第四十九話―これで全部終わり
リュウセイは飛空挺内を走っていた。
スミレは先んじて自分の部屋のベットで寝かせてある。その程度の判断力はまだ残っていた。
ただ、現在の彼は焦燥に支配されている。忍び込んだ実験場で見た--感じた異変。口には出さないが敬愛する姉の存在消滅。
平静でいられる筈もないリュウセイはカイルと服を取り替えたことも失念したまま、勢い良くドアを--
「大変だ! 姉貴達が実験塔で……!!!」
「へぇぇ~~~……?
リュウセイ、あんた実験塔にいたの。あたしたち、アンタに、ここで、待つように言ったわよねぇ? どぉーしてあんたは実験塔にいたのかしらぁ……?」
開け、飛び込んだ瞬間、リュウセイの頭が五本の強圧に捉えられる。アイアンクローだ。
メキリメキリと、骨にヒビが入るどころか粉砕していそうな音が部屋中に響いた。
「ぐぁぁぁぁ………!!!!!!」
さらにベキベキメキメキと音が上がる。人間万力は威力を留めることを知らないらしい。
対面の人間万力。顔は見えない……が。指の隙間から特徴的な青いマリンブルーの髪が見えた。
「あ、姉貴………!?」
リュウセイをその右手で痛め付けているのはなんとマリンだった。
ならば、とリュウセイは視界を横に逸らす。
ユナ、ジャック、クレア、エル、ディアス、ザフラ、と反乱軍の人間が数人……
部屋の隅には腕を組み、どうとは言えないが凄まじい笑顔を向けるフィーナがいた。
そして、その足元には真っ白になったカイルが……
「……バレ……た……のか……」
「あたし達が何年あんたらのお姉ちゃんやってると思ってんのよ」
「カイルへのお仕置きは済んだわ。覚悟は出来てるかしら?」
リュウセイの頭がバキッ、という音を立ててから数分、ディアスの鱗が全て逆立ち、クレアでさえも目を覆うような“お仕置き”が行われたという。
「……で、何で姉貴達の魔力は急に消えたんだ?」
地獄のお仕置きを耐え抜いたリュウセイはさらに数分のインターバルを置いてからマリンとフィーナに尋ねた。
カイルもリュウセイと同じタイミングで復活し、服の交換を行った。
フィーナとマリン以外から間違えるから早く着替えてくれ、と急かされたためだ。
「簡単よ、この封化石の手錠を右手に付けたの」
じゃら、とフィーナはそれを見せる。
手錠、というよりはブレスレットのような形状の封化石だ。
「封化石は魔力を通さない」
「手に嵌められたら魔力が外に出れなくなる」
「でもそれって言い換えたら」
「「絶対に魔力探知に引っ掛からないってことよね」」
封化石、それは罪人の手錠、牢屋の檻によく使われる石だ。
手に嵌められたらその人間は魔力を外に出せなくなり、文字通り魔力を封印される。
今回二人はその性質を逆手にとり、見事ダンゾウから逃げおおせたというわけだ。
「ま、無傷で脱出とはいかなかったけどね……」
よく見ると、フィーナとマリンに所々火傷の跡が見受けられる。
あの時の爆発は流石に避けようがなく、直撃を食らうことになってしまったのだ。
それでもフィーナは風を操り、余波である熱波を防ぐことには成功した。
そして、その爆発に乗じて封化石を身に付け、逃げることに成功した、という訳だ。
「ハッ! なるほどな……」
「「で、あんたは何やってたのかしら」」
ずい、と二人はリュウセイに詰め寄る。
「スミレちゃんのところにいって来たんですよね。一体どんな話をしたんですか?」
「何も話してねぇよ」
「いやいや、それは嘘やろ。じゃあ何のために行ってきてん」
「誘拐」
「あー、そういや、そんなことも言ったなー。俺がリュウセイに言ったんだっけ」
「知らない」
「知らねーってなんだよ。お前、それ聞いたから実験塔に言ったんだろ」
「いや、今話してたのは俺じゃねぇ」
「じゃあ誰なんだよ」
「私、スミレ」
「ハッ! ほら見ろバカイル俺じゃねぇじゃねぇか」
「う、うるせー! スミレも紛らわし……スミレ……?
スミレ!!!?」
空気が変わった。
驚愕の渦にたたき落とされたディアス達が次に抱いた感情は……警戒心。
誰も気付いていなかった。
いや、気付けなかった。
ソファの上に座る少女に……スミレに。
闇属性の魔法。
それに覆われれば容易に認識することが出来ない。
今まではその特性を存分に利用してきた。
その特性を……理解しているつもりだった。
だが……それでも誰一人として、スミレがリビングに入り、ソファに座っていたことに気が付いた者はいなかった。
「久し振りね」
無感情。
その声を聞くたびに、気持ちの悪い違和感が背中を這う。
目が、顔が、まるで人形のように微動だにせず、本当に【洗脳】されているようだ。
……実際は違う。
スミレはきちんと、自分の意思を持っている。
それはまさに今日……ジャック達が確認したいことだ。
「スミレ……もしかしてスミレちゃんか!!?
捕まってたんじゃ……はっ!
そうかマリンさん達が助けにいってたんだな!!
いやー、良かった!!
脱出の目処が立ってスミレちゃんがいなかったらどうしようかと思ってたんだよ!!」
暢気な声を上げたのは事情を知らない反乱軍の一人。
純粋にスミレがここにいることを喜ぶその男、喜んでいいのか分からないディアス達、その間には明らかな温度差があった。
「おい! 皆にも知らせてやろうぜ!!」
「あぁ! そうだなっ!!」
何も知らないメンバーは足早に部屋を出ていく。
「リュウセイ……勝手なことをしたな……」
ドアが閉められるとディアスは唸るように声を出す。
しかし、リュウセイは悪びれるような素振りは見せない。
「ハッ! 知るか。
俺はまだ……何にも納得してねぇんだよ。
こんなところに置き去りになんてできっかよ」
「スミレのことは忘れろと言っただろう!!」
「誰が納得したっつったよ!!!」
「ディアス、止めて」
「「リュウセイ、あんたもよ」」
ヒートアップして、この場で喧嘩にまで発展しそうになるのを防ぐために、クレアとフィーナとマリンは早めの段階で止めにかかった。
「お前がスミレかー。会うのは初めてだな、俺はカイルってんだ。よろしくな」
この状況において常識知らず、おつむの足りなさナンバーワンの男、カイルはこの限界まで空気を入れた風船のような張りつめた雰囲気のなかで気安げにスミレに話しかけた。
「…………」
無言で応じるスミレ。
呆れているのか、焦点がカイルに合っておらず、完全にカイルのことを無視している。
初めから焦点など合わせていない気もするが。
「ん? どうした? どっか具合でも--ぐぇっ!」
なおも会話を続けようとするカイルはユナによって連れさられた。首根っこを掴まれて、まるで猫のようになって引きずられている。
「…………」
沈黙。
皆、何を話せばいいか分からない。
聞きたいことはたくさんある。
心の中をなぜ? の二文字が埋め尽くしている。
だというのに、皆それを口に出来ない。
疑いたくない。
それが真実だったら……。
ねっとりともやつく気持ちがここにいるメンバーの口を塞いでいた。
そして、スミレも無言を貫いている。
自分で起き上がり、この場所までやって来たというのに……。
何もしない。
ただ座っているだけ。
ぼうっ、と中空を見詰めて……“未来”でも視ているかのようだ。
長い長い沈黙は慌ただしい足音達によって破られた。
「スミレちゃん!!!?」
「おいほんとにスミレちゃんがいるぞ!!」
「よかった……!!!
本当によかった………!!!」
「辛かったろ……ごめんなぁ……助けにいけなくて……」
この飛空挺にいる人間たちが押し寄せてくる。
口々に再会を喜んだり、謝罪の言葉を口にしたり……泣き出す者までいる。
全員、スミレに駆け寄りたかった。
あの輝くような笑顔をもう一度見たかった。
しかし、駆け寄ることは許されなかった。
ディアス、ザフラ、クレアの三人が駆け寄ろうとした人達の前に立ちはだかったからだ。
「隊長……?」
「すまんな、スミレは実験塔から脱出してきたばっかりで疲れているのだ。
再開を喜びたい気持ちも分かるが、今日は遠慮してくれ」
嘘だ。
「そうよぉ、スミレちゃんは怖いところから抜け出して、やっとゆっくり出来るの。
今晩はゆっくりさせてあげて」
嘘だ。
「明日にはこの実験場ともおさらば出来るし、その時に脱出の宴会と一緒にお祝いしましょう」
全部全部、嘘だった。
ディアス達は自分達でスミレのことは片付けようと思っている。
スミレが敵であるかもしれないなど……自分の部下達に知らせる必要はない。
ましてや決断を背負わせる必要などない。
だからディアス達は部下達に何の説明もしていなかった。
スミレと話すための一回目の襲撃も、今晩の二回目も。
話したのは、明日ザフラの【絶縁の刃】で脱出するということと、仲間が増えたということだけだったのだ。
「白々しい」
スミレが喋った。
「お前はもう休んでいろ……!!」
ディアスの声などまるで聞こえていないかのようにスミレは立ち上がり、反乱軍の……“仲間”達の所へ足を進める。
「話せばいい。私にされたことを全部。
ねぇ……ザフラ“おねぇちゃん”」
いつの間にか、スミレはザフラの足下まで来ていて……無表情でザフラを見詰める。
何を考えているのか分からない。
何をしたいのか分からない。
分からない、分からない……分からない。
「…………」
「やっぱりか、期待もしてなかったけど。
予定通り、私が話すわ」
「何を話す気なの?」
「真実を」
スミレは三人を通り越して“仲間”達の前に立った。
「詳しいことはここの人達が知ってるから手短に話すけど……
私はもう貴方達の仲間じゃない」
仲間じゃない
仲間じゃない……?
ざわつく人びとは言葉の意味が理解できない。
突然すぎるし、唐突すぎた。
そして、スミレの喋り方の激変に衝撃を受ける。
無表情で、無感情なスミレなど今まで見たことがなかった。
スミレは何が言いたい?
隊長達はなにか知っているのか……?
困惑と当惑が伝播していく。
「いきなり言っても分からなかっただろうから丁寧に説明してあげる。
私は帝国に付くことにした。
部隊長として帝王様の所にいく」
波紋が広がる。
ざわつき、ではなく無言。
無言の波紋が反乱軍に広がった。
全員、スミレの言っている意味は分かっても理解が出来ていない。
どうして、ではなく嘘だ……
そんな気持ちが芽生えているが……
スミレはそんな気持ちを容赦なく刈り取ろうとする。
「嘘だと思うなら……ザフラ“おねぇちゃん”にでも聞けばいいよ。
どうして、そんな腕になったの、って。
誰のせいでそんなことになったの、って」
視線がザフラに集まる。ザフラの右腕に集まる。
「ザフラ隊長…………」
一人が口を開いた。
それ以上の疑問の言葉は口にしない。
その人はすがるような目でザフラを見る。
いや、その人だけではない。
ここにいる全員が否定の言葉を求めてザフラを見た。
――弁解しないと。この場でさらに皆を混乱させるようなことは言っちゃダメ。スミレちゃんのことはアタシ達だけでケリをつけるってディアス達と話し合ったじゃない……!!
「違うのよ皆……これはね……」
早く……言葉を繋げないと……。
これはただの実験で、スミレちゃんは何の関わりもない。
帝国の奴らが勝手に死んだと勘違いしてアタシを捨てただけ。
そう言うだけなのにどうしてアタシは何も言わないの?
「認めてるから」
っ!
「皆、そう。
ザフラも、クレアも、ディアスも、エルも、ジャックも……心の中では分かってるんだよ。
私が昔の私じゃないことを。
皆の敵だっていうことを。
下らない先入観と思い込み、それが邪魔してるだけ」
あぁ、ダメよ。
そんな目でアタシを見ないで……。同じじゃない。
アタシのことを見捨てたあの時と。
どうして……どうして……よぉ。
信じさせてよ。アタシ達の想いを……思い出を……――
「私はザフラを実験に提供した」
スミレの言葉に取って付けたような“おねぇちゃん”という言葉はない。ただただ、無表情で事実を述べる。
「リュウセイに切りかかった」
スミレが何をしたいのか分からない。
何のためにこんな話をしているのか分からない。
何も言わない隊長達とリュウセイ達から、反乱軍のメンバーは段々とスミレがやったことが事実だと受け入れ始めていた。
「帝国の実験を完成させた」
沸々と貯まるフラストレーション。
ディアスは眉間にシワをよせ
クレアは唇を噛み目をそらす
ザフラは俯き
ジャックは体を震わせる。
隊長達はあんなに辛そうなのに何でそんなことを言うんだ。
どうして信頼を裏切った。
なんでそんなに平然と語れる。
いつから俺達を騙していた。
違う。
違う。
違う。
こいつは味方じゃない………!!!
起爆剤は用意された。
後は火を灯すだけ。
「ゲンスイを殺した」
「スミレェェェェェエエエエエエエ!!!」
一人の男が飛び出した。
その男は反乱軍内でスケイルと呼ばれているディアスの部下だった。
武器は持たずにスミレに向かって殴りかかった。
突然すぎて誰も対応が出来ない。
“未来”を知っている一人以外は。
彼女の首元のチョーカーが黒い光を放ち、手の内に黒い刀が具現化される。
スミレはそれを迷いなく振り抜いた。
「スケイルっ!!!!!」
ディアスの叫びが遠い。
スケイルもまさかこんな展開になるだなんて思っても見なかった。
誰も想像が出来なかった事態。
スミレの刀の軌道は真っ直ぐにスケイルの首を捉えていた。
そしてスケイルは見る。
自分を殺そうとするスミレの顔を。
何も写さないその瞳を
パリッ!
「ぁ……………あぁ………」
スケイルは……生きていた。
間に割り込んだのはリュウセイ。
雷の魔法による超常的な身体能力でスケイルとスミレの間に割り込み、その刀を防いだ。
「………っ!!!
今のは……仲間に向けるような太刀筋じゃねぇだろ……!!」
リュウセイの言葉にスミレは応える。
「仲間じゃないもの」
スミレは魔法を解いた。リュウセイも刀を下げる。
何も言えない。リュウセイはどうしたらいいのか分からなかった。
「なんで、そんな目ができる……?」
リュウセイに守られたスケイルがスミレに向かって呟く。
「何をやったらそんな……そんな目で人を殺そうとするんだよ………?
おかしいだろお前!!!!
隊長達はこんなにお前のことを信じているのに!
お前は……お前は一体なんなんだ!!
ずっとずっと騙してたのかよ!!?
挙げ句の果てにゲンスイ大将を殺しただと!?
どういうつもりなんだよ!!!
何とか言えよこの裏切り者!!!!!!」
スケイルの怒号にスミレは変わらず無表情で応えた。
「じゃあ死んで」
「……は?」
怒号を浴びせたスケイルでさえ、きょとんとなってしまうような一言。
「私は生きたい。自由になりたい。
だから、皆、私の為に死んで。
皆が死ねば、私は生き長らえられる。
皆が死ねば、私は自由になれる。
さっさと死んで、私の為に」
淀みなく流れ出る言葉は黒々としていて
闇のように……人の心の中に染み込んだ。
「ふ、ふざけるな!! そんなことできるわけないだろ!!」
苦し紛れのようにスケイルは叫ぶ。
それは子供のやり取りが如く典型の返答だが、正しく全員の意思を表していた。
「そ、そうだ!!」
「誰がお前の為になんか死ぬか!!」
「この裏切り者!!」
「お前の方こそ死んじまえ!!!」
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――
人々は口々に罵声を浴びせかける。
死ね、悪魔、鬼、裏切り者……
蜂の巣をつついたような大騒ぎ。
ある者は魔具まで手に取り始めた。
予想もしなかった混乱に、ディアス達も収拾の付け方が分からない。
そして誰かの叫び声が、この騒動そのものがそうなのかは分からないが……とにかく何かがスミレの琴線に触れ……
「あは」
その無機質な仮面を
「あははは」
その無感情の仮面を
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!」
取り払った。
あまりの豹変っぷりに罵声を浴びせかけていた人間の口も塞がれる。
一度これをみたことがあるジャックや、リュウセイでさえ、背筋を走る悪寒は拭えなかった。
「滑稽だよ! 今の貴方達!!
イヤだイヤだって駄々をこねる子供みたい!!
いーじゃん、死んでよ!!!
私の為に死んでよっ!!
イヤイヤなんて言わないでさっ!!
自殺でも仲間割れでも何でもいーからさぁ!!!
それが無理なら……帝国に殺されてよ!!」
凶気的に歪む口、狂気的なその口調。
何もかもが違っていて……何もかもが違っていた。
スミレをよく知る者も、あまりよく知らない者も、二年前のスミレの表像は崩れ落ちていた。
「もう手遅れだから言っちゃうけど……今からここに帝国軍が攻めてくるよ」
「なっ……!?」
「あははは!! ねぇ、私は【未来予知】が出来るんだよ!?
不思議に思わなかったの!?
こんなに簡単に拐えるわけないじゃん!!
わざとだよっ!! わざとっ!!!
これ見てよ! これが何かわかる!?」
スミレはダンゾウが気付かないように忍ばせていた部隊長の証であるバッチを取り出す。
八の文字が描かれたそれは……赤い光を放ち、明滅を繰り返していた。
「部隊長専用の魔具、ダンゾウの魔具だよ!
これは今まさに、魔力を放ち、ダンゾウ達にこの場所を知らせてるの!!」
誰も喋らない。
水に打たれたような静寂。
驚愕、動揺、怒り、焦り、様々な感情が入り雑じりすぎて、冷静に頭を回せない。
「っ……!?」
「ありがとね、リュウセイおにぃちゃん。
私をここまで運んでくれて♪」
歪んだ笑みでスミレは言う。
リュウセイは自身の行動が招いた事実の大きさに衝撃を受けていた。
敵に自分達の位置を知らせてしまったという事実がリュウセイの肩に重くのし掛かる。
軽はずみな行動だったかもしれないけど、まさかこんなことになるなんて思っていなかった。
――俺が……この状況を作ったのか?
俺が……スミレをここに連れてきてしまったから……?
いや、何か……何か理由があるはずだ……。
スミレが……本心でこんなことするわけないだろぉ……が……!――
スミレを信じる気持ち。目の前の現実。どうしても噛み合わない二つがリュウセイを混乱させていく。
「皆、大丈夫よ!!!!」
ザフラが大きな声を上げる。
その言葉に反乱軍のメンバーは顔をあげた。
「今、アタシの腕には【絶縁の刃】が付いてる!!
例えこの場所がバレようと、この【能力】があればいつでも脱出できるわ!!
その魔具を捨てれば、アタシ達を追跡するのは不可能になる!!
だから、心配しないで!!」
ザフラが右腕を掲げる。
ギラリ、と刃が不気味に輝くが、今はその光が頼もしい気がした。
「あはははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!」
笑う。笑う。笑う。スミレは笑う。
歪んだ笑みで壊れた玩具のように。
「バカじゃないの!!!
そんなつもりでいるなんて!!!!
あははははははははははは!!!
おかしいよ!!!
滑稽だよ!!!!
笑えるよ!!!!!
そんな低【能力】で結界を破れるわけないじゃん!!!!」
あはははははははははははは………
スミレの笑い声が響く。
全員、耳を疑った。
ザフラでさえも顔を硬直させ、腕を掲げたまま止まっている。
「帝王様だよ!? 一騎当千どころじゃない、一騎当万を本当に実行した人だよ!?
モンスター程度の【能力】が通用すると思ってるの!?
そんなので対抗できたなら今頃この帝国は存在してないよ!!
そんなことにも気が付かなかったんだ!!
気が付かなかったんだね!?
バカだから!!!」
狂ったような笑い声が響く。
そして、今までの話聞いた反乱軍の一人が呟いた。
呟いてしまった。
「そんな……じゃあ俺達に逃げ場なんてないのか………?
ここで……死ぬのか……」
虚ろな目で膝をついた。
そして、絶望は広がり、リビングルームは阿鼻叫喚の様相を呈した。
「嘘だろ!!!?
じゃあ俺達はどうしたらいいんだよ!!」
「こんな人数じゃ帝国となんて戦えねぇよ……!!」
「ふざけんなよ!! くそっ、くそっ、くそぉっ!!!!」
「まだ、まだ……死にたくない……死にたくない!!!!!!!」
「イヤよ!!
まだ私は………こんなところで死ねないんだから……!!!!」
わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!
徹底的に折れた群集。
彼らもかつては精神的に強かった。
何もかもを退けるゲンスイという強大で絶対的なリーダーがいた。
完璧な作戦で、負けることなどほとんど無かった時期もあった。
それに次いで強い隊長達がいた。
だが、今はどうか。
ゲンスイはいない。隊長達もこの事態をどうしたらいいか分かっていない。
希望がどこにも見出だせず、思考の先にあるのは真っ暗な絶望だけ。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!
終わりだよ!!!!!
これでもう全部全部終わり!!!!!!
私は自由になって、皆はここで死--」
スミレの言葉は最後まで話されることはなかった。
悲しそうな、辛そうな顔のディアスが延髄に一撃を食らわせ、その意識を刈り取ったからだ。
ゆっくりとスミレの身体が倒れていく。
目の前にいたリュウセイは反射的にスミレのことを受け止める。
ゆっくりと流れる時間の中で、リュウセイは確かに見た。
倒れ込んでくるスミレが……“笑って”いるのを。