第六十話―みんながいる未来
とんてんかんとんてんかん………
「五番の飛空挺はどうなのですか?」
「順調だぜエル隊長!!」
「む、むう、分かったのです。
それでは六~十番の飛空挺の設計に取りかかるのです。
設計班の人達に後で集まるように言って欲しいのです」
とんてんかんとんてんかん……
「いやぁ、よく頑張ってるやんエル隊長」
「ジ、ジャックたいちょぉぉ~~……!!」
「おっと、もうワイは隊長やないで。
今はお前が隊長やろ? なぁ、エル隊長?」
「そ、その呼び方は何だかとってもむず痒いのですぅ~~っ!
ぼくにとっての隊長はジャック隊長だけなのですっ!」
とんてんかんとんてんかん……
「どーや、そっちは」
「な、何とか隊長やっているのです……
ジャック隊長の方は大丈夫なのですか?
一人で飛空挺の改造なんて大仕事……大変なのですよね?」
「あぁ、こっちは終わったで」
「はいっ!?」
「一週間不眠不休で働いて何とかな。
ま、材料と設計図があれば、一週間で大概のことは出来るような気がするわ」
「何だか、ジャック隊長の凄まじさが二年前より増した気がするのです……」
とんてんかんとんてんかん……
「リュウセイさんはどうなったのですか?」
「最近やっと動けるようになったわ。
無茶な戦い方したせいで神経がボロボロなんやって」
「大丈夫なのですか……?」
「まぁ、運よく後遺症も無く、治療は終わるらしいから大丈夫やろ」
とんてんかんとんてんかん……
「カイルさんは……?」
「あいつはなぁ……何故か一切傷が無かったから……食材の調達を不眠不休レベルでやらされとる」
「な、何でそこまでするのですか……」
「あの二人の姉からの命令やからなぁ……」
「あぁ……」
とんてんかんとんてんかん……
「ザフラはどうや?」
「もう調子を取り戻しているのです。
今は右手の訓練も兼ねてディアス隊長やパックと一緒に食料調達をしているハズなのです」
「ふーん……そっか……」
とんてんかんとんてんかん……
「この一週間、早かったですねぇ」
「せやなぁ……色々……あったしなぁ……」
一週間。
それが、戦いが終わってから過ぎ去った時間だ。
具体的に何があったかと言うと……
戦いが終わってすぐ、スミレは【未来予知】を行った。
その結果として、帝国からの人間がやってくることはここ一ヶ月はない、ということが判明したので、諸々の準備が整うまで、この実験場を住処とすることにしたのだ。
一日経って、スミレは昔の反乱軍の人間を全員集めた。
『ごめんなさい』
スミレは全員の前に立ち、深く頭を下げる。
『勝手に絶望して……皆のこと……何も、考えないで……酷いことして……酷いこと言って……ごめんなさい………!!!』
スミレは頭を下げたまま、涙を溢す。
【未来予知】は使っていなかった。
許してもらえる未来など知るべきではないと思っていたし、なにより……
ありのままの想いを伝えたかったから。
純粋な本心を、謝罪の気持ちを、伝えたかったから。
スミレは自分の居場所に戻るために、そうしたのだ。
泣き崩れるスミレにザフラはそっと近づき、膝を曲げてスミレの肩にそっと左手を置いた。
『もういいのよ、スミレちゃん。謝るのは、ワタシ達の方なんだから』
『ざ、ザフラおねえちゃん……』
涙を流しながらスミレは顔を上げると、そこには目の縁にしっかりと涙を貯めたザフラの姿があった。
『アナタの苦しみに気がつけなくてごめんなさい。
無理させちゃって………ごめんなさい』
『わ、私の方が……だって、だって……おねえちゃんの腕が……!!』
『いいのよ、もう。お互い謝って、それでいいの。
ワタシ達は……“家族”みたいなものでしょ?
謝って、それで終わりにしましょうよ』
『お、おねえちゃ……』
『ほら、皆だって、そう思ってるわよ?』
『え?』
スミレが顔を上げれば、そこには昔の反乱軍の姿。
全員が……スミレと同じように涙している。
『スミレちゃん!!酷いこと言ってごめんよぉぉぉおお!!!』『助けてあげられなくてごめんなさい……!!!』『これからはずっと一緒だからな!!!』
『み、皆……!!』
『だから、ね?』
ザフラは慈愛に満ちた顔でスミレを見る。
スミレがずっと……焦がれ続けていた未来が……そこにあった。
『うぅ、ふ、ふわぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!』
スミレは声を上げて泣く、反乱軍も涙を流し、スミレを囲むように泣き崩れる。
『おかえりなさい……スミレちゃん……!』
『うっ、ひぐっ、うん……ただいま……』
スミレは、ちゃんと反乱軍の中に帰ってこれたのだ。
戦い終わって……二日目。
この日はカイル達と、反乱軍のこれからが話し合われた。
『分業をしようと思うの』
スミレがまず口火を切る。
『ブンギョーって?』
『『あんたは黙ってなさい』』
『ええと……つまり……それはどういうことですか?』
『現在、実験場が解放されて、あの戦いを生き残り、自由になった人はおよそ九万。
その内で私達の指揮下に入っても良いと言う人の数は七万』
『おおっ、凄いやん!!
これで、当初の目的は達成したんとちゃう!?』
『当初の目的ってなんだっけ?』
『わたし達は仲間を集めるために、この実験場に入って来たんですよカイルさん』
『あー』
『それで分業っていうのは』
『一体どういうことかしら?』
『簡単に言えば、私達反乱軍を母体としてその七万人を管理する。
そして、新しい仲間も、これからは私達が集める』
『お前達は裏切りを気にしているのだろう?
だったら、仲間集めは我々に任せてくれないか?』
『人間の管理はワタシ達の方が慣れてるしねぇ』
『私の【未来予知】があれば、裏切りを心配する必要はないわ』
『帝国を潰す時は何らかの方法であなた達に接触する……どうかしら?』
『じゃあわたし達は何をすればいいんですか?』
『出来るだけ、世間の目を引いて欲しいの。
私達は水面下で仲間を募るから、その注意を反らす……陽動として働いて欲しい』
『囮……ってこと?』
『言い方を換えれば……そうなるわ。別に受けなくても構わない。
あなた達は私達のために頑張ってくれたのに……こんなお願いをする方が間違ってると思うもの』
『『白々しい頼み方しちゃって……どうせ、答えは知ってるんでしょう? スミレちゃん?』』
『それでも聞くのが、礼儀ってものじゃない』
こうして、これからの方針が決まった。
反乱軍とカイル達は別行動をとり、反乱軍はさらに仲間を募り、カイル達は反乱軍が上手く立ち回れる為の隠れ蓑となる。
カイル達に負担が大きいように思えるが、その実カイル達の負担は軽い。
組織的なことに疎い彼らに、七万もの人を纏めることなど不可能に近い。
それに比べれば囮など……あってないようなものだ。
それに、スミレが一人いるだけで人間管理の問題は解決する。
【未来予知】によって裏切りさえも予知し、あらゆる事態を先取り出来るからだ。
こういう経緯があり、元反乱軍を母体として新生反乱軍が新たに組織された。
総大将、スミレ。
総大将補佐、サテラ・エレオノーラ・フェアリー。
戦闘部隊隊長、バスコ=ルーズ=ディアス。
諜報部隊隊長、パック・ルーテル・フェニア。
治療部隊隊長、クレア・エムプーサ。
補給部隊隊長、ザフラ=アルファロメオ。
魔具職人部隊隊長、エル・ロットー。
この七人を中核に、反乱軍は動き出したのだ。
そして……
「魔具職人部隊隊長エルの初仕事は、反乱軍七万の移動用の足となる飛空挺を作ること、やな」
「……初めからハード過ぎるのです」
「大丈夫、エルならやれるで」
「その言葉に今は悪意しか感じないのです」
「はっはっはっはー」
「暇なら手伝ってくれてもいいのですよ?」
「あー、一週間不眠不休やったから流石に寝たいなー、手伝ってやりたいのは山々やねんけどなー、あー、残念やわー」
「……ぼくは何時になったら寝れるのでしょう……」
濃い目の隈を擦りながらエルは大きくため息を吐いた。
「エル隊長ー、設計班集合完了しましたぜ」
「……すぐ行くのです」
その時は、もうしばらくなさそうである。
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「流石に毎日七万もの人間の食糧を集めるのは骨が折れるな……」
「そうよねぇ、モンスターを絶滅させちゃいそうな勢いだものね」
「オレっち達が賄える量にも限界があるよなー」
「眠い……」
「あーら、何眠ろうとしてるのカイル?」
「まだまだお仕置きは終わってないわよ?」
「「さっさと次行ってきなさい」」
飛空挺に乗って実験場に戻って来たのはディアス、クレア、パック、カイル、フィーナ、マリンだ。
彼らはいわゆる食糧調達組。
飛空挺で遠征し、食糧をありったけ集めてくる役目を担っている。
実験場の辺りは荒れ果てた土地で、生き物は見当たらないが、数時間飛べば海があるので、現在はそこが主な狩り場となっているのだ。
「皆さん、お疲れ様です」
「お疲れ~、パックもよくやったわよー」
「怪我はないかしら?」
そんな彼らを出迎えたのは給仕服に身を包んだユナとサテラ、そして白衣を纏ったクレアだ。
サテラは本来、妖精族の女王で、そんな服は着慣れていないハズなのだが……見事にその服を着こなしている。
ユナに至っては似合いすぎてどこかの旅館で働いていそうだ。
クレアはその豊満な体に白衣という装いなので……とりあえず凄い、とだけ言っておこう。
「何だ、クレアもいたのか」
「何だとは何よ何だとは。問題ないと思うけど、一応カイル君の検診にに来たのよ」
「「良かったわねカイル。束の間の休息よ」」
姉の満面の笑顔に素直に喜べないカイルである。
――これが終わったら速攻で働かせる気だ……!!!
くそっ、俺だって頑張ったのに!!
そんな家族事情に構うことなく、クレアは検診を始める。
「う~ん……やっぱり、リュウセイ君と違ってどこにも異常はないわね……。傷も、毒も全くないわ……。
一体どうなっているのかしら?」
「リュウセイと言えば……」
「あの時の変化について何か分かったことはある?」
「さっぱりね。新種の種族、ってセンも考えたんだけど……血は間違いなく有翼族なんでしょ?
突然変異、くらいにしか言いようがないわ」
「突然変異……たしかお前達がそうではなかったか?」
「「ええ、そうよ」」
「突然変異とはそう何度も起こるものなのか……?」
「だからまぁ、保留ってことにしましょう。
あ、カイル君翼出してくれる? そっちも診たいから」
「はいよ」
カイルの背中から赤い光が溢れ、朱色の羽毛に包まれた翼が生えてくる。
「やっぱり、異常なし。それにしてもカイル君の翼気持ちいいわね。もふもふしていいかしら?」
「勘弁してくれ、それはユナだけで……」
手一杯。
そう言おうとしてカイルはピタリと止まった。
最近は緊張続き、シリアス続きであったためそのモードになることがなかったユナ。
空気を読んだ結果と言えよう。
だが、戦いが終わった今、誰に憚ることもなくなったその欲求は……一体どうなると言うのか。
カイルが恐る恐るユナの方を見ると……
「もっふもふですぅ~~~!!!」
顔いっぱいの溢れる笑顔がそこにあった。
「「「「「!?!?!?!?」」」」」
「「あー」」
「うわっ、ちょっ、おいユナ!!」
「ふみゅぅ~~~………」
撫で、埋まり、抱き締め、久し振りのカイルの翼を思いっきり堪能するユナ。
顔は緩みに緩み、だらしなくなっているが、元が美人なユナが緩んでだらしなくなったところで、なんら不具合はなく、むしろとても胸を締め付ける可愛らしい顔になる。
いきなりの豹変に、マリン、フィーナ、カイル以外の五人は驚愕で目を見開いた。
「もふっもふぅっ、ですぅ♪」
「ゆ、ゆゆゆ、ユナちゃん!?!?」
「…………」
「ちょっとディアス口開きすぎよぅ!?」
「パック! あんたもよ!!」
「痛い痛いじょーおーさま!!
分かってる、分かってるけどよ……!」
パックがサテラにげしげしと脛を執拗に蹴られながら反論する。
その視線の先には恍惚の表情を浮かべるユナ。
「あれは反則だって……!」
「言い訳するなっ!!」
「いっ~~~~~~っ!!!!!!!」
「久々に出たわね……」
「もふもふモード」
脛に強烈な回し蹴りを入れられ、パックは空中をのたうち回り、フィーナとマリンはしたり顔で頷いていた。
「あの状態になると長いから」
「ほっといて、あたし達は休みましょ」
「……おう」
「分かったわ」
「リョーカイよぉ」
「行くわよパック」
手のつけられない存在と化したユナと、それに絡まれるカイルを放置して、七人はその場を去る。
「ふみゅぅ~~んぅ…………」
「zzz ………」
疲れから、いつの間にか寝入ってしまったカイルにユナが無邪気にじゃれる。
その拘束が取れるのはもうしばらくかかりそうだ。
――――――――――――――――――――
「そんなことして、もう身体は大丈夫なの?」
「誰……なんだ、スミレか」
袴だけを身に纏い、上半身裸で素振りを行っているリュウセイに声をかける人物がいた。
スミレだ。
「何もこんな場所でしなくてもいいでしょ……」
「見かったら叱られるからな」
「止めときなさいよ」
「うっせぇ」
リュウセイが素振りをしていたこの場所は実験場内の空き地だ。
かなり入り組んだ地形の先にあり、捜そうと思っても中々見つからない場所だ。
スミレも【未来予知】を使って、やっと見つけたのだ。
リュウセイが再び刀を振り始める。
沈黙が流れる。
ぶんっ、ぶんっ、と刀が風を切る音だけが、二人の間に流れていた。
スミレはその沈黙が嫌だった。
折角、【未来予知】まで使ってリュウセイと話をしにきたのに、これでは話せないではないか、そもそも最初の質問にだって答えていない、と考えている。
業を煮やしてリュウセイに話しかけようとすると、そのタイミングでリュウセイがスミレに話しかけた。
「身体は大丈夫だ。後遺症は残らねぇんだとよ。
今はまだ、神経が擦りきれてるのが完全に癒えてないらしいから、身体中が痛むって感じだ」
「そう……って痛むならなおさら止めなさいよ」
「ハッ! やなこった」
そうは言うもののスミレにリュウセイを止める気はなかったりする。
そもそもスミレがリュウセイに会いにきた目的の一つは、動かなければできないことなのだ。
「ねぇ、リュウセイ」
「あぁ?」
「あなたは、おじいちゃんから刀を教わったのよね」
「そうだ」
「おじいちゃんは……人に刀を教えるとき、その人に合った流派を作るの。私の双葉流もそう……あなたは?」
「俺は七星流だ」
「……見せて」
「あぁ?」
「見たいの、おじいちゃんが……最期に作った流派を……おじいちゃんの……刀を」
スミレがここに来た目的の一つ、それはリュウセイの七星流をじっくり見るためだった。
思うところがあるのだろう。
引き取られてからずっと……ゲンスイの側でその戦いっぷりを見て、教わってきたのだ。
刀は、スミレがゲンスイから貰った大切なものの一つなのだ。
「……分かった。よく、見とけよ」
リュウセイはその想い察し、刀を構える。
「ジジイの作った七星流は、攻守それぞれ七つの型から為る。……まずは、護りの型だ」
其の壱・柳星
其の弐・回星
其の参・霰星
其の肆・天海星
其の伍・五芒星
其の陸・六芒星
其の漆・雲心月星
七つの技を、リュウセイは次々と放つ。
それはまるで演武のように美しく、洗練された動きだった。
「攻撃の型」
壱の型・一ツ星
弐の型・双星
参の型・明星
肆の型・極星
伍の型・戈星
陸の型・天満星
漆の型・臥竜天星
「……ふぅ」
キン、とリュウセイは小竜景光を鞘に収める。
「最後の型……まだ少し荒いんじゃない?」
「ハッ! いきなりダメ出しかよ」
「無理矢理繰り出してるように見えるわ」
「まぁ、そうだな。
俺はあの型をずっと雷の身体強化を使って打ってた。
今は使えねぇから……多少無理して打ったんだ。
荒くて当たり前だぜ」
「そう……」
「それだけかよ。折角お望み通り全部見せてやったんだぜ?
もっと他に感想はねぇのかよ」
「感想……ね」
スミレはそこで押し黙る。
明るい空を見上げ、少し感傷に浸りながら、スミレは再び口を開いた。
「あなたの流派なんだな、って思ったわ」
「……」
「おじいちゃんが流派を作るのは……それがその人に一番合った戦い方だから。
三百年生きたおじいちゃんは、その人に合った戦い方が……分かるんだって。
あなたの流派を見れば、私にも分かる。
あなたが、おじいちゃんから貰った流派を大切にして……自分のものにしてるっていうことが……。
それと、やっぱりちょっと懐かしい。
型や動きは初めて見るけど、あなたの刀の振り方は……おじいちゃんに似てる。
頑張ってきたんだな、って思う」
「……ハッ! 俺はただ、強くなりたいだけだ。
何もかもを、ぶった切れるくらいにな」
「流れ星みたいに?」
「うっせぇ」
茶化すようなスミレの台詞にリュウセイは不機嫌な顔になる。
そのリュウセイの子供じみた感情に、スミレは少し笑みを浮かべた。
「やっぱりあなたも、知ってるのね。流れ星の話」
「……あぁ、聞いたよ。
流れ星は……流星は全てを切り裂く斬撃の軌跡。
ハッ! だったら、その伝説と同じ名前の俺だって……全てを切り裂けるようにならねぇとな」
「うん……?」
スミレはリュウセイの様子に少々違和感を覚えた。
会話の流れは間違っていないのだが……リュウセイにしては真面目すぎる、とそう感じた。
流れ星の伝説は幼いスミレを納得させるためのゲンスイのでっち上げ。
それをこんな風に真剣に考えている。
普通ならゲンスイに対する罵言の一つや二つ出ていてもおかしくない。
真剣な顔で空を見上げるリュウセイは、それをあたかも本当の伝説のように――。
「あ」
「あ?」
「ねぇリュウセイ」
「んだよ」
「あなたもしかして……その流れ星の伝説を本当に世間で認知されてるようなものだと思ってる?
その伝説はおじいちゃんのでっち上げよ?」
「 」
リュウセイの顔が真っ赤になった。
「ぷっ、ふふふふ………!!!!
あははははは!!!
だからあんな真剣な顔してたのね!!!
ぷっ、だからあの時も……
『流れ星に願ってな』
なんてクサイ台詞を……!!!!」
「おい」
「あははははは……はー、お腹痛い……
何よリュウセイ、あなたも意外と純粋な部分があったのね」
「うるせぇっ!
こちとら記憶を失って洗脳されたんだ!!
事実かどうかの確認も出来なかったんだ!!
知らねぇのもしょうがないだろ!!」
「へぇ、じゃあ他にも騙されて教えられていることがありそうね?」
「なっ……!?」
「星は幼くして死んだ女の子の輝きが空に打ち上がったものだとか、虹は世界のどこかの小さな女の子が幸せになったから出来るものだとか思ってたりする?」
「……っっっっ!」
リュウセイの顔が真っ赤になった。
「あはははははははは!!!
思ってたんだ!! 思ってたんだぁっ!!」
「う、うるせぇえええ!!!
だったら俺だって言ってやんよ!!
二年前、九歳のスミレの身長は百十四センチ。
体重二十九.四キロ。
スリーサイズは上から六十、五十三、六十二。
好きな食べ物、おじいちゃんの作った蕎麦。
嫌いな食べ物、ディアスの作った肉の丸焼き。
一番の友達、エル。
一番好きな人、おじいちゃん。
将来結婚したい人、おじい――」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!?
ちょっと、リュウセイ!?
何であなたがそんなこと知ってるの!??」
スミレの顔も真っ赤になった。
「洗脳されたっつってんだろうが!!
二年前だけじゃねぇ!!
生まれてから二年前までのも事細かに教えられたし、初めて自分で立った日も、初めてじーじって言った日も全部知ってるぜ!!
それだけじゃなく、スライムに襲われた時のスミレの様子や、虫が怖くて思わず漏らし――」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!
いやぁぁぁぁぁあ!!!??
止めてよ変態!! ストーカーっ!!
怖い怖い怖い!!
何でそんなことまで知ってるのよっ!!!」
「恨むならジジイを恨むんだな!!!
何なら、寝言で言ったおじいちゃん大好きの台詞を復唱してやろうかっ!!!」
「止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
もういいから!! わかったからぁぁ!!!」
二年前からゲンスイによる英才教育という名の洗脳を受けていたリュウセイに、スミレのことに関して死角はない。
思わぬところから必要のない傷を負ってしまった二人は荒くなった息を整える。
スミレは顔が赤いままだ。
「……変態」
「やめろ、これ以上傷を抉ってどうすんだ」
最後のスミレの口撃を、リュウセイは流す。
「ごめんなさい」
「あ?」
スミレはリュウセイに向かって頭を下げた。
先程までの軽い空気は、すでに何処かへ吹き飛んでいる。
拳を固く握り締め、スミレの目は……リュウセイを怯えたように……見る。
「あなたを騙して……切りつけたりして、ごめんなさい。
あなたから、おじいちゃんを奪って……【未来予知】で……トイフェルに、あなたたちの場所を教えてしまって……ごめんなさい」
「ハッ! 何言ってやがる、そんなもんはどうでもいいんだよ」
スミレの真剣な謝罪を、リュウセイはバッサリと切り捨てた。
それでも、スミレは怯えた目で、リュウセイを見つめる。
自分の言うことを上手く伝えられなかったリュウセイは舌打ちをして、その怯えた目を覗き込む。
「騙されたことも、切りつけられたことも、お前がトイフェルにジジイの居場所を教えたことも、この実験場にいる反乱軍を守るためだ。
俺は気にしねぇよ。
それに、あんなジジイでも、反乱軍の総大将。
反乱軍の為に……死ぬ覚悟くらいはあったさ。
お前の行動はお前自身が望んだもんじゃねぇ。
仕方ない……苦渋の選択だった。
お前が謝る必要はねぇよ。
悪いのは……お前じゃなくて、帝国だ。
全部背負い込むことなんかねぇ、だから気にすんな。
それに、一番傷ついたのはお前じゃねーか」
「でも……!」
「だから気にすんな。
折角、助けたんだ、そんなシケた面すんじゃねえ。
それに……言う言葉が違うだろうが」
スミレは怯えた目を止めてリュウセイを見る。
ちょっと目付きが悪くて、怖い顔つき。
兄のカイルと全く同じ顔なのに、どうしてこうも受ける印象が違うのだろう。
その上、スミレに関して変態だ。
スミレの中のリュウセイの印象は先程から悪くなるばかり。
――でも、それでも救ってくれた。
絶望を切り裂いて、私をみんなのところへ連れ出してくれた。
おじいちゃんから受け継いだ流派で、おじいちゃんが言った嘘の伝説を、現実のものにした。
私のことをずっと考えてくれて、助けようと頑張ってくれた。
〝仮面〟を被り、みんなを騙していた私を味方だと、信じて疑わなかった。
リュウセイがいなかったら、きっとこの未来はない。
顔つきが悪くて、変態だけど、何故か……胸が暖かくなる。
この気持ちは……なんだろう?
ううん、今はその気持ちは分からなくていい、そんな気がする。
ずっと未来を見てきた私の感覚がそう言ってる。
だから、リュウセイに言う言葉は決まってる。
万感の想いを込めて、私は私の想いを口にした。
「リュウセイ……私を……助けてくれてありがとう。
みんながいる未来に……連れてきてくれてありがとう……っ!!!!!!」
少し照れながら、だが、目一杯の感謝の想いを込める。
その想いはしっかりとリュウセイに届いていた。
リュウセイはスミレの頭に手を置く。
悪そうな顔で、でも嬉しそうにリュウセイはにやりと笑った。
「どういたしまして」
花のように輝く笑みを浮かべるスミレ。
スミレの為に戦ったリュウセイにとって、それは、何よりの感謝の証だった。
叶うなら……こんな未来がずっと続きますように……