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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第二章~絶望の帝国実験場~
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第五十八話―明けない闇の流れ星

 







――助けてって……言ってる気がしたんだ。





 逃げてって、俺達に叫ぶスミレは痛々しくて、死にたいって言ってる癖に、そんなことは思ってやがらねぇんだ。



 それは、俺の妄想かもしれない。



 でも俺には………死にたい、逃げてって言うあいつが--





 助けてって……言ってるような気がしたんだ。





 俺は救ってやりたい。


 このクソッたれな“運命”とやらから


 絶望しかない“未来”から


 スミレを……救ってやりたいんだ。



 だからよぉ……!!!



「こんな……ところで……終われるかよぉ……!!」



 勝つんだろうが。

 守るんだろうが。

 救うんだろうが。


 寝てる暇は……ねぇんだよ!!


 痛みなんざ知ったことか、危険だとか知ったことか。

俺の気の緩みがこの結果を招いたんだろ。

それくらいが何だってんだ!!



「ぐぅぁぁ…ぁ…!!!!!!!!!!!」



 雷をウィルに切られた箇所に持っていき、魔力で抑えるのを止める。

解き放たれた雷が……俺の身体を焼く。


 焼く。


 焼く。


 そして……塞いだ。


 傷口を焼いて、応急処置をした。



「ハッ……!!」



 これで、まだ、戦える!!!



「来やがれ半獣。俺はまだ……死んでねぇ」



 上空に佇むウィルを睨む。

圧倒的な地力の差は嫌って言うほど理解した。

俺の攻撃じゃ、傷を付けることすら出来ないのも理解した。


 それでも俺は負けるわけにはいかねぇんだ――



「グルゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」



 吠えて、二つの剣を構えて、ウィルはリュウセイに向かって突進する。

リュウセイは左手に小竜景光を持ち、双星を右手の内に具現化させ、そして三本目の巴も空中に具現化させる。


――……やることは変わらねぇ。

俺には、七星流しかねぇんだ。


 膂力が足りないことも、カイルに比べりゃ魔力が少ないことも分かってんだ。

ウィルを倒すにゃ、それが必要なことくらい分かってんだ。


 それでも俺には、ジジイからもらった七星流しかねぇ……。

足りねぇもんを嘆いていも、意味がねぇんだ。


 大きく息を吸い込み、息を整える。

傷口は未だに高熱を帯びていて、脂汗が気持ち悪いくらいに吹き出てきやがる。

それでも呼吸を整えて、ウィルを迎え撃つ!!



「七星流・弐の型・双星・巴!!!!」


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」



 リュウセイは自分の手足のように三本の刀を動かす。

速さを追求し、技術を追求したリュウセイは単調で単純なウィルの攻撃をあっさりと捌いて切りつける。

刀がウィルの肌に触れる度、甲高い金属音が鳴る。

切っても切っても、リュウセイの方が劣勢にみえてしまう。

どれ程激しい攻撃を浴びせても……返ってくるのは鋼の響音。

傷の一つすら……付かない。


 それでも、リュウセイはウィルを切り続ける。

時おり見せる攻撃を省みない攻撃に苦心しながら、攻撃の手を一切休めずに、ウィルの硬質な身体を切り刻む。


 二人の立ち位置は時間と共に入れ替わり、変化していく。

下になったり、上になったり、相対したり……だが、二人の立ち位置は変化しても二人が切り結びながら、進む方向には変化がなかった。


 それは、リュウセイが双星・巴を使い、ウィルの進む方向を制限しているからで、ウィルをある場所に誘導しているからだ。



「七星流・肆の型・極星!!」



 目標まである程度の距離まで来ると、リュウセイは身体を大きく回転させ、極星でウィルを吹き飛ばす。




 実験場中央の……実験塔に。


 吹き飛ばされたウィルは、塔の中腹当たりにぶち当たり、リュウセイの狙い通りに塔の中へと入る。



「七星流・肆の型・大極星!!!!!」



 ゲンスイの切斬舞のように刀の先から雷が伸びる。

長く、長く伸びる雷はウィルの鞭のようだが、ゲンスイの切斬舞と同じく、その雷はあくまでも刀の延長なのだという錯覚を見ている者に起こさせる。


 リュウセイはその刀のまま、極星を放つ。

長く延長した刀は塔に食い込み、リュウセイの回転と同時に実験塔を両断した。



――これで潰れてくれりゃ……もうけもんだな。

そうじゃなくても少しくらいは傷を負っていてくれよ……!!



 ダンゾウとフィーナ達の戦いでかなりの損傷を負っていた実験塔はリュウセイの一振りで、がらがらと崩壊を始めた。


 まるで、あの時のカルト山のように。


 瓦礫が粉塵を撒き散らしながら落下し、凶悪な凶器となって、ウィルを押し潰していく。

そして、たったの数秒で、実験塔はただの瓦礫の山となった。


 動きが無く、静寂が辺りを包む。



――潰れたか……?



 確認するために、リュウセイは実験塔の残骸の上に降り立った。

周囲を油断無く警戒し、物音が聞こえたらすぐに一ツ星を射てるようにあらかじめ構えておく。

そして……



 がらり……という、音がした。








「っ!! そこかっ!! 七星流・壱の型……」


「わーっ! アホ! リュウセイ!!

敵やない! ワイや! ジャックや!!!」



 そんな声を上げて地中から現れたのはジャックだった。

慌てて手を振り乱し、地面から出てくるジャックを見て、リュウセイは刀を納めた。


 

「おいリュウセイ。お前何やってくれとんねん。

ワイらを生き埋めにする気か?」


「……そーいや……実験塔に行くなんて言ってたな……」


「何を忘れとんねん! つーかお前ウィルはどない……」



 がらり……と再び音がする。


 今度こそ本物だ。

薄汚れた金髪に貼り付けられた亀の甲羅、そして尻尾。


 その体躯には……やはり傷一つなかった。



「やれてないみたいやな……!」


「うっせぇな……これからだよ」



 一方のリュウセイはと言うと、右肩から斜めに大きな火傷の痕があり、汗は大量に流れていて、一言で言えば満身創痍だった。


 ジャックはその姿に一抹の不安を覚えた。

スミレの予知した最悪の“未来”が脳裏をよぎる。

ジャックはよぎった想像を頭を振って霧散させ、リュウセイに語りかけた。



「スミレちゃんが……この下におる」


「……」


「解毒剤は飲んだ。あの子の心はユナちゃんが救ってくれた。

後は……お前ら兄弟が勝つだけや」


「………………ハッ! そうかよ……。

だったらもうこの戦いは終わったも同然だな」



 バチッ……!



「……勝てよリュウセイ。

スミレちゃんの“未来”を、変えてやってくれ」



 バチバチッ……!!



「ああ」



 バチバチバチバチッ……!!!!



「そんなクソッタレな“未来”は……ここで俺がぶった切ってやるよ!!!!!」


「グルルルルオォオォアオオオオオオォオォアオオオオオオオオオオォオォアオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」



 二匹の獣は再びぶつかる。


 粉塵が舞い、血飛沫が舞い、雷が舞い、水が舞い、刀が舞い、剣が舞い、人が舞う。


 先程までとは比べ物にならない激しい剣激。

実験場の暗い闇色の空で、未来を決める戦いが再び始まった。












「ジャックお兄ちゃん……何が起こったの?」



 気が付けば、ジャックが出てきた穴からスミレ達が出てきていた。

スミレは先程よりも随分と血色が良くなっている。

まだ戦うことは出来そうにないが、歩くくらいは問題なさそうだ。



「さっきの衝撃は、リュウセイがこの実験塔を破壊したもんやったみたいやわ」


「……そのリュウセイは?」


「あそこで、戦っとる」



 顔を上げれば、激しくぶつかり合う二人が見える。

雷で無理矢理に身体を強化したリュウセイと、実験で無理矢理に強化されたウィルが斬り結んでいた。

スミレはそれを見て目を見開く。



「あんな風に無理矢理身体を強化したら……!!」



 使えば使うほど、体繊維や神経系はボロボロになり、最悪、一生治らない傷を負うだろう。

しかし、それでもリュウセイはその方法に踏み切った。

そうでもしないと……勝てなかったのだ。



「止めようなんて」


「考えちゃダメよスミレちゃん」



 フィーナとマリンが、視線を戦闘に向けつつスミレに言う。



「あれが、あの子の覚悟」


「あなたを助けたいと思う覚悟」


「邪魔しちゃダメ」


「大丈夫よ」


「「あの子は、リュウセイは、絶対に勝つから」」



 二人は確信を持ってその言葉を口にした。

姉として、弟のことを信じ、任せたのだ。

スミレはただ、上空を見上げて拳を握り締めた。



――リュウセイ……私、まだあなたに謝ってない……!

騙したことも、斬りつけたことも、謝らなくちゃいけないのに……!!

今すぐにでも空を駆けて、あなたと一緒に戦いたい。


 でも、まだ私は戦えない……。

毒の影響がまだ完全に抜けてない……。

それに、マリンさん達の言う通り、邪魔しちゃ……いけないんだと思う。


 リュウセイ……私は流れ星になんか祈らない。


 そんな曖昧なものに、私はすがらない。


 でも、でもね。



流星リュウセイ……お願い……勝って……生きて、帰ってきて……」



 あなたには、祈ってるから。


 





















「ハッ! これでも切れねぇなんて……一体どんな身体してんだテメェはよぉ!!!!」



 双星・巴を使い、雷の身体強化によって先程よりも数段力のある太刀がウィルの身体に叩き込まれる。

しかし、それでさえもウィルの身体を切ることはなく、キィンという音と共に弾かれてしまう。


 雷による身体強化。


 それは諸刃の剣。


 使えば……それ相応の反動が後にリュウセイを襲うだろう。

そんな危険な技を使ってもなお、リュウセイはウィルに傷一つ、付けることは出来ないでいた。



「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」



 ウィルは無尽蔵にも思える魔力で自身の身体を強化し、硬化する。

リュウセイを捉えようと、身体に染み込んだ技術の命じるままに、二属性の剣を振るう。



「ぐっ……」



 ウィルの剣を受けて、リュウセイがよろめいた。

どこかの筋が、虫を引きちぎったような嫌な音を上げた。



――雷の身体強化……もう反動が出始めやがったか……。

だったら……………っ!!!!



「七星流・漆の型・臥竜天星!!!」



 七星流、最大最速の技、臥竜天星。

一瞬の間に極星を七連続で叩き込む技。

かつてはこの技で部隊長であるアジハドを下したリュウセイの、七星流の最高の技だ。

回転し、回転し……七回、斬りつける。




 ギギギギギギギィィィィィン………




 鉄を切ったような甲高い音と共に……ウィルは臥竜天星を食らった。

リュウセイは最後の一撃をいつも以上に腰をひねり、回転を加えて放つ。


 そのせいでいつも以上に吹き飛ばされるウィル。

飛ばされていく様をリュウセイはちらりと確認したが、やはり、傷はないようだ。



――……ダメか。



 だが、それでもリュウセイは悲観したような顔を見せなかった。



――七星流の技は効かねぇ。

でも……まだ……手が残されていない訳じゃない。


 俺が考えた・・・・・七星流の技が、まだ残ってる。





 俺の技。


 俺が作る……七星流の新しい技。


 七星流の型は効かなかった。

だから、俺は新しい七星流を……作る。

ジジイに貰った七星流は……口に出しちゃ言わねぇが、大切なもんだ。

でも、だからこそ、俺は自分で新しい型をそこに加える。

止まっちゃいけねぇんだ。

七星流はまだまだ……俺が強くする。


 巴や、大極星も俺が七星流を改良したもんだ。

ウィルにゃ効かなかったが……技としちゃ十分。

だから、今度はこいつを切れる技を。

改良じゃなくて、全く新しい……俺だけの技を。


 技のイメージは随分前からあった。

その為に……ジャックに作ってもらう刀に【能力】をつけてもらったんだ。

だが、魔法と【能力】の併用が俺には困難であんまり長い時間はもたなかった……。

そのせいで実戦で使う機会はなかったが……。



 リュウセイは、刀を脇構えに構えて、目を閉じ、意識を自分の内に、手の内の刀に集中させる。



 刀が、黄色い光を放ち、小竜景光の【能力】が発動される。



 リュウセイの刀から、光の粒が出てくる。

それは砂金のように細かく小さな粒子。

一粒一粒が光を放ち、集まるそれは、柔らかな光源とは言い難い程の光量が溢れ、闇夜を照らす光となる。




 魔晶




 そう呼ばれる物質がある。

それはあるモンスターの【能力】によって作られる物質。



 どんな金属よりも硬く


 羽のように軽く


 雪のように儚い



 魔晶とは魔力の結晶。

ウィルが足場にしているような高密度の魔力とは全くの別物だ。

魔力が形を持たない無形のものであるのに対して、魔晶は形を持つ有形の物質だ。

そして、魔晶は元が魔力であるせいか、長い時間その形態を保てない。

十秒も置いておけば、魔力となって空気中に還元することになるだろう。

しかし、その十秒だけは、この世の何よりも強い物質であれるのだ。


 その【能力】は【晶化】と言う。


 魔力を魔晶へと変える【能力】であり……小竜景光の、今まで明かされなかった【能力】だ。


 魔晶が刀を覆いつくし、ぼんやりと包むようになると、リュウセイは次の段階へ技を進める。

魔晶は放っておくと空気中に還元される。

ゆえにリュウセイは魔晶を作り続けたままだ。


 雷が、刀から迸る。


 魔晶が雷に導かれるように動き、刀の周囲を高速で動き回る。

大きな光を放ちながら、魔晶は絶えず高速移動しながら、霧のような形状でリュウセイの刀にまとわりついている。



 それはまるで、夜空に浮かぶ星のよう。







「七星流・纏いの型・流星」

 





 リュウセイは動く。

雷による身体強化を行いながら滑るように空を進む。

そして、リュウセイの刀から溢れ出る魔晶が、糸を引くように空へと還元されていく。


 その光景を地上から見たものなら、今のスミレのようにこの感想を口にするだろう。



 流れ星、と。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」



――ブチブチと、嫌な音がなる。


 俺の身体の壊れる音がする。


 限界まで身体強化をして、もしかしたら、後遺症とかも残るかもしれない。



「グルゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」



 それでも、構わないと思った。


 これで、決める。

これで、終わらせてやる!!!!



 二人が、何度目か分からない斬撃を空に刻む。

リュウセイは脇構えから横凪ぎに。

ウィルは振りかぶって打ち下ろす。


 三つの刃がぶつかる。

しかし、音が明らかにおかしい。

キキキキキキキキキキ………

と接触しているだけのはずなのに絶えずウィルを切った時と同じ甲高い音が鳴り響く。

原理は簡単だ。

魔晶が高速で動いているため、それがチェーンソーの刃のような役目を果たしているのだ。

この世で最も強い刃に、切れぬものはない。

ピキ、とウィルの双剣に罅が入る。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 

 リュウセイは、そのまま双剣を切り裂いた。

そして……



「これで終わりだクソヤロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」



 ウィルをも、切り裂いた。
























 ……ハズだった。



「グゥゥォオオアオオオオオオォォォォォオオオオオオオオオオオ!!!!」


「なっ、ぁ゛………!!!???」



 ウィルは無傷……ではないが、リュウセイの刀はウィル皮を一枚切っただけであり、致命傷には……到底至っていなかった。

武器を失ったウィルは剣を捨ててリュウセイを殴り飛ばす。



――こんな……ところで……!!



 もし、もう少しリュウセイに膂力があったなら、ウィルを切れただろう。


 もし、もっと高密度の魔法を使えたなら、流星を使うことなく雷でウィルを焼くことが出来ただろう。


 それも全て、後の祭り。


 今更、である。



――身体が、もう……!!



 過度の雷による身体強化でリュウセイの体はもうボロボロ。

雷による身体強化は細い電線に雷に匹敵する電量を無理矢理流すようなものなのだ。

無理が出て当然。ガタが出て当然なのだ。

細い電線はショートするように弾け、壊れる。



「グルゥオオオオオオオオオ!!!!」


「がぁっ…………!!!」



 殴られる。



「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」




 殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。



 一方的な暴力だった。

剣を捨てたウィルはたがを外した獣のようにリュウセイを殴る。


 その度に重い一撃が、リュウセイを襲う。


 顔が、頭が、鼻が、口が、耳が、目が、翼が、顎が、首が、腕が、手が、指が、爪が、肩が、肘が、胸が、脇が、腹が、肋骨が、太股が、膝が、脛が、殴られる。


 粘土細工の作品を破壊するように、リュウセイの身体が破壊されていく。


 嫌な音が鳴り、鉄臭い匂いが口の中を満たす。


 視界が物理的な意味で赤く染まり、ウィルの拳も……赤く染まる。


 リュウセイが地面に叩き落とされる。


 ウィルはそんなリュウセイを……ただ殴る。

原型がなくなるまで……肉片を残すまいとするように……殴る。


 リュウセイの意識が………闇の中に沈んでいく。



――殴られているのが、どこか遠くの感覚みてぇだ。

痛みを感じない訳じゃない。

ただ、ああ、殴られているんだな、と感じるくらいだ。


 ひょっとすると……俺はもう死んでるのかもな。


 こんなに殴られて、血が出てるんだ。

そんな気がする。

心臓の音だってもう聞こえない……


 俺って何をやってたんだっけ……


 何で俺はこんなことになってるんだ……


 いや、もうどうでもいいか……


 死んだらもうどうしようも出来ねぇよな……


 このまま眠って「リュウセイ!!!!」


 誰だ? 姉貴か……?


 クソっ、ちょっとは殴るのをやめろよな……

見えねぇじゃねぇかよ……

赤い……これは血か……見えにくいったらありゃしねぇぜ……


 ちょっとだけでいいんだ……のけよ……

瞬きしたら、マシになるか……?


 あぁ、大分マシだ。


 叫んでるのは……一体誰だ?


 

「何負けそうになってんのよ!!!!!!」



 むらさき色の……あれは、スミレ……?



「あなた……言ったじゃない……!!

変えられない“未来”なんてない……俺達が“未来”を切り開いてやるって……!!


 私を救ってくれるって……言ったじゃない……!!


 “未来”を変えるんでしょ!!!

こんなところで死なないでよ!!!!!


 私はまだあなたに何も謝ってない!!

生き残ったらお礼だって言いたいの!!!

なのにあなたが死んでどうするのよ!!


 お前を救って俺達も生き残る。

後は何とかしてやるから流れ星にでも願ってな、ってカッコつけて言ったくせに!!!!


 ダンゾウどころかウィルなんかに負けそうになって……それでよくあんな大口叩けたわね!!!!


 私は流れ星になんかに祈らないけど、あなたに……リュウセイには願ってるのよ!!


 立って……そいつを倒して、ダンゾウを倒して……私の“未来”を変えてみせてよ!!!!


 流星は全てを切り裂く刃の軌跡なんでしょう!!?


 同じ名前を持つなら、全部切ってみせてよ!!!


 


























 私を助けてよ!!!!!!!!!






























 リュウセイ!!!!!!!!!」
























 



 どくんっ……!!!




 心臓が、動き始める……音がした。









 


 ああ……そうだ……!!!

俺は何こんなところで寝っ転がってやがんだ。

スミレを救うんだ!!

助けるんだ!!!!!!


 何自分勝手に終わろうとしてんだ!!!!


 スミレは……俺が助けるんだろうが!!!!!!



「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」


「ガァッ!?」



 ウィルの拳を掴んで投げる。


 雷による身体強化。


 後でどうなろうが知ったことか。


 限界がなんだってんだ。


 流星を発動させる分以外の魔力を全部身体強化に回してやる。


 身体への負担なんてクソ食らえ!!!!!!


 

「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」



 まだ………だぁっ!!!!!!!

まだ、魔力は尽きてねぇ!!!!!!!!


 もっと、もっと、もっとだ!!!!


 ウィルを切る力を!!!!!


 スミレを助ける力を!!!!!!!!!



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」



 雷が、リュウセイの身体を包み、その姿を隠す。

それほどまでに無茶な身体強化をすれば、後にどうなるかは明白だった。

だが、リュウセイは自分の限界を越えて、スミレを助けるために今使える全ての魔力を注ぎ込んだ。

雷が身体を駆け巡り、神経がズタズタに裂かれる感触がリュウセイの身体に降りかかる。

だが、止めない。

世界の終わりのような叫び声を上げながら、リュウセイは強化を続ける。





 そして、唐突に、叫び声が……変わった。





「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!!」



 痛みによる叫び声が限界を越えた……のではない。


 そんな理由ではない。


 そういうものとは明らかに一線を隠している。

頭が割れ、腹の底に響くような音。

今までの悲痛な叫びとは訳が違う。


 それを聞くものが畏怖を覚えるような……そう……言うなれば………


















         龍の………咆哮。






「何……あれ……?」


「マリンさん、フィーナさん……リュウセイって一体……」



 雷がリュウセイを包むのを止めた時、ソレは現れた。


 リュウセイの【能力】は【形態変化】


 有翼族という翼を生やす種族。


 ……翼を生やす……だけの種族だったはずだ。


 それが、今はどうか。


 翼だけではない。

身体全体が……変化してしまっている。


 尻尾が生え、腕を、身体を、鱗が覆って、瞳が縦に細くなり、翼が生えている。


 竜人族ドラゴニュートのように見えるが、違う。


 顔は多少鱗が覆っていること以外はリュウセイのものだし、翼が生えている。


 そしてなにより、肌で感じる圧力が……ソレを竜人族ドラゴニュートとは全く別のものだと告げている。


 身体強化に全力で魔力を注ぎ、枯渇寸前だったハズのリュウセイの魔力が……回復して、いや、元々のリュウセイの魔力よりも多くなっている。



 生き物としての格が違う。


 そう思わせるほどの存在感。


 それだけなら、まだいい。

この全身を走る気持ちの悪い悪寒はなんだ?






 まるで開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったような……






「マリンさん、フィーナさん?」



 ジャックが二人の方を向くと、二人は頭を抑えて踞っていた。



「マリンさん、フィーナさん!?」



 慌てて駆け寄ったジャックに二人は弱々しく答える。



「こ、この感覚は……」


「記憶が………」


「なっ!?

記憶は全部戻ったんとちゃうんか!?」


「全部、戻ったはず……」


「でも……これは……確かに、記憶が刺激されてる、わ」


「どないなっとんねん……」



 誰も状況を把握出来ないでいる。

そんな中、リュウセイが動いた。

身体が、白い魔力のようなもので覆われていく。

それは、まるで鎧。

純白の、一点の曇りもない鎧。

その鎧が形成されていくにつれて、化け物じみていたリュウセイの魔力、存在感とも呼べるものがさらに膨れ上がる。


 その鎧が全身を覆うと、リュウセイは先程と全く同じ脇構えで流星を発動させる。


 それは、先程の流星が霞むほどの流星だった。


 光量も、雷の質も、音も、魔晶の量も何もかもが違う。


 本当に何もかもを切り裂いてしまような輝きだった。


 それに対してウィルは動かない。

いや、動こうとしない。

まるで本能が戦うことを拒否するように……。


 そして、リュウセイは動く。


 そのスピードも、先程とは桁違いで、魔晶が還元されるときの流れ星の尾のような光で追いかけるのがやっとだ。


 ギィン、とリュウセイの刀とウィルの身体がぶつかる音がする。



「グルゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」


「ガルゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」



 ウィルは今更ながら抵抗を行う。

全力で死力を振り絞って、生きるために、本能のままに、【硬化】を発動する。

流星を纏った小竜景光はその硬い皮膚を削る。

キキキキキキキキキキ………。

必死に、竜に狙われたウィルはその暴虐に抗う。



「ガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」



 だが、それも一瞬。

先程までとは比べ物にならないほどの流星を纏った刀に、身体能力を行使するリュウセイの前に………ウィルの【能力】は負けた。














 リュウセイが刀を振り抜き、流星を解いた時、ウィルは真っ二つになっていた。


 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 勝利の雄叫びのようにリュウセイが吠える。

そしてぷつり、と何かの糸が切れたようにリュウセイは倒れ、竜のような姿も解けて、いつものリュウセイに戻っていた。


 傷は治っていないが……生きていた。

ウィルを倒し……生きていた。


 スミレは倒れたリュウセイに駆け寄る。

膝を付き、リュウセイの顔を見ると、にやり、と小バカにするようなリュウセイの顔があった。



「どうだ……切ってやったぞ……」



 満足そうにそう言ってリュウセイは意識を失う。

その顔に……涙が落ちた。

ぽたり、ぽたり、と何度も何度も滴が落ちる。



「うんっ……!!

スゴいよ……リュウセイ……っ!!!」



 泣きながら顔を歪めるスミレ。

安心したような泣き声と涙がリュウセイの上に降り注いでいた。




















「マリンさん、フィーナさん……大丈夫か?」


「ええ……」


「収まったわ……」



 よろめきながら、二人は立ち上がる。

顔色は少し悪かった。



「大丈夫かしら?二人とも?」


「クレア……」



 地下から、クレアと治療部隊が出てくる。



「解毒剤はたくさん作ったわ。

後はこれをディアス達のところに届けるだけ「その必要はないみたいよぉ」


「ザフラっ!?」



 クレアの後ろにはいつの間にかザフラと反乱軍の人間が数人。

そして……ザフラが指差した先には……



「ディアスに……エル!!」


「サテラもいるわ!」



 ディアス、エル、サテラ、そして反乱軍、足すことの実験場の人間達。

戦闘を終えて実験塔に向かって来ていたのだ。



「終わったのか」


「二つ壊してきたわ。

さっきの凄い声を聞いて実験塔に向かうことにしたのよ。

解毒剤は出来てるみたいよぉ?」


「それは助かる。毒で苦しんでいる者がたくさんいるのだ。クレア、そして、治療部隊の皆、感謝する」


「そんなお礼は後々、さぁ解毒剤を配るわよ」



 クレアが治療部隊に指示を出し、解毒剤を配る。

ディアスと一緒にここにやって来たエルはきょろきょろと辺りを見渡していた。



「パックは……」


「呼んだか?エル?」



 不安そうに呟いたエルの頭の上にへたりこむようにパックが座った。



「パック!!! 無事でよかったのです!!」


「無事も何も別に危険なことなんてねーよ」


「パック、結界管理魔具はどうした?」


「二つ壊した。【加速】しすぎて、オレっちちょっと疲れたぜ……」


「そうか……では……」


「実験塔の結界管理魔具は恐らく壊れてるから……これで、全部……壊したんですか?」


「せやな、これで……結界が壊れて、脱出することが出来る」



 全員が安堵してため息を吐く。

脱出への光が大きくなった。

自然と笑みが溢れる。


 この実験場から、やっと――



 だが……



「結界が解けたところで、我がお前達を逃がすことはない。


 仮初めの希望はここで終幕」



 最悪の男が、まだ残っていた。





 

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