第八十八話ーシュードラの住民
曇天の空、少し湿気を孕んだ空気。最も人間が活発になる昼下がりの気持ちの良い時間帯だが……シュードラの街は相も変わらず陰鬱な空気に包まれていた。
道端、家、屋根、果ては犬小屋の中にまで潜り込み、だらんと力なく手足を投げ出している住民達。
無気力。
生きてはいるのに、生気が全く感じられない。恐らく今日も、手足を投げ出したまま栄養失調で永眠する者がでるだろう。以前はそのまま腐臭を放つ物体と成り果てていたが、現在は少々事情が異なる。
この街に、シュウ達が住み始めたからだ。基本的に自宅警備をしている神影やマリアが……毎朝この世を去った者を埋葬しているのだ。
だが、そんな二人の献身的な行動に、この街の住人は一切の興味を示さない。
何もかもがどうでもいいのだ。自分の……生き死にでさえ。
人生に絶望した者の集まる街。死が、隣人である街。無気力と怠惰が横行し、何一つ変化のない街……シュードラ。
そしてカイルは、今や立派なシュードラの街の一員になっていた。
ユナが去った、あの日から……
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カイルは屋根の上で手足を投げ出していた。シュードラの住民と同じように、何をするでもなく漫然とした日々を過ごしていく。
何もする気が起きなかった。
いや、何が起こってしまったのかが分からないのだ。カイルは馬鹿だ。それも超が付く程度では足りない程の。マリンの豹変の理由も、ユナが隠していることも、神影やマリアのことも、何も分からない。
だから、どうしたらいいのか分からない。何をすべきなのか、分からない。一体自分はどうしたらいいのだろう。
視界に広がる曇った空は何も答えてくれない。
こうして空を見上げていても、どうしようもないことくらいカイルにだって分かる。
だけど……
「頭がおかしくなりそうだ……。俺はどうすればいいんだよ……っ」
カイルだって、考えた。どうしたらいいか、自分は何をすべきなのか。無い頭で、空っぽの脳みそを揺さぶって、必死に。
もっと力を付けようと思った。もう二度と仲間を失わないように。ヴァジュラにだって勝てる力を付けようと思った。
しかし、それはマリンに止められた。
『カイル……カイルはもう戦わなくていいの。
だから修行もしなくていいの。そんな危ないこと……しちゃダメ』
無機質な緑の瞳に見つめられ、カイルは修行を断念した。
ユナを探そうと思った。見つけて、連れ戻そうと思った。あの時交わした約束を果たそうと思ったが……
『お前、ユナちゃんがどこ行ったか分かんのか?
分からんねやったら行くな。ユナちゃんは八年間も帝国から逃げ続けた子や。お前なんかが見つけられる訳が無いやろ。
もどかしいやろうけど……今は何か、変化を待っとけ』
ジャックの言う“変化”が何のことかは理解出来なかったが、ユナを見つける当てが無いのは確かなので、断念した。
リュウセイを探そうとも思った。
リュウセイが戻ればマリンも落ち着きを見せ、以前のようになってくれると考えたのだが、
『リュウセイの捜索は僕一人で十分だよ。その気持ちだけありがたく受け取っておくよ、カイル。ありがとう』
シュウにそう言われ、断念した。
また、分からなくなる。思考が尽きて、やることが無くなってしまい、カイルは空を見ることにした。
幼い頃、幸せと共にあった空を。
曇りきって、先の見えない空を。
「フィー姉、俺やっぱり……フィー姉の言ったこと……分かんねーよ……」
『頑張り……なさい。負けるんじゃ、ないわよ』
フィーナの、死の間際の言葉。大粒の涙を零すカイルに分かるように短くまとめた遺言だ。
だが、その言葉の意味もカイルは分からなかった。
カイルは何をするでもなく、フィーナの遺言を考える。
「頑張れって……何をなんだよ……。何に負けなきゃ、いいんだよ……」
分からないことだらけだ。分からなくて、どうしようもない。どうしようもないから、カイルは空を見上げる。雲に覆われ、ゆっくりと流れていく空を眺める。
「――ル! カーイル! おーっい! いるかーっ!?」
「……?」
すると、カイルを呼ぶ声が聞こえてきた。
その声に釣られ、緩慢とした動作でカイルが上体を起こすと、屋根の縁から神影 神使が頭を覗かせているのが辛うじて見えた。
覗かせているというかチラ見させているというか……その程度のレベルでカイルは神影の姿を捉えた。
「ミカゲ……だっけ? 何か用か?」
「んー、まぁそうだな。用はある、あるんだが……」
神影は少し声を張り上げて、
「とりあえず引き上げてくれ! 上がれねぇし、下りられねぇんだよ。うおっ! やべぇ! そろそろ限界!! 腕がっ、腕がヤバイっ! ヘルプ! ヘルプミー!!!」
カイルが呆れた顔をしたのは、言うまでもない。
―――――――――――――――――――――
「いやー、ワリィワリィ助かった。ジャックからお前の居場所は聞いてたんだけどな?
まぁ、中年には乗り超えらんねぇ壁ってモンがある訳だよ。物理的に」
「そんなに苦労するほどここの屋根は高くねーよ」
「うるせー! お前ら超人と俺ら凡人を一緒にするんじゃねぇよっ! 一般人にはなっ! 懸垂なんて高度な技は一回も出来ねーんだよ!!」
別に懸垂は高度な技でも何でもなく、単に引きこもりの神影の筋肉がなさすぎるだけなのだが。(言うな、分かってるから)
「で、用って?」
話題を切り、奇妙なものを見る目で、カイルは神影を見る。そのエメラルドのような瞳に、かつての燦爛とした太陽のような輝きは無い。見つめ続けた曇天が瞳に写ってしまったような……そんな色をしていた。
「重症だな、コリャ」
カイルに聞こえない声量で神影はそう呟いた後、背筋を正し、白衣のポケットに手を突っ込んでカイルに向き合う。
そして、
「なぁーに、やってんだお前。いつまでウジウジやってやがる」
そう、つっけんどんに言い放った。
この言葉の前にカイルの瞳は揺れ、語気も弱くなる。
「ウジウジって……」
「いや、ウジウジはちげーな。どうしてお前は何もしようとしない?」
カイルの瞳が少し、見開かれる。
そうして開かれたカイルの瞳を、神影はじぃっと責めるように見つめた。カイルは目を合わせようとしない。逃げるように、目を伏せる。
「別に、何もしようとしてない訳じゃ……」
「じゃあお前、何をしようとしてんだよ」
「……っ」
「ホラ、言えねーだろーが。何でお前は何もしようとしねーんだよ」
カイルの瞳が下を向いたまま困ったように流れる。
そうしてしばらく逡巡した後、神影の斜め下を見ながらぽつりぽつりと質問に答え始めた。
「分かんないんだよ。全部。全部、何も、分かんなくて……」
「それで?」
「それで……だから、分かんねぇから……動けないんだよ。
何が起きちまったのか。どうして、こんな風になっちまったのか……。どうしたら、いいのか……分かんないから、考えて……考えてんだよ。俺は、何を……するべきなのか」
カイルの言葉を聞いた神影は内心で盛大なため息を吐く。立派なシュードラの住民になってしまったカイルに、呆れる。
だから、
「……そうだな。お前は何にも、分かってねぇよ」
神影は一歩、カイルに近付く。三歩分あった距離が二歩分にまで縮まる。カイルは親に叱られる子供のような表情で俯いていた。何が悪いのか、ハッキリとは分からない。分からないけど、自分が悪いことは何となく分かる。そんな状態のカイルは、今、何かを指摘されれば、きっとそれを改善するだろう。
指示を受ければ、喜んで実行するだろう。思考を放棄して。考えることをしないで。
だから、神影は……
「この馬鹿野郎」
と、言った。
カイルはその言葉に驚いて、神影の方を向く。
「考えるのは、何をすべきかだとか何が最善かとか……そんなこっちゃ、ねーんだよ」
また、一歩。
「分かんねーのは別にいい。理解なんてしなくていい。だからそれを理由に自分を隠すな。“分からない”を何もしないことの免罪符にしちまったら、もう何もしなくなっちまう。
向き合え、自分と。行動する前に、何をすべきかとかじゃなくて自分を理解しろ。
お前は、どうしたいんだ?」
ゼロ距離。
「俺は……?」
「ああ、そうだ。出来るか出来ないかは考えるな。
お前は、何をしたいんだ? お前の気持ちは? お前の意思は?」
「俺、俺は……」
カイルが再度俯き、そして目を閉じた。目蓋の裏に浮かぶのは……ちょっと前までの日常。
リュウセイと競い、マリンやフィーナと戯れ、ジャックと語らい……自分を叱るユナがいる。
そんな、何気ない日常の光景。
フィーナが死んで、その光景はもう失われてしまった。もう二度と、手に入らないものになってしまった。
だが、カイルは……
「戻り、てぇよ。フィー姉が死ぬ前の、あの日に」
渇望する。強く、望む。自分の気持ちを口にする。
可能だとか、不可能だとか……そういった思考を一切することなく。思うままに、吐露する。
「そんなことが出来ないことは分かってる。
フィー姉はもう……居ないから。
でも……皆がバラバラになっちまってるこんな状況……俺はイヤだ」
「……それで?」
神影は小さく笑みを浮かべながら続きを促す。あと少し、その先の答えを聞くために。
「だから、俺は……取り戻したい。
いや……もう一回、作り直したい。
皆で笑いあえる日を、あの日みたいな日常を、もう一回作りたいんだ」
カイルの顔は自然と上がっていた。
口調にも力が篭り、何より瞳に生気が戻っていた。
まだどうしたらいいのかは分からない。
けれど、“どうしたいか”を口にすることで少しは吹っ切れたようだった。
「よし、少しはマトモな顔になったな」
「そうだな、ちょっとスッキリした。
ありがとうな、ミカゲ。この借りは必ず返す! 覚えてろよ!」
「おい、それは今言う言葉じゃねーよ」
物語の序盤に出てくるかませ犬のような台詞に、神影は苦笑する。
カイルは頭に?マークを浮かべるばかりだが。
「ま、元気なのは、いーこった」
「おう、ミカゲはこのために来てくれたのか?」
「いや、ちげーよ?」
「そうなのか?」
「本題はこれからだ。あのままのお前に言ったところで大した意味はなかったろうからな
「ふーん、そっか。それで、本題って何だよ」
神影はそれを言う前に、少しカイルから距離を取った。顔だけをカイルに向けたまま後退し、そして……
屋根から落ちそうになる。
「うおっ!!? やべ、落ちるっ!!!」
「おい!?」
そんな気の抜けるアクシデントを挟んでカイルと神影は向かい合う。
カイルからは憐れみというかその類の視線を向けられるが、神影はそれを振り払うように咳払いを一つ。
そして次の一言で腑抜けた空気を完全に吹き飛ばした。
「ユナちゃんが帝国に捕まった。一週間後に公開処刑なんだとよ」
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『もうっ、何でそうカイルさんは何も考えずに行動しちゃうんですかっ!!』
カイルがユナという少女と一緒に過ごした時間は一年にも満たない。
しかし、一緒に過ごした時間はとても濃密だ。
魔境の森で初めて出会い、ヨークタウン、カルト山、カラクムル、帝国実験場、ヴェンティア……。
当然のようにそれらの場所で暴力的な目に遭っているが、それらを二人で……仲間達と乗り越えてきた。
馬鹿で考えナシなことをして、カイルはユナに怒られる。
もはやテンプレートと言ってもいいくらい繰り返された光景。今だって瞼を閉じれば腰に手を当てて説教をするユナの姿が浮かぶ。
そのユナが……
「公開、処刑? 捕まった……?」
ユナは闇属性で、保有魔力も少ない。
本気で隠れて行動すれば、見つけるのは困難を極める。現に、ユナは帝国という大国から八年間も一人で逃げおおせてきた。そんなユナが捕まったなど、信じられない。
「八年間、逃げれてきたからって……捕まらねー保証はどこにもねーだろ。
信じらんねーのは分かるけど、俺の《能力》で確認した。……捕まったのも、公開処刑も、間違いなく事実だ」
「……いつだよ、それ」
「処刑は今から一週間後に行われることになってる」
「場所は――」
「まぁ、待てカイル、慌てんな」
場所を聞けば、今すぐに飛び立ってしまいそうなカイルを神影は抑える。
本当に何も考えずに動こうとするものだ。
(ま、それも本来の調子に戻ってきてるっつーことだよな)
「なんでだよ! こうしてる間にもユナは――」
「そのユナちゃんのことでまだ話が残ってんだよ」
神影は、カイルの頭を小突く。
「まだ大丈夫だ。時間はある。そんでもって、お前は知っておく必要がある。
あの子が八年間も帝国から逃げていた理由を。
今、殺されかけている理由を。あの子が何を目指して、戦ってきたのかをな」
理由。
ユナが何を思い、帝国から逃げ続けていたのか。
帝国はユナを殺して……どうしようというのか。
カイルはそんなことを知るよりも、一刻早くユナの元に駆けつけたかった。
「カイル、焦る気持ちは分かるけどよ。
お前……あの子が死にたいっつったらどーすんだ?」
「え? いや、そんなこと――」
「あるわけねぇ、なんてことはねーんだよ。
お前が公開処刑からユナちゃんを救おうとしても、その手を払いのけられるかもしれねぇ。
あり得るんだよ、充分な。その時に……この知識は必要になる」
カイルの目付きが少し鋭くなる。いつになく、真剣な顔つきだ。
「……分かった。俺にも分かるように、頼む」
「……善処してやる」
長めの話になるからと、神影はカイルに座るように促し、自身も屋根の上に腰をかける。
「帝国からの情報……つーか、公表している情報がある。
この大陸中どこに居ても伝わるくらい大々的にな。
それの真偽についてだが――」
「そういう前置きとかはいらねーよ。さっさと本題に行ってくれ」
カイルの言葉にそうだな、と神影は相槌を打つ。
そして曇天の空を一瞥し、カイルの目を真っ直ぐと………見る。
「あの子の本当の名前はユリシア・フェルナンデス。
吸血鬼族と人族のハーフにして……
吸血鬼族の王女、ルミナス・ヴィルヘルム・ヴァンパイア姫の無二の親友だそうだ」
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「お父さん、今日はどこにいくんですか?」
「今日はね、王城に行くんですよ」
「王城……?」
「そう、王城です。王様たちが住んでいる大きな家のことです」
「……どうして?」
「……前から、約束していたんです。ユリシア、貴女が八歳の誕生日を迎える時に顔を出します、と。
ユリシアの持つ闇属性の魔力は、どうやら王家の方々から危険視されているようなのです。理由はお話になってくださりませんでしたが……王は誠実な方ですから。悪いようにはされませんよ。ユリシアが危なくないです、こんなに可愛い女の子なんですよ、っていうことをお披露目するためだと、思っておいてください」
「緊張、します」
「大丈夫ですよ、ユリシア。何も心配することはありませんから。ほら、着きましたよ」
王城。二人の目の前にそびえ立つのは威風堂々とした建築物。豪華、というより荘厳で重厚な印象の城だった。
そして何より、巨大だ。過剰かと思えるほど、その城は巨大だった。父の足にすがりついたユリシアが、その漆黒の瞳で城を見上げる。
その瞳には王城に対する憧れは写っておらず、緊張と、少しばかりの恐怖が見え隠れしていた。
「―――ええ、はいそうです。
―――の―――時に―――王より―――」
ユリシアは俯きがちに顔を伏せ、守衛と会話をする父のズボンの膝あたりの布を両手で握りしめる。
背中に生えた蝙蝠のような翼は、すっかり萎縮してしまっていた。
「ほら、ユリシア。開門ですよ。歩きにくいですからズボンから手を離してください。不安でしたら、手を繋ぎましょう」
「はい……」
開門、重苦しい扉が開き、新鮮な冷たい空気がユナの頬を撫でていく。その風に少しユナは震えたのち、二人は手を繋ぎながら歩きだした。門の奥に控えていた案内人の背を追う形で、王城の内部へと進んでいく。
内部は、外部に増して荘厳だった。ユリシアが五人は入れるような柱が規則正しく配列され、天井は不必要なほど高い。圧倒的広さを誇る通路を、三人だけが歩いている。
そして、
「この扉の向こうに王がいらっしゃいます。私はここで待機しておりますので」
「分かりました、ご案内ありがとうございます」
扉が開く。ユリシアが俯き、長く、カラスの濡羽のような美しい黒髪が顔にかかった。
「顔を上げて、堂々としていなさい、ユリシア。
大丈夫です。お父さんがついてますから」
そう声をかけられて、ユリシアは顔ゆっくりと顔を上げる。相変わらず、翼は小さく折り畳まれていたが。
「では、いきましょうか」
父に手を引かれ、ユリシアも足を進める。王の御前は壮麗であった。質実剛健な意匠でありながら、感嘆の吐息を禁じえない……そんな空間だった。
その空間に数歩踏み込むと、二人は打ち合わせ通りに膝をついた。
「面を上げよ、ジュリアス・フェルナンデス。ユリシア・フェルナンデス」
よく通るハッキリとした声でそう言われ、言われた通りに顔を上げる。壮年の、体格のしっかりとした男性。肉体の全盛期は超えてしまっているだろうが、それでも全身に活力に満ちているようだ。白髪に、赤目。立派な髭と黒い翼、はち切れんばかりの魔力。この人物こそ、
「余が二十八代目フィルムーア王国国王、アダム・ヴィルヘルム・ヴァンパイアである。よく来た、大義である」
「はっ、勿体無いお言葉にございます、国王様」
そう定型の挨拶を交わすと、アダム王はユリシアの方を見る。すると、彼の血のように赤い瞳が大きく開かれ、
「……なんと、その齢で余と同等の魔力を有しておるのであるか」
小さく驚嘆の声を上げる。一方のユリシアは状況についていけずに、父の背に隠れてしまった。
「すまぬな、怖がらせるつもりはなかったのである」
「いえ、国王様が謝られることでは……ユリシア、前に出なさい」
ユリシアは拒否の念を込めて父を見る。
けれど、じっと見つめ返す父はそれを許してくれそうになかった。半分泣きそうになりながら、ユリシアはアダム王の前に進む。
「ゆ、ユリシア・フェルナンデス……です。
あの、わたし……危険なんかじゃ、ない、です」
瞳いっぱいに涙を溜めるユリシア。その様子に背後の父は頭を抱え、アダム王も苦笑する。
「それほど、怖がるでないぞ、ユリシア・フェルナンデス。簡単な質問に答えてくれればよいのである。それで今日は―――」
「いけません! 姫様! 王は今謁見中で……」
「知ってるわよ! 闇属性の子でしょう!?
私もどーんと友達になっ……えっと、見定めてあげるわ!」
「だ、ダメです姫様、これは公務で……」
「どーんと私に任せなさい!!」
「ちょっ!? 姫様!?」
ばぁん! と王の間の扉が勢い良く開かれる。その扉を開けたのは……ユリシアと同じくらいの背丈の少女。
その艶やかな黒のショートヘアを揺らして現れた少女を見て、今度はアダム王が頭を抱えた。
天真爛漫な笑みを顔いっぱいに浮かべ、鋭い犬歯を覗かせている少女は、血のように赤い真紅の瞳をユリシアに向ける。
「貴女がユリシアね! 愛称は……そうね、シアにしましょう! よろしくシア!」
誰も彼もが、困惑から漆黒の翼が垂れ下がっている中、大胆に王の間に突撃してきた少女は真っ白な翼をいっぱいに広げてみせた。
「私の名前はルミナス・ヴィルヘルム・ヴァンパイア!!
長いからルナでいいわ! そう呼びなさいシア!」
こうして、吸血鬼族としては異常な白い翼を持って生まれたルミナスと、稀有な闇属性を持って生まれたユリシアは、初めて……出会ったのである。