第八十話―〝フィーナ〟
ヴァジュラは、フィーナの身体から引き抜いた雷の魔鎗の穂先をカイルに向け直し、力の限り突きだした……が。
「させないよ」
と、強い怒気を滲ませた声と共に、それは防がれる。
栗色の髪を風になびかせ、突如現れた隻翼の青年は右手に持った剣と左手に持った拳銃を交差させて鎗を受け止めていた。
その青年――シュウは眼鏡越しにヴァジュラを睨みつける。
「よくもフィーナを………!!
僕はもう自分を抑えられそうにないよ……!
楽に死ねるなんて思わないでね――!!」
交差させた武器が緑色の光を放ち、ヴァジュラに向かって強烈な風を叩きつける。
そうしてヴァジュラはいとも簡単にカイル達から引き離されていった。
――――――――――――――――――――
「フィーねぇっ!! フィーねぇっ!!!」
カイルは、そんな周りの状況は一切目に入っていなかった。
血の海に沈むフィーナを腕に抱え、カイルは必死に声をかけ続ける。
「カイ、ル……よかっ、た……。
ケガ、してない……?」
そのカイルの声に応えるようにフィーナは目線をカイルの方へ向けた。
口から血を流しながら、息も絶え絶えと言った様子で……しかし、柔らかな笑みを浮かべて、フィーナはカイルを心配する。
「ああ、俺は大丈夫だよ!!
でも、俺なんかよりフィー姉が!」
血が止まらない。
フィーナの身体にぽっかりと空けられた空洞。
それは、ヴェンティアの街での出来事をカイルに連想させた。
「は、はは……!
そうか、そうだよ、また演技なんだろ!?
これも、何かの作戦で……また俺は騙されてるんだな!
そうか、そうだよな……!!
なぁフィー姉……そうだよな!!
また俺は……騙されてるんだよな!?」
目に大粒の涙を浮かべながらカイルは必死にフィーナに問いかける。
いや、むしろそれは懇願に近かった。
そうであってくれと、切実にカイルは祈っていた。
だが、
「違うわ……カイ、ル……」
その願いは、
「これ、は……演技でも、なんでも……ないわ……」
現実によって儚くかき消される。
「う、ぁぁ、ああぁぁああ……!」
現実。眼前にそびえるそれにカイルは打ちのめされる。
嘘だと思いたかった、また演技なんだと思いたかった。
だが、自分の手を伝っていく生暖かい血の感触と……悲しそうなフィーナの顔を見せられて、半ば強制的に……カイルは目の前の出来事が現実であると認識させられた。
「俺の、俺のせいで……フィー姉が…………!」
「それは、違う……わ」
「違わねぇよ!!」
もっと自分が強かったら。
もっと強力なビッグバンが放てていたら。
自力で鎗を回避できていたら。
考えれられる“もしかしたら”がカイルの頭を駆け抜け、後悔が胸を満たす。
「俺は……っ! 何でこんなに弱い!!
十一年前の母さんの時も……!
この間のゲンスイのじいさんの時も……!
今回もそうだ……っ!!
俺は何にもできなかった!!
何にも成長してなんかいやしなかった!!
強くなった気になってただけだ!
結局、俺は何も守れてないじゃないか!!」
カイルの悲痛な叫びが響く。
守れるように、失わないように身につけたハズの力はヴァジュラによって粉砕され……また一つ、カイルの大切なものがこぼれ落ちていく。
無力感がカイルの頭を塗り潰していく。
また、守れなかった。目の前にいたのに。
あまつさえ、庇われて。
これが自分のせいでなくて何と言うのか。
「自分を……責めるのは、止め、なさい」
聞き取れるかどうかも怪しい、か細い声。
カイルは悲嘆に暮れながらも、必死にその言葉に耳を傾けた。
「でも、フィー姉は……俺の――」
「無駄、よ……そん、なの……。後悔する、だけ……無駄……」
命の灯火は確実に小さくなっていくものの、フィーナは少し語調を強めた。
カイルを慰めるのではなく、諭すようにフィーナは重くなってきた口を開く。
「その、代わりに……その悲しみを、次に……生かしなさい……」
「そんな……! 俺は何にも生かせねぇよ……!
前の時も、誓ったのに……生かせてなんかねぇ……」
「そんなの、当たり前じゃない……」
と、フィーナが矛盾したことを言う。
「一度した失敗を、二度とするな。
そんな、ものはね……理想論よ……。
一度くらいの失敗で……何もかも理解できて、実行できるわけないの……。
特にカイル、あんたは……本当にバカなんだからね……。
できなくて、当たり前なの……。
そんなことで、後悔するなんて……馬鹿らしいわ……。
だから、もう一回、自分に誓って、今度こそはちゃんと、できるように励めばいいの……。
そうやって、人は、成長していくのよ……。
それに、姉が弟を庇うのは当たり前……よ。
そん、なことで、自分のせいだと、思わないの……。
むしろ、あたしが……ちゃん、と……助け、られなかったのが、いけ、ないの。
だから、ね。後悔、なんて、しないで……」
「……っ!
わかんねぇっ! 俺、フィー姉の言ってること、わかんねぇよっ!」
「ふふ、あんたは、本当に……馬鹿なんだから……。
いいわ、一言で言うから、よく、聞きなさい。
頑張り……なさい。負けるんじゃ、ないわよ」
フィーナは涙で濡れるカイルの頬にそっと手をやる。
どうしようもなく馬鹿で、ヤンチャで、これと決めたら一直線で、心配ばかりかけて、無邪気で、鈍感で、誰よりも優しい弟。
――本当に、可愛いんだから……。
「嘘だろ……!?
おい、どうなってんだよフィー姉!」
そして、もう一人の家族。
目付きと態度が悪くて、からかいがいがあって、乱暴そうだけど、実は繊細なところもあって、心根はカイル同様に優しいもう一人の弟。
「リュウ、セイ……」
「っ! どうした! フィー姉!」
涙を瞳いっぱいに浮かべてリュウセイはフィーナの傍により、その手を取る。
フィーナはやはり、リュウセイを見て笑った。
「これからも、カイルの、こと……よろしくね。
頼りない、お兄ちゃんの、こと……それと、皆のこと……支え、て……あげてね」
「――っ! なんっ、だよ……死んじまうみたいに言うなよフィー姉!」
――久しぶりに、姉って呼んでくれた……もうっ……この子も、可愛いんだから……
「フィーナさん!!」
「ああ、そんな……フィーナさん!」
そして、黒髪の綺麗な女の子。
小人族の男の子。
家族同様大切な………仲間達だ。
「ユナ、ちゃん……ジャック……み……なの……と……ろ、しく………ね」
もう満足に声を出すこともできなくなってきた。
それでもフィーナは気力を振り絞って、その意志を伝えようとする。
「うぅ、ひっく……フィーナさぁん………」
「ああ、分かった、分かったでフィーナさん!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたユナ。
泣き声になりながらも、安心させようと大きな声を出すジャック。
――皆、皆、本当に可愛いなぁ……。
そして――。
「フィーナ!!!!」
――マリン。
最愛の……相棒。
同じ容姿、同じ思考、同じ声。
何もかもが同じ二人において異なるのは髪の色と魔力のみ。
そんな存在が……今までに見たことないような顔をして駆け寄ってくる。
「……リ……ン……」
「フィーナ! やだ、死なないでよ!!!
ねぇ、フィーナ! あたしを置いていかないで!!
ずっと一緒だったじゃない!
今までずっと一緒にやってきたじゃない!!
一人に、あたしを一人にしないでよぉっ……!!」
どう頑張っても、最期の声が出てこなかった。
この写し鏡のような相棒には、一番伝えたいことがあるというのに。
「フィー姉っ!?」
「なんだよ、なんなんだよこれぇっ!?」
「フィーナさん……!?」
「どう、なってんねん……」
マリンがフィーナを抱き抱えた瞬間、フィーナの身体が薄光を放ちながら薄くなり始めた。
まるで、もう逝ってしまうかのように。
身体は透けて、フィーナの潜在的に持つ三属性の色を持つ光の玉がふわふわと現れマリンとフィーナを包む。
それは幻想的であったが、同時にフィーナの消滅を意味するようにも写った。
「フィーナ……フィーナぁ………!!」
泣き崩れるマリンに対してフィーナは何とか意思を伝えようとする。
声はもう出ない。どうしたら……。
――ううん、声に出さなくたっていい。
あたしとマリンは一心同体……二人で一つなんだもの。
フィーナは余力を振り絞ってマリンに抱きつく。
いつものように、触れた箇所から想いを伝えるために。
「あ……」
そして、マリンはフィーナの気持ちを受け取る。
震える手で、消えてしまいそうなフィーナを優しく、されど力強く抱き締める。
どんな言葉を交わすよりも明確に伝わる感情。
言葉を介することなく、フィーナの思考が直接マリンに流れていく。
強く強く、二人は抱擁する。
ぎゅっ、とお互いを確かめ、
その存在を、その魂に刻み込んだ。
ぱぁ……ん……………。
フィーナを抱き締めていたマリンの腕が空を切る。
フィーナは最期に一際大きく輝いて、シャボン玉のように弾けて消えてしまった。
後に残ったのはフィーナが着ていた衣服のみ。
フィーナが拾った暗闇の羅針盤がマリンの膝に落ちる。
フィーナだった無数の小さな魔力の玉は一度空に放たれた後、マリンに吸い込まれていく。
雪が身体に染み込むように、魔力が……〝フィーナ〟そのものが染み入っていく。
そして、光は全てマリンの中に入って……〝フィーナ〟はその生を終えた。
マリンは朧気な様子でまだ温もりのあるフィーナの衣服をかき集め、強く………強く抱き締める。
フィーナの残滓を必死に確かめるように。
強く、強く……強く。
強く………………強く。
強く、抱き締める。
「フィーナ………フィーナぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
半身を失った者の慟哭が、大気を揺らした。
――――――――――――――――――――
……あああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
マリンの慟哭がカイルの心をかき回す。
もう避けることのできない現実と、己の無力さを、まざまざと突きつけられ、涙も、握った手から流れる血も止まらず、悲しさと怒りが波のように押し寄せて、カイルはもう……限界だった。
「フィーねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」
カイルは天に向かって咆哮する。
耐えられない現実、受け止めるには……余りにも辛すぎた。
その精神を……殺してしまうほどに。
カイルから、尽きたハズの魔力が泉のように湧き出てくる。
変化が……始まった。
その烈火のような激しい魔力は、カイルの身体を覆い、圧倒的な魔力の波動を周囲に叩き込む。
そして、
「くそが……くそが、くそが……くそがぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
そんな波動が、もう一つ。
雷電のような魔力がリュウセイの身を包み、変化が始まる。
その波動を間近で浴びせられたジャックとユナは悲しみを胸のうちに秘めたまま、呆然と変化していくカイルとリュウセイを見ていた。
「キュルァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
「ガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
身体を覆う魔力が過ぎ去った時、現れたのはいつか見た二人の姿。
カイルは、朱色の翼がさらに大きく広がり、翼と同色の羽毛が腕や脚にまで現れている。
孔雀のような鮮やかで大きな尾羽が生え、五本指を維持したまま、それが鉤爪に変化していた。
カイルは威嚇するように息を吐き、巨大な翼を広げる。
リュウセイは、翼の鱗の範囲が拡張し、カイルと同様の部位、そして頬の辺りまで黄金の鱗で覆われていた。
剛健な尻尾が生え、瞳が縦長に細くなる。
まるで竜のような姿だった。
リュウセイは唸るような声を出し、尻尾を地に叩きつける。
そして……
「キュルァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「ガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
紛れもなく全力で、互いを殴り付けた。
極限にまで強化された肉体の激突は今までのものとは比べ物にならないほどの衝撃を放つ。
悲しみで放心しているマリンと、呆然としていたユナとジャックはその衝撃により吹き飛ばされる。
「うぉわぁぁぁぁあああああ!?」
「きゃああああああ!?」
ジャックは咄嗟にマリンとユナを抱え込んで下敷きになり、二人の地面との衝撃を緩和させた。
痛みに呻くジャックをよそに、異常な【形態変化】を終えたカイルとリュウセイは獣のようにお互いを傷付け合っていた。
二人の目は真っ赤に血走り、理性の一欠片も感じることができない。
ただただ、あふれでてくる力を目の前の相手にぶつける。
カイルに殴り飛ばされたリュウセイは大きく咆哮すると、一瞬で曇り一つない純白の鎧を身に纏った。
雷を押し込めたようなその鋭い形状の鎧が顕現した途端、リュウセイの魔力がさらに跳ね上がる。
地を砕く一歩を踏み出す。
音速を越えてリュウセイはカイルに接近していく。
鎧を纏ったことで、リュウセイは異常に強化された肉体をさらに超越したようだ。
それは、まさしくあのヴェンティアの街で見た――龍種のみが使えるという【龍醒】だった。
【龍醒】によって強化された拳が顔面を打ち抜き、カイルの首があらぬ方向に折れ曲がる。
見ていたユナが小さな悲鳴を上げるが……それも一瞬のこと。
白炎が折れた首から燃え上がり、その跡を隠したかと思うと、次の瞬間には何事もなかったかのように全快したカイルがいた。
叫び、咆哮し、血飛沫と炎と雷が疾風のように戦場を駆け抜けていく。
「そんな……なんで……お二人が……どうして……何が、起こって……?」
そんな悪夢のような光景を目にしたユナが、ふらふらと立ち上がって二人の元へ行こうとする。
表情は虚ろで、明らかに正常を欠いていた。
「ユナちゃん! 待ちぃ――っつあ!!」
そんなユナを止めようとして、腰に走った痛みに声を上げるジャック。
そのせいで、ユナは止まらずにゆらゆらと二人の元へ向かっていく。
「二人とも、やめて、やめてくださいよ……」
ユナの視線の先でリュウセイがカイルの肉体を噛み千切る。
途端、白炎がそれを治し、カイルもリュウセイに噛みつく。
【龍醒】の鎧にカイルの歯は阻まれるも、ミシミシという音が噛みついた鎧から鳴る。
リュウセイがそれから逃れようとカイルの足下の地面を尻尾で破砕した。
大きく地形が歪み、それだけで小さなクレーターが形成される。
その時、破砕された地面の一部がユナに向かって飛んできた。
「え……」
「ユナちゃん……っ!!」
意識が定まらないユナはそれを避けようとも思わない。
ただ、ぼんやりと危機を自覚するだけだ。
人を丸々取り込めるほどの大きさの土の塊がユナに迫って――、
「ちょおりぁぁぁああああああっつおおおお!!
っぶねー! ぎりぎりセーフ!!!!!」
「グッドじゃ神影! やっと活躍できたのう!」
「うるへー! とりあえず離れるぞマリア!」
「うむ!」
間一髪、白衣を着た中年の男が、自分ごとユナを突き飛ばすことでその危険は免れた。
そして、男は冷やかしてくる白の幼女――マリアと共にユナを連れて、ジャック達のところまで逃げる。
「ふぃー、あっぶねー、マジ死ぬかと思ったー」
「クカカカカ、ざまぁじゃのう。
年を考えて行動せんからじゃ」
「俺はいつだってヤングマンなの。
心だけはピッチピチに生きていくって決めてんの。
年齢なんてそれに釣られてついてくるもんなんだよ」
「どうみても、年齢が先走っておるがの」
「……おい、アンタら一体なんやね――」
突然現れて助けたり、ふざけている二人組にジャックは話しかけるが、白衣の中年――神影はそれを手で制する。
「はいはい、んなもん後でいーんだよ。
今の状況分かってる? ガチシリアスだぜ?
ちゃんと頭働かせろって。空気読めよ。
それから、そこのユナちゃん。
むやみやたらに今のアイツらに近づいちゃだぁーめだって。
どう見たって話し合いの通じる状態じゃないじゃん。
暴走してんの。ぼ、う、そ、う。
分かる? 分かるだろ?
必死に叫んで暴走が止まるとか、気持ちを込めて接すれば鎮まるとか、信じれば奇跡が起こるとか、そんなもんアニメの中だけ、創作の中だけの話だって。
意味のないことするんじゃねーよ、ったく。
オジサン年甲斐もなく全力疾走しちゃったじゃねーか。
なぁマリア、お前からも言ってやれよ」
そんな風に、ユナに一気呵成に説教をして、神影が意見を求めて背後のマリアの方に振り返る。
すると、いるはずのマリアがいない。(何で? え、アイツどこ行った?)
神影が焦りつつ、視線をカイル達の方へ送ると…………いた。
マリアは暴走する二人に向かって大きく手を広げて、
「聞けーい主らぁっ!
この儂が気持ちを込めて叫ぶぞー!
鎮まれー! 落ち着くのじゃあ!
儂は信じておるぞ!
主らが自分達に打ち勝つことを!!」
と真剣に叫んでいた。
「はい、アウトォオオオオオ!!!!
何やってんのお前!?
俺の話聞いてた!? 絶対聞いてただろ!!
何やってんだばぁーっか!」
神影がユナに対してそれは意味のないことだ、と上から目線で説教したこと。
それを言った傍からそのまま、まるっと実行してみせるマリアはある意味大物だろう。(このシリアスな空気をぶち壊しやがってぇ……!)
しかし、マリアの必死の祈りが通じたのであろうか。(え?)
二人の動きが……止まった。
「うそん……」
「落ち着け、落ち着くのじゃ……!
主らで争っても意味はない――!」
お互いを傷付けあっていた拳を下ろし、停止したロボットのようにうなだれる二人。
「おい、偉そうに説教しとったオッサン。
カイルとリュウセイ、止まったみたいやで」
「い、いやぁ、奇跡もあるもんだな!
そういやここ剣と魔法のファンタジー異世界だったぜ、忘れてた! てへぺろ!」
四十を越えた男のてへぺろがどれだけ酷いものだったかは筆舌に尽くしがたい。(止めろ、分かってるわそんなもん)
そして神影がみっともなく自らの恥を誤魔化そうとした時、
「キュルァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
「ガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
再び大きく咆哮することで再び動き始めたカイルとリュウセイ。
そして、大きく翼を羽ばたかせ、大空へと飛び上がっていった。
呆気にとられている神影達にマリアは艶やかな白髪を揺らしながら近付いてくる。
「クカカカ、これで儂も良いとこ見せられたかの?」
「いや、なにやってんのお前。
俺、お前があんなことできるなんて知らなかったぞ?」
「ん? 主には言っておるハズじゃぞ?
儂は変異に働きかけることができる。
今回はそれを利用して、ほんの少しの理性を取り戻させただけじゃ。
まぁ、本当に少しじゃから暴走しておるのと変わらんがの」
「……あー、あれってそーゆー使い方もできんのか。
で、アイツらどこ行ったんだよ」
「戻った理性で敵を思い出させたからの。
第三部隊長とやらのところじゃろ」
「あー、まー、シュウもいるから大丈夫か」
「ちょっ、ちょい待てお前ら、ワイが話についていかれへん。
もうちょい分かりやすく―――」
「駄目だ。言えねー、諦めろ」
神影は少々鋭い目付きでジャックの目を見つめる。
今までの冗談半分な口調ではなりを潜め、少しだけ声の温度が下がっていた。
「……何でや?」
「それも、言えねー。
でも俺達は敵じゃねえ。信じろ」
「それは無茶って言うもんやで」
剣呑な目を向けてくるジャックに対して、神影ははぁ、と年を感じさせるため息を吐いた。
「こっちにも、事情ってもんがあんだよ。
ユナちゃんのこと助けてやったろ?
それで納得しとけ。俺達が味方だってな。
ちゃんとあの二人のことも元に戻してやる。
だから今は……その子の傍に居てやれ」
神影はアゴでマリンを指し示す。
先程から一切会話に噛んでこない彼女は頬にくっきりと涙の跡を残しながら地に倒れ、眠っていた。
「マリンさん!?」
「疲れて寝てるだけだ。
だが、その子が負った心の傷は起きてから必ず効いてくるぞ。
それを癒せるのは今まで一緒に居たお前達と……暴走してる二人だけだろ。
間に合わなかった俺らが言っても罪悪感パネェんだけどよ………………家族が死んだんだ。
起きたとき、どうなるか……分かるよな?
その穴は、しっかりお前らが埋めてやれ。
それがお前らの仕事だ。
あの聞かん坊どもは俺達に任せとけ。
……行くぞ、マリア」
「うむ」
神影はマリアを連れ、シュウの元へ向かう。
(……はぁ、歯がゆいぜ、ったくよ……。
素直に悲しませてやることもできねぇなんて……)
神影は白衣に突っ込んだ手を強く握りしめた。
「神影」
「……ん?」
「……すまんの」
マリアの、唐突な謝罪の言葉。
だが、それだけで神影は充分理解できる。
(ああ、そうだよクソッたれめ。
分かってるからそれ以上言うんじゃねーよ地の文。
情けねぇったらありゃしねぇ……!)
「わりぃ、気ぃ使わせたな。
別にお前を責めちゃいねぇよ。
そんなことより、今はやることがあるだろ?」
「……そうじゃな。
儂らにできることは少ないが、こうなってしまえば、できることからやらねばの」
二人は、そんな会話を交わしながら歩みを止めない。
どこか風格さえ漂わせながら、シュウの元へ―――戦闘の渦中へと進むのだった。
そして、
「ゴメン、ユナちゃん。
マリンさんの傍におったってくれるか?
ワイは……アイツらに付いていく。
何も知らんままじゃ、アカンやろうから」
ジャックもユナの応答を待たず、痛む身体に鞭を打って神影達を追うのだった。
――――――――――――――――――――
「君が死ぬのは、僕を心の底から怒らせたせいだよ」
シュウは、放たれた三位合成魔法に対し、風属性単一を纏わせた左手の剣で切り払う。
驚嘆すべきは、その尋常ならざる魔力密度。
そのまま魔力制御を止めてしまえば、風属性のビッグバンがこの地を蹂躙するだろう程だ。
しかも、本人は未だ涼しげな様子である。
この程度、造作もないかのようだ。
ヴァジュラの攻撃を凌いだシュウは右手に構えた拳銃から三発、無音で風の弾丸を撃った。
回避することは、叶わない。
関節をいとも容易く撃ち抜かれるヴァジュラ。
カイルのビックバン以外はほぼ無傷で耐えてきたヴァジュラの体は既に血塗れである。
斬られ、撃たれ、完全に嬲られていた。
修道服を纏った……隻翼の青年に。
「キュルァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「ガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「……来たね。カイル、リュウセイ」
耳を劈く叫びを上げながら、カイルとリュウセイがヴァジュラを地面に叩きつけて現れた。
満身創痍で地に埋もれるヴァジュラを、滾る力に身を委ねて、ただ痛め付ける。
そこに人間らしさなど微塵も存在しない。
獣のように、ヴァジュラに怒りをぶつける。
既にヴァジュラは虫の息だ。
シュウから嬲られ、カイルとリュウセイから二人がかりで暴虐を尽くされて、惨憺たる様相だ。
先程まで、あれほど脅威であったヴァジュラは見る影もない。
「もういいよ、カイル、リュウセイ」
シュウが小さくそう呟くと、二人がヴァジュラから暴風によって引き離される。
二人はすぐにヴァジュラに向かおうと体勢を立て直すも、さらなる暴風が真上から吹き付けられ、強制的にうつ伏せにさせられる。
「おい、シュウ」
と、この場にちょうどやってきた神影が声をかける。
その横には神妙な顔をしたマリアもいた。
「本気でやるんだな?
取り返しのつかねぇことになるかもしれないんだぞ?」
確認するような問いかけ。
けれど、それは本当に確認するだけのものだ。
神影は十分にこのシュウという男を理解しているのだから。
「神影、ごめんね」
この男が、止まることなどないということを。
「……いーよ、気にすんな。
同じ立場なら、俺だってそうする」
「ありがとう」
シュウの瞳はヴァジュラに固定されたまま動かない。
大きく振り上げた左手の剣に、風の魔法を纏わせる。
それは、今日この場所で放たれたどの魔法よりも濃密な魔法。
圧縮され、洗練され、研ぎ澄まされた、風。
全ての風がこの場から消え失せ、音が無くなった。
存在が許されたのはシュウが扱う風のみ。
訪れた凪。
シュウは何も言わずに一息に剣を振り下ろした――!
風は止んだまま、鋭い金属音が響いた。
シュウも、マリアも、神影も驚愕を顔に浮かべていた。
このタイミングで追いついたジャックだけが、困惑の表情である。
シュウの剣は防がれていた。
乱入してきた、人間の手によって。
一般の帝国兵のように全身を黒一色の鎧で包んでいて、
――されど、それは猛々しく厳めしい。
同色のマントを王者の如くはためかせ、
――次元の違う存在感を放つ。
何もかもが黒、まるで存在そのものを黒で塗りつぶしたようなようだ。
――あるいは、それは闇か。
籠手を装着した片手のみで、シュウの剣を、魔法を受け止めていた。
「これはこれは、最も意外な乱入者だ……」
その黒を体現した人間を前にして、シュウは僅かながら動揺した。
「一体どういう気まぐれだい……?
ねぇ…………帝王」