第七十六話―逆雷の魔槍・ゲイボルグ
ヴァジュラ・ル・ドゥーガ第三部隊長はヴェンティアからの通信を切った後、とある山の頂上に静坐していた。そこは周囲に視界を遮る障害物は無く、視力と天気さえ良ければどこまでも視界に収めることができる場所。彼はその場所で黙想を--魔力探知を続けていた。一昼夜と休むことなく、である。
だが、どれほど範囲を広げてみても魔力反応は皆無。
鳥一匹ほどの魔力反応も感じられない。
それは一重に……彼の魔力、いや存在そのものの異質さを感じ取って、モンスターが逃げ出したからだ。
それは彼にとっては好都合であった。
探知に反応があった時、きっとそれは彼の狙う獲物であるからだ。
そして一晩経ったその時、とうとう待望の反応が現れた。
彼はちらり、と右手の暗闇の羅針盤を見る。
これは実験場で開発された闇属性専用の探知魔具である。
闇属性のみに反応し、その方向を指し示すものだ。
その指針は真っ直ぐ、魔力反応のある方向を指していた。
これで、確定した。
噂の反乱軍は、自分の欲求を満たしてくれるだろうか。
ヴァジュラは、そんなことを考えながらその反応に向けて火、雷、地の三属性を合成した雷の魔鎗を放つのだった。
――――――――――――――――――――
「視界りょーこーヨーソロー」
「周囲に異常はありませーん」
「マリン隊長、フィーナ隊長、ユナ隊員の恋のハリケーンはどないするべきでしょうか!」
「「そのまま呑まれなさーい」」
「……」
ユナは三人を黙殺する。
ヴェンティアを出立してからと言うもの、この手の弄りはユナの体感で十分毎に行われている。
何らかのリアクションを取れば彼らはきっと大喜びするだろう。
ユナにできる唯一の抵抗はひたすら無視することだけだった。
「んー、流石に耐性がついてきよったか……」
「そろそろ別の切り口を見つけないといけないわね」
「ユナちゃんの弄るところって何があったかしら?」
「えーと……貧乳?」
「誰が絶壁ですか!!!」
「そこまで言ってな――ぶへぅ!!」
ジャックが三回転捻りをキメながら空を飛ぶ。
それは、言ってはいけない禁断の言葉だったと言うのに……。
「お二人もですよ! もういいじゃないですか!
十分楽しみましたよね!」
「「えー、いいじゃない別にー。何かが減るもんじゃないんだしー」」
「駄目ですっ、駄目なんです!! 大体何でそんなにあのことで弄るんですか! 元々は二人が仕掛けたんじゃないですか!」
「なんで弄るか、ですって?」
「そんなの決まってるじゃない」
「「ユナちゃんがあたし達の妹になるかもしれないからよ」」
「なぁ――っ!?!?!?」
ぼふんっ、という可愛らしい擬音とともにユナが顔を赤らめ、固まった。
「ほら、あたし達って両親がいないわけじゃない?」
「つまり、しっかりしてるあたし達があの愚弟達の姉兼母親なわけよ」
「あんなバカでも、あたし達のかわいい弟なの」
「だから、ね」
「「姑気分でついついユナちゃんを弄めちゃうのも……仕方ないと思わない?」」
真っ赤に染まったユナ、その耳に優しく息を吹き掛けるように二人は話す。
さらに人差し指で艶かしく身体をなぞられ始めたユナは慌てて、赤くなって、さぁ大変。
「いやっ、あ、あのっ、わ、わやひは別にカイルさんの、こと、が好きな、わけじゃないれす」
「本当にそうなのかしら?」
「怪しいわ」
「「キスされて、何にも感じなかったの?」」
「~~~~~っ!!」
完全にユナが錯乱モードに入った。
今、彼女の頭の中を覗けるのなら、きっとあのキスシーン(乙女フィルター有)がエンドレスリピートされているだろう。
「ほら、ね、別にカイルのことが嫌、ってわけじゃないんでしょう?」
「ちゃんと自分の気持ちに素直になった方がいいわよ?」
「「しっかりしてるユナちゃんがカイルのお嫁さんになってくれたら、あたし達も安心なんだけどなぁ……」」
「あぅあぅあぅあぅ――」
こうなったユナはしばらく元に戻らない。
恥ずかしさが限界値を振り切った際に見られるこのモードは、見ていてとても微笑ましい。
ので、二人はさらに意地の悪い笑みを浮かべた。
「ねぇーえ、ユナちゃん……結婚式はどこで挙げたい?」
「そうね、キューケン・ホッフルの花園なんてどうかしら?」
フィーナがそう提案するとマリンは柏手を打って声を大きくした。
「あら、いいじゃない! ここからも近いし!」
「じゃあユナちゃんの式場の下見ってことで見に行かない?」
「異議なし! 決定ね!」
「「ジャック!」」
「あいよー」
二人が声をかけると同時に、ジャックが操縦席に飛び込む。
と、その時リュウセイとカイルが日課の喧嘩――もとい修行を終えて部屋に入ってきた。
「ハッ! だからテメェは甘いっつってんだよ」
「そんなもん知るか、俺の戦いはいつだって力押しなんだよ」
「あー、もういい、テメェみてぇな頭ん中空洞な奴の話なんざ聞いてられっか。
おい! 今この飛空挺はどこに向かってんだ?」
「キューケン・ホッフルの花園、やで!」
ひょいっ、とジャックが操縦席から飛び出す。
目的地を設定してきたようだ。
「花園? なんでまたそんな所に行くんだ?」
「「結婚式場の下見よ。誰の、とは言わないけどね」」
そんなものは、二人の腕の中であぅあぅ言いながらカイルをチラチラ見ているユナの様子から明らかだ。
リュウセイはユナに同情の眼差しを向け、横目でカイルを見る。
「へー、こんな世の中に結婚ねぇ……。
まぁ、めでたいことは良いことだよなー」
全く気付いた様子のないカイル。リュウセイの愚兄は疲れた身体を癒すべく、柔らかいリビングルームの床に倒れ込んで伸びをしていた。
「こんのバカイルは……マジで脳味噌入ってんのか」
「しょうがないわ」
「だってカイルだもの」
「姉貴達がそうやって放っとくからこんなになっちまったんだろうが……」
深いため息がリュウセイから漏れる。
姉は盗賊で悪戯好き、兄は果てしないバカ。
彼の生来の苦労が伺えるものだ。
そうこうしていると、ポーン、と機械的な音がリビングルームに響いた。
『まもなく、目的地、周辺、です』
「さぁ、ユナちゃん」
「もうすぐ着くらしいわよ」
挺内放送で目的地付近だと告げられ、二人はにわかに浮き足立つ。
その様子を見るにユナの式場目当てと言いつつも、彼女達はまだ見ぬ未知の花園に心を奪われているようだ。
ニコニコと無邪気な笑みまで浮かべて……ユナのことは完全に口実にすぎないのかも、しれない。
そしてマリン達は赤くなってまともに思考が働かないユナを引っ張り、三人で窓の外の景色を眺める。
「ほら、ユナちゃん! 見えたわ!」
「「ユナちゃんの式場(予定地)よ!」」
大きな声で、二人は騒ぐ。
二人の顔でユナを挟んで窓に顔を張り付けるようにしてその景色を見る。
キラキラと目を輝かせるその姿は、まるで子供のようだった。
「あそこ見て! 空蓮が群生してるわ!」
「あそこも! あんなに大きな九十九桜が!」
空に浮かぶ薄色の蓮の花。
八重ではなく、九十九重の花びらの桜。
カラフルな花の絨毯。
風に舞う七色のタンポポの種。
視界一杯に広がる鮮やかな花と草が織り成す幻想世界。
花園を風が吹き抜けるとその世界は息づき、鼻腔を擽るほのかな香りが命の感触を感じさせる。
見れば見るほど違った側面を見せ続ける、生きる芸術のような光景に……しばし二人は言葉を失った。
「マリンさん……フィーナさん……?」
そんな二人とは対称に、ユナは言葉を取り戻し、いつもと様子の違う二人に戸惑う。
「本当……キレイね……」
「いい結婚式が挙げられそうね」
「……しませんからね」
ユナが呆れた声を上げる。
すると二人は、まるで本当の母のような柔らかい笑みでユナに微笑みかけた。
「「自分の気持ちは、自分じゃ分かりにくいものよ」」
「えっ?」
両側から聞こえてきた声にどう反応してよいか分からず、ただ疑問の声を上げるユナ。
二人の声が頭の中で残響して、こだまして流れる。
反芻しても反芻しても飲み込めずに、ユナはしばし茫然自失となるのだった。
端から見ていて急に動きを止めたユナ。
リュウセイの中で、再びユナ弄りが始まったか、と憐れみの情が持ち上がってきた。
「ハッ! おいおい、あんまりユナを苛めてやるなよな。
ただでさえジャックに――っ!!!!!」
リュウセイの顔が、一気に焦燥に染まる。
ビリビリと感じる強烈な危機感……魔力反応。
誰よりも早くそれに気がついたリュウセイは声を張り上げる。
「姉貴!!! 何かこっちにきて―――!!
うおわぁっ!!?」
リュウセイが感じたのは高密度の魔力。
日常の無意識下の魔力探知で探知できる範囲は狭い。
しかし、トイフェルのように多大な魔力を垂れ流していれば、山ひとつ越えようと、寝ていようと探知は出来る。
そして、その例外は今回にも当てはまった。
遠方から高速で飛来してくる大きな魔力の塊。
それは遥か遠方で知覚されると同時に飛空挺へ突き刺さったのだ!
「うおおおおおっ!!?」
「「っ、一体何が!!」」
バットで頭を殴られたと錯覚するほどの揺れが六人を襲う。
マリンとフィーナは転ばないように床に手をつきつつ声を上げていた。
飛空挺は制御を失い、床が大きく傾いて置いてある家具が転がっていく。
緊急時に鳴るように設定されたアラームが忙しなく鳴り、飛行能力が極端に失われたことを示していた。
「アカン!! 落ちるで!!!」
「「カイル!! 道を作って!!!」」
「任せろ!!」
カイルはフェルプスを展開し、朱色の翼を広げて、天井に足をつける。
幾秒も経たぬ内に全身を高密度の炎で包み、カイルは床に向かって勢いよく突っ込んだ!!
「フレア・ヒート!!!!」
それは巨大なライフルの弾。
足元で起こした爆発による推進力を利用したカイルは、床を次々と突き破ってあっと言う間に空へと飛び出した。
「「この穴から外へ!!!!」」
五人は迷うことなくその穴から外へ飛び出る。
リュウセイがユナとジャックの二人を運び、外で待ち構えていたカイルは姉達を運んだ。
「ハッ! おいカイル、とりあえず着陸すんぞ」
「おう」
降下しつつ、カイルは墜落していく飛空挺を見る。
部分部分で煙が上がり、小爆発が起こり、雷がスパークしている。
これは、飛空挺を動かす為に描かれた術式が破壊されたことを意味する。
道標を失った魔力がところ構わずクリスタルと反応してしまっているのだ。
よくよく目を凝らしてみれば、カイルがぶち抜いたもの以外にもう一つ、飛空挺の中心部を貫いている穴があった。
恐らくそれが、リュウセイが感じた高密度の魔力の通過したあとだろう。
「なっ、何が起こったんですか?」
「遠くから狙い撃ちされたみたい」
「相当の手練れよ」
「「一撃で……飛空挺がやられたわ」」
地面を擦りながら飛空挺は地面に不時着していく。
花が無惨に潰され、美しかった景色に大きな土色の傷跡が刻まれてしまった。
折れた空蓮の花が、地面に降り立ったマリンとフィーナの足元に飛ばされてくる。
フィーナはそれをゆっくりと拾い上げた。
「一体誰の仕業なのかしら……!」
「やられた分はキッチリやり返さないとね……!」
ぎゅっ、と空蓮の花を握りしめる。
わずかに感じた花の優しい香りは、二人の闘志を掻き立てた。
「ジャック、ユナ、お前らは隠れとけ。
マリン姉、フィー姉……来るぞ」
と、その言葉と同時に花園に隕石が降ってきた。
爆発が起こったような轟音と、巻き上げられる土、衝撃により出来たクレーター。
その中に……人間が一人。
土埃の中のその人影は一歩一歩、ゆっくりとカイル達の方へと歩いてくる。
「足りぬ」
数多の戦場をくぐり抜けてきたしゃがれた声が聞こえてくる。
「満たされぬ」
近づいてくるにつれ、大きくなる輪郭は巨人族の体躯と遜色ない。
「ここより出会うのは……」
黄金の瞳が、光る。
「どうか、強者たれ」
その男が、姿を現す。
「暴虐たる儂は、帝国軍第三部隊長ヴァジュラ・ル・ドゥーガなり。
帝国を仇す者共ならば……耐えて見せよ」
手術痕かとみまごう傷が顔から腹に至るまで大きく刻まれた肉体。
頑強な岩を押し固めたような無骨な体躯のその右手を……突き出した。
「三位合成魔法」
彼の三本の指に嵌められた三つの指輪が、光る。
「炎の審判」
巻き起こる紅蓮の焦熱が――視界の全てを襲った。
――――――――――――――――――――
そして、場面は元に戻る。
この地帯を丸々焦土に変えた三位合成魔法を耐えたカイルとリュウセイは灼熱の荒野を駆け、野獣のような目付きでヴァジュラに襲いかかった。
「コロナ・フルバースト!!」
「七星流・陸の型・天満星!!」
「三位合成魔法・削る剛弓」
対するヴァジュラの反応は手慣れたもの。
手を二人に向けたまま、込める魔力の割合を変化させる。
現れたのは岩の矢。炎と、雷を纏った矢。
それが、数百本。
剣山のようにそびえる矢はヴァジュラの手が振り下ろされると、一斉に獲物に向かって放たれた。
「カイル、突っ込め!!」
「了解!!」
それらが放たれるよりも早くリュウセイはカイルに先行し、矢の軌道を一瞬で見抜き、刀に魔力を流した。
「天満ツ星!!」
放たれたのは天満星と一ツ星の合わせ技。
リュウセイが一回突きを放つ度に雷が空を裂いていく。
天を満たす星々のような無数の突きの数だけ、雷が迸る。
「あなや」
カイル達に向かってきたその矢は撃墜こそされなかったものの、その軌道は完全に曲げられた。
その一本一本に一ツ星が当てられて。
針の穴に片手で糸を通すような綿密なその芸当にヴァジュラが漏らした感嘆は当然のものと言えよう。
それは同時に、カイルとヴァジュラの間の障害物が何も無くなったことを意味した。
「コロナ・フルバースト!!」
翼を大きくはためかせ、風を切るその勢いを全く殺すことなく、ヴァジュラの腹に抉り込む火焔の拳。
カイルの攻撃はまだ止まない。
「ツインズ! からの……ショットォ!!」
もう片方の拳がヴァジュラの顔面を捉え、オマケとばかりに至近距離からの炎の散弾。
ヴァジュラは脚を引き摺りながら大きく後退したが、その表情は涼しげだった。
「よろし。さすがに、反乱者。ただでは壊れぬ」
ヴァジュラは口角をわずかに上げて嗜虐的な笑みを浮かべながら、両掌を二人に向けた。
二人は翼を使って空へと逃げようとしたが、
「「伏せなさい!!」」
姉達の叫び声を聞くや否や、すぐさま屈み、地に伏せた。
「三位合成魔法・三つ首の番犬」
「怒れる竜!」
フィーナがカイル達の足元を陥没させ、その姿を大地の下に隠す。
間一髪、カイルたちの頭上を三属性で構成された地獄の番犬が二頭、通りすぎていく。
地面を踏み潰すように走るその魔法は、次にフィーナとマリンへと鼻先を向けた。
狂ったように咆哮しながら駆ける二頭は二人の居た場所を噛み砕く。
「おろかなり」
そう二人を嘲ったヴァジュラは掌を上に向け、上に飛び上がって避けただけのマリンとフィーナへと番犬を向かわせる。
マリンとフィーナはヴァジュラに対して馬鹿にしたような笑みを向けてやった。
「ハッ! テメーの方こそ、足元がおろそかだぜ!!
七星流・肆の型・極星!!」
「懐かしいなぁ! モグラ作戦! プロミネンス!!」
ヴァジュラの足元の地面から飛び出してきたカイルとリュウセイの二人は、油断しているヴァジュラを力の限り吹き飛ばす。
魔力の制御を失った番犬たちは霧散し、消えた。
「ビンゴッ!」「流石ね!」
ヴァジュラが飛ばされた先には、笑い続けている双子。
手を握り合い、魔具である指揮棒を空いている手でしっかりと構え、二属性の魔力をしっかりと紡ぎ、準備を整えていた。
「「合成魔法・水精霊の塔!!」」
二人の指揮棒から大質量の塔が伸び出る。
水と地の合成魔法のそれは水流の流れる轟音を響かせながら、炎が燻る地面へと、ヴァジュラを叩きつけた。
赤く燃える地面を這うように広がる水が大量の水蒸気を発生させる。
確実に当たった。それなのに……
マリンとフィーナの頬には、一筋の汗が流れていた。
それが灼熱の暑さ故か、真逆の寒気故なのかは、言うまでもないことだった。
「ハッ! フザけた野郎だな」
「効いてない……のか?」
蒸気が晴れた荒野に、ヴァジュラ・ル・ドゥーガは悠然と立っていた。
当然のように……傷は見当たらない。
「巨人族って言っても」
「あそこまで頑丈だったかしら……?」
この四人の怒濤の攻撃をまともに受けてなお平然と構える。
そんなことは改造された部隊長にも、龍種にだって出来ないことだ。
「いざ、続けん」
「ッ! 来るわよ!」
「散開!!!!」
――――――――――――――――――――
「ヴァジュラ・ル・ドゥーガ、あいつは人間やない」
「人間じゃ……ない……?」
ユナは困惑の表情を浮かべる。
二人は隠れていろと言われてから、墜落した飛空挺の影に身を潜め、戦いの様子を伺っていた。
そのヴァジュラのあまりの強さに対する疑問に、ジャックが答えたのである。
「アイツの巨大な身体は種族的には巨人族を連想させるけどな、アイツはそうやないねん。
アイツは恐らく……人工の生物や」
「人工……?
まさか、小人族が作ったんですか?」
思い出されるのは帝国実験場での記憶。
モンスターと人間を合わせ、改造人間を量産していた思い出すだけで反吐がでそうな記憶だ。
「ちゃう。第三部隊長ヴァジュラ・ル・ドゥーガは帝国建国の当初からおる古株の部隊長や。
そいつの製作が小人族で行われたんなら、ワイが知らされてないハズがない」
「そう、ですか……」
「まぁ、問題はそこやない。
問題はな、人工であるが故の人間性の欠如や」
爆風が背後から吹き荒れ、二人は同時に身を屈める。
「ゲンスイも、それが一番厄介じゃ、って言ってたわ。
恐れも、恐怖も感じひん人間。
人工であるが故の強靭すぎる肉体を敵の攻撃の前に晒すことに、一切の躊躇を起こさへん。
敵を滅ぼすことに冷徹に、合理的に頭を働かせ続けることが出来るんや」
極端な例を挙げれば、ヴァジュラは瞳に剣を突き刺されても動じない。
剣の方が欠けることとなる、と理解しているからだ。
普通の人間ならば、そこは反射的に目を閉じるようにできている。
しかし、人工体であるヴァジュラはそのような生理現象さえもねじ伏せてみせるのだ。
「それでいて三属性なんて……そんな技術があるんですか……」
「ない」
ジャックは言い切った。少し、苦々しげな顔だった。
「ありえへんねん。三属性も、なにより自我があることがな。作れるわけがあらへん」
「え、でもそれじゃあ……」
「矛盾しとるんは分かっとる。
前の戦いん時、アイツの行動から人工生命体であるっちゅうことになった。
せやけど、一人のモノ作りから言わして貰えれば、そんなことはありえへんねん。
人間と同じような肉体をどれだけ強靭に作り上げたとして、
三属性を操れる機構が備わっていたとして、
どうやって自我を備えさせた?
どうやって動かした? 術式は? 動力は?
疑問は尽きひん。
それに、人間一人を一から創り上げるなんて……それは、そんな所業……
人間として、どうかと思うで」
もしこの世界以外の人間が聞いていたら、どこか違和感の感じるジャックの言葉。
喉まででかかった言葉を無理矢理止められたような気分にさせられる言葉だ。
ユナは、
「そうですね。
わたしも、人間としてどうかと思います」
そう……同じ様に返すだけだった。
戦塵に汚れた空には雲一つなくて……どこか悲しそうにユナとジャックの言葉を受け取っていた。