第五十九話―夜明けを告げる崩壊
「ダンゾウ………!!」
「何故だ、お前はカイルと戦っていたハズだ……!!」
「おい、ちょっと待てや……あれは……」
ザフラ、ディアス、ジャックがそれぞれ口にする。
空中に現れたダンゾウは解凍されたエレナを抱えていた。
「エレナ!!!」
「待ってよ……!!」
「あいつが解凍されたってことは………」
「「エレナと一緒に氷漬けにした実験体百十八体も……」」
「っ!! アカン!!!!
全員ここから離れろぉぉおお!!!」
ジャックが叫んだのとほぼ同時。
幽鬼のように精気のない人間達が地面を突き破って現れた。
それらは皆、どこかしらに改造の後があった。
「な、なんだこの数は!?」
「ちっ!」
「砕いとけばよかったわ!!!」
「い、一体なんなのですかーっ!?」
突然の事態で反乱軍が混乱する中、空中に佇むダンゾウはエレナに語りかけた。
「起きろエレナ・ドンドン」
「ん、ぐっ、……あぁ?」
「我はこれから暴徒を殲滅。巻き添えでお前が死なれても不都合。小型の飛空挺に乗り、首都、ワールドエンドへ向かえ」
「ぐぅあ……あぁ、分かっ、た……」
解凍されて間もないエレナは意識がはっきりしていないように見えるが、ダンゾウの指示に従う応答をする。
「四十八番」
ダンゾウがそう呼ぶと実験体の群衆の中から一人が蜂のような羽を広げて飛んできた。
「エレナ・ドンドンを格納庫に運搬」
そう言って四十八番にエレナを任せると、ダンゾウは敵陣のど真ん中に、ディアス達の目の前に降り立った。
「こうして相対するのは二年ぶりか、ディアス」
「貴様はそんな感傷に浸るような人間ではないだろう。
……カイルはどうした」
「その疑問の対象は金髪の有翼族か」
「……そうだ」
「殺害完了、死亡だ」
死亡。
その二文字がここにいる全員の頭の中を巡っていた。
心を占めるのは……拒絶。
信じたくないという……拒絶。
「う、嘘ですよ……そんな……そんなことって……」
ユナが上ずった声で言う。
目の焦点が合わさらずに、その瞳が動揺する。
――死なないって……約束したじゃないですか……いや、イヤです。勝つって、大丈夫だ……て……
「くっ、やは……りっ!?」
ディアスが膝を付く、いや、ディアスだけではない。
サテラも、パックも、ジャックも、マリンも、フィーナも、ユナも、クレアも、ザフラも、スミレも、リュウセイも、苦しげに息を荒げる。
「これは……毒……!? バカな……いつの間に……!?」
「我の【能力】は【毒焔】と……【擬態】。
ここまで言えば分かるだろう、ディアス」
「二つの【能力】を併用したのか……!」
「そんな……じゃあダンゾウは合成魔法を使えるってことなのですか!?」
「違うわね」
「あれは合成魔法じゃない」
「合成魔法は魔法と魔法を合わせ、その威力を上げる技術よ」
「【能力】と【能力】の併用なら……二つの魔具を使えば出来る」
「そうか、あいつは改造で二つの【能力】を手に入れよったから……」
「ご明察だ。ジャック・ドンドン。
さて、致死性の毒を散布する前に、闇属性を確保を断行……」
「……ユナちゃん…!!」
ダンゾウはユナの元へと歩みを進める。
冷たい青い目が、査定するようにユナを捉えた。
「お前の闇属性の【能力】を問おう」
「……カイルさん……カイルさんを……よくもっ!!!!」
空ろな目をしたユナがダンゾウに拳を放つ。
しかし、その拳は先程のようなキレはなく、あっさりとダンゾウに避けられ、強烈なカウンターをもらってしまう。
「かっ……はっ……!!」
「問答に答えることを拒否。蓋し、連行後に尋問すれば万事良好」
「おいこらダンゾウ!! ユナちゃんを離せ!!!」
「我としたことが忘却していた。
ジャック・ドンドンも帝国の為に捕獲「ねぇ」
動けないジャックとユナを抱えたダンゾウに、声をかける者がいた。
「あんた……どうやってカイルを殺したのよ」
「お前は……」
「あの子の姉よ」
「答えなさい、ダンゾウ」
「……今のお前達と同様。
我の【毒焔】を吸い、動けなくなったところで追加で毒を吸引、直に死亡」
「じゃあカイルが死んだのを確認したわけじゃないのね」
「問題はない。あの状態から立ち直るのは不可能」
「……フフ」
フィーナが笑う。
「……フフフ」
マリンが笑う。
「「アハハハハハ!!!!」」
二人が、笑う。
「……何故笑う」
「その程度でカイルを殺したなんて言ってたのね」
「ちゃんちゃら可笑しいわ」
「我が【毒焔】の効果はお前達が身をもって理解。
何故、そう思考する」
「あの子は昔からそうよ」
「バカみたいに打たれ強くて」
「何度倒しても必ず起き上がってくる」
「そんなあの子の死を見もしないで殺したなんて……」
「部隊長ともあろう人が……ねぇ」
「何が言いたい」
二人の言葉に対してダンゾウは機械的に答える。
その質問に二人の姉は声を合わせて言い放った。
「「ウチの弟を……舐めてんじゃないわよ!!」」
「っ……!?」
直後、ダンゾウはユナとジャックを放り投げ空中へ飛ぶ。
それに遅れること数瞬、隕石のように何かが飛来し、ダンゾウのいた場所を撃ち抜いた。
それは赤い炎を纏い
朱色の翼を持ち
ダンゾウを指差す。
「おいこの野郎……勝手に人を殺してんじゃねぇよ……!!
確認もしねぇで俺の前から逃げやがって……こんなところで油売ってんじゃねぇよ……!!
俺はまだっ、死んでねぇ!!!!!!」
カイルは、大きく翼を広げながら叫んだ。
「馬鹿……な!? あれを受けて何故!?」
「アイツは……俺が倒す!!!
その辺の奴等は任せた!!!!」
カイルはそう言い残してダンゾウを追撃し、空へと昇っていった。
「クレア!! 解毒剤を!!!」
「分かってる!」
クレアは手元にあった解毒剤を自分に打ち、それをダンゾウの毒を受けたディアス達にも素早く打っていく。
「くっ、状況はどうなってる!?」
「オレっちが飛んで見た限りじゃあかなり混乱してる!
これじゃ勝てるもんも勝てないぞ!!」
突如現れた謎の改造人間達。
そして、ダンゾウ。
先程までとは明らかに違う強さの敵に反乱軍は軽い恐慌状態にあった。
「う、うわぁぁぁぁ、何だこいつ!!!」
「来るなっ、来るなぁ!!」
ある一角で、蟹の鋏を手に宿す男が反乱軍の男の首を跳ねようとしていた。
混乱の中で魔法を連射するも、魔力密度の低い魔法ではその蟹の持つ【障壁】は破れない。
蟹の鋏が、男に迫る。
あぁ、死ぬ……男がそう思うと、自分と蟹の間に黒髪の少女が割り込んできた。
「護身柔拳・獄楽!!!」
その蟹の攻撃を黒髪の少女、ユナが最小限の動きで反らし、
「吹っ飛ぶのです!!!!」
エルが地属性の魔法で空中へ打ち上げ、
「双葉流・花の舞・菫!!!!」
スミレが切り捨てた。
息もつかせぬ華麗な連携を決めた後、スミレは切り捨てた敵に一切目もくれず、くるり、と反乱軍の方を向く。
「聞きなさい!!!!! 反乱軍!!!!!
この化物たちは確かに強い。
でも倒せない敵なんかじゃない!!!
女の子三人でも倒せるような敵に何を弱気になっているの!!!!!
相手の数は百と少し、あの撤退戦に比べたらものの数じゃないでしょう!!!!
ディアスもザフラも新しい仲間もいる!!
何時まで腑抜けているの!!!!
立ち上がりなさい!!!!!!
これが最後の戦いよ!!!!!!
未来は自分達の手で切り開くのよ!!!!」
スミレは毅然とした表情と声で空中から反乱軍を怒鳴り付ける。
そこに弱々しいスミレの姿はなく
あの狂気に満ちたスミレの姿はなく
昔の可愛らしいスミレの姿もなく
ゲンスイを思い起こさせる……立派な少女の姿があった。
「「「「「「「「「「「「おおおおおおおおおあおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」
目に見えて、反乱軍の士気が戻った。
スミレの一喝が、反乱軍の心を揺さぶったのだ。
心を揺さぶられた者の一人、ディアスは静かに一筋の涙を落とす。
「なぁに泣いてるのよぉ、ディアス。
ワタシ達も行くわよぉ」
「あぁ……あっという間に蹴散らしてやろう……!!!」
「ぎゃはははは、エルってやっぱ女の子だったのか!!」
「ちっ、違うのですよ!! スミレちゃぁん!!
どうしてあんなこと言ったのですかぁっ!!」
「ユナちゃんって……戦えたんか……」
「魔力が少ないんで決定打は与えられませんけどね。
それはスミレちゃんに任せます!!!」
「うん!! 行こうユナさん!!!」
「ジャック、リュウセイを見ていてね」
「「あたし達も混ざってくるわ」」
「毒を受けてる人はまず私のところへ!!
それから、エルちゃんは火急的速やかに私のところへ!!!
早く私にオトコノコ成分をぉ!!」
「貴女……それでいいの?」
乱戦が始まる。
それは絶望的なものではなく、誰もがその先にある自由を求めて、その一瞬一瞬を強く戦う。
この戦場の命運は決まったも同然。
そう、そして、この長い戦いの命運を握るのは……
「ハッ、これで……負けたらダセェぞ。俺が、勝ったんだ。テメェも、絶対……勝ちやがれ……」
カイルだ。
――――――――――――――――――――
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「解毒剤を溜飲……? しかし、あの状況……
まぁ、良い。
もう一度、今度は確実に殺害することを決意」
カイルとダンゾウは赤と紫の炎と焔を両手に灯す。
「【毒焔】―激痛の拳」
一直線に突っ込んで来るカイルに対し、ダンゾウは先程と同じように素早いパンチを放った。
威力の無い、素早さだけが取り柄の……毒の拳。
カイルはそれを避けようともしなかった。
「っ!?」
「フレイムバースト!!!!!」
毒がカイルの中に入るが、カイルはそれをものともせずにダンゾウの丹田と鳩尾を殴る。
拳から伸びる炎柱がダンゾウをどこまでも吹き飛ばし、実験場の天井にダンゾウを叩きつけた。
「がはっ!!」
カイルの勢いはまだ止まらない。
右手に巨大な流線型の炎を燃やし、ダンゾウを追撃する。
「コロナァァァァ!!!!!」
フレイムバーストで天井にめり込んだダンゾウにカイルは全力のコロナをぶつける。
ダンゾウを引きずるように飛ぶ炎は天井を貫き、実験場の暗い空に穴を、開けた。
分厚い天井の向こうに見える空。
カイルはそれを目指して飛ぶ。
暗いトンネルを抜けた先に待っていたのは満天の星空でもなく、美しい青空でもなく
毒々しい焔だった。
「【毒焔】―催涙の壁」
「うわっ……んだ、これ……!!」
その毒の壁に躊躇なく突っ込んだカイルは目を押さえて実験場の天井に墜落した。
カイルの目は赤く腫れ、カイルの意思とは関係なく、生理現象として大量の涙が流れていた。
「【毒焔】―高熱の針」
小さな、人の毛のような細さの針が一本、カイルに突き刺さった。
しかし、カイルは何の反応も見せない。
涙で視界が閉ざされた故に針を視認出来なかったのだ。
その針自体の攻撃力は大したこと無かったゆえにカイルは刺されたことにすら気付かない。
問題は……その針が纏っていた焔がカイルの中に入っても、カイルが何の反応も示さなかったことだった。
「信じ難いが……我は理解。
お前は解毒剤を使っていない。
精神力のみで……我の毒に耐久」
カイルは、誰かから解毒剤を貰ったから、ダンゾウの元に来たのではなかった。
カイルは……毒を受けたまま、毒に苛まれながら……戦っている。
今でも身体中は痛いし、高熱に魘されて、吐き気はするし、倦怠感が全身を包む。
頭は割れるように痛いし、力だって普段に比べたら入らない。
ダンゾウがカイルが解毒剤を飲んでいないことを判断したのはカイルに放った毒だ。
激痛の毒と、高熱の毒。
これらは、少し前にカイルに吸わせた毒に含まれている毒だ。
これらを受けても、カイルに変化が無かったこと、さらには吸わせていない催涙の毒が効いたことなどから、カイルがまだ毒を受けたままだと判断した。
「しかし、毒の効果が無くなった訳ではない。
我の毒は、お前を確実に死へと誘う」
ダンゾウがカイルに与えたのはただ激痛を与えるだけの毒ではない。
まごうことなき、致死性の猛毒だ。
死ぬまでには個人差があるが……苦しみながら死ぬような毒を、ダンゾウは使ったのだ。
「死な……ねぇよ」
カイルは目元を拭い、立ち上がる。
――毒があるから、なんだ。
そんなことは知ったこっちゃねぇ。
俺はこいつを倒すって決めたんだ。
何があっても……絶対にぶっ倒してやる。
絶対に、スミレの未来を守るんだ!!!
「いいだろう。放っておいても、お前は死ぬが……そうなる前に……我が、この手で、殺害」
ダンゾウが、懐から魔具を取り出す。
それは籠手。
手の甲を包む部分に剣山のように刺のついた籠手だ。
戦闘……というよりも拷問を目的としたような刺が付いている。
もしそれを着けた拳で殴られでもしたら……
「へへっ……やっと本気……てか?」
「これを着けるのも随分と久しい」
二人は、同時に駆け出した。
「コロナ!!!!」
「【加速】【毒焔】――倍速強酸の鉄拳」
二人の拳が互いの顔に当たる。
カイルの炎がダンゾウを焼き、ダンゾウの拳がカイルの顔を抉り、溶かす。
首がもげそうな程の衝撃をお互い感じているが、二人は一歩たりとも引こうとしなかった。
「連拳」
次手はダンゾウの方が速かった。
【加速】による高速の鉄拳がカイルに突き刺さると、ダンゾウはわざわざ周りの肉を巻き込みながら拳を引き戻す。
ダンゾウの拳が極る度に、刺がカイルの身体を食い破り、酸がシュウシュウと音を上げ、肉を溶かしていく。
「ぐぅあぁぁぁぁ!!!!!」
――熱い熱い熱いあついあついアツイアツイ!!!!!!
「連拳」
浴びせられる拳の嵐、余りの痛みにカイルは叫ぶ。
肉が溶かされていく感覚と鼻腔にかかる嫌な臭いが悪夢のようにカイルに襲いかかっていた。
強烈に襲いくる痛みのせいでカイルの意識が朦朧とし始め……
――………まだだ!!!
まだ、倒れるときじゃねぇ!!!
「フレアァッ!!!」
カイルはそんな酩酊した意識の中で持ち直し、フレアを放った。
手足から巻き起こる爆発は近距離で拳を振るうダンゾウに対して有効であった。
その爆発は殴打を続けていたダンゾウを吹き飛ばして、一瞬の休息をカイルにもたらした。
だが、それで終わるはずがないのは百も承知。
炎が収まったと同時に襲いかかってくるダンゾウに対して、カイルは先に仕掛ける。
「クリスタルバレット!!」
流れるような動作で取り出した数個のクリスタルに限界まで魔力を込めて撃ち抜き、破壊する。
具現化された炎が指向性を持ち、ダンゾウに集約していく。
ダンゾウはそのまま飛び上がってクリスタルバレットを避けて、カイルに肉薄する。
「プロミネンス!!!!」
カイルが炎を纏わせた右足を振り抜く。
至近距離での波状攻撃は流石のダンゾウでも避けられない。
カイルの足から飛ばされた炎は、ダンゾウへと向かう。
ダンゾウは腕を交差させることで、そのダメージを減らすことに終始した。
プロミネンスの炎で大きく後方へ飛ばされるダンゾウ。カイルは翼をはためかせて追撃する。
「コロナ・ツインズ!!!」
両腕に灯されたコロナ。
カイルは吹き飛び続けるダンゾウに追いつき、それを思いっきり叩きこもうとした。
しかし、ダンゾウにコロナをぶつけようとした瞬間、ダンゾウは懐から魔具を取り出す。
「【バンフ】―進撃の鉄塊」
牛を象った鉄塊を取り出し、【能力】を発動させると、それは隕石のような速さでダンゾウの手から飛びだし、メキメキと音を立ててカイルの腹に食い込んだ。
「ぐっ………ああああああ!!!!!!」
カイルが前に進もうとすればするほど、鉄塊はカイルに食い込み、身体を貫いてしまうような感覚を覚える。
普通なら、一旦攻撃を放棄し、回避するのが当たり前だ。
だが、カイルは引かない。
一歩たりとも引かず、寧ろ一歩踏み出し、その両手のコロナをダンゾウへとぶつける。
「う……ぐっ!!!!!!」
巨大な流線型の炎がダンゾウの身体を捉え遠くの空へ吹き飛ばす。
未だ暗さを残す夜に、炎塊が突き抜ける。
息もつかせぬ高次元の戦闘。
お互いがお互いの攻撃で瀕死の状態だ。
血にまみれ、毒に犯され、酸に溶かされたカイル。
全身に火傷を負い、打撲痕の見えるダンゾウ。
二人の戦いは拮抗しているように見える。
だが、状況はカイルの方が悪い。
毒は時間と共に確実にカイルの身体を蝕み、殺そうとする。
体力も加速度的に奪われ、これ以上の戦いは不味い、とカイル自身がそう感じていた。
「これで、決まらなかったら……腹くくるか……」
カイルはそう呟いて、空中に佇むダンゾウを睨む。
尋常ならざる決意を、その目に秘めて。
「もう……幕引きか?」
「……あぁ」
短い問答。
それだけで、空気がぴん、と張り詰める。
太陽もまだ昇らない、夜明け前の朝の空気がさらに冷たくなる。
久々に感じる清涼な空気を吸い込み、カイルはさらに決意を強くする。
カイルは、右足に炎を灯す。
高密度に圧縮されていく炎が、熱を帯び、陽炎を作り出す。
コロナのような馬鹿でかい炎ではない。
コロナが大砲の玉のような、無骨な破壊の炎であるのに対して、今、カイルの足で燃え上がっている炎はまるで、弾丸。
圧縮され、洗練された破壊の炎だ。
一方のダンゾウも、別の魔具を懐から取りだし、右手に追加で装着する。
手の甲から伸びるのは大きな針。
蜂の針のようで、大きさは30センチほど。
今度の拳も、ななまかなものではなさそうだ。
そして、ダンゾウの右手から紫焔が上がる。
それは、今までの【毒焔】とは明らかに異なる焔だった。
見ているだけで気持ち悪くなって、目を背けたくなるような
数多の憎しみを、恨みをそのまま焔に閉じ込めたような
禍々しい焔だった。
二人の様子から、勝負を決めようとしていることが分かる。
先に動いたのはダンゾウだった。
空を蹴り、真っ直ぐにカイルへと直進してくる。
対してカイルは動かない。
山のようにどっしりと構えて、ダンゾウの接近を待つ。
ダンゾウが再び空を蹴る。
そして、カイルの蹴りの射程に……入った。
「プロミネンス・マグナム!!!!!」
カイルの右足が爆音が鳴ったかと思うと同時にぶれる。
かかとの後ろで爆発を起こし、その爆発の反動でカイルはダンゾウを撃ち抜くように蹴り抜いた。
ダンゾウに脚が触れると同時に圧縮された炎を前方に解き放ち、視界いっぱいに広がる炎。
銃弾のように放たれた鋭い蹴りはダンゾウを捉え、その先の光景を炎一色に変えた。
しかし
「【空蝉】―残身の朴」
そんな声が、背後から聞こえた。
覚えのあるその声と【能力】に急いで振り向くが、もう遅い。
振り向いた瞬間、ダンゾウの拳がカイルの心臓を射っていた。
拳がカイルの身体を貫き、針が、心臓を突き刺す。
禍々しい毒が……カイルの中に浸透していく。
「【毒焔】【呪】――蟲毒」
……こんな呪いがある。
ある瓶の中に蟲を百匹入れ、互いを食わせ、最後に生き残った一匹を使う、呪い。
その最後の一匹にはその瓶の中で死んだ蟲の恨み、怨み、怨念、そういったものが、集約され、凄まじい呪いとなるという。
それは蟲毒と呼ばれる呪い。
蟲毒と呼ばれる……毒だ。
「残った一匹の蟲に集約された呪いが、毒のように、お前の精神を殺す。
蟲毒に苛まれ、絶望の中で死ぬがいい」
カイルの瞳が、ダンゾウの【毒焔】のように、紫色に染まった。
『助けてくれるって……いったジャンかぁ……嘘つきウソツキウソツキウソツキキキキキキキキキキ』
『任せると言ったよナァ、ナゼだナゼ負けタ?お前のセイで俺は死死死死死死死死死死死死死死死死死』
『ドウシテ、ドウシテワタシハ死んだノォオオオオオオオオオ?』
『アナタノセイなの?』『オマエノセイヤ』『オマエノセイで、ワタシ達は死ンダ』『オマエモシネ』『死ね死ね死ね死ねシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ』
カイルの目の前に広がる地獄絵図。
スミレや、ディアスや、仲間達が血で真っ赤に染まり、ドロドロに溶けて、痛みや苦しみを、泣き叫びながら、ゾンビのように這い寄って、カイルに訴える。
なぜ負けた。
お前のせいだ。
お前のせいで、俺タチハ――
――………あぁ、これはもしかして俺がダンゾウに負けた時の“未来”ってやつか。
……そうか……こうなるのか……。
こんな……“未来”に……
「へへへ……」
「っ!? 何故笑う!?」
カイルは紫色の瞳のまま、空を見上げて、狂うでもなく、泣き叫ぶでもなく、悲しむでもなく、慟哭するでもなく、自然と口角を上げ、掠れる声で笑った。
――この蟲毒ってのは………こういう光景を見せて、相手の精神を殺す毒なんだろ……?
これが、笑わずにいられるか?
「お前の毒で……精神が死ぬどころか……逆に奮い立ってきやがったぜ………!!!」
きっと、もし、万策尽きていたなら、俺は絶望していたかも、しんねぇな。
この光景にビビって、絶望してかも、しねんねぇ………。
でもよ、俺の手はまだ……尽きちゃいねぇ……!!
むしろここからが本番で、俺が命を懸けるところだ!!!
「何をっ……!」
こんな“未来”になんて絶対にさせない。
俺はあいつらの未来を守るんだ!!!!
カイルは紫色の瞳のまま、右手で自分の胸に突き刺さるダンゾウの手を押さえ、左手の内に魔法を具現化する。
それは大きな炎だった。
それだけでも十分な威力となる火の魔法。
カイルはその炎を……一気に収縮させた!
「っ!!?」
卵ほどの大きさにまで、魔法が圧縮される。
魔力密度が……常識を超えた高さを叩き出す。
戦いに身を置く人間は、自分の扱える範囲でしか魔法を使わない。
暴発の危険性を孕んだ魔法など、使おうともしない。
戦闘中に自分の魔法が原因で死ぬことなど、笑い話にもならないからだ。
……だが、カイルのこの魔法は……暴発込みの魔法なのだ。
以前、カラクムルの街の近くの湖の半分を吹き飛ばした魔法。
自らも危険に晒す……自爆紛いの魔法だ。
膨大な魔力で収縮された火の魔法を解き放つ技。
しかも、あの時のカイルの魔法は米粒程の大きさだった。
その大きさでも、それなりの大きさの湖の半分を吹き飛ばしたのだ。
今、カイルの手の内にある魔法は、卵サイズ。
威力がどうなるかなど……簡単に推測できる。
「我を道連れに自爆!?
だが、お前の何処にこんな魔力が存在……!?」
動揺するまま、ダンゾウは見た。見て……しまった。
「何だろうなぁ……ダンゾウ。
お前の毒は……俺を奮い立たせるけど……
それと同じくらい……俺を怒らせる……!!」
ビキビキと、音を立てて、カイルの姿が変化していく様子を。
翼しか変化しないハズの有翼族。
それが、ダンゾウの目の前でさらなる変化を遂げていく。
翼部分から朱色の羽毛がカイルの身体を覆い、見るものを魅了するような美しい尾羽が生えてくる。
その尾羽はカイルの身の丈程大きく、頬の辺りも、僅かばかり羽毛が覆う。
徐々にだが、翼も大きくなっていく。
そして……身体が変化していくにつれて、元々膨大なカイルの魔力がさらに跳ね上がっていた。
カイルの耳元、目の前には未だに凄惨な光景が広がっている。
それを見せつけられ、カイルは闘志を燃やし、怒りを燃やす。
変化が……続いていく。
「まさか……お前は、変異……!?」
跳ね上がっていく魔力が掌の魔法に次々と注がれていく。
躍動するような激しい炎がカイルの魔力によって無理矢理に押さえつけられる。
それはまるで風船に際限なく空気を送り込むような作業。
違うのは、風船の強度と爆発したときに得られる結果だ。
「完成する前に……仕留めればよい話!!」
ダンゾウは空いている左手でカイルの腹を殴り付ける。
カイルの思い描くサイズに達する前にカイルの命を狩るために。
刺の生えた鉄拳がカイルの肉を抉り、溶かす。
深く、深く拳を食い込ませ、内臓を破壊する。
「うっぐぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
明らかに致死量の血が流れていく。
だが、カイルは倒れない。
そもそも、心臓を貫かれているのだ。
既に、いつ死んでもおかしくない。
彼を生かすのは……勝利への渇望。
仲間達への、想い。
――絶対に!!!!!!
スミレの未来を、反乱軍の未来を、守って見せる!!!!!!!
「何故死なない!? 何故そこまでする!!?
お前と反乱軍に、スミレにそこまでする関係はない!!
自爆してまで、助けるような間柄ではない!!」
ダンゾウが焦るように叫ぶ。
しかし、そんな言葉はカイルの動きを鈍らせることにはならない。
「俺とあいつらは、もう仲間なんだ!!
命を懸ける理由なんて、それで十分なんだよぉっ!!!!!!!!!!!」
カイルが叫ぶと同時に魔力の上昇が止まり、カイルの瞳を侵していた紫色がかき消え、カイル本来の、澄んだ緑眼に戻った。
カイルの手の内の魔法は、さらに大きくなり、掌で持ちきれない程の大きさになっている。
――もう、十分だ。さぁ、いくぜ……!!
「ビッグバン!!!!!!!!!!!!」
カッ――――――――
カイルの掌の炎の玉が……一瞬の光を放ち……
大爆発を起こした。
「これで、最後!!!」
スミレが実験体の最後の一体に止めを差す。
「よし……これで後はダンゾ--」
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!!
その直後に、頭上で大爆発が起こった。
閃光のような強烈な光が頭上で炸裂し、鼓膜を破るような暴音が実験場に轟く。
その爆発の衝撃はスミレ達にも届き、戦っていた反乱軍を吹き飛ばしていった。
――何……っ!? この爆発は!!?
熱波と衝撃と風圧と瓦礫が反乱軍を襲う。
反射的にスミレは身を屈め、熱波の風圧をやり過ごす。
頭上でものすごい音が鳴り、瓦礫と、衝撃をやり過ごせなかった反乱軍の人間が飛んでいく。
スミレはしっかりと地面に手を突き、衝撃を堪えていた。
そうして数十秒経った後、悪夢のような大爆発は……余韻を残しながら終息した。
土煙が辺りを舞い、視界がすこぶる悪い。
誰も彼もが混乱する中、一人の反乱軍が叫んだ。
「み、皆!! 上を見てみろ!!!」
それに釣られて、空を見上げる。
そして、見上げた者は皆、一様に固まり、うわ言のように唱える。
「嘘……」
「信じられない……」
「こんな日が……来るなんて……」
そこにはもう、帝国実験場を覆う灰色の空はなく……
少し明るみ始めた……夜空があった。
朝方なので、星はあまり見えない。
僅かな光の星がちらほらと見えるだけだ。
しかし、それでも反乱軍にとってはどんな素晴らしい天の川よりも神秘的に見えた。
薄暗い夜空であっても、どんな青空よりも晴々しく見えた。
どこまでも、どこまでも広がる空に……反乱軍は、実験場の人間はただひたすらに魅入られていた。
そして、空を見上げていたスミレの目に一筋の光が差し込む。
「眩しっ!」
急に光が差し込んできたせいで目が眩む。
それはスミレだけでなく、周りの人間が皆そうであった。
目がチカチカする。
けれど、その光源が何か分かれば、手をかざし、見ることを止められない。
視界が滲み、輝く光が……目に染みた。
「朝日……!!」
夜明けの光が、実験場を照らす。
暖かな光が、抑制されることなく、惜しみ無く灌がれる。
何年ぶりかの日光、夜明けに、自然とその場にいる者は涙を流す。
全身で日の光を浴びて、空を見上げて涙するのだ。
夜明けの光は長い長い戦いの終わりを、闇の中の生活の終わりを告げ、反乱軍に自由を告げる。
「か、カイルさんは……カイルさんはどうなったんですか!!?」
ユナの一言で、感動に浸っていたスミレの意識が急に覚めた。
感動に涙していたエルもクレアも、彼を知る全員が立ち上がる。
「爆心地はあっちだ!! 行くぞ!!」
ディアスのその言葉で、ユナ達十二人は爆心地に急いだ。
爆心地と思われる場所のちょうど、真下。
そこに、カイルはいた。
何故か安っぽいシャツと、パンツを着ていたが……その身体には……傷一つ見受けられなかった。
健康的な肌色で、毒に犯されている様子もない。
クレアが診ても、その身体は健康体そのもので、異常は全く……無かった。
毒も解毒されていた。
辺りにダンゾウの気配は無く、魔力も感じない。
襲ってこないことを見ると恐らくあの爆発に巻き込まれて、跡形もなく消えたのだろう。
どうしてカイルが無事で、傷一つないのかは疑問だったけれど、戦いが終わったことを……本当に実感した。
ユナは無事で良かったです、とカイルを抱き締め
フィーナとマリンは終わったわね、と顔を見合わせ
リュウセイは勝って当然だぜバカイル、と罵り
クレアとディアスとザフラは不思議そうにしながら、笑い
サテラとパックとエルとジャックは喜びのあまり跳び跳ねる。
全部……終わったのだ。
――本当に……終わったんだ……皆生き残れて……自由になれた……!!
「スミレ」
リュウセイ……?
「どうだ? 変わらねぇ“未来”なんかねぇだろ?」
「うん……!! ほんとに……スゴいよ……!!
皆、スゴいよ……!!!」
死ぬことを覚悟してた。
皆に恨まれて死のうと思ってた。
変えられないと、そう決めつけてた“運命”が……変わった。
カイルさんと……リュウセイ、そして、皆の手で……!!!
“運命”を変えたんだ!!
「よかった……ほんとうに……よかったよ……!!」
肩の荷が降りたような気がする。
あれ……どうして……涙が……
「お前も、よくやったよ。
今まで頑張った。もう無理しなくていいんだ。
全部……終わったんだよ」
リュウセイはスミレをそっと、抱き締める。
慈愛に満ちた瞳で涙を流すスミレの背中を優しく撫でる。
「ふっ、ぅぅ……うわぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!」
辛い運命から解放された少女は子供のように泣く。
年相応に、涙を流して、リュウセイの胸のなかでスミレは安心と喜びからひたすら泣く。
陽光差し込む実験場で……彼女はやっと……自由になれたのだ。
もはや縛られることない自由の光が、いつまでも、スミレを包んでいた……。