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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第二章~絶望の帝国実験場~
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第四十七話―脱出の可能性と

 







「ま、こんな感じやわ。ワイの帝国時代の話は」



 そんな風にあっけらかんと、ジャックは自分の話を締め括る。

悔恨と苦痛に満ちた過去であったが故に、自然と部屋には静寂が降り、



「zzz……」



 心地よさげな寝息が聞こえる。


 予想通りと言うべきか、カイルには長い話は耐えられなかったようだ。

完全に夢の世界に入ってしまっている。静寂の中、さぞ寝心地は良かったことだろう。

この場の全員がカイルの寝落ちに気付いてはいたが、起こす手間と場の空気を天秤に掛け、結果として選ばれたのが放置なのである。



「なぁ、カイルのこと一発だけ殴ってもええかなぁ?」



 額に青筋を浮かべて、ジャックは顔の前で拳を握りしめる。分かってはいた。カイルが寝てしまうだろうことは。

だが、それはそれ。分かっていても胸に湧き上がる怒りは止められない。



「いいと思いますよ」



 笑顔でユナが許可を出す。彼女もカイルには苦労しているのだろう。

やれ。手加減などいらない。慈悲などかけずに一思いに。そんな意味が込められた強い頷きだ。



「よーし、おっけぃ。やったるでー……

起きろっ、こんっのスカタンッ!!!!!」

 

「がふぁっ!!」



 殴ると見せかけたジャックの蹴りがカイルの顎にアッパーヒット。

完全に寝入っていたカイルに抵抗する術はなく、美しい放物線を描いて床に激突した。


 床に寝転んだカイルをジャックは腕を組んで仁王立ちで見下す。


 一方のカイルはけろっとした様子で……



「ふぁーっ、よく寝たー……」



 あくびと伸びを同時にしながら起き上がった。


 ピキピキという音がどこかからか、鳴る。



「カイルお前なんっでこの真剣な話の時にまで寝とんねん!!!」


「え、いやちゃんと聞いてたって……」


「直前のセリフを思いださんかい!!」



 かなりの剣幕でジャックはカイルに詰め寄る。



「えーと……『ジャックおにいちゃん……ザフラお姉ちゃんと仲いいんだね?』」


「そっちやないっ!?」



 質問の意味を履き違えるカイル。

しかも何故かちゃんと聞いていたようだ。

いや、その部分だけおぼろ気に覚えていただけなのかもしれない。

彼に限って全部聞いていたということはまずないだろう。



「まぁ」


「カイルのことは」


「一旦置いとくとして」



 マリンとフィーナが喋りだす。

二人で喋っているのに、一人で喋っているようにしか聞こえないのは相変わらず不思議である。



「ジャックの話は」


「理解したわ」


「「辛かったわねジャック……」」


















「「なんて言ってあげないわよ」」


「嘘ん!? そこは別に言ってくれてええんちゃうの!?」



 突然の上げて落とすような行為にジャックは大きな声を上げた。




「「だってあんたは落ち込んでるわけじゃないでしょう?」」



 そんなことを、言う。

ジャックの話は確かに悲劇であった。

辛い過去であるし、苦い思い出だ。


 でも、それについてはジャックは既にケリをつけているのだ。


 アイリーンのおかげか、ザフラのおかげか、凄惨な過去にはジャックはもう縛られていない。


 今、ジャックを縛るのはエレナのことだ。



「あぁ、せやな……せやった。


 今、ワイが考えなアカンのはエレナのことや。

ワイは……薄情な兄やけど、今まで完全にエレナのことを忘れとった。

グロックは死んだから……小人族ドワーフの里におっても大丈夫なんやと、決めつけとった。


 でも、違った。

あの時、グロックはワイのスペア・・・がおると言ってた。

エレナのことやと分かってたけど、本人もおらんかったから気にしてなかった。


 見誤ったわ、ほんまに。

小人族ドワーフごうっちゅうんか呪いっちゅうんか……どうやら、里ぐるみでエレナを“作りあげた”みたいやな……」



 無神経な話だが、ジャックは先ほどエレナに会うまで、彼女はずっと里に引きこもって、今なお、能天気に魔具を作り続けているのだと思っていた。


 しかし、それは誤りで、エレナは……“次期族長”として魔具を作っていたのだ。

実質彼女に足りないのは外聞的な年齢だけで、それさえ満たせば族長の名は名実ともに彼女のものになるだろう。



「それで……隊長はどうするつもりなのですか?」


「エレナを正気に戻す。


 アイリーンが……ワイにしてくれたようにな」



 必ず成し遂げる、という強い決意が、その言葉の端々から感じられた。


 もう逃げてはいけない。眼を背けてはいけないのだ。







「……少し今の状況を整理しますね。

わたし達がしなくちゃいけないことは……脱出の為にこの実験場に五ヶ所ある結界管理魔具を破壊すること。

なるべく戦闘は避けて、です。


 後、スミレちゃんをどうするのか、エレナさんをどうするのか、仲間をどうするのか……ってところですかね」


「その事なんだけど……良い話があるわよぉ」



 皆が声のした方を向く、そこにいたのは気だるげな感じにドアにもたれかかるザフラであった。


 右腕を左腕で抱え込むように立つザフラは、右腕が身体に馴染みかけているのか、少しだけ気分が良さそうである。

もちろん、悪いときと比べたら、ではあるが。



「ザフラっ!?」


「大丈夫……なのか?」


「えぇ、お陰さまでね。

多分この腕が馴染んできているんだと思うわ」



 右腕を上げて見せる。銀の刃が鋭い光沢を放ち、少々怪奇的な絵面になるのは否めない。



「ハッ! それで? 良い話ってのは何なんだ?」


「脱出のことについてよ。多分……いけると思うわ」



 そう言いながら、ザフラは凶気的な光を放つそれを見つめている。

ジャックはその様子からザフラが言わんとしていることが理解できた。



「【絶縁の刃】かっ!?」



 【絶縁の刃】。

それはザフラの新たな右腕の本来の持ち主である蟲皇・アガレアレプトの【能力】だ。



「その通りよ。【絶縁の刃】は魔法を絶ち切る【能力】。

この【能力】の前ではありとあらゆる魔法が意味を為さないわ。


 これなら……例え帝王が張った結界だろうと……破ることができるはず」



 それは皇の名を冠するモンスターが有するだけのことはある【能力】だ。


 どれほどの時間をかけた魔法だろうと


 どれほどの密度の魔法であろうと


 たとえ世界を消せるだけの魔法であろうと


 たったの一振りで事足りる。


 まるで、魔法を通さない絶縁体。それが、【絶縁の刃】だ。



「!! 成る程……それならば一番の難関である結界管理魔具の破壊はしなくても……!!」


「この帝国実験場から脱出できるわね……」


「でも……ザフラさん、大丈夫なのですか?

身体の調子だとか……そういうのは……」


「ちょっと、気だるいけど大丈夫よ。その証拠に……ホラ」



 ザフラが何でもないことのように右腕を凪ぐ。

【絶縁の刃】も同時に発動させ、振ると同時に衝撃波のような透明な刃がこの場の全員を通り抜けた。



「うわっ!? 何だ今のっ!?」


「今のが【絶縁の刃】よ。

魔法だけしか切れないっていうのが残念だけどぉ……魔法に対してなら、これ以上はないっていうくらい強力な【能力】。


 怪我の巧妙ってやつかしらね。

どうやらアタシの魔力も跳ね上がってるみたいよ。

この飛空挺くらいの大きさの刃を出すくらいなら簡単にできるわ」



 ここに来て、少しだけ希望が見えた。

一番不可能かに思われた結界管理魔具の破壊のノルマが別の形で実現されたのだ。


 残る問題はエレナのこと、スミレのこと、仲間のことだが……



「仲間のことなんだけど」


「とりあえずOKを貰ったのは」


妖精族フェアリーと反帝国戦線、亜人族のいくつかってとこね」


「「この飛空挺にギリギリ入れるくらいの人数は集めたわ」」



 マリンとフィーナ達はサテラ達と話し合った後、クレアのつてで反帝国戦線、亜人族を仲間に引き込んだ。


 人数は全部で合わせても五百ちょっと。


 信頼の置けそうなところには声をかけ終わってある。

万単位で集められたら良かったのたが、脱出の為の手段が飛空挺なので、これが限界と言ったところだろう。



「じゃあ、一応人数については達成してるんですね」



 ユナは少しだけ肩の力を抜く。



「「当初の目的の人数に比べたら全然足りないけど、現状での限界は集めたわ」」


「後はジャックの妹……とスミレのことか……」



 ディアスがウゥン、と唸る。



「それなんだけどぉ、今晩もう一回侵入するって言うのはどうかしら?」



 ザフラは再び提案した。



「今晩……? なんか、スゲー急だな」


「ハッ! 俺もそう思うぜ、何で今晩なんだよ」


「まさか一日に二回侵入するなんて思わないでしょ?


 その裏をかくのよ」


「なるほど……」



 カイルは分かったように頷く。

そんなカイルにユナは本当に分かっているのでしょうか、と疑いの視線を送った。



「確かに……警備が一番手薄になるのは今晩かもしれへんな……」


「そうね」


「あたし達も」


「「今晩が一番だと思うわ」」



 双子が同時に賛同した。彼女達の睡蓮としての経験も踏まえての発言に、残りの人間も全員が首を縦に振った。



「さっそく、侵入するメンバーを決めましょう。

私とエルちゃん、ザフラは待機でいいとして……裏をかくならディアスもダメね。目立ちすぎるもの。

それからジャック君はエレナちゃんのところに行かなきゃいけないから参加は必須。

ユナちゃんの闇属性も欲しいところね」



 冷静に分析を始めるクレア。

それは普段エルで遊んでいる姿から想像し得ない光景だった。



「スミレちゃんのとこにもっかい行くんやったらリュウセイも行きたいんちゃうん?」


「そうね、リュウセイ君も一緒に……」


「ちょっと待って」



 クレアの言葉をザフラは遮った。



「どうしたの?」


「スミレちゃんのことなんだけれど……


 もう、止めにしない?」



 ザフラは、三度目の提案をした。



「……え?」



 それが誰の言葉だったのかは分からない。

吐き出される吐息のような小さな声は全員の心情を表していた。



「もう、十分じゃないのかしら。

信じたい気持ちはワタシにもある。

だけど、もうここまで状況は固まってる。


 ワタシは改造され、ジャック君たちは襲われた。


 例えもう一度行ったって、期待した答えが聞けるとは思えない。


 だから、放置しましょう。

本当は……もっと冷血に対処しないといけないけど。あの子とは……もう関わらない方がいい。それが一番よ」


「おい!! テメェ! なに言って……」



 リュウセイが、吠える。

ザフラのスミレに対するその無神経な態度に。

しかし、ザフラは態度を崩さない。



「これは隊長としての、ワタシの判断よ。


 アナタだって……もう分かっているでしょう。

スミレちゃんがもう敵だってことに」



 それどころか、リュウセイに対して口撃を仕返したのだ。



「……っんな、こと……っ!!」



 一瞬の躊躇い、それはリュウセイの中の微かな、本当に微かな疑念を表していた。

そこにザフラは追い討ちをかける。



「仮にもう一度行ってそれでも裏切られたら、アナタはどうするつもりなの?


 裏切り者だと判断して……


 アナタはスミレちゃんを…………殺せるの?


 ねぇ、答えて?

アナタは……真実がそうなら…………っ!

スミレちゃんを……殺せる?


 それが無理なら……放っておくのが一番なのよ」



 リュウセイは……何も言えなかった。







――――――――――――――――――――







 結果だけ言うなれば、リュウセイは潜入するメンバーに入れて貰えなかった。

当然だろう。

彼が行けば無理を通してでもスミレの元へ行きかねないのだから。


 最終的にはジャック、ユナ、フィーナ、マリンの四人で潜入することに決定した。

エレナとの決着が付き次第、妖精族フェアリー、反帝国戦線、亜人族を回収し、脱出する手筈となっている。


 そしてリュウセイはディアスに監視されていた。

これはザフラの提案だ。

リュウセイなら、こっそり単騎行動をしかねないとのことだ。


 クレア、エルは声をかけた新たな仲間に脱出の算段を説明するために飛空挺から離れている。


 飛空挺に残っているのはザフラ、ディアス、カイル、リュウセイだ。


 

 そしてこのリビングで、ディアスはリュウセイを監視していた。

監視と言っても、そんなに大仰なものではなく、突撃しないように見張りの役目として一緒にいるだけだ。



「……なぁ、リュウセイよ。

お前はどうしてそんなにスミレのことを信じられる?」



 ディアスは難しい顔をしながらリュウセイに投げ掛けた。

彼は、背中を壁に預け、膝を立てて座りながら鋭い目を細めていた。



「はっ! そんなの……決まってる……俺がジジイの弟子で、あいつがジジイの孫だからだよ」



 右腰・・に差した刀、小竜景光に手を乗せて呟く。

それは迷いのない答えだった。



「揺らがないな……お前は……」


「まーな」


「俺は……まだ分からん。

信じられないという気持ちが強い。

あの頃のスミレは……こんなことをするやつじゃなかった」


「……」


「もし、真実なら……昔の反乱軍なら確実に殺されていた。

だが、ザフラは放っておくのが一番、と言った。

あいつもまだまだスミレに甘い……。

俺たちは……酷な役をやらせてしまったな」



 ザフラは……汚れ役を買ってでたのだ。

打ち合わせしたものではないが、ザフラが適任であったことはディアスも感じていた。


 スミレが敵であったなら、誰かがスミレに敵対する必要があった。

スミレを殺すにしろ、放置するにしろ、だ。

この帝国実験場から逃げ出すために。

その役が……ザフラが一番だったのだ。


 後でザフラに謝罪をしなければな……


 ディアスはそう考えていた。


 

「なぁ、リュウセイ。この二年間のあの人は……どうだった?」



 ディアスは天井をぼんやりと眺めてそう口にした。

特に深い意味はないのだろう。

監視ついでの時間潰し、というような口調だ。




「ただの孫バカのじいさんだったよ」



 対して答えはそれだけ、それだけだった。

だが、それだけだが、ゲンスイがあの頃から何も変わっていなかったのだとディアスに思わせた。

そして、それきり口を開こうとはしなかった


 小竜景光に手を乗せたまま、目をつぶる。

どうやら、寝るつもりのようだ。


 そんな様子にディアスは特に何を言うわけでもなく、監視を続行するのだった……






























「ハッ! 大人しくなんてしてられっかよ」



 服と魔具をカイルと取り換えた・・・・・リュウセイは実験塔を前にしていた。


 隙を見て、カイルに頼み込んだ甲斐があったというものだ。


 服と魔具さえ替えれてしまえば家族にしか見分けがつかない。

それは自他共に認めることであった。


 喋ればぼろは出るだろうが、そこは何度も言い含めてある。

そもそもここまでこれたのだ。

バレたところでどうということはない。



「待ってろよ、スミレ」



 リュウセイは実験塔に飛び込んだ。







――――――――――――――――――――








 エレナの部屋。

魔具の材料や図面が部屋に置かれ、綺麗に整頓されている。

スミレの部屋のような豪華さはないが、魔具職人独特の空気が醸し出されている部屋だった。

そして、部屋の中にはエレナとダンゾウがいる。



「細工は終わったんか?」


「無論、後は反乱軍がスミレを誘拐すれば、忍ばせてある我が部隊長の証で追跡が可能。


 そして、反乱軍どもを根絶やす」



 エレナは作戦が滞りなく進行しているのを感じて笑みを浮かべていた。



「バカな奴等やな……ウチらの手のひらで踊らされとるとも知らずにノコノコ乗り込んでくるやなんて」



 くっくっく、とエレナは喉の奥から笑い声を漏らす。

一方のダンゾウは相変わらずの無表情だ。



「反乱軍も、新しく我らに歯向かう者共の命運もここまで。


 今宵、全てを終わらせよう」



 

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