第七十七話―第三部隊長ヴァジュラ・ル・ドゥーガ
「やべぇやべぇやべぇマジやべぇってどうなってんだよ!」
四十を過ぎた中年の男、神影はやべぇやべぇと口にしながら立ち上がった。
白衣にサンダル、黒髪に無精髭で目の隈が目立つ男だ。
苛立ちと焦りからフケを撒き散らす彼は自分の部屋からリビングに繋がる扉を勢いよく開ける。
「マリアぱーんっち!!」
「べふぅっ!?」
その神影に勢いよく真っ白な腕が突き刺さった。
しかも当たりどころが……悪すぎる。
男限定の急所に拳がめり込んだのだ。
この痛みは、男ならば同情を禁じ得ない。
(同情するなら痛み取れ……!!)
「ぉ、…………ぅぁ……、お……ふぅぅぅぅ」
「クーッカッカッカ!! どうじゃ神影! 天誅じゃ!」
天誅! 天誅! と拳を突き出す真っ白な幼女、マリア。
その様子は言葉の意味も分からずに覚えた言葉を使いたがる子供のようだった。
そして恐らくその通りなのだろう。
精神年齢的にやはりこの幼女は子供であり、神影自身、そういうところを散々弄ってきたのだから。
まさかそのせいで玉座が引っ込められることになるとは思ってもみなかったことだが。
(シュウのヤロォ……マリアに変な言葉教えやがってぇ………!!)
お前が言うな、というやつである。
(うるせー!)
「んぅ~~? おい神影。何をそんなに長いこと倒れ込んでおるのじゃ。
こんな美幼女のパンチなぞご褒美じゃろうが」
当たりどころさえ悪くなきゃぁな――言葉に出来ない怒りはとりあえず腰をトントンすることにぶつけることにした。
自分が知った事実を早く伝えなければいけない。
こんな足止めを食らっている場合ではないのだ。
(早く、玉座を定位置にっ!)
「ひっひっふー! ひっひっふー!」
「妊婦か!」
マリアは嬉しそうにツッコミを入れる。
こんなフザけたやり取りをしてる場合じゃねぇのに、と神影は思うが、今のは神影も悪い。
(俺は真剣だ!)
苦肉の策で、神影はマリアを指差し、その次に足を指差し、最後に腰を指す。
何度か繰り返すとマリアはその意図を理解して、ぽんっ、と手を鳴らした。
「ただい……何やってるの、君たち」
片翼の青年、シュウが帰ってきた。
彼の眼鏡越しに見える光景は誠に珍妙なものだ。
蹲る(うずくま)四十代のオッサンの腰を白髪幼女がげしげしと踏みつけている。
どこからどう見ても神影が特殊な性癖に目覚めたようにしか見えない。
(どこからどこ見ても玉座を戻すための真剣な行為だろっ!)
だが、変態的行動の甲斐あってか、神影は喋れる程度にまで回復していた。
「ひっひっふー……おいシュウ、急いで出るぞ」
「……どうしてって、聞いてもいいかな」
流石に大人二人の会話は理解が早い。
たとえ間にどれ程馬鹿げた行動が挿入されていようと、弁えねばならぬところは弁えているのだ。
(間にマリアを挟まなきゃこんなにも会話がスムーズ、素晴らしいな)
構図は最悪だが。「うるせー、よ。立てばいいんだろ立てば」
マリアを押し退け、神影は腰に気を使いながら立ち上がった。
そのせいで、シュウに何があったのかを完全に理解されてしまい、男としての同情の瞳を向けられるのだった。
(もういいよ別に……それよりも……)
「ふぅー、よし、まず話をする前に行くぞ。
今回は俺も出る。南西、ヴェンティアの方角へ飛んでくれ」
――――――――――――――――――――
「狭いのじゃ」
「我慢しろよ」
神影とマリアはシュウに運搬してもらっていた。
植物系のモンスターを使って編まれた籠の中に入って、だ。
その籠が実に小さい。
自宅警備員な神影が外出用に一人分の大きさにフィットするように作られたものなので、そこにマリアが加わってしまうとそれはそれは狭いのだ。
(その修飾語必要だったか!?)
「それで神影。理由を聞かせてくれるかな?」
かなりのスピードで空を飛行しつつ、涼しい顔でシュウは問う。
「マリア、心の準備しとけよ」
「心の準備? 何のじゃ?」
マリアに心の準備をさせないうちに、神影は覚悟を決めて口を開いた。
(理解できる余地はやったんだからいーだろーがよ。
どうせすぐ分かる)
「第三部隊長ヴァジュラ・ル・ドゥーガが動いた。
カイル達が……やべぇ」
「――――――――っ!!!」
「あー、神影よ」
「もう、何の準備かわかっただろぉぉおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
音速の領域まで一秒未満。
強烈な風が籠の中に吹き荒れ、揺れる籠から振り落とされないように二人はしっかりと籠の縁を掴む。
神影が家を出る前でなく、今それを言った理由?
それは「こんの馬鹿が先走って一人で行くのを防ぐためだよぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
晴天の空、叫び声を後ろに置き去りにしながらシュウ達は先を急ぐのだった。
「早く、早く着けぇぇええああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
――――――――――――――――――――
「三位合成魔法・雷の魔鎗」
「「合成魔法・擂焔鎗!」」
炎と雷に属性を変えたマリンとフィーナが迫り来る三属性の鎗に対抗する。
放った魔法にはそれなりの魔力を込めたものの、ヴァジュラによって軽く放たれた魔法に拮抗するのでやっとだった。
「「まだまだよ!
合成魔法・雷炎鎚!」」
爆風によって発生した戦塵に身を隠しながら肉薄したマリンとフィーナは、炎と雷の鎚をヴァジュラに向かって振り下ろした。
ヴァジュラはそれに対して一歩たりとも動かない。
途方もなく膨大な魔力で強引に身体を覆い、魔法を完全に防いでいるのだ。
雷と炎に包まれながらも瞼を閉じる素振りすら見せないのは、ヴァジュラの人間性の欠如が見えて、殊更に不気味である。
そしてヴァジュラはその攻撃に押されるどころか、接近されたことを攻撃を与える好機だと認識する。
「三位合成魔法・魑斬の剣」
ヴァジュラの両手が光り輝いたかと思うと、手の内には三つの属性が均等に合成された凶悪な剣が具現化された。
左右の剣が、型こそないものの滑らかな弧を描いてフィーナ達に振るわれる。
「七星流・護りの型・其の壱・柳星」
だが、いくら三属性の力を内包した剣であっても、それが剣の形をとっているならば、リュウセイの領分である。
フィーナ達の突撃に合わせ、前に出ていたリュウセイがヴァジュラの前に立つ。
ゲンスイの剣激を受けることに比べれば、いくら強力な魔法であろうと、ヴァジュラの剣を捌くことなど造作もなかった。
「プロミネンス・アサルト!!」
捌ききった後のリュウセイの背後からカイルが現れ、リュウセイとヴァジュラとの間に素早く位置取り、攻撃を開始する。
ヴァジュラの体にカイルの足が触れるたびに起こる小規模の爆発。連撃。
小規模の爆発を帯びた蹴りがヴァジュラの身体を何度も何度も穿つ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、っだらぁっ!!!!」
カイルは多連脚の猛攻の締めに強烈な一撃を叩き込む!
突き抜ける豪炎がヴァジュラをカイルから引き離した。
「聞きしにまさる、猛攻ぞ」
「あれで無傷とか……ほんと、何なんだよアイツ」
カイルは当然のように無傷のヴァジュラに気概が削がれる。
これほどまでに手応えのある攻撃をしてなお無傷というのは、カイルの人生でも初めてのことだった。
どうしたものか……、と四人が悩んでいると、
「下手な攻撃はソイツには効かへんで!!
ソイツは人間やない! 大技で攻めるんや!!」
背後からジャックに激を飛ばされた。
「人間じゃ……ない?」
「どういうこと?」
「ハッ! 知るかよ!」
困惑する三人。そして残りの一人は、
「人間じゃねぇって……どういうことだよお前」
直接本人に聞いていた。
「こんのバカイルっ! 教えてくれるわきゃあ、ねぇだろうがっ!」
「賢者たる儂は無知なる汝らに教えるべし」
「なに……?」
ヴァジュラから放たれた思わぬ肯定の言葉にリュウセイは目を丸くした。
それは、カイル以外の全員がそうで、注意深くその言葉に耳を傾ける。
「叡智の集まる智者の国、レニング。
強者たる儂は、その国により素体が生成されたり」
レニング、それは国の規模こそ小さいものの、大国に対抗するため、実験場のようなことを平然と執り行っていた国だ。
現在は……その名前は地図上から消失しているが。
「如何なる衝撃も受け付けざる肉体。竜だに殴り殺すべし筋肉。かの国はさる人間の形を模した存在をのみ生み出しけり」
レニングが製作したのは肉体まで、と言うヴァジュラ。
ジャックがありえないと評したのはここからだ。
空っぽの肉体であったヴァジュラに三属性、ひいては自我を与えたのは一体……
「三十年前、〝神〟の魔力の一部が世界に流れ、意識無き儂はその魔力を取り込みけり。
〝神〟の魔力は特別でありけり。
陳腐なガワでありし儂に“恨み”の自我を与え、衝動のままに暴れ回る力までも与えたり」
神。
それが、ヴァジュラを生み出した存在。
そんなことを唐突に言われた所では、カイルでなくとも理解が追い付くはずもなかった。
「……ハッ! コイツを作った〝カミ〟だとかいうモンのことを考えんのは後回しだ!!
今はコイツをぶった切ることだけを考えろ!!」
「そう、そうね」
「ジャックの話を信じるなら」
「「有効なのは、高出力の攻撃……」」
「俺の得意分野だな!!」
今はこの窮地を乗り越えることを優先する。
気持ちを新たにして四人はヴァジュラに臨む。
が、
「由々(ゆゆ)し………。いと、由々(ゆゆ)し」
ヴァジュラの纏う空気が……変わった。
「理解されぬ。認識されぬ――!
恨めし、恨めし、恨めし――――!!」
うなじのあたりがピリピリと痛み、今までで最大級の警告が頭の中で鳴り響く。
「世界の全てが恨めし。この真祖たる儂を省みない全てが恨めし――!!
あな、いみじ。あな、わろし――!!
世界よ、滅びるがよい――!!!」
レヴィの話にあったように、金眼が漆黒に染まり、あまり感情の起伏の見えなかったヴァジュラがその激情を吐き出している。
恐らく、それは“恨み”。
神から与えられたという唯一の感情なのだろう。
初めに邂逅した時のように、ヴァジュラは手を伸ばした。三色の指輪が、光る。
「まずい!!」
「また広範囲に火魔法がくるわ!!」
二人の掛け声と共に、六人は身を護り始めたが、ヴァジュラはそんなことに一切頓着せず、魔法を発動させた。
「炎の審判」
炎と形容するのは果たして正しいのだろうか。
一撃目の炎とはまるで毛色が違っていた。
ドス黒い血の色をした暗色の炎の中で、鋭い刺のついた――まきびしの形をした礫と、炎と同色の雷がゴロゴロという激しい放電の音を鳴らしながら、嵐の風の軌道を真似るように乱回転していた。
例えるなら、積乱雲だろう。
雲が炎、風が雷、雨や雹が礫だ。
そんな凶悪な魔法が、ヴァジュラを中心にして球体状に拡散していく!
「ッ、七星流・弐の型・双星!!
重ねて!!
護りの型・其の漆・雲心月星!!!」
「「あり得ないでしょコレ! 〝チェンジ〟!
合成魔法・千本桜・並木!!」」
リュウセイ、マリン、フィーナの三人が回避は不可能と判断し、全力で防御に徹した。
その防御が成った直後。
全てを燃やし、壊し尽くす力を内包した炎が津波のようにリュウセイたちに襲い掛かる!
「ぐっ、ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「「くぅぅ、ぅあああああああああああああああああああああ!!!!」」
リュウセイの剣激も、マリンとフィーナの桜も、その暴虐の炎を完全に防ぎきることは叶わない。
斬激の合間を、桜並木の横を、怨唆の炎が抜けていく。
それは、留まるところを知らなかった。
一撃目とは比べ物にならない範囲、威力の魔法。
海龍の群れを滅ぼしたときの魔法と同規模のもの。
仮に飛空挺の影に隠れている者がいたとして、二度目も回避できるはずは……ない。
「しまっ、た! クッ、ソ………!!
ユナ、ジャック!! 逃げ、ろぉ!!」
そんなことは言われるまでもなく当人達が一番理解していた。
だが、一体何処へ逃げろと言うのか。
この拡散していく災害に対して、一体――。
「ずぁぁぁぁぁぁりゃぁああああああああああああああああ!!!!
ジャック、ユナ!! 伏せろぉ!!」
カイルが、二人の元に辿り着く。
ヴァジュラが手を向けた瞬間から二人の元へ急いでいたカイルは間一髪のところで、間に合った。
「フレア・ライオット!!!!」
カイルは全身から硬質の炎を具現化させ、炎の津波の前に立ちはだかる。
己自身を、盾にして。
「ぐぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「「カイル!?」」
「バ、カヤロォ、何、やってんだ!!」
それは鎧を着て大砲の砲弾の前に立つことと同じ。
無謀極まりない行為だ。
岩をも溶かす炎と、鉄をも貫く礫と、空をも裂く雷が、直接カイルに降りかかる!
「滅ぶべし、滅ぶべし、滅ぶべし―――!!
炎の審判、炎の審判、炎の審判―――!!!」
災厄はまだ続く、第二波、第三波、とヴァジュラの衝動のままに。
「ふっ、ざけ、んなぁあ!!」
「「こんなのって―――!!?」」
「う、ぐぅああああああああああ!!!」
「――炎の大審判!!」
最後に、一際強力な波を放って、地獄のような攻撃は終わりを迎えたのだった――。
――――――――――――――――――――
「ぐぅ、あっ、はぁっ、はぁっ……!!」
「カイルさんっ!」
「っ、カイル!!」
地形を大きく変えるほどの一撃を経て、カイルは既に満身創痍だった。
いや、身体が残っただけで、それはもう称賛されるべきことだ。
何せ、傍らにあった飛空挺は何も残さずに蒸発してしまったのだから。
「おいっ、大丈夫か!?」
「すいません……!! わたし達の為に――!!」
「気に、すんな……俺の、取り柄は……パワーと、魔力と、頑丈、だから……」
膝をつけば、恐らく火傷してしまうだろう。
靴ごしに感じる地面の熱さはそう告げていた。
カイルは倒れこみそうになる身体を、根性で支える。
「ハッ! 笑い話にもなんねぇ……何なんだよ、今のは。休むか、バカイル?」
「ばかやろ、俺はまだ、ピンピン……してるぜ」
「ハッ! それだけ口が効けりゃあ充分だぜ」
リュウセイも、手を中心に身体中に火傷と礫による傷があった。いつもの悪口も、どことなくキレがない。
「「ジャック、あいつには高威力の魔法しか効かないのよね」」
「ああ、せや……っ!? マリンさん!!
その火傷は―――!?」
「気にしないで、今はこの場を切り抜けることが最優先よ」
マリンの右頬には、大きな火傷痕があった。
防ぎきれなかった炎を浴びてしまったのだろう。
顔が熱を持ってしまい、喋るのもどことなく辛そうである。
「あ、ああ、せや。ゲンスイが、アイツは高密度の強力な魔法でしか傷を与えられへんかったって言うとった」
「そう」
「あんた達、分かってるわね」
「「当たり前だ」」
四人は、頷きあう。
傷だらけになってもなお、勝機を捨てていないのだ。
どれだけ絶望的な状況だろうと、大丈夫。
そう信じて疑わない。
そもそも信じなければ戦うことすらできなくなるということを分かっているのだ。
だが、
「む、無茶ですよっ!」
それは、無謀でもあった。明らかに格の異なる敵。
あの改造されたウィルやダンゾウが可愛く見えるほどの基礎能力の違い。ユナの怯えも、最もなのである。
「これは、流石に無理ですよ。今までやってきた無茶とは……違いすぎます。
逃げましょうよ……!
もっともっと修行して、ちゃんと……!
まともに戦えるようになってから――」
「ユナちゃん」
フィーナが、ユナの言葉を遮る。
「確かにそれは正論よ。きっとそれは正しいわ」
「――っ、だったら!!」
「でも、それは無理なのよ。周りを見て?
見渡す限り、なぁんにも無いのよ?
あたし達は傷だらけ、アイツはまだかすり傷一つ負ってない。
あたしには……どうやっても逃げきれる図が想像できないの」
「ぁ――」
フィーナの言葉に、ユナは顔色を変える。
その事実に気付かされて、愕然とした様子だった。
一瞬の内に、何度も何度も逃げることをイメージし、それが不可能であることを悟る。
途端、ユナの震えが止まらなくなった。
顔面は蒼白で、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
「〝大丈夫〟よ。まだ勝てないと決まったわけじゃない。怖がらなくても〝大丈夫〟」
そんなユナをフィーナは抱き締めてやる。
「ち、違うんです、これは……!!」
「分かってるわ。でも〝大丈夫〟。
怖くないから……あたし達は死なないわ」
違うと言い張るユナをさらに強く抱き締め、フィーナはもうそれ以上喋らせない。
それは、不安がる子供達のために、彼女達の母がよくしてくれたことだった。
「フィー姉! アイツが来る!!」
「言ってる場合か! 行くぞバカイル!!」
「誰がバカだチビホシ!!!」
悪態を吐きつつも、二人は息の合った動きでヴァジュラの方へと向かっていった。
爆発音と共に、戦端が再び開く。
「じゃあ、ユナちゃん」
「「行ってくる!」」
フィーナはユナの意識の緩急の合間をぬって離れ、何も言わせないうちにカイル達の加勢に向かっていった。
ユナは待ってください、という言葉を……言うことができなかった。
「違う、違うんです……フィーナさん……」
変わりに出たのは、言い訳の続き。
顔を俯かせ、その瞳からは涙が溢れていた。
それは……恐怖からくるものではなかった。
「わたし……どうしたら……」
ユナは胸の前で、肌がさらに白くなるほど強く手を握りしめる。
「お父様、お母様……わたしは……どうしたら……っ!!」
ジャックには聞こえない小さな声には、誰にも話せない大きな葛藤が込められていた。
胸の奥が痛み、罪悪感のような感情がズキズキと疼く。
「ねぇ、教えてよ――――!」
その懇願は……誰の耳にも触れることはない。