第七十三話ー歩き出した〝街〟
ヴェンティアの街の西の一区画。
ほとんどの者が海中に住むため、海上に一区画しかない居住区画。
近場には観光者向けの屋台や店が多く、それなりに便利な区画。
そんな区画のとある家。
先日決まったこの街の重要な取り決めの準備の為に、この家の家主はありとあらゆる荷物をまとめていた。
そしてその家で現在、唯一散らかっている部屋。
登山用かと思われる程の大きさのバックがどん、と部屋の中心に置かれ、比喩ではなく足の踏み場もない。
そんな部屋でセーラは頭を悩ませていた。
「セーラー、準備は出来たかーい!?」
「ぴゅー、もうちょっとー!!」
もうちょっと、なわけない。
この部屋中に散乱した荷物を以てそんな台詞は絶対にあり得ない。
もう三時間! くらいな心持ちが適切だろう。
「ぴゅうぅ……イソギンチャ君とイソギンちゃんは持っていく……ワカメ育成キットは……置いていく。
それから……アロマフジツボと……ブクブクシャコ貝と……ぴゅううぅ……どうしよう……」
アロマチックな香りを放つピンク色のフジツボと隙間から泡を吐き出すシャコ貝とを両手に持ち、セーラは悩む。
「これからのことを考えたら……疲れが取れるブクブクシャコ貝かなぁ……でもそれなら……イソギンチャ君とイソギンちゃんもあるし……」
悩んでいる。とても悩んでいる。
アロマフジツボは香りを強く放出し、ブクブクシャコ貝はいつもより割り増しで泡を吐き出す。
まるで、俺の方が効果的だぜ!、だからこんな奴より俺を連れていってくれよハニー! と主張しているかのようだ。
そんな健気な主張にセーラは全く気が付かない。
故に、さらに二人は選んで貰うために頑張るのだが、それでもセーラは気付かずに悩み続けるのだった。
「セーラ! まだあんたは――ってなんだいコレは!?」
ばん!、と下の階から上がってきたセーラの母――レイラは勢いよくドアを開けた。
レイラの目に飛び込んで来たのは泡と香りに包まれたセーラと、頑張り過ぎて萎えはじめたフジツボとシャコ貝の姿だった。
「あ、ママ!」
「あ、じゃないよ全く!」
「ぴゅぃっ!?」
レイラがセーラの脳天に拳骨を食らわせる。
セーラは思わず二人を取り落とし、涙目になって母を見上げた。
「ぴゅ~、痛いよママ!」
「さっさと準備しないからさね! 何をチンタラやってんだい!」
フンスッ、と鼻を鳴らすレイラ。それに対してセーラは反論する。
「だって、何を持っていくのか悩んでるんだもん!
時間がかかるのはしょうがないじゃん!」
「何言ってんだい!
そんなもん全部持っていけばいいさね!」
「リュック一つに全部入るわけないじゃん!
ちょっとは考えてよ!」
セーラとレイラは口喧嘩を始めてしまった。
しかし、まぁ、これもいつものこと。
周りには口論に見えても本人達はそんな気は更々ないのだ。
これはただの、取るに足りない日常の一幕。
「そんなもん入れなくても外側に縛るなりなんなりすればいいさね!」
「重いじゃん! 移動に不便だよ!」
「何が入り用になるかは分からないんだよ!
全部持って行くに越したことないさね!」
「それでも絶対に要らないものだってあるでしょ!?」
「そんなもん買った覚えはないさね!
私は必要なものしか買ってないんだよ!」
「買った時は必要かもしれないけど、これからは必要無いものがあるの!」
「一度必要になったものは絶対にいつかまた必要になるさね!」
……とまぁ、そんな感じの口論は約二時間続き、セーラが約三時間をかけて荷物を整理したことでようやく決着が着いたのであった。
ちなみにセーラが置いていくと決めた荷物をレイラが勝手に荷造りして、再び口論になってしまったことは、まぁ、なんだかお決まりのことである。
――――――――――――――――――――
一方その頃カイル達は……
「ガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
「コロナ……ッ、フル、バァアストォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
完全な【龍醒】を発動させたレヴィの息吹を、カイルは真っ正面から迎え撃っていた。
右手に燃えるコロナは息吹と張り合う程の威力だ。
「うっ、ぐぎぐぎぎぎぎぎっぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ…………ッ!!!!!!」
カイルは額に、顔全体に汗を浮かべながら全力の息吹を受け続ける。
襲い掛かる殺人水流を魔法で拮抗させるのには常人では到底出せない魔力と、決して引かない強い精神力が必要だ。
まぁ、こと精神面に関してはカイルは精神構造がおかしいので問題はないのかもしれない。
魔力に関してはカイルだから、と納得してもらうしかない。
魔力量、打たれ強さ、一撃の重さが売りの典型的パワーファイターバカイルだから、たった一人で息吹を受け止められることが出来るのだ。
「ぐっ、ぎぎ……
コロナ……ッ、フルバーストォオ!!!!」
カイルが左手にも右手と同規模の魔法を具現化させる。
そして右手で受け止めている息吹をアッパーカットの要領で殴り付け、その軌道を反らしてみせた!
「っしゃあ!!」
カイルは思わず喜びの声を上げる。
ここ数日の訓練で初めて全力のレヴィの息吹を処理できたのだ。
その反応もむべなるかな、といったところだろう。
「って、うおっ……!」
そこで、カイルがふらつく。
一度にほぼ全魔力を費やしたせいであった。
レヴィは、その隙を逃さない。
「ガァァァァァァアアアアアアアアア!!」
「ぐぁっ!」
瞬時に作り出された大量の水槍が襲い掛かり、カイルは海に沈んだ。……勝負ありだった。
「ぷあっ……! ぁぁ……くっそぉ……息吹は反らせたのになぁ……まだ、勝てねぇかぁ……」
カイルは悔しそうに浮上してきた。
そして悔しさから一転、でも次は勝つ!、と拳を天に突き出す。
『カイルよ……息吹が反らされただけで私は負けた気分だぞ……』
海面近くに降りてきたレヴィは、少し気落ちした声音を出す。
自分の……種族の代名詞とも言える大技をたった一人に反らされたのだ。
しかも全力で放ったにも関わらず。
これ以上やられてしまっては、彼女の立つ瀬が無くなってしまう。
「もっと修行しねぇとなー。結構魔力はある方だとおもってたんだけどなー。また鍛え直すかぁ?」
『聞いてない……』
拳を突き上げたまま、独り言を呟くカイルにレヴィはうなだれるのだった。可愛いところもあるものだ。
「ハッ! やっと終わったか。さぁ、次は俺だぜ、レヴィ」
リュウセイが翼を広げ、前に出る。
ブンッ、と刀を一振りし、広角を思いっきり吊り上げ、愉快そうに笑う。
レヴィはやれやれ、とため息を吐いて【龍醒】を発動させた。
もちろん、全開で、だ。
リュウセイの笑みがさらに深まった。
「はぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!!!!」
「ガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「お疲れ様です、カイルさん。どうぞ、〝ヴェンティアのおいしい水〟です」
「おお、さんきゅー」
カイルは街中の水をそのまま使用したようなネーミングの商品を受けとり、一気に飲みほした。
「ぷはーっ」
「おかわりはいりますか?」
「おう、頼む」
ユナがもう一本、その商品をカイルに手渡す。
カイルは今度は飲み干すような真似はせず、半分ほどでとめた。
「ふー、とりあえず……レヴィには、一週間以内には勝てるようになっときてぇな……」
「……はぁ」
カイルの決意表明にユナはため息を吐く。
それは海龍を倒すことが無理だとか、そういうようなため息ではなく、話を聞いていなかったカイルに対する呆れだ。
「カイルさん……レヴィさん達は明日にはヴェンティアを離れるんですよ?」
「えっ!?」
驚きたいのは、私の方です……、とユナは額を揉む。
その仕草から普段のカイルに対する苦労の程が伺えるというものだ。
「ええと……レヴィさん達、ヴェンティアの皆さん、一緒、明日、街、でる……分かりました?」
「あー、そういや、そんなことも……言ってたっけなー」
まるで、子供に対してそうするように、ユナは単語だけでカイルに話しかける。
だが、カイルはそれで理解していた。……もう駄目だこのバカイルは。
レヴィとその娘が、街を出る。
それは簡単に理解できるだろう。
彼女たちはモンスター。海を自由に生きる者だ。
海龍の群れこそもう存在しないが、彼女達がヴェンティアに縛られる必要も無い。
「本当……真面目というか律儀というか……セーラさん達……何もそこまでしなくてもいいと思うんですけどね……」
「真面目?」
「だって……罪を償いたいからって、この街を捨てて、放浪生活を送るって言うんですよ?
別に街まで捨てなくても、って思いませんか?
あ、すいません、思わないですよね。話の内容も分かってないんですから」
「おい」
来るべき反乱の日。その日まで、ヴェンティアの民はレヴィと行動を共にすると決めた。
この街に居れば、また帝国の手が入るかもしれないから、それだけの理由で。
マリンとフィーナから上手くやれば大丈夫、との言葉があったのだが、彼らは断固として聞き入れなかった。
「食糧の備蓄、軍備……物資を集める旅。
戦えなくても、出来ることがある……そのために、絶対に邪魔されたくない……今度こそ、ちゃんと立ち向かえるように……本当に凄い覚悟です」
「……そうだな」
もちろん、レヴィの許可はとってある。
彼女は物理的な戦力として、来るべき決戦の日に活躍する予定だ。
彼女も彼女で、帝国に借りを返したい気持ちがあるらしい。
つまり、まぁ、くしくも、と言うかなんと言うか……スミレ達に任せたハズの仲間集めを実行してしまった形になる。
別に悪いことではないので誰も気にしてはいないのだが。
「ガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「七星流・伍の型・戈星!!」
リュウセイは自らを戈に見立てて目にも止まらぬ高速のスピードで突進し、Ⅹの形に切りつけんとする。
一方のレヴィはその突進を完全に見切り、その巨体で出せるとは思えないスピードでリュウセイをはたき落とした!
先程のカイルと同じように、リュウセイは海中に落とされ、ブクブクと着水地点から泡が立つ。
「ぷぁっ……! クソッ! まだ勝てねぇか……!」
カイルと似たような台詞を吐きながらリュウセイも浮上してくる。
そして、レヴィもため息をつきながら海面近くに降りてきた。
『……私は、そなたらはもう十分に強いと思うぞ……?』
何だかテンションの低いレヴィの呟き。
しかし、リュウセイとカイルはその問いに対して頷かなかった。
「いーや、俺達はまだまだ……まだまだ弱い」
「ハッ! そうだな、俺らはもっともっと強くならなきゃいけねぇ……!」
二人はシンクロして拳を握る。
しかし、レヴィの疑問は拭えない。
何故なら、〝お前達はもう十分に強い、なのに何故更なる強さを望む?〟という質問の本質の答えにはなっていなかったからだ。
「レヴィ、あなたの疑問は最もよ」
「でもね、そこの愚弟どもの言う通りなのも確か」
「「あたし達は、あんたの群れを滅ぼした奴等と戦うんだから」」
たった二人で【龍醒】の為の魔力を空間に放出していたマリンとフィーナが、言う。
ちなみにジャックはヴェンティアの街で町民の為に魔具作りだ。
子海龍はそれに巻き添い――もとい付き添っている。
『あぁ……そうだな、そうだった。
お前達は……奴等と戦うのだったな』
レヴィは目を細め、苦々しく口を歪める。
「なぁレヴィ、お前達の群れを滅ぼした奴ってどんな奴だったんだ?」
カイルがぶしつけに尋ねる。ユナは諌めようか悩んだが、これからの旅に必要そうな話なので黙っておくことにした。
『……そうだな……別に隠しておくような話でもない……。
あれは十一年前……まだ私が群れで暮らしていた頃の話。
普段は海中で暮らす私たちだが、その日は群れの子らに空を見せる為、海上に出ていた。
その時を狙いすましたように、帝国の第一、第二部隊長と名乗った二人組が何の前触れもなく、突如として現れた――』
――――――――――――――――――――
『して、その帝国の部隊長とやらは何用か』
――龍の群れに長はいない。
だが、その者達が放つただならぬ空気に、当時、群れで一番力があった私が一番に声を出した。
「なに、簡単な話よ。
これから妾――いや、こやつが貴様らを殲滅するだけじゃ。……ふむ、そこの貴様が一番強そうじゃな……貴様の子供を人質、否、龍質にして、貴様には帝国の駒となってもらう」
自分の言ったことが面白かったのか、くすりと笑って、第一部隊長と名乗った女は口元を隠すように扇子を開いた。
その言動に群れの龍が――私も含めて、一斉に殺気立った。
『そうか……ではもうこれ以上の言葉は不要』
「元より話し合うつもりなどないのじゃがの」
あらかじめ決めてある番の魔力を借り、全力の【龍醒】を発動させた。
過剰な力であるかと俊巡したが、躊躇う必要はないと、本能的に感じたからだ。
それは、私だけでなく、群れの龍が全員感じていたことだった。
「ふむ、これだけの龍が【龍醒】を使う光景は壮観じゃな。
して、第二部隊長ヴァジュラ・ル・ドゥーガ殿? 加勢はいるかの?」
「その問には答える必要を感じぬ」
「じゃろうな……どう見ても、必要ない。
気の赴くまま、刻み込まれた本能のままになすがよい。仮にも〝最強〟の龍種じゃ、手加減は要らぬぞ?」
女は、男に向かって黒々しい魔法を流し込んだ。
見ただけで心の底から悪寒が駆け昇ってきて、アレだけには絶対に触れたくないものだと思った。
「さぁ、我等が同胞よ。
〝ホ ロ ボ セ〟」
男の金の眼が黒く染まっていた。
同時に、どうしようもない焦燥感とも言うべき感情が私を捉えて離さなかった。
『さらばだ、人間――!!』
幾本も放たれる海龍たちによる全力の息吹。
それら息吹は狙いを過たず、二人に向かっていった。
一本一本の息吹が、海を突き抜け、地上に向けて放てば地を割る程の破壊の力を秘めていた。
これを受けて生きていられる者はいない……と、そんな風に考えていた。
「三位合成魔法……」
だが……
「雷の魔槍」
その全てが、かき消された。
龍の息吹が、その……全てが。
何が起こったのか、よく分からなかった。
ただ、ヴァジュラと言った男が手をこちらに向け、それだけだった。
次の瞬間には閃光が走り……終わっていた。
背筋が凍った。間違いなく、死んだと思った。
それほどの、魔力。それほどの、圧力。
しかし、分からなかったなりに辛うじて理解したのは、奴が三つの属性の魔法を混ぜたこと。
その魔法が雷の属性、火の属性、地の属性であったこと。雷の割合が大きかったこと。
『馬鹿な……』
群れが……壊滅したことだけだった――
「悔しがる必要はないぞ、海龍。貴様が負けるのは必然じゃ。
この世に生を受けておる限り、その理から外れし変異には勝てん。
まぁ、これからの余生、精々楽しむがよい」
さて、妾は死体を集めるとするかの。龍のは、中々に弄り甲斐があるのでな。さぁ、海龍どもよ……
〝ア ツ マ レ〟」
――――――――――――――――――――
『手も足も出ないと言うのは……きっとあの事を言うのであろうな』
まぁ、手も足も海龍には元々無いのだが、と、あまり笑えないドラゴンジョークでその話は終わった。
カイルたち一行は話しながら移動を続け、現在は陸地で座りつつ会話をしている。
「この大陸唯一の三属性」
「ヴァジュラ・ル・ドゥーガ……か」
フィーナとマリンはその言葉を確かめるように呟く。
様々な属性を扱う彼女らには、何か思うところがあるようだ。
「ハッ! おいおい、第一部隊長ってのはトイフェルって奴じゃなかったのかよ?」
「それは二年前からの話よ」
「少なくとも、ジャックたちの反乱の時は第一部隊長はジャンヌって女だったらしいわ」
トイフェルが帝国に入ったのは二年前、ゲンスイ達の反乱が終わった直後のことで、わりと最近のことなのである。
すると、トイフェルの名前を聞いたレヴィが顔を歪ませた。
『トイフェル……? あの子供のことか……!』
「知ってんのか!? レヴィ!?」
レヴィが呟いた言葉に反応して、発した言葉に思わず力が入ってしまうリュウセイ。
だが、それも仕方ない。
その名は……彼がゲンスイの仇と見定めている男なのだから。
『トイフェル。確かその子供は二年前、唐突に私のところにやって来て、勝負を挑んできたのだ――』
――――――――――――――――――――
「アハハ☆ うーン、やっぱ龍ハ強いネ。コノままだっタラ勝てないヤ♪」
――やって来たのは子供だった。
一転の曇りもない白髪に、深紅の瞳。
そして……小さな体躯に不釣り合いな……大太刀。
『それが、人間と……龍との差だ』
そう口にしたが、歯痒い思いだった。
九年前、人間に完膚なきまでにやられた私としては。
何の為にここに来たのかは理解不能だったが、ここまで痛めつければ、じきに帰るだろうと思っていた。
だが、その子供は笑うだけだった。
「ハハッ☆ そうダネ……人間ナラ勝てそうもナイ……。
でもネ、いいコトを教えてあげルヨ。
普通の生物じゃア、変異には勝てないんダ。それがボク達と、キミ達との差だヨ」
奴が魔力で包まれる。それはただの亜人族の【形態変化】。
しかし、感じる圧力は――!!
『そなたは……っ、そなたらは一体〝何者〟だ!!
そんな圧……そんな魔力は、一人の人間に出せるものでは……!!
変異とは一体なんだ!?』
九年前と同じだった。
感じる圧倒的な〝差〟。甦ってくる恐怖。
【形態変化】を終えた後……立っていたのは、巨漢の悪魔。
不釣り合いだった異様な長さの刀が……その体躯と一致した。
悪魔は刀を構えたまま、苦々しげな様子で口を開いた。
「ボクらはただ〝捨てられた〟ダケ。
その結果ガ変異なんだヨ。
理不尽だヨ、不合理だヨ。
ボク達は何モ悪くないノニ。
ボク達ハ……普通に産まレテ、普通ノ生活ヲ送れるハズだったんダ!
だカラ、ボク達は全てを終わらせるんダ!
それに……先に破滅を望んだのはこの世界の方なんだから」
流暢なその言葉と共に、私の目の前を雷撃が覆った――
――――――――――――――――――――
「これから、私達は変わるよ。ちゃんと自分たちを誇れるように! 胸を張って生きていけるように!」
「おう! 頑張れよっ!」
翌日の朝、これまでとは逆に、カイル達が街から出ていくセーラ達ヴェンティアの住人を見送っていた。
セーラの言葉に、カイルはニカッ、と良い顔で親指を立てる。
はち切れんばかりの巨大なリュックを背負ったセーラも同じように返し、笑顔を浮かべた。
「本当に……すまなかったよ。
私は、もう少しで取り返しのつかないことをするところだった……。
未遂だからって許してもらえる訳じゃないことは分かってるさね。
この街が犯した罪も……消えないさね。
でも、だから、許されなくても私らは、これからの行動でそれを償っていくさね。
旦那が命張ったんだ。
私だって、何かやってやらんと気がすまないのさ!」
レイラがマリンとフィーナに神妙な面持ちで頭を下げ、次の瞬間には活力のある顔つきで頭を上げた。
もう、彼女の目に迷いはなかった。
これからは、道を誤ることはないだろう。
「自分達で気づけたのならそれでいいわ」
「これからあんた達がどうなろうと、どうでもいいけど」
「「ま、頑張んなさい」」
不遜な態度で二人は口を揃える。
結局、彼女たちはこのヴェンティアの街の悪口しか言っていないので何となく決まりが悪そうではあったが。
その二人の態度が気に入らなかったのかレイラはわしゃわしゃと二人の頭を撫でる。
信じがたいが、どうやら力関係はレイラの方が上なようで、その豪胆な行為を見てしまったリュウセイは目を見開いていた。
「キュルルルル~~!」
「がふぅっ!」
子海龍がジャックにぶつかっていく。
その様子は飼い主にじゃれる犬のようであったが、ぶつかった勢いでジャックは数メートル吹き飛ぶ。
どうやらすっかり気に入られてしまったようだ。
微笑ましきは素晴らしきかな。
「加減、加減せぇ……っ!」
『すまない……』
レヴィが申し訳無さそうに目を閉じる。
ジャックは必死に子海龍を引きはなそうとしてふと、疑問に思っていたことを口に出した。
「そう、いやっ、レヴィ! こい、つのっ! 名前はっ!?」
『ルギアだ』
「オ、ケィ! 分かっ、た!
ルギア! 落ち、着け! ステイ! 待て!」
犬にそうするようにジャックは声をかけるとルギアは大人しくなった。
知能が垣間見えるあたり、流石龍だ、と言えるのだろうが、キラキラした目でこちらを見つめるルギアの姿はジャックの目には犬のようにしか見えなかった。
「よし……ふぅ、多分勘違いしとるようやから言っとくぞ。
別にお前とワイはこれから永遠の別れをしようってワケやない。やからそんながっつくな」
「キュルル?」
本当? とでも言いたげな瞳にジャックはその頭を撫でてやる。
「ああ、ほんまやほんま。帝国との戦いが終わったら、また遊べる」
「キュクルゥ!」
「へぶはぁっ! 結局!?」
感極まったルギアがジャックに体当たり。
そしてジャックの顔面を舐め回す。
ルギアなりの親愛の証なのだが、ジャックの目にはどうやってももう犬にしか写らない。
レヴィは自由になり、元気な姿を見せるルギアを目を細めて見つめていた。
「変異……かぁ。なんなんだろうなぁ、一体」
と、カイルの呑気な言葉。
傍に居たユナも、それに釣られたように口を開く。
「カイルさんとリュウセイさんの……異常な【形態変化】……それが変異なのでしょうか?」
「レヴィは分かんねぇ、って言ってたよな」
「でも、あの時の力は変異そのものだったと……」
カイルとリュウセイの異常な力。
あのレヴィの昔語りの後、それについての話し合いがもたれた。
カイルとリュウセイは、その時の記憶が曖昧なため、周囲の傍観者からの意見をまず訊ねることとなった。
そして本物の変異を目の当たりにしたレヴィ曰く……〝強さ〟で言うならカイルの【形態変化】は間違いなく変異であるらしい。
カイルの変化もリュウセイの変化も直接体感したユナやマリン達の記憶から、リュウセイも同等の力があることが分かった。
しかし、力はそうだとしても、定義が分からない。
第一部隊長トイフェルは変異を〝捨てられた〟と表現した。
それが何を意図しての言葉なのかは結局分からなかった。
考えても考えても……答えは出なかった。
「だぁーっ、分かんねぇ! 変異だとかそうじゃないとか……俺にはさっぱりだ!」
うがーっ、とカイルは頭をかきむしる。
きっと普段使わない頭を使ったことで炎症を起こしたのだ。
「まだ強くなれる力があるならそれでよし!」
炎症を引き起こした頭は思考を放棄してカイルらしい答えを出す。
自分の持つ力が何であれ、それが第一~三部隊長――ひいては帝王を倒す可能性を秘めたものなら、何でもいい、と。
「あ、あのっ! あの時は……どうもすみませんでした!」
と、そこで唐突に現れたカイルとユナに頭を下げる人魚族の少女。
覚えているだろうか? 彼女はセーラの親友にしてクリオネの人魚、リオネである。
セーラを助ける為、カイル達を岩礁地帯に誘い込み、モンスターに襲わせた張本人である。が、
「あの時ってなんだ?」
「さぁ……?」
二人に、その自覚はなかった。
ユナはあの時、精神的に余裕がなかった上に、襲ってきたモンスターは有無を言わさず瞬殺。
二人が嵌められたことに気付かないのも仕方ないと言えよう。
「あの……お二人を、岩礁地帯に誘導して……それで、モンスターに、襲わせ、ました……」
ユナとカイルの無言の圧力が加えられ、自らの罪を吐露するリオネ。
じくじくと犯した罪がリオネの心を苛んでいく。
「あー、あれですか……」
「??? ま、気にすんな。
よくあることだって」
「……本当に……ごめんなさい」
遠い目をするユナと、まだ何のことで謝られているか理解していないカイル。
真剣に謝っているリオネが不憫である。
「あと……こんなことで、許してもらえるとは思わないんですけど……出来るだけ丁寧に……包装したので、受け取って下さい」
リオネがピンクで装丁された本のようなモノを取り出したとき、ユナがピシリと固まった。
脳内で警報が最大級のフェーズ七を鳴らし、絶対にマリンとフィーナに知られてはいけないという警告が発せられた。
「あら、それはなぁに?」
「あたし達にも教えてくれるかしらリオネちゃん?」
詰んだ。
ユナの将来的な何かが。
「あわわわ……」
「えっと、これはですね。
お二人が“らぶらぶ愛ランド”に訪れた時に各アトラクションで隠し撮りしてあった写真を纏めたアルバムです」
ユナは自分の中の、羞恥心というか、そのようなものが製粉機にいれて粉々にされたような気がした。
――いえ、まだ……終わりじゃありません……!!
ギラリ、と獲物を見つけた鷹の如く目を光らせたユナは標的(本)を狙い済まし、奪い取らんと手を伸ばした。
「まぁまぁ、ユナちゃん落ち着いて」
「リオネちゃん、ソレをこっちに渡してくれる?」
伸ばした手は届かなかった。というかフィーナに防がれた。
その隙にマリンがリオネからブツを受け取る。
やはり、二人が現れた時点で詰んでいたのだ。
「どれどれ……ってうわっ、真っ赤じゃない」
「どれどれ……ってうわっ、青春してるわね」
自分でも何が写っているのか分からないアルバムを見られ、好き勝手な感想を言われ、ユナの心は物凄い勢いで圧搾されていく。
「ちょっ、もういいじゃないですか!
返してください!!!」
突っ掛かっていくユナだが、冷静でない攻撃はのらりくらり、と避けられてしまう。
「ぴゅう、それってもしかしてらぶらぶ愛ランドの?」
「らぶらぶ愛ランドってなんや?」
「この街一番のデートスポットさね」
「ハッ! そんなとこに行かされてたのか」
「キュクルゥ!」
『興味深い』
と、そんなことをしている内に全員が集まってくる。何故か、レヴィやルギアまで。
「ちょっ、ダメです! 絶対にダメです!! カイルさんも何か言ってください!」
「何を?」
「ああ、もうカイルさんに頼んだわたしが馬鹿でした!!」
ユナ、テンパるテンパる。マリン、フィーナ、笑う笑う。イイ笑顔だ。
「「そんなに気になっちゃうならしょうがない!!
さぁ、皆、刮目しなさい!!」」
ばっ、と集まってきた全員に見えるように、最後のページを開く二人。
そこには一枚の大きな写真。
どこから撮影したのか、アングル的には真正面から取られた写真。
あらゆるハートで飾り立てられた写真。
二人が……唇を重ねていた写真。
「ぴゅぅぅぅ!?」
「あらあらあらあらあら」
「「うわぁお……」」
「おおおおおおお!!」
「っ~~!?」
「キュルゥ?」
『……興味深い』
降り注いでくる精神的な槍がグサグサと容赦なくユナに刺さる。
味方のはずのカイルは役に立たず、もうユナは次から次へと刺さってくる槍に刺されるがまま。
「もう、勘弁してくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
せめてもの抵抗として、断末魔のようなユナの悲鳴がヴェンティアの空に響くのだった。
今日、〝ヴェンティア〟の住民達は歩き始める。
停滞していた時を埋めるために。
一人の男の犠牲と、その娘の献身に背中を押され、やっと踏み出す覚悟が出来たのだ。
もう二度と〝自分〟を見失わないように。
ちゃんと〝自分〟を誇れるように。
全てを抱擁する大海に抱かれて、この〝街〟は、その第一歩を踏み出した。
三章前半終了です!
次回は懐かしのあの人達が……!?