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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第三章~絶対強者との邂逅~
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第七十八話―空っぽになるまで

 






 ヴァジュラの目は依然として黒く染まったままだ。

放たれる三位合成魔法トリニティマジックの威力も、その一つ一つが山を軽く吹き飛ばせるほど。

四人は迫り来る強力な魔法をそれぞれのやり方で避けていた。



「いとど、いとど、いとど――――!!」


「ハッ! 暴走でもしてんのか!!?」


「だとしても、油断は出来ないわよ!」


「それは俺でも分かる……っくおっ!!」



 カイルは進行方向に投げられた雷の魔鎗ゲイボルグを、咄嗟に背面飛行で回避する。

それが通った後の空気は僅かに帯電していた。

これが恐らく、レヴィ達の食らった雷の魔鎗ゲイボルグと同規模のものなのだろう。

先ほどまでとは明らかに質が違う。

龍さえ一撃の元に伏せる……鎗だ。



「んっの、あんなにぶっぱなされたら近寄れねぇじゃねーか!!」



 癇癪を起こした子供が手当たり次第に物を投げるように、ヴァジュラは雷の魔鎗ゲイボルグを乱射している。

カイルは何とか接近しようと試みるも、その度に鎗が飛んでくるため、一定の距離から近づけないでいた。



「七星流・弐の型・双星!!


 重ねて!


 七星流・護りの型・其の壱・柳星!!


 ッ、ハッ! このままほっといて、魔力を尽きさせるってーのもアリなんじゃねぇのか!!?」



 非常に高密度の魔法である雷の魔鎗ゲイボルグに対し、回避不可のものの軌道だけを逸らす。

リュウセイはそうやってこの暴虐の嵐を切り抜けていた。




「それもアリだとは思うわ」


「こんなスリルが無かったらねっ!」



 マリンとフィーナは、背中合わせに移動しながら絶妙な連携で、投擲される鎗を避ける。

お互いがお互いの動きを完璧に把握し、飛来物に付け入る隙を与えない。



「っていうかさっ! おっと!

コイツ、魔力切れとかすんのかよ!?」



 無尽蔵に、破壊の力を濃縮したような魔法を投げてくるヴァジュラに、カイルは辟易し始める。

文句を垂れている中、一本……直撃コースの鎗が迫ってきたが、右手のフェルプスから炎を噴射し、推進力とすることで、カイルは無理矢理回避した。



「それも、分からないわねっ!」


「あとカイル!

ヒヤヒヤするからその避け方は止めなさい!!」



 踊るように滑らかに回避する姉とは対照に無骨な回避のカイル。

幾度か危うい場面があったのも、魔力枯渇作戦に対するフィーナ達の不安要素の一つだ。










「ハッ! 埒が開かねぇな」



 と、リュウセイが苛立ちを込めながら何度目か分からない鎗をいなす。

その瞳は暴走状態のヴァジュラをしかと捉えていた。



「このまま続けても不毛だ。


 仕掛けてくる、援護は任せたぞ!」



 バチバチバチィッ! 


 リュウセイの身体を雷が駆け抜けていく。

神経を伝う雷は、全身を針で刺したような痛みをリュウセイに与えるが、彼はおくびにもそれを外見に出さない。


 

「七星流・纏いの型・流星」



 彼の持つ刀、小竜景光の【能力】は【晶化】。

込められた魔力を数秒の間、絶対無比の硬度を誇る魔晶へと変換させる【能力】。

刀の表面を光輝く無数の粒子が覆い、雷光がそれらを繋いで高速回転させる。

気化する魔晶は尾を引いて、流星のように軌跡を描く。



「ったく、しょうがないわね!」


「「合成魔法マグヌスマジック金剛土石流フェルゼンムーレ!!!」」



 マリンとフィーナの二つの指揮棒タクトから金剛石を多量に含んだ土石流が放たれる。

地を這うように射出されたそれは、真っ直ぐにヴァジュラの元へと向かっていった。


 暴走しているとは言え、流石に身に迫る危機くらいは感知できるようだ。

ヴァジュラは雷の魔鎗ゲイボルグを投げるのを止め、茶、黄、赤のそれぞれの色の光を放つ指輪を嵌めた右手を、土石流に向ける。



「あな、いみじ――――!

三位合成魔法トリニティレイド多面多手の巨人ヘカトンケイル!」



 具現化されたのは屈強な石像。

百ある腕は半分が炎、もう半分が雷で構成されており、土石流を巨大な体躯をもってして塞き止める。


 そしてその魔法を放つために……時間にしておよそ一秒、ヴァジュラに隙が生まれた。



「俺にとっちゃ、充分以上だ」



 その間のコンマ幾秒かでリュウセイはヴァジュラの懐に潜り込む。

流れ星のような幻想的な光景を作り出しながらリュウセイは小竜景光を大きく構えた――――!



 キィッキキキィッキッキキキキキキ――――



 甲高い連続音がヴァジュラの身体から鳴る。

黒板を爪で引っ掻いたような不快な音だが、それはヴァジュラの身体を削っている証でもあった。

しかし、



「……おいおい、生身で【硬化】使ったウィル並なのかよ……」



 同時にそれは、ヴァジュラの身体の異常なまでの頑強性を示すものでもあった。

刀が通った後に浮かぶうっすらとした赤い筋。

薄皮一枚。

これが実験場、ヴェンティアの街を経て成長したリュウセイの……全力だった。



「恨めし――――!」



 ヴァジュラが伸ばしていた右手を返す。

その手には、雷の魔鑓ゲイボルグが握られていた。

刀を振りぬいたばかりのリュウセイはそのカウンターに対処できない――――!!



「コロナァ!!」



 瞬間、飛来してくる烈火の炎。

リュウセイと同時に飛び出したカイルが今、追いついたのだ。

カイルは魔法そのものを弾くのではなく、魔法を放つ腕にコロナを当てて、逸らし、リュウセイを守った。



「ナイスだカイル!!」


「もう一撃入れるぞリュウセイ!!」



 カイルが叫ぶよりも早く、既にリュウセイは追撃の構えに入っていた。

カイルも右手のコロナをフルバーストまで高める。


 だが、攻撃の構えを取っていたのは二人だけではなかった。



「ゆゆし――――!」


「がぁ――――っ!!?」


「っ、くそっ!!」



 ヴァジュラが繰り出したのは……頭突き。

その岩よりも頑強な身体を利用した頭突きはカイルの頭を地面にめり込ませた。


 リュウセイはしかし、カイルに目もくれない。

死ぬほどの怪我ではないはず。

ならば、ヴァジュラに一矢報いるのが最優先だ。



「七星流・伍の型・戈星!!」



 纏いの型を発動させたまま、ヴァジュラの胴体をXの形に切りつける。

全力の全開。

雷による身体強化をさらに高め、魔晶も多くし、雷の魔法の密度も上げていた。

後先のことを度外視したリュウセイの攻撃。

それは……



「っ、くそぉっ…………!!」



 先程よりも、少しだけ深く切りつけた程度のものだ。

薄皮二枚。残酷な結果だった。


 それは……誰よりもリュウセイが理解していた。



「ゆゆし――――!!」


「ガハッ!」



 ヴァジュラは続けて両手をハンマーのように振り下ろし、リュウセイをも地に叩きつける。

そしてそのまま流れるように両掌を地面につけた。



三位合成魔法トリニティレイド冥府の大釜オシリス



 リュウセイとカイルの下の地面が、地獄への入り口であるかのようにぽっかりと開く。

地に伏せさせられていた二人は当然、その開いた穴に落ちていく。

深さはそれほどでもなく、すぐに底に打ちつけられた。


 底は平らで、側面はなだらかな弧を描いて開口部へと繋がっている。

だが、この周囲の土にはヴァジュラの魔力が込められているのを、二人は嫌な予感と共に感じていた。

三位合成魔法トリニティレイドはヴァジュラの持つ三属性を合成させる魔法だ。

では、残りの火と雷は?


 答えは、上からもたらされた。



「「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」



 釜の口からまるで水のように入れられる雷と炎。

逃げ場がない二人は、なすすべもなくその魔法を全身で浴びる。

だが、この魔法の真の恐ろしさはここからだ。


 入ってきた魔法はヴァジュラの魔力が込められた土に反射する。

一度入れられた魔法は内部の壁に反射し、側面の曲線により、再び底へと向かう。

釜の内部はまさに魔法の嵐。

乱反射した魔法が何度も何度も内部にいる者の身を焼くのだ。


 その上、入れられる雷と炎が絶えることもない。

時間が経てば経つほど、釜の中は高密度の魔法で満たされていく。



「アカンアカンアカン――ッ!!!!

あんなん受け続けたら二人とも死んでまう!!!!!」



 背筋を電流のように走った寒気に、ジャックは思わず駆け出そうとする。

だが、



「「止まりなさい!!!」」



 機先を制する叫びがその足の動きを止める。

視線を向けるとそこには、怒りで顔を染めたマリンとフィーナが鏡対称で指揮棒タクトを構えていた。


 髪の色は……青と緑!



「「合成魔法マグヌスマジック風波ラディーレ!!!!」」



 棒先から射出される風と水のレーザー。

最短距離でヴァジュラを狙ったその魔法は、直撃するとともに爆風を撒き散らしてカイル達からヴァジュラを引き離した。



「今よ!!」


「ジャックにユナちゃん!!」


「「あの子達をお願い!!!」」



 地を蹴り、二人は吹き飛んだヴァジュラを追う。

追い、そして遠ざけるのだ。


 ジャックは停止していた己の足を叩いて叱咤し、ユナと共に地面に開けられた穴に飛び込む。



「おいっ、大丈夫かお前ら!!!」


「カイルさんっ!! リュウセイさんっ!!」



 肺が火傷するような熱気を全身に浴びせかけられ、ジャック達は喉を押さえる。

同時に理解したのはこれほどの残り香を残す程の強力な魔法をカイル達が受けていたこと。

地の底で伏していた二人に掛ける声には、生きていて欲しいという切実な気持ちが込められていた。



「ぐぁ………あぁ、っく……はぁ……!」


「カイルさん!!!」



 手で必死に地面を押しつけながら、生まれたての小鹿のような足取りでカイルは起き上がる。

全身に見える酷い火傷、未だに帯電し、体を蝕む雷。

頭突きをまともに受けた額は切れていて、血が胸の位置まで淀みなく流れている。



――本当に……死ぬところでした……!



 ユナはゾッとして自分の手を握りしめた。

そして、治療をしなければ、とカイルを見やると……

朱色の翼を大きく広げて、今まさに地上に飛び出そうとしているところだった。



「ダメですっ! 死んじゃいますよぉっ!!!」



 ユナが間一髪、カイルを押し倒す勢いでしがみついて、その暴挙を止める。

ユナの心を埋めるのはカイルを失ってしまう、という純粋な恐怖だ。



「同じなんだよユナ……!!

俺だって、ねぇ達が死ぬのが怖いんだ!!」



 カイルはユナを見ず、地上の姉達の方へ顔を向けて叫ぶ。


 こんな時に脳裏にこびりついて離れないのは幼き日の記憶。

大好きな母を目の前で失った記憶。

一度失い、甦ったそれがカイルを捉えて離さない。


 

ねぇ達はまだ戦ってるんだぞ……!!

あんな化け物相手にたった二人で!!


 俺は行く!! 邪魔するなユナ!!!」



 抱きつかれているカイルの方が必死さに満ちていた。

何度も相対することで分かるヴァジュラの異常な強さ。

地響きが戦闘の継続を伝え、焦燥感を煽る。



「……行かせたり、ユナちゃん」


「ジャックさん……」



 ジャックは意識のない瀕死のリュウセイを楽な体勢に寝かせる。



「今カイルを止めたって状況は変わらん。

ヴァジュラとは戦わなあかんねん、どっちにしろ……な。

ユナちゃんなら、分かるやろ?」


「……はい」


「なら、離したり」



 ユナが渋々、カイルから離れる。

それから、ユナはカイルに小指を向けた。



「約束、してください」


「……何を」



 死なないで、とユナは口にするつもりだった。

心の底からそう思って、小指を差し出したはずだった。

だが、ユナの意志に反して口から出てきたのは……













「独りに……しないで」



 ユナの言葉にカイルの目が少し開かれる。

そして、安心させるように笑いかけ、



「約束する」



 指を結び、カイルは再び戦場へと舞い戻った。





――――――――――――――――――――










「……ぅ、あ……」


「よう、起きたか。

動け……へんやろうな。お前はもう休んどけ」


「ハッ……ふざ、け…………は、行く……」


「休め言うたやろアホ。

まともにも喋られへん身体で戦えるか。


 ユナちゃん、こいつを安全なところまで運んでくれるか?」



 目を覚まして、起き上がろうとして起き上がれないリュウセイに、ジャックは嘆息してユナに任せようとする。



「ジャックさんは……?」


「まぁ、戦場の経験はワイが一番あるからな。

あのヴァジュラって奴に一杯食わせることくらいは、やっとかんとなぁ――!」



 ジャックはピン、と耳に着いているイヤリングを揺らす。



「マリンさん、フィーナさん、今からワイが―――」




――――――――――――――――――――





「「擂焔鎗グングニル!!」」


雷の魔鎗ゲイボルグ―――!」


「「雷炎鎚ミョルニル!!」」


焔の魔斧トマホーク―――!」


「「千本桜タオゼレムブルーム!!」」


削る剛弓ガーンデーヴァ―――!」



 息つく暇もない合成魔法マグヌスマジック三位合成魔法トリニティレイドの応酬。

その軍配の全てが三位合成魔法トリニティレイドに上がる。

マリンとフィーナはヴァジュラの本気の魔法に、大きく動き回りながらの遊撃することを余儀なくされていた。


 果ての見えない攻防に攻めあぐねていると、ピィン、と耳元で音が鳴るのを二人は感じた。



『マリンさん、フィーナさん、今からワイが――』


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」



 ジャックからの【テレパス】に二人が耳を傾けていると、カイルが参戦してくる。



「プロミネンス・サテライト!!」



 隕石の如き勢いの踵落としはヴァジュラの脳天へと吸い込まれていく。

が、それは腕を交差させて呆気なく防がれてしまう。



「カイル!!」


「合図したら一気に離れて!!」


「「それまで時間稼ぎよ!」」



 【テレパス】を終えたらしい二人の姉がカイルに指示を出す。

その指示にどのような意図が込められているのかは想像できない。

だが、信頼する姉たちの指示。

カイルはその指示を微塵も疑うことをしない。



「分かった!!」



 気勢の篭った返事。

理解の及ぶ指示を、カイルは全力をもって遂行する。



「フレア・ヒートォ!!!!」



 炎を全身に纏い、ライフルの弾丸のような突撃。

その勢いを殺すことなく、カイルは大きく拳を振りかぶった。



「わろし、恨めし、憎々し―――!!

この恨み、晴らさずにおくべきか―――!」


「お前が何を恨んでんのか俺にはわかんねぇ!

でも! どんな理由だろうと!!

殺されるわけにはいかねぇんだ!!」



 ヴァジュラとカイルの拳が衝突する。

衝撃波が見る影もない花園を駆け抜けて、炭化した花を吹き飛ばす。

三位合成魔法トリニティレイドは避け、肉弾攻撃は迎え撃つ。


 現状、カイルだけがフィジカルでヴァジュラと張り合えるだけの身体能力を有していた。

肉体的な性能で、同等の立ち位置に立てていた。


 ただの典型的パワーファイターではない。

 超特化型パワーファイター、それがカイルなのだ!



「うるぁああああああああああああああああああああああ!!!」


「――!!」









 一方その頃、マリンとフィーナはというと、簡潔にいえば抱き合っていた。

否、そのように見えていた。


 額を合わせて、両手を繋いで、瞳を閉じる。


 ここから先は、一切の予断許さない緻密な世界。

魔力と【能力】を紡いで、一本の魔法を織り上げる作業。

アイコンタクトも、声掛けもない。

二人だけの世界。

手から、額から、意思を通じあう。

以心伝心では二人を表すには及ばない。

二人は……一心同体なのだ。


 魔力光が二人を包み、通常の空間とは異なる、隔絶された神秘的な空間を作り出す。

若葉色の淡い緑と、薄様で透き通った青。

それぞれの全身から滲む魔力は絡み合って、一つとなり、指揮棒タクトに注がれていく。


 より強く、より強く、と。

想いを込めて、出来うる限り密度の高い魔法を編み上げていく。


 この一撃で決めるために。


 その魔力が空っぽになるまで。

そして……



「「準備……OKよ!!」」



 時は、来た。

合図と共にカイルが素早く退避して……



「だぁぁぁらっしゃぁぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


「―――っ!?」



 ジャックの烈晃の叫びと共にヴァジュラの立っていた地面が爆散し、上空へと打ち上げられる。


 その爆発の……言及すればヴァジュラの足下の土があった場所に、ジャックはいた。

身体中を土にまみれさせて。

そう、ジャックは土中を掘り進んできたのだ。

それも、魔法を一切使うことなく。

また、目の前にはジャックの保有する魔力が霞む程の魔法を放つカイルがいた。

故に、ジャックは全くヴァジュラに魔力探知されることなく、あらかじめ貯めておいた魔力を使って、理想的なタイミングで奇襲をかけることが出来たのだ。




「やったれぇえええええ!!!!!

二人ともぉおおおお!!!!!」



 ジャックが声で喉を裂くかのように叫ぶ。

そして、



「「合成魔法マグヌスマジック睡蓮氷界グレスト・ロータス!!!」」



 二人の持てる最強の魔法が放たれた!


 投げ出された種から急成長を遂げる氷の睡蓮は、実験場と時とは異なり、その全てが集約してヴァジュラへと向かう!


 全身を氷の蔦が覆い、周囲の空気中の水分が凍てついてゆく。

ヴァジュラはそれに抵抗しようとし、右手を蔦に叩き付ける。


 氷が割れると共に、手首に巻かれた暗闇の羅針盤テネブレ・コンパスが落下した。


 だが、どれだけ氷を砕こうと、魔力あるかぎりいくらでも氷は再生する。

大気ごと、凍らせていく。

空中に顕現する幻想的なダイアモンドダスト。

そして、



「これでっ!!」


「終わりよっ!!!!」



 キューケン・ホッフルの花園上空に現れた巨大な氷睡蓮の花。

二人が放った魔法は、周囲の空気ごとヴァジュラを凍らせたのだ。

氷のオブジェの中心には蔦に囚われたヴァジュラの姿。


 二人は、戦いの終わりを確信した。



「あうっ」



 フィーナの頭に暗闇の羅針盤テネブレ・コンパスがごつん、と音を立てて当たる。

落ち行くそれをフィーナは反射的に掴み、



「フィーナさん!? マリンさん!?」


ねぇ!!?」



 がくん、と膝から崩れ落ちてしまう。

それはマリンも同じだった。

疲労が限界にまで達していたのだ。

慌てて駆け寄るジャックとカイルに抱えこまれる形となった二人は気の抜けた笑顔を浮かべていた。



「「魔力……切れちゃった」」



 てへっ、と笑ってみせるマリンとフィーナにカイルとジャックは安堵のため息を溢す。



「こーゆー魔力切れでぶっ倒れるキャラはカイルの方やと思うんやけどなぁ……」


「俺の魔力は底無しだからなっ!」


「……なんでやろ、あんまり笑い飛ばされへん」



 頼りないが確かな笑みが四人の間に流れる。

それは、戦場において決してしてはならない……油断であった。









炎の大審判ウルガナス―――!!」




 世界が再び、炎に包まれた。






――――――――――――――――――――





 吹き飛ばされる中、フィーナ――或いはマリンは頭の中で舌打ちをした。


 ジャックの言葉に、もっと耳を傾けるべきだったと。

言っていたではないか。

ヴァジュラは人間ではない。人工生命体だと。

ならば、人間の尺度で考えるべきではなかった。


 氷漬けになれば、意識は無くなる。


 そんな常識は……あの化け物には通用しなかった。

その結果がこの体たらくだ。

いとも簡単に氷の檻からの脱出を許し、むざむざと攻撃を受けている。


 甘く見ていた、としか言いようがない。第三部隊長の実力を。


 情けない。


 姉ぶって、母親ぶっても最後は守られてしまった。

あの愚弟に、あの大バカに。


 無傷ではないけれど、死にはしないだろう。

吹き飛ばされる前に壁のように顕現した優しい炎は、そう告げていた。




 だから二人は逆巻く炎の中、ヴァジュラに向かっていく愛すべき弟に、祈るように言葉を送りつける。






 死ぬんじゃないわよ………カイル!!!!

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