第六十九話―海の王者
カイルはセーラと海龍の間に立つ。
フェルプスを展開し、翼を生やしたカイルの戦闘準備は万端だ。
【泡沫】も発動させ、空気の泡で頭を覆ったカイルの顔は――少しばかり剣呑なもの。
先程の放送はカイル達の耳にも届いていたのだ。
だからセーラがどんな気持ちでいたのかも……何となく分かっているし、誰が元凶なのかも……カイルは理解していた。
「もう“大丈夫”だ。セーラ」
自分の母に言われたようにカイルは再び大丈夫、と口にする。
振り向いてセーラに向ける顔はいつものように何も考えてなさそうな気を抜けさせる顔。
あまりに日常なその顔で、セーラは不思議と落ち着き始めていた。
「海龍を吹き飛ばすとは……貴様が懸賞金三億の有翼族……カイルだな」
バットは見下した表情でカイルを見る。
そしてカイルの魔具を観察し、それが火属性の魔具だと分かると、気持ちの悪い笑い声を上げた。
「クヒッ! 火属性とはなァ……!
この海中において炎で海龍と戦おうなど……くフヒ!
貴様は馬鹿かァ?」
魔法自体はどんな空間であろうと発現させることは出来る。
今のカイルなら完全な炎の再現も可能であるし、本物の炎以上の温度を出すことすら容易い。
だが、付帯する現象は確実に弱まってしまう。
“熱”という火の特性は魔法が高密度であればあるほど再現され、本物をも越えていく。
しかし、周囲の海水がその“熱”を奪ってしまうのだ。
結果、カイルはいつものように魔法を使おうと思っても、いつもより多く魔力を使わなくてはならないのだ。
「関係ねぇよ」
カイルはしかし、不敵に笑う。
まるでこの状況が何でもないかのように。
「俺の魔力は底無しだからな」
フェルプスから炎が吹き上がり、薄暗い部屋を照らして海水温を上昇させる。
カイルにとって、魔力の消費が激しいことなど何の問題でもなかったのだ。
海中で赤々と燃え上がる炎に照らされたカイルを見て、バットは鼻で笑う。
「随分と威勢がいいようだが……所詮は人間の範疇ゥ。〝龍〟には到底、届かんなァ。
絶望的な力の差を見せてやろォ……!」
バットは右手を振り上げ、見るものを不快にさせる笑みを浮かべた。
バットが右手を上げるのと同時に、海龍は頭を上に向け、海龍の翼が蒼く輝く。
三対六枚の透明な翼から糸状のものが伸び、葉脈のように絡まりあう。
その様子はまるで合成魔法。
巨大な紋様にも見えるそれらはやがて一つの大きな翼を作り出し、その輝きが増していくと、海龍の牙の隙間から魔力光が漏れ始めた。
巨大な魔力に水がうねり、ある一点に――海龍に集束されていく。
肌で感じるその濃密な圧力は部隊長にもひけを取らない。
「あ、ああっ、あれは……!!」
セーラがその海龍の様子を見て身体を震わせる。
海の王である海龍の魔力に当てられている上に、その圧倒的な破壊の魔法の知識を持ってしまっているが故だ。
――で、でもっ、か、カイルが居る!
カイルが大丈夫って言ったんだ!
友達は信じる! それが〝私〟!!
「うーん、こっちか? いや、こっちの方が……」
「って何やってんの!?」
カイルは部屋を物色していた。
もっと具体的に言えば、部屋に置かれた人の頭ほどある火のクリスタルを両手に持ち、その大きさを比べていた。
その行動に意味を見出だせないセーラは恐怖も忘れて思わずツッコんでしまう。
「んーっ、こっちの方がデケェか」
そんなツッコミを意に介さず、カイルはクリスタルを選び終わり、満足気な顔をする。
セーラの頭にはクエスチョンマークが踊るばかりだが、その疑問が解決される時間は無さそうだった。
「やれェ、海龍。
〝息吹〟だァ!」
バットが、手を降り下ろした。
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
のけ反るような体勢だった海龍が一気に倒れこみ、息吹を放つ!
それは龍や竜が扱うことの出来る圧倒的な破壊の力。
これこそが、この世で最強と言われる龍族の代名詞とも言える技だ。
海中で放たれる水の息吹は周りの海水を突き抜けながらカイルに迫る。
水とは言ってもそれは息吹。
受けてどうなるかなど……火をみるよりも明らかだ。
だが……
「このサイズならちょっと強めでも問題ねぇな」
カイルは水中にクリスタルを置き、拳を引く。
その瞳に、まるで恐怖は写っていない――!
「クリスタル・キャノン!!!!」
普段は掌よりも小さなサイズのクリスタルで放たれるその技は、元となるクリスタルが大きければ大きいほど、その威力を増す。
しかしその分一気に大量の魔力を必要とするという難点もある。
人の頭ほどのクリスタルを一気に暴発させるほどの多大な魔力……
しかしカイルはそれを容易く実現して見せた!
弾丸ではなく砲弾。
比べものにならない熱線が海龍の息吹に向かっていく。
ドォォォォォォォォォォォオン!!!!!
轟音、爆発、熱波、水流、蒸気、魔力……
激突の余波は凄まじく、龍宮城が吹き飛んでしまうかと錯覚するほどだ。
実際、この部屋が封化石で出来ていなかったらそうなっていただろう。
セーラはその激突の余波で吹き飛ばされて壁際まで追いやられてしまった。
そして、余波が完全に収まったとき、セーラの目に入ってきたのは無傷のカイルと翼が元に戻っている海龍、そして海龍によって守られていたバットだ。
「嘘……火の魔法で……しかも海中なのに、海龍の息吹を相殺したの?」
信じられない、という顔でセーラはカイルを見る。
たった一人の人間が龍と張り合うなんて……にわかには信じられない。
そんなことが出来るのは帝国の部隊長くらいだと……セーラはそう思っていた。
「カイルさんはそれよりも強いですよ」
「ぴゅいっ?」
振り向けば、そこにはユナがいた。
そのユナはセーラが知っている狐の獣人ではなく、ただの黒髪が美しい少女。
だがセーラはそれがユナであるとすぐに分かった。
途端、セーラの胸は罪悪感で締め付けられる。
「ユナ……私……」
謝らなければいけない、謝罪の言葉しかセーラの中にはなかった。
しかしユナはその先を言わさずにそっとセーラの頭を撫でる。
「その先は言わないでください。
セーラさんは結局わたし達を守ろうとしてくれたじゃないですか。
見ていてください。カイルさんの戦いを。
今度はわたし達が友達を……セーラさんを守ります」
ユナは優しくセーラに笑みを浮かべる。
セーラはその言葉に大きな涙を目の端に浮かべた。
何もかもを知って、それでも友達だと言ってくれたことは、何より、救いだった。
セーラはぐしぐしと目を擦ってからカイルの方を見る。
すると今まさに、カイルと海龍がぶつかり合うところだった。
「プロミネンス!!」
「グルアァァァァァァァァ!!!!!」
半円状の炎と、水流の槍がぶつかり、再び爆発を起こす。
カイルはその爆発に乗じ、海龍に向かって突貫していった。
翼をヒレのように使って泳ぎ、海龍のアゴの下を目指すカイル。
僅か数秒でそこに到達したとき、カイルは大きく腰を捻り、両手を腰に構えていた。
それはすなわち、ヨークタウンでウィルを下した技の構えだ。
「フレイムバースト!!!」
「ガァッ!!」
それは海龍のアゴに見事にヒットし、吹き上がる炎の奔流が海龍を追撃する。
海龍は豪火に焼かれながらその蛇のような鋭い瞳で忌々しくカイルを睨み、牙を噛み締めた。
そして鋭く尖った尻尾を技を放った直後のカイルに向かって小刻みに素早く突き出す。
尻尾が前へ動く度に小さな水流の槍がバリスタの弾のように鋭く、まっすぐにカイルの方へと飛んでいった。
「がっ……!」
そして、その内の何本かはカイルに直撃しカイルを吹き飛ばした。
そのままカイルは反対側の壁にまで飛ばされ、勢いよく壁に叩きつけられる。
「がはっ!」
ここまで十秒も経っていない。
だというのに、この戦いは常人の域を遥かに越えていた。
セーラはおろか、バットでさえも、上手く状況を飲み込めないようだった。
カイルは肺の辺りを右手で押さえながら――海龍から目を離さずに立ち上がった。
『そなた……本当に人間か……?』
と、この場にカイルでも、バットでも、ユナでも、セーラでもない声が流れる。
海の音に逆らうことなくむしろ同調して聞こえるような声にセーラとユナは辺りを見渡す。
一方、カイルはじっ、と海龍の方を見て……
「なんだお前、喋れたのか」
と、呟いた。
『喋れる訳ではない。水を振動させ、それを言葉としているだけ』
「んー、よーするに話せるんだろ?」
『まぁ、そうなる』
それを裏付けるように会話をする二人(?)。
その超常の光景にセーラとユナは魚のように口をパクパクと動かして、震える指で海龍を指差す。
「「しゃ、喋ったぁぁ!!??」」
『いや、喋れはしない、話せるだけだ』
海龍の突然の告白にセーラ達が驚く中、バットが額に青筋を浮かべた。
「何を遊んでいるんだァ、海龍………!!
さッさとこの男を仕止めろォ……!!!
貴様の娘の命はこの俺様が握ッていることを忘れるなよォ……!!」
バットが指を鳴らすと、首に巻かれた小さなモンスターが苦しそうに震え始めた。
それを見た海龍が慌てるような仕草を見せ、バットに牙を向ける。
『止めよ!!!』
「ならば、早く始末することだなァ。俺様は気の長い方じャあない」
グルルル、と海龍はバットを睨むがすぐにその視線を反らし、カイルの方へとその視線を向けた。
『そなたに恨みはないが……すまない』
「問題ねぇよ、それに俺は……敗けねぇし」
ビリビリと、肌を刺すような緊張感。
迸る魔力と殺気。
言葉を交わそうが海龍側にどんな事情があろうが、カイルはセーラを守るために殺す気で海龍と対峙する。
それは海龍も同じだった。
『行くぞ』
海龍の三対六枚の翼が息吹を放つ時のように巨大な一対の翼の様相をとり、その形態を保ちながら海龍はカイルに向かって突進する。
そのスピードは先程とは比べ物にならない。
瞬く間に海龍はカイルとの距離を詰め、体当たりを食らわせる。
「ぐっ……!!」
カイルは腕を交差させてその突進を受け止めるのが精一杯だった。
後方に吹き飛ばされ、また壁に叩き付けられる。
肺の中の空気が吐き出され、軽くむせるカイルだが、海龍の攻撃はまだ止まない。
海龍は小刻みに尻尾を突きだし、水流の槍でカイルを追撃する。
その槍一つ一つが先程よりも鋭く、速くなってカイルを穿つ。
「んなろぉっ!! フレア!!」
カイルはフレアによる爆発でその槍に対する防護壁とした。
展開する前に何発かはもらったが、どうということはない。
炎が壁の役割を果たしている内に、すぐさま射線を離れる為に上へ移動するが、そこには海龍が先回りをしていた。
「なっ!?」
「ガァア!!」
鞭のように尻尾をしならせ、カイルを床に叩き付ける。
しかし、カイルからすればそれは鞭というよりハンマーで殴られた衝撃に近い。
その上、海龍はまだ、攻撃を止めるつもりはないようだ。
海龍の口内が蒼く輝く。
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
息吹!
ダメ押しの攻撃はカイルのいた場所をピンポイントで撃ち抜いた。
バットはカイルが息吹を直接受けたのを見て、ニンマリと笑う。
しかし、バットの予想とは違い、ブレスが終わった後に、立ち上がる人影があった。
「……馬鹿な」
頭から血が出て、他にも傷はたくさんあるというのに、カイルはあっさりと立ち上がったのだ。
「流石に効くぜ……」
『そうは見えんが……なっ!』
長い尻尾を使い、今度は左から右への横方向でカイルを打ちつけようとする。
カイルはそれに対して……逃げない。
どっしりと構え、両手に流線型の巨大な炎を具現化させた。
「コロナ・ツインズ!!!!」
カイルは炎を灯した両手を使って迫り来る海龍の尻尾を殴りつける。
異なるベクトルの衝撃がぶつかり合い、そのエネルギーはゼロになった。
驚く海龍やバットを尻目にカイルは次の動作に至る。
「プロミネンス・マグナム!!」
右足に込められた灼熱の弾が海龍に向かって解き放たれた!
カイルと海龍では、大きさの比率で考えれば人間とハエ程の差がある。
人間がいくらハエにぶつかられようとも対した衝撃は感じないし、海龍もこれまでそうだった。
だが……
「ガァッ!!!?」
一寸の虫にも五分の魂。その身に宿る力は十分に龍に届く!
「追加だ、いくぜ……!!」
カイルはポケットから通常サイズのクリスタルを十数個取りだし、水中にばらまく。
それを見た海龍の方も牙を鳴らし、水中に槍を作り出した。
だが、その数は数十ではとても追いつかない……!!
数百にも及ぶ水の槍が、海龍の周囲に現れた!
「クリスタル・バレット――乱れ射ち!!」
「ガァァァァァァァァァァァ!!!」
カイルがクリスタルを全て同時に蹴り砕き、海龍に向かってその数に見合うだけの熱線を放つが、物量が違う。
あっという間にクリスタル・バレットは水の奔流に飲み込まれてしまい、カイルに水槍が襲いかかった。
「フレアっ……!! っだらぁ!!!」
水槍が触れる寸前でカイルは再びフレアを放って防御膜とし、さらに足元で爆発を起こして水槍を厭わずに海龍に向かって進む。
防ぎきれない槍など構わず、ただまっすぐにカイルは進む。
右手には巨大な流線型の炎。
それは従来のそれよりもはるかに大きい。
普段の倍は確実にあるそれを、カイルは海龍の胴体部分に向かって叩き込む!
「コロナ・フルバースト!!!」
……が、それは海龍に届かない。
その蛇のような胴体を器用に捻ってカイルの直線攻撃から外れた海龍。
そして捻った状態を利用し、自分の身体をムチのようにしならせて、カイルを尻尾で打ちつけた。
「うっ……くっ……!!」
カイルは……飛ばされない。
飛ばされるのとは反対方向に炎を噴射し、その攻撃を真っ正面から受け止めていた。
衝撃を逃がすことなく、自分の肉体で海龍の遠心力や体重を加えた衝撃を全て受けきったのだ!
あまりに無謀で命知らずなその行為に海龍は硬直してしまい、カイルに攻撃の隙を与えてしまう。
「コロナ……フルバースト!!!」
「グガァアァァァァッッ!!?」
今度こそ完全に決まったその技は海龍の巨体を吹き飛ばす!
巨体が部屋の奥の海中へと飛び出し、岩場に激突する。
舞い上がった土煙は視界を、海龍を隠した。
カイルは、今の攻防で受けたダメージで目眩を感じ、地に足をつける。
「ってぇ……割りに合わねぇな。これじゃ」
何度か直撃を貰ったカイルの身体は傷だらけで、明らかに与えたダメージよりも受けたダメージの方が大きい。
客観的に見てこのままではいずれ耐えられなくなるのはカイルの方だ。
しかし、カイルは笑う。
敗けが明らかに見えたとしても、打たれ強さには自信があるのだ。
耐えきれなくなるまで戦って削りきれなければカイルの敗けだが、耐えきれないなどとはカイルは微塵も思っていない。
目を閉じ、カイルは意識を自分の内側に集中させる。
魔力はまだまだあるし、痛みだって耐えられる。
まだ……戦える!
グッ、と拳を握りしめて気合いを入れる。
――ビックバンでどこまで削れるか……やってみるか。
ダンゾウを仕止めた現在カイルが扱える最大威力の魔法。
自身にもダメージは来るが、その威力は身をもって立証済みだ。
そうと決めれば巻き添えを受けないようにユナ達には安全圏へと避難してもらわねばならない。
そう思ってカイルは後ろを振り返る。
ユナ達に対して魔法の余波を受けないように逃げとけ、と口にしようとして……止まる。
止める。
なぜなら、ユナの顔が異常だったから。
白い肌はさらに幽霊のように白くなり、瞳の端には涙が浮かんでいる。
両手を口に当てて、信じられないものを見るかのように目を見開いていた。
浮かぶ表情は困惑――恐怖。
そしてそれは、セーラも同じだった。
二人とも、声にならない掠れた声を上げ、一点を見つめる。
そしてカイルも……その視線を追った。
…………見た。見てしまった。
見つけた。見つけてしまった。
確認した。確認してしまった。
認識した。認識してしまった。
晴れた土煙の中、漂う三つの人影を。
それは、カイルとユナがよく知っている人物だった。
『おー、お前、強いやんけ』
小さな小さな身体の魔具職人ジャック。
泡はちゃんと展開しており、全身に傷跡が見えるが、息はあるようだ。
辛うじて……だが。
『なぁーにやってんのよ』
だが…………
『ほら起きなさい』
だが…………だが…………
『『麗しのお姉さまがお目覚めの魔法をヤっちゃうわよ?☆』』
だが…………だが…………だが…………!!!
残りの二人は………二人の姉は……!!
フィーナと……マリンは……っ!!!!
「ぁ……」
掠れた声が自然と出てしまう。
走馬灯? いや、違う。
たが……思い出は、否応なく走り抜けていく。
ぽっかりと、二人の胸に開いた巨大な穴を……小魚が通り抜けていった。
「クヒひヒヒ!!! そォかそォか!
貴様らは同じ反乱の仲間だッたなァ!!
ソイツらは貴様らが来る数分前にこの俺様が始末したァ!!!
自分からこの場所にやッて来やがッたから、望み通りに俺様が殺してやッたんだよォ!!」
カイルがぼんやりと動く。
震える身体で、躊躇いながら……その光景を否定しながら、にじり寄っていく。
「ぁあァあアぁアァ!! イイ塩梅だぞ有翼族!!!!
その悲壮に歪んだ顔!! 顔! 顔!!
最ッ高だ!! 悲しいかァ!!
悔しいかァ!! 残念だッたなァ!!
もう……手遅れなんだよォ!!!!!!」
吹き飛ばされていた海龍が動く。
茫然とするカイルをその尻尾の一撃で吹き飛ばす。
カイルは強く壁に叩き付けられた。
「ぁアハァ゛あ!!!
イィぞォ、海龍!! そのまま息吹だァ!!」
放たれた息吹が容赦なくカイルを撃ち抜いた。
カイルは……抵抗らしい抵抗も見せずにそれを受ける。
痛みなど、感じていないように。
それよりも……痛いことがあるかのように。
カイルの目はただ、二人の姉を……姉だったナニかを……写していた。
息吹が止み、カイルが床に落ちる。
セーラもユナも……それをただ見ていることしか出来ない。
バットの嫌な笑い声だけが、海中に響いていた。
「これで残りは〝流星〟だけだなァ……!!
クヒヒ! クヒひヒひ!!!!
あァ楽しみだァ!!
どんな顔に歪むんだろうなァ!!!!」
何も語らないマリンとフィーナが波間に揺れる。
海龍の尻尾に貫かれたと見える穴は大きく、誰がどう見ても致命的だった。
手遅れ。
バットのその言葉は……重く、虚無感を植え付ける。
もう助からないのだ。
もう……終わってしまったのだ。
ゆらぁ……、とカイルが起き上がった。
『まだ立つのか…………、っ!!?』
カイルが立ち上がり、俯いていた顔を僅かに上げた瞬間……
海龍が、怯えた。
身を竦めて、恐怖を露にした。
海の王者である海龍が怯えるという異常事態。
それは……海が枯れるより、あり得ないと思われている。
しかし、ユナもセーラも……バットでさえも……それを現実のものだと認識できた。
その恐怖が、本物だと……!!
理解できた。
いつものカイルではなかった。
目が……赤く染まっている。
エメラルドのような、澄んだ美しい緑色をしていた瞳が……赤い。
炎のように、赤い。
翼が大きくなっていき、まるでカイルを呑み込んでしまうようで……
カイルが……侵食されているようだ。
そして感じる圧力は――違う。
こんな圧力、人間に出せるものじゃない。
あの時……リュウセイがさらなる変化を遂げた時と……似た圧力。
違うのは……その圧力の質。
迸る感情を圧力に乗せて威圧している。
それこそ、どうしようもない思いを八つ当たりするように。
カイルは変化を続けていく。
『こ、これは奴と同じ……っ!?』
海龍の声が海を伝っていくが、それは誰の耳にも止まらない。
「キュァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」
そして変化も半ばで、カイルの慟哭にも似た叫びが海中に響き渡る。