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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第二章~絶望の帝国実験場~
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第五十五話―爆竜と巨人と妖精と

 






「竜鎖・爆炎乱舞!!!!!!」



 ジャララララ、とディアスのランスが音を立てながら敵に向かっていく。


 【伸縮】の【能力】で自由自在に伸び縮みする鎖を仕込んだディアスのランス。

それは彼の思う通りに動き回り、複雑な軌道を描きながら敵を葬る。

密集地帯に飛べば爆発。

鎖を引き込む時にもそのランスは帝国兵に牙を向く。

もはや、ただの帝国兵が相手を出来るような男ではなかった。



「大地の咆哮!!!!」



 ズドォォン、とザフラの体躯に近い大きさの巨大なハンマーが振り下ろされる。

帝国兵を押し潰すと同時にザフラの地属性の魔力が大地に伝わっていく。

ザフラの魔力を受け取った地面はザフラの支配下に置かれる。

大地がひび割れ、大きな地面の塊が帝国兵に容赦なく襲いかかる。

こちらも、ただの帝国兵が相手を出来るような男ではなかった。



「ザフラ、無事か!!!?」


「誰に向かって言っているのかしらっ!!

ワタシはまだまだやれるわよぉ!!!!」



 振るわれるハンマーが帝国兵をゴミのように吹き飛ばす。

武器に毒が塗られていようと無かろうと、この二人にとっては関係がないようだ。


 だが………



「でも、ワタシ以外はそうでもないみたいね……!!」



 回りを見渡すと、部下達が戦っているのが見える。

しかし、その戦況は芳しくない。

いくつかのグループは何とか陣形を保っているが、それでもほとんどのグループが脱落者を出している。

倒れる一人を守るように三人で陣を組んだり、二人のペアになって背中合わせに戦ったりしている。

一撃も食らってはいけない。

その制約はあまりにも厳しかった。

それさえ無ければ、こんな数だけを集めた軍隊など楽に殲滅出来るのに……。

ディアスはギリリ、と歯噛みする。



「そーんな、余所見しちゃったりしていーんですかー?

ねぇー、たいちょーさぁーん?」



 そんな間延びした声が聞こえたと思ったら、凄まじい勢いでこちら突進してくる者がいた。

頭には先端を尖らせた兜を着けており、勿論、その先からは紫色の液体が滴っていた。



「ぐおっ!!」



 ディアスは反射的に避ける。

自分のすぐ横で風切り音がしたかと思うと、それは帝国兵に向かって突っ込んだ。



「なっ!」



 あろうことか、そいつは帝国兵に一切構わずにそれらを吹き飛ばしながらザフラの元へ向かっていた。



「ザフラァァア!! 避けろぉぉおおお!!!」



 咆哮のような叫びが放たれ、それに気づいたザフラは突進してくるそれを避けた。

ほっとするディアスの元に、再び間延びした声が届く。



「ほぉーら、ほぉーら……隙だらけだったりしちゃったりしますよー?」



 ディアスは咄嗟に声のする方を向く。

そこにいたのは女。

しかし、それはマトモな姿をしていなかった。

頭が、二つある。

一つは普通の頭だが、もう一つはモンスター。

ゲッズウルフと呼ばれる【ハウンドボイス】を使うモンスターの頭だ。



「なっ……グァア!!!?」



 一瞬、それに気を取られたディアスは背後からの攻撃を受ける。

それは鎌。

ザフラの右手のような……カマキリのような鎌だ。

ザフラのように手がそうなっているのではなく、背中からカイル達の翼のように生えている。

それも二本ではない。

六本だ。

流石に、自分の身体の一部に毒を塗ることはしなかったようで、切られたディアスに毒が巡ることは無かったが、問題は、ディアスの纏う防具も、鱗も一緒くたに切り裂いたその鎌の切れ味である。

【エッジスライサー】。

魔力を込めれば込めるほど、切れ味が増す【能力】だ。



「キャァァァアアアア!!!」



 ザフラがディアスの元へと吹き飛ばされてきた。

幸いにも傷は受けておらず、毒に犯されている様子はなかった。

原因は、先程突進してきた物体……いや、人間だ。

一度目の突進は避けられたが、そいつはそれだけでは諦めなかったのだ。

再び直線上の帝国兵を吹き飛ばした後、方向転換してもう一度ザフラに向かって突撃したのだ。

それをザフラは正面からハンマーで受け止め、その衝撃で吹き飛ばされたのだった。



「普通のやつらじゃーさぁー、たいちょーさん達に勝てそうになかっちゃったりするからさー、私達が出張ってきちゃったりしちゃったわけよ」



 いつの間にか、ザフラとディアスは五人の人間に囲まれていた。

いや……五人の人間もどきに、囲まれていた。



 狼、蟷螂、蛇、牛、魚。

それぞれと合体……実験された人間。

自我を保った……ダンゾウに従う人間達だ。

今回の作戦ではそれぞれが隊を任されていたが、ダンゾウの放送で集結し、この戦いで障害となりそうな二人を始末することにしたのだ。



「ザフラ……やれるな?」


「もち……ろんよ。ただ、厄介ね……。

今までの奴等とは段違いに強い上に、やっぱり武器に毒を塗ってる。

それがないなら、何とかなったでしょうけど……


 あいつら相手に無傷で勝てっていうのはちょっと辛いわね……」



 彼らの強さは改造前のウィル以上、エリュア以下、と言ったところだろう。一人なら何の問題もなかった。

だが、それが五人。一撃が致命傷になりかねない。


 問題はそれだけではない。

こいつらが来たということはこいつらが指揮していた部隊も来たということだ。

つまり、ただでさえ劣勢な部下達がさらに苦しくなるということ……。



「思考タイムは終わりだったりしちゃったりするわけよ。

私達はそんなに気の長い性格じゃなかったりしちゃったりするからさっ!!」



 その言葉と共に五人が一斉に二人に襲いかかった。



「くっ、やるぞザフラ!!!!」


「ええ!!!!」



 武器を構える二人、その二人にまずは蛇の頭を左手に身に付けた女と、魚の目を右目に宿した女が飛び上がり、上から接敵する。

蛇の女は短剣を蛇にくわえさせ、魚の女は投擲用の針を両手で構える。



「【伸縮】、伸びろサルモネラ!!」


「【幻惑】、惑わせろメフィネル!!」



 二人がそれぞれの【能力】を使う。

蛇は伸びてその短剣でザフラを狙い、魚はその目でディアスを幻覚へと誘おうとする。

もちろん、その隙に命を刈るための針を投合するのを忘れない。



「【過重】鉄槌!!」


「効かん!!!!」



 ザフラは自身のハンマーの【能力】、【過重】で重くしたハンマーでサルモネラを叩きつけ、ディアスは気合いで【幻覚】を破り、火を吹いて針を吹き飛ばす。

ゲンスイの【幻夢】を知るディアスにとって、その下位能力である【幻惑】は何の脅威にもならなかった。


 しかし、その二人はそうでも攻勢にでたのは後三人いるわけで。

上に気を取られている隙に下から蟷螂の男が切りかかってきた。

背中の刃が光り、【能力】が発動される。



「【エッジスライサー】!!」



 ザフラとディアスの間に捩じ込むように突っ込んできた男は回転することでその背中の刃を利用し、二人を同時に攻撃する。

だが、そこは隊長、しっかりと下にも注意を向けていた為、その刃をしっかりと防御する。

ディアスはランス、ザフラはハンマーで。


 そうして、二人は防御に成功する。

だがそこで予期せぬことが起こった。

下半身が牛の男が蟷螂の男の後ろにぴったりとくっついてきていたのだ。

しかも背には狼女を乗せている。



「【ハウンドボイス】!!」


《アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!》



 それはただの音ではない。もはや衝撃波だ。

【ハウンドボイス】により凶器と化した音は二人のすぐ横で炸裂した。




「うぐっ!!!」


「っぅあ!!!!」



 物理的な破壊力を纏った音は、狼女を中心にして、二人をそのまま吹き飛ばす。

狼女がいた位置はちょうど二人の間。

これが意味するところはつまり、ザフラとディアスが逆方向に吹き飛ばされ、分断されてしまったということだ。



「ディ~~アスたいちょーさぁーん?

遊んじゃったりしちゃおうよー」



 ディアスの元には牛男、狼女。



「ワタシの所には三人……か。

はぁ、モテる女は辛いわねぇ」



 ザフラの所には蟷螂男、魚女、蛇女だ。



「あのザフラたいちょーってぇのさぁ~~、まだあの右手上手く扱えてなかったりしちゃうでしょ~?


 そんな腕で三人の攻撃を防げちゃったり出きるのかなぁ?

無理だよねぇ~。


 それだけじゃなくて、私達の部下も来ちゃったりしてるわけでぇ……

もち、全員毒の武器を持っちゃったりしてて……

たいちょーさんの部下も全滅しちゃったり?

たいちょーさんも全滅しちゃったり?」



 耳を済ませば、押し寄せる大軍の音。

そして、視界には毒に気をつけて戦う部下達。

このままでは物量に押し潰されてしまうのは目に見えていた。

そしてディアスとザフラ。

ディアスは目の前の二人ならば何とかなるかもしれない。

しかし、ザフラはどうか。

未だに慣れない右手。

普通の帝国兵程度なら左手で振るうハンマーだけでも十分だった。

しかし、目の前の三人は違う。

エレナによって改造を施された三人。

モンスターの【能力】を使いこなし、毒の武器を振るってくる三人。

毒の武器を食らえば、クレアが解毒剤を見つけるまでの間は毒との戦いが始まる。

果たしてその隙を……この三人が見逃すか。

答えは否だろう。

それはつまり、この状況では毒=死という方程式が成り立ってしまっているのだ。

そして、ザフラがやられれば、次はディアスだ。

五人がかりではさしものディアスも厳しい所がある。


 つまり、一言で今の状況を表すなら……



「万事休す……と言ったところかしらねぇ。

せめて、毒がどうにかなれば……対処のしようもあるのに……!!」



 毒。

実験塔で作られた毒が、この戦況を大きく左右している。

かすり傷さえ許されないという状況は、ディアスやザフラでさえも大きな負担となっているのだ。

ましてや、部下達ともなると……



「これで、任務も完了しちゃったりするわけね」



 狼女がにやりと笑う。

ディアスは焦りは禁物だと自分に言い聞かせる。



「お前達二人をここで秒殺し、ザフラを助けに行けばいいだけだ。

俺相手にたった二人で挑んだことを後悔しろ」


「強がりだねぇ~。

そんな無駄なことしちゃったりしても意味ないのに。

毒っていうアドバンテージがあったりしちゃったりする私達に、負けはなかっちゃったりするわけよ!!!!」


 

 ディアスと狼女が吠える。

そして、激戦が始まるかと思われたその時。



「ディアス隊長!! ザフラ隊長!!

お待たせしたのです!!!!!」



 そんな声が聞こえた。


――バカな……なぜお前がここに……!



「エル!?」



 そこにいたのはエル。

そして空の一角を埋めつくす妖精族フェアリーたち。

エルは妖精族フェアリー二人がかりで運んでもらって空中に浮いている。

そして、そのエルの回りにはパックとサテラがふよふよと浮かんでいた。



「何をしにきたんだ!!

お前はスミレのところにいるのではなかったのか!!?」


「そうね、そうだったけど、私がパックに頼んで連れ出してきちゃった」



 てへぺろ、と妖精族フェアリーの女王サテラは舌を出す。



「エルは魔具職人部隊にいたって聞いたからよ。

オレっちの魔具の調整と、清廉純白のアリアドネの準備をしてもらったのさ。


 さぁ、やるぞエル!!」


「はいなのです!!」



 エルは黄金で出来たティアラを構える。

それは妖精族フェアリーに代々伝わる魔具で……清廉純白のアリアドネと呼ばれる……サテラたちがこっそり実験場に持ち込んだものだった。



「【浄化】!!!!!」



 そしてその魔具が光を放ち、【能力】が発動される。

それは【浄化】。

あらゆるものを〝清潔〟にする【能力】。

例えば身体に付いた泥、剣についた血糊……さらには汚れた湖をも人が飲めるまで清潔に【浄化】する。


 そしてそれは剣に付いた毒も例外なく清潔にすることになる。

 

 実験場の一角に降る【浄化】の光。

エルの……森精族エルフの多大な魔力を受けて輝く光。

その全てを洗い流す光は……この戦いから毒という存在を奪い去った。



「これは……」


「お疲れさんエル。後はオレっち達に任せな!!!」


妖精族(フェアリー)女王(クイーン)として命じる!!!

反乱軍を……全力で援護しろ!!!!」



 おおおおおおおおおおおおおお!!!!!


 妖精が戦場に舞う。

魔具を持たない彼らは、毒で動けない者達を安全な場所まで運んだり、その小さな体躯と俊敏な動作で敵を撹乱していく。



「ふん、だからなんだったりしちゃったりするのさ!!!

こっちには数がある!!

羽虫ごときがいくら増えようと関係なかったりしちゃったりするわけよ!!!!」


「それはどうかしら?」



 サテラが笑う。



「反乱軍の助っ人に来たのが、私たちだけだと思わないことね」


「なにっ……!?」



 先程から聞こえる帝国兵の援軍の足音……だが、それにしてはあまりにも大きく、そして雄叫びのようなものまで聞こえてくる。



「反乱軍が声をかけた奴等だけじゃない。

エルちゃんが魔具の調整をしてくれてる間、私の部下達が総力挙げて伝達に回ったわ。

恨みを晴らす時が来た、ってね。

さて、一体どこまで味方は増えたでしょーね?」



 実験場収容人数およそ十万。

その全てに伝達が回ったということはないだろうが、ここにいる帝国兵の数倍の人数が、ここに押し寄せていた。



「……だから何さ。

私達がそいつら全員殺しちゃえば良かったりしちゃったりするわけよ!!!」


「残念だけど、それは叶わないわね」


「あぁ?」


「あのザフラって隊長にはパックが付いた。

彼は実力一本で私の側近まで登り詰めた妖精族(フェアリー)の精鋭よ?

そして、あなた達の相手はあの“爆竜”


 毒が無くなった今、勝てると思ってる方がおかしいわね」


「改造された私達の実力を……見くびっちゃってるんじゃないよ!!!!


 行け!!

最大出力の【バンフ】でそこのトカゲを貫いちゃって!!!」



 その背に狼女を乗せたまま、牛男は【バンフ】を発動する。

それは突進の【能力】

本人の意思に関係なく、与えられた魔力に比例した超スピードで敵にぶつかりにいく【能力】。

頭に着けた兜を前にすれば、それはまさに攻城兵器。

どんなものをも一突きの内に粉砕し、貫く【能力】だ。


 男の目一杯の魔力を込めた【バンフ 】

それは隕石にも匹敵するほどのパワーを持つほどだった。


 ディアスはそんな牛男に対して逃げない。

毒という縛りが無くなった今、それをする必要がなくなったのだ。

柄は背中でクロスさせ、ランスの先は外側に。

姿勢を少し前傾で、脚で大地をしっかりと踏みつける。

目は爛々と光り輝き、まるで獲物を見つめる竜のよう。



「終わりだったりしちゃったりするわけよ!!!」



 ズドォオオン!!!

轟音が戦場に響く。

牛男が走れば走るほど、衝撃波が走り抜け、辺りを土埃が舞う。

自身の意思で止まることの無い【バンフ】

ディアスにぶつかってから突進が止まらなかったことで、狼女は確信する。

殺してやった、と。

ニヤリと笑う狼女。


 そして、【バンフ】は止まった。



「グルルルルルル………」


「なっ!!!?」



 ディアスは無事だった。

いや、それどころではない。


 受け止めている。


 牛男の最大出力の【バンフ】を。隕石にも匹敵する一撃を。

受け止めて、その勢いを殺したのだ。

しかも、彼は何の【能力】も使っていない。

持って生まれた竜人族ドラゴニュートとしての力のみで……受け止めている。

脇で牛男の頭を挟み込み、ランスを持つ両手で牛男をガッチリとホールドしている。



「グルルルルルルルォォオオオオオオオ!!!」



 そのままディアスは牛男と狼女を上空へと投げ飛ばす。

投げ飛ばされた二人には、もはや逃げ場がない。


 再び槍を構えるディアス。

腕を大きく引き、身体をバネのように使い、大きく息を吸い込んだ。



「くっ、【ハウンドボイ……」


「煌炎竜撃砲!!!!!!!」



 突き出される二つのランスから放たれる炎と口から吐き出される炎。

それら三つが合わさり、巨大な炎となる。



 それはまるで……本物の竜の【息吹ブレス



 存在することすら許されない豪火の通った後には……灰すら残らなかった。










「やっほー、初めましてザフラさん。オレっちが助っ人に来たよん」


「あら、可愛い妖精さんじゃない。

正直毒も無くなったんだし、ワタシ一人でも十分よぉ?」


「いやいや、そうかもしんないけど何か手柄を立てないと女王様に、魔具を調整をしてくれたエルに申し訳立たないからさ」


「あらそう? じゃあ何をしてくれるの?」


「一纏めにするから後はよろしくっ!!」



 パックが飛び出す。

その蜻蛉カゲロウのような薄い羽をパタパタと忙しなく動かす。

しかし、そのスピードは侮れない。

いや、侮れないどころでは無い。

速すぎる。

敵の三人はその速さと小さな体躯のせいですでに目で追えていない。

羽音だけが耳元で鳴り響く。



「なにっ!?」


「なによこれっ!?」



 声を上げる蟷螂男と魚女。

気付いた時にはもう遅かった。

蟷螂男、魚女、蛇女の三人は文字通り一纏めにされていた。

何かに縛られているかのような格好の三人は必死にもがけども、その拘束が解かれることはない。



「単純に魔力の糸で縛っただけだよん」



 からからと笑うパック。

その手には二本の針が握られていた。

それは裁縫に使うような小さな針。

しかし、パックが持つとそれは槍のように見える。

その針からは、見えづらいが糸のようなものが伸びていた。

高密度になり、物理的性質を帯びた魔力。

それが薄く伸ばされ糸のようになっていた。



「この魔具の【能力】は【加速】。

そいで、あんたらの周りを飛び回って縛ったのさ。


 ちなみにこの魔具は帝国軍の魔具倉庫からくすねた魔具をエルにオレっちサイズに調整をしてもらったんだ。

急な作業頼んじまって大丈夫かと思ったけど、全く問題なかったな」



 見えづらい魔力の糸で縛られた三人は身動きがとれない。

高い密度で練られた魔力の糸はちょっとやそっとじゃ切れないのだ。



「くそっ、【エッジスライサー】!!」



 蟷螂男が【能力】を使うも全く切れる様子がない。

他の二人も色々と試すが、短時間で切るのは無理そうである。



「フフフフフフ、お疲れ様ぁ、妖精さん♡」



 ザフラが、ゆっくりとした足取りで三人に近付いていく。

右手は赤黒く輝く刃。

左手には、巨大なハンマー。

その出で立ちは三人にとってあまりにも恐ろしく映った。



「う、うわぁぁぁぁ!!」


「く、くるなっ!!」



 叫ぶ女二人、だがザフラは歩みを止めない。



「くそっ、おい魔法だ!!

魔法であいつをぶっ殺せ!!!!」



 蟷螂男は恐怖の中で叫ぶ。

そして、自棄になりつつも三人は実験で強化された魔力で持てる最大の魔法を放った。



「死ねぇえええ!!!!」


「来るなぁぁぁ!!!!!」


「燃えろぉおおお!!!」



 風と、雷と、炎の魔法がザフラに向かって放たれる。

かなりの魔力が込められた魔法は受けてしまえばいくらザフラでもただではすまないだろう。

風が巻き起こり、雷が轟き、炎が荒れる。

簡単に人の命を刈り取れる巨大な魔法だ。



「【絶縁の刃】」



 しかし、ザフラはその魔法に臆することなく、軽く右手を縦に振る。

右手全体が光り、刃から透明の斬撃が飛んでいく。

それだけで、三人の魔法はまるでモーセの奇跡のように真っ二つに裂ける。


 そして、ザフラは三人の前に立つ。



「ぁ……ぁぁ……」


「大丈夫……痛いのは……初めだけだから」



 ザフラはハンマーを大きく振りかぶった。



「【過重】【過重】【過重】【過重】【過重】【過重】………














 巨震撼(きょじんかん)!!!!!!」



 ズガァァァアン!!!!!

大地が揺れる。大地が割れる。大地が沈む。

振り下ろされたハンマーのあまりの重さによって。

ハンマーは地面にめり込み、それだけでは飽きたらず、周囲の地面も巻き込んで沈んでいく。


 アリ地獄のような地形となったその中心でザフラはハンマーを肩に担いだ。



「半端ねぇな、隊長ってのは……!」



 パックが口元をひきつらせながら口にする。

地形すら変えてしまうその予想以上の実力に、パックは少し戦慄した。



「終わったか」


「ええ」



 ディアスがザフラの元へと飛び降りる。

釣られてパックも二人の所へ飛んでいった。



「後はもう殲滅するだけだな」


「そうね」


「パックと言ったか、お前はまだ戦えるのだな?」


「もち。言われりゃどこへだって助っ人に行っちゃうぜ」


「どうするの?」


「この戦場は俺が残る。

お前達二人は管制塔で結界管理魔具を破壊してきてくれ。

必要なら部下を連れて行ってくれても構わない」


「おっけー、任された!!」


「任せておいて」


「よし……では行くぞ!!!」


「「おお(ええ)!!!!」」



 三人はアリ地獄から飛び出す。


 爆竜は戦場へ。


 巨人は部下を連れて管制塔へ。


 妖精は【加速】を使い、一人で管制塔へ。



 毒を失い、隊長を失い、烏合の集と成り果てた帝国軍。


 新たなる仲間を得、ディアスの元で士気を高める反乱軍。


 帝国実験場で、今、一つの戦いが終わりへと向かっていた。



 

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