第六十五話―人魚族の少女、セーラ
ふと、気が付いたらこの小説も一周年……早いですねぇ……。
今後とも、CAILをよろしくお願い致します。
「ヤバイやん、なぁ、これどないすんの!?」
「フィーナさん……マリンさん……!!」
浮かび上がってきた白目を剥いている人魚の少女を前にしてユナとジャックは狼狽える。
そしてユナは非難がましい目線をマリン達に向け、向けられた方は乾いた笑みを浮かべていた。
「「はは……まぁ、ドンマイあたしたち」」
「揃って言わないでください!!!
っていうかこれ本当に大丈夫なんですよね!?」
ユナが心配そうにその少女の手を取る。
後ろにもっと酷い状態の水死体が二つ浮かんでいるというのに、どうしてそちらに気を配ってやらないのだろうか。
背後の二体は、そう主張することもできずにただぼんやりと海面に浮かぶのだった。
「んーでも、まぁ多分大丈夫、かにゃ。フィーニャ、お願い」
「あいあい、お姉ちゃん」
フィーナは魔力を足場にひとっ飛びで陸に上がり、置いてあるポーチから植物の種を一つ取り出して戻ってくる。
「それは何ですか?」
「気付け作用のあるものよ」
フィーナが指揮棒を振るとその種から芽が生え、茎が伸び、さくらんぼサイズの黄色い実をつけた。
フィーナはそれを一粒むしると、躊躇なく気絶した少女の口の中に放り込む。
するとすぐさま、その効果は現れた。
「ぴぎゅぅっ!?!?!?」
人魚の少女はビックリして飛び起き、水上二メートルまで跳ねる。
明らかに劇物を飲ませていた。何をやっているのだこの双子は。
少女はたっぷりと空中浮遊を堪能し、落ちてきたところを双子にキャッチされた。
ぽすん、と気持ちいい音を立てて少女は腕の中に収まり、まるで母親に抱かれる赤ん坊のような状態だ。
「「はーい、おはよう。調子はどうかしら?」」
双子はにこやかに笑いかけるが、人魚族の少女は状況が理解できないようで、大きなオレンジの瞳をぱちくりと瞬かせる。
と、二度目のぱちくりが起ころうとしたとき、少女は酸っぱいものを食べたときのように口をすぼめた。顔も歪んだ。
「ぴゅっっっっっ!?!?」
「「ああ、吐き出していいわよ」」
少女はその言葉に従って口の中にあった実をぷっ、と吹き出す。
どうやらフィーナが飲ませた気付けの実は強烈な酸味のあるものだったらしい。
……それだけの表現で足りる酸味とは思えないが。
少女はマリンとフィーナの腕をすり抜け、水中で口をブクブクさせてゆすぐ。
しばらくして酸味が口からとれたからか、時間がたったからか、少女はようやく状況を思い出し始めたようだ。
「ぴぎゅぅぅ……確か私、このプールの底で考えごとしてたら……鼻にハリセンボンを入れられたみたいな感覚の後……目の前が暗くなって……」
少女は考えを言葉にしながら何があったかを思い出しにかかる。
その時、双子の目が悪そうにキラリと輝いた。
「そう、あにゃたはそこで意識をうしにゃった」
「そこを助けたのが」
「「あたしたちにゃのよ!!」」
言っていることは大体合っている。
が、その意識を失う原因もまた、この双子なのだ。
記憶が曖昧なことを利用し、自分達に都合のいいように情報を誘導する双子に、ユナはジト目を向けた。
「ぴゅいっ!?」
人魚の少女は双子の情報操作に見事にしてやられたようだ。
……単純な――いや、純粋な子のようである。可哀想に。
「そ、そうだったんだ! 助けてくれてありがとう!
私、セーラ! カクレクマノミの人魚族だよ!」
いつの間にかこのセーラと名乗った少女は双子の手を取り、快活な自己紹介をする。
腰よりも長いオレンジ色の髪。
顔の両側には三つ編みが二房編み込まれ、それを止める髪止めは淡い緑色の真珠のような珠。
巨大とも言える髪と同じ色の瞳はぱちぱちと瞬いて視点がフィーナとマリンを交互する。
下半身の魚部分はカクレクマノミのもので、オレンジを貴重とした鮮やかな色。
尾の付け根に着けているリボンは髪留めと同じ淡い緑で、ヴェンティアの人魚族に流行中のアクセサリーだ。
情報操作が上手くいったことを内心ほくそ笑みながら、双子はセーラに笑いかける。
「「いいのよ、困っている人がいたら助けるのは当たり前じゃにゃい」」
その笑顔は二人揃ってとても白々しい。
困っていたら助けるのが当たり前?
あり得ない。失笑だ。そんなことがあり得るなら帝国もすぐさま滅ぶだろう。
この二人が人助けをするのは本当にどうしようもない人間たちだけだ。
もしくは単にムカついた相手を倒したことで結果的にそうなったか、である。
「あたしはフィーニャ。猫の獣人族よ」
「あたしはマリン。おにゃじく猫の獣人族よ」
「マリンにフィーニャね! よろしく!」
猫の獣人に変身する魔具の副作用……もといジャックの趣味で『な』の発音が全て『にゃ』へと変わってしまうので、名前に『な』が入っているフィーナの名前は曲解して受け取られてしまった。
違うのよ、あたしのにゃまえはフィーニャじゃにゃくてフィーニャにゃの、などという萌える台詞をセーラに伝えるが、当然のように伝わらずに、セーラは人差し指をアゴに当てて疑問符を浮かべる。
これでは埒が明かないと、双子は揃ってユナに視線を向けて助けを求めた。
ユナはしょうがないですね、と浅くため息を吐いてセーラの肩を叩く。
「ぴゅい?」
「初めましてセーラさん。
わたしは狐の獣人族のユナと言います。
この二人は猫の獣人なので、『な』の文字が上手く発音出来ないんですよ。本当はフィーナ、って名前なんです」
「ほぇー、獣人ってそんな風になってるんだぁー」
「ちなみにそこの小さい人は犬の獣人族なので語尾にわんが付きますよ」
猫獣人について新たな偏見を植え付けられたセーラはそこの小さい人、つまりはジャックの方を見る。
「C……いや、Bか……? わん。
ユナちゃんよりはアレやけど……小さいな……わん」
ジャックはぶつぶつとなんだかよく分からない独り言を呟き、何かを考えているようだった。
考え事をしているワリには視点が一点に集中しすぎているようにも見える。
それを不思議に思ったセーラもジャックと同じように考えるポーズを取ってみる。
――この子は一体どこを見ているんだろう?
ん、あれ? 私を見てる? いや、私なんだけど目線が顔より少し下のような………!!!
セーラはジャックの視線の先にあるものを理解し、同時に先程の発言の意味も理解して顔を真っ赤に染める。
「ぴゅっ~~~~っ!!」
「どこ見てるんですかジャックさん!!!」
「へぶはっ!!」
ユナの鋭い正拳突きがジャックの鳩尾にっ!
顔を赤くしたセーラが俯いてこちらを見てない内に、ユナは咳き込むジャックの耳元で注意する。
「ジャックさん、今のあなたは子供なんですから、いきなり疑われるような発言は止めてください。
それと、次あんなこと言ったら沈めますから」
「わ、わん……」
そしてセーラが顔を上げた瞬間、ユナはセーラに見えるようにジャックの頭に拳骨を食らわせる。
「うっ!! わん!」
「こら! 初対面の人にそんなこと言っちゃ駄目じゃないですかジャック君!!
セーラさん、ごめんなさい……この子、ジャック君って言う犬の獣人なんですけど……ちょっとエッチなんです」
ユナはすかさずセーラに頭を下げる。
有無を言わせない謝罪にセーラは慌てて、手と首の両方を勢いよく振った。
「ぴゅぅぃっ! い、いいよ! ユナが謝ることじゃないし!
でも……やっぱり私のってちっちゃいんだ……」
まだ少し恥ずかしそうにしながら、セーラは胸に視線を向ける。
しょぼん、という擬音が聞こえてきそうだ。
そんなセーラの手をユナは強く握った。
「その気持ちは……分かります……っ!!」
「ユナ……!!!」
夕陽が二人を照らす。
強く手を握り合う二人は強い感情で結ばれていた。
そして二人同時にマリンとフィーナの方を見る。
「いつかは……!!」
「あのレベルまでいってみせます……!!」
視線の先の二つの谷間に強い決意を込める二人だった。
「セーラさん、時間はまだありますか?」
「え? うーん、一応……ある……かな」
手を顎に当てて悩みつつセーラは答える。
夕焼けが水面に反射し、セーラの顔を照らす。
その濃い夕焼けの光がセーラの表情を隠しているようだった。
ユナはセーラの曖昧な返答を聞いて、笑顔を向ける。
「なら、わたしたちと一緒に遊びましょう!」
「「あら、良い考えじゃにゃい」」
「「ぐあっ!!!?」」
ユナがセーラに笑みを向けたと同時に、背後で悲鳴が聞こえてきた。
その声の方を見るとカイルとリュウセイが先程セーラが食べた実を吹き出している最中だった。
口から吐き出される実が、一つではなかったのはきっと誰かのイタズラのせいだろう。
「うわっ、んだこれ酸っぱ!!!!」
「何てもん食わせやがんだバカ!!!」
かくして二人が目覚めた。
そして、姉たちに文句を言おうとした二人は自分たちの方を向いているセーラに気がつく。
悩ましげな表情は霧散し、ぽかんと口を開けるセーラに二人は同じ視線を向けた。
「「誰?」」
「あ、私は人魚族のセーラ! あなた達は……?」
「あぁ、俺は有よぐはっ!?」
いきなり正体をバラしそうになったカイルの顔面に、リュウセイは冷静に裏拳を浴びせる。
何の躊躇いもなく有翼族といいかけたカイルに、他の五人はやると思った……、とこっそり思っていた。
「狼の獣人族、リュウセイ。このバカも狼で、不本意だが兄貴のカイルだ」
「ってぇな! 何しやがんだはっ!!」
「お前はちょっと黙ってろ」
「け、喧嘩はよくないと思う!」
いきなり火花を散らし始めたリュウセイとカイルにセーラは仲裁に入ろうとする。
その尾ひれで水を押し、二人の間に入ろうとするも少し遅かった。
セーラがそこに辿り着く前にうねりを上げた海流が二人を押し流したのだ。
「……ぴゅ?」
「きーめたっ、さぁセーラ、遊びましょう」
「ふふ、腕がにゃるわね」
セーラが振り返るとマリンとフィーナが空中に立っていて、その手には指揮棒が握られていた。
「もちろん、ユニャちゃんにジャックも」
「強制参加よ」
マリンが笑みを浮かべながら指揮棒を振り、ユナとジャックを水流で押し流す。
カイルとリュウセイに合流させられた二人、そこにセーラも自力で混ざって来た。
「なになに!? なにこれ!?」
「マ、マリンさんの魔法です~!!」
「目が回るぅうううう!! わん」
「ハッ! こんぐらいどうってことねーぁだっ!? あばばばば!!!!!!」
「だらしねぇなぁリュウセぐはッ!? あばばばば!!!!!!」
フィーナが流れに逆らおうとした弟達に躊躇なく岩の鉄槌を降らせる。
頭上に気を付けていなかった二人は岩を受けて、水に身体を流されていた。
もちろんユナやジャックはその水の流れに抗うことさえ出来ていない。
唯一、フィーナの岩にもマリンの水流にも対抗できているのは……セーラだけだ。
力強く尾を動かして、水流の間を縫うように滑らかな遊泳を披露し、フィーナの岩の攻撃すらも軽々と避けてみせる。
これが水中に住み、水を領域とする人魚族の真価である。
「ぴゅぴゅぴゅっ!!!! スゴいスゴい!!
中央のお金を取るプールみたい! こんな水流に乗れるなんて!」
「「くっ、やるわねセーラ!」」
「ちょっ、二人ともっ!? わん!!
ちょっとはワイらの被害も考えてわわわわわん!!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「「そんなに指揮棒を振ってんじゃねぇええええええええええ!!!」」
大きくかつダイナミックに二人は指揮棒を振るい、プール内に巨大な渦巻きを作ったり、三角波を立てたり、海流を乱回転させたり、岩を降らせたり、触手を操ったり……
あげつらえばキリがないほど二人は多種多様な魔法を使う。
一方、その対象となっている方はと言うと、カイルは流れに抗おうとして何度も岩を頭で受け、さらにリュウセイとぶつかって喧嘩になったり、ジャックは目を回して空高く打ち上げられ、ユナは触手に変態的に捕まる。
セーラだけが水の中を自由に泳ぎ、この一方的な虐めを楽しんでいる。
再び高く打ち上げられたジャックの横で、夕陽が静かに沈むのだった。
――――――――――――――――――――
「「「「ぜぇーっ! はぁーっ!
ぜぇーっ! はぁーっっ!!!」」」」
「「やるわねセーラ!!」」
「スッゴい楽しかった!」
辺りは既に暗くなり、完全に日が落ちてしまっている。
遊び(?)疲れた四人は満身創痍な体でプールサイドに身体を横たえ、マリンとフィーナはセーラと健闘を称えあっていた。
「流石……人魚族ですね……あの流れの中をあんなに自在に泳ぐなんて……」
「すげーよなーあいつ」
横たわりながらユナは尻尾の水気を拭き取っていた。
それが魔具による仮のものだとしても質感は本物と全く変わらない。
もふもふ愛好家のユナとしてはその手入れは欠かすべきものではなく、完璧なブラッシングさえも身に付けていたりする。
「カイルもスゴいよ! フィーナの岩が無かったら泳げてたじゃん!」
「まぁ、あれは気合いだな。力いっぱい泳げばなんとかなるもんだぜ」
「ハッ! 馬鹿力のバカイルらしい泳ぎ方だな」
「んだとチビホシ!!!」
「やんのかバカイル!!!」
二言喋れば喧嘩になる、それはもうユナ達の中での常識となっていた。
ばかすか殴りあう二人にセーラはやめなよー、と水を掛けて止めさせようとするものの焼け石に水もいいところだった。
放っておけばいいんですよ、とユナが諦めた顔でセーラに語りかけても、セーラは少し不満そうだった。
「ほら、喧嘩するほど仲がいいって言うじゃないですか」
「それでも友達なんだから喧嘩は駄目だよ!」
「友達じゃなくて兄弟ですよ、あれはただの兄弟喧嘩です」
「分かってるけど……どうして仲良く出来ないの!」
「……あれで案外、仲が良いんですよ」
「あれで?」
「……はい」
鬼気迫る表情で喧嘩をしている二人を見て、少し自信が無くなるユナだった。
獣人の強化された聴覚がこの街を流れる海路の波音を捉える。
静かに引いては押し寄せる波、ユナはその音を聞きながら空を見上げる。満月だった。
――満月……か。
あの日も……こんな夜でしたね……。
お父様、お母様……わたしは……多分、皆さんのことを信頼しています。
皆さんも、わたしのことを信頼してくれて……
この関係が、心地いいです。
でも、だからこそ……皆さんに隠しているのが……心苦しいです……。
ユナはそっと手首に巻き付けた深紅のペンダントに手を置いた。波の音が優しくユナを………………
………ぇ……ぁ………
ユナとマリン、フィーナ、ジャックの耳がぴくりと動いた。
夜の冷えた空気で響く微かな音。
それはまだ遠いが確実に近付いて来ている。
注意深く耳を傾ければ聞こえないことはない。
段々段々、その音は大きくなって、セーラでさえもハッキリと聞こえる音量になった。
その音源はこのプールの扉を勢いよく開けた。
「セーラ!! あんたはまたこんな人の居ないところで………あら?」
水の道を空中に作り、その上を泳いで移動して現れたのは一人の人魚族。
セーラと同じ色の髪と尾で、怒った顔で現れた彼女はセーラの周りにいるユナ達を見て意外そうな声を上げた。
「ママ!」
セーラはしまった、という顔で水の道を作り続けてこちらにやってくる母を見る。
一方の母はにこにこと、女将のような朗らかな笑みを浮かべていた。
「あらあらまぁまぁ、獣人さんとは珍しいお客さんだねぇ!
観光かい? いや、この町に来たんだ! 観光に決まってらぁね!」
すこしおばさん体型な彼女はセーラに似たテンションの高い喋り口調でセーラの前に浮かぶ。
こうして並んで見てみると、確かに親子というだけあって、顔の形がそっくりだ。
ただ、少しばかりの年月の重みが感じられないでもないが。
「はい、そうなんです。ごめんなさい、セーラさんをこんな時間まで引き止めてしまって」
「細かいことはいいさ!
一人じゃなきゃ、文句なんてないさね! 私はこの子の母でレイラって言うんだ! 覚えといとくれ!」
「あの、ママ……この人達は……」
セーラが彼女らしくない気弱な態度で母の服を掴む。レイラはそれを無視してセーラの頭に手を置き、豪快に撫でる。そのせいで、セーラは次の言葉が言えなくなってしまった。
「宿はもう取ってあるのかい?」
「「いいえ、まだよ」」
「そうかいそうかい!
だったらウチに泊まるといいさね!
こんな時間じゃ、もうどの宿も満室だろうからね!」
レイラはセーラから手を離して、目の前の二人に手を伸ばし、豪快にマリンとフィーナの頭を撫でる。
そのまさかの行動に喧嘩していたカイルとリュウセイがお互いの顔を殴り合った瞬間で固まった。
フィーナとマリンでさえ、何をされているのか理解が及ばずにされるがままとなっている。
あの暴君が! 頭を撫でられている!?
カイルとリュウセイの心の叫びである。
レイラは次に呆然とするマリンとフィーナの首を猫を捕まえるようにがっちりと掴み、水の道を作って戻っていく。
「ほら! 何を固まっているんだい! 置いてくよ!」
セーラの母のレイラという女は、フィーナ達姉妹以上に奔放な人種らしかった。
――――――――――――――――――――
「ママ……もう……皆寝たよ……」
「……そうかい…………」
レイラは疲れきった声を出す。
それは、人の家で散々騒ぎまくったカイル達の行動に対して……ではない。
あの程度の騒ぎは、自分の旦那が生きていた頃には毎日のようにあった。
近所の悪ガキ達に慕われる彼女の夫は毎日のように悪童達を引き連れて家に帰ってきては騒ぎ立てていた。
それは懐かしくて切ない………セピア色の憧憬だった。
レイラは自身の魂を切り離していくような深いため息を吐く。
その顔にはカイル達と接していたような快活で豪快な様子は微塵もない。
額を揉みながら俯く彼女は普段の何倍も老けて見えた。
「ねぇ……ママ……やっぱり私――」
「馬鹿言わないどくれ。
お前までいなくなっちまったら……私は一体どうなるんだい……」
唇を噛み締めて母に対して意見しようとしたセーラ。
しかし、母はその先を言わせない。
俯いたまま、ただただ……言葉を吐き出す。
「やっと見つけたんだ……期日は明日。
やるしか……ないんだよ。
街の連中も生きるためにやった。
だから……気に病むことはないんだよ。
やらなきゃ、死ぬんだ。
やらなきゃ……死ぬんだよ。
でも……っ。
何だってセーラなんだ……!
まだ……子供じゃないかっ……」
泣きそうな母の声にセーラは何も言えなくなる。
蒼白になった顔を窓の外へ向けると、広がるのはヴェンティアの街並み。
いりくんだ……海路。
静かな波が音を立てる。
ただ、波の音。ただただ、波の音。
何もかもを覆い隠してしまいそうな……静かな音。
その音がセーラの頭の中で警報のようにやかましく鳴り響くのだった。