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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第三章~絶対強者との邂逅~
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第七十五話―反乱軍カルミアの活動~スミレside~

 




 オストラシズム領、クレイステネスの街。

入り組んだ構造の街に豊かな物資があり、様々な種類の露店が乱立している。

実に活気があって平和な街である。

そして、その平和には理由がある。

 

 かつてオストラシズム領が所属していた国は今は存在しない。帝国によって――いや、帝王によって滅ぼされたのだ。

当時の国王一家は一人の例外もなく皆殺し。圧倒的に完全な負け戦であった。


 しかし、オストラシズム領主は中々にキレ者であった。国が崩壊した後、すぐに帝国に恭順する意思を示して自らの領主という地位を保ったのだ。


 私利私欲の為などでは断じてない。


 そんなことを口にすれば、もれなく領民から罵倒の嵐を受けるだろう。



 彼は民のために、


 その権力を固持してみせたのだ。



 帝国の手を完全に排除することは出来なかったものの、領主が権力を握ったことでこのオストラシズム領は驚くほどの平和を手に入れて見せたのだ。


 それがどれほどの労力を必要とするか……理解できない程、領民は馬鹿ではない。

自分達を守るために骨を折り、身を粉にする領主を憎む領民など一人たりとも存在しない。



 家族が帝国に殺された者は、

――だから何だ? 領主様も娘様を失っていらっしゃる!


 帝国軍によって嫌がらせを受けた者は、

――領主様はもっとお辛い立場でいらっしゃる!



 口々にそう言って、彼らは帝国といさかいを起こさない。

耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、歯を食いしばって、帝国に逆らわない。

時には何かを切り捨てても、揉め事を起こさない。

少しでも領主様の苦労を少なく、少しでも、力になれるようにと、領民一人一人が領主を想って。


 


 


 活気に満ち、恭順しても、屈さない街、

 領民が厚く領主を信じる独裁制の理想系の街、

 人と人とが結び付き、帝国に〝抵抗〟する街、

 オストラシズム領クレイステネス。

 









 そんな街に、反乱軍カルミアは忍び込んでいた。



「もきゅもきゅ、んー、おいしいっ!」


(ちょっと、ディアス! あれ買ってきなさいよ!)


「じゃあ、ついでにあれもお願いするわぁ」


「貴様ら……っ!」



 スミレはクルクルと回転しながら進み、周囲に子供っぽい可愛さをアピールしつつ綿あめを頬張る。


 そして、ディアスはサテラとザフラによって露店に走らされていた。

ぶつぶつ文句を言いつつも、彼は頼まれた物を買いに走る。


 さて、ここで予備知識――スミレ以外の三人は〝許されざる種族〟だ。

なので、変装をしなければならない。

バレてしまえば、問答無用で帝国兵に捕まり、牢獄、果ては実験場行きだからである。


 しかし、しかしだ。

サテラはスミレの髪の中に隠れ、他人からは見えないからよいものの、ディアスとザフラの変装は大きめのフードを被るだけという稚拙なものである。

これでは見るものが見ればすぐに〝許されざる種族〟であることが露見してしまう。



 しかし、これも作戦の内。


 この街で、新たな仲間を集めるための。



「あぁん? おぉいおいおぃいい……トカゲ臭ぇと思ったらよぉ、テメェ竜人族ドラゴニュートじゃねぇか?」


「それに、そこのデカブツは巨人族ジャイアントじゃあねぇのかぁ?」


「ぎゃはははは! 誰の許しでテメェらこんなところにいるんだ? あぁ?」



 案の定、帝国兵が三人絡んできた。


 ザフラとディアスは素早く視線を交わして作戦の開始を確認する。



「くっ、これほど早く露見するとはっ!」


「行くぞ! 逃げるんだ!」



 ディアスとザフラは大袈裟に声を立てつつ、帝国兵が向かってくるのと反対に足を向けるが……



「ギャハッ! 残念だったなぁ!」


「テメェらはもう囲まれてるんだよぉ!」



 その先にいるのも、帝国兵。

気が付けば、回りは帝国兵によって囲まれている。

それを取り巻く住人達は物陰に隠れ、帝国兵に関わらないようにしながら様子を伺うのをスミレは横目で確認した。



「仕方ない! 正面突破だ!」


「了解よぅ!」



 二人は魔具を持って襲いかかってくる帝国兵に対して素手で立ち向かっていく。

しかし、この二人程の戦闘力があれば、ただの帝国兵程度は相手にならない。

瞬く間に吹き飛ばされていく同僚達の姿を見て、帝国兵は勝てないことを悟って顔を青くする。

逃げたい、という思考が帝国兵達の頭によぎった。


 しかし、相手は〝許されざる種族〟。

いくら荒くれの帝国兵とは言え、一度接敵した奴等を見逃すようなことがあれば、どんな懲罰を負わされるか分かったものではない。

そんな帝国兵の心理がもたらす判断は……たった一つだった。



「いやぁぁぁあ!! 放してぇえ!!!!」


「おいっ、テメェらこっちを向けぇ!!」


「なっ! スミレちゃん!!」



 すなわち、スミレを人質に取ること。ディアス達の動きが、止まる。



「貴様! その子から手を離せ!!」


「テメェらこそ大人しくしやがれ!!

じゃねぇとこのガキが……どうなっても知らねぇぞ!!!」


「ひぃ……っ!!」



 帝国兵は剣の刃をスミレの首もとに押し付ける。

対してスミレは怯えた声を上げつつも、理知的な瞳でディアスとザフラを見つめた。



「……くそっ!!」


「ここまで、ねぇ……」



 スミレからの合図を受け取った二人は両手を上げ、降伏の態度を示す。



「はっ、ははは……手間ぁ、かけさせやがって……」



 懲罰という恐怖から逃れた安堵から、乾いた笑みが帝国兵の口から漏れる。

封化石からなる手錠を嵌め、ディアスとザフラは呆気なく帝国兵に捕まってしまった。

そして自分の安全が確認出来た帝国兵はスミレの首から剣を離し、乱暴に道に放り投げた。



「うわぁっ!」


「おい!!」


「黙れ、生かしてやっただけ有り難く思えトカゲ野郎」



 投げられたスミレは地を擦り、肘から血が滲み出ている。

だが、それもまた計画の内。


 より悲劇的な少女を演出する為の。



「おじさん……トカゲのおじさん! やだ! やだよぉ! 

行かないで……っ! 巨人のお姉さんも、行かないでよぉ!!!

ねぇ!! おじさん達、何にも悪いことしてないよ!? 連れていかないでよぉ!!」



 親から引き離される子供のように、スミレは泣きながら立ち上がった。

そんなスミレを帝国兵は鬱陶しそうに見ると、何の躊躇いもなく思いきり腹を蹴飛ばした。



「ぐぅっ……!!」


「貴っ様ァ!! 


 クッ、離せっ!! 離せぇっ!!」



 がちゃん、と手錠の音を立ててディアスが本気で暴れる素振りを見せるが、周りの帝国兵達によって押さえ込まれる。

その様子を鼻で笑った帝国兵は踞って泣くスミレに言葉を吐きつけた。



「うぜぇ……ガキがビービー喚いてんじゃねぇよ。

これ以上泣くようなら殺すぞ」



 その言葉を皮切りに、帝国兵達はディアスとザフラを連れ去っていく。


 残されたスミレは押し殺したような泣き声を上げることしかしない。


 領主を想うが故に、少女を助けてやれなかった領民は、その悲痛な声に心を抉られる。

申し訳なさと罪悪感で、押し潰されていく。

慰めようと近くに寄れば、より心を打つ少女の声が胸に刺さった。


 少女の悲しい叫びは、夜になるまで止むことはなかった――。







 

――――――――――――――――――――







「よしっ、潜入成功っと!」


「私、貴女が怖い」



 スミレとサテラは暗くなったオストラシズム城内を歩いていた。

見張りの兵士と何度かすれ違うものの、闇を纏っている二人には誰も気がつかない。



「え~? わたしのどこがこわいの~?」


「……貴女、どうやってここまで来たか忘れたの?」



 子供のようなキャピキャピした笑顔を向けられたサテラはうんざりした顔でスミレを見る。


 スミレがやったことは実に単純だ。

ディアスとザフラが連れていかれた後、ひたすら泣き続けたのだ。





 近くに寄ってきた罪悪感で押し潰されそうになっている人の前で、


 どうしてたすけてくれなかったの、と恨み言を呟きながら、


 夜になるまで、ずっと。






「おじさんたちに会いたいって言ったら連れてきてくれただけだよ~?」


「そりゃあね……」

 

 面会、という形で城に入る権利をもぎ取り、入った瞬間に闇属性で隠れて付き添いを撒く。

これは兵士たちを責めることはできない。

あれほど心を削られたら、言うことを聞くしかない。

まさしく……子供の武器を存分に使った脅迫だった。

それにしてもやることがエグい。









「おっと、私はここを左に行けばいいのよね?」


「ええ、突き当たりの部屋に鍵があるハズ」


「頑張ってね、スミレ」


「分かってる」



 簡潔な言葉のやり取りをして、サテラとスミレは別れる。

一人になったスミレは構うことなく、しっかりとした足取りで目的地へと向かう。


 ……スミレの足が止まる。


 そこは堅実な作りの両開きの扉の前。目的の場所だ。


 スミレは闇属性の隠れ蓑を取り払ってから、その扉を叩く。



「誰だ」



 スミレが返事を待たずに扉を開けて部屋に入った後、鋭い口調の――男の声が聞こえてくる。

老成し、壮健なその声音はそれだけで威圧感を感じさせるものだった。



「お初に。ヴァレイン・フェニキア・オストラシズム公爵。

私は反乱軍カルミア、総大将スミレと申す者です」



 しかし、スミレは一切臆すことなく朗々とそう述べた。

普段の口調とは違う――丁寧な、貴族のような言葉遣いだった。ヴァレインと呼ばれた男は、スミレが入ってきた時から動かし続けていたペンを止め、執務机からスミレを見下ろした。



「計ったようなタイミングだな」


「なんのことやら分かりかねます」



 いや、ペンを止めたのではない。

単純に今日の分の仕事が終わったのだ。

まぁ、スミレの【未来予知】を使えばその程度のことを知るは造作もない。



「どうやってここへ?」

 

「公爵が心配するようなことは致しておりません。

単純に兵士の方にお願い・・・しただけですよ」



 くすり、とスミレは笑う。

その様子から、ヴァレインは望む答えを手に入れたようで次の質問へと移る。



「反乱軍カルミア――先日の帝国実験場の件で新たに作られた反乱軍、であったか」


「よくご存じで」


「……何故、卿のような者が総大将を名乗る?」



 ヴァレインのその言い方は、スミレが総大将であるということを認めたものだった。

普通、スミレのような子供が総大将を名乗れば妄言だ、と一笑するものだ。

しかし、彼はそうではない。

突然現れたスミレを子供としてではなく、対等な相手として話す。



「カルミアは二年前の反乱軍の者を中核に据えて組織してあります。

私は、その反乱軍の総大将であった〝斬影〟ゲンスイの孫。


 故に、祖父の遺志を継ぎ、私がカルミアの総大将となったのです」


「ふむ……」



 ゲンスイのネームバリューを利用するためのお飾り、という訳でもなし、この整然とした話し振りからスミレが本当の意味で総大将に据えられた可能性が高い――いや、そう思ってかかった方が良いだろう、という結論をヴァレインは抱く。



「では、その反乱軍の総大将が一体、私に何の用がある」



 ヴァレインの鋭い目が、一層鋭くなる。

本題へと有無を言わさず突入するその姿勢は政治的な物事に慣れた者からすればたまったものではない。

駆け引きも、取り引きもなく、直球。

だが、スミレに対してはそれで正解だ。

駆け引きも、取り引きも、それらは全て〝視〟透かされてしまうのだから。



「簡単に言えば、貴方には我々カルミアの盟主になって貰いたいのです。


 ……私共は考えたのです。帝国が滅びた後、一体どうするのか。

また元の、十一年前の体系に戻すだけでいいのか。

帝国を打ち倒した後は私達は何もしないのか、と。


 答えは否です。

それでは私達が反乱軍である意味がない。

平和を希求し、安定を臨む反乱軍である以上、私達は打ち倒すことで終わらせてはいけない。


 私達は新たな統一国家の建国の必要性を……もう二度と、人と人とが争うことのない国家を作る必要を強く感じています。


 そうは言っても、私達は戦うことしか脳がありません。

現在反乱軍にいる面々は、私個人としてはとても頼りになる良き仲間です。

武勇に溢れ、技に秀でた--戦うことに関してはこの時代にこれ以上ないほどの人材が集まっていると自負しています。

ただ……私を含め、彼らは戦うことしか知らない。


 私達が臨む未来を掴む為には、有能な為政者が必要です。

しかし、帝国建国の折、そのような人材の多くは命を落としました……。



 
















 もうお分かりでしょう? 数少ない、有能で、信用できる人格の持ち主である貴方に、私達が作る統一国家のその代表の役目を担って頂きたいのです」


「断る」



 即答だった。僅か一秒足りとも悩まない。

ヴァレインは、スミレの話を聞いている間に答えを決めていたのだ。



「だからこそ、私達は貴方が欲しいのですよ」



 だが、断られたにも関わらずスミレは悪い笑みを浮かべた。



「王になって欲しいと、そう言われて断るような権力者は恐らくこの大陸で貴方だけでしょう」


「そのような事はない。帝王様が支配していらっしゃるこの時世に、そう答える者は少なくあるまい」


「理由が違います。貴方は今の領地の平和を――領民の生活の安定を崩したくないのです。

闇雲に反抗し、その平和を崩す危険性を考えて私の話を断った……違いますか?」


「違うな。私はこの地位を手放したくないだけだ。

帝王様の元での暮らしが気に入っている」



 息つく暇もないやり取りが交わされていく。

それはある種の銃撃戦を連想させた。

相手が話している内に、自分の中で考えをリロードし、刹那の速さで射ち出していく。

それが空砲ブラフかどうかを悟らせないように、二人は静かに銃口を相手に突きつける。



「ええ、気に入っているでしょうね。素晴らしい領地です。

一人一人の民が貴方を慕い、耐えている。

しかし、それが本当に貴方が望んだ形ですか?」


「愚問だな。それが私が望んだ形だ」


「違いますね。貴方は声にはださないけれど、今のこの領地の状態を憂いている。

帝国への干渉が、他に比べて薄いとは言え、確実に領民が苦しんでいるこの状態を」


「だからどうした。領民が苦しもうと苦しむまいと領主の私に何か関係があるわけでもあるまい。

そのような些事など、気にかけたことすらないな」


「では貴方は何を気にかけているというのですか?」


「今の地位を守ること、それだけだ」


「その為ならどんなこともいとわない、と言うのですか」


「無論、この手を血に染めようとも私はその信念を貫き通す」


「大層な信念ですね」


「人は生来から欲望的な生き物だ。

出世欲然り、名誉欲然り、保身欲然り……卿の言う私の信念とやらも、それと同じだ」


「そうですか、ですが、欲望を根元として動くというのは人としてどうなのでしょう。

欲を理性で抑えてこその人間ではありませんか?」


「欲を理性で抑えるのが人間、なら私はこう主張する。

欲の赴くままに動くのもまた、人間だ。

他者を押し退け、利己的な存在こそが人間である、とな」



 スミレが語ったヴァレイン公爵とは百八十度異なったことを言う目の前のヴァレイン公爵。

もちろん、彼の言葉は嘘だ。

彼は領民を守ることに心血を注いでいる。

今、自分が反乱軍に少しでも与してしまえばその被害は確実に領民へと向かってしまう。

例え本心では反乱に肩入れしたいと思っていても、その可能性が僅かでもあるのなら、領主としてその選択をするわけにはいかない。

だから、彼は一発足りとも本心を射たない。

付け入る隙を与えないのだ。


 しかし、その全ては無駄なのだ。


 スミレの目には、この舌戦の結末が〝視〟えているのだから。



「随分と、心にもないことを口走っていますね、ヴァレイン公爵」


「何を言う、これが私の本心だ。

まぁ、貴族でもない賤しい輩には到底理解できまいがな」



 そして、スミレの勝ち筋は完全に開いた。


 

「『民を導く、よき先導者となれ


  欲望に囚われず、仁の道を進め


 人の道理を忘れるな』



 付け入る隙を与えまいと、悪役を演じるあまり、自らの理念と正反対のことを仰っていますよ?

ちなみに、そうですね……この言葉は、この言葉を知っている人物を拷問して聞かせて頂きました」



 もちろん、拷問(通常運転)されたのはジャックである。

しかし、相手方にとってはそう取れない。

それを知っている人間はオストラシズムの血筋の者だけ。

家族の面影が、ヴァレイン公爵の頭を過る。












「ところで、ヴァレイン伯爵様?

ご息女様はお元気にしていらっしゃいますか?」



 スミレは如何にも悪役という笑みをヴァレインに向けた。



「きっさまぁああっ!!!!

アイリーン様に何をしたぁっ!!!!!!」



 と、背後・・から声がする。

隠密を生業とするオストラシズムの〝影〟だ。

手には短刀を持ち、スミレに対して本気の殺意を持って襲いかかったきた――!




「バレバレですよ」


「なっ……!」



 が、それは予知の範囲内。

スミレは一瞥もせずに〝影〟の攻撃を受けて見せた。

首の漆黒のチョーカーから、闇の刀を顕現させて。



「聞かせたかったですね、拷問された時のの叫び」



 女装を強要されたジャックの嘆きの叫びのことだが、〝影〟には当然、曲解して受け取られる。

だが、ヴァレインの方はスミレが送った“彼”というメッセージで謀られたことに気付いていた。



「っ! ヴァレイン様やシュタイン様、メイリーン様が……っ!!

どれほどアイリーン様の生存を願っていたか、貴様に分かるまい!!

暗殺者として送られた私に居場所を与えて下さったヴァレイン様の優しさ、懐の深さに、それを受け入れて下さった家族の皆様の慈愛に、私がどれほど救われたか……っ!!


 そのアイリーン様を、貴様は、貴様はぁっ!!!!」


「もう十分よ、ありがとう」



 その〝影〟から言質を取ったスミレは連撃を掻い潜り、鳩尾、顎、肺へと息もつかせぬ三連撃を浴びせた。



「か、はっ……ぁ」


「大丈夫、峰打ちだから」



 踞る〝影〟を尻目に、スミレはにこやかな笑顔をヴァレインへと向ける。



「それで、〝優しくて〟〝懐の深い〟ヴァレイン公爵様? そろそろ本音で語りませんか?」



 深い深いため息がヴァレインから漏れた。



「まるで狐につままれたような気持ちだな……。

〝影〟を利用してまで私の言葉を覆すなど、世の権力者でもそんな者はいなかったぞ」


「それは、私が権力者じゃないからですよ。

使えるものは使います。〝影〟であろうと武であろうと。


 貴方の存在は、必ず必要になるのですから」



 額を揉み、悩ましいため息が何度も漏れるヴァレイン。

そして、キツめの上目でスミレを睨む。



「しかし、いくら私の本音を引き出そうと、答えはやはり否、だ」


「大丈夫ですよ、状況はもう進んでますから」


「……なに?」



 スミレのその言葉と共に地響きと、爆発音が城を――この部屋を揺らした。



「何をした」


「そう怖い顔をなさらないで下さい。

貴方の領民は誰も傷付いていません。

この音は、私の部下が牢屋を破壊した音です」



 再び、轟音。

にわかに夜の街が騒がしくなり始める。

警鐘が鳴り、兵士達の叫び声がここまで届く。



「さて、これは独り言なのですが……


 実は私達は前々からヴァレイン公爵様と繋がっており、この街に来たのも反乱軍の物資調達の為だった。


 しかし、貴方の行動を不審に思った息子さんのシュタイン様が物資の受け渡しの前に、我々の幹部、戦闘部隊隊長ディアスと補給部隊隊長ザフラの捕獲に成功する。


 それに危機を覚えたヴァレイン公爵は内密に幹部達を牢屋から解放し、反乱軍と共に逃亡。

貴方の後釜には息子のシュタイン様が着き、今までと変わらぬ治世を行う……。


 なぁんて展開、都合が良すぎますか?」



 ヴァレインは、初めて沈黙した。

彼の頭の中ではその独り言に関する思考が繰り広げられていた。

行動した際の結果に対する帝国の反応、息子の治世に関する能力。

そして……現状の領民の生活が頭によぎった瞬間、答えは決まった。













「フウマ、今の話を息子に伝えてくれ」


「……っ!! ヴァレイン様っ!!」



 フウマと呼ばれた〝影〟が顔を上げる。

そこには、為政者としていつも影から見ていたヴァレインの姿があった。

優しい心を内に秘め、覚悟を決めた鋭い眼差しがフウマを射る。



「頼んだぞ」


「……はい、了解、いたしました……」



 フウマは、その瞳に逆らうことが出来なかった。



「貴方の英断に、反乱軍総大将として深く感謝致します」


「よい、それで……これからどうする?」


「御心配無く、もう窓の外に脱出の準備が出来ております」



 城に迫る巨大な飛空挺。

エルの努力の結晶が城の窓に乗り付けていた。

スミレが窓を開けると、梯子が架かり、渡れるようになった。



「さぁ、参りましょうか」


「待て、赴く前に一つ聞かせよ。


 アイリーンは………………息災か?」


「……それは」



 問いかけられたスミレの顔が暗くなる。

それだけで、ヴァレインは全て理解できてしまった。



「あぁもうよい、分かった……。

そうか……やはり、予想はしていが…………もう、会えないのだな」


「……アイリーン様の最期を看取った者は、現在別行動を取っている為、詳しい話はしかねます。

ですが、これは一人の女としての意見ですが……彼女は幸福に包まれて、その人生を全うしました……そう、思います」



 アイリーン・フェニキア・オストラシズム。

彼女の行った行為は反乱軍にとって、語り尽くせない程の利益をもたらした。

たった一人、獅子心中の身で……ジャックという稀代の魔具職人を改心させたその行為は、平和な時代が訪れたその時、きっと歴史に刻まれるだろう。


 愛する者の腕の中でその命を終えた彼女。

スミレの言う通り、彼女は満足して、その生涯を終えたのだ。



「フウマ」


「必ず……伝えます。必ず。

ヴァレイン様も、どうか……御自愛を」



 ヴァレインは、その言葉を最後にして飛空挺に乗り込む。


 その顔には、一滴の光が流れていた。










「スミレ、お疲れ様」


「サテラ……えぇ、お疲れさま。上手くやれたみたいね」


「当然、ディアス達の拘束を解くくらい、どうってことないわよ」



 ヴァレインと入れ替わるようにサテラがスミレの横に来る。

そして、意味深な笑みをスミレに向けた。



「疲れるでしょ? 権力者とのオハナシは」


「ほんと……精神的に疲れるわ」



 スミレはサテラの問いに答えながら飛空挺に乗り込んだ。



「でもまぁ、これで終わりだし。

ちょっと肩の荷が降りたかな。

権力者の相手なんてもうコリゴリよ」


「何言ってんの、これで終わりじゃないわよ」


「え?」



 スミレの疑問と共に飛空挺が大空へ飛び出す。



「たった一人で政治が出来るわけないでしょ?

王様はあの人でいいと思うけど、それをサポートする人も集めないと。

執政官に財務大臣、手に入れないといけない人材はまだまだいるわよ」


「ス、スミレなんのことだかわかんないよ?」



 青ざめたスミレにサテラは優しく笑いかけた。



「これからもオハナシは続くってことよ」


「うぅ~~~…………やだぁ」


「子供か」


「子供だもん」


「しっかりしてよね。総大将サマ?」


「……はぁい」



 スミレはこれからのことを考えて気落ちする。

と、同時にある一人の人物を思い返していた。



――ジャックおにいちゃんに何も言わずにヴァレイン公爵を引き込んだけど……怒るかなぁ?

 

 アイリーンさんのことは、あんまり触れちゃいけない話だったし……、っていうかザフラおねえちゃんから聞いただけで、私は直接聞いてないんだよね……――



 ちょっとやらかしてしまったかな、とも思ったが、まぁもう引き返せないので仕方ない、とスミレは開き直った。










 反乱軍は今日もまた一歩、自由への歩を進めたのだった。






――――――――――――――――――――








 そして時は進み……ここはキューケン・ホッフルの花園。

そこは、目が眩むほど色とりどりの艶やかな花達が雄大に開放されている大陸有数の花の名所だった・・・


 

「ハッ! 洒落にも、なん、ねぇぞ……っ!

おい……バカイル!! 当然、まだやれるよなぁ?」


「ぁったり前だ、チビホシ。

俺の取り柄は、打たれ強さだ……ぞっ!」



 美しい花畑は、焦土と化していた。

見渡す限りの花の絨毯は禿げ上がり、僅かに残る緑にも炎が点っている。



「やってやる、これまでだって何とかなったんだ……!」



 カイルが自らを鼓舞しながら立ち上がる。

隣には傷だらけのリュウセイ、マリン、フィーナ。

背後には、壊れた飛空挺の影に隠れているユナとジャック。



「行くぞ、第三部隊長……ヴァジュラ・ル・ドゥーガ!!!!!!!」



 目の前には、最強の一角。

絶対的強者、ヴァジュラ・ル・ドゥーガの姿があった。





 

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