っているのだろう。カイルが戻ってくるのを。戻ってきたら、甲斐甲斐しく世話を焼き、そのまま一日を終えるつもりなのだろう。


 これまでそうしてきたように。

意味もない、自己満足でしかない行為を繰り返すのだ。

いや、それはもはや自己満足ですらない。

空っぽになってしまった心を埋めようとして、埋まっていないのだから。

満足など……していないのだから。



「そんなんは……今日で(しま)いや」



 ジャックは、迷うことなく歩みを進める。

今の情緒不安定なマリンと相対することに、なんの躊躇もない。


 なぜなら、彼にとってマリンは仲間だから。

仲間に会うことに躊躇などあるワケもない。


 これまでの……あの気丈で、強気で、弟想いで、面倒見が良くて、悪戯好きなマリンを絶対に取り戻してみせる。


 ジャックはドアノブに手をかけ、その扉を開いた。



「あら、ジャックじゃない。ねぇ、カイルを知らない? 

いつもなら、もう戻っている時間なんだけど……」



 そこにいたのは、いつも通りのマリン。

いつも通りにジャックに話しかけるマリンだ。

その瞳から光彩が失われていることを除けば、ジャックのよく知るマリンが……そこにいた。



「さぁー、どこに行ったと思う? 当ててみてーな」


「何よ、知ってるんならさっさと言いなさいよ。削ぎ落とすわよ」


「どの部位を!?」



 何も変わらない、普段通りの軽口。

ただ、ナニかが……誰かが欠けているだけで……それだけ。

それだけが………鉛のように重い。

欠けてしまったものはジャックの胸をも酷く締め付ける。


 それを取り返すために、ジャックはここに来たのだ。

カイルもそう……同様に、戦っている。


 離れていても、カイルとジャックの想いは同じ。

ジャックの戦いも……始まる。

その戦いの口火を切るように、



「カイルはユナちゃんを救いに行った。

“悪夢を見る場所”……そこで処刑されるユナちゃんを助けに、帝国に喧嘩売りに行ったわ」



 ジャックはそう、言い放った。



――――――――――――――――――――




 空気が変わったと、そう表現するのが適切だろう。

マリンの纏う空気が、日常から非日常へ。

戦闘のソレと似通ったピリピリと張り詰めた緊張感を……ジャックは感じていた。


 

「どういうことよ、ジャック。返答次第じゃ……タダじゃすまないわよ」



 マリンの身体から立ち上る青色の魔力。

その魔力はゆらゆら揺らめき、靄のようにマリンの周囲を彷徨う。


 ジャックにはそれが……対となる魔力を探しているように見えた。



「どうもこうも……ユナちゃんが捕まったんは知ってるやろ?」


「知らないわよ、そんなの」



 マリンはバッサリとジャックの言葉を切り捨てる。

本当に……彼女は現実が見えていない。

仲間であるユナが捕まったと聞いてもなんの動揺も感じていなかった。

むしろ、逆。


 ユナという名前を聞いて、少し不機嫌になったようだ。

それはきっと、ユナのことをフィーナの死んだ原因となった人間だと認識しているからなのだろう。



「ユナちゃんは……ここを出て行った後、要塞都市に迷い込んだ。

そんで―――」


「だから……知らないわよ、そんなこと。興味もないわ。

なんでカイルはユナ(・・)を―――あんな女を助けるために“悪夢を見る場所”に行ったのか、って聞いてるの」



 マリンは再び、ジャックの言葉を切り捨てる。

もはやマリンにとって家族のこと以外……カイル以外のことは眼中にないよう だ。 

ユナに対する呼び方も変化してしまっている。

ユナちゃん、とからかうような呼び名であったのに……侮蔑を込めて、マリンはユナと呼び捨てた。



「あいつは……あの女はフィーナを殺したのよ。

そんな奴を助けるために、なんでカイルが戦いに行くのよ。おかしいでしょ? 異常よね?


 きっと誰かがカイルを唆したんだわ……。あの子は純粋だから……きっと騙されたのよ。その犯人を教えなさい。自分のしたことを後悔させて、嬲り殺しにしてやる……。


 それからジャック、あたしがそいつを嬲ってる間にカイルを追いかけるための飛空挺を作っておいて。

その犯人を殺した後、すぐにカイルを連れ戻しに行くから」



 平然ととんでもないことを口にするマリン。

その表情は能面のように無表情で……開かれた瞳は不気味だった。端から見れば、狂っているのだろう。

だが、ジャックはそうは思わない。


 彼女はフィーナを失い、病んでいるだけなのだ。半身を失って……病んでいるだけ。


 狂っているのならどうしようもないが、病であるならば……治すことができる。少なくとも、ジャックはそう信じている。



「ユナちゃんは……フィーナさんを殺したわけやない。

フィーナさんが死んだんは、誰のせいでもない。

それにカイルやって、誰かに唆されて行ったわけやない。アイツは自分の意思で、ユナちゃんを助けに行ったんや」



 治せると、立ち直れるはずだと意を固め、ジャックは真っ直ぐマリンの瞳を見た。彼の金色の瞳が、マリンの緑の瞳に写る。



「――嘘よッ!!!」



 マリンは大きく声を張り、ジャックの言葉を否定した。全身から怒気を滲ませるマリンは、自分を見つめるジャックの視線を睨み返す。



「あの女がいたからフィーナは死んだのよ!! あんただって見たでしょ!? あのコンパスを!

アレは真っ直ぐあの女を指してた!!


 あいつのせいで……フィーナが……っ!!」


「違う! それは違うで!!」


「何が違うって言うのよ!!」



 大きな声を上げ、少し気が急いたジャックは冷静さを取り戻すために、一度大きく深呼吸をした。

冷静に、冷静になれ、と自分に暗示をかけ、再び落ち着いた視線でマリンを見る。



「あのコンパスの反応する範囲は……そない広くない。

街一個分くらいの範囲でしか、反応しやん」


「……それがなんだって言うのよ」


「分からへんか? 無理やねんて。あのコンパスだけでワイらを追跡するんは。あの第三部隊長――ヴァジュラがアレを持ってたんは、目標を誤認せぇへんようにするためや」


「そんなの……一緒じゃない!

結局あたしたちはそのせいで見つかって――」


「違う! そうやない!

 効果範囲が狭いのに、なんでヴァジュラはワイらを奇襲できたんか……それは……



 待ち伏せされとったからや!」


「……っ」



 マリンはジャックの言葉に息を飲み、初めて動揺した素振りを見せた。ジャックはそれに少し……安心する。耳を傾けてくれたことに安堵する。



「ワイはこの街に来る前、もう一回ヴェンティアの街に寄った。そこに放置されとった……バットの使っていた通信用魔具を解析した。解析して、その音声記録を復元した。それが……これや」



 ジャックは占いで使う水晶のような形状をした魔具を取り出し、魔力を流した。

少しばかりの光の明滅の後、水晶が震え出し、音声が流れ始める。



『〝闇属性〟……〝流星〟……〝睡蓮〟……それと小人族(ドワーフ)と有翼族、全員がこの街に入り込んでいるようです』


(ただ)、闇属性と小人族(ドワーフ)のみ生かすべし。他は証拠を残し、(つい)には殺せ』



 短いやり取りだが、明白になったことが一つある。



「ヴァジュラは……ワイらがヴェンティアにおったことを知っとった」


「……」


「その後……バットと連絡がつかへんようになったら……ヴェンティアで何が起こったんかは簡単に想像できる。


 そっからのワイらのルートも、ある程度は特定できる。

そのルート付近でコンパス持って待ち構えてたら、ワイらを見つけるのは容易いわな」


「……結局、最終的にあたしたちが見つかる決め手になったのはあのコンパスじゃない……やっぱりユナがいたから……」


「かもしれへん。でも……そうじゃないかもしれへん。普通に魔力探知で見つかってたかもしれへんし、そうじゃないかもしれへん。


 そんなもんは、誰にも分からん。

やから、責任をユナちゃん一人に押し付けるんは止めぇな。


 マリンさん、ええ加減、踏ん切りをつける時が来たんや。フィーナさんは死んだ。いつまでも……そのことを引き摺るのは止めぇ」



 ジャックは俯いて表情の読めないマリンに近づいて行く。ゆっくりと……一歩ずつ。黙したままのマリンに近づいて――



「――知らないわよ、そんなの」



 強烈な()の暴力に……晒された。




――――――――――――――――――――




 ジャックは不意を打たれ、何の抵抗もなく暴風に攫われて壁に叩きつけられた。肺の空気が一気に口から抜けて、ジャックは苦しそうに呼吸を繰り返す。



――か、風……!?

なんでや、マリンさんの髪は今……



 ジャックは顔だけを上げ、マリンの方を向く。



「なっ……!?」



 マリンの髪は、青と緑の色彩の間で揺れ動いていた。

明滅するように色と色が入れ替わり、ポーチに入れたままの指揮棒(タクト)から風が吹き荒れる。



「なんで、なんで属性が変化してんねん……!?

あれはフィーナさんがおらんとできへんのやなかったんか!?」



 フィーナとマリンの【能力】は【スイッチ】。

自分の魔力の属性を任意の属性に変化させる【能力】だ。


 そしてこの【能力】はマリンとフィーナが接触していないと発動しない。発動しないもの……であった。



「知らない、知らない知らない――!」



 マリンは蹲って膝を抱き、そこに顔を埋めていた。

部屋の真ん中でぽつり、一人。

暴風の中心で、マリンは知らない知らない、と声をあげ続けていた。


 そんな事実は無かったというように……ユナを恨んだことは正しかったのだと思い込むように。

世の全てを否定して、逃げて……彼女は膝を抱える。



「……【能力】について考えるのは後回しや。

先に、マリンさんをどうにかしやんと……!」



 ジャックは一歩、踏み出す。一人の世界に閉じこもってしまったマリンを迎えに行くために。



「マリンさん……そうやって蹲って……世の中の全てに知らん振りすんのは、簡単や。


 フィーナさんが死んだのを誰かのせいにして……当たるのも……そうやって無差別に暴れるのも、楽でええ気分なんやろう」



 ゆっくり、ゆっくり、ジャックはマリンに近付いていく。諭すように、声をかけながら。



「今までずっとフィーナさんと一緒で……そのフィーナさんがおらんくなって、不安で……怖くて仕方ないのも、分かる」



 マリンとフィーナは生まれてから片時も離れず、一緒に生きてきた。

何をするにも二人でしてきたし、これからもずっとそうなのだと疑いもしなかった。


 マリンとフィーナは一心同体、二人で一人。


 それは正しくそうであった。思考も、趣味も、性格も、容姿も、何もかもが同一で……違うのは髪の色くらい。【スイッチ】のこともあり、二人は常に一緒にいた。


 言い方を悪くすれば、二人はお互いに対して強烈に依存していた。お互いがお互いに(もた)れ、身体を預けていた。


 マリンは……その依存対象を失ったのだ。

全てを預けていた半身を失い、一人で立てないマリンは地面に倒れる。


 寄り掛かる先を無くし、倒れる。


 ばたり、と折れるように倒れる……倒れてしまった。


 

「やけど――」


「うるさいっ!!」


「っく、ぅ!」




 マリンが弾かれたように顔をあげ、ジャックに暴風を浴びせかける。

部屋を暴れ回るその風は部屋中の物を掻き回し、吹き飛ばす。

その内の一つ、神影のガラス製の実験器具がジャックの顔面に当たり、甲高い音を立てて割れた。


 ガラスの破片がジャックのこめかみを裂き、血を流させる。


 それでも、ジャックはマリンに近づくことを止めない。錯乱し、不安定なマリンに近づくことを躊躇わない。



「やけど、マリンさんは――」


「うるさいうるさいうるさいっ!!」



 マリンは次々に魔法を吐き出す。シャーレ、メスシリンダー、コップ……それらが指向性を持ち、ジャックを襲う。胸、足、頭……ジャックの身体はどんどん傷を負って行く。


 それでも、ジャックは止まらない。

ゆっくりゆっくり……マリンに近づいていく。



「……頼まれた、はずや」


「うるさいうるさいうるさいっ……」



 少し風が弱くなる。見ると、彼女は涙を流していた。自棄に向けられていた感情の波が揺れている。


 ジャックは、マリンの目の前に立つ。



「マリン……後は任せた、ってフィーナさんに、頼まれたはずや」


「〜〜〜〜〜っ!!」



 マリンはとうとう風を起こすのを止める。その一言がどうしようもなくマリンの心の琴線を揺らしたのだ。青と緑で明滅していた髪の色も……青色で安定する。それは彼女の流す涙の色を表しているようだった。


 マリンは、確かにその言葉に聞き覚えがあったのだ。今まで、意識しようとしていなかっただけで、その言葉はずっとマリンの中にあった。初めから……マリンの心に届けられていた。


 だが、わざとその言葉を思い出すのを避けていた。

それを認めてしまえば、その言葉が確固たる形を持ってしまったら……マリンは一人で歩かなくてはならなくなる。


 それがとても……怖かった。


 それでも……思い出してしまった。

ジャックの言葉はフィーナが死に際にマリンに伝えた想いそのものであったから。



「無理よ……あたしには……できない……一人じゃ何にもできないのよ……! フィーナがいたから、フィーナと一緒だったから……今までやってこれた。


 フィーナがいなかったら……あたしは……」



 マリンの姿は、弱々しかった。両手で瞳を押さえて泣く姿は本当にただの十代の少女。普段の気丈で強気なマリンの姿など、どこにもない。


 ジャックはそんなマリンを……



「……大丈夫や。マリンさんは一人やない」



 優しく、強く抱き締めた。

彼がアイリーンという少女にされたように。

彼がザフラという仲間にそうされたように。


 そして……


 彼女たちの母、ルオーラがマリンたちにそうしたように。フィーナがマリンに……そうしたように。


 大好きだ、と。

 一人じゃない、と。


 大丈夫だ、と。

 後は任せた、と。


 抱き締めることで、伝えようとする。

その想いの全部を、届けようとする。



「フィーナさんに任されたから言うて、それをマリンさん一人が背負うことはない。


 ワイやって、フィーナさんに任された。

『あいつらのこと、よろしくね』って。


 シュウっつう兄貴もおる。一人やない。マリンさんは一人やないねんて。一人で歩くことが、生きていくことが怖いなら、ワイが手を引いたる。一緒に歩いたる。


 やから、フィーナさんがおらんくなったこの世界をしっかり生きていくんや。

やないとフィーナさんも……安心できへんやんか」



 ……何にも見えなかった。

マリンはフィーナが死んでから……何にも見えなかった。

ずっとずっと暗い世界、閉ざされた世界の中に、マリンはいた。

どこに進めばいいのか、どうやって立てばいいのかも分からなかった。


 その世界の中で、カイルは……家族の姿だけははっきり写っていた。


 その(しるべ)を、マリンはもう失いたくなかった。


 だが今、初めてその世界に光が灯った。

手を差し出され、引き上げてくれた。

一人じゃないのだと、教えてくれた。


 フィーナの瞳に、光彩が戻る。

そして……



「ふ、う、うぅ…………うわぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!」



 その瞳から、かつてないほどの涙が溢れ出す。

大粒の涙がジャックの背を濡らし、マリンの中に溜まった淀みを洗い流していく。


 ジャックは、マリンを優しく抱きとめ続けていた。

やっと帰ってきた……戻ってきた仲間を受け止め続けていた。



『マリン……死んじゃって、ごめんね。一人にして、ごめんね。


 ずっと一緒にいたかった。もっと一緒にいたかった……。


 でも……もうそれは叶わない。

だからマリン……あたしの最高の相棒。




 後は……任せた』



 やっと……マリンの中にフィーナの言葉が落ちる。

やっとその言葉を……受け入れることができた。


 シュードラの街に、朝日が昇る。

長かった夜が……終わりを告げた。




 

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