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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第四章〜飛翔する若鳥〜
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第八十六話ー独り

 







 静かな夜の街道。月光が道を微かに示し、頬を撫でる風はひんやりとした冷気を含んでいる。往来は一切なく人気のない寂しい街道。そんな道を歩くユナの足取りは、重い。俯いた顔に滑らかな黒髪がかかり、ゆっくりと、かたつむりが歩くような速さでユナは歩く。


 瞳にいっぱいの涙を溜め、今にも泣きだしてしまいそうな顔だった。


――嫌な、懐かしさですね……


 カイルと出会う前に感じていた孤独感をユナは思い出していた。周囲には誰もおらず、たった一人での当てのない旅。寄ってくる人間は誰も信用できず、心を擦り減らしていたあの頃。


 身を寄せていた場所から、追い出された直後の寂寥感。時に闇属性の情報を流されたり、時に罵声を浴びせられたり、時に襲われたりと、様々な手痛いことをユナは被ってきた。その度に心を傷つけられ、表現しえない悲しみのような感情が胸をしめつけるのだが、


――今回のコレが、一番辛いです、ね……


 瞳を閉じれば、マリンの別れ際の顔が思い出される。泣きじゃくり、ユナに向かって声を荒げるマリン。目は濁っていて、正気ではないことくらいユナでも分かった。

だが、その悲しみは痛いほど伝わってきた。


 フィーナを失った悲しみ。

 

 その原因を作り出した、自分。耐えられなかった。

悲しさだとか辛さだとかをないまぜにした、マリンの想いを象った……あの心を切るような顔で責め立てられて……。自分がフィーナが死んだ原因だと、言われて……。

もう、だめだな、と思ったのだ。


――わたしは、あの場所にはいられません。いる資格が、ない……。

フィーナさんを死に追いやって、一体どうしてあの場所に居座ることができるのでしょう。


 その上、わたしがいるだけで皆さんを危険に晒してしまいます。闇属性という意味でも、もう一つの意味でも……



 ユナは俯いたまま、唇を噛む。

自分が悪いと、マリンの言っていたことが正しいのだと、自責する。


 自分のせいで、フィーナが死んだ。


 自分が、闇属性だから、狙われた。


 自分が――だから……。



『皆さんを、助けて下さい。それがわたしの、最期のお願いです』



 不意に頭の中で声が鳴り響く。

その声は、忘れようとしたって忘れられない声で。

忘れようとしたって忘れられない言葉だ。

いつだって、彼女・・はユナの近くにいた。

孤独を感じていたユナに、前に進む力を与えていた。


 今も……


――……そうです、よね。

わたしは、やらなくちゃ、いけないんです。

独りでだって、やらなくちゃ……


 ユナは歩みを続ける。

だがその顔には、カイル達と居た時の笑顔は存在していない。

暗くて寒い夜道をユナは歩く。


 たった、独りで……



――――――――――――――――――――





「ルルルルル……なんとまぁ、幸運なのでしょう。

ルルル……私の管理下のこの場所に、闇属性が近づいているようです」



 黒フードを被った、男か女か分からない中性的な声が閉塞感のする部屋で響く。

鈴のように小さいが、よく通る声だった。



「例の一団がこの都市に近づいている、ということなのでしょうか。

とすれば、目的はこの要塞都市の陥落……ルルルル。

ルルルル、本気で帝国を相手にする気でいるとしたら、滑稽ですね……」


 にやり、と黒フードは笑う。深く手すりのついた椅子に腰かけ、右手の暗闇の羅針盤テネブレ・コンパスを見ながら。



「ルルルルル、戦術や戦略は、帝王様の圧倒的な力の前では無意味。この要塞都市も、もはやお飾りに過ぎないというのに……」



 要塞都市。

帝王に大陸が脅かされる以前、長年小競り合いを続け、戦争に至ることもままあった情勢の二つの国家があった。


 攻撃に長けた国、スパルティア。


 防御に長けた国、デロス。


 スパルティアが攻め、デロスが守る。両国はそのような関係を築いていた。要塞都市は、デロス国家の最終防衛都市。スパルティアも二の足を踏む鉄壁の都市だった。


 しかし、帝王君臨と共に両国は崩壊。

要塞都市は野ざらしにされ、そこに一人の人間が赴任した。


 第六部隊長、〝軍師〟テスタロッサ・ストラテジー。


 彼女の手によって、要塞都市は魔窟と化した。

ゲンスイ率いる反乱軍も、攻撃の要の地とする為に何度もこの場所を攻撃したものの、ついに崩すことは叶わなかったという逸話のある場所だ。



「ルルルル、まぁ、奴らがこの要塞都市に執心しているのなら、それもいいでしょう。

私はその感情を、利用するだけですから……。

ルルルルルルルル……私の新たな【能力】、ご覧にいれて見せましょう」



 薄暗い部屋の中、帝国の知略の名手が、その牙を光らせる。



――――――――――――――――――――




――街……やっと着きました。

とりあえず、きょうはこの街に入って休みましょう……。



 ユナはテスタロッサが待ち構えているとも知らずに、要塞都市に到着する。

要塞都市の壁は厚い、そして高い。

高さ、五十メートル。幅七メートル。

この防壁だけでも、要塞都市の堅牢さが計り知れるというものだ。

もちろん、入るには厳しすぎる検問が必要であるし、壁の強固さだけが要塞都市の特徴ではない。


 壁面に取り付けられた魔具の砲台も、特徴の一つと言えるだろう。


 いつものユナなら、その砲台からこの場所が要塞都市であることを知り、すぐさま撤退の選択をとっただろう。

しかし、今のユナはカイル達と別離したショックで正常な判断ができない上に注意力も散漫だ。

砲台にさえ、気が付かない。



――この都市、入り口が閉まってますね……。警備が厳しいのでしょうか。

まぁ、今日はもう休むだけです。人も見ていませんから……



 右手の黒ブレスレットに、魔力を流す。

二つある内の一つは消え、もう一つが拡張してユナの目の前の壁に張り付いた。



「【転移テレポート】」



 それをくぐり抜ければ、もう要塞都市の内部。

魔力は大幅に減り、今日はこれ以上、【能力】は使えないだろう。

魔力という代償を払ってユナは要塞内部に侵入すると、周囲を見渡して首を傾げた。



「……? 変な街ですね……民家が見当たりません。転移(テレポート)した場所が悪かったのでしょうか?」



 ユナの視界には平らに均された地面、その地面を囲う木の柵。柵の外には大量の武器が、雨の日の傘立てに刺してある傘の如く乱雑に置かれている。


 ここは、いわゆる練兵場。デロス国が兵士を鍛えていた場所だが、今は全く使われていない。精々が荒くれ帝国兵の騒ぎの場所として利用される程度だ。

ユナは、人気の全くないこの場所を、街の広場か何かだと勘違いしてしまっているが。



「宿を、探しましょうか……」



 足取り重く、ユナは気付かぬまま、要塞都市の深くに足を踏み入れていくのだった。




――――――――――――――――――――




 ここで唐突だが、帝国兵の練度について語っておく必要がある。

簡単に帝国兵を表現するなら、荒くれ、盗賊、などの言葉が適切である。

例外は第一〜第三の帝国兵達。

彼らだけは、高い練度を持ち、有事の事態に猛威を振るう。


 では、テスタロッサ・ストラテジー率いる第六部隊の帝国兵はと言えば……



「おい、聞いたか? この通路を閉鎖すりゃあ百万マムだってよ」


「へっへっへ、本当に良い職場だぜ、帝国兵団はよぉ」



 兵士としての意識など皆無。

だが、彼らはテスタロッサの手足として、本人達の預かり知らぬ所で動かされている。時に金、時に女、帝国兵達の望むものを与え、自分の思い通りの結果を導く"軍師"。


 それが、テスタロッサ・ストラテジーという女だ。



「また……行き止まりですか……これでもう四回目です……」



 ユナは、それがテスタロッサの思惑通りとは知らずに来た道を引き返し、道なりに歩く。

ここは要塞都市。奸計や策略の為の仕掛けが随所に仕掛けられている場所。



「ルルル、本当にこの要塞を攻略しに来たのでしょうか。行動があまりに単純ですねぇ……。


 この先は閉鎖扉はありませんから……ルル。


『Eブロック四番地区担当の帝国兵に告ぐ、eー八番の防火魔具の付近を巡回。

報酬は五十万マムとする』」



 反乱軍からの通称は――テスタロッサの牙城。



「ッ………! 帝国兵……! この道はダメですね……! 他の道を探さないと………」



 ユナは、そうとも知らずに歩み続ける。

大して働かない頭で障害のない道を進み続けるのだ。

楽な方へ、安全な方へと流される。

そこに警戒心は存在しない。



「ここは……?」



 そうして辿り着いた先は小さな部屋。

五畳ほどの大きさの部屋で剥き出しの石壁や石畳が圧迫感を感じさせる。

ここに檻が存在すれば牢屋として機能することだろう。



「ここかぁ? ここぁな、デロス国の兵士達の仕置き部屋っつーんだとよ。

言うこと聞かねぇノロマをここに一晩ぶち込んで、頭を冷やさせる――んなまどろっこしい部屋なんだと。

言うこと聞かせたきゃあ、見せしめに一人くれぇ、ぶっ殺してやりゃいいのによぉ」


「っ!? 誰ですか!!?」



 驚いて振り返った先にいたのは、漆黒の鎧を纏った帝国兵。

帝王の下位互換のような全身鎧を纏った男だ。

そして、その男は……



「っ………!」


「かっ、驚れぇて言葉もでねぇか?

俺ぁ、この要塞都市に配属された帝国兵の中で一番デケェ男だぜ」



 大きかった。巨人族(ジャイアント)とまでは行かないだろうが、それでも二mは確実にあるだろう。

この小さな部屋ではより一層その体躯は巨大に思われた。



「テメェを生きて捕まえりゃあ十億だってなぁ。

これで俺ぁ、一生遊んで暮らせる! 感謝するぜぇ! ユナちゃんよぉ!!!」


「っ、くぅ!」



 大きな声を張り上げながら振るわれた拳を受けてユナはよろめく。大きさ、というのはそれだけで大きなアドバンテージになりうるものだ。

大きければ、避けにくく、そして重い。その威圧感は受け手を竦ませ、行動のキレを奪う。


 ユナの場合、カイル達と別れたことによる精神的ショックも加味されている。ユナの動きに以前の精細さが、ない。



「うおらあっ!!」


「っ、く! それがどうしたって言うんですか!!」



 もう一度振るわれた拳を両手を使って背後へと流すと、帝国兵は大きく大勢を崩し、兜を被った頭がユナの鳩尾の高さまでやって来た。

 


「護身剛拳・滅獄墜(シュトラーフェ)!」



 いなした両手を組み、なけなしの魔力で具現化させた闇を纏わせてハンマーのように帝国兵の脳天に叩きつけた。

ガンッ、という鈍い音。

闇が防具の代わりを果たしたので、ユナの手に怪我は無いが……



「効かねぇなぁ! そんなモンはぁっ!!」



 それは相手も同じこと。

ユナは魔力量が少ない。その上、今日は一度【転移(テレポート)】を使ってしまっている。

もう魔力はほとんど残っていない。

そんな中でカイルのように力と魔力に任せて殴っても、大したダメージは与えられないことは明白だ。



――何をやっているんですか、わたしはっ! 剛拳の方を使うなんて……っ!



 ユナの少ない魔力では、少ない魔力で敵の隙を突き、無力化させる柔拳が適している。

過大な魔力で敵を捩じ伏せる剛拳は、ユナにとって不適なのだ。


 にも関わらず剛拳を使ってしまったのは、やはり――、



――いつまでわたしはカイルさん達のことを引きずっているんですか!!

もう、もう……あの人達とは一緒にいられないんですよ!?



「そらそらそらそらぁあっ!!!」



 ユナは動揺を胸の奥底に押し込めて、帝国兵の乱打を捌く。

柔軟さが欠けた動作では、巨漢の拳の衝撃を完全に流すことはできずに少しずつユナの身体に疲労とダメージが蓄積していく。



――わたしは独りーーーー独りなんです!!



「わたしは、独りでも――っ!!」



 護身柔拳・奈落頸グロル・シュピッツ

男の胸甲に、ユナの掌底が当たる。その本命は掌底ではなく、内部へ流れていく闇。ユナの技は漆黒の鎧を飛び越えて、肉体さえも飛び越えて、帝国兵の内部にまで浸透し、衝撃を与えた。


 崩れ落ちる帝国兵。呆気ない勝利がユナに訪れたが、ユナは右掌を突き出したまま固まっている。


 その頬にはキラリと輝く一滴の涙が流れていた。



「大丈夫……なんです……」



 拳を下げるユナだが、涙は止まってはくれない。

いつまでたっても悲しさは離れてくれず、頭の中で燦々(さんさん)とした思い出がまたたき続ける。

本当の居場所だと、ここなら何があっても大丈夫だと……思っていた。

もう二度と、こんな孤独を味わうことなんてないのだと思っていたのだ。


 しん、と静まりかえった部屋と、僅かに冷えた夜の空気がユナの胸を一層強く締め付ける。


 底知れぬ寂しさが、ユナを襲った。


 八年の孤独が、迫ってくる。

きっとそれはこれからも続くことだろう。

これからも、ずっとすっと、ユナが目的を遂げるまで……


――そんな、そんなのは…………。

どうしてわたしはそこまでやらなくちゃいけないんですか……。

そんなに頑張らなくたって……いいじゃないですか……。



「もう、全部投げ出して――」






















『皆さんを、助けて下さい。

それがわたしの、最期のお願いです』



 ユナの頭の中で、声が響く。

よく知った声。忘れることなどありえない。

その声は再びユナの背中を押して、前に――



「そんなの……もう無理よぉっ!!!!」



 ユナが叫ぶ。虚空にいる見えない彼女に向かって。


 叫ぶ。



「私は頑張った!! いっぱいいっぱい頑張った!!

頑張ったじゃない……………………」



 涙が止まらない。

とめどなく、ユナの黒い瞳から溢れ出る。

どうしてこんなに溢れ出てくるのかは分からない。

ただ、自然にどうしようもなく溢れてくるのだ。



「まだ、頑張れって言うの……?

まだ、頑張らなきゃ、いけないの……?

そんなの、無理よ……ねぇ、――――、私、もう――――」



 ユナは張った気が切れたように倒れる。

最後に誰かの名前を、恨むように口にしながら……。





――――――――――――――――――――




「ルルルルル……これほど簡単に策に嵌るなんて、本当にどうしたんでしょうねぇ……」



 テスタロッサは見下すようにそう口にする。

足元にはユナに負けた帝国兵と、睡眠ガスで昏倒したユナが倒れていた。



「誘導には全てひっかかり、当て馬を相手にするあまり睡眠ガスが部屋に充満し始めたことにも気が付かない。

もう二、三は策を用意していたのですが……ルル。

無駄になってしまいましたね……ルルルルル」



 テスタロッサは動かないユナの傍で膝をつき、その手に封化石でできた手錠を嵌める。



「これで仕事も終わりですかねぇ……ルル。

他のネズミが入り込んだ様子もありませんでしたし、本当にこの娘の行動の意味は計りかねます……ルル。

まぁしかし、気にすることはないでしょう……。

闇属性の捕縛には成功しました……。

後はハクシャクとやらに引き渡せばいいだけです……ルル、ルルルルルルルル」



 テスタロッサの不思議な笑い声が、部屋に響く。

闇属性。

帝国に加担すれば、それだけで部隊長の地位が約束される稀有な属性。

その首には十億の懸賞金が掛けられ、大陸中の人々から狙われることを宿命づけられた存在。


 ユナの処遇が決して悪くはならないだろうことは誰であっても想定できる。

同じ闇属性のスミレも監禁状態にはあったものの、豪華な部屋で快適な生活は約束されていた。

テスタロッサでさえも、そう思っていた。

帝王様は、なぜかは知らないが闇属性には甘い、と。

だから、ユナをハクシャクの元に輸送する際も丁重に護送した。

そして数日後……









 









 ユナの公開処刑が、全世界に発表されることとなる――。

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