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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第二章~絶望の帝国実験場~
47/157

第四十六話―ザフラとジャックの熱帯夜

 







 ―――ほのお


 ほのお ほのお ほのお ほのお ほのお


        ほのおのせかい


 アイリーンがまんなかに………


 血をながして


 みどりいろで


 やけこげて


 それでも



「だいすきだ」



 アイリーンはほのおにつつまれた。













「アイリっ……!!」



 はぁっ…………はぁっ……………




「っ……くそっ…………」



 夢……か。


 ふと視線を下にこぼすと、見慣れんベッドがあった。強く拳を握りすぎてベッドのシーツにシワがよってもうてる。そうや、もうここは反乱軍の中やったな。




「お目覚めかしら?」


「はひょいっ!?」



 変な声が出た。振り返ると、そこには昨日ワイを運んだ巨人族ジャイアントの男……オカマ? がおって……



「ご飯にする? お風呂にする? それともワ・タ・「お風呂で」



 オチの見えたネタに先んじて言葉を滑り込ませる。

まずは汗を流したい。寝覚めの悪い夢見てちょっと汗をかいてもうたからな。





――――――――――――――――――――







 風呂から上がって気分もスッキリ。

この気分のまま、反乱軍に入れてもらえるかどうか聞きに行こかな。



「ジャックおにいちゃんおはよーっ!」


「おうっ、おはよー。えーっと……スミレちゃん……やったよな?」


「そうだよーっ、スミレだよーっ♪」



 元気よく手を振り、あいさつをしてくるスミレちゃん。寝癖とかそんなんは一つもなく、キチンと手入れされたツインテール。こんなに小さいのに……もうそんな身だしなみに気を使っ……



「ふぉほほほほほ、スミレの髪の毛は最高じゃのう。

滑るような触り心地じゃ。

あぁ、今日もスミレの髪を手入れするところから一日が始まる……素晴らしいのう素晴らしいのう」



 前言撤回。犯人はコイツか。--昨日も思ったけど、こんなやつがほんまに反乱軍総大将なんか?

実力はまぁ……あるんやろうけど、それ以外はただの変態なジジイやん。



「ふふふ、こんな光景に一々驚いてちゃ、今日一日だって身がもたないわよ?」



 艶やかな濡れ羽のような黒髪

 血のように赤い右目と海のように青い左目

 巨乳。でかい、アイリーンよりもでかい。

 胸の谷間がくっきりと見えてその圧力に身を埋めたい衝動に駆られる。

でも……なんでや? ワイの勘がこの人は危ないて言うてる。確か名前は……



「クレア、よ。ジャック君」



 ぱちり、と綺麗なウインク。

鳥肌がたった。物凄い綺麗な人やのに。魅力的な人やのに。何かモンスターにでも狙われてるような気が……



「はぁはぁはぁはぁお風呂上がりのジャック君………

小人族ドワーフってその身長で成長が止まるのよね?

あぁぁぁ、いいわぁぁぁ、スゴくイイ。永遠にそのショタ的体型を維持できるなんて最高だわぁ……」



 目が濁っとる。ヤバイ……。この人はヤバイで。


 この人から発せられるオーラのようなものに圧されてワイは一歩後ずさりした。



「皆さぁーん、朝ご飯が「エェエエエルちゃぁぁぁぁんっ!!!」わっ、うぷ……」



 金髪碧眼の可愛らしい森精族エルフの女の子が昨日と同じようにご飯ができたことを告げに来て、昨日と同じようにクレアに抱きつかれる。

恥ずかしそうに顔を赤らめる様子は可愛いけど、胸がな……残念やわ。うん。残念。



「おじーちゃーん? ジャックおにいちゃん、エルちゃんのことかんちがいしてるよー?」


「む、そうじゃな、じゃが放って置くのがよいのじゃ。

エルの真の姿(性別)は自分で見極めた方が面白いからの」


「そっかー!」



 














 さて、飯を食べたはいいけど、することがないぞ。

結局、反乱軍に入れてくれって言い出されへんかったし……


 魔具……はまだ正式に反乱軍に入ったわけやないから作られへんな。--信用できる人間にだけ託さなアカン。


 アイリーンとの約束やからな。






――――――――――――――――――――







「ジャックおにいちゃーんっ!」


「んー?」



 ピョコピョコという効果音を付けてスミレちゃんがこっちに走ってくる。

太陽のような輝く笑みを浮かべて駆け寄ってくるスミレちゃんに、ワイの顔も自然と緩む。



「ジャックおにいちゃんって、スゴイ魔具を作れるんでしょっ!? ねぇねぇ、何か作ってみてよっ!!」



 おおう、そうきたか……

でもなぁ……そんなに簡単に魔具を作らへんってさっき思ったばっかりやしなー……。


 目の前には期待でキラキラと目を輝かせるスミレちゃん。断り辛いなぁ。


 んんんー……

魔具……つーより……オモチャみたいなもんやったら……作ってもええ、か。

人を殺すような魔具を作らんかったらええわけやし……



「ん、分かったわ、ジャックおにいちゃんが何かつくったろ!!」


「やったーっ♪」


「じゃあ、スミレちゃん? モンスターの素材とかどこに置いてあるんかとか分かる?」


「あっ、んーとねっ、エルちゃんに聞いてみるっ!」



 来たときと同じようにピョコピョコと走り去っていくスミレちゃんを同じ歩幅でワイは追いかけた。







 ちょっ、スミレちゃん意外と足早い……!




















「はいできたっ!!」



 二時間後、ワイの手の中にあるのは普通の服、のように見える魔具。

サイズはスミレちゃんに合わせてあって、そんで、クリスタルすら使われてない、使っても武器としての効果は全くない本当に娯楽の為の魔具。


 そのワイの作った魔具をおぉー、と言った様子で見つめる二人。

スミレちゃんはワイから服を早々に奪い取って自分の着てる服の上からそれを着ようとして、エルって子がそれを楽しそうに手伝う。



「ジャックおにいちゃん! これってどんな魔具なのっ!?」


「スミレちゃんは【能力】の再現の仕方は分かるか?」


「う~~ん?」


「ぼくが出来るのです、スミレちゃん、じっとしていてくださいなのです」



 エルがスミレちゃんの代わりに魔具に魔力を流す。

茶色の光に包まれ、【能力】が発動される。


 数瞬後に現れたスミレちゃんはまさに天使。

背中からは羽が生え、服は真っ白なワンピースに。

エンジェルリングもばっちり頭の上に浮かんでて、その幼い姿と相まって、純粋で触れ難い天使がここに降臨した。

【変化】を応用したワイの力作やでっ!



「うわーっ! なにこれぇーっ!! すっごーーーっい!!!」



 ピョンピョンと天使姿のままスミレちゃんはジャンプする。天使っぽくはないけど子供らしい反応で微笑ましい気分になった。



「すごいっ! すごいのですよこれはっ!!

ジャックさんってすごい人なのですねっ!!」


「スミレ、おじいちゃんたちに見せてくるねーっ!!!」


「あっ、スミレちゃんちょっと待つのですーっ!!」



 あっちゅう間に走り去っていったスミレちゃんをエルは全力疾走で追いかけた。

ほんまに足早いな。

鍛えとんのか? 子供って皆あれくらいやったかな?


 まぁ、ええわ。

久々に魔具作れて、ちょっとスッキリしたし。


 んーっ、一仕事したなぁ………ちょっと作業の時の残骸で汚れてもうたし、片付けでもし「ぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!

ジャァァァォァァックゥゥゥウウ!!!」


「うぎゃぁぁぁぁぁあああっ!!!?」



 ゲンスイが光の速さでワイの元に突っ込んできた。

矢のように鋭く一直線で向かってきたゲンスイにびっくりして思わず大声を上げてまう。


 よくよくゲンスイの顔を見てみると何故か顔面が血塗れで鼻息もやたら荒く、肩で息もしとる。

顔も赤くなって明らかに異常をきたしとった。









 もしかして……帝国軍が攻めてきたんか!?

それでこんな傷を……!?

クソッタレ……!!!!

ゲンスイがこんなに急いでワイの所に来たんや。

きっと……ワイがらみで何かあったんや。

ゲンスイがそう簡単にやられるとは思われへん。

この様子から察するに恐らく毒が盛られたんや。



「はぁっ……!! はぁっ……!!

ジャック、よく聞け!!!」



 ゲンスイが息も絶え絶えにワイの肩を掴む。

そのあまりの迫力、鬼気迫る様相に全神経を集中して一言も言葉を聞き漏らさんように構える。



「なんや!? どないなっとんねんゲンスイ!!!?」



 ワイもゲンスイに聞き返す。



 必死に言葉を伝えようとする様子がアイリーンと被って見えた。


 

「ぐっ……」



 うめき声に似た声が聞こえる。

頑張れ! 頑張るんやゲンスイ!!



「グッジョブじゃ……天使が迎えにきた……もう……思い残すことは何も……な……い」







 ばたっ、音を立ててゲンスイが倒れる。

幸せそうな顔で鼻から大量の血を流しながら。

ご丁寧に仰向けになって、胸の前で手まで組んどる。



「こんの変態ロリコンじじぃいいい!!!」


 

 紛らわしいねん!!

血塗れで登場してきよったから何かあったんやと思ったやんけ!!

血もよー見たら鼻血が顔面に飛び散っとるだけやないか!!


 しかもスミレちゃんは自分の孫やろ!?

どんな目で見とんねんこらぁっ!!!!




「きぃっっっさまぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」


「またきたぁ!!!?」



 今度はディアスがこっちに突っ込んできた。

そのスピードのままディアスが拳を振りかぶって……

 


「ってうぉぉおお!?」



 ワイの顔の横を通り抜けた。

いや、ディアスにビビって腰抜かしてなかったら間違いなく顔面直撃ルートやった。



「な、何すんねん!?」



 グルルルルル、とうなり声をあげるディアスにビビりながらワイは聞いた。

怖い、めっちゃ怖い。

なんなんあの歯、めっちゃ鋭いやん。



「貴様っ!! とうとう本性を現したな!!

巧妙な作戦でゲンスイさんを陥れたことを忘れたとは言わせんぞ!!?」



 チラッ、とゲンスイの方を見る。

そこにあったのは幸せそうな顔で鼻血を吹くエロジジイ。



 巧妙な作戦。


 ゲンスイさんを陥れた。


 その二つがワイの中で繋がった……繋がってんけど……



「知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



 何なんっ、何なんっ?

そんなん知らんがな!!!!

どう考えても勘違いやし、ワイの作戦というより勝手に自爆しただけやろーがっ!!



「知るかとはなんだ!!!

ゲンスイさんの弱点を躊躇なく突いたお前に弁解の余地はないぞ!!!」


「なぁにが『弁解の余地はない』や!!!

弁解なんかするまでもあらへんやろ!?

このエロジジイのエロい顔が全部物語っとるわ!!

完全に自爆やん!?

自分の孫に変な気持ちを持ってるコイツが一番悪いやろ!!」


「ぬかせっ!!

ゲンスイさんの弱点を突き、自爆させるように仕向けたのはお前だろう!?」


「ワイはスミレちゃんに服を作っただけや!!」



 わーわー、ぎゃーぎゃーという口喧嘩はザフラによる鉄拳制裁が加えられるまで続いた。


 ……ザフラ力強すぎ……頭がぁ……―――






――――――――――――――――――――






 その日の夜、ジャックは寝室に一人で居た。

ジャックはザフラという巨人族ジャイアントの男と合室なのだが、そのザフラは所用で外していたのだ。


 ジャックは特にすることがあるわけでもなく、ベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を眺める。


 月明かりがジャックの体を照らし、夜を無音が支配していた。


 ベッドに横たわり、長い時間が経った頃、ふと、ジャックは呟いた。



 それはきっと無意識のことだった。


 実に一年もの間口にしていた言葉。


 決まった時間の決まった行為。


 一時間の……幸せを運んでくる言葉。



 どうしようもないほど愛しくて

 どうしようもないほど幸せで

 どうしようもないほど満たされて

 

 どうしようもないほど……届かない


 

「アイリーン……“時間”やで……」



 〝二人の時間〟を告げる言葉。


 その言葉が無意識の内のものであったことがさらにジャックの心を強く揺さぶった。


 そして自分の口にした言葉をきっかけにジャックは考え始めた。


 今日、一体何回・・アイリーンのことを考えた?


 ジャックは気づいていなかったがそれもまた、無意識のことだった。

自然に、呼吸をするように、何も考えることなく、アイリーンのことを考えていたのだ。


 アイリーンはいないのに。




 そう……アイリーンはいない。


 



 もう……いない。



「ぅっ………ぁあ……!!!」



 唐突に、蓋をしていた感情が溢れだした。

涙の堤防が決壊し、洪水のようにこぼれだす。


 あの日から流れていなかった涙が、あの日の感情を蒸し返すように流れていく。



 めらめら めらめら


 

 忘れることのない炎の熱さ

 忘れることのない血の匂い

 忘れることのない言葉



 涙と共に、ジャックの頭の中であの日の光景が鮮明にフラッシュバックする。

何もかもが憎らしいほど鮮やかに、たとえ瞼を閉じようとも、目の前に現れる。


 

「アイリーン……アイリーン………!!!」



 何かに憑かれたようにそう繰り返すジャック。

無意識の内に口にした言葉が、もう届かないことを、その暖かみはもうないのだと自覚させた。



「アイリーン………アイリッ…………ン…!!」



 そう思うと止まらなかった。

後悔も、涙も、悲しみも………


 月明かりが照らす中、ベッドに大きな滴をひたすら落としていくジャック。

今朝と同じように拳を強く握りしめ、涙を堪えようと強く歯を食い縛る。

だが、一度流れ出した涙は止まることなく、ジャックの頬を伝っていった。



「ヤツを一人にしただと!?

きっと今頃帝国軍に連絡をとっているぞ!」


「そんなわけないでしょ。

疑心暗鬼になるにも程ってものがあるわよぉ。

全く……図体ばっかり大きくても、肝っ玉は随分と小さいのね」



 声が、聞こえた。

この声はおそらくディアスとザフラ。

中にいるジャックを気にもかけない言い争いの声が聞こえる。

ジャックはその存在に気付いていたが、頬を伝う涙を止めることは……彼にはもう不可能だった。


 がちゃり



「ジャックくーん、まだ起きて……あら?」



 ザフラがドアを開け、その巨体を隙間から覗かせる。

視界に入ってきたのはベッドに涙を溢すジャック。

悲しそうで、辛そうな表情で涙する小人族(ドワーフ)の姿だった。



「どうしたのだ?」



 無遠慮な声がザフラの背後から響く。

ザフラはこの男に今入ってこられたら部屋の中にいる彼の精神衛生上よろしくないと判断した。



「ディアス、戻って」



 口をディアスの耳に近付け、その二言だけ口にする。

何かあったことは察したディアス。

不審そうにしながらも、真剣なザフラの言葉を信じ、潔く自分の部屋へと戻った。


 それを確認したザフラはなるべく音をたてないようにゆっくりとドアを閉めた。

それから押し殺すような泣き声を出すジャックのところに向かう。

近くまで行っても泣き止まない彼の横に、ザフラは腰かけた。


 

「どうしたの?」



 優しい言葉でザフラはジャックに語りかけた。

しかし、ジャックは答えない。

泣いて泣いて……ただそれだけだった。



「アイリーン……って子が……関係しているのかしら?」



 ジャックはアイリーンという言葉が聞こえた瞬間、大きく体を震わせた。

脊髄反射のように反応したジャックは顔をくしゃくしゃに歪めながらザフラの方を見た。



「今朝……うなされてたわよ。

アイリーン……アイリーン……って。

アナタはずっと口に出してたわ」



 ジャックが感じていた疑問を先んじてザフラは答えた。今朝、あの時ジャックはうなされてたのだ。


 大量の冷や汗をかきながら、アイリーンと呟く。

そんな彼の顔は世界の終わりを見ているかのように悲愴な顔をして、見ているこっちの方が泣きたくなる顔をしていた。

あの時既に涙すら流していたのだが、ザフラはわざと見逃していたのだ。

冗談めかしてお風呂にいくことすら誘導した。


 そのことからアイリーンという人間が、ジャックをこんな風にさせていると推測することは造作もないことだ。



「ぅぅぅ……ひっ…く…ぅ……」



 答えられない。

そう意思表示をするためにもたげた顔を膝に埋めるジャック。

喉の奥の奥から漏れ出す微かなすすり泣く声が部屋に広がった。



「そう……」



 悲しそうな声でザフラは呟いた。

ジャックはアイリーンのことをあまり話したくなかった。こんな風に泣きじゃくるのを恥ずかしいと思う気持ちと、情けない自分をさらけ出すようだったからだ。


 隣でザフラが立ち上がる気配がする。



 きっともうベッドで横になるのだろう。

ジャックはそう思い、アイリーンとの思い出に浸ろうとした。

楽しかった日々、幸せだった日々。

一緒にいれるだけで嬉しくて、心が踊った。


 でもそれはもう決して手の届かないものだ。

そう思うと余計悲しくなって涙が止まらなくなってくる。

二度と会えない。

あの暖かい気持ちはもう……決して味わうことはない。






 そんな風に考えていたジャックをザフラは不意に抱き締めた。








「…………ぇ?」






 なんの前触れもなかった。


 そんな動作など微塵も予想していなかった。


 気がついたら抱き締められていた。



 アイリーンとは似ても似つかない無骨な身体。

筋肉質でゴツゴツしていてちょっと痛い。

気持ちのいいところなんて一つもない。

柔らかい胸もないし、滑らかな髪もない。

不快とさえ言えるかもしれない抱擁だった。


 けれど……それは暖かかった。


 強く抱き締められて、ジャックの身長ほどもある胸板に押し付けられて……アイリーンの時と似たような暖かさを……ジャックは感じていた。


 はたからみれば、それは大人が子供をあやすようであった。


 泣きじゃくる子供を落ち着かせるために抱き締める親。


 ザフラはそんな風にジャックを力強く、でも優しく、抱き締めた。



「辛かったのよね」



 心の奥にすとん、と落ちてくる声。

それはとても心地好くて……落ち着かせる声。



「辛かったら……辛いって言えばいいの。


 ずっとずっと、辛かったんでしょう?


 好きな子が居なくなっちゃって……辛かったのよね。

ずっとずっと泣きたかったのよね。


 でも約束したから……強く生きるって約束したから……今まで泣けなかったのよね?


 どうして、そんなことが分かるのか、って?


 そんなの……決まってるじゃない。

男が好きな人の最期に言う言葉は……大体そんなものよ。



 でも、そんな約束守れるわけないのよ。

どれだけ、強く約束しても、好きな人が居なくなって泣けない男はいないわ。


 そうでしょう?


 ふとした瞬間に思い出して、気が付いたらその人のことを考えちゃって悲しくなる……。


 寂しくて……切ないわよね。


 ゆっくり、乗り越えましょう。

辛かったら言えばいいし、寂しかったら泣けばいい。

そんなに簡単じゃないけど……アナタなら出来るわ」



 言って欲しいことをぴたりと、気持ちがよいくらいに言い当ててくれるザフラ。


 その言葉は確実にジャックの心を侵食していく。



「ぅ……ぅぅぅっ!!!」


「今は……気がすむまで泣きなさい。


 こういう問題は……自分で乗り越えるしかないから、ワタシは無力だけれど、こうやって抱き締めるくらいはしてあげる」



 暖かい。


 アイリーンのものとは違うけれど、そこには確かに暖かみがあった。

暖かくて、暖かくて……じんわりと心が満たされていく気がした。


 目を閉じればアイリーンの姿が浮かび、悲しさが込み上げて来る。

でも、今はそれをぶつけるところがある。

悲しいと、辛いのだと、苦しいのだと、声高に叫べる場所がある。


 受け止めてくれる人がいる。


 目を閉じた時に見えたアイリーンは……

少し寂しそうに、でも本当に嬉しそうに笑っていた。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………………………」


「よしよし、大丈夫よ」



 ジャックの泣き声は朝がくるまで止むことはなかったという。










――――――――――――――――――――








 朝、ジャックはまどろみの中にいた。

夜通し泣き続けて疲れたせいでいつも起きる時間にも彼は起き上がることはなかった。

ゆえに……



「ザフラさーん、ジャックさーん、朝ごはんができたので……………」



 誰かが部屋に入ってきても、起き上がることなどなかったのだ。



「ぇ、ちょっと、これは、ぇぇ、ど、どどどどうしたらいいので、ひ、ひと、そうです人を呼ばないと……」



 慌てた声でそんなことを口にしたエルにも気がつくことはなかった。

そしてしばらくすると明らかに増えた足音が部屋に向かっていた。



「く、クククレアさん、だ大丈夫なのですか?」


「んふーっ、んふーっ、大丈夫よっ!!

その光景をんふーっするまでんふーっしないわ」


「鼻息が荒いぞぃクレア。そんなのではこれから見るお楽しみにも耐えられんのではないか」


「大丈んふーっよ。

絶対にんふーっ拝んでんふーっ」


「ねぇねぇ、ザフラおねえちゃんの部屋に何があるのー?」


「わわわ、スミレちゃんは見ない方が……」


「わたしだけ見ないなんてイヤなのっ!!」


「スミレよ、だったら俺と戻らないか。

先程から鱗が逆立って仕方がないのだ」


「いかんぞ、ディアス。

お主が戻ったら誰が倒れたクレアを運ぶのじゃ」


「倒れること前提なのですかっ!?」


「ついたわんふーっっっ、んふーっっっ!」



 ばぁんっ!

と乱暴に扉が開けられ、十の目が部屋の中を覗く。



「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ♪♪♪♪」



 クレアが鼻血を吹いて倒れる。

予想通りの展開だが、そのあまりにも大きな嬉声で眠っていた二人が起きた。



「ふぁぁ……なんや……さわがしい……」


「んむぅ……もう、朝なのぉ……?」



 そうして二人は目を覚ました。

ジャックは目を擦ってドアの方を見る。

そこにいたのは鼻血を吹いて倒れているクレアとそれを介抱するエルとディアス。

そして興味深そうにこちらを見つめるスミレとゲンスイであった。



「なんで……みんなおんのん?」


「今の自分の姿をよく見てみるのじゃな」



 ぼんやりとした思考で自分の姿を見ることにした。

だがそうしようとして首が下に向かないことに気が付く。

そこで初めてジャックは自分の状況を理解した。


 ザフラに抱き締められたまま眠っていたこの状況に。



 鼻血を吹くクレア。


 顔を赤らめるエル。


 にやにやするゲンスイ。



 何故こんなに人がいるのか理解したジャックの頭は冷や水を打ち付けられるよりもさらに強力に覚醒した。



「ばっ!!!!!! 違うっ!!!!!!

これは誤解やっ!!!!!」



 起き上がろうとしたが、ザフラのホールドが思いの外強くその場でじたばたすることしかできない。



「いやぁ、すまんかったのう。

年寄りになってもこのような話題には興味が尽きんでのう。

つい覗いてしもうた。もう何も言うまい。

愛の形に差別はなしじゃ。老人は暖かく見守るだけじゃな」


「見守らんでええねん!!!

誤解を生むようなこと言うなアホっ!!!

こんなんが愛であってたまるかぁぁぁっ!!」



 何もかもを振り捨て、得たものは人間らしい心と、身に余るほどの大きな愛情。


 悲しみは未だ癒えないけれど、この新しい居場所で何だかやっていけるような気がした。


 会ってみて、信用できる。

そう感じる人達と出会えた。


 今日こそ、言い出せなかった仲間にしてくれの言葉と共に魔具を作ろう、とジャックは心に決めた。



「ジャックおにいちゃん……ザフラお姉ちゃんと仲いいんだね」



 まずは、この純粋な言葉の暴力から立ち直ることが先決のようである。




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