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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第四章〜飛翔する若鳥〜
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第八十九話ー白のお姫様、黒の乙女

 






 吸血鬼族(ヴァンパイア)という種族を知っている者は少ない。なぜなら、彼らは悪魔族(デビル)と同様に世俗と関わりを持とうとしない隠れた種族だからだ。

吸血鬼族(ヴァンパイア)の国は……地下にある。


 地下王国フィルムーア。


 【発光】の【能力】を持つ極小の陽光蛍によって昼夜の存在する地下の国。


 ここは、その王国の端の方に位置する居住区画……。



「シア! ほら! 早く早く!!」


「ルナちゃん、待って、待ってください……っ。

こんな、ことしたら怒られちゃいますよぉ……」


「大丈夫よ! 私の国だもの! それを探検することの何がいけないのよ! それに、シアが居れば見つかることはないでしょ? どーんと私を信じなさいっ!!」


「ふぇぇ……」



 の、上部の天井付近。あの謁見以降、強制的にルミナスの友達という立ち位置にされたユリシアは、度々こうした遊びに付き合わされるようになっていた。

この吸血鬼族(ヴァンパイア)の国において、白い翼を持つルミナスはとても目立つ。

市井を見て回ろうとしても、たちまち巡回している治安維持隊によって捕まえられてしまうのだ。


 しかし、今ルミナスの隣にいる少女、ユリシアがいればその心配はない。


 ユリシアのブレスレットから溢れ出る闇に身を紛れさせれば、よほど意識しなければ発見されることはないからだ。ましてや現在は地盤の天井付近を飛行中。気付かれる道理など皆無だ。



「んー、もうっ! 見つからないぃぃっ!!! 一体どこにあるのよっ!?」


「お、落ち着いてください。やっぱり通風口なんてないんですよ」



 だから、ね、ここら辺で止めにしませんか? とぼそぼそと呟くユリシアの腕をルミナスは強引に引っ張っていく。


 密閉された地下都市フィルムーア。では、空気はどこから来ているのか。人が生き抜く為の酸素は一体……。二人はその謎を調べるために、地盤の天井付近を調べている最中である。



「絶対にあるはずなのよ。外の世界と繋がっている通風口が!」


「ル、ルナちゃんのお父さんに聞いてみたら……どうですか?」


「それが、お父様に聞いても教えてくれないのよ。全く失礼しちゃうわ。通風口を使って外に出るとでも思ってるのよ、きっと!」


「ルナちゃんのお父さん、正しいんじゃないですかね……」



 というのは建前で。通風口を発見し、一度外の世界に出てみる、ということが本音だった。閉じられたこの王国に不自由はない。居心地はいいし、離れたいとも思わない。むしろルミナスはこの王国のことが好きだ。

だが、そうだとしても一度は外の世界にあるという空や太陽を見てみたいとも思うのだ。



「むー……それから、シア。いい加減敬語止めなさいよ、友達でしょう? 友達っていうのは、対等なのよ!」


「そんなこと言われても……今まで敬語以外で話したことないですし……。それからその知識は本で見たものですよね。ルナちゃん、友達いなかったんですから」


「う、うるさいわね! しょうがないじゃない!

ただでさえ王族ってだけで友達作り辛いのに、先祖返りよ!? 先祖返り!?


 皆みーんな、大人まで私に媚びへつらうんだから!

敬語なんて、そんなのイヤよ!!」



 ルナ――ルミナス・ヴィルヘルム・ヴァンパイアという少女は吸血鬼族(ヴァンパイア)としては異端だ。

彼女の翼は眩いほどに白い。蝙蝠のような翼の形状は他の吸血鬼族(ヴァンパイア)と同じ。犬歯が鋭いのも、瞳が赤いのも同じ。


 色だけが……違う。

他の吸血鬼族(ヴァンパイア)は、黒いのに。



「初代様……あのヴィルヘルム様の翼の色と同じ白色。ルナちゃんの翼の色は、吸血鬼族(ヴァンパイア)として、王族として、より純粋である証じゃないですか。わたしは、“混ざり物”ですから……」



 ユリシアは黒い目を伏せる。その瞳の色は……彼女の母と同じ色である。純血の吸血鬼族(ヴァンパイア)の瞳の色は血のような赤色。

そうなるように決まっているのだが、ユリシアは違う。ユリシアは……人間族(ヒューマン)吸血鬼族(ヴァンパイア)との混血、つまりハーフなのだ。



「駄目よ、シア! そんなのは駄目っ! 純血だとか混血だとか、そんなので自分を低く見るなんて許さないんだからっ! 私たちは、確かに自分に流れてる血や魔力のせいで一人ぼっちだった……。


 でもっ、私が女王になったらそんな差別なんてどーんとなくしてやるんだから! 純血だとか混血だとか。貴族だとか平民だとか。そんなものがない国に……どーんとしてやるのよ!」



 王族の中の王族――ルミナス。彼女は親の愛こそ十二分に与えられていたが、同世代の友人に恵まれなかった。会う子供は貴族の子供ばかりで、親だか教育係だかに徹底的に教育されていた。ルミナス姫は、先祖返りの王族であるから。絶対に粗相のないように、と。


 そんな子供と、ルミナスの望んだ対等な友人関係など叶うわけもなかった。


 だからルミナスはユリシアのことを聞いて喜んだのだ。


 人間族(ヒューマン)吸血鬼族(ヴァンパイア)のハーフにして、闇属性。

生まれた時から王族に目をつけられていた為、ルミナス同様友人に恵まれなかった少女。


 彼女となら血も、身分も関係ない関係を築けると思ったのだ。そしてそれは、正解だった。



「だから……シア! 混血だからって気負うなんて駄目だからっ! それに……」



 ルミナスは、目を爛々と輝かせてユリシアを――ユリシアの首元を見る。まるで獲物を狩る鷹のような瞳。その視線の意味を汲み取ったユリシアは慌てた素振りで、



「る、ルナちゃんっ? 駄目です、駄目! 緊急時以外は駄目だってお父さんが……それにここは空中で……んぁっ!」



 ルミナスがユリシアにゆっくりと近付き、その首筋にそっと牙を立てる。

ぷつり、と肌の切れる音。

首筋を赤い滴が一粒流れ落ちていく。

血だ。

これこそ、吸血鬼族(ヴァンパイア)吸血鬼(きゅうけつき)と呼ばれる所以。

吸血。――血を吸っているのだ。

抱擁するような形でルミナスはユリシアの血を吸う。



「ん………っぅ……! ルナ……ちゃん……もう、これ以上は……ふぅ……っ!!」



 頬を上気させ、恍惚とした表情のユリシアがルミナスの背を強く握り締める。

だが、それも長続きしない。

ごくり、ごくりと血の流れる音と共に、ユリシアの身体から力が抜けていく。初めにゆっくりとユリシアの握力が弱まり、次に腕、肩、そして全身が弛緩して……




「あっ――」


「っと」



 翼の筋肉までが緩み、ユリシアは飛行能力を失ってしまう。

それを察知したルミナスはすぐさまユリシアの膝裏に手をやり、お姫様だっこの体勢に移行した。


 

「それに……あなたの血は、本当に美味しいんだから」



 牙に付いた血を舐めとるルミナスは幼いながらもどこか妖艶で、ユリシアは思わず顔を背けた。



「だからって……こんな場所で吸わないでください」


「だって美味しいんだものっ」


「もうっ……はぁ。ルナちゃん。

隠すのも任せます。というか、やってください」


「どーんと私に任せなさい!」



 血を吸われたことで疲弊したユリシアは闇属性によるカモフラージュを解く。もし地上で空を見上げている人間がいたとしたら、突然二人の少女が現れたように見えただろう。

しかし、その姿も再びかき消える。


 ルミナス(・・・・)が、ユリシアのブレスレットを介し、闇を具現化させたことによって。


 これこそ、吸血鬼(ヴァンパイア)の真価。

彼らのみが扱える特性。

吸血した相手の魔力を奪うだけでなく、一時的に【能力】までも再現することを可能にする……反則じみた力。



「ふふっ、どーおシア? お姫様だっこの気分は?」


「……本物のお姫様にお姫様だっこ、ですよねコレ。

嬉しい気持ちはないですね。なんか複雑ですし……今は吸血されたことの疲労感が強いです……。

ルナちゃん、吸いすぎですよ!」


「だって美味しいんだものっ」


「……もうっ」



 同じ言葉で返されたユリシアは拗ねるように横を向く。いつもそうだ。このお姫様は吸いたい時に、吸いたいだけ血を吸う。確かに吸血される側は快楽を得るが……同等の疲労感も伴うのだ。大量に血を吸われるユリシアは毎回毎回全身の力が入らなくなってしまう。

だからユリシアは、この自分勝手なお姫様に一度、一泡吹かせたいと思い、



「ルナちゃんはこうやって誰か……いえ、カッコいい王子様にお姫様だっこされたいって思うんですか?」


「なぁっ――!?」


「きゃぁっ!?」



 唐突なユリシアの爆弾発言。がくんっ、とルミナスの飛行が乱れ、驚いたユリシアが悲鳴を上げながらルミナスに抱きついた。



「ちゃ、ちゃんと飛んでください!」


「し、シアが変なこと言うからでしょう!?」



 青い顔と赤い顔の二人が互いを睨む。お互い声は上ずっているのに抱える感情は正反対だ。回復は……ユリシアが先だった。



「それで、どうなんですか、ルナちゃん?

王子様にお姫様だっこ、されたいですか?」


「私、どーんと分かったわ。あなたの敬語に敬意なんてないのね。あなたの敬語は……そうね、個性だわ!」


「はいはい、そうですよ。それでそれで? どうなんですか、ルナちゃん?」



 こんな場所(空中)で、あんなこと(吸血)をされた恨みからか、ユリシアはルミナスが話を逸らすことを許さなかった。



「う……そ、それは……」


「それは?」



 熟れたりんごのように顔を赤らめるルミナス。彼女だって女の子。そのような願望を抱いていない方が稀だ。ただ、それを友達に言うのは恥ずかしい。自分の妄想を語るのと等しいからだ。

だから、



「どーんと秘密!!」


「えっ、ちょっ、きゃぁあああ!!!」



 だから強制的に会話を打ち切った。全速全開のアクロバット飛行。自力飛行のできないユリシアは悲鳴を上げながらルミナスに必死にしがみつく。


 お姫様の友達は大変。いつもいつもルミナスのワガママに振り回されるユリシアはそう思う。

しかしそれ以上に、この気の置けない関係を心地良く思っていたのも、事実なのであった。



「あははははははは!!!!」

 

「ルナちゃん!! 回転は、回転は駄目できゃぁああああああ!!!!!」





―――――――――――――――――――――



 


 アクロバット飛行の罰として、盛大にユリシアにお小言をもらったルミナスは、安全飛行で再び探索を続けたのち、帰宅のためにユリシアの家へと向かっていた。



「あっ、ねぇシア! 私思ったんだけど……シアのお母様って人族(ヒューマン)よね?」


「……? まぁ、そうですけど」


「ってことはシアのお父様とお母様って外の世界で出会ったってことよね!?」


「……あ」



 地下王国フィルムーアは吸血鬼族(ヴァンパイア)の国だ。人族(ヒューマン)は存在しないはずである。

その人族(ヒューマン)は一体どこで吸血鬼族(ヴァンパイア)と出会い、どうやってここに入ってきたのか。



「じゃあわたしのお父さんに話を聞けば……」


「外の世界への行き方がどーんと分かるってことね!」



 ユリシアを抱えたルミナスの飛行速度が上がる。

頬は吊り上がり、鋭い犬歯が顔を覗かせていて、ユリシアからから見ても期待に胸を膨らませているのが分かる。

と、そのルミナスがピクリ、と何かを感じ取った。



「シア、貴女から吸った闇の魔力が尽きそうなんだけど……もう一回吸ってもいい?」


「ダメです。もう随分疲労も回復しました。

わたしがやるのでルナちゃんは飛ぶのに集中してください」


「……ちょっとくらい考える余地があってもいいじゃないっ」


「ちょっとの歯止めが効かないルナちゃんが何を言ってるんですか」



 ルミナスが具現化させていた闇が雲散霧消し、入れ替わるようにユリシアの闇が二人を隠す。

吸血による対象物の力の使用は、吸った血の量に見合った分の範囲にとどまる。

ルミナスはかなりの血をユリシアから吸ったが、長時間の使用によって吸った分の魔力が底をついたのだ。



「ただいまです!」「お邪魔します!」



 まぁ、何はともかく。

二人は無事に誰にも見られることなく、ユリシアの家に辿り着いた。



「あら、珍しいですねぇ。ユリシアがお客様を連れてくるなんて……」


「フェルル、そのお客様はこの国のお姫様ですよ」


「まぁ、珍しいこともあるものですねぇ」


「……全く驚かないんですね、貴女は」



 おっとりとした優しい口調の黒髪の美しい女性。

一国の姫が来訪しているというのに、平常運転で家事をこなしている。

いやいや、もうちょっとリアクションがあってもいいのではないか、と姫様扱いを厭うルミナスでさえ驚く程の、のんびりとした人物だ。

言うまでもないが、ユリシアの――母である。



「それより、ルミナス姫? どうして貴女がこのようなところにいらっしゃるのですか?」



 ユリシアの父が、冷めた笑顔でルミナスを見る。

その見つめる者を凍らせるような表情にルミナスは悟った。この人もユリシアと同じで敬語に敬意が籠らない人だ! と。



「まぁまぁ、いいじゃないですかジュリアスさん。

お姫様だってたまには息抜きをしたい時だってありますよ」



 ユリシアの父、ジュリアスの冷たい視線に冷や汗を滝のように流すルミナスに助け舟が与えられる。



「いや、フェルル、これは割と大きな問題なんですけれど――」


「さぁさぁ、お菓子の用意が出来ましたよ。

ルミナスちゃん、ユリシア。早くお上がりになってください」



 フェルルはそっとテーブルの上にお菓子と、人数分の飲み物を置く。

自由な人だな、とルミナスは心の中で苦笑いしつつ、フェルルの好意に甘えることにした。

二人は、眉間を揉んでいるジュリアスの座っているテーブルに着く。



「ルミナス姫、貴女はご自分の立場を理解しているのですか……?」


「理解しているから闇属性のユリシアと一緒に遊んでいるんですよ、おじさま?」


「……お転婆なことで」


「それぐらいの方が可愛げがあっていいと思いませんか?

それと、おじさまに一つ聞きたいことがあるんですけど」



 早々と自分に不利な話題を逸らし、ルミナスはさっさと本題に入った。



「外の世界への入り口は……どこにあるの? どーんと教えてくださいな」



 ぴくり、とジュリアスの眉が動くのをルミナスは見逃さなかった。知っている。この人は外の世界への入り口を知っているのだ。絶対に問い詰めてやるんだからっ!

と、ルミナスは決意してジュリアスを見つめると、



「簡単ですよ、この人が地盤を打ち砕いたんです」



 と、思わぬ方向から返答が返って来た。

答えたのはユリシアの母、フェルルだ。



「お父さんがっ!?」 「嘘っ!?」


「こう……ぐーっ、ばぁーん、て感じで岩盤を砕いたんです。

格好よかったんですよ、あの時のジュリアスさん」



 腕を前に出してぐーぱんちをして見せるフェルル。

ユリシアとルミナスは唖然として口を開いている。

それも当然だろう。

あれ程探していた外の世界への入り口がそんな力技で開かれるものだったと言うのだから。



「そういう訳なので、ルミナス姫?

ユリシアを連れ回して外の世界へ行こうとするのは諦めて下さいね?」



 ニコニコとしたジュリアスの笑顔に、ルミナスは悔しそうに唇を噛む。



「っくぅうううううう!! いいわ、いいわよ!

シア! 特訓よ、特訓!! 力を付けて、何としてでもあの天井を、二人でどーんとぶち抜くのよ!」


「え、あ、ルナちゃん!?」



 突然立ち上がったルミナスはそのままユリシアの家を飛び出す。


 その数秒後にはルミナス姫、見つけましたぞ!

やば、シア連れてくるのどーんと忘れてた!

という声が開けっ放しのドアから入ってきた。



「元気なお姫様ですね」


「はは……そうですね」



 渇いた笑いがユリシアの口から漏れる。ルミナスは、二人で地盤を砕くと言った。それはつまり、ユリシアも一緒に地上につれていくつもりだということだ。

あのお姫様はどれだけ友情に飢えていたのだろう。

ユリシアはそう思う。

王族なのに、こんな庶民のはぐれ者とずっと一緒に居て毎日のように遊んで……。

挙句、外の世界へ一緒に行こう、と言っている。


――しょうがないですね。



 ユリシアは食べ終わったお菓子の皿を下げて、ジュリアスに向かって深く頭を下げた。



「今日の稽古、お願いします」


「おやおや、ユリシアまで……そんなに外の世界へ行きたいんですか?」


「いえ、正直どっちでもいいんですけど……ルナちゃんが二人で天井に穴を開けるって言ったんです。

なら、私だって友達として、頑張らなきゃいけないじゃないですか。


 ルナちゃんは、やると言ったらやる子ですからね」



 絶対絶対捕まらないんだからぁぁ……、とそんな声がもう一度、シアの耳に入ってくる。

王国は、今日も平和だ。



―――――――――――――――――――――

 



「王よ、この伯爵めが進言させて頂きます。

これ以上の血の交わりは断固排斥すべきです。

血が薄まれば、我等、吸血鬼族(ヴァンパイア)吸血鬼(きゅうけつき)たり得ません。

純血こそが誇りであり、強さでございます。

血を混じえ、力を失った吸血鬼族(ヴァンパイア)など……」


「など……なんであるか?」



 王の間。ルミナスとユリシアが初めて出会った場所。

玉座には当然ルミナスの父、アダム王が座している。

そのアダム王の前で膝をついている男は……



「どうしたのであるか、アザロ伯爵。続きを申してみるのである」



 アザロと、そう呼ばれる男。病人ともとれる白色の肌。赤目。鋭い犬歯。


 ……ハクシャク。後の狂人、ハクシャクだ。



「王よ。地上の情勢は理解しておられるでしょう?

我々には、力が必要なのです。純粋な力が」



 地上では一年前、地図上が黒く塗りつぶされた。

たった一人の魔族と呼ばれた者の手によって、だ。

地下の王国とは言え、地上の情報が何も入ってこないというわけではない。

定期的に王によって選抜された王国の精鋭の中の精鋭が地上を調査し、情報を手に入れているのだ。



「我々の力は、純血種であればあるほど強い。

王家の血統を色濃く受け継いだルミナス姫を筆頭にして半吸血鬼ダンピールどもを――」


「余の前でそのような蔑称を使うことは許さぬのである」



 アダム王は静かな口調に激しい怒気を織り交ぜる。

半吸血鬼ダンピール。半分だけの、吸血鬼。

純血主義の吸血鬼がハーフに対して使う激しい蔑称である。



「王よ。理解していただきたい。このまま地下に閉じこもっていたとしても、いずれはここの存在も露見するでしょう。その時にハーフなどという脆弱な存在がいくらいたとしても、純血の吸血鬼たった一人の足元にも及びません」


「……〝吸血〟は確かに純血種の特権である。

であるが、ハーフの者が純血の者に劣るなどというのは誤りである」



 血を吸った相手の魔力や【能力】を一時的に使用できる吸血鬼の特性。

それは純血種にしか発現しない。

しかし、ハーフにはハーフの利点もあるものである。

獣人族とのハーフはより強靱に、人魚族マーメイドのハーフは水中呼吸が可能に。

純血も混血も、それぞれの利点があるのである。

……が



「何をおっしゃいます、王よ。

我々純血の吸血鬼こそが、至高にして最強でございます。

穢らわしい混血など……半吸血鬼ダンピールなどいますぐにでも排除すべきです」



 貴族の中には、純血の吸血鬼を盲信する輩も多い。

このアザロがその典型だ。

長らく地下に引きこもっていたせいか、外を知らずに吸血鬼族ヴァンパイアの集団の中で育ったせいか、彼らは他族との交わりを酷く拒むのだ。

国民の中でさえ、そのような感情は僅かに存在している。

だから、ユリシアたちの家は王国の端にあるのだ。

純血の国から、隔離された区画に。



「二度目はないのである。余の前から去るのであるアザロ伯爵。国民は等しく国民。余の守るべき民である。そのことを、ゆめゆめ忘れるでないのである」



 一礼をして、アザロは退出する。目に宿るのは、狂気の火種。

未来のハクシャクが見せた狂気の一端。

アダム王はその狂気の背を、険しい顔で見つめ続けていた。

ルミナスの逃げ回って叫ぶ声が、風に乗って王の耳に入る。


 王国は、今日も……平和だ。

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