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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第四章〜飛翔する若鳥〜
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第八十七話ーハクシャクとユナ

注意!

人によっては気分の悪くなる表現が含まれています。






――つめたい………。



 ユナの意識がまどろみの中、覚醒する。ゆっくりと瞼を押し上げ、輪郭のはっきりとしない光景が見え始める。


 ゴツゴツとした剥き出しの、岩のような地面が視界に写る……洞窟だろうか。ぴちょん、ぴちょんと水の滴る音も聞こえてくる。地面に触れている足は冷んやりと湿っていて、冷気を含んだ風が断続的に吹いて身体を冷やす。


 思わず、震えた。このような洞窟で薄手のワンピース一枚だけというのはとても心もとない。自分はどうしてこんな格好で洞窟なんかに……と、ユナが立ち上がろうとすると、



「え……あれ……?」



 身体が――いや、腕が動かなかった。

そこでようやくユナの意識はハッキリと目覚め始める。


 視線が慌ただしく泳ぎ、ユナは自分の現状を確認する。



「なん、ですか……コレ? わたしは、帝国兵を倒して……それから……」



 手首に感じる強い圧迫感。正体は冷たい封化石の手錠だった。

それは手首のサイズよりも小さくできていて、動けば鈍い痛みをユナに伝えてくる。

手錠に付いた鎖は天井に固定されており、ユナは手を角度のきついV字にさせられて無理矢理座らされたような体勢になっている。


 そして一旦自分の現状を認識してしまえば、今まで気が付かなかった身体の不調が次々と感じられた。


 まず、腕。

かなりの時間をこのVの字体勢で放置されたのだろう。

肩と、腕の筋肉の疲労が凄まじい。

もういっそ腕の力を抜いてしまいたいと思うが、それをやってしまうと手錠が手首を引き千切ってしまうのではないかと錯覚するほど手錠が食い込んでくる。


 きっと睡眠状態であったユナも、その痛みに耐え兼ねて、無意識に腕を上げていたのだ。

しかし、上げ続けることなど出来るはずもなく。

途中で何度か力を抜き、痛みに見舞われたに違いない。


 痛みか、疲れか。

どちらかを選ぶことなど出来ず、交互にそれを繰り返した結果、今のユナがあるのだろう。

腕の筋肉は限界まで疲労し、手首からはうっすらと血が流れ出ている。

長時間の拘束で血が止まり、手首から先の感覚はない。


 さらに、場所も悪い。

剥き出しの地面に晒され続けたユナの足は所々血が流れ出ており、じくじくとした嫌らしい痛みを送ってくる。

座り心地など良い訳もなく、最悪だと言っていい。


 痛い、全身が痛い。


 さらに、周囲の冷気がユナの精神を蝕んで気力を削ぎ落として行く。

唇は青紫に染まり、冷たさで感覚が鈍る。

思考が上手く働かない。


 拷問。これは間違いなくそう称される類のもので………………ユナは、拷問(それ)をされる心当たりがあった。



「わたしは、捕まってしまったんですね……」



 諦めにも似た声。

ユナは存外、現状を正しく認識できていた。


 顔を少し上げれば、鉄格子が目に入る。格子の向こう側はただの岩壁であり、少し静かにしてみても無音で、他の囚人の気配は感じられない。いや、囚人どころかユナを見張る看守の気配さえもない。もしかしたら、ここは独房なのだろうか。


 冷たい風が、ユナの体表を撫でながら吹き抜けた。



――こんなところでも、わたしは独り……



 全身を蝕む疲労と身体を冷やす寒気がユナの精神を負の方向に押しやっていく。隔絶された空間、そして静寂は孤独感を助長する。


 冷たい鎖に繋がれ、岩壁の牢獄に閉じ込められたユナはただ……足元の地面を眺める。


 混濁した、焦点のおぼつかない瞳で。



――――――――――――――――――




 カツン……


 洞窟に反響した人為的な音で、ユナは俯けていた顔を上げる。意識が戻ってからしばらく経つが、陰湿な拷問によりユナが休まる時はなく、朦朧とした意識を保ち続けていた。



 だが……目に飛び込んで来たのは黒いタキシードに身を包んだ大柄の男。

瞳は血のように赤く――肌は病人のように青白く――顔は岩が顔の形をしてるかのように無骨で――鋭く大きな犬歯を覗かせ――蝙蝠のような翼を生やした、男。



 その男を目にした瞬間、ユナは目を一気に見開き、瞬間的に意識が明瞭になる。

そしてユナは拘束されているのにも関わらず、大きく身を乗り出した。



「アザロ――ッ!!!!!!」



 ガチャン! と大きな音が鳴り、ユナの手首を手錠が痛めつける。

手錠がユナの皮膚を破り、鮮血が滴る。


 が、ユナはそれを意に介さず、目の前の男を怨敵のように睨みつけていた。



「伯爵様、だ。下賤な半吸血鬼(ダンピール)



 アザロと呼ばれた――帝国内で“ハクシャク”と呼ばれる男はユナを見下す。

その声音にはハッキリと侮蔑の色が表れていた。

檻の中に入ったハクシャクはゆっくりとユナに近づいて……



「――っぅぁ!?」



 なんの躊躇いもなく、歩く動作の延長であるかのような自然さでユナの腹を蹴りつけた。

先端がやや尖った靴がユナの腹にめり込む。


 無防備に蹴りつけられたユナは苦しそうにえづくが、ハクシャクはそんなユナに構うことなく、片腕でユナの首を掴んで持ち上げた。

持ち上げられた反動でユナの首にかかっている深紅のペンダントが、揺れる。














「言え……ルミナス姫はどこにいる」



 気持ちの悪い声。聞いていると吐き気がするようなおぞましい声。地の底から這い上がってくるような、ねっとりとした声。ハクシャクから発せられたのはそんな声だった。


 そんな声を浴びせられたユナは、目の前のハクシャクを嘲るような笑みを浮かべ、



「必死、ですね……アザロ。いえ……“ハクシャク”。

もう、自分を失いかけているみた――きゃぁっ!!」



 ユナの言葉を遮り、ハクシャクはユナを地面に叩きつける。

その際、ユナを縛る鎖も引きちぎれたが……今の状態の、長時間の拷問で疲労しきったユナが自由になったところで対した問題になりはしない。

ずりずりと地面を滑っていくユナを、ハクシャクは冷たい眼で見る。

そして起き上がろうともがくユナの頭を乱暴に踏みつけ、



「余計なことは喋るな、半吸血鬼(ダンピール)。貴様はただ、ルミナス姫の居場所を私に伝えればよいのだ」



 ハクシャクの声は高圧的で、その声音はやはり気持ちが悪い。低いようにも聞こえ、しかし高いようにも聞こえるし、太いようにも、細いようにも聞こえる。

だから……生理的に受け付けない。非人間の声。


 ユナだって、気分が悪い。気分が悪くて、個人的な恨みも相まって、ユナの口調は自然と荒くなる。



「あなたみたいな人には、何一つとして話すことは……ありません……っ。そのまま自我を消えた方が、素敵ですし、助かります」


「黙れ!」


「うぅっ!」



 怒声とともにハクシャクはユナを踏みつける足に体重をかける。痛みに呻くユナ。しかし、それでも彼女は気丈にハクシャクに食ってかかる。



「もうそろそろで、貴方が貴方でいられる時間はなくなる、でしょうね……。怖いんですよね? 自分が消えてしまうことが……」

 

「黙れと言っている! この賤しい半吸血鬼(ダンピール)めが!!!」


「っく、ぁ!」



 ユナの頭がミシミシと悲鳴を上げ始めた。苦悶の表情を浮かべるユナ。一方のハクシャクは吐き捨てるように言葉を続ける。その顔には、焦りが浮かんでいた。



「答えろ!! ルミナス姫は――王剣ダーインスレイヴはどこにある!!?」


「ぐぅっ…….ぁあ! やはり、それが狙いですか……! 王の魂を吸って、知ったんですね……!!


 何度でも言います。わたしは、何も話すことはありませ――あぐ、っぅ!!?」



 ユナの言葉は自身の悲鳴によってかき消される。

今までとは次元の違う痛みが、ユナを襲った。

背中が焼けるように痛い。

中々言うことを聞かない首を傾けてハクシャクの方を見ると……



「鞭……!?」



 その手握られていたのは、鞭。

鞭とは本来拷問、もしくは懲罰を目的として製作された道具である。

外傷的な意味で致命傷を与えることはほぼないが、その鋭すぎる痛みにショック死をした者もいると言う。


 人間を痛めつける為に作られた、道具。



「言え……王剣ダーインスレイヴはどこにある!!!」


「いっ、アァッ!!!」



 鞭は、正しく振れば音速をも超える。

人肉を裂くことなど……容易いのだ。

ユナのワンピースは肉ごと引き裂かれ、たったの二振りでその布地は赤く染まる。

背中が熱を帯びて、じくじくとした痛みがユナの背で暴れる。

その痛みに意識が飛んでしまいそうになるが……



「言え、言えぇええええええええ!!!!」


「ぃうっ、アアアァッ!!!」



 飛びかけた意識が強制的に、新たな痛みによって引き戻される。鮮烈で、痛烈で、苛烈な痛み。風が肌を撫でるだけで悲鳴を上げたくなる。


 けれど、そうだとしても……



「絶対に、絶対にわたしは何も喋りません……っ!! 痛めつけるなら、つければいいじゃないですか……!! わたしは、絶対に……口を割りませんから!!」



 ユナは堅く口を閉ざす。痛くて、死にそうなほど辛いとしても、ユナは気丈に吼える。秘密を守り、耐え、忍ぶ。


 ハクシャクはギリッ、と歯ぎしりをする--それがキッカケになったのか。ハクシャクは頭を押さえ、呻き始めた。頭痛、にしては痛がり方が激しい。



「ぐっ、ぁああ!! 言え!! 言うのだ半吸血鬼(ダンピール)!!

翼さえも失った吸血鬼の恥晒しが! 純血の、貴族の私に逆らうな!! ルミナス姫はどこだ!! 王剣ダーインスレイヴはどこにある!!!!」


「言いません! 言いませ――イヤァァアアッッ!!!!」



 ビシィッ!、と空気と肉を裂く音が洞窟内に反響する。

ハクシャクは息を荒げ、何度も、何度も何度も何度もユナに鞭を振るう。



「言え! 言え! 言え! 言え! 言え! 言え! 言え! 言え! 言え! 言え! 言え! 言え!」


「ぅっ、ぐぅっ………アァッ! あっ、くぅぅ、いっ! ぅ、っ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっっっっっ!!!!!」



 ユナの絶叫が音響兵器と比肩するほどに響く。

背中には幾つもの深い、赤い筋が刻み込まれる。



「いえ! いえ! いえ! いえ! いえ! いえ! いえ! いえ! いえ! いえ! いえ! いえ! いえ! いえ! いえ! いえ!」


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!」




 ユナは夢中で、無意識の内に地面を握りしめる。


 鞭で背中を叩かれる度に手の内に力が篭り、そしてとうとうユナの爪は無惨に割れた。

しかし、そんなことにも今のユナは気がつかない。

背中が蹂躙されるのに耐えることで、精一杯なのだ。


 今やその範囲は背中だけにとどまらない。

剥き出しの腕や、脚にも、暴虐の鞭は襲いかかる。

それはハクシャクが意図的に狙ってやっている――訳ではない。


 どう見ても、今のハクシャクは正常ではなかった。

元々赤い瞳はさらに血走り、狂ったように同じ言葉を繰り返す。

唾を飲み込む動作を忘れてしまったのか、ハクシャクが叫ぶ度に唾が飛散する。

先ほどまでの尊大なハクシャクは……いない。

今のハクシャクは、ただ力任せに鞭を振るうだけの狂人だ。



「イエ! イエ! イエ! イエ! イエ! イエ! イエ! イエ! イエ! イエ! イエ! イエ!」


「ぁぁぁぁぁっ……………………ぁ、ぅ…………」



 ユナの意識が、とうとう限界を迎える。

脳がこれ以上は危険だと判断し、ユナの意識を断ちにかかったのだ。

これ以上は……痛みでユナが壊れてしまう。



「イィィィィイエェエエエエエエエェェエエエエエエエェエエエエエエエエェェエエエエエエエエェェエエエエエエエエエェェエエエエ!!!!!!」



 狂人ハクシャクはそんなことなど構わないと言わんばかりに意識の無くなったユナに鞭を振るう。


 本来の目的など忘れ、自分が誰を痛めつけているのかも分からずに鞭を振るい続ける。




 べちゃり。

 ユナの血が、壁面に飛び散る。


 べちゃり。

 ユナの血が、床に飛び散る。


 べちゃり。

 ユナの血が、檻の外に飛び散る。


 べちゃり。

 ユナの血が、自身に飛び散る。


 べちゃり。


 べちゃり。 べちゃり。


 べちゃり。 べちゃり。 べちゃり。




 べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。べちゃり。



 ユナの血が――。











「ぐぅっ、ぅぐ、あっガァあ、アアアアアアアアあああぁぁあっ!!!!!!!」



 びちゃり!





 水溜りに足を突っ込んだような音が檻の中で響く。

ハクシャクは滝のような脂汗を流し、真っ赤に染まりきった鞭を焦然とした顔で見つめた。



「ハァッ……、ハァッ……、ハァッ……っく!

また……私は……ぐぅっ!」



 疲弊した様子でハクシャクは頭を押さえ、次に足元でボロボロになっているユナを見る。

ユナのワンピースの背面は完全に破れ、剥き出しの背中が熟れたザクロのようになっていた。

腕や脚にも数筋の赤線が刻み込まれて、目を覆いたくなるほど今のユナの状態は悲惨だった。

しかしそれでも……意識はなく間違いなく重態であっても……浅くか細い呼吸音がハクシャクの耳に届いていた。



「早く……早く喋らせねば……っ!

私が、私が吸血鬼族(ヴァンパイア)の王になるのだ……っ!!




 帝国兵!!!!!」



 ハクシャクがそう叫ぶと一分も経たない内に一人の帝国兵がやってきた。



「お呼びですかい、ハクシャク様……って何ですこりゃあ……死体ですかい?」


「余計なことは言わなくていい!!!

水を……いや、塩水を持って来い!!!!」


「塩水? ンなもん何で……」


「早くしろ!!!!!!」



 ハクシャクが怒鳴ると、帝国兵は不承不承といった様子を隠そうとせずに引き下がる。

そうして彼は塩の塊がコップの底に沈殿している一杯の塩水を持ってきた。



「少ないっ! これだから下等な人間族(ヒューマン)は………っ!

まぁいい! 寄越せ!

次はバケツ一杯の塩水を持って来い!!」



 帝国兵は露骨にハクシャクの悪口を呟きつつ引き下がる。

そして一人残されたハクシャクは手に持った塩水を、



「起きろっ! 半吸血鬼(ダンピール)!!」


「ィヤァァァアああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!??」



 絶叫と共にユナは起き上がった。

ハクシャクは、手に持った塩水を……あろうことか背中の生々しい傷に勢いよくかけたのだ!

生傷に塩が染み込み、鞭で打たれている時とは毛色の異なる鈍い痛みがユナの背中で暴れまわる。



「あっ………はぁっ……はぁっ、くぁ……」


「手間を取らせるな! さぁ、言え!

ルミナス姫はどこだっ!!!! どこにいるっ!!」


「ぁぁあぁあぁぁああぁあぁぁあっ!!!!!」



 塩を塗り込まれた傷口に、ハクシャクは再び鞭を振るった。

鮮烈な痛み。鋭い痛み。激痛……激痛。


 激痛。


 朦朧とした意識、混濁した瞳。

全てを吐いて、この地獄から抜け出す。

それが実行できたらどれほど楽だろうか。


 ……弱音を吐いても、泣き言を言っても、意識が無い状態になっても……ユナは自分の使命を忘れない。

嫌々だろうと辛かろうと、ユナは使命に遵ずる。


 執念、だ。


 こんなに苦しくても痛くても死にそうでも、口を割らない。

課せられた使命を全うしようとする。

それは……戦慄さえ感じる執念であった。


 もはやユナ自身でさえも止めることの出来ない……呪いにも似た執念。


 諦めそうになったとしても、ユナは諦めない。

投げ出したくなっても、ユナは投げ出さない。

止めたくなっても、結局は止めない。

止められない。

止めることなどできはしないのだ。


 止めたいと泣き喚いたとしても、彼女は喚きながら使命を続けるだろう。

たとえこのまま死ぬとしても、彼女は最期まで使命を遵守する。







 もうユナには……それしか残っていないから――。






―――――――――――――――――――――





「はぁ……っ!! はぁ……っ!!」



 凄惨な光景だった。

血と塩水溜まりに沈んだユナはボロボロで、とても正視に耐えうる様子をしていなかった。

何度目か分からない意識の剥落は確実にユナの精神を破壊し、追い込んでいる。

にも関わらず口を割らないのはやはり執念、なのだろうか。


 

「塩水を……っ! もう一杯持って来い!!」



 ハクシャクが檻の外に控えていた帝国兵に乱暴にバケツを投げつける。

何度も何度も塩水を運ばされ、肩で息をする帝国兵は、



「ひじょーに、申し訳にくいんですがぁ、ハクシャク様……塩が切れやした。

それに……それ以上やったら……死んじまいやすぜ、そいつ」


「……っ、何だと!?

なら熱湯でもなんでも持って来い!!!

とにかくこいつの意識を覚まさせるんだ!!」



 ハクシャクの無茶な要求に、辟易とした様子の帝国兵。

突然、この男に従うように命令された彼はハクシャクの部下ではない。

そもそも、ハクシャクは帝国軍という組織に属してはいないのだ。

そんな男にこき使われ、腹が立たないわけがない。

帝国兵≒盗賊、もしくは山賊。

元々軍の規律に従うような人間ではないのだ。

 


「だぁかぁらぁ! それ以上やったらそいつが死ぬっつってんだろうが!

これ以上働かせんじゃねぇよ! 嗜虐趣味のキチガイ野郎!」



 帝国兵がそう吐き散らし、ハクシャクに踵を返そうとしたその時、


 ズドン! 帝国兵の顔のすぐ横を黒いナニかが通り抜け、鈍い音が聞こえた。

恐る恐る帝国兵が音のした方を振り返ると……


 壁が、拳型に凹んでいた。


 前を向くと、拳を振り抜いたままのハクシャク。

誰が何をしたのかは明白だった。



「ひ、ヒィィッ!!」


「喚くな下等種族!! 貴様は私の言う通りにすれば良いのだ!!!」



 逃げ足で帝国兵は熱湯を取りに走り去る。

その背を睨むハクシャクは、鬱陶しげに拳を戻す。



「大体、このような半吸血鬼(ダンピール)が死んだところで問題はない。

死体を晒し、ルミナス姫を炙り出せば…… 」



 そこで、ハクシャクの動きが止まる。止まり、瀕死のユナを一瞥し……










 ハクシャクの口元が、嗜虐的に歪んだ。



「そうだ……殺せばよいのだ。この半吸血鬼(ダンピール)を殺そうとすれば、お優しいルミナス姫は必ず現れるだろう。嘆かわしいことだが、ルミナス姫はこの半吸血鬼(ダンピール)親友(・・)……らしいからな」



 檻の中で、ハクシャクの哄笑が響く。

その声はやはり、気持ちが悪い。



 そうして……ユナの公開処刑が決定したのだ。

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