第七十二話―龍の目醒め
バットが変化した黒い海龍――黒龍は空中に佇み、口腔内に魔力を貯める。
すると、その黒い魔力にヴェンティアに存在する水という水がブラックホールに光が引き寄せられるように、際限なく吸い込まれていく。
引き寄せられ、圧縮されていく。
水と魔力が混ざりあい、黒々とした魔法が黒龍の口の中に形成されていく。
そして――
「ガァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァ!!!」
それを息吹として解き放った!
突き抜ける漆黒の水流がヴェンティアの街に――
「さっ、せるかよ!!!」
翼を生やしたリュウセイが手に持っていた【テレパス】の魔具を下に放り投げて息吹の前に立ちふさがる。
そして小竜景光を正眼に構え、雷を刀の表面に走らせた。
「七星流・護りの型・其の漆・雲心月星!!」
サァァァ、という霧雨が降ったような音を出しながら、高速で刀が振るわれる。
風切り音が連続して起こることで生まれたその音は、リュウセイの剣速の凄まじさを何よりも詳しく伝える。
振った刀の残像が消える前に数十もの太刀を刻むため、リュウセイの目の前には半球状の壁ができたかのように見える。
言うなれば、斬撃の結界。
攻撃は最大の防御とは有名な格言だが、これは最大の攻撃による防御だ。
その結界に触れてしまえば、その瞬間に攻撃は塵と化すだろう。
「くっ、あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
しかし、いくら黒龍が【能力】が使えないとは言え、息吹は息吹。
その威力は並大抵のものではない。
刻み切れない黒水が結界を抜け、リュウセイを打つ。
水に濡れた刀が滑らないように強く握りしめ、遅くなりそうになる剣速を死に物狂いで加速させるのだ。
普段のリュウセイなら、こんな攻撃は間違いなく避けただろう。
だが今は、背後にあるヴェンティアの街の為に。
避けるわけにはいかなかった。
「っだらぁ!!!!」
烈声と共に大きく刀を振り抜き、リュウセイは黒龍の息吹を防ぎきってみせた。
しかし、そのせいでリュウセイは大きく疲労してしまう。
ずぶ濡れになった身体を震わせ、顔にかかる鬱陶しい水滴を飛ばし、前髪をかきあげる。
「はあっ、はぁっ……!
ったく……ょぉ、姉貴達め……面倒くせぇこと、っ、はぁッ……させやがんぜ……!!」
彼は姉達が何らかの芝居を打っていることを見抜いていた。
戦うな、ということは嘘で、恐らくこの街の住人に立ち上がるための発破をかけるだろうことも……だ。
その姉の意向を汲んで、リュウセイは息を整え、健気に刀を取る。
「さっさとしねぇと……堪えきれずに切っちまうぞ」
リュウセイは狂暴な笑みを浮かべる。
ついうっかり、黒龍を仕留めてしまいそうになるのを必死に堪えるのはリュウセイにとって大きなストレスになっているようだ。
リュウセイの中のドSな部分が表れていた。
「ガァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァ!!!」
黒龍が槍のような尻尾を突き出してくる。
空気を切り裂くような音を立てて自分に向かってくるソレにリュウセイは僅かに視線を向けた。
――アレは本命じゃねぇ。
アレを避けた後に仕掛ける攻撃こそが……。
肉薄してくる尻尾をリュウセイは紙一重でかわす。
そして視線を上に向けて……
「ハッ! バレバレなんだよッ!」
口を開けて迫ってくる黒龍に叫んだ。
横に避けて、すれ違い様に切ってやる……!
そうリュウセイは意気込み、前に出ようとしたその時――!!
「コロナァ!!!」
「ガァぁ!?」
「いいっ――!!!!??」
黒龍の頭の辺りで謎の爆発が起き、急加速をしながら黒龍の口が強制的に閉ざされた。
ガチン!、と鋭い音を立てて、リュウセイの目と鼻の先で……黒龍の牙がかち合う。
刃物よりも鋭い牙が、リュウセイのまさに目の前で――その歯にリュウセイの驚愕に染まった顔が写るほど近くで――閉じられた。
もし、もう一歩でも前に出ていたら……
リュウセイは素敵な歯形と共に裁断機よろしく両断されていただろう。冷や汗が、流れる。
「もう、いっちょお!!!」
「ガァぁァ!!」
「ぐぁっ!?」
再び爆発、加速した黒龍は地面へと叩き付けられた。
リュウセイを下敷きにして。
「おいおい、見かけ倒しか?
こんなんじゃレヴィの方が強かったぞ?」
そう言って爆発の原因、カイルが降り立った。
朱色の羽毛の生えた翼を生やし、両手両足にはフェルプスを展開している。
完全に戦る気である。
「七星流・肆の型・極星!!」
ズン!、という打撃音と共に黒龍の身体が人一人分だけ浮かび上がる。
その一人分の隙間にいたのは黒龍の下敷きになっていたリュウセイ。
どうやら峰打ちの極星で黒龍を浮かせたようだ。
瞳は鋭くカイルを捉え、手の内の刀には雷を走らせている。
完全に殺る気である。
「あ、リュウセイ」
「七星流・陸の型・天満星・一天!!!」
「うおおおお!!???」
天満星の苛烈な突きを、一点に凝縮した突きがカイルの喉元に向かって一切の躊躇なく放たれた。
カイルはそれをかろうじて避ける。
「ッチ!」
「舌打ちしやがったな!?」
「ハッ! るせぇ! 一回切られろテメェ!!」
「フザけんな! 何で切られなきゃいけねぇんだよ!!!」
「うるせぇ黙れ喋んな死ね!!
大人しくしろバカイル! 七星流・弐の型・双星・巴!!!」
「うおおおおおおおおっ!!?」
リュウセイが魔力で二本の刀を具現化し、小竜景光と共に三本の刀でカイルに切りかかる。
カイルは叫び声を上げながら大きな動きでそれを避けていく。
と、二人が馬鹿なことをやっている間に黒龍に異変が起きた。
ミシミシと身体から音が鳴り、恐らく苦痛であるだろう唸り声を上げながら、身体が大きくなっていく。
元から大きかったものがさらに大きく……巨大化する。
最終的に落ち着いた大きさは……レヴィのおよそ二倍と言ったところか。
そして魔力は軽く見積もってもレヴィの数段上である。
「ガァァァァぁァァァぁァァァぁァァァぁァァァぁァァァぁァァァぁァァァぁァァァぁ!!!!!!!」
「おい、なんかでかくなったぞ」
「ハッ! 知るかよ、俺ぁ大きさなんざハナから問題にしてねぇから……よっ!!」
「ってぇ!!」
不意打ち気味にカイルの頭を殴ることでリュウセイはとりあえずその怒りを収めた。
そして、巨大になった黒龍に向かい、脇構えの姿勢をとる。
一方カイルは、戦いのどさくさに紛れてリュウセイを殴ることを心に誓い、フェルプスの炎を大きくした。
「ぶっとばすっ!!!」「ぶった切る!!!」
「ガァァァァぁァァァぁァァァぁァァァぁァァァぁァァァぁァァァぁァァァぁァァァぁァァァぁァァァぁ!!!!」
黒水と、雷と炎が、激突する。
――――――――――――――――――――
「おぉ……」「なんと美しい……」
人々の口から一番先に出たものは、感嘆だった。
大海の王者のその存在に……圧倒されていた。
「ママ!!」
「ああ、セーラ!!!」
その海龍の頭からセーラは母の元へ泳ぐ。
二人の間に具現化された水の道を辿って……二人はしっかりと抱き合った。
「全く……心配かけさせるんじゃないよ……っ!
あの大馬鹿から余計なところだけ引き継いじまって……!」
「ごめん……ごめんなさい……っ!!」
「……いいや、本当は……私らの方が……悪いさね……!
アンタが、謝ることなんか……ないんさね……!」
セーラは母の腕の中で、もう一度心配をかけたことを謝る。
今更ながら、後先考えずに行動を起こしていたことを……見えなくても感じる母の震えから……セーラは感じていた。
海龍――レヴィはその光景を少しの間、目を細くして眺めてから……鎌首をもたげて、ヴェンティアの〝街〟と向き合った。
『聞け、人間。今からそなたらにやってもらうことがある』
その海の波のような気風漂う声で、一気に人々は静まり返った。
『今、この場にいる全員……このヴェンティアの民全員で、魔力を全て大気に放出するのだ。
私はその大気に漏れ出した魔力を利用し、あの黒龍を討つ。
もし、放出量が足りなければ黒龍に殺されると思え。
そなたらの力に……全ては懸かっている』
レヴィはそうして目を閉じた。
それ以上は語る必要はないというように。
レヴィの薄い、三対六枚の翼が光を放つ。
魔力の光が糸を為し、翼を紡いで大きな一対の翼を形作る。
神秘的な光景だった。
そしてそれ以上に……圧倒された。
感じる圧力が――覇気とも呼ぶべきものが強くなった。
迸る〝強者〟の波動に当てられ、ヴェンティアの町民は……レヴィの言葉に従うことを……決めた。
町長が、まず膝を付いた。
手を顔前で祈るように組み、その全身から青色の魔力光が溢れ出る。
そして、町長についで後ろの町民も……その後ろの町民も……膝を付いて魔力を解放する。
その一人一人が覚悟を持って、
もう道を踏み外さないように、
恥じない〝自分〟になるために、
祈り……願う。
セーラとレイラも、最後に膝を付く。
二人分の青色が、大気に流れていく――。
――ぴゅぅい……。
これが……始まりなんだ。
もう皆は覚悟を持ってる。
後は……あの黒龍だけなんだ!
レヴィ様……お願いします。
私達に……やり直す機会を下さい。
どうか……今まで踏み出せなかった一歩を踏み出すために……背中を押してください。
広場が、青い光で満たされていく。
種族的に水属性を持つものしかいない魚人族と人魚族の魔力光が……大気に還元されていく。
……否。
大気に還元などされていない。
魔力は……レヴィに向かって流れている。
まるで捧げた祈りが具現化したように、放出した魔力がレヴィの身体に吸収されていく。
ここで一つ、〝竜〟と〝龍〟の違いについて説明しておこう。
一言で言ってしまえば、それは【能力】の違いである。
竜の場合、クリスタルを介在させることなく、むしろそれよりも高い変換効率で魔法を放つ【能力】。
それが竜の【息吹】
一方、龍の場合、彼らは大気中に存在する魔力と、自分自身の魔力を混ぜ合わせることができる。
つまり、属性を掛け合わせることはないが、意味合い的には合成魔法を使えるということなのだ。
魔力と魔力の併用は言うなれば足し算。
それに対し、魔力と魔力の合成とは掛け算のようなもの。
元々多い龍の魔力が、跳ね上がる。
さらに、龍の場合はそれをすればするほど身体能力も強化される。
なんとも規格外な【能力】だ。
だが、普段はその【能力】を限界まで発動させることは出来ない。
何故なら、龍の魔力と比べて、大気中の魔力の方が少なすぎるからだ。
龍が全力を出すには、仲間に必要な量の魔力を放出してもらうか、元から魔力の濃い地帯に行くしか無いのである。
今回は仲間の龍の代わりとして、ヴェンティアの町民に魔力を放出させているのだ。
普段は翼までしか変化しない龍の全力を呼び醒ます為に。
それは龍の覚醒。
その全力の形態こそが〝龍〟なのだ。
一人、また一人と、魔力を放出しすぎて倒れていく。
ヴェンティアの街の人口はおよそ三千人。
その魔力の総量は果たして……
『よくやった、人間……〝ヴェンティアの民〟よ』
レヴィが、蒼の鎧を身に纏った。
全身を余すところなく、壮麗な蒼が包む。
顔も、尾も、翼も、その全てが蒼で覆われる。
鋭く洗練され、磨きあげられた鎧。
荒々しい海流そのものを、そのまま鎧に押し込めたようだ。
猛々しく、それでもやはり、なお美しい。
その全身の蒼の鎧は騎士の風体を感じさせた。
しかし、それは騎士ではない。
威厳溢れ、畏怖を感じさせるその姿は断じて騎士ではない。
……そう言えば、龍の【能力】の名前を語っていなかった。
この世における最強のモンスター、龍の【能力】は――
『【龍醒】!!!!!!』
海の王者が……目を醒ました。
――――――――――――――――――――
「ガァァァァぁァァァァァァァァァァァァァァァぁ!!!」
「七星流・陸の型・天満星!!!」
「プロミネンス・マグナム!!!」
先程よりもさらに大きくなった黒龍の水の魔法に対し、二人は攻撃をもって応戦する。
現在の黒龍の大きさは……このヴェンティアの街の四分の一ほど。
大きい、では足りない。巨大だ。
海龍という種族でありながら、〝山〟と称される地龍と並ぶほどの大きさを黒龍は手に入れていた。
「ハッ! 図体ばっかの木偶の癖に魔力だけは一丁前だなぁ!!!」
「プロミネンス!!」
カイルが放ったプロミネンスは黒水を纏った黒龍の尾によってあっさりと払われた。
「うげぇ……」
「ガァァァァぁァァァァァァァァァァァァぁ!!」
黒龍が吼え、黒水を身体の周囲に球体で浮かべる。
空中に浮かんだ数十もの球体は、再び黒龍が吼えた後、四方八方全方位に水流となって放出された。
「うおっ、フレア!!」
「くっ、ふざけやがって!!」
襲いかかってきた軌道の予測がし辛い水流を、それぞれの方法で耐えつつ、反撃に移ろうと魔法を構えたその瞬間、
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
目の前の黒龍のではない……力強く、身体が揺さぶられるような咆哮がカイル達の元に届いた。
壮麗な蒼の鎧を身に纏い、現れたレヴィは黒龍に比べて小さな体躯を捻って、尻尾を振るう。
振るった尻尾の先からレヴィは大気中の水分に干渉し……さらにそれを媒介として黒水に魔力を流し、放たれた黒水を元のヴェンティアの水に戻した。
「なんつー、魔力だよ……っ!」
リュウセイは思わず息を呑む。
レヴィが放つ濃厚な魔力の気配はリュウセイが今まで出会った誰よりも大きく感じる。
そこに存在するだけで、萎縮させられる。
敵ではないと分かっていても、だ。
同時に、リュウセイは高揚を感じていた。
高揚……リュウセイの心臓が大きく躍動する。
身体中を巡る血液が……沸騰したように騒ぎ立てる。
――何だ、これ。この感覚は、一体……?
思わず胸に手を当てたリュウセイ、そしてカイルの横を【龍醒】を完全に発動させたレヴィが、語りかけながら通っていく。
『待たせたな、後は私に任せろ』
レヴィは、自分の数倍の体格の黒龍に対して何の躊躇いもなく向かっていく。
黒龍は自分に向かってくるレヴィに対し、唸りながら、鋭い尻尾で串刺しにすべく動く。
その槍のように放たれた尻尾を……レヴィは苦もなく避けた。
『遅い』
「ガァぁ!!?」
意趣返しとばかりにレヴィは、避けた尻尾に対して鞭のように尻尾を叩き付ける。
レヴィが軽く放ったその一撃は、重いものを片方に乗せすぎた天秤の如く黒龍の体勢を崩す。
自分の前に倒れ込んでくる黒龍を前に、降り下ろした尻尾を、大きく身体を捻り、回転も加えながら鋭いアッパーを放つように振り上げた!
「ガッぁァ!!!?」
あっさりと、空高くに黒龍は吹き飛ばされる。
まるで相手にならない。
これこそが、龍。
これこそが、王なのだ。
外法によっていくら姿形を真似ようと、体格を大きくしようと、魔力を上げようと、筋力をつけようと……そんなものは鈴に金メッキを施したようなものだ。
見てくれがいくら似ようとも、本物の金には及ばない。
そんな偽物の力では龍には届かない。
偽物で取り繕った強さは〝龍〟によって剥がされるのだ。
圧倒的な力で、圧倒的な魔力で、圧倒的な格で、王はただ、偽物に見せつける。
「ガァぁァァァァァァァァァァァァぁァァァァァァァァァァァァぁ…………!!!」
黒龍は、そんな事実は認めないとばかりに――まるで元となったバットような態度で――息吹の構えを取る。
集まっていく。
ヴェンティアの水が、黒く染まっていく。
『この街は……これから変わっていく。
一度は踏み外した道を正すため、彼らは死力を尽くした……』
レヴィも息吹を構える。
集まっていく。
ヴェンティアの水に、託された想いを乗せていく。
澄んだ水が、レヴィの口腔に溜まっていく。
街中から水流が幾本も立ち上ぼり、二頭の龍に向かっていく。
この街全ての水が、圧縮され、凝縮されて球を形作る。
二頭の口に溜められた水はギリギリと音を立てて渦巻く。
押し込められた水が、荒れ狂う波となる。
これが、最後の攻撃。
これで、決まる。
ヴェンティアの街から水が失われる。
水上都市と名を馳せるヴェンティアから全ての水が二匹の龍によってかき集められ、剥き出しの石壁が晒される。
そして、二頭はその最後の一滴を吸い込み――
「ガァぁァァァァァァァァァァァァぁァァァァァァァァァァァァぁァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアあアアアアアアアアアアアアアアアあ!!!!!!!!!!!!」
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
放った――!!
解き放たれた黒と蒼が一直線に相手に向かう。
大気を裂き、空間を突き抜けながら、進む。
矢のように、槍のように。
空を駆ける水の音が響き合い、そしてちょうど二頭の間で二つの息吹は激突した!
水飛沫が、舞う。
毎秒数トンもの量の水の激突は、轟く程の衝撃と水をヴェンティアの空に振り撒く。
拮抗している。激突点から、両者の息吹は動かない。
魔力を使い果たしたヴェンティアの町民は……固唾を飲んでその激突を見守っていた。
しかし、レヴィは全く慌てない。
レヴィは、息吹を吐きながら、魔法を使って声を出す。
柄にもなく、人間臭いことをするものだと思いながら、彼女は言葉を紡いだ。
『この〝街〟の想いが、この息吹には乗っている。
それぞれの覚悟がこの息吹には込められている――!
形だけを真似たそんな魔法に私の息吹を貫けやしない!
これで……終わりだ、バット!!』
レヴィの言葉に呼応するように、翼が大きく開き、身体を覆う蒼がますます大きく光輝く。
それと同時に息吹の勢いが増し、瞬く間に黒龍の息吹を押し返した!
そして……黒を蒼に塗り変えながら勢いをどんどん増していくレヴィの息吹は、黒龍を捕らえた。
「ガァっ、あァァァアアアアアアアアアアあ!!!!!!!!????」
「ガァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
ヴェンティアの全ての水が息吹となり、黒龍を穿つ。
圧倒的な水圧で、魔法で、黒龍は飲まれていく。
レヴィの息吹は数億もの細かい針を打ち付けるように黒龍を物理的に削る。
止めどなく、止まることのない息吹。
そして、断末魔の叫びと共に、黒龍は消えた。
一片の肉片すら残さずに。
塵さえも残らない圧倒的な力。
それこそが龍の真骨頂。真髄だ。
だが、今回ばかりは……
「勝った……のか?」
「終わった、の?」
「勝ったんだ……!! 俺達が!!」
「全部、終わったんだぁ!!」
「やった……やったぁぁぁあ!!!!」
「生きてる、私達生きてるっ!!!」
その手柄は、〝ヴェンティア〟のものだ。
町民全ての歓声でヴェンティアの街は振動する。
生きている喜びと、勝利の歓喜がヴェンティアにこだまし続ける。
すると、黒龍に放った息吹の水が、雨のようになってヴェンティアに降り注いだ。
そこに太陽の光が差し込み、光が水と水の間で反射する。
幾重にも重なりあった光は色を為し、形をな為す。
大きな……虹となって。
勝利の余韻に浸る〝ヴェンティア〟の街に虹がかかる。
それはきっと天からの手向け。
自らの誤りを認め、覚悟を決めた町民に対する手向けだ。
罪は消えない。ヴェンティアが犯して来たことはこれからも決して消えやしない。
しかし、それでも償いは出来るだろう。
今度こそ〝自分〟に恥じないように。誇れるように。
虹はそれからしばらくの間、悠然としてヴェンティアの街に掛かっていた――。