第六十八話―セーラの覚悟
すいません完全に忘れてました……
曜日感覚が……すいません言い訳です。
―――ぴゅう……本当にこれで良いのかな。
さっきリオネから……カップルを一組、街外れの岩場に誘い込んだって連絡があった。
そこでカップルはモンスターの襲撃を受けて動けなくなっている予定。
私はそれを……生け贄として海龍のところに持っていこうとしている。
これで私は……生け贄を免れる。
皆……私が生きることを望んでるんだ。
もう11年も、そうやってこの街は成り立ってきたんだ。
だから、悪くない。だから……私は……。
ぴゅぅ……でも、私の変わりに殺される人にも、家族がいて、友達がいるんだよね。
もし私が殺される人の友達なら……
嫌だよね。そんな理由で殺されちゃうなんて。
私は友達を失うなんて……考えたくもない。
リオネや他の友達とも……ずっと一緒にいたい。
居なくなるなんて嫌だ!
死んじゃうなんて嫌だ!
死にたくないよ!
多分、リオネ達も同じ気持ち。
ママも、街の皆も、私に死んで欲しくないと思ってくれてる。
皆……私が死ぬことを嫌だと言ってくれる。
だから、私は悪くないんだ。
私は……皆を悲しませちゃいけないから……生きなきゃいけないんだ……。
私は生け贄に指名された一週間、ずっと考えてた。
そもそも、私が生け贄制度のことを知ったのはほんの最近のことだった。
16歳の誕生日。
人魚族として成人したその日。
私はこの街の真実を知った。
何だか夢みたいな話で……信じられなかった。
自分が誰かを……なんて考えたら怖くて怖くて仕方なかった。
そして……自分には関係のない――遠い出来事なんだと思い込もうとした矢先、私は生け贄に選ばれてしまった。
いつものようにリオネ達と遊んで家に帰ると、家に町長のルーカスさんが来ていてママが泣いていた。
なんとなく、分かった。
ああ、私、選ばれたんだな、って。
私は何もしなかった。
一週間、誰もいない廃れたプールの底で、ずっとずっと……考えてた。
私の代わりに、生け贄として人を差し出すことについて。
これは仕方のないことなの?
私は誰かを殺さなきゃいけないの?
どうするのが……正しいの?
分からなかった。
私には答えが出せなかった。
自問自答をひたすら繰り返してた。
何も解決にならないそれは、私の精神の安定をギリギリのところで保っていたんだと思う。
期限を次の日に控えたあの日も、私はプールの底で考えていた。
皆心配してくれてた。
リオネも……無理矢理に事情を聞いて私のところに来てくれた。
生きてって、言ってくれた。
その日に、予想外の出来事があったわけだけど。
久し振りに、遊んだなぁ……。
マリンやフィーナ、ユナと……とっても楽しい時間だった……。
外の人と遊んだのは本当に久し振りだった。
でも、だから……
罪悪感が、沸き上がってくる。
結局のところそれなんだ。
それのせいで……私は踏ん切りがつかないんだ。
誰かを犠牲にして生きるという罪悪感が……あの日からずっと、死神のように私の後ろにへばりついていた。
ああ、でも、もうダメだ。
どれだけ罪悪感を感じても、どれだけ悩んでも、答えは結局出なくて時間だけが迫ってくる。
死にたくない。
でも殺したくない。
二つの感情が次々と入れ替わって……何も出来なくなる。
でも結局……リオネからの連絡を受けて私は行動している。
他人を犠牲にして生きようとしている。
流されるままに、動いてしまった事態に自分で何を決めるでもなく決行しようとしている。
……クマノミみたいだ。
自分だけじゃ満足に生きられない魚。
自分だけじゃ……何も決められない私。
イソギンチャクの中で生活する魚。
動く事態の中で流されるままの私。
隠れて、逃げる……私。
カクレクマノミの……私。
「ぴゅ、着いた……」
重く感じる尾びれを動かして、私はリオネの言っていた岩礁地帯を泳ぐ。
ここに……二人、倒れてるハズ……
どこに……あれ? 何、このにおい?
何か焼いて………………………っ!!!?
いいにおいに釣られて水面から顔を出した先にあった光景に私は恐怖した。
怖かった。ただ、恐ろしかった。
すぐに海中に潜った。
この巡り合わせを、私は心の底から恨んだ。
何で……?
何で……カイルとユナがここにいるの!?
リオネが誘い込んだ私の代わりって……もしかしてあの二人なの!?
「ふー、食った食ったぁ……」
どうしよう……どうしよう……!
二人とも気絶もしてないし、襲っていたハズのモンスターはカイルのお腹の中。
それ以前に……私は二人を……生け贄に差し出すの……?
また、分からなくなった。
一体私は、どうしたらいいんだろう。
「それで、そんなところでなにやってんた?
セーラ?」
「ぴゅいっ!?」
「はいっ!?」
ぴゅっ、うわ、ぁぁ……。
気づかれた!
びゅううううう……ど、どうしようどうしよう……
「あ、あのっ、あのねっ! 私っ、友達からユナ達がここに行ったって聞いて……ここはモンスターが出るからそれで……危ないよって……言おうと……」
ぴゅっぅうう……。
言い訳しちゃった……。
どうせ本当のことは言えないけど、心がチクリと痛んだ。
「大丈夫ですよ、おかしいのはカイルさんですから」
「おい」 「ぴゅ?」
私の言い訳にユナが反応したけどちょっとよく分からなかった。
どうしよう……。
カイル達を……生け贄に――!。
ああ、でも……でもっ……!
だけど……
死にたく、ないなぁ……。
「あ、あのっ!」
ごめん……ごめんね……!
私……皆を悲しませたくない……!
ママやリオネの悲しむ顔なんて……嫌!
だから……だから……
「あの……ね」
私は逃げた。
決断の理由を皆に押し付けた。
それが……楽だから。
カイル達を……生け贄にすることに……ぴゅう。
ごめん……ごめん。
「二人が着けてるペアリングって……」
ごめん……ごめん……ごめん……!
「魔具、なんだよね」
私はズルい。
死にたくないから二人を生け贄にしようとしてる。
こうなるのは分かってたはずなんだ。
結局どれだけ悩んだところで死の恐怖には逆らえない。
葛藤も……無意味なんだ。
だって、皆やってるから。
皆やってて……だから私もそうやって生きる。
死にたく……ないから。
「【泡沫 】だから、水の中で呼吸が出来るようになる……から、ね」
私の代わりに生け贄になって、とは言えなかった。
ぴゅう……ぴゅ……
どのみちリオネからの連絡がなかったら……私は多分カイル達の誰かを生け贄に差し出していただろう。
だってママは……そのつもりで皆を家に泊めたんだから。
……泣いちゃいそう。
泣く資格なんかないのに。
私なんかが泣いたって……しょうがないのに。
ぴゅう、ダメ、泣いちゃダメ。
私は酷いやつだから、泣いちゃダメ。
「ついて、きて」
その僅かな言葉と小さな声を残して私は海に潜る。
頬を撫でていく海が、私の涙を拭いてくれた気がした。
――――――――――――――――――――
ふと、後ろを振り返ると二人がいなかった。
しまった……ついつい、いつものペースで潜っちゃった。
どうしよう……。
少し考えて、私はよくリオネ達と遊んでいたサンゴ礁で二人を待つことにした。
あそこなら、潜ってくる二人を見逃すこともない。
なんだか、少し懐かしいな……。
リオネ達と……よくここで遊んだなぁ。
また……遊べるよね……。
私は……死ぬわけじゃないんだから……。
「ぴゅっ、ぅぅ……」
泣いちゃ……ダメなのに……。
私は酷いやつだ。
なのに……こんな……ダメだよ。
パパ……私、どうしよう……どうしたらいいの?
「うはー、やっと追いついた!
速すぎだぜセーラ!」
「ぜぇ……ぜぇ……か、カイルさんも……は、速すぎ……です……!」
ぴゅっ! しまっ……
「いやー、ったく人魚族ってほんとに速え……ん、なんだセーラ、お前……泣いてんのか?」
見られた……見られ……ちゃった。
ぴゅう、ダメ。
二人には涙の理由なんて知られたくない。
「ぴゅいっ、あ、あの、ごめん、ちょっとパパのこと……思い出してたんだ」
「パパ? なんかあったのか?」
「……11年前に、死んじゃった」
いつもの漁で運悪くモンスターに襲われた。
って、私は教えられてた。
でも、現実は違った。
帝国の支配を拒んで……パパは戦ったんだ。
たった……一人で。
「……どんな、お父さんだったんですか?」
「なんて言えばいいのかな。
思い出が一杯で……でも、私はパパが大好きだった。
それだけはハッキリ……言えるよ」
私はパパっ子だった。
いきなり、死んだって言われたときは泣き叫んだっけ……。
「俺もさ」
カイルが遠くの海面を見上げて私に語りかけた。
「五歳の時に父さんと母さんが死んじまったんだ」
ぴゅっ……!? カイルも……?
「カイルさん……」
「母さんの口癖っつーのかな、『大丈夫』っていつも言ってくれるんだ。
初めての狩りのときも、風邪で寝込んでるときも、母さん自身が怪我したときも……俺はさ、その言葉にすごく安心するんだ。
すげーんだ、本当に。
例え何があっても、俺はその言葉で本当に大丈夫になっちまう。
死んじまった今でも……その言葉は俺を大丈夫にしてくれる。
親って……ほんとすげぇよな」
「……うん、そうだね。
パパは口癖っていうのはないんだけど、でもね……一つ、強く私の記憶に残ってる……言葉、が……」
私の脳裏に焼き付いている言葉がある。
パパが死んでしまったあの日。
パパが死んでしまったと知らされたあの日の言葉。
寝ぼけ眼をこする私にパパは膝を曲げて、私と視線を合わせたんだ。
私を覗きこむ海のように深いパパの瞳と一緒にその言葉が、その思い出が……記憶の底から浮かび上がってきた……!!
『セーラ、よく聞け。
これから先、どんなことがあっても自分を信じろ。
自分自身を、信じろ。
お前が信じるお前を信じろ。
パパはこれから……〝パパが信じてるパパ〟の、思うがままに行動する。
無謀だと人は言うけど、〝パパ〟はそんな言葉じゃ諦めたくない。
そんな言葉で諦めるほど、〝パパが信じるパパ〟は弱くないんだ。
パパは〝パパ〟の思うままに、自分に恥じない行動をする。
だから……セーラも……自分を誇れるように生きていくんだ』
『ぱぱ……どこか、いくの?』
『……ちょっと、大物を捕りに出かけてくる!』
『そっか、がんばってね、ぱぱ!
いってらっしゃい!!』
『ああ、いってくる!』
そうだ……!! そうだよ……!!!
思い出した、思い出した!!
パパの、最期の言葉を!
私に伝えたかった想いを!
〝私が信じる私〟
〝私〟なら、人を生け贄にして生きようと思う?
違う……! 違うよ!!
流されるままに行動しちゃいけないんだ!
自分に恥ずかしいことはしちゃいけないんだ!
〝私〟は、友達を生け贄になんて差し出さない!
「ごめん!」
「おいっ!?」 「セーラさん!?」
ごめん皆! ごめんママ!
こんな聞き分けの無い友達で!
こんな聞き分けの無い娘で!
それでも私は〝私〟を信じてるから!
どんどんと冷たくなっていく海水が私の熱い心を止めようとしてくる。
まるで海が私を死なせたくないみたい。
でもね、決めたんだよ。
私は一人で行く。
無駄だって言われても、私はそう決めたんだ!
やっと、自分自身で決めたんだ!
「ぴゅううううううううううう!!!!」
気合いを入れてさらにスピードを上げたところで、見えた。
海底に堂々と構える城。生け贄の運ばれる場所。
“龍宮城”が。
――――――――――――――――――――
赤い色の球状に研磨された人の頭くらいのクリスタルが松明代わりに並べられた廊下を泳ぐ。
炎が出るわけでもなく、薄ぼんやりとした魔力光が龍宮城を妖しげに照らしていた。
まるで地獄への入り口だ。
それでも後悔はない。
私は〝私〟の想いに従っただけなんだから。
とうとう扉の前に辿り着く。
龍の装飾の施された重厚な扉はまさに地獄の門。
私はそれを躊躇うことなく開けた。
木造の船が軋むような音。
扉が開かれた先に……いた。
ママが言ってた……この街を支配している帝国の役人。
レッドリップド・バット。
無駄に豪華な装飾の服を着て、そして首にはウツボみたいなモンスターを巻き付けていた。
廊下を照らしていたのと同じクリスタル以外には何もない……とても広くて殺風景で……奥の壁の一面は取り払われて海が丸見えな部屋。
その真ん中でバットは、玉座とも呼べそうな――本人と同じく装飾過多な椅子にふてぶてしく腰かけていた。
「貴様は……ああ、今回の生け贄か」
にやり、と笑った。
頬杖をついて浮かべる嗜虐的な笑みに背筋がぞくりとして、肝が冷える。
「おや、代わりはどうした、小娘?」
さっきよりも酷い笑みを、私に向けてくる。
でも、強調して言われたその言葉に対する怒りで、私は縮こまっていた自分の意思を奮い立たせた。
「代わりなんていない!
私は一人でここへ来た!」
バットの目が興味深そうに持ち上がって、ククク、と喉の奥から笑い始めた。
「クク、そうか……一人か……。
この町に来て随分と経つが……一人で来た者は始めてだな。
小娘、一人で来ることが意味するところが何か……分かっているのだろうな?
貴様は、この海龍に食われるということだぞ?」
視界が黒くなった。
そう感じるのも無理はない。
だって今まで見えていた海が……バットの言葉に呼応して現れた一匹のモンスターによって遮られてしまったから。
細長い……蛇のような身体。
細いといっても、その太さは私が三人いてもなお余裕のあるもの。
海に溶け込むような蒼色の強い蒼緑の鱗が淡い光に照らされて神秘的に煌めく。
頭から先の尖った尾にかけて伸びる鬣は淡い緑色。
そして……背中に生える三対六枚の翼。
トビウオのような翼は向こう側が透けて見えるほど薄いけど、海に同化するような蒼一色のその翼は……例えようもないくらいに美しかった。
これが……海龍。
「ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
「ぴゅぅ………ぁ……」
咆哮。
水を叩くような轟音が放たれ、その迫力に気圧さたセーラは思わず自分を抱き締める。
それは海に住む者にとって抗えない恐怖。
海の王者を前にセーラは本能的に恐怖していた。
―――怖い……勝てない……!
無理だ……こんなの……人に勝てる相手じゃない……!!
「クヒッ! ああ、良いぞォ、小娘ェ……!
そうだ、もッと恐怖しろ! 泣き叫べ!
死にたくないと、海の底を這いずり回れェ!
その顔が、その悲鳴が……最高だァ……!」
口から涎を垂らして、バットは目を見開く。
セーラのことを食い入るように見つめるその姿は……端的に言って狂っていた。
―――怖い……!!
やだ、やだよ……。
「ああァアぁアあ!!!
イイ!! いいぞォ!!!
その絶望にまみれた顔!!!!
やはりこの街は最高だなァ!!!!!」
低く唸り続ける海龍にセーラはとうとう踞ってしまい、そのセーラの姿を見てバットが叫ぶ。
怯えさせ、押さえつけ、恐怖させることによる快感を、彼は全力で感じていた。
―――怖い……怖い……怖い……!!
どうしよう……こんなの……どうすれば……
絶望にセーラは呑み込まれそうになる。
暗くて、冷たい絶望に沈んでしまいそうになる。
その時、彼女の脳裏に浮かぶのはやはり父の姿。
信じろという、父の言葉だ。
―――パパ……。
そう、だ……これが、私が……〝私〟が決めたことなんだ。
勝てなくたっていいんだ。
私は海龍を倒しにきたわけじゃないんだ!!
私はユナ達を死なせたくない!!
私はここに殺されに来たんだ!!
友達を守るために来たんだ!!
そう決めたんだ!!!
踞ったままのセーラが絶望に沈んでいると思い込んだバットはさらに悦を深め、手首に巻いた時計に手を伸ばす。
「クひヒッ!
この街の初めての生け贄だ。
断末魔くらいはこの街の奴等にも聞かせてやろうか!
クフヒッ! くヒヒ!!!
よかッたなァ! 俺様が寛大な支配者で!」
キィ――――ン
放送の合図が鳴り響くが、セーラは全く動じなかった。
それどころか、彼女はゆっくりと立ち上がり、決意のこもった瞳でバットを見る。
―――ああ、調度いいや。
皆に何も言わずに死ぬのは、ちょっと心苦しかったんだ。
私は死ぬ。
でも、それは〝私〟が決めたこと。
それを皆に伝えなきゃ……!!
セーラはそれから海龍の方を向き、大きく息を吸い込んだ。
「私は死んだって構わない!
友達を生け贄にして、生きたくなんかない!
さぁ、海龍!! 私を食べてよ!!
それで今回の生け贄は終わり!!
ユナ達を生け贄になんてさせない!!」
海龍に向かって、セーラは叫ぶ。
想いの丈を、〝セーラ〟を、叫ぶ。
予想とはまるで違うセーラの様子に、バットは酷く動揺した。
「なッ……貴様、死ぬことが怖くないのか!?」
恐怖を感じているはずなのに、セーラに宿った強い覚悟にバットはたじろぐ。
「怖いよ!!
今だって、泣きそうで仕方ない……!!
死にたくない!!!!
もっと皆と一緒にいたい!!!
でもっ、それでも……折角出来た友達を!!
ユナ達を生け贄に差し出すなんて出来ないよ!!
私は私を信じてる!!
〝私〟は友達を生け贄に差し出すような人間じゃないって!!
私には海龍に勝てるような力なんて無い!!
それでもっ、勝てなくたって守れるんだ!!!
ユナ達を死なせたりなんて絶対にさせない!」
はぁ、はぁ、とセーラは息を切らす。
言いたいことを全て吐き出したのだ。
不思議と、セーラの顔には微かな笑みが浮かんでいた。
―――もう、大丈夫……。
私は、ユナ達を守れたんだ……。
なんの偽りもないその真摯な言葉にバットは黙っていた。
バットにとって、自分の予想通りに絶望しない人間は初めてだった。
彼にとっての人とは、自分に畏怖し、怯え、恐怖するだけの、自己を満足させる為だけの存在だったのだ。
思い通りにならない……。
それは支配欲の強いバットを腹を立たせるものに違いなかった。
だが………!
バットの笑みは、再び大きく弾けた。
「クヒッ! クヒヒヒッ!!!!
ケッサクだ!!!
素晴らしいぞ小娘ェ!!!!
その自己犠牲の精神、今まで他人を生け贄に差し出しまくッてきたこの街の住人にはさぞ心に染みたろォ……。
俺様もそんな人間を見るのは初めてだァ。
だが!!!
残念だッたなァ小娘ェ!!
貴様の言うユナという娘は闇属性だ!!
さらには帝国に仇す輩と行動を共にしている!!
既にそいつらを捕らえる命は出してある!
貴様が生け贄になろうがなるまいが、結局奴等は死ぬ!!!!
クひヒヒッ!! くフヒひヒッ!!!
貴様は犬死にだァ!!! 小娘ェ!!」
セーラの顔が再び深い絶望に染まった。
バットが何を言っているのか分からなくて頭が真っ白になる。
自分が死んだところでユナ達も殺される。
セーラの覚悟を踏みにじるようなその言葉で、恐怖を痩せ我慢していた彼女は絶望に沈んでしまった。
「そ、そんな……そんなことって……」
「ぁあァあアアぁァあ!!!!!!!!!!
イイッ!!!!!!!
イイぞォッ!!!!!!!!!
絶望しているな!!! イイ顔だ!!
素晴らしい!!!! 最高だ小娘ェ!!!
クフヒヒヒヒヒ!!!
最高のショーを見せてくれて感謝するぞ!
さァ、海龍!!!
望み通りこの小娘を食らッてやれ!!!」
海龍が、動く。
大きな牙が……セーラに迫って………!!!
「い、イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
「クフヒヒヒヒヒヒヒひヒヒひヒヒひヒヒひヒヒひヒヒ!!!!!!!!」
―――そんな……いやだ!!!
死にたくない!!!!
死にたくないよぉ!!!!
海龍は大きく口を開け、セーラを飲み込もうと凄まじい勢いで水中を突き進んでくる。
セーラは逃げようとするも、恐怖で一歩も動くことが出来ない。
その顔は絶望に染まり、バットの哄笑が海中に響く。
一瞬、そして……
海龍の口が、閉じられ――!!
「コロナァッ!!!!!!」
その時、一筋の炎が海龍を襲った。
水中にも関わらず、赤々と燃え上がる炎が海龍を穿ち、部屋の外の海へ弾き飛ばす。
バットも、そしてセーラも、その超常の光景に無意識の内に吐息とも取れる微かな疑問の声を溢す。
二人がそれぞれ状況を計りかねていると、赤々と燃え上がる炎が小さくなり、中から一人の男が姿を現す。
空気の泡で顔を覆い、手と足に鋼鉄のような魔具を装備して、背中には……一対の翼。
プラチナブロンドの髪が海中になびき、エメラルドのような緑眼が光る。
先程会った獣人の友の姿ではない……だが、驚くほどに酷似している。
そして、その男の声を聞いた瞬間、セーラはその面影を確信することになる。
「もう“大丈夫”だぞ、セーラ!!!
後は俺に任せろ!!!!」