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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第二章~絶望の帝国実験場~
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第五十七話―わたしが戦えないなんて……いつからそんな風に思っていたんですか?

 




 スミレがユナの胸の中で自らの想いを吐き出してから数刻の時間が経った。

泣いて、泣いて、自分の気持ちに素直になれたスミレの涙は……ようやく止まった。



「ユナ……さん。私……も、戦いたい」



 スミレはユナの胸から顔を離し、涙の滴を目の縁に貯めながらまっすぐユナの顔を見る。



「えぇっ!?

スミレちゃんフラフラじゃないですか!!

ダメですよ!! 安静にしていてください!!」



 ユナの言う通り、スミレの状態はかなり悪かった。

顔は熱を帯び、吐き気、頭痛、……数えるのが億劫になるほどの病状が確実にスミレの身体には現れていた。



「でも…っ……イヤなの……それでも……じっとしているのは、イヤ……!!!

お願い、私を…… 実験塔に連れて行って……!!

【毒焔】さえ…… なんとか出来たら……私だって戦える……!!」



 スミレは毒に犯され、苦しそうにしながらもユナから目を反らさずに言いきった。


 話すのも辛いだろう。


 顔を上げるのも辛いだろう。


 それでも、スミレは前を向き、戦いたいと願う。

それは新たな覚悟の表れであり、揺らがない強い意志の表れでもあった。



「……はぁ」



 ユナは、困ったようにため息を吐く。



「わたしも、カイルさん達に毒されてきたみたいですね……。

危険な橋を渡ることへの抵抗がどんどん無くなってきてしまいました。


 ……スミレちゃんの覚悟の程は、よく分かりました。

それを頭ごなしに否定するのはわたしの思うところではありません。


 それに私だって、待つだけの状況が少しイヤになってきた所です。


 ……行きましょうか、スミレちゃん。皆さんのところへ」


「……!! うん!!!」



 二人はゆっくり立ち上がり、ユナがスミレを支えるようにしながら歩き、バラックの外に出る。

ユナは実験塔をちらりと見る。

遠くもなければ近くもない微妙な距離だ。

しかし、毒に犯されているスミレにとってはとてつもない長い道のりになるだろう。



「わたしに寄り掛かりながら歩いてください。

解毒剤を飲んでも、それまでに体力を使い切ってしまっては意味がありません。

残念ながらわたしは腕力がないので、抱えて運ぶなんてことは出来ませんけど……そこはなんとか頑張ってください」


「だ、大丈夫です……実験塔くらいまでなら……っ、歩けます……歩いて……みせますっ…!!」



 二人は歩く。カタツムリのような速度でも


 一歩、一歩、前へ、前へ。


 戦うために


 生きるために


 踏みしめるように、歩を進めた。


 戦いの音が聞こえる。

この閉ざされた天井の下で戦っている人がいる。

命を懸けて、懸命に、スミレの為に戦っている人達がいる。

それを思うだけで、スミレは歩くことができた。


――あそこに着きさえすれば戦える。戦えるんだ……!!!


 朦朧とした視界で、私は歩く。


 ふらついた。


 ユナさんの身体に凭れかかってしまう。

熱くて、痛くて、苦しくて、死にそうだ。

目を堅く閉じ、耐える。

意識を飛ばさないように、必死に抗う。


 私は……ここで止まっちゃいけない。

進まなくちゃ……いけないんだ……!!

数十秒ユナさんに凭れて、少しは楽になった気がして、再び歩くために緩慢とした動作で目を開けた。





 そこには、一つの人影があった。

 


「だ……れ……?」



 輪郭がボヤけて、よく見えない。

焦点をたるんだ意志で何とか合わせる。

誰なのかは分からない。


 だけれど、その人が大きな一つ目をしているのは、分かった--



「あなたは……っ!!!」


「みぃづげだぁ」



 にやり、と汚い笑みを浮かべる男。

スミレの視界で見たように……大きな一つ目だった。


 それは、一つ目族。


 人間よりも大きな体躯と、その顔の三分の一を閉める大きな一つの目玉が特徴であり……


 〝許されざる種族〟の一つであり……



 かつて、ユナを帝国に売ろうとした種族だ。



「お゛めぇ゛のぜぇでオラだぢの一族はめぢゃぐぢゃだぞぉ……ユナ゛ぁ゛。

お゛めぇ゛が逃げだぜいで帝国側に゛付げながっだんだ」


「……知りませんよ。

あなた方もわたしを売ろうとしたんですから……おあいこです。


 そこを、どいて下さい。

わたし達は行くところがありますので」



 ユナは毅然とした態度で一つ目族の男を睨む。

睨まれた男の方は汚い笑みを浮かべたまま、ユナに一歩近付いた。



「……どいて下さい」


「オラぁ、じっでんだぞ?

お゛めぇ゛らごの騒動の犯人だろぉ゛?

妖精族ブェアリーのやづど話じでるのをオラぁ゛見でただ」


「だから、何ですか……」


「あ゛の時ど一緒だぁ゛。

お゛めぇ゛らを捕まえ゛れば、ぎっどオラ達はこごがら出られるだ。

ダンゾウざまにお゛めぇ゛を献上ずれば、オラ達は自由に゛なるだ」



 ユナの腕の中でスミレがビクッ、と動いた。


――こんな……ところで……!!

帝国に肩入れをする奴と会うなんて……!!

どう……しよう……。

私はこんな状態だし……ユナさんの魔力量じゃ……とてもじゃないけど、戦えない……。



「そうですか……なら、あなたは“敵”ですね。


 スミレちゃん、少しだけ、休んでいて下さいね」



 ユナは、スミレに負担がかからないように優しい動きで地面に座らせた。

そして、ユナはスミレから離れ一つ目族の方へと向かおうとする。



――無茶だ……!!



 スミレは思わず一つ目族と相対しようとするユナの服の裾を掴んだ。

手にあまり力が入らなくて掴むというよりは触れるような手付きであったが、ユナは止まった。


 

「ユナさんじゃ……む、り、だよ……。

私が……やる。

一回だけ、刀を振れば……いいの……。

私が、私が……」



 スミレはチョーカーに手を当て、手の内に闇属性の刀を具現化させようとする。

しかし、それはもやもやした黒い気体のようで、明確な形を持たなかった。

スミレは毒のせいで、刀すら具現化出来なくなるほど衰弱し、集中力も途絶えてしまっていたのだ。



「そん……な……」



――こんなことも、できないなんて……この、ままじゃあ……!!



「大丈夫ですよ。大丈夫ですから」



 ユナは裾を掴んでいたスミレ手を優しく放させ、一つ目族と向き合った。

ユナも一歩、前に出て、一つ目族に近付く。





 大きな目玉が、嗜虐的な形に歪んだ。




「お゛めぇ゛のひょろっぢぃ゛腕ど魔力でオラを゛止めら゛れる゛ど思っでるだが!!」



 一つ目族が両手を広げ、ユナに向かって突進していく。

ユナの魔力のなさ、力のなさは一つ目族の男もよく知っている。

故に、魔具も持たず、単独でユナを捕まえにきたのだ。


 そして、その判断は正しい。

ユナ程度の魔力ではさしたる驚異にはならないし、ユナ程度の力でどうこうできるほど、一つ目族の腕力は弱くない。


 普通に考えて勝ち目なんてない。


 しかし、巨漢の男が迫っているのにも関わらず、ユナは全く……動じない。



「全く……魔具を持っている人間とそうでない人間との力の差はあなたもよく知っているでしょうに……。


 まぁ、でもいいです。

何だか、身体を動かすのも久しぶりな気がします。

少しくらいは戦わないと鈍ってしまいますからね。


 流石に部隊長を相手にしろとか言われれば無理ですけど。

……そうですよ。

そもそも最近は戦おうと思ってもわたしの目の前に立っているのは部隊長ばっかりじゃないですか。


 はぁ……カイルさん達といると……ほんとに身がいくつあっても持ちませんね」



 ユナはそんな風に呟いて、迫り来る一つ目族をまるで意に介さない。

脅威だとも思っていなかった。



「う゛ぁ゛ぁ゛あ゛!!!!」



 ユナを覆うように一つ目族は飛び掛かった。

極めて原始的な攻撃。のしかかり。

しかし、疾走の勢いと全体重を乗せたその攻撃は普通の人間にとって馬鹿に出来ない。


 ユナは、それにも動じない。


 気負わずに、あくまで自然体に、今さらながら構えをとる。


 両の掌を相手に向け、右手を顔の前に、左手をへその前に置く。

目の前に、手で壁を作るような感じだ。

肘はやや曲げ、柔く構える。


 そして、飛びかかってきた一つ目族をあっさりといなした。


 右の掌で、一つ目族の胸を支え、左で腹を支え、レールの上を滑らせるように一つ目族をいなした。


 見蕩れる程に滑らかで、傍目から見ていたスミレにも何が起こったのか一瞬分からなかった。


 だが、その動きだけでスミレは十分過ぎるほど分かった。

武の道に通じるスミレだから分かる。

この気弱そうな少女は……カイル達に守られていて、頼り無さそうな少女は……魔力量こそ心許ないけれど……技術だけを見るなら……確実に“達人”の域にいた。


 腕力ではない、魔力でもない。

この少女の強さは……そんなところに依拠しているのではない。


 技術。


 洗練され、研鑽された強さだった。



「な゛ぁ゛……ぢょっど、方向を゛間違えちまっだだが?」



 さっきと立場が変わっていることに全く気が付かない一つ目族はのっそりと起き上がった。

頭をボリボリと掻きむしり、ユナの方へと向く。

その様子を見たユナは鼻で笑った。



「かもしれませんね。

この距離で間違えるなんてちょっと頭が大丈夫なのか心配になります」



 ユナらしからぬこの台詞にスミレは敏感に反応した。



――ユナさん……誘ってる……!!

次で決めるつもりだ……!!



「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!

ユナ゛のぐぜにぞんな゛ごど言うなんで生意気だど!!!

も゛ー怒っただ!!!

痛い゛目見せで立場のぢがいっでやづを判らぜでやるだ!!!!」



 スミレの読み通り、一つ目族は逆上し、ユナに向かって拳を振りかぶる。


 ユナの構えは先程とは変わっていた。

右手は掌を相手に向けたまま、腰に。

左手は立てて、顔の前に。

右足を引き、左足を前に、重心をやや前に。

関節はやや曲げ、柔らかく、自然体に構える。


 そうして、振るわれた拳をユナはまたも、ため息を吐きたくなるほど鮮やかにいなす。

左手で相手の拳を包むように横から優しく押して顔面を狙った軌道を逸らす。

顔の横で風切り音が鳴るが、ユナの顔には傷一つない。


 そのままユナは右足で踏み込み、腰に構えていた右手を解き放った。



「護身柔拳・奈落剄グロル・シュピッツ!」



 一つ目族の胸にユナの掌底が深く突き刺さった。

それと同時にユナのブレスレットが黒く輝く。

その光は一瞬で、カイル達と比べれば塵のように小さな魔力であった。

しかし、効率を極め、無駄のないユナの闇属性の一撃は一つ目族の身体を大きく振るわせた。


 その一撃は【透徹】のように、内部へと響き、一撃で一つ目族に膝を付かせた。



「な゛ぁ゛……っ!?

何で……オラが……お前み゛だいな……女に゛……」



 一つ目族は本気で訳が分からないようだった。

それも当然と言えよう。

大して魔力もない、腕も細いユナに一撃で沈められたのだ。


 それに対してユナは両手で長い髪を後ろに流し、笑顔で答えた。



「わたしが戦えないなんて……いつからそんな風に思っていたんですか?」





――――――――――――――――――――







「なぁにが……勝つのはあたし達……や。

状況分かってんのかアホ共。


 お前らを囲んどるんは百十八体の実験体。

ウチが作った魔具やぞ?

一体一体が【能力】を持ち、魔力も強化されとる。


 どう足掻いたって、お前らはここで死ぬんや」



 エレナは舐めきった表情でマリンとフィーナを見る。

彼女の周囲……というかフィーナ達の周りには、有象無象の元人間達がひしめき合い、涎を垂らし、腐った魚のように白濁した目をして、エレナからの命令を待っていた。

どいつもこいつも人間離れした形のゾンビのようだ。



「ねぇ、クレアさん」


「一ついいかしら?」


「なにかしら?」


「あなたも解毒剤を求めてここに来たのよね」


「ここに……っていうかこの実験場に解毒剤がないっていう事実が分かったわけだけど……」


「「あなたはどうするの?」」



 フィーナとマリンはそんな周囲の状況に一切意を介さない。

エレナの言葉も全て無視し、クレアに問いかけた。



「無ければ作ればいいじゃない。

私を誰だと思ってるのかしら?

治療部隊隊長、クレア・エムプーサよ。

症状を見れば、どんな毒かなんてすぐに分かるし、それに対する解毒剤の作り方もちゃんと頭に入ってる。


 ここは実験場、素材に困るなんてことはあり得ない。

だから私と治療部隊の人間がいれば、解毒剤が無くたって、何の問題もないの」



 盛大に胸を張る。

自信に満ち溢れた顔はその言葉が嘘でないことを物語っていた。




「それは、スミレちゃんの毒も何か分かっていて」


「その毒に対する解毒剤も作れる」


「「そう取ってもいいのかしら?」」



 ダンゾウの【毒焔】。

定期的に摂取しなければ、禁断症状を引き起こし、高熱、吐き気、頭痛……。

数え上げればきりがないほどの症状をその身体に背負わせる残虐な毒。


 クレアは二人の質問に笑って答えた。



「もちろんよ」



 揺るぎない自信。

戦闘は出来なくとも、クレアには、それに並ぶだけの薬学技術と知識があった。


 ジャックが魔具製作に異常に特化しているように


 クレアも治療に関わる技術に異常に特化している。


 性格は腐っていたとしても、隊長と呼ばれるだけの技は有しているのだ。



「そう、なら交換条件よ」


「「あたし達がこの状況を何とかするから、あなたは真っ先にスミレちゃんの解毒剤を作って」」



 周りを見れば百十八人の実験体。

どう考えても詰みの状況で……


 二人は笑いながらクレアに依頼した。



「その条件、喜んで飲ませてもらうわ」



 クレアも笑顔で答える。

決して楽観できるような状況でもないのに、この二人ならなんとかしてしまう、そんな気がしたのだ。



「さぁ、出来もせぇへん与太話は終わったか?


 こっちはいつでもええねんぞ?」



 エレナが憮然とした態度で喋る。

攻撃をしなかったのは、自分の作りあげた魔具に対する絶対の自信の表れであり、フィーナとマリンを完膚なきまでに叩きのめしたいと願う歪んだ思いのせいだ。



「ジャック」


「余波でちょっとエレナを半殺しちゃうけど」


「「死なないから勘弁しなさい」」



 文句を言おうとしたジャックをよそに、フィーナは地面に何かの種を置く。

そして二人はチェンジと言い、属性を変えた。


 燃えるような赤は透き通るような青に

 

 煌めくような黄は包み込むような茶に


 火から水に、雷から地に……変化した。



「確認するわ」


「実験体はここにいるので全て?」


「そうや。ウチが作り上げて使える奴等はこれで全部や」


「そう、良かったわ」


「何が良かったんかは知らんけど……お喋りの時間は終わりでいいんやな?」


「ええ、そうね、待っててくれてどうも」


「ほざいとけ、どっちにしろ、お前らはここで死ぬ。


 一〜百十八番、そこの奴等を八つ裂きにしてぐちゃぐちゃにして、原形留めんくなるまでボコボコにして、ウチの前へ引き摺ってこい。


 お前らの性能を……この女どもに……裏切り者ジャックに見せつけたれ!!!」



 エレナの命令と同時に、群衆が動きを見せる。

一つの生命体のようにうぞうぞと、不気味に、ゾンビのように実験体達は動き始めた。


 ……が、
















「おい……何やってんねんお前ら」



 その動きが、止まった。



「モンスターって素直よねぇ」


「自分より強い者には逆らわない」


「そういうトコ、嫌いじゃないわ」



 先程と変わらず、四方八方を円を象るように囲まれ、見せ物のようになっているその中心で、フィーナとマリンはそれぞれ指揮棒タクトを持ち、空いている方で手を繋いでいた。


 青と、茶の魔力が混ざる。


 指揮棒タクトを通じ、二人の身体を通じ、魔力が絡み合っていく。


 魔力を感じることが出来ない者でも感じることが出来るほどの強烈な魔力の波動。


 それが……二つ。


 一つでも十分な威力を持つ魔力が……混ざり、掛け合わされ、何倍にも増幅される。


 こんなもの、モンスターでなくとも腰が引ける。

泣いて叫んで逃げ出したくなる。


 それをしないのは、微かに残る理性とエレナによる命令のせいだ。

本能と理性に挟まれた実験体は、どうにも出来ずに動けなくなる。



「何しとんねんお前ら!!!!

そんな魔力如きにビビっとんちゃうぞ!!

こっちには百十八個もあんねん!!!

道具が考えんなや!!!

さっさとそいつらを殺せ!!!!!」



 痺れを切らしたエレナが怒鳴る。

数の有利を確認したせいか、本当に考えなくなったのかは不明だが、止まった群衆は再び動き始めた。



「いいことを教えてあげるわ」


「異なる属性を掛け合わせて出来るのが合成魔法マグヌス・マジック


「そうして、同じ魔力で、格段の威力を持つ魔法を使うことが出来る」


「でも、合成魔法マグヌス・マジックの強みはそれだけじゃない」


「やろうと思えば、魔法を媒介した【能力】だって掛け合わせることが出来るの」


「二つの魔具を使った【能力】と【能力】の併用とは違う」


「二つの【能力】を使った魔法を合わせるのよ」


「ただ、それにはとんでもなく精密な魔力コントロールが必要で、一人でやったんじゃ到底出来ない」


「二つの属性と二つの【能力】」


「その四つを合わせるようなものなのだからね」


「でも、それが、二人なら?」


「出来ないことも、出来ちゃうかもね」



 二人は指揮棒タクトを振り上げた。

























合成魔法マグヌス・マジック……」


睡蓮氷界グレスト・ロータス









 フィーナが指揮棒タクトを降り下ろすとピシッ、と足元で種が割れる音がした。

 

 種から出てきたのは氷の植物。

氷で構成された睡蓮の花だ。


 大きさは手のひらに乗るほどの睡蓮の花だが、その根はどこまでも伸びて、息つく暇もなく、実験体達の間を縦横無尽に駆け巡った。


 その根もまた、氷で出来ており、薄い冷気の膜のようなものに覆われていた。

氷の根が通ったその周囲の空気は次々と凍りつき、ダイアモンドダストのように氷の結晶が舞う。


 そして、実験体達の間を氷の睡蓮が巡りきった時、マリンも指揮棒タクトを降ろす。














 そして、戦いは終わった。


 周りに広がるのは白の世界。

全ての生命は活動を停止し、氷の像となる。

フィーナの成長させた睡蓮も活動を止め、根が巡りきったその状態のまま凍りついたようだ。


 何も動かない氷の世界。


 幻想的であり、圧倒的だった。


 百十八の実験体など、ものの数ではなかった。

引き立て役であり、噛ませ犬でしかなかった。

瞬殺だ。


 一瞬で、百十八体は氷漬けにされた。



「ほんとに、あなた達は驚かせてくれるわね……」


「フィーナさんにマリンさん……強すぎやろ……」



 反乱軍の隊長二人が呆れたような感心したような声を放つと同時に、フィーナとマリンは倒れた。



「フィーナさん、マリンさん!!?」



 ジャックは急に倒れた二人の元へ駆け寄る。

同じくらいの速度でクレアも駆け寄るが、当の二人は苦しそうではあったが、攻撃を食らったような類ではなかった。



「完っ全に魔力を使い切ったわ」


「もう、動けないわね……」



 先程の一撃は本当に二人の全魔力を込めたようで、倒れた二人は気だるげにそう応えた。



「あんま心配かけんといてーな……なんかあったんかと思ったやんか……」

 

「あんだけ高度で、強力な魔法を使ったのよ?」


「倒れない方がおかしいわよ」



 ジャックの心配を無視して二人は言い分を主張する。



「あと、エレナも凍ってるから」


「話し合いたいなら解凍しときなさいよ」


「……どうやんねん」


「下手すると死ぬから気を付けてね」


「ほんまにどうやんねん!!」



 ジャックは頭を抱えてどうすればいいのか考える。

実のところ、マリンとフィーナなら簡単に解凍出来たりする。

それを言わないのは二人のちょっとした悪ふざけだ。



「じゃあ、クレア」


「スミレちゃんの薬……待って、誰か……来る」



 カツン、カツン……、と無機質な音が聞こえてくる。

ゆっくり、ゆっくりとした速度で確かにこちらに向かってきている。

これが敵なら……実験体の生き残りなら……非常にまずい。


 フィーナとマリンは全ての魔力を使い果たしてしまったし、クレアもジャックも戦闘タイプではない。


 先程のレベルの実験体一体でも……勝てる確率は低いのだ。


 ぎぃ、と扉が開く音がしてそれは姿を現した。



「……ユナちゃんと……スミレちゃん!?」



 現れたのは……ユナに凭れ掛かりながらゆっくりとこちらに歩いてくるユナとスミレだった。



「な、なんでこんなところにおんの!?」



 ジャックは、自分達の目の前まで歩いてきた二人に対して後ればせながら問いただした。



「わた、しが……ユナさんに……たの、んだの」


「スミレちゃんが?」


「私も……戦い、たい。

皆と……一緒に……戦いたいの……!!」



 毒に犯され、苦しみながらもスミレは自分の想いを口にする。



「変えられる……かも、知れない未来が……そこに、あるなら……今度は……皆で手を伸ばしたい……私は、皆と一緒に居たいの……!!!」


「スミレちゃん……!!」


「…………分かったわ。

でも、先ずはその毒を治さないとね。

ここからは、私の腕の見せ処ね。


 皆、もう飛空挺から出てきて大丈夫よ」



 クレアが自身の出てきた穴から声を掛けると、反乱軍治療部隊が姿を現す。



「ジャック君、素材倉庫の場所まで連れていってくれるかしら?」


「おう、分かったわ。

待っといてなスミレちゃん。

すぐにクレアが解毒剤を作ってくれるから」



 クレアと治療部隊がジャックに率いられて解毒剤を作りに向かう。



「ユナちゃん、エルちゃんとリュウセイはどうしたの?」



 フィーナとマリンは胡座をかいて座り、フィーナがユナに質問する。



「エルさんは妖精族フェアリーの方と一緒にディアスさんたちを助けに向かいました。


 リュウセイさんは、ウィルが襲ってきたので……多分今も、戦っていると思います」


「そう……エルちゃんも頑張ってるのね……」


「リュウセイがそうなってるのはエレナの話から大体分かってたけど……」



 フィーナとマリンはぼんやりと天井を見上げる。

地鳴りは未だに止まず、地下に居ても戦いの空気をひしひしと感じる。

二人の姉は、上で戦う弟に想いを馳せた。



「カイルは多分、ダンゾウと戦ってるわね」


「気付いていたんですか?」


「もちろん。私達は姉だもの」


「弟の考えてることなんて……お見通しなのよ」



 見上げた天井の上で戦うもう一人のバカな弟。

ダンゾウと戦うことは、初めから分かっていた。

いくら管理塔を狙えと言ったところで、それを分かったと言ったところで、ダンゾウを倒してからだ、だとか考えていることは分かるのだ。


 だから二人は……死ぬなと言ったのだ。



「カイルさんと、リュウセイさん……勝てますかね……」


「勝ってもらわないと困るわよ」


「もし負けたらお仕置きね」


「どんなお仕置きがいいかしら?」


「やっぱり――」



 ユナをそっちのけで、二人は弟達へのお仕置きを相談し始めた。

心配はしているだろうことはユナにも分かる。

だけど、二人はそれ以上にカイルとリュウセイを信頼しているのだ。


 あいつらなら、ダンゾウにだって、ウィルにだって負けないと。


 地鳴りが響く中、ユナも心の中で、二人の勝利を願うのだった。







 

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