第八十四話ー終楽章・フィナーレ
シュウが天使の力を開放し、ジャンヌと渡り合っていたまさにその頃。
「うわぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
もう一つの悲劇が、島の端で起こっていた。
父の手によって吊り下げられたカイル達の母――ルオーラ。首が不自然に折れ曲がり、だらりと力の抜けた姿をカイル達子供に晒している。
シュウは間に合わなかったのだ。
カイルたちの目の前で……ルオーラは殺されてしまった。
カイルたちは早熟だとは言え、まだまだ子供。母親が目の前で殺されて、正気を保っていられる訳がない。
「ぐっ、ぐぎ、ぐぎぎ……っ!」
「がっ、ぁぁ、あああ……!!」
悲しみ、怒り、憤り、自己嫌悪……それらは泉のようにこんこんと沸き上がってくる感情。カイル達の頭の中をぐちゃぐちゃに掻き回している感情だ。特にカイルとリュウセイの狼狽ぶりが酷い。頭を掻きむしったり、地面に拳を叩きつけたりして、現実から目を背けようとしている。
痛みがこの悪夢を醒ましてくれると信じ、いたずらに自傷行為を繰り返していた。
「くそっ、止まれっ、止まってくれぇえええええええええ!!!!!!!」
そして、カイルたちと同様に苦しみ、喚く父――ロウルだが、身体は言うことを聞いてくれない。折れたルオーラの首を掴んだまま、下された命令に従い、主の下へ飛んでいく。
もう何が何だか分からない、というのがこの場のカイルたちの心境であった。
村が襲われ、頼りの戦士たちが敵になって、父が母を殺した。
そして父が――いや、父ではない――父の形をしたナニかが、母を連れ去った。
身体が痛み、立ち上がることさえ叶わない。目の前で行われた非道を、止めることが出来ない。
自身の無力を、呪った。
そして、母を、父を殺した敵を………狂うほど憎んだ。
「キルゥァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
「ガルァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
カイルとリュウセイの身体が、光る。
方や、燃え上がるような赤色。
方や、鋭く迸る雷のような黄色。
方や、鳥のようにつんざく叫び。
方や、竜のように轟く咆哮。
本来の有翼族では起こり得ない……全身の【形態変化】を、幼い二人は発現する。人外の姿を為した二人は爛々と目をギラつかせ、憎しみという強烈な感情に身を委ねる。
朱色の、大きな翼と羽毛に包まれ、目をひく鮮やかな尾羽を生やし、腕や足先が鉤爪に変化したカイル。
全身が金色の鱗で覆われ、腕ほどの太さの剛健な尻尾を生やし、瞳が鋭く、縦長になったリュウセイ。
二人は翼をはためかせ、父を追う。
残されたマリンとフィーナは放心し、立て続けに起こった異常への疲れから、その意識を手放した。
そのことにさえ今のカイルとリュウセイは気付かない。憎しみのままに、母を殺した父を追いかける。
二人の目から見える世界はただただ赤く、まるで血のような色をしていた。
――――――――――――――――――――
「――はぁっ!!」
「っく……!」
ジャンヌとシュウの戦いは苛烈を極めていた。シュウの激しい風の魔法で家々は吹き飛び、地は均される。ジャンヌの闇は既に村の戦士達全員を飲み込んでしまった。
もはや、この戦場に立っている有翼族はシュウのみ。
襲ってきた村の戦士達はシュウが全て切り刻んだ。
もうどうしようもないと、知っているから。
「よくもまぁ、原石のみでそこまで戦えるものよのう!」
「僕は天使としてこの世に生を受けた! 規格外なのは当たり前だよ!」
「度が過ぎておるというのじゃ! そのような芸当……天使だとしても異常じゃ!」
「それで家族を守れるなら本望だ!」
握ったクリスタルが緑色の光を放ち、シュウが拳を振り抜くと同時に疾風が駆け抜ける。ジャンヌはその魔法を闇で受け止め、相殺させる。
そして、扇をシュウに向かって突き出すと、噴出した闇が分岐し、先端の尖った触手となってシュウに襲いかかる。
「吹っ飛べ!!」
「まだまだじゃ!」
風で触手が吹き飛ばされると、すぐさま次の触手がシュウに向かっていく。
だが、その触手は再び風によって散らされる。
「何度やっても無駄だ!」
「いや――妾の、勝ちじゃ!」
「何を……っ!?」
その時、ジャンヌの背後にとある男が降り立った。
黒く塗り潰された目から滝のように涙を流しながら……男はジャンヌを睨みつけていた。
瞳に宿るのは憎しみ。黒々と燃え上がり、その身を焦がす激情だ。
「殺してやる……なんとしても、お前だけは……殺してやる……っ!!」
その手に握り締められているのは武器ではなく、人間。シュウの母であるルオーラだった。首が不自然に折れ曲がり、虚ろになった眼は何も写していない。死んでいる。残酷なほど……明らかだった。
「なっ……ぁ……」
シュウの大切なものが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。自分という化け物を……異常と知りつつも愛してくれた人たち。その人たちを……シュウは守ることが出来なかったのだ。
膝をつくシュウを尻目に、ジャンヌは闇の魔力を自身の瞳に集める。
そして、死体となったルオーラを見やると、彼女は唇をつり上げて笑った。
「くっ、はははは! よもや、こんなところに【創造】がおったとはの……!
思わぬ誤算じゃが、これ程の幸運もあるまい。
持ち帰り、帝王様に報告せねば……」
ジャンヌは闇の魔力を手の形に具現化し、ルオーラの心臓部分に突き刺した。
しかし、その箇所から血が流れることはなく、まるで幽霊に触れられたかのようにすり抜ける。
引き抜かれた手の中には、真っ黒な球体が握られていた。その球体からオタマジャクシの尾のように伸びる紐状の緒は、ルオーラの身体の中心――つまり心臓部分と繋がっていた。
ジャンヌは扇に闇を纏わせると、その球と人体を繋ぐ緒を断ち切った。
「お前っ!! ルオーラに何をしたっ!!」
「簡単なことじゃ。これは貴様の妻の記憶、人格、その全てを記録した高次元情報媒体……端的に言えば魂。
妾は貴様の妻の魂を抜き取ったのじゃよ」
凄みを含んだ凶悪な……それでいてどこか妖艶な笑みを、ジャンヌは浮かべた。ルオーラの魂をドレスの内側にしまいこみ、空になった闇の手で同じ様にロウルの心臓部分を刺す。血は流れず、闇がただ通過しただけのように見えるが、引き抜かれた手の内には青白色の魂があった。
「妾は〝魂〟を司る闇属性の使い手じゃ。妾の闇は生物の魂に干渉し、支配する。貴様の魂も中々にイキがいい……有効に使わせてもらうぞ」
ロウルも魂と人体を繋ぐ緒を切断され、倒れる。
生死を超越した【能力】……それがジャンヌ・ド・サンスの闇属性。
ジャンヌにのみ与えられた特別な【チカラ】。
辺りを見渡せば、家屋はほぼ全てが倒壊し、人の形を為していない血肉が散らばっている。避難所から出てきた有翼族も、全滅と言っていい。多少の生き残りがいたところで、帝王とジャンヌが描いた計画にはなんの支障もない。
後は、目の前で茫然としているシュウを始末すれば、
「殲滅完了――任務は終了じゃの」
ジャンヌが、シュウに向けて扇を振り上げた。闇属性の剣を具現化させて、シュウの命を奪おうとしたとき、
「む……なんじゃ、この魔力は……まさかっ!?」
ジャンヌの背後で魂の抜けたロウルの死体が踏み潰された。着地と同時に粉塵が巻き上がり、シルエットだけが影として浮かび上がる。
大きな二対の翼の人影が二組。それだけなら普通の有翼族の影であるが……一人は立派な尾羽、もう一人は尻尾の影があった。
そして感じる――ジャンヌには届かないが、ただの人間には出せない膨大な量の魔力。ジャンヌはその正体を見極めるために、闇属性の魔力を瞳に流した。
「……やはり、変異か。【創造】め……厄介なことをしてくれる」
ジャンヌは苦々しげに口を歪ませ、扇を天に向けた。闇が天に向かって吐き出され、元々展開していた上空の闇の表面を這うように進む。ぽつり、ぽつりと、這っていく闇がジャンヌが張った闇の天幕上の何かを捕らえる。
もちろんそれは……魂。ジャンヌの闇属性の天幕のせいで昇天し損ねた、村人達の魂だ。
「キルゥアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ガァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
その作業によって起こる隙を、暴走状態にあるカイルとリュウセイが考慮するはずはない。
あらん限りの憎しみを込めて、ジャンヌに拳を振るう。
「天使でもない未成熟な変異の童ら二人。その上魔具も持たぬのであれば、妾の敵ではないわ!」
天に放っていた闇の一部を使って二人の拳を防ぎ、ジャンヌは軽々とカウンターを二人に食らわせる。その間にも、魂回収は怠らずに次の段階へ移る。
上空に展開された闇が……収束していく。
ジャンヌの真上の一点に、凝縮されていく。
闇にくるまれた魂達がぶつかり合い、ジャンヌの闇を触媒としてゆっくりと一つになっていく。
「魂合成……魔力と同じで、魂は合成させることによってその強靭さを増してゆく――。
本来、吸血鬼族のみが扱える秘技なのじゃが……〝魂の闇属性〟である妾に出来ぬ道理はない」
膨れ上がっていく魂のエネルギー。その威圧感は変異が放つものに近い。圧倒的で、威圧的な存在感。幾つもの魂達が合成され、最後には一つの魂となった。
「君は……馬鹿なのかい」
シュウが、起き上がった。顔からは酷い憔悴の様子が見てとれるが、カイルとリュウセイを守らねばという思いが折れたシュウの心を繋ぎ、戦場へと舞い戻らせたのだ。
「魂の合成は魔力の合成ほど融通の効くものじゃない。合成した魂は不安定となり、いくら強靭な魂を産み出したところで……器に入れればその制御は君だろうと不可能だ。
理性を失った新たな変異は、君にさえ牙を剥く」
そして……と、シュウはクリスタルの原石を握りしめた拳をジャンヌに向ける。
「君に敵意を向ける変異である僕の弟達、君の産み出す変異の相手をしながら……天使の能力を解放した僕に、勝てるとでも?」
シュウの頭上で天使の輪が白光を放つ。
ジャンヌは、何度も自身に襲いかかってくるカイルとリュウセイを捌きつつ、シュウに向かって笑みを見せた。
「誰がこの魂を使って変異を産み出すと言ったのじゃ?」
「何だって?」
「この闇は……簡単に言えば救難の合図じゃ。確かに妾とて、未成熟な変異二人に天使一人の相手をしていては殺されてしまうじゃろう。
まぁ、誉めてやろうぞ。この戦いは妾の負け、ということにしてやろう。次にあいまみえた時は、必ず魂を抜き取ってやるからの」
強力な魂の波動。それも剥き出しで存在する魂の波動は、ある程度の実力がある者なら、この大陸のどこにいても感知することができるだろう。明滅し、不安定になる合成された巨大な魂。
そして……
ピシッ………
ジャンヌの背後の空間に……亀裂が入る。
「キルゥアアアアアアアアアアアア!」
「ガァアアアアアアアアアアアアア!」
カイルとリュウセイは、そんなことなど関係なく、力の続く限り、魔力の続く限りジャンヌを殺そうとする。
シュウも、空間に入った亀裂を見て、慌ててジャンヌの下へ飛翔する。
「はぁっっ!!」
「キルゥ……!」
「ガァッ……!」
そしてジャンヌではなく、カイルとリュウセイに風を当てて吹き飛ばした。
「正解じゃ、主なき天使よ」
愉快そうにジャンヌが言ったとき、亀裂がヒト一人分にまで広がり、割れた。
空間に穴が開いた。断面は暗黒。どこまで行っても黒。
ただ、ただ、ひたすらに黒。
上空の合成された魂が弾けて消える。
空間の割れ目から……鎧を纏った人間が出てきた。
黒い鎧、黒でしか形成されていない鎧だった。
足の先から頭まで全てが鎧に包まれている。
目の部分さえ黒く、中に人間などいないのではないかと、思わせるほどの暗黒。
圧倒的な威圧感を放ち、黒のマントをはためかせながら……帝王が、現れた。
「御足労頂き、感謝いたします、帝王様」
ジャンヌの言葉をまるで意に介さず、帝王は周囲を眺める。
こちらを睨む天使、本能が警告しているのか、唸るだけの竜の男。
それから、
「キルゥアアアアアアアアアアアア!」
自分のことなど眼中になく、闇雲に部下のジャンヌのみを狙う……鳥の男。
「カイルッ!」
シュウが慌てて駆け寄ろうとするが、もう遅い。
カイルはまず自分とジャンヌの間に立つ帝王に殴りかかった。
『………』
帝王は、無言で一切体勢を変えることなくその拳を受ける。
仁王立ちの帝王に好都合とばかりに全力の拳を振るうカイル。
だがその拳は帝王には届かない。
カイルの拳が帝王の鎧に触れるか触れないかのギリギリの距離にまで接近した途端……カイルの拳が、弾けた。
切られた訳でもなく、潰された訳でもなく、焼かれた訳でもなく、凍った訳でもなく、何の事象も介せぬまま、カイルの拳が跡形もなく消失―――破壊された。
手首から先が消え、痛みに叫ぶカイル。
一方で、胸中に渦巻くのは憎悪の感情。
母を、父を殺されたことに対する憎しみ。
その感情は、痛みよりも強い。
「キルゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
白炎が破壊された手首から発生し、無くなった拳を再生させる。
再び殴る手段を得たカイルは、数秒前のことなど忘れたように帝王を殴ろうとして……その拳を破壊された。
が、もうその痛みではカイルの攻撃を止めることはできない。
破壊されていない方の拳で帝王を殴り、その拳が破壊される内に、もう一方の拳を再生させる。
あとはそれを繰り返すだけ。
破壊されては再生し、再生しては破壊されるというループを……繰り返すだけ。
殴る度にカイルは痛みに慣れがつき、拳の速さが増していく。
そして、白炎が途切れることなくカイルの拳に灯り続けたとき、
こつん
カイルの拳が、帝王の鎧に届いた。
その小さな音はカイルと帝王にしか聞こえなかっただろう。
カイルは暴走していて意識を失っているのだから、その音を聞いたのは帝王一人だけだったと言える。
だがしかし、その音が聞こえてからの帝王の行動は速かった。
もしかしたら驚愕の表情などを浮かべていたのかもしれないが、全身鎧のため、表情は読めない。
帝王は左足を軸にした回し蹴りをカイルに向けて繰り出す。
靴をカイルの腹に押し当て、軽く曲げた膝を一気に伸ばす突くような蹴りだった。
回転の力も加わり、カイルは遠くへ吹き飛ばされる。
『帰るぞ』
何もなかったかのように、帝王はジャンヌにそう告げた。
そんな帝王に、ジャンヌは恭しく膝をつく。
「御意に」
その言葉を聞くと、帝王は空間を闇の能力で握り潰し、再び暗黒の裂け目を作る。動けない三人を尻目に、帝王はマントを翻し、その裂け目に入っていく。
――裂け目に消えゆく最後の瞬間、その視線を再生するカイルへと向けて。
ジャンヌもそれに続き、裂け目に入る。一度も振り向くことなく入っていき、その裂け目は、閉じられた。
終わりはこんなにも呆気なく、なんの決着もつかないものだった。
結果だけ見るなら……有翼族は、帝国に蹂躙された。
壊れてしまった何もかもを見て、シュウは何を思うのか。
血の匂いがする生暖かい風が、シュウの頬を撫でた。
「……守らなきゃ」
天使の輪が、消える。
残ったのは、純白の翼。
「僕が……僕が守らなきゃ」
眼前に広がる凄惨な光景を前にして、シュウは決意を固める。
「カイル、リュウセイ、フィーナ、マリン……
君達の為なら、僕は――さえ捨ててみせる」
その時、背後で大きな魔力が爆発した。
――――――――――――――
魔力の原因は、リュウセイだった。【龍醒】のような鎧を纏い、竜のような鋭い、爬虫類に似た爪でシュウに向かって襲いかかったのだ。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ぐぅっ……!!」
五本の爪痕が深くシュウの身体に刻み込まれる。
シュウは反射的にリュウセイから距離をとった。
「しまった……変異が暴走している……!!」
ジャンヌという明確な標的を失った今、リュウセイの憎しみはぶつける場所を失い、完全な暴走状態に入ったのだ。
理性などない、衝動の塊。
こうなってはもう、手は付けられない。手当たり次第に暴れるだけだ。
「……ごめん」
「ガッ……」
だからシュウは、天使となってリュウセイを攻撃した。
純白の鎧を砕き、鳩尾めがけての全力の殴打。
家族には極端に甘いシュウであるが、この場合に至っては、早々に気絶させてやるのが優しさというものだろう。
できれば延髄に一撃を入れて、外傷なく落としてやりたかったが……鎧に守られているため、その方法は諦めた。
「キルゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
カイルが、戻ってきた。
あれだけ遠くに吹き飛ばされたというのに、身体には傷一つない。
カイルも眠らせなければ、とシュウが声のする方を向こうとすると、
「っく!」
ふらついた。魔力が限界に近いのだ。
どれほど天使という存在が規格外な存在であろうとも、あのジャンヌ相手に原石のみで戦ったのだ。
むしろ今までよく魔力がもったと言えよう。
「もう……ひと踏ん張りだ」
カイルを止めるために、それでもシュウは倒れる訳にはいかない。このまま倒れては、暴走したカイルがリュウセイや自分を殺してしまうかもしれないからだ。
「キルゥアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「……眠ってくれ、カイル!」
シュウは風の魔法を拳に纏わせ、リュウセイど同様、意識を刈るために殴打する。
体重の乗った重い一撃は、意識を刈るのに十分な威力を秘めていた。
「キュァ……!」
「これで、終わ――」
役目を終えたシュウが倒れ込もうと全身の力を抜いた。……それが、大きな誤りだった。
「……ァァァアアアアアアアアアアアア!!」
「が、はっ……っ!!」
カイルの白炎は殴打された部分を覆い、再生させる。
途切れかけた意識が明瞭になり、逆にシュウを殴り付けた。
これでは、気絶させることなどできない。
次に残る、カイルを元に戻す手段としては魔力を限界まで削ることだが、それをするにはカイルを傷付けなければならない。
浅い傷では魔力の消費が少ないし、深い傷では、魔力が足りなければ再生できない場合がある。
その見極めが、シュウにはできない。
「くっ、止めろ! 止めるんだ!」
もうシュウには、声を掛けて自力で正気を取り戻させることしかできない。
攻撃はただ防ぎ、声を掛け続けることしか。
「頼む! 正気に戻ってくれ!!」
カイルの耳元でシュウは叫ぶが、届いた様子はない。
親の仇を見るような血走った目がこちらを見つめていた。
「なんで! どうしてこんなことに!!」
思わず弱音が漏れる。父が、母が殺され、今度はリュウセイとカイルが暴走。カイルは止まる様子がない。泣き言の一つや二つ、出てくるものだ。
シュウはここで、大きく深呼吸をした。……動揺していた気分を、落ち着ける。自分は長男だ。落ち着いて、弟を止めないと。
もう魔力も残り少ない。やれることは限られている。
思考の末にシュウは、戦うことを止めた。もうそれではカイルを元に戻せない。
だから手を広げて、いつものように。
迫るカイルを迎え入れる。その行為が、想いが、伝わると信じて。
「――愛してるよ、カイル!!!!!!」
カイルの鉤爪が、シュウの翼を引き裂いた。
純白の羽根が舞い、シュウの左側の翼の大部分が力任せに裂かれ、地面に落ちる。
だがシュウは、身を裂かれる痛みを全く顔に出さずにカイルを抱き締めた。
身を呈した捨て身の行動に、カイルが僅かに理性を取り戻す。血走った赤い目は澄んだ緑に戻り、そしてそのまま意識を失った。
「……これで、大丈夫……。
フィーナと、マリンを……見つけないと……」
カイルは元に戻せたが、シュウはまだ倒れない。
やるべきことが残っているから。
「カイル……リュウセイ……マリン……フィーナ……」
島の縁で倒れている愛する妹達を発見したシュウは、自分達の家のあった場所に四人の妹弟達を横たえた。
「君達は……まだ、知らなくていい。
もっと大人になって、もっと力をつけて、時が来たら、きっと全てを思い出す。
本当は……僕一人で帝国を潰せたらそれが一番なんだけど……帝王がいる限り、それは叶わない。
弱いお兄ちゃんを、許してくれ」
シュウは、飛び散った己の羽根と、血と、骨を――天使の素材を使って魔方陣を描く。その魔方陣の効果は……記憶の封印。
「さようなら、僕の愛する家族」
魔方陣が光を放ち、カイル達の記憶を封印する。
全てはこの場所から始まったのだ。
この場所から、この時から、全てが――