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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第三章~絶対強者との邂逅~
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第八十二話ー最後の一人

 





「―――めろ! ―――めるんだ!」



 遠く、遠くの方から声が聞こえる。

耳元近くで叫ばれているのに、その声は遠い。

鼓膜が機能しなくなったかのようだ。



「――む! ―――ってくれ!」



 赤い鮮血が飛び散る。

いや、そもそもこれは血なのか。

ただの水じゃないのか。

だって視界はこんなにも赤い。

地獄のように……赤い。



「―――んで! ――――――ことに!」



 目の前を何かがちらつく。

よく見慣れたもののような気がするけど、分からない。

全体に赤いもやがかかって、それが人なのかも分からない。


 攻撃されている。なら、敵か。


 アイツ・・・と同じか。






 苦しい、苦しい苦しい苦しい苦しい……!

胸の奥が引き裂かれたように苦しい!

何でこんなに苦しい! どうしてこんなことに!

何がいけなかった! 誰のせいだ!


 再び血が舞う。

ああ、そうか、こいつのセイか……。

こいつも、アイツ・・・の仲間か……。


 沸々と、怒りが沸き上がってくる。

煮えたぎるマグマの如き激情が全身を支配し、視界を完全に紅く染め上げる。


 もはや理性など、彼方へと吹き飛んでいた。



「―――――――――――!!!!!!」



 純白の羽根が……辺り一面に飛び散った。






―――――――――――――――――――






「――――――ぅぁっ……!!」




 カイルが声にならない悲鳴を上げて目を覚ました。じっとりとした嫌な汗が身体全体を覆い、胸に手を当てれば激しい動悸が感じられる。


――一体、何だったんだ……今のは、夢……か?


 ガンガンと強い頭痛がしてカイルは頭を抑える。



――ここ、は……?



 周囲を見渡し、カイルは自分がベッドに寝かされていたことを初めて自覚する。ごちゃごちゃとした部屋だった。用途の不明な実験器具や生活用具が散乱し、足の踏み場もない。



「……起きたか、カイル」


「ジャック……」



 地面に自分の座れるだけのスペースを作り、ジャックが胡座をかいていた。小人族ドワーフであるジャックが座ると、ベットの上からでは中々見えづらい。ベットの縁から、ジャックの赤髪が覗いていた。



「ここは、〝シュードラ〟。……帝国の一番惨めな部分の吹き溜めみたいなところや」



 帝国の治世によって、何かそれぞれにとって大切なものを失ってしまった者達の坩堝。この場所に、希望など存在しない。


 喪失感に囚われ、無気力と惰性のみがここにはある。


 絶望も、悲観も、希望も、楽観もない。

変わることない灰色の日々を、漫然と過ごすだけの場所だ。


 ここに、帝国兵はやってこない。帝国の手が介入してこない稀少な場所、だがこの場所に好んでやってくる者はいない。


 誰も、このような陰鬱な場所には来たくないのだ。

集まるものは、生きているが死んでいる。呼吸し、飲食し、排泄し、最低限の生命維持を行ってはいるが、それだけだ。最低限ができないものでさえ多い。死ぬのなら、それでもいいとそう考えるのがこの場所の人間の共通認識。


 死が隣人である、そんな場所だ。



「この家の奴等は帝国からの目を掻い潜れるならってことで、ここに家を構えとるらしいわ」



 高性能な魔具で外観はボロいあばら屋に見えるように偽装までしてな、と愚痴るように付け加える。

確かに、この部屋は汚いが壁や天井などはしっかりとしていて、普通の民家と遜色がない。



「ん……むぅ……カイル……さん?」



 不意にカイルは膝の辺りから聞き慣れた声が発せられるのを聞いた。意識さえしていなかった重みが軽くなり、寝ぼけ眼のユナが起き上がる。



「起きたん……ですね」


「ああ、起きた。それで俺は何でこんなところに――っ!?」



 鮮烈に甦る記憶。

目の前の肉体を貫いていく鎗。

真っ赤に染まりながら崩れ落ちる身体。

泡のように弾けて消えた―――



「う………ぁっ!!」



 フィーナの、姿。



「カイルさん……」


「ユナ……正直に……答えてくれ……」



 先程とは別の意味で冷や汗と動悸が激しくなる。

聞いておかねばならない、だがその答えを知ってしまうことへの恐ろしさがカイルを捕らえて離さない。

唇が異様に乾いて、上手く言葉が出てこない。


 それでも、震える声でカイルは言葉を絞り出した。



「フィー……ねぇは……?」



 すがるような視線。頼むから、違っていて欲しい。

その思いは、痛いほどユナに伝わっている。嘘を吐くことはカイルの為にならない。それでも真実を言うことは憚られた。こんな弱った瞳に晒されて、残酷な真実を告げることは……ユナにはできなかった。



「フィーナさんは、死んでもうた」



 それを見かねたジャックが助け船を出す。できうる限り淡々とした口調で、事実だけを告げた。


 いつか知ることなら、早い方がいい。数々の戦場と死を経験したジャックは、そう判断した。



「……ぁ……………」



 カイルは、言葉を失う。怒るでも、混乱するでもなく……焦然とする。目が焦点を合わせられずにさ迷い、顔が死人のように白くなった。



「俺の……俺の……せいで………」



 あの時届かなかった手が、カイルの心を締め付ける。もう少し、もう少しだけ、何かが違えば……ここに在った命。それはもう、カイルの手から溢れ落ちてしまったもの。


 あの手が、届きさえすれば……。



「カイルさんの……せいじゃ、アレは、わたしの――」


「ユナちゃんの言う通りや。お前のせいやない。自分を責めるな、カイル」



 ユナの言葉に被せて、ジャックは言う。



「戦いにおいて、死ぬことは付き物や。……誰のせいでもない。自分を責めるのは、筋違いやで」



 カイルに向けての言葉ではあったが、同時にその言葉はユナにも向けられていた。

ユナの闇属性の【能力】――【転移テレポート】。

物体や魔法を文字通り転移、瞬間移動させるという、戦闘後に初めて聞かされたユナの【能力】。そのことで、ユナが自分自身を責めていたのをジャックは気付いていた。



「分かったな」


「……おう」 「……はい」



 絶対に分かっていない返事が返ってきて、ジャックは小さくため息を吐く。

しかし、こういう問題は解決を急いだところで不可能であることもジャックは理解しているので、どうにもやりきれずにもう一度ため息を吐いた。



「あれから……一週間経った。具合はどうや、カイル?」


「いや、別に……なんとも」



 一週間。

それは移動にかかった日数が半分、カイルが寝込んでいた日数が半分だ。音速を越えての移動は流石に傷を負った者への負担が強いということで、時間をかけてこの家にやってきたのである。



「そうか、良かったわ。ちょい待っとけよ、マリンさんにカイルが起きたって伝えてくるわ」



 散乱した道具を壊さないように踏みつつ、ジャックは部屋から出ていく。残ったのは、カイルとユナだけ。


 気まずい沈黙が……流れる。



「――カイルッ!!」



 暫くの無言の後、けたたましい足音と共に、マリンが部屋に入ってくる。足元の実験器具を破壊し、強く、床を蹴りつけて、



「あぁっ――カイルッ!!!」


「うおっ……」

 


 マリンはベットの上のカイルに抱きつく。

むしろそれは飛びつく、と表現した方が良かったのかもしれない。受け止めるカイルが思わずのけ反ってしまう程の衝撃だった。



「良かった……本当に良かった……」


「マリンねぇ……?」



 そんな姉に対し、カイルは酷く困惑する。

これほどまでに弱っているマリンは見たことがなかった。安堵から涙を目の縁に滲ませ、抱き締める手は震えている。普段ならそんな姉の姿を気持ち悪く思ったりするのだろうが……今のこの状況では、カイルの胸を締めつけるだけだった。



「リュウセイも……いないし……このまま、カイルまで起きなかったら……あたし………っ!!」



 涙声になりつつあるマリンの言葉、その中でカイルは聞き逃せないものを聞き取った。



「リュウセイが……いない……!? どういうことだよ……それ……!?」



 思わず自分を抱き締めていたマリンの肩を掴み、問い詰める。自分が寝ている間に何かが起こったのか、そんな恐怖がカイルの中で生まれた。

と、その時、



「おう、起きたのかカイル。っておい!? 誰だ俺の実験器具壊した奴は!?」


「クカカカカ、そこらへんに置いとく方が悪いのじゃ。『バキッ』ん? ………あ」


「おいいいいいいいい!?!? 何やってんのお前えええええ!?!?」



 賑やかな声を出しながら新たな見舞い客が現れた。

艶やかな白髪を揺らし、メスシリンダーを踏み壊した幼女――マリアと、それを怒る白衣の中年――神影だ。

そして、



「……やぁ」



 隻翼の青年、シュウ。眼鏡の奥の緑の瞳は少々暗く、挨拶もどこか味気無いものだった。



「あんた……よくカイルの前に顔を出せたわね!!

こんなところで油売ってないで、早くリュウセイを見つけてきなさいよっ!!」



 最後に現れたシュウに対して、マリンは批難するように語気を荒げる。怒鳴られたシュウは、酷く疲れた様子で応える。



「……飛ばした方向は粗方探したんだけど……それでも見つからなかった……。

だから、多分、リュウセイは自分で移動しているんだと――」


「言い訳なんて聞きたくない!! あんたがリュウセイを吹き飛ばしたんでしょ!! 何処に行こうと責任もって探し出しなさいよ!!


 っくぅ………っ!!」



 ヒステリックに叫んでいたマリンが急に眉間にシワを寄せ、頭を押さえた。



「あんたの顔を見てると、頭が痛くなってしょうがないわ……!!! 早くこの部屋から出ていって!! あたしたちの前に顔を出さないで!!」



 心配で駆け寄ったユナとジャックを放っておいて、怒鳴り続けるマリン。剥き出しの怒りに晒されたシュウは、何も言わずに背を向けた。神影やマリアが居心地が悪そうになるが、マリンは構わず、背中を向けるシュウに対して悪態をつく。


 シュウは、そうされて当然だとでもいうような寂しそうな背で、部屋から出て行こうとして――



「シュウ………にぃ……?」



 聞こえてきたその小さな声に、思わず振り返るのだった。






――――――――――――――――――――





 時間が止まった。そう錯覚するほど、カイルの一言で辺りは静寂に包まれた。



「シュウにぃ……シュウにぃなんだろ……?

なんで、なんで俺は今まで忘れててたんだ……?」



 ゆっくりとカイルは起き上がり、寝巻き姿のまま、振り返った姿勢で固まっているシュウの前に立った。

懐かしむように、シュウを見る。



「でも、元気でよかっ――!?」



 カイルの目がある一点で止まる。

絶句し、記憶が脳内を駆け巡る。



「ああ、そうだ、俺……俺、は……っ!」



 全身の力が抜け、膝をつく。

その際、ガラスが割れる音がしたが、カイルはそれに頓着しない。

目を固定して、離さない。





 つい今しがた見た夢が、ハッキリとしたイメージを伴ってカイルの頭の中に浮かび上がってくる。


 怒り狂う自分を……必死に止めようとしていた人がいた。

純白の二対の翼をはためかせ、怪我を負わせないように、懸命に……。


 それなのに、自分は――



『目を覚ますんだ、カイル!!!!!!』



 自分は――!!















 カイルは、虚ろな目でシュウの無くなった片翼を……見つめ続けた。



「やっぱり、記憶が【再生】してしまったんだね……カイル」



 シュウは嫌な予想が当たってしまったことに目を伏せる。

だが、すぐに慈しむような笑顔を向け、カイルの頭を撫でた。



「これは、 君のせいじゃない。僕の弱さが招いた結果だよ。

だから、そんなに悲しそうな顔をしないでくれ」


「でもっ……!」


「でも、じゃない。僕を困らせないでくれ、カイル。翼は僕自身のせいで失ったんだ。


 それに、馴れてくると魔具の翼もいいものだよ。戦いに幅ができるからね」



 中々納得する様子を見せないカイルではあったが、シュウが思っていたより混乱はしていないようだった。


 朧気ながら、シュウがヴァジュラ相手に圧倒していたことを覚えているのだろう。

義翼がまるで苦になっていないことを知っている。

そうでなければ、カイルはシュウの言葉を信じれず、もっと自分を責めたハズだ。

 

 と、ここでシュウがカイルから目を離すと、 唖然とした表情の三人の顔が飛び込んできた。



「あ、あ、兄貴やて……? お前が……カイルの……?」


「そうだよ。付け加えるなら、マリンのお兄ちゃんでもある」



 シュウは、どこか寂しそうな目でマリンを見た。

マリンはと言えば、痛む頭を押さえつつ、否定の眼差しをシュウに送っていた。

その鋭い眼光に、シュウは寂しそうに笑って見せる。



「カイルの封印は解けてしまったけれど、マリンの記憶の封印は解けていない。

本当は……話すつもりはなかったけど、カイルの記憶が完全に戻ってしまった今……話さない訳には、いかないよね」



 シュウはおもむろにカイルをお姫様だっこで抱えあげ、マリンがいるベットの上に置いた。

突然のその行動に呆然とする四人、だが、シュウは気にすることなく、話を続けた。


 いや、話を始めた。


 十一年前の、ある家族の物語を――――





――――――――――――――――――――




 十一年前、浮遊島。人口約五百。

空を飛行している以外は何の変哲もない牧歌的な村である。

この村は、ほぼ全員が身体から翼を生やし、大空をかける【形態変化】の【能力】を持つ有翼族だ。

村一番の狩人であったカイル達の父が見初めた女性、その子供たちのみが例外ではあるが、大空を旅する種族であるからか、村人全員がおおらかな性格であり、そのような身体的な差は気にもかけられない。


 そんな村の狩人達の訓練所。

そこで、もはや習慣となっていた光景があった。



「シュウにぃ! 勝負だ! こんどこそ、おれが勝つ!!!」



 そこにいたのは、幼き日のカイル。

父、兄の背を追い、モンスターと戦い、食材を集める狩人を目指す五歳児だ。

兄であるシュウに対し、戦いを挑んでは負ける、というのがここのところの日課である。


 カイルがキラキラと目を輝かせ、勢いよく訓練所に飛び込んでくると、それを待っていたかのようにシュウが笑いかけた。



「いいよ。でもその代わり、カイルが負けたら一つだけ、僕の言うことを聞いてもらおうかな」


「えっ……?」



 カイルは動揺する。

これまで、シュウに勝負を挑んで何かを要求することなどなかったのに……。

どうしよう……止めとこうかな……、とカイルの目が泳ぐ。



「どうしたの? 勝てば何も問題ないじゃないか。

今度こそ、勝つんだろう?」



 シュウはにこやかな表情でカイルに迫る。

表面上は爽やか、と言えるが……内心は悪気で満ち満ちているのは言葉から明らかではある。

が……



「そうだな! 勝てばいいんだよな!」



 幼き日のカイルは深く考えず、シュウの甘言に乗ってしまう。

昔から純粋な少年である。考えなしとも言うが。



「うん、そうだよ。それじゃあ、始めようか。

どこからでもかかっておいで」


「よっしゃあああああ!!

いっくぞおおおおおおおおおおおおお!!!!」



 そして、カイルは何も考えることなく、意気揚々とシュウに向かって真正面から突進していき……



「……がふっ」


「はい、僕の勝ち」



 あっさりと後ろをとられ、延髄への一撃を受けて気絶してしまうのだった。

これもまた、いつも通りの光景。決着はいつもより早かったが。

シュウは満面の笑みで倒れこむカイルを抱きかかえるのだった。





――――――――――――――――――――





「「あははははははははははははっ!!!!」」


「うん、似合ってるよ、カイル」



 丈の短い白地のフリフリのワンピース、ワンポイントに空色のリボン。

化粧をし、頬を赤く染めた金髪ショタ……カイル。

化粧は母の道具を使い、姉二人が丹精込めて施した。

五人が寝泊まりする子供部屋の真ん中で、カイルが気絶した時間を利用して。

その姉二人は三段ベットの一番上で腹を抱えて笑っている。



「うう、こんなことされるなんて……聞いてねぇぞ、シュウにぃ……」



 上目づかいに見上げてくるその様子のなんとまぁ、愛らしいこと愛らしいこと。

普段のやんちゃなカイルは微塵も存在しないあどけない表情に、シュウは軽い眩暈を覚えた。



「僕の予想は正しかった……っ! 流石、僕の弟………っっ!!」



 ふらついた勢いで、後ろを向いてガッツポーズ。

この兄は弟に何を求めているのだろうか。



「シュウ、にぃ……?」



 あまりの愛らしさに顔を背けてしまったシュウを覗き込むカイル。

兄弟全員に共通している澄んだ緑の瞳に見つめられ、シュウは止めを刺された。



「はぁ……可愛いよ、カイル」


「うわっ! ちょっ、シュウにぃ!?」



 五歳の女装したカイルをシュウは抱きしめる。自分の手で対面の肩を掴むほど、深い抱擁だ。



「んー、むーっ!!」


「うん、今日のカイル分はこれで補給完了だね」



 その言葉と共に解放されたカイルは酩酊して、覚束ない足取りだった。

強い抱擁と慣れない格好で、彼の頭が処理能力の限界を迎えたのだろう。

ふらつくカイルをシュウは抱き抱え、二段ベットの下の段に寝かせた。



「さぁ、次はマリンとフィーナだよ。お兄ちゃんの胸に飛び込んでおいで」



 くるりと振り向いて、手を広げるシュウ。

マリンとフィーナは客を焦らすキャバ嬢のようにくるくると髪の毛を手に絡ませて、笑った。



「あたしたちぃ~、そんなやすぅい女じゃないの」


「でもぉ~、頼んでたことを~、教えてくれるならぁ、考えてあげてもいいわよ~?」


「アストルさんは奥さんに内緒で自分の家の井戸の壁に、お酒を隠してるらしいよ」


「「お兄ちゃん大好きっ!!」」



 三段ベットの上から飛び降りた二人をシュウはしっかりと抱き止める。

シュウは今日も無事にフィーナ分とマリン分を補給することができたが、そのせいでまた一人、村人が犠牲になってしまった。

このままでは、この村はマリンとフィーナに裏から支配されてしまうかもしれない。


 幸せそうな顔で妹を抱き止めるシュウは、そのことに気がついているのだろうか。



「さ、後はリュウセイかな。今日もあの子は刀の練習?」


「「そうみたいよ」」


「ちょっと稽古をつけてきてあげようかな」


「「いってらっしゃーい」」


「いってきます」



 この後、リュウセイがシュウに無理矢理稽古をつけられ、シュウが無事、今日のリュウセイ分を補給できたことは言うまでもない。

ただ、リュウセイはカイルと違って頭を働かせることができたので、女装を免れることができたのは僥倖と言えよう。







――――――――――――――――――――







「おいカイル! もう女のかっこうはしなくていいのかよ!?」


「うっせーぞチビホシ!! おまえこそ、シュウにぃに負けたくせに!」


「はっ! だぁれが、チビホシだってぇ!?」


「おまえにきまってんだろ、ばーかっ!

おれより一センチもひくいだろっ!!」


「一センチくらいでチビとか言ってんじゃねぇよ、バカイル!」


「チビホシ!!」


「「やんのか、こらぁっ!!!」」


「こーら、食事中よ、止めなさい。カイル、リュウセイ」


「「……はーい」」


「それでね、それでね」


「今日はアストルおじさんのよわみをにぎったの!」


「はっはっはー、うん、俺の娘は逞しいなー。

いやー、全く、はっはっはー……」


「父さん、笑顔がひきつってるよ」



 カイル一家の団欒。夕食の一幕。大きな丸テーブルの上には、シュウと父が捕ってきたモンスターの肉と、村で育てている野菜の料理が並んでいる。



「なぁなぁとうさん! このにく、なんて言うモンスター!?」



 カイルが骨付き肉の骨部分を掴み、高々と持ち上げた。口の回りに食べかすを残し、大きく声を張り上げる姿は微笑ましいが、父の目は少し泳いだ。



「あ、ああ、そ、それはなぁ、竜の肉なんだ」


「「竜!? これが!? 父さんがしとめたの!!?」」


「りゅうってアレだろアレ!! スッゲー強いやつ!!!」


「はっ! さすがとうさんだな!」



 子供達から純粋な尊敬の眼差しを向けられて、父はたじろぐ。ぽりぽりと気まずそうに頬を掻いて、横目でシュウを覗く。



「それは、俺が仕留めたんじゃなくてだな……シュウが仕留めたんだ」


「「「「えーっ!? シュウにぃが竜を!?!?」」」」



 四人が揃ってシュウの方を向く。



「うん、そうだよ。たまたま空を飛んでいるのを見かけたから、ちょうどいいかなって」



 竜はそんな気楽に倒せるようなモンスターではない。

ないのだが……このシュウという、当時僅か十二歳の少年にとってはその程度のモンスターであった。



「まぁ、凄いわねぇ……。でもシュウ、あんまり無茶しちゃダメよ。お母さん、心配するんだから。翼のこともあるし……」


「大丈夫だよ、母さん。翼のことも、僕は全然不自由になんて思ってない」



 シュウは、この村における異形児である。

有翼族と人族の間の子であるせいか、【形態変化】が使えないのだ。

産まれた時から、ずっと翼はシュウの背中に生えたまま。


 だが、その代わりと言ってはなんだが、シュウには膨大な魔力がその身に宿っている。

村人全員の魔力を足してなお、及ばない程の魔力。

産まれたときはその魔力でシュウが死んでしまうのではないか、と大騒ぎになったのも、今となってはいい思い出だ。


 成長するにつれ、さらに魔力は大きくなり、肉体も異常なほどに強靭になっていくので、十二歳にしてシュウはこの村で一番の実力者なのである。



「子はいつか親を越えるというが……早いもんだなぁ……」


「まぁ、アナタったら。もう年寄り気分ですか?」



 父親としては、嬉しいような悲しいような複雑な気持ちである。



「色々あったからなぁ……」




 シュウが産まれて、五年後。

マリンとフィーナが産まれた時も大変であった。

彼女達の場合、魔力の属性を変化させるという前代未聞の【能力】がある代わりに、翼がなくて、苦労した。


 その二年後はカイルとリュウセイ。今度は普通の子かと思いきや、生えてくる翼が普通ではなかった。

朱色の翼のカイルに、竜の翼のリュウセイ。

普通の有翼族は、雪のように白い翼しか生えないものである。異形の翼を生やした時、もはや普通の子供は産まれないのか、と夫婦揃って苦笑いしか出てこなかったものだ。



「私は幸せですよ? あなたが私を見つけてくれて……こんなに楽しい家庭を築けて」


「……そうか」



 竜のことで騒ぐ子供達。そんな賑やかな夕食を前にして、二人は肩を寄せ合う。



「ねぇ、ロウル」


「どうした、ルオーラ」


「ずっと……こんな日々が続けばいいのに」



 浮遊島で生活しているとは言え、世俗に疎いという訳ではない。

生活品や魔具を買ったり、モンスターの素材を売り払うために、地上へ降りる村の人もいる。

ゆえに、一ヶ月前、圧倒的な力をもって大陸を統一した帝国の存在も……耳に入っている。




「続かせてみせるさ、何としても」



 ロウルは毅然とした表情で告げる。

帝国などに、この団欒は壊させない。

壊させてなど……なるものか。





 ジャンヌ・ド・サンスがこの島を襲撃するのは、この日より、一ヶ月後のことである。

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