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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第三章~絶対強者との邂逅~
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第六十六話―デ、デデデートですかっ!?

後悔はしていません。


 






「なぁユナ、デートしようぜ」



 カイルは、唐突にユナにそう言った。



――……はい?



「ん? 聞こえなかったか? デートしようぜ」



 なっ、ななな……!!!



「だからデートしよ――」


「三回も言わないで下さい!!!」



 一体どうしたと言うのでしょう。

カイルさんから……デ、デデ、デートのお誘いがありました。




 現在はセーラとカイル達が出会った昨日から一日経った朝。

ユナは恐らく残っているであろう汚れた食器を洗おうと早起きしたが、既に全てキレイに洗われていたので、箒を手に掃除をしていた。

その最中の、出来事である。



――というか、え、これはアレなんですか?

カ、カイルさんはもしかしてその……わた、わたしのことが……?


 いやいやいやいやいや! ないです! ありえないです!


 だってあのカイルさんですよ?

人の話を聞かない理解できない何でそうなるのバカイルさんですよ?


 そんなカイルさんがそんな……そんなこと………



「あ、あのっ、カイルさん、は、わたしのこと……ど、どう思ってるんですか?」



 ふ、ふわぁぁぁ!!?

なに言ってるんですかわたし!!

なんていうことを口走っているんですか!?


 とんだ勘違いもいいところです!!

カイルさんは仲間ですよ!!

仲間なんですよーっ!!?

なのに、なのにこんなこと言ってぇ……。

一体どうやって収集をつければ……。


 い、いや、待て、待つのですわたし。

カイルさんがデートに誘うなんて……そんなことはよく考えなくてもありえません。

さっきそう思ったじゃないですか。


 きっと、そう、マリンさん達の差し金です。

あの二人はわたしが慌てふためいているところを見て楽しんでいるに違いありません!


 そんな手には乗りませんよ!

カイルさんはこのわたしの計算し尽くされた質問に、きっとトンチンカンな答えを返してきます。

それでいつも通りの日常が戻ってくるはずです!


 もしくはインプットされたような定型文です、好きだぜ……み、みたいな言葉を……。


 き、きゃぁぁぁぁぁ…………、は、恥ずかしいです!

定型文でも恥ずかしいです!

ヤバイです! どうしましょう……!


 いえ、いえいえいえ、もう一度冷静になって下さい。

カイルさんがそんな難しい指令を達成できますか?

いいえ、断言できます。


 無理です。絶対に。


 三行以上の指令はカイルさんは実行することは出来ません。


わたしをデートに誘う。

どう思ってる、と聞かれる。

好きと答える。


 やりました!

ギリギリ三行です!


 わたしは勝ちました!



「ユナのこと? 

うーん……どう思ってるって聞かれてもなぁ……」



 ふふん、わたしの守りは磐石です。

どんな言葉を言われても絶対に負けたりなんか……!!!



「守ってやりたいやつ……かな」



 ……ふにゅぅ。




――――――――――――――――――――





 ……………っは!!

あ、あれ……? わたしは何を……?

いつの間に街に出たのでしょう。

驚きです。驚愕です。


 ここは……どこでしょう?

人がたくさんいます。

あ、看板がありますね……えぇと……



〝恋人達の夢の国☆らぶらぶ愛ランド♪〟



 …………………………………………………………

……………………………………………………………

……………………………………………………………


 あー、えー、はい。

少し現実逃避をしてました。

なんでわたしはこんなところに居るんでしょうね。

なんでわたしは水着を着ているんでしょうね。

まぁ、この街を移動するなら水着を着ている方が便利なのでそのことはあんまり気にしなくてもよさそうな気もするのですが……


 う~~~ん……ダメです。

記憶がありません。

羞恥心で記憶って……無くせるんですね。

……はぁ。


 ええ、思い出しましたよ、思い出しましたとも。

わたしとカイルさんはデ、デート中です!


 ええ、デート中ですともっ!

それの何がいけないって言うんですか!



「おいっす、お待たせ」


「ひゃうん!?」



 い、いきなり肩を叩かないで下さい!

ビックリするじゃないですかぁっ!



「なんでそんな睨むんだよ……」


「に、睨んでませんっ!」


「いや、だってよ……」


「に、睨んでないと言ったら睨んでないんですっ!」



 赤くなってもいませんからっ!



「んー、まぁいいや。デートを楽しもうぜ」


「は、はいっ! 

ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いしますっ!!」



 こうなったら開き直ってやります!

デート……どんと来いです!!

相手はどうせカイルさんです!!!

その辺の雑草と同じなんですっ!!!

緊張する必要なんてありません!!



 今度こそ負けませんからっ!!















「らぶらぶスライダー二名様入りまーす。

安全のため、大好きな相手と恋人繋ぎをしてからお乗りくださーい」


「なぁ、恋人繋ぎってどうやんだ?」


「手と手を絡ませるように彼女さんの手を握ってあげてください」


「こうか?」


「はい、そうです。

それではらぶらぶスライダー、いっきまーす!」


「ふにゅうぅ……」







「恋人なら答えられて当たり前!

常識三問クイズーー!!!

それでは第一問、彼女のどこが好きですか?」


「作ってくれるメシがうめぇよなぁ……」


「ベタ! だが、それがまたいいですねぇ!

第二問、彼女が泣いている!

あなたはどうしますか!」


「あー、前は背中を貸したな。

泣きたいときは泣かせてやるのがいいんだよ」


「素晴らしい答えです!

それでは最終問題! あなたにとって彼女とは?」


「俺にとって……? んー、まぁ、大切なことには違いねぇかな。

今まで辛い思いをしてるから、俺はこいつを絶対に一人にさせたくない」


「だ、そうですよ彼女さん! 愛されてますねぇ!!!

全問正解により、ヴェンティア名物、水饅頭をプレゼント致します!

またお越しください!」


「ふ、ふわぁぁ……」








「さぁ、彼氏さんに目隠しが施されました!

真の愛があるなら、目なんて見えなくても彼女がどの人か分かるはず!

目の前の五人と順番に握手して、彼女さんを見分けて下さい!」


「これがユナだな」


「な、なぁんとっ!

握手することなくっ、彼女を見つけ出したぁっ!

これは一体どういうことだぁっ!?」


「においで分かった」


「流石は獣人族! 素晴らしい嗅覚だぁっ!

ちなみに、彼女さんのにおいはどんなにおいだったんですかぁっ!?」


「どんなって……ユナのにおいを嗅いでたら……なんか、落ち着くんだよ。

リラックスできるっつうか……ずっと嗅いでいたいにおいだ」


「エクセレント! 理想的な答えだぁっ!

それでは正解したので、このヴェンティア名物、水羊羹をプレゼントします! またお越しください!」


「ふ、ふにゅぅぁぁ………」







「さぁ、始まりました、らぶらぶレース!

速さと愛を競うこのレース!

イチャつきながらどれだけ速く泳げるかが肝となります!

それではっ、スタートっ!」


「うおおおおおおおおりゃぁぁああああ!」


「おおっとぉ!? なんとあの獣人族の選手!!

彼女をお姫様だっこで抱えながら水の上を走っている!!

そして、そして………んゴォォルッ!!!

文句なしの一位です!! 彼には優勝商品としてヴェンティア名物、水のペアリングをプレゼント致します!」


「ふ、ふぁっ……ぅぅ……」







「このらぶらぶレストランではお二人のらぶらぶ度合いで出されるメニューが変化します」


「具体的に何すりゃいいんだ?」


「とりあえず彼女さんを抱き締めてあげて下されば料理を提供させて頂きます」


「これでいいのか?」


「はい、結構でございます。

それではお席に案内致しますのでこちらへどうぞ」


「ふみゅぅぅ……」












 あ、侮ってました……!!

ただのデートだと……思っていました……!

〝恋人達の夢の国☆らぶらぶ愛ランド♪〟……行く先行く先になんて恐ろしい罠が仕掛けられているのでしょう……!!

マズイです。このままでは負けてしまいます。


 

「ユナ、次はどこいく?」


「ふぇっ!?

あ、か、カイルさんに任せますっ!」



 と、とりあえず何か対策を練らないと……これ以上はマズイです。

わたしの体力が持ちません。

こんなテーマパークにいたらいけないんです。

普通の、普通の場所ならっ、きっと大丈夫なんですっ!!



「お、んじゃあこれにすっか」


「はい、二名樣ですね、それではこちらへどうぞ」



 よし、そうですね。

とりあえずこの場所が終わったらカイルさんに移動するように言いましょう。

さて……なんて言いましょうか。

カイルさんが相手ですから……あまり理屈はこねなくて大丈夫でしょう。

静かなところに行きたいとでも言えばきっと……



「それではどうぞ」

 


 どうぞ? 一体何をですか?

ちょっとだけ考え事をしていたので全然話を聞いていませんでした。

それにこの店は何の………





 不意に視界が塞がりました。

あれ、カイルさん……何を……?











 そして唐突に唇に何かが触れる感触。



 わたしは、カイルさんにキスされました。




「んむっ、んぅぅうううう!?!?!?」



 ファーストキスは甘酸っぱいなんて誰が言ったのでしょう。

味なんてないじゃないですか。

唇と唇が触れただけ。

感触的にはそれ以外何もないです。


 でも…………キスした、という事実。

生々しいリアルな唇の感触。


 それだけで、わたしの心はどうにかなってしまいそうでした。


 目の前にはカイルさんの顔。

こんなに近くで見るのは初めてかもしれません。

じっとわたしを見つめる緑の瞳。

宝石のように、海のように澄んだ瞳に目を見開いて驚いているわたしの姿が写ります。


 恥ずかしくてたまりませんけど、驚きと衝撃の不思議な感覚が、混乱したわたしを繋ぎ止めて思考をぼんやりと紡いでいます。


 カイルさんがわたしから離れていきます。


 わたしに残ったのは混乱と羞恥と、唇の上の感触の残り香だけ……。



「はい、結構でございます。それではこちらをどうぞ」


「おう」



 辛うじて繋ぎ止めといる思考でわたしは頼り気なく口を動かしました。

多分、静かで人気がないところに行きたい、とかそのようなことを口にしたんだと思います。


 それを聞いた店員さんは赤くなる……というよりは青くなり、震える声である場所を教えてくれました。

普段のわたしならきっとそれを不審におもったでしょうけど、今のわたしはそんなことを考える余裕はありません。



 ほんと、どうしてしまったんでしょうね。


 












 







――――――――――――――――――――





 ああ、静かな波音が心地良いです。

カモメも気持ち良さそうに鳴いています。

青い空、白い海、そしてこの岩礁地帯には人っ子一人いやしません。



 まったく、あの店員さんも乙な場所を教えてくれたものです。

横にはカイルさん。二人っきりです。

最高のシチュエーションですね。



 ……どうしましょう。



 どうしましょうどうしましょうどうしましょう!!

お、落ち着いてきたらやっと恥ずかしさに実感がでてきました!

わ、わたっ、わたひっ、カイルさんとキッ、キスっ、キスをっ……!!


 き、きゃぁぁぁ………


 そ、それにそれにそれに!!!



「あ、あの……か、カイル、さん……ちか、ちかひれす……」


「ん? どうしたんだ?」


「い、いえ……」



 近いです近いです近いですっ!!!

ピッタリとくっついてるんですーっ!!!

岩の上で寄り添うなんて……そんなっ、そんな……はわぁぁぁぁ!!!!!


 刺激がっ、刺激が強すぎます!!


 か、顔を向けられたら何も言えないじゃないですかぁ……!

だって……思い出しちゃうんですもん……!

ほんの数瞬の出来事のはずでしたのに……!

か、感触とか……なんでこんなハッキリ……!!


 でもきっと、カイルさんはわたしのことが好きだとか、そういう気持ちからああいうことをしたんじゃないと思うんです。


 それが少し、チクりと心を刺します。


 でもキス自体には悪い気持ちはしてません。

はわわわ!! なに考えてるんですかわたしぃっ!!!


 ダメですダメっ!!

煩悩退散! 煩悩退散っ!!




「おい、ユナ……」


「ひゃ、ひゃいっ!!」



 カ、カカカカ、カイルさん!?

ど、どうしたんですかそんな真剣な顔で!?

ま、まさかここで!?

いや、確かに人の気配はないですけどでもそんな……!!

まだ早いっていいますか段階があるっていいますか……



「……囲まれてる」



 きちんとした順序を……へ?



「一、二、三……か」



 カイルさんの視線を追っていくとそこにはモンスターがいました。ウミウシの形をした体長一メートル弱のモンスターが……三体。

どうしてこんな街中で……ってここは街中なんでしょうか?

振り向いてみると背後にはヴェンティアの街並みが……。


 はい、ここは街外れの穴場、というやつだったんですね。

人目に付かない良い場所ですけど、その代わり多少の危険があったようです。

ここまで歩いたのに記憶がないなんて……わたしは本当に……はぁ。


 まぁ、それは今はいいでしょう。



「……カイルさん」


「問題ねぇよ、すぐ終わらせる」



 問題があるから声をかけたんですよ。



「【能力】を使っちゃいけないこと、忘れてませんよね?」


「……あ」



 やっぱり忘れてました。

でも、この程度のモンスターなら翼を出さなくたって……



「「「キキィィィィィィッッ!!」」」


「プロミネンス!!」



 カイルさんがフェルプスを展開し、軽くジャンプして、回し蹴りと共に円上に炎を飛ばします。

もちろんわたしは屈んでいます。


 チラリと屈んだまま横目で観察すると、ウミウシは糸を吐き出していましたが、あっさりとその糸は炎によって溶かされ、ウミウシ自体もこんがり焼き上がりました。



「こいつらって食えるかなぁ……」



 たん、と着地したカイルさんの開口一番の言葉です。

何だか、軽くため息が出てしまいました。



「……食べようと思えば食べれますよ」


「マジで!!?」



 内蔵は毒ですけどその他の部分なら……わたしはあまりオススメしませんけど。


 ……ああ、もう分かりましたよ。

そんな目を向けないでください。

分かりました、分かりましたから。

食べたいんですね、コレ。


 ……まぁ、大した調理は出来そうにないですけど火と塩味だけでなんとかなりますかね?













「ふー、食った食ったぁ……」



 さ、三体とも食べちゃいました……。

ちゃんと調理してないので美味しいものではないはずなんですけど……。

まぁ、カイルさんですし……。


 

「それで、そんなところでなにやってんだ? セーラ?」


「ぴゅいっ!?」


「はいっ!?」



 カイルさんがお腹を擦りながら声をかけるとセーラさんと思わしい声が海の中から聞こえてきました。


 じっと海面を見ているとおずおずとした調子でセーラさんが顔を出しました。



「あ、あのっ、あのねっ!

私っ、友達からユナ達がここに行ったって聞いて……ここはモンスターが出るからそれで……危ないよって……言おうと……」



 セーラさんが顔を俯かせてしまいます。

……ああ、なるほど、そういうことですか。

忠告しようと思ったらそのモンスターを食べてたから、出てくるタイミングを見失ってたんですね。



「大丈夫ですよ、おかしいのはカイルさんですから」


「おい」 「ぴゅ?」



 これは魔法の言葉ですね。

原因は全部カイルさんです。

全部カイルさんのせいにすればみんな幸せです。

あながち間違ってもいませんし。



「あ、あのっ!」



 セーラさんがわたし達に背を向け、少し強い口調でそう言いました。



「あの……ね」



 今度は弱くなりました。

どうしたんでしょう?

なんだか昨日と比べて様子が変ですね。

元気がないというか歯切れが悪いと言うか……。


 

「二人が着けてるペアリング……って」



 ああ、これですか。

これはあの恐ろしい場所の景品……っは!



「ちっ、違いますよセーラさん!

これは、その左手の薬指に着けてますけど、決してあの……そういう意味じゃ……!」


「魔具、なんだよね」



 わたしの慌てた様子にも、セーラさんは反応しませんでした。

背を向けたままです。

淡々と話を続けられました。

それはそれでいいですけど、なんかわたしだけ慌てて釈然としませんね。



「【泡沫うたかた】だから、水の中で呼吸が出来るようになる……から、ね」



 へぇ……これって【能力】のある魔具なんですか。

それを景品でくれるなんて……随分と太っ腹なんですね。



「おぉー、なんだこれ」



 どうやらカイルさんは【能力】を発動させてみたようで頭をシャボン玉のような膜で覆われています。

確かに、水中で呼吸もできそうですね。



「カイルさん、わたしのもお願いします」


「あいよ」



 カイルさんがわたしの手を取ります。


 っは!! いけませんいけません!!

煩悩退散っ! 煩悩退散っ!!


 これは単に【能力】を発動させるだけの行為なんですから。手を取るのも自然な行為です!


 

「ほらよ」


「あ、ありがとうございます……」



 わたしの顔の周りにも膜が出来ました。

つついても割れません。

絶対に割れないシャボン玉……といったところですかね?

わたしがそれに気をとられているとセーラさんが深呼吸をする音が聞こえました。



「ついて、きて」



 短い言葉でした。

 その言葉を言い終わると、ちゃぷん、とセーラさんは静かに海の下に入ってしまいました。

その様子にわたし達は首を傾げますが、着いてきてと言われたんです。

行かない訳にはいきません。


 わたし達も大きくジャンプして海の下へと潜り込みました。



「これは……」



 海の下に潜って、その視界に写る光景にわたしは思わず息を呑みます。

わたしの目に飛び込んできたのは巨大な塔。

海中にあるものを塔と呼んでいいのかは分かりませんが、巨大な円柱状の建築物がどこまでも海中に向かって伸びていました。


 海上都市ヴェンティア。


 それはほんの表面を形容しただけのものだったようです。

その塔の頂上の……海面に出ている部分こそ、わたし達がヴェンティアと呼んでいた都市。


 ちらほらと、魚人族マーマン人魚族マーメイドの方が見えます。

ここに住んでいるのでしょうか。



「おい、ユナ。見失っちまうぞ」



 カイルさんに言われてはっとします。

そうでした、わたし達はセーラさんについていくために海中に飛び込んだんでした。

セーラさんはわたし達の方を見ることなく、海中深くに潜って行っています。



 



「行くぞ」


「はい」



 わたし達はセーラさんを追いかけます。


 深く……深く……塔の根元に向かうように。


 海の底に、向かうように――





――――――――――――――――――――





「〝闇属性〟……〝流星〟……〝睡蓮〟……それと小人族ドワーフと有翼族、全員がこの街に入り込んでいるようです」



 男は、水晶に向けて話しかけていた。

趣味の悪い金の装飾が過分に施されたコートを脂と粘膜で覆われた身体で羽織っていて、首にはマフラー代わりとでも言いたげな蛇のような生物を巻かせていた。

半ば飛び出したギョロついた目に、物理的な意味でエラの張った顔……魚人族マーマンだった。



ただ、闇属性と小人族ドワーフのみ生かすべし。他は証拠を残し、ついには殺せ』



 水晶が淡い光を放ち、【テレパス】によって遠方の声を男に伝える。

男は、暗に示された他の者は殺す前は好きにしてよいという言葉に下衆い笑みを浮かべた。



「御意に」



 水晶が光を失い、【テレパス】が切れる。

男は与えられた指令を全うするために、再び水晶を光らせた。



『こちらヴェンティア町長ルーカスでございます。

何用でございましょうかレッドリップド・バット様』



 男は考える。

この自分の言いなりになる街の住人を使ってどんな理不尽な命令をしてやろうか。


 支配欲の強いこの男は、自分より弱く、自分に従うことしかできないヴェンティアの住民が大好きだった。

自分の一挙一動にビクビクして、畏れ、敬う。

まさに王になったような気分。

このヴェンティアという街が自分の掌の上にあるという快感。

苦渋に舌を噛み締めながらも抗えない同種の愚民達を嘲笑うことを考えると心が踊る。


 ああ、いいことを考えついた、と男は口元を歪ませた。



「この街に大物の賞金首が六人、入り込んだ。

全員をこの私の前に連れてこい。


 さもなくば、貴様ら街民の子供、百人の命は消えることになる」


「なっ……!!!」



 動揺の声。男の笑みはますます深まる。

その脅しを実行できるほどの力が、自分にはあり、それを思う存分欲望のままに行使することができる……この街は、この男にとっては楽園だった。


 そして唐突に【テレパス】を切る。

これで、あいつらは賞金首を連れてくるしかなくなる。

そうしなければ、子供の命はないのだから。

親の目の前で子供を惨たらしく殺すのもアリだが……その機会はまた、いずれ。


 男は泣き叫ぶ誰かを想像し、満足気な表情で備え付けのソファに腰かける。


 それが賞金首だろうと、この街の住民だろうと……男の欲は満たされるだろう。

下劣な男の哄笑が、海中で響いていた。




 

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