第三十九話―謀略のエディー
「作戦の最終確認を行うぞ」
「まずは俺とカイルが実験塔の入り口付近で暴れる。
俺達は出来るだけ派手に暴れ、敵の目を引き付ける」
「しばらくし、敵がある程度の動きを見せたらユナの闇属性でジャック、リュウセイの姿を隠して実験塔内部に侵入し、スミレを探せ」
「俺達は突入から約二時間後に戦闘を止め、飛空挺へと帰還する。お前達もそれを目安にして帰還するんだ」
「いいな?」
「三つ……注意事項を言っておく」
「一つ、例え戦闘になっても決して攻撃を受けるな。
恐らく全ての武器に毒が仕込まれている。傷を受ければそこから毒が入り込み、解毒剤のない我々では助かることはないだろう」
「二つ、ダンゾウに出会ったら即離脱しろ。
あいつの【毒焔】はあらゆる毒を生成する【能力】だ。あの炎を一息でも吸えば毒に侵される。こちらに解毒する方法がない以上、助かることはないだろう」
「三つ、スミレが本当に裏切っていた場合、無理に拐おうとするな。
俺達の目的はスミレを拐うことだが、それの目的はスミレを見極めることだ。拐う過程でそれが達成されたなら……無理することはない」
「いいか、くれぐれもこの三つ……気を付けろよ」
「では……行くぞカイルっ!!」
「おうっ!!」
リュウセイ、ジャック、ユナに対して忠告を終えたディアス、そしてカイルが実験塔から程よく離れたバラックから飛び出す。
カイルは飛び出してすぐに翼を生やし、フェルプスに魔力を流して展開。空高く舞い上がり、実験塔の門を視界に捉えた。門の入り口には街でよく見かける黒い鎧の帝国兵が申し訳程度に二人立っている。
上空にいるカイルからでもサボっているのが丸分かりで、一人は欠伸をしているし、もう一人は完全に寝入っているようだ。
そんな二人を見て、カイルは口元に笑みを浮かべ、魔法を具現化させる。
「コロナ!!」
カイルの右手が激しく燃え上がる。
以前よりパワーアップしたカイルのコロナはその熱で陽炎を生み出す。ディアスが丸々一人入れるような大きな流線形の炎が……帝国実験場の空に現れた。
だというのに、門番の二人はカイルを見向きもしない。
おいおい大丈夫か、とカイルは心配するが、どうでもいいや、と思い直し翼で空を漕ぐ。
巨大な火の玉が、実験塔に向かって降り落ちる。
カイルが大半の距離を詰めたところでようやく、帝国兵がカイルに気付いて手持ちの通信用魔具に慌てた様子で何かを叫ぶ。
これでいずれ、ダンゾウに襲撃が伝わる--通信相手がダンゾウだったなら、それは既に伝わっていることだろう。
カイルはさらにスピードを上げた。
眼前、門への激突まで体感数秒。カイルは巨大な炎塊を宿す右手を大きく振りかぶる。帝国兵は慌てて魔具を構えるが、今のカイルにとってただの帝国兵など障害にさえならない。
口元に狂暴な笑みを浮かべたカイルは門に突っ込み、その右手を思いっきり振り抜いた!
「だぁぁぁあああっりゃあっ!!!!!!」
轟音。熱風。門は一瞬の内に内側に吹き飛び、余波で門番も排除。
カイルが飛び込んだ先は大きな円形の広間になっていた。ぶち破った門が大きくひしゃげて転がっている以外に、その広間に物は何もない。何も無い殺風景の広間。あるのは十を超える--何処かへ繋がる通路のみ。
「流石だな」
地上から走ってきたディアスがカイルに追い付いた。ディアスは大きな二対のランスを背中に担ぎ、重厚な防具を着けていた。
防具の一つはディアスの頭の形に合わせて作られた兜。後頭部を守り、顔面はブレスの邪魔にならないように開けている。
そして、鎧。
帝国兵のような肩まで覆うような鎧ではなく、心臓、ひいては腹を守る簡易な鎧だ。肩は自由に動けるようになっており、腰の少し上で打ち止めとなっている。
最低限守るべき箇所を守る為の鎧だ。
最後は、尻尾。
彼の場合、尻尾は攻守に使う万能の武器である。
敵の攻撃を受けることも多いので、防具は必須なのだ。尾の先端に先の尖った形の防具が着けられ、人体などいとも簡単に貫いてしまいそうである。
これが、戦闘部隊隊長ディアスの……戦装束。
「まぁな、っともう来やがったぜ。早いな」
僅かに言葉を交わしている間に、やたらに多い通路から黒一色の鎧の集団が姿を現す。
誰も彼も刃の付いた魔具を使用し、それからは明らかに毒だと主張する紫色の液体が滴っていた。
「あいつらが侵入者だぁあああ!! やっちまえええええ!!!!!!」
うおおおお、と雄叫びを上げるだけが取り柄に見える帝国兵。作戦も何もないただの突撃を目にし、ディアスがふん、と鼻を鳴らして前に出た。
「カイルよ」
「ん?」
「少し飛んでいろ」
「分かった」
幸いなことに、この広間は縦にも十分なスペースが合ったので飛ぶことに苦労は無かった。
ディアスはカイルが飛び上がるのと同時に、背負ったランスを抜く。
腕を大きく後ろに引き、胸を反らせ、全身のバネを全て使い、ぎりぎりぎりっ……!!! と、力を溜める。
その様子はまるで……一つの大きな大砲のようであった。
「竜鎖・爆裂砲!!」
溜め込んだ力を解き放ち、突きだしたディアスのランスが前方へと飛び出した
柄が持ち手部分を残して外れ、その内部から鎖が現れる。一体どこにそんな長さの鎖が仕込まれていたのだろうか。柄の長さを遥かに超える長い鎖がジャラララ、と音を立ててランスの先端部分が飛んでいくにつれてどんどん伸びていく。
大砲の砲弾のように飛んでいくランスを帝国兵は避けようとするが、後ろから来る人の流れに押され、避けることは叶わない。
たたらを踏み、どうにも不様な帝国兵は迫りくるランスによって吹き飛ばされていく。
反乱軍時代のディアスのランスなら、帝国兵を貫いていくはずなのだが、如何せん時間が無く、ジャックの腕をもってしても、一晩ではディアスの防具を作ることと、ランスを完成させることは不可能であった。
だから、命を守る防具を優先して作り、ランスはリュウセイとの戦いの時に使った先を潰したものを反乱軍時代のディアスのランスと同じものに改造することにしたのだ。
すなわち、鎖をランスの中に仕込むことである。
先の潰されたランスは帝国兵を何人も吹き飛ばした後、地面にめり込んだ。
ようやく、止まった……。
と、帝国兵が安堵したのも束の間、ディアスのランスが赤い光を放って爆発した。
小規模な爆発だが、人が密集しているなかでの爆発の威力は想像に難くない。
ランスの直線上にはいなかった者達も、その爆発に巻き込まれ、次々と吹き飛んでいった。
爆発が止むと直ぐ様シュルルル、という音と共に鎖が巻き取られ、ランスがディアスの下に戻っていく。
ガコンッ!
ランスの柄が連結される音が聞こえ、ディアスはリュウセイと対峙したときの構えを取る。
柄は背中でクロスさせ、ランスの先端は外に向け、大きく開かれる。
ランスから立ち上る炎の迫力が、弱い者を一瞬で竦ませる。
「“爆竜”……ディアス……反乱軍戦闘部隊隊長の……“爆竜”ディアスだぁぁ!!」
帝国兵の内からそんな悲鳴のような声が上がる。
対多人数との戦いに特化した“爆竜”の……本領が発揮される。
――――――――――――――――――――
「パック!!」
「あれ? おま……もしかして……エル!?」
――久しぶりにあった親友は以前よりちょっと大人っぽくなっていたのです。
妖精族特有の手のひらサイズの体躯に、蜻蛉のような薄い羽根。
ぼくとお揃いの蒼い瞳に、小さい頃から着けているヘルメット。それからはみ出る短い白髪が風に揺れ、パックはふよふよとぼくの飛び回り、じろじろと観察するようにぼくを見ているのです。
「なんてーか………おま、可愛くなったな……」
なっ!!
何て言うことを言うのですか! ぼくが男だっていうことはパックだって知っているはずなのです!!
大体この格好を見てぼくを可愛いだなんて……可愛い……だなんて……
「あ、あれ? な、なんでこんな……?」
ぼくは間違いなくスボンを履いて、当たり障りのないシャツを来ていたはずなのです。
だというのに……
今ぼくがきているのはフリフリした白と水色を基調としたドレス。もちろんスカートなのです。
胸元には可愛らしい大きな白いリボンが置かれ、まさか……と思って頭を触るとそこには明らかに布の感触が……
「ってクレアさん!?」
「あららら、もうバレちゃった」
てへっ、と頭を小突くその表情はとても可愛らしくて、つい何でも許してしまいそうに………
「ってダメです! 何でフェロモンを使ってるのですか!?」
あ、危なかったのです。危うくあの人に乗せられてしまうところだったのです……。
まさかこの大事な日にこんなことをするなんて……。あの人はフェロモンを使い、ぼくの意識をぼんやりとさせている内に服を着せ替えさせるのが得意なのです。必死に抵抗しているはずなのですが、フェロモンには勝てないのです。
歩いているときもそれとなくフェロモンを出して服が入れ替わっているのに気付かせないのです。
なんという徹底振り。
そこまでぼくに女の子の格好をさせたいのですかっ!?
「なぁ、エル。オレっちにも分かるようにこの状況を説明してくんね?」
「え、えーっとそれはもががっ!?」
パックの質問に答えようとしたらフィーナさんに口を押さえられたのです。
っていうか胸!! フィーナさん当たっているのです!!
クレアさんで慣れてはいますけれどぼくだって平気な訳じゃないのですよ!?
「まぁまぁ、積もる話はあるだろうと思うけどさ」
「ちょーっと女王サマのところまで」
「「案内してくれるかしら?」」
はい、今ぼく達は妖精族の女王様の前にいるのです。女王様というか、この実験場にいる全ての妖精族の前なのです。
いきなり過ぎる展開なのです。
パックもどうして……『いーよー、女王様も最近は退屈してらっしゃるから、あんまり無礼過ぎなきゃ粗相も働いていいからな』なんてことを言うのですかっ!?
って言うか矛盾してません? 無礼じゃない粗相って一体何なのですか……
女王様のお付きの方? ご意見番? そんな人達の視線が痛いのです……明らかに敵意を向けられているのです。
女王様は金のティアラを着け、長い銀の髪を編み込んだり、纏めたり、飾り立てたり、と凄く豪奢に装飾していて、その大きな銀の瞳に見られると表現できない迫力に圧されてしまうのです。
これが……女王様の威厳と言うヤツなのでしょうか……あんなに小さいのに平伏してしまいたい気になってしまうのです。
「私はサテラ・エレオノーラ・フェアリー。
種族は言わずもがな妖精族だ。そなた達の名は何と言う?」
「あ、あの、ええと、ぼっ、ぼくは……ええる……エル・ロットーと、も、申しますのです!!
しゅ……種族は……える……森精族なのですっ!!」
ふ、ふわぁぁあ!! き、緊張で上手く喋れないのです!!
く、クレアさん達は大丈夫なのでしょうか……?
「私はクレア・エムプーサ。
三度のご飯より大好きな趣味はそこのエルちゃんに可愛い服を着せて愛でること。種族は淫魔族よ」
「あたしはマリン。種族は亜人族で今日はこの子の姉よ」
「あたしはフィーナ。種族は亜人族で今日は妹よ」
「「よろしくね。女王サマ」」
ふ、フレンドリィィ!!?
どうしてそんなに親しげに話しかけるのですか!?
どうしてそんなにお友達感覚なのですか!!?
「貴様ら、無礼だぞ!!」
「我々を侮辱しに来たのか!!」
や、やっぱり怒られたのですっ!! 横の人達がすごい剣幕で怒鳴っているのです……。うう、やっぱり粗相を働いちゃダメじゃないですか!!
「あー、もーいーわよー。女王の威厳とか出すの疲れたしー。どうせここは森じゃないんだからさー。こんな装飾もいらなくない?
帝国兵に見つからないように必死に持ち込んだのがどーしてこんなくだらないものなのよー。もっと武器とか魔具とかそーゆーの持ち込みなさいよねー」
カラカラン、と女王様が頭に着飾られた装飾品を脱ぎ捨てていくのです。高そうな金のティアラを指でクルクルと回して、髪もその辺のゴムでポニーテールに纏めてそれで終わりです。
……パックはこれを知っていたのですね。
だから、粗相を働けと……
お付きの方以外の方たちもどこか和やかな表情になっているのです。やはり、こっちが素なのですね。
「なっ!? 女王様それは我らが一族に伝わる〝清廉純白のアリアドネ〟ですぞ! そのようにぞんざいに扱ってよいものでは……」
「たかが【浄化】の魔具くらいどこにでもあるでしょーに。金が使われてるからって騒ぎすぎなのよ。
皆の健康を保ってくれる分には使えるけどさー。
それだけじゃない。攻撃にもうって出れないよーな魔具持ち込んでさー。これからどーしろって言うのよ。
もしかして、ずっとここで過ごす気だったの?」
【浄化】……あらゆるものを“清潔”にする【能力】ですね。凡庸性が高くて、冒険者の方々には必須の魔具なのです。食べ物に使えば病気にかかることも無くなって、自分に使えば清潔になるのです。
帝国実験場にいるのに妖精族の方たちがやたらキレイなのにはこんな訳があったのですね。横の方たちは女王様の言葉にぎゃーぎゃーと騒ぎ立てているのです。
あの人達の方が無礼に見えるのはぼくだけなのでしょうか?
「あら、サテラはまだ帝国に反抗する意思があるのかしら?」
だからフィーナさんそんな友達感覚で……って、もう手遅れですかね……
「もちろんよ、フィーナ。あんな帝国に従っていられる方がどうかしてると思うけどね」
「一度はやられたのに?」
「一度くらいどーってことない。
妖精族は自由な種族。森精族や黒森精族と共に森で過ごす……自由な種族よ。
森で再び自由に暮らす為なら……何度だって立ち上がってやる」
っ!!
再び女王様の迫力に圧されるのです。先程の見せ掛けの威圧なんかじゃない……
本物の……女王の気迫……!!
「そう、なら提案があるんだけど……いいかしら?」
「いいわよ。聞かせて」
「あたし達はこの帝国実験場を脱出しようと思ってる。帝国実験場の五つの結界管理魔具を壊し、ある方法で地中から外に出る」
「あたし達は新しく反乱軍を結成しようと思ってる。
だから人数がいるのよ。分かるわよね?」
「「だから、あたし達が結界を壊せたその時にはあたし達と一緒に帝国と戦って欲しいの」」
言った……とうとう言ってしまったのです。妖精族の方は一体どんな反応をするのでしょうか……
「我々に貴様らのような無礼な輩の下に付けと言うのか!!?」
「結界管理魔具を壊すなど出来る訳がない!!
貴様らの幻想を我々に押し付けるな!!」
「小娘の分際で……身を弁えろ!!」
うーわぁ……凄い反発なのです……。フィーナさん達は一体これをどうするつもりなのでしょうか……
「「五月蝿いわよ。あたし達はあんたらみたいなのと話してるわけじゃないの。黙っててくれるかしら?」」
ええええええっ!!? そんな……えええ!?
マリンさんもフィーナさんも……何言っちゃってるんですか!?
そんなので本当に静かになる訳ないじゃないですか!!
ほら!! 横の人達が顔を真っ赤にして怒っているのです!!
「五月蝿いって言ってるのが聞こえないの?」
マリンさんが水精霊の指揮棒を振るのです。
怒っていた人達に水を浴びせて、【温度変化】を発動させ、一気に氷付けにしてしまったのです。
「って、何やっているのですかっ!?」
「害虫駆除?」
「言い過ぎですし、やり過ぎです!!」
あわわわわ……何でこんなことに……流石の女王様も……周りの人達も……同族が氷付けにされたら怒りますよね……
「凄いわね……完全に凍ってる……まー、いいわ。話の続きをしましょうか」
「理解が良くて助かるわ」
「とは言ってもあなただけに話しているわけでもないのだけどね」
もう……訳が分からないのです。女王様……軽すぎじゃないのですか?
周りの人は恐怖に怯えている人がほとんどなのですよ?
「あたし達の言った内容は別に妖精族という種族全体に言った話じゃない。
今、此処にいる一人一人の妖精族に対して……言ってるわ」
「あたし達は信頼出来る仲間を求めてる。
だから、妖精族が全員仲間になってくれなくても構わないのよ」
「あたし達のことが気に入らないって言うんなら仲間になってくれなくて結構」
「このまま実験場で余生を過ごすことね」
「今、この話を聞いてあたし達と共に戦ってくれると決意した人」
「帝国を倒して、昔の……自由な生活を取り戻したい人」
「「そういう人をあたし達は求めてる。
一緒に……戦いましょう?」」
そう言って二人は手を伸ばしたのです。自信に満ち溢れたその顔は凄く……頼もしく見えるのです。
するとサテラ……もとい女王様が蜻蛉のような薄い羽根を動かして、空中を移動し、マリンさんの手に乗ったのです。
「これからよろしく。フィーナにマリン」
「「こちらこそ、歓迎するわ、サテラ」」
女王様……本当に自由なのです。
いの一番にそんなことをするなんて……大丈夫なのでしょうか。
「よし、じゃあオレっちが二番目だな。フィーナにマリンだったよな? これからよろしく頼むぜ」
パック……あぁ、とても嬉しいのです。これからはパックとも戦えるのですね……
「お、おれも戦うぞ!! よろしく頼む!!」
「オレだって!」「私も――!」
妖精族がフィーナさん達の周りを飛び回っているのです。妖精に囲まれるフィーナさんとマリンさんは……とってもキレイなのです。
ジャック隊長……こちらは上手く行きそうなのです……だから……そっちも頑張ってくださいなのです―――
妖精を仲間に加えることに成功したフィーナとマリンたち。
その様子をこっそりと伺う大きな一つ目には……誰も……気づくことは無かった。
――――――――――――――――――――
「この部屋もハズレ……やったらもうスミレちゃんのおる部屋はあそこやな……」
ジャックが何部屋目かの中を確認してから呟く。周りには帝国兵の姿は無く、異様な静けさが辺りを包んでいた。
カイルとディアスが上手く敵を引き付けているからか、はたまた敵の思惑なのか……それは分からない。
ただ、ジャックはここに至るまで何も魔具による罠が仕掛けられていないことに……異常な不気味さを感じていた。
「あそこって言うのはどこですか?」
「……帝国から来た客をもてなす為の……言うなら来賓用の部屋や。ここより下の階にあるわ」
「ハッ! 何でそこを後回しにしたんだよ。
上がってくる時に寄りゃ良かったじゃねぇか」
「あんまし……ええ思い出がないもんでな」
ジャックの過去に何か有ったのか、暗い表情を見せるジャック。
何かいけないものをつついてしまったと感じたリュウセイは、言葉を続けることが出来なかった。
「スミレちゃんって……どんな子なんですか?」
ユナがおもむろに口を開く。ゲンスイから婉曲した知識は得ているものの、ちゃんとしたスミレ像というものをユナはまだ掴めていなかったのだ。
「特徴的なのは名前と同じ、菫色の……鮮やかな紫の髪と瞳だな。反乱軍にいた頃はユナと同じくらいある長い髪をツインテールでまとめてた。
顔立ちは子供っぽさが残るが笑った顔はカワイイ。
笑顔は癒されること受け合いだ。
それと首に巻いた黒のチョーカーがスミレの闇属性の魔具だ。
その【能力】は【未来予知】。現実には視る、と言うよりは体験する、と言った方が正しいらしいがな。
あと、胸はユナと同じくらいだ。……睨んでんじゃねぇよ。
性格は無邪気、子供っぽくて誰に対しても純粋な優しさをもって接する。一人称は〝スミレ〟」
「リュウセイお前……会ったことないのに詳しいな」
「……ジジイと二年も一緒に居りゃあな……」
「じゃあ……スミレちゃんは反乱軍のことをどう思っていると思いますか?」
「あいつは誰よりも反乱軍を愛してる」
「そうやな……あの子は反乱軍のことが大好きやった……」
「そうですか……」
喋りながらも周囲を警戒し、ゆっくりと目的地に歩みを進める三人。
ここに至っても、障害らしい障害は無く。
一直線にジャックの言う来賓用の部屋に辿り着くことが出来た。
「ドアに魔具が仕掛けられてる様子もない……一応安全や。
……開けるで」
「おう」
「はい」
ジャックがゆっくりとドアを開ける。
はたしてそこには……
「スミレ……」
呟いたのはリュウセイだ。
ジャック達に背を向け絢爛豪華な服を着て……ぼんやりと……ただ1つある天窓から空を眺めている……スミレが居た。
菫の花のような美しい紫の髪に聞いていた通りの黒のチョーカー。ユナでさえも、一目で彼女がスミレであることは分かった。
そして、もう一人。
スミレの横で、何かの棺の上に腰を下ろして……その金の瞳でジャックを睨む小人族の少女がいた。
「エレ……ナ……?」
「その汚い口でウチの名を呼ぶんやない。
裏切りモンの小人族風情が。
……やっと見つけたで……ジャック!!」
ギラギラとした目をジャックに向けるエレナ。
一方でジャックは困惑した表情だ。
ユナは状況が分からずに混乱し、リュウセイはじっとスミレを見つめる。
そして、その視線を一身に受ける少女、スミレは……
ジャック達に背を向けたまま、人形のように無表情で、天窓から灰色の空を眺めるだけだった。