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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第三章~絶対強者との邂逅~
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第八十五話ー罅(ひび)

 





「――帝国を倒す為に、僕は皆の記憶を封印した。


 やたらに命を粗末にさせないために。辛い記憶を思い出させないために。自分たちの能力を高めてもらうために。


 その後、僕は眠った皆をそれぞれの環境に運んだ。

マリンとフィーナは絆を高めてもらうために劣悪な院長のいる孤児院に。リュウセイは、技術を学ばせるために武人の街、〝カルマ〟に。カイルは型に囚われず、自身の魔力を高めてもらうために〝魔境の森〟に。


 その後、僕は神影、マリアと出会い、君達と……再会する機を伺っていたんだ」



 シュウは、長い長い語りを終える。言われてみれば、シュウとカイルたちは似ている部分がある。

まず、澄んだ緑の瞳。

母親譲りのその瞳は、子供たち全員に共通する瞳だ。

カイルたちがこれほど手のつけられない悪童に育ったのも、長男であるシュウがしっかりしていたからなのだろう。

シュウの髪の色は母親譲りの明るい栗色。そのことも、シュウがカイルたちの兄であることを立証していた。


 というより、疑う余地はなかった。


 シュウによって語られた有翼族の末路は、カイル達が思い出したものと酷似していたし、カイルもシュウが兄だと証言している。マリンの、記憶の封印が刺激されて痛む頭も証拠になるだろう。


 シュウは、紛れもなくカイルやマリンの兄なのだ。



「だったら――もっと早く助けに来なさいよっ!!!」



 それがマリンには許せなかった。

兄だって、そう言うのなら。あんなにも強い力を持っているのだから。



「あたし達の側に居て、守ってくれればよかったじゃない!! 何が兄よ! あたしに兄なんていない!

覚えてないわよそんなことっ!! 知らない知らない知らないっ!!!


 あんたさえっ、ちゃんとしてたらぁ……っ!」



 感情が高まり、言葉が後に続かない。己の半身とも呼べるフィーナの死は、余人の想像以上にマリンの精神を病ませている。カイルが寝ている間も、マリンは錯乱してはシュウに当たるという日々を送っていた。



「……そうだね、ごめん」

 


 その度に、シュウは申し訳なさそうな顔で項垂れる。全ての非は自分にある、そう主張するかのような態度で。


 マリンは跳ね起きるように顔を上げ、さらにシュウを糾弾する。



「早く、あたしの前から消えなさいよっ!!

あんたの顔を見てると頭が痛くてしょうがない!!

早く、早くどっか行って!!!!」


「……もう一度、リュウセイを飛ばした場所をしらみ潰しに探して見ることにするよ」


「おい待てよ、シュウ」



 部屋を出ていこうとするシュウの肩を神影は掴む。



「お前、さっきリュウセイの探索から帰ったばっかりじゃねーか。少しは休め。いっぱいいっぱいなのは分かるけどよ。

ぶっ倒れんぞ、バカ」


「……大丈夫、リングを出して、本気で回ってくるから、そんなに時間はかからないよ」


「それのどこが大丈夫なんだよ……」



 天使としての力を解放すれば、それなりに疲労は忘れることができる。

いや、そうしなければシュウは疲労で倒れてしまうだろう。そんな体調だから神影は休めと言ったのだが、シュウは聞く耳を持たなかった。



「じゃあ」



 シュウは神影を振り払って部屋から出ていく。寂寥としたものを感じさせる背中だった。



「ったく、あいつは……」


「クカカカ、あれがシュウの美徳じゃよ」



 マリアはシュウの頑固さを美徳だといったが、神影はそうは思わない。その余りにも強い家族に……肉親に対する献身が本当に正しいことだとは思えないのだ。



(いや、違うな……俺と同じ間違いを、シュウにして欲しくないだけか)



 青臭いことを思い出しつつ、神影は内心ため息を吐く。



「で、あんたたちは一体……?」



 マリンの剣幕に、シュウが出て行くことに口を挟めなかったカイルが疑問に思っていたことを口にする。

その疑問とはもちろん、兄であるシュウと共にいる奇妙な二人についてだ。


 白衣にフケに目の隈、無精髭に冴えない顔に黒髪黒目が特徴の中年男、神影。

白、白、白、とにかく髪の毛から瞳から肌から、服まで真っ白の幼女、マリア。


 そしてシュウを加えた三人の組み合わせに、まるで共通点が見出せないのだ。



「あー、そっか、カイルにはまだ自己紹介してなかったな。

俺は神影。神影(ミカゲ) 神使(シンジ)

シュウと組んでる科学者で、帝国の情報を調べたり、魔力について研究したりしてる」


「儂はマリアと言う。シュウと将来を誓いおうた仲じゃ。よろしくの」


「……え?」



 その言葉は一体誰のものだったのだろうか。

だがまぁ、頭の痛みをひきずっているマリン以外の、全員の心境を代弁した言葉であったことは間違いない。



「お前……はぁ」


「ん、なんじゃ、何か変なことでも言ったかの?

はっ!? もしやこれがKYというものなのかのっ!?」


「そうだな……最っ高に空気読めてねぇよ、お前」


「ぬうぁんじゃとぅっ!?」



 マリアは空気を読まない大声を上げる。頭が痛んでいる時にそんな大声を聞かされたマリンは、怒鳴り散らすことこそしなかったものの、凄まじい眼光で神影とマリアを睨んだ。


 その瞳は、 お前らもさっさとこの部屋から出て行け、と雄弁に語っていた。



「なんじゃ、神影。儂、物凄く睨まれとるぞ」


「当然だ、ばーか。おら、行くぞ」


「どこへじゃ?」


「この部屋から“出て”行くんだよ。ちょっとは空気読め。


 あと、お前らもよ。……さっさと立ち直れ、なんてことは言わねぇけど……踏ん切りくらいは、早めにつけとけよ」



 神影は猫を掴むようにマリアの首根っこを掴み、退出した。マリアに手を噛まれ、転んだ音が廊下から聞こえてこなければ、そこそこカッコよかったかもしれない。



「ミカゲに……マリア、か」


「悪い奴らじゃあない、とは思うんやけどな。あいつらはまだ何か隠してそうや」


「どうだっていいわ。それより、カイル。

どこか痛むところはない? 身体は大丈夫?」



 つい数秒前の錯乱状態から打って変わって平然とカイルを触診するマリン。頭が痛そうな様子はなく、元気そうである。いや、元気というよりは……



「何か欲しいものはある? 食べ物とか飲み物とか。

そうよ、そうよね。ずっと寝てたんだもの。

お腹空いてるわよね。喉も渇いてるわよね。

でも、もうちょっとだけ、待って。

もうちょっとだけ……カイルがちゃんと生きてるんだって、確認させて。


 そしたら、カイルの好きなもの、何だって取って来てあげるわ。

ううん、そうよ、アイツらに取ってこさせる方がいいわ。

あたしはカイルの側に居ないと……。

カイルだって、お姉ちゃんが居ないと不安でしょう?

大丈夫よ、お姉ちゃんは絶対にどこにも行かないから」


 

 過保護、いや、依存だ。半身(フィーナ)を失い、リュウセイも行方不明。一度に二人もの家族を失ったと感じているマリンは、カイルの意識が無かった間に、ただ一人となった家族に強い依存心を持ってしまっていた。


 血の繋がった家族という意味なら、シュウもその区分に入るのだが、マリンはシュウに関する記憶がない。シュウを家族だと認識していないのだ。


 理屈では理解しているが、認めていない。

認めていないなら、例え血が繋がっていようと家族とは言えないだろう。



「だからカイル、カイルもどこにも行かないで……」



 その結果が、コレだ。精神を病んだ彼女は、濁った目でカイルの世話を焼く。離さないようにする。その様子に一番動揺しているのはカイルだ。


 豹変と称しても差し支えないマリンに対して酷く困惑し、今のマリンを見ているとそこはかとない悲しさを感じていた。



「カイル、どうかしたの……?」


「あ、あぁ、なんか、俺、疲れてるみたいだ……」


「そう? じゃあ一緒に寝ましょうか。ふふふ、昔はよく一緒に寝たわよね……」



 マリンがカイルのベッドに潜り込み、強制的に添い寝を始めた。

取り残されてしまった感が否めないユナとジャック。

ジャックはマリンの豹変に放心しているユナの手を掴み、部屋から連れ出そうとする。



「ジ、ジャックさん……?」


「今のマリンさんの状態は最悪や。とりあえず、一旦この部屋から出て……」


「待ちなさい」



 マリンが二人を呼び止める。今まで二人が、カイルさえ聞いたことがない程、冷たい声だった。


 幽霊でもみるかのように二人が振り向く。

じっ、と暗く淀んで濁った目が、布団の間から覗いていた。



「この際だから、言っておこうと思うの」



 ぬるり、とマリンがベッドから這い出てくる。



「あたし、思ったの。カイルを守らなくちゃ、って。

だって、たった一人残されたあたしの家族だもの。分かってくれるわよね?」


「マリン……さん?」



 何が言いたいのか、分からない。口調も一貫せず、ユナとしては不気味だった。ゆらゆらと、歩み寄ってくるマリン。ジャック、カイル、ユナの三人は動けない。その不気味な雰囲気に、呑まれてしまっている。



「あたしたちは、戦いを止めるわ。もう帝国とは戦わない」


「……え?」


「嫌なの。もう家族を失うのは。あたしは家族と一緒に暮らしていければ、それでいい」



 マリンの口から出た言葉は、この場の誰も予想していなかったことだ。

きっと、精神が不安定だから。フィーナが死んでしまったから。そう思うことは容易い。実際そうなのだろう。

しかし、言動はおかしくても、もう家族を失いたくないという気持ちは本来の、正常なマリンのもの。それは、理解できた。



「どこか、そうね……。人目のないところで、帝国なんてものに関わらずに、平和で安全な暮らしを送ろうと思うの。もうあたしたちは十分戦ったもの。いいでしょう? 辞めたって。


 あんた達がまだ戦うって言うなら、止めないわ。

でも、あたしたちはここで降りさせてもらう」


「ちょっ、ちょっと待てよマリン(ねぇ)

俺は戦うぞ! こんな所で辞められ―――」


「カイルは黙ってなさい!!!」



 怒鳴る。不安定な感情が攻撃的な色を見せる。

その剣幕は怒りと……必死さを秘めていた。



「もう危険な目に合わせる訳にはいかない。戦場になんて行かせないわよ!!


 ……カイルは、あたしの側に居ればいいの。

もう戦う必要なんてない。命を掛ける必要もないの」



 そう言うマリンの目はやはり濁っていた。

もはやその目にはカイルさえ写っていない。

フィーナを失ったことによる、家族が死ぬ恐怖がマリンを縛り、動かしている。



「マリンさん、一回落ち着き。フィーナさんが死んでもうて、リュウセイが行方不明になって、シュウとかいう兄貴が突然出てきて、混乱してんねん。

カイルやって目を覚ましたんやし……せや。

カイルやってまだ本調子やないかもしれへんやろ?

移動させるのは酷ってもんやで」



 ジャックが反乱軍に居たころ、今のマリンのように情緒が不安定になってしまった人間は多く居た。

生き残った親しい人に固執し、正常な判断ができなくなった者。

話を聞かず、ただただ泣き喚く者。

そういう人間には、立ち直る時間が必要だ。

ゆっくりと療養させ、落ち着かせることが肝要だと、ジャックは知っていた。

特に、カイルの体調を引き出したのは巧妙だ。

今のマリンなら、ここでジャックの提案に否と答える理由はない。



「そう……ね。そうかもしれないわね。カイルは今まで寝込んでたんだもの。もうしばらくここで……休んでから……」



 ジャックの目論み通り、マリンは休むことを選択した。

後は、その休養中に何とかして元の思考、元のマリンに戻すことができれば……きっと前に進んでいけるはずだ。


 ジャックは、マリンを正気に戻させる決心を固める。

まだ、大丈夫。苦難は乗り越えられる。今は辛くても、悲しくても、きっと、きっと立ち直れる。

そして、帝国を打倒し、本当の意味での平和な暮らしをリュウセイを含めた五人で―――



「じゃあユナちゃん、あなたはここから出て行ってね」



 

―――――――――――――――――――――




 ユナはその言葉を聞いて、言いようのない悪寒に襲われた。

お腹のあたりがドロドロとした不快感に包まれ、今にも嘔吐してしまいそうだった。

最悪の予想が頭をよぎり、緊張から手汗が滲む。

それでも今回こそは、この人たちこそは――、そう思うユナは震える声で言葉を発した。



「マ、マリンさん? それ、それ、は……一体……」



 ――どういう意味ですか、とは言えなかった。答えを聞いてしまえば、取り返しがつかなくなる……そんな気がした。唇が乾いてうまく動かない。怖かった。


 今までの繰り返しになることが。



「どう、して……そんなことを、言うんですか……?」



 言葉に詰まったユナは苦し紛れにそう言った。

とにかく、核心から目を背けたかった。



「どうしてですって? 分からないの?

厄介事を招く闇属性がいたら迷惑じゃない。

いつまた帝国に狙われるか、わかったもんじゃないわ。そんな人間をカイルの近くになんて置いておけない」


「厄介事って、そんな、ことは……」



 だが、マリンは目を背けることを許さない。

ユナのトラウマを……八年間の悪夢を、掘り起こしていく。



「それに、あんたは信用できないわ。

あたし達はあんたの闇属性の【能力】を知らなかった。聞いても聞いてもはぐらかしてばっかりで……答えるつもりなんてなかったんでしょ?


 そんな人間……信用できないと思わない?」


「そ、それは……」


「ユナちゃん、慌てんでええ。ユナちゃんはちゃんとワイらの仲間や」


「仲間……はっ! 笑わせないで。あんたなんか仲間じゃ――」


「マリンさん!!」



 ジャックが咎めるように声を荒げる。

その瞳には珍しく、軽蔑の色が垣間見えていた。

数秒の沈黙の後、ジャックは落ち着いた声でマリンに話しかける。



「それは……それは言ったらアカン。疲れてんねん、マリンさんは。ユナちゃんも、怖がらんでええから。

一回部屋から出よ」



 ジャックはユナの腕を掴んで、強引に部屋から出て行こうとする。

しかし、マリンがぬるりと扉とジャックの間に立ち、その行く手を塞いでしまった。



「マリンさん、そこをどいてくれへんか」


「まだ話は終わってないわ。ねぇ、ユナちゃん。

家族を思うあたしの気持ち、分かってくれるわよね?」



 マリンはジャックを眼中に入れない。

ユナだけを、瞬きもせずにじっと見つめる。



「厄介事はできるだけ避けたいの。また帝国が襲ってくるかもしれないじゃない。

あなたを狙って。だから一刻も早くこの家から……」


「……ええかげんにせぇよ!!!!!」



 ジャックの声に、心の底からの怒りが混ざる。



「フィーナさんが死んで。辛いのも、苦しいのも分かるけどな……っ!!!

それでカイルのことを大切に思うんも分かるけどな……っ!!!

それはユナちゃんやって同じやねんぞ!!


 皆悲しいねん!! 辛いねん!!

こんな時こそ支えるのが仲間やろ!!!

そないな馬鹿なこと、二度と言うなっ!!!」



 本気のジャックの怒声。聞くのは、カラクムルの街以来だろうか。

老練した凄みのようなものが感じられるその声は、マリンの琴線を揺さぶった。













「フィーナが死んだ原因になった奴の、何が仲間だって言うのよ!!!」



 その最悪の一声は、一瞬にして沈黙の空気を生み出した。発言の意味が理解できない故の、沈黙であることは間違いない。

それでもユナは、その沈黙を死刑判決を下される死刑囚のような心持ちで享受していた。蒼白な顔をしたユナの顔前に、マリンはポケットから取り出したあるものを突き出す。



「これはフィーナが拾ったヴァジュラの持ち物よ。

見てよ! この羅針盤(コンパス)が示す先を!!


 どこに置いたってその指針の先にいるのはあんたなのよ!!!!」



 ユナに向けて、暗闇の羅針盤(テネブレ・コンパス)を投げつける。

それはユナの胸元に当たって地面に落ちた。

くるくる、くるくると落ちた衝撃で指針が回転し………止まった。


 その指針は、真っ直ぐにユナを指していた。



「この羅針盤(コンパス)が、あんたを指したから、あたし達は見つかったのよ!!

あんたのせいで、ヴァジュラはやって来たのよ!!!


 あんたのせいで、フィーナは死んだのよっ!!!!!!」



 泣きじゃくり始めるマリン。

しかし、ユナの目には、耳には、もう何も入ってこなかった。

突きつけられた事実。恐れていた現実。

感覚が麻痺し、空中に浮いているような錯覚を覚える。



「返してっ、フィーナを返しなさいよぉっ!!

それができないなら、あたしの前から消えてっ、消えなさいよっ!!!!


 このっ、










 疫病神!!!!!!」



 ユナは、今まで様々なことを言われて来た。

道具扱いされたこともあった。

金ヅルとして見られることは日常だった。

闇属性が忌むものだと、石を投げつけられたこともあった。疫病神と言われた事なんて数えきれない。


 それでも……マリンの言葉は最も深く、ユナの心を抉った。



「そう、ですよね……。やっぱり、わたしは、わたしは……独りじゃないと、いけないんですよね……」



 泣きそうな声で、ユナは乾いた笑みを浮かべる。



「わたしといると、皆さんに、迷惑がかかるから………っ!

だから、フィーナさんも……。………ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」



 頭を下げたユナの瞳から、涙が零れ落ちる。



「ごめんなさい、もっと早く、気付くべきでした……。

あのカラクムルの街でアジハド達に見つかった時から……いいえ、もっと前……。

カイルさんと出会った時から、気付いておくべきでした……」


「おい、ユナ……?」


「……フィーナさんの言う通りです。

わたしは、皆さんに隠し事をしています……。

それが、皆さんを危険に晒すかもしれないと知っていて……黙っていました。


 こんな女、信用できなくて当然ですよね」


「おい……ユナ!」


「だからっ!」



 カイルの言葉も、ユナの耳には届かない。ユナは、ゆっくりと顔を上げた。


 大粒の涙が頬を伝わせながらユナは……笑った。



「さようなら、です。

今まで、ありがとうごさいました……」


「ユナ、待っ――」



 ユナは右手を挙げる。

その手首の二つの黒ブレスレットの片方が漆黒の光を放ち、拡張する。

そして、ユナが通り抜けられるくらいにまで大きくなると……そのブレスレットは落ちた。

フラフープをすとん、と落とすように呆気なく。


 そしてその呆気なさのまま、ユナの姿はかき消えた。


 後に残るのは、静寂。

薄氷を踏み歩くような、何かが今にも壊れそうな張り詰めた静寂。

その上氷には、(ひび)が入ってしまっている。


 強固だったはずの氷に入った大きな罅。

静寂の中、罅が深くなる音が聞こえた気がした。

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