第八十三話ー天使の聖歌
空中に悠然と佇むジャンヌ・ド・サンス。
この当時は、帝国軍第一部隊長の役目を担っている女。黒のドレスと、烏の羽のような漆黒の、艶やかな髪が風に揺れる。高貴さをその全身から溢れさせ、凡人とは違う王者の如き格を感じさせた。
それを迎え撃つのは村の狩人兼戦士、五十人。その中にいるシュウは、その女に対して異様なまでの危機感を抱いていた。他の戦士が雄叫びを上げて、気分を高揚させる中、村に備えてある剣を握るシュウの手がじっとりと汗ばむ。
帝国の侵略を警戒していた村に、やってきたのはたったの一人。正直なところ、楽に撃退できると戦士達は考えていた。非戦闘員を避難させたことが誤りであったとさえ考えるほどだ。
それでも士気を下げることなく、全力を尽くそうとするのは狩人としての性分なのだろうか。その判断は正しいし、立派であった。
だが、この場では……“逃げる”ことのみが正解であった。
『はぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!』
近接武器を構え、前衛班がジャンヌに突撃。
中衛班が矢を放ち、後衛班が魔法を練り上げる。
大型モンスターを相手にすることを想定した布陣。
この人数ならば、有翼族は竜さえ仕留めることができる!
ジャンヌはそれらの攻撃を目の前にして、漆黒の扇を閉じたまま高々と掲げる。その様子はまるで一国の軍師。よく響く凛とした声で、朗々と宣言を始めた。
「〝種族選別〟……これこそが始まりじゃ。
これより、人間はすべからく区分される。
許される者と、許されぬ者へと。
種族に差が生まれるのじゃ。
その差はあらゆる箇所に歪みを生み、歪みはやがて闇へと変わる……。
妾たちは止まらぬ。その闇が世界を覆うまで。
さぁ、この場所から始めようぞ!
始まりの種族よ。妾が直々に……引導を渡してやろう」
ジャンヌの宣言は、闘争意欲が高まり、アドレナリンが大量に分泌されている有翼族の耳には入らない。
彼らは気合いの叫びを上げながら、ジャンヌに向かって攻撃を仕掛ける。
魔法を纏った矢、槍、剣がジャンヌに迫って--、
「深淵の亡霊」
全てが、止められる。
掲げた扇から這い出てきた……闇によって。
不定形で、ゆらゆらと蠢く闇はジャンヌを害する全てを絡みとった。矢も、槍も、剣も、魔法も、全て。生者にすがりつく亡霊のようにねっとりと。
「黄泉の鬼哭」
魅惑するような妖しい声が辺りに響いた。妖艶な声に、近くにいた前衛は心が奪われてしまうかと、錯覚する。それほどまでに、甘く、甘美な声。惹き付けられる、声。
だが、その声に気を取られてしまった者は、
「あ……」 「がは……っ」 「馬鹿な……」
次の瞬間、心臓を抜き取られていた。ジャンヌの闇が人間の手の形に変化し、前衛の三人の胸を抉り取り、脈動する心臓を掴み出したのだ。どくん、どくん、と激しく鼓動する心臓、そしてジャンヌは絶望に染まった三人の顔を満足げに見つめて……
その闇の手を、強引に閉じた。肉の潰れる音、そして鮮血が闇の手から滴る。
血液の供給がなくなり、ばったりと崩れ落ちる三人。呆気なく村の戦士が三人も殺されてしまったことから、他の前衛はすぐさまジャンヌから距離をとる。
「良い判断じゃ」
扇で口元を隠し、ジャンヌは怯えを見せる有翼族にそう声を掛けた。ぱん、と扇を閉じ、その先を死体となった三人に向ける。黒い光が扇から溢れ、闇が先端から吹き出る。
その闇は瞬く間に三人の身体に入り込んだ。
「まずは三人じゃのう。さぁ、〝モ ド レ〟」
どくんっ、と地に伏せていた三人の身体が跳ねる。
いぶかしむ戦士達だが、次の瞬間には目を剥くことになる。
なぜなら、何事もなかったかのように、心臓を失った三人が起き上がったからだ。
「あれ? 俺達は……?」
「死んだんじゃ、ないのか?」
「どうなっているんだ……」
声も、三人が醸し出す雰囲気も生前と全く同じ。胸に抉られた跡がある以外は何も変わっていない三人の姿があった。
「おい、みんな、一体俺は……」
……否! 変化はあった。振り向いた男の目が……漆黒に染まっていたのだ。白目も黒目もなく、元の色など影かたちもなく、あるのはただ、塗り潰された闇のような黒だけ。その底無しの黒を見てしまった者は、思わず身体がすくんでしまう。
「やはり殺したばかりの人間は生き返らせるのが楽でいいのう。さて、貴様ら。あそこの仲間達を……
〝コ ロ セ〟」
「え、うわっ!?」 「なんだよコレ!?」
「身体が勝手に!?」
ジャンヌが一言、命令しただけで男達は武器を取り、仲間達の元へと駆け出す。意思はそれを否定しているのに、身体が言うことを聞いていないのだ。
「ふふふ、ここから先に待つのは絶望のみじゃ」
味方からの攻撃に有翼族がたたらを踏んでいると、ジャンヌが扇の先を天に向けた。
「混沌の常闇。
〝ク リ カ エ セ〟」
噴出する闇。その量は、今までとは段違いであり、天に向かって昇っていく。そうして訪れたのは……夜。闇が浮遊島の空を覆いつくし、太陽からの光が途絶える。
「こ、これは一体……がっ!?」
そのことに気を取られてしまった男が、心臓のなくなった仲間に……突かれる。喉笛を一突き。その一撃に、手加減はなかった。
仲間を刺してしまった男は半狂乱になって泣き叫ぶが、もはや己の意思ではどうにもできない。死体となった仲間を蹴り飛ばし、また近くの仲間を襲いに行く。
だが、またしても異変が起こる。天を覆う闇が喉を突かれた男に舞い降りたのだ。闇が男のなかに侵入し、身体が跳ね、起き上がる。その目は当然のように黒く、苦悶の表情で近くの仲間を襲い始めた。
「くっ、はははは!!! さぁ、さぁ、さぁ!! 殺し合うのじゃ!!! もはやこの島は妾の領域!!
死ぬことは許されぬ!! 同族を殺し、殺される絶望に呑まれるがよい!!」
ジャンヌ・ド・サンスは高らかに笑う。地獄のような光景を前にして、楽しげに。
ジャンヌ・ド・サンス部隊長。
命を弄び、人の感情を踏みにじる魔性の女。
友情だとか愛情だとか、そういった感情は彼女の前では無意味。尊き関係は蔑ろにされ、冒涜される。幾多の種族を絶望に陥れ、滅ぼしてきたその黒衣の女に付いた俗称は……〝魔女〟。
〝魔女〟の蹂躙が……始まった。
――――――――――――――――――――
嫌な予感が当たったな、とシュウは内心で舌打ちする。初期の混乱でかなりの人数が殺されてしまった。現在は立ち直り、ちゃんと武器を手に取ることができているものの、振る手は重い。
「シュウ!! お前はあの女をやれ!!!!!」
シュウの父――ロウルが戦場の中でそう叫ぶ。シュウは父の命令を聞き、一瞬の思考の後、それが最適だと判断した。
剣を握り直し、翼を空に叩きつけてシュウは一気にジャンヌの元へと飛翔する!!
「妾に刃向かうか。有翼族の童よ。
じゃが、矮小な凡夫の身では、決して越えられない壁というものが――っ!?」
シュウの剣を扇で受け止めたジャンヌが焦りの声を上げる。激突の瞬間、発生するカマイタチ。それが普通の規模にとどまっていたなら、ジャンヌはこんな風に冷や汗を流したりしなかった。一瞬の判断で避けてよかったと、心底思った。
空が裂けた。
詳しく言えば、ジャンヌが形成していた闇の空が切り裂かれ、青天が姿を現した。裂け目は次の瞬間に元通りに修復したものの、驚きは拭えない。
「今のを避けるのか……」
「……貴様、何者じゃ。ただの人間ではないな」
ジャンヌの瞳が鋭く光る。シュウはその問いかけに答えずに、剣先をジャンヌに向けた。
「さぁね」
自嘲するような笑みを浮かべながら、シュウは再びジャンヌに切りかかる。ジャンヌはそれを扇でいなしつつ、思考を続けた。
「まさか、【創造】がおるのか……? いやしかし、生命の創造ができるなど……」
「随分と、余裕なんだねっ!!」
戦いの渦中にありながら、意識を別に向けるジャンヌに、シュウは先程と同規模のカマイタチを三連で放つ。
「っく、深淵の亡霊!」
扇を横凪ぎに振り、闇のヴェールにジャンヌがくるまれる。亡霊のように蠢く闇にカマイタチは絡めとられ、消え去ったが……
「――はっ!」
「ぐぅっ!?」
突きにより、弾丸のように飛ばされた風が、そのヴェールを穿ち、ジャンヌの頬を掠めた。滑らかな頬から、どろりと血が流れていく。
「やはり、異常じゃ……! 童の身でありながら、妾の闇を貫くとは……! これは、調べておかねばなるまい」
ジャンヌは自分の瞳に闇の魔力を流す。
すると、ジャンヌの瞳が魔具のように黒い光を放った。何も写さない闇の眼、塗り潰された黒の瞳。その眼が、シュウを見据える。
「っな!?」
シュウの心臓部分に浮かぶ白い球。オタマジャクシのように細長い緒が付いた球は白く、純白。ジャンヌが今まで見てきたどの人間とも異なる……完璧な白だった。
「……これは、早急に対処せねば」
シュウという存在を理解し、ジャンヌは剣呑な顔付きで手近にいた、手駒となった有翼族を引き寄せた。
「なんの、真似だいっ!?」
シュウの鋭い一振りがジャンヌに迫るが、それを大きく後退して避けた後、集まった六人に命令を下す。
「この村の女・子供を根絶やしにしてくるのじゃ。その後、妾と敵対しているこの童の母を連れてこい。分かったな? では、
〝イ ケ〟」
嫌だ嫌だと悲痛に叫ぶ六人は、見えない力に引っ張られるように秘密の隠れ家に向かっていく。
「あぁ、そうじゃ。切り込む際には感情は不便じゃろう。泣いていては、警戒されるからのう。そこの一人、もう感情は捨てて良いぞ。
〝キ エ ロ〟」
指名されたアストルという名前の有翼族はその顔から表情をなくす。
この男が、いの一番に緊急避難場所に入り、娘と妻を手にかけてしまう運命にあることは知っての通り。
もちろんジャンヌは全てが終わった後、アストルの感情を戻すつもりでいた。
感情は失っても認識は消えない。愛する家族を手にかけたことで、彼が感じる絶望は……計り知れない。
「っ、くそっ!! お前ら!!!
アストル達を止めるぞぉおおおお!!!」
ロウルが号令を掛け、自慢の愛槍を振りかざして先陣を駆ける。妨害をかけてくる“敵”を歯牙にもかけない爆進ぶりは、彼の力が頭一つ抜けていることを示していた。
「父さん!!」
「お前はその女に集中しろ!! あいつらは俺達が食い止める!!!」
父の無茶な突撃を心配するシュウだが、ロウルは怒りの声を上げる。
「お前だけがそいつを倒せるんだ!! やるべきことをやるんだ! シュウ!!」
寄ってきたかつての仲間を、炎を纏った槍で吹き飛ばす。苛烈な炎は躊躇なく人を呑み込み、灰塵となす。かつて単身で竜と渡り合った実力は……衰えていない。
「……ふっ、ふはは、そうか。あやつが……お前の父か」
ジャンヌの口が、三日月型に歪む。心の底から凍てつかせるような笑み。その目は……一人で六人を相手取るロウルの姿があった。
「何を考えているかは理解できるけど、父さんはそんなに弱い人じゃない!!」
「そうじゃの、人間としては強い部類に入るじゃろう。
じゃが……人間では決して並び立つことのできぬ強さを持つ存在が、この世にはおる。
妾や、貴様のような……な」
ジャンヌの扇が一際大きく、黒く光輝き……噴き出したドス黒い闇がシュウを捕らえた。
闇で創られた牢獄……シュウはそれに捕まったのだ。
「こんなモノで、僕を捕らえられると……」
「そうじゃ、全力で壊すがよい。さもなくば………………喰われるぞ?」
牢獄の内側、シュウから見た闇の牢獄の壁が……笑った。
一面の黒であるがゆえに、陰影でしか分からないが……確かにそれは笑みであった。
まるで、食事を前にしたモンスターのような……。
「〝ク イ ツ ブ セ〟」
壁という壁が、シュウに襲いかかった。
咄嗟に風で反撃するも、全方向から訪れる攻撃は完全に回避できる訳がない。
「ぐうっ、あっ、うわぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
外傷はない。かと言って内傷があるわけでもない。
もっと奥、もっと深い部分の、人間として最も重要なナニかが喰われる感覚を、シュウは感じていた。
体温がみるみる内に下がっていき、氷に浸食されるような、いままで積み重ねてきた自分が音を立てて崩れ落ちていくような……
「あああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
その悍ましい感覚を振り払うようにありったけの魔力を剣に込め、風の魔法を四方に向かって叩きつける。
剣がシュウが送る膨大な魔力に圧迫され、小刻みに振動するが、構わない。
喰われないように、全力の魔法で闇の檻を破壊した。
「はぁっ……!! はぁっ……!!!」
滝のように流れる汗。僅かに震える身体。
鮮烈な不快感がシュウの中で渦巻く。
だが、その不快感を一気に吹き飛ばす凄惨な光景がシュウの眼前に広がっていた。
「が……っぁ…………っ!!!」
背後からのひと突き。血を吐きだすロウルの胸から、闇の剣が突き出していた。
ジャンヌが、戦いに集中していたロウルを刺したのだ。そうして動きが止まったロウルに、操られている六人の戦士が追撃する。次々とロウルの胸に刺さっていく槍や、剣。同時にそれらが引き抜かれ、ぽっかりと胸に空いた大きな穴。
言葉を失うシュウの前で……ロウルは血で赤く染まった地面に倒れこんだ。
「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
シュウの手の内の剣が、かつてないほどの輝きを放つ! 若緑色の魔力光が、常闇の世界の中で宝石のように煌びやかに光る。常人ならその圧に押され、伏してしまうほどの量の魔力。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
絶叫し、地面を砕きながら、シュウは薄ら笑みを浮かべるジャンヌの下へ向かう。その速度は音速を超え、ソニックブームが家々を吹き飛ばし、剣からあふれ出る暴風が大地の上を撫でていく。
だが……
ぱきぃ………ぃん……………
何の前触れもなく、シュウの剣が跡形もなく砕け散ってしまう。魔具に込めていた魔力が暴走し、風の魔法が暴発する。その暴発した魔法は地面に大きな爪痕を刻みながら、使い手であるシュウを吹き飛ばした。
何故……!?
困惑が頭を埋めながら、シュウは地面に叩きつけられた。
「貴様の魔力に、魔具の方が耐えきれんかったようじゃのう……。そのような三流の品では当然じゃ。
これで貴様に、万に一つの勝機がなくなった、ということじゃのう」
地に伏せるシュウをせせら笑って、ジャンヌは血溜まりに沈んだロウルに闇を侵食させる。
「〝オ キ ロ〟」
「うっ、ぐ……!! お前っ、俺に何を……っ!?」
「貴様の妻をその手で殺し、この場に連れてくるのじゃ。では、〝イ ケ〟」
「止めろっ、俺はそんなことしたくない!
くそぉっ、止めろ、止めてくれぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!!」
声を枯らしたロウルの懇願はジャンヌに聞き入れられることなく、薄暗い空に消えていった。
――――――――――――――――――――
「後は……そこの童を始末すれば、終わりかのう」
一歩一歩、ジャンヌはわざと足音を立ててシュウに迫っていく。
血糊の付着した闇の剣、ジャンヌはそれを引き摺って持ち運ぶ。
ザッ、と土音をシュウの耳元で鳴らす。
うつ伏せに倒れ、魔法の暴発からピクリとも動かないシュウ。
父を殺され、絶望しているのか。
救えなかったことで、無力感を感じているのか。
ジャンヌにとっては、どちらでも構わなかった。
ただ、負の想いを抱いて死んでくれさえすれば。
「これで、終わりじゃ」
父を殺した剣を、息子であるシュウに向かって振り下ろした。
「やめた」
「………っがっ、はっ………!?!?」
囁き声にも劣る声量でシュウが呟くと、シュウを起点に風が吹き荒れ、ジャンヌが後方に吹き飛んだ。
防御が間に合わずにまともにその風を受けたジャンヌは大きく後退して、シュウを睨む。
――何故、どうして魔法を起こせるのじゃ?
魔具は木っ端微塵に砕けたはず……っ。
その答えは、立ち上がったシュウの掌の中にあった。
「クリスタルの……原石じゃとっ……!?」
緑色の光を放つクリスタル。魔具の中に埋め込まれていたそれは、今や何の装飾もなく、剥き出しでシュウの手の中にあった。
森の中で、カイルがクリスタルの原石で帝国兵と戦ったように、魔力さえあれば、原石でも戦うことは可能だ。
だが、魔具を持つ者と持たざる者との間には、圧倒的な差がある。
よほどのことがない限り、その差を埋めることは不可能だ。
ましてや、シュウの目の前に立つのは闇属性の使い手にして帝国軍部隊長ジャンヌ・ド・サンス。
クリスタルのみで立ち向かうなど、無謀もいいところだ。
だが、シュウの周囲には、魔具を持っていた時となんら変わりのない、それどころかさらに激しい風が渦巻いていた。
「まさか、貴様……! 既に己の力に気が付いて……っ!?」
「自分のことは自分が一番分かってる。
もちろん、気が付いていたさ。僕が異常だって」
シュウは……寂しそうな目で空を見上げた。
「この世界の状況も、何もかもが初めから僕の頭の中にあった。僕という存在が、どれだけ人から外れているのか……。
分かったからこそ、怖かったよ。ただでさえ、化け物じみた力を見せているのに……これ以上、化け物になるなんて。
だから、僕は自分の力を抑えた。
決して本気を出さないように。誰も僕を恐れないように。
家族を……僕の居場所を失うのが……怖かったんだ。こんな僕に、愛情を注いでくれる父さんと母さん。兄と慕ってくれる可愛い妹と弟。失いたくなかった、避けられたくなかった――っ!!
でも、やめた。
手加減するのは、もうやめた。
僕は君を許さない。僕の全力をもって、君を殺す」
シュウの翼が目映い光を放つ。
ジャンヌの闇とは対照的な真っ白な……翼と同じ純白の光。栗色の髪が、緑色の瞳が……白く、染まる。
「面白い……っ!!
そのちっぽけなクリスタルで、殺せるものなら殺してみるがいい…………
主なき天使よ!!」
「僕の仕える人は……守りたい人は昔から決めてある。厭っていた天使の力を使っても、守りたい人達がいるんだ!
すぐに君を殺して、僕は父さんを止めにいく!」
純白の天使の輪が、シュウの頭上に顕現する。
翼を広げた天使は、砕けぬ原石を握り締めて魔女に殴りかかった。