第四話―ヨークタウンの戦い
前代未聞の出来事に無音を貫き通す空間。それを打ち破るのは放送の始まりを告げる耳を塞ぎたくなる高周波の音。
キィーーーーッン
その音に、茫然としていた帝国軍が佇まいを正す。緊張感をそれぞれが持ち、放送に耳を傾ける。カイルとジャックは険しい表情で放送機を睨みつけた。
『私は第九部隊長のウィルだ。許されざる種族などという下餞な身分で我が主君たる帝王様に無礼な言葉遣い、そしてその言葉を以て帝国への宣戦布告とみなす。
その場にいる帝国兵は直ちに信号弾で位置を知らせよ。
繰り返す。
その場にいる帝国兵は直ちに信号弾で位置を知らせよ』
すぐさま何人かの帝国兵は鎧の隙間から丸い野球ボールサイズの何かを取り出す。球は輝いたかと思うと上空へと跳ね上がって、赤や青などの基本属性の光を大きく放つ。それは十秒ほど維持されたかと思うと花火が消え行くように一瞬で消えた。
『信号弾を確認した。付近の帝国兵はその場に急行し、反乱者を迎撃せよ。その場にいる者もだ。もし命令に背いたならば……お前達全員、私の剣の錆にしてくれる』
帝国兵達の顔が強張る。ある者は剣を抜き、ある者は槍を構え、煩雑な殺気をカイルに向ける。
「ちょー、ほんま自分どないしてくれんの? ワイまで狙われてもうとるやん。完全に共犯者やでコレ」
そういうジャックの顔は少し楽しそうである。
――さっきの放送は焦ってもうたけど……ま、なるようになるやろ。まさかいきなり宣戦布告するとは思わんかったわ。帝王にべったり依存のウィルのことや、すぐここへ来るやろう。カイルは強いようやけど、魔具がないんやったらウィルには敵わんやろうな。
けど、反乱軍の本隊が来たら話は変わる。ウィルは新米の部隊長やし、数で押せばどうにかなるやろ。
しっかし今回の反乱軍は随分と派手好きやなぁ。いきなり宣戦布告なんてどないなっとんねん。
ジャックはまだ勘違いを続けていた。
「あー、それについては悪かった」
「まぁ、もうえーよ。終わったことや。それに……自分ら反乱軍に興味あるしな」
「ん? 反乱軍って何のことだよ」
不思議そうに首を傾げるカイル。ジャックの質問の意味が分かっていないようだ。反乱軍など存在しないので、その反応は仕方ない。
「またまたぁー、とぼけてんちゃうで~? 反乱軍がまた結成されたんやろ?
そんで今のは反乱軍が帝国軍に宣戦布告したっつー――」
「あー、勘違いしてるぜジャック」
「え? どーゆうことや?」
カイルはジャックの猛烈な勘違いに気付いて得心を得たが、今度はジャックの方が不思議そうである。
「反乱軍なんてねーよ。今のは確かに宣戦布告だけど、あれは俺個人が帝王の馬鹿に売った喧嘩だぜ?」
「モ、モウイッカイイウテミ?」
ジャックの顔が無表情で固定され、話される言葉がカタコトになる。カイルはどうして一回で分からないだと思いつつ、
「だから反乱軍なんてないんだよ。
さっきの、あれは、俺個人が、帝王に、売った喧嘩だ」
ゆっくりと子供に伝えるように一文節ごとに区切って話す。
「は」
「は?」
「はあぁぁぁああぁっっ!!!???」
ジャックは叫ぶ。悲鳴とも呼べる大声で叫ぶ。その顔は驚愕の二文字を表現していた。
「自分が帝王に喧嘩吹っ掛けたんか!? 一人で!? それがどういう意味か自分、分かってんのか!?!?」
「この国の全部を敵に回すってことだろ?」
「それが分かってるならなんであないなことすんねんハゲ!!!」
「それが目的だからだよ」
「はぁ??」
カイルに対して逆ギレするジャック。責めるような口調で問い詰め、批難の嵐を送る。送られているカイルは森での帝国兵を相手にしたように、すました顔で答える。
「俺の旅仲間に--つっても昨日から始めた旅だけど……この国を敵に回してる奴がいるんだよ。
そいつはずっと孤独なんだ。寂しくて……寂しくて仕方ないのに、人を信用できない。生きるために人を疑わなきゃならないって言ってた。
お前も見ただろ? さっきの帝国兵の目を。人を金の塊かなんかだと思ってやがる。あんな目にずっと晒されてたら……そんな生き方になるしかねぇよな。
そんな奴の信用を得るには、俺自身も帝国を敵に回すしかないだろ?」
そう言って笑うカイルにジャックは再び驚愕する。目を大きく見開き、カイルを仰視する。
――こいつは……ほんまにそれだけの理由でこの国を敵に回すんか……?
この強大な力を持つ帝国に
絶対的な強さを持つ帝王に
喧嘩を売ったゆうんかい。こんな清々しい馬鹿初めてみたわ……。
「おい、カイル……一つだけ聞かせぇ」
「ん?」
「お前はそれでこれから死ぬことになってもええんか? 旅の仲間の信用を得るためだけに、帝国を敵に回して後悔せえへんのか?」
こいつはどんな答えを聞かせてくれる? どこまでワイの想像を越えて行く?
「上等じゃねぇか。これぐらい出来ねぇんじゃ仲間じゃねぇだろ? それに俺は死なねーよ。生き汚なさには自信があるんだ」
ほんまにおもろいやっちゃなぁ。帝国に喧嘩売ったことを『これくらい』なんて言いおったでーー。
「フフフ……アッハッハッ!!! 自分ほんまおもろいなぁ!!!
でもどうする? もう帝国兵に囲まれてもうたで?」
カイル達の周囲は、壁を弧にして半円状に帝国兵によって囲まれている。信号弾で集まってきたのを含めて約三十人が武器をとり、今にも襲いかかってきそうだ。
「決まってるじゃねぇか」
カイルの背中が輝き、朱色の翼が生え、
「全員」
両の手が炎に包まれ、
「ぶっ飛ばす!!!」
朱色の翼をはためかせ、カイルは帝国兵の中に特攻する!
目の前にいた兵士を吹っ飛ばし、後ろに並ぶ数人の兵士達を巻き込んだ。
「や、やれっ!! こいつを仕留めろおおぉお!!!」
ウオオオオオオっっ!!! と誰かの言葉に釣られて叫ぶ帝国兵達。その言葉をきっかけに次々とカイルに襲いかかってきた――!
―――――――――――――――――――――――――
カイルは帝国兵の攻撃を全てカウンターで対処していた。
上段から降り下ろされる剣を少し左に移動して避け、降り下ろし後の隙だらけの兵士の懐に潜り込み、炎を纏わせた拳で丹田の辺りを素早く殴る。
今までの大振りなパンチとは違い、その場に倒れる兵士。その姿を一瞥する間もなく、カイルは次の攻撃に備えた。
直後、カイルは背後から殺気を感じ、脚に力を入れて二メートルほど垂直に飛び上がる。すると真下に長槍を持ち、突進してきた兵士が現れた。そいつに対し、重力を利用したかかと落としを脳天に。地面に打ち付けて意識を刈り取る。
着地をスムーズに決めるがその瞬間、目の隅に自分に向かってくるハンマーが見えた。扱う男と大差ない大きさの巨大ハンマーが迫り来るが、なんの魔法も纏わせていない力任せに薙ぎはらわれるハンマーに対し、少し炎を大きくした拳で対処する。その力の激突は拮抗することなく終わり、瞬きをする間にハンマーは砕け散っていた。
「……は?」
そう呟く兵士の顎にアッパーをかまして、次の攻撃に備える。
すると三方向から武器を持たず、カイルと同じように拳に炎、雷、風を纏わせた兵士が走り込んでくる。三人とも大きく腕を引き、自分の出せる最高のパンチを放とうとしている。そんな見え見えの攻撃に対し、カイルは自分に当たる直前に再び飛び上がる。それぞれが顔面を殴り合い、仲良く三人ともノックアウト。飛び上がる勢いのまま、翼を大きく動かし、地面から五メートル程で静止。
すると、帝国兵の中から魔法が飛んできた。
森でみた炎の球に、一直線に伸びる雷、荒れ狂う強風、炎の倍はあろうかという水の球に、先端が尖った石の礫。
そんな魔法が四方八方からカイルに向かって飛ばされる。
すぐさま下に向かって飛び、魔法の出所を見極めて、そのうちの一人を仕留める。
――なんだ? 敵の攻撃に対してどうしたらいいのかが分かる……。敵の呼吸……腕の動き……それが手に取るように分かる。いや……この感覚はむしろ……
「思い出してるのか」
俺の身体が戦闘を……闘いを。記憶は全然出てこないけど、この戦闘の感じは懐かしい……。感覚が戻ってくる。身体が流れるように動く。
カイルは肌で感じる戦闘の空気に闘いの感覚を取り戻しつつあった。敵の攻撃をいなし一撃で帝国兵を落としていく。
一撃で味方が倒されていく様子は帝国兵に恐怖を与えるには充分だった。
――残りはだいたい十人とちょいって感じだな……。ん……? 十人? なんか少なくね?
「砂鉄嵐!!」
帝国兵の回りを緑と茶色の線で出来た二重の円が囲む。すると、その円の内部に強烈な風が吹き荒れ始めた。風だけではなく、円内部に何か黒く、小さな物質が大量に舞っている。それは時間を増すごとに量を増やし、今では円内部とその上空が黒一色に染まる。何が起こっているか理解できない帝国兵達の悲鳴が風の音に混じって聞こえる。
カイルはその嵐に疑問を持ち、辺りを警戒する。するとカイルの横から声が聞こえてきた
「自分帝国に喧嘩売るんやったらこれぐらいの人数一瞬で片付けれる技持っときぃや。なんで、ワイまで出張らなあかんねん」
慌てて下を見ると、そこには両腕を前につき出すジャックの姿があった。何をして……とカイルは口にする前に、両腕の銀の腕輪が淡い茶色に輝いているのに気が付いた。
「あれ……お前が?」
カイルは驚きを隠せない。それほど強い男には見えなかったこの小さな男が、あの嵐を巻き起こしたという事実に。
「おうっ! そやでー!! 見直したか!? あれはなー、あの円の内にある砂鉄を腕輪に嵌めてある魔力鉱物に貯めた魔力使って取り出して、適当な大きさに固めて、風の魔法でかき回しとんねん。つーか自分、亜人族やってんな」
ジャックは得意気に笑った。自分の技の解説のときも終始得意気だ。
「えっ!? 魔法で砂鉄を取り出すとか出来んの? それにお前……二属性なのか?」
「おぉ、そや言ってなかったなー。魔法ってのは魔力を使って起こす現象のことや。クリスタルを介さずとも魔力でなんかすればそれは魔法や。
んでな、魔力の特性やねんけど、それぞれの属性に関するもんに魔力を込めるとその物体を操ることが出来んねん。地属性やったら地面に魔力込めたら石礫とか飛ばせるし、植物に魔力流せば枝とか操れるわ。
んで、ワイは二属性やない。なんで、二属性が使えるかって言うとな……」
言葉を切り、両腕を下ろすジャック。すると目の前の嵐が消え、行き場を無くした砂鉄が辺りに舞う。円の内部には砂鉄によって切り刻まれた帝国兵が転がる。
身体の表面を襲う砂鉄の嵐は致命傷には至らずとも、気絶させるのには十分な威力があったようだ。
そして円の中心あたり、帝国兵達の頭上に緑色の光を放つナニカがあった。それはゆっくりとジャックのもとに向かい、その手の中に収まる。それは、四角い板だった。手のひらサイズ。主に鈍い鋼色で構成され、中央には緑色の宝石とクリスタルが嵌め込まれている。
さらに、板そのものにびっしりと魔方陣のような模様が彫りこまれていた。
「この中心にある魔力鉱石に風の魔力をあらかじめ入れてもらっといてな、ワイの命令で組み込まれた術式の魔法を発動すんねん。やからワイは二属性やない、ワイの属性は地や」
「術式って?」
「それはまた後でな。
とうとう来おったみたいやで。気ぃ引き締めーよカイル。これから戦うんはホンマモンの二属性で、お前が喧嘩売った帝国の部隊長を務める男やねんから」
「お前達か。我が主君様に歯向かう低俗なゴミ共とは……」
憎々しげな口調と共にその男は現れた。黄金のように輝く濃い金髪を腰の辺りまで伸ばして、顔の横にある一房の髪が丁寧に編み込まれている。ウィルの持つ暗めの青い瞳は、見るものを萎縮させる圧力を与える。元は凛々しい顔つきなのだろうが、その顔は狂気に歪み、凛々しさが塗りつぶされている。何も防具を着けておらず、貴族のような豪華な服は戦闘には向かなそうである。
ありとあらゆる箇所に宝石がつけられ、キラキラと輝く。そんな服装に真っ向から反発するように、二対の剣が腰に下げられている。防具を着けないのは自信の表れか、他に合理的な理由でもあるのか、それはまだ判断がつかない。
「あぁ、そうだ。ガキみたいなワガママ放題してやがる、お子様帝王に喧嘩売ったのは俺だぜ?」
カイルがそう切り返す。
しかしその表情に余裕はなく、しっかりとウィルを見据える。対するウィルはカイルの言葉にさらに顔を歪ませた。
「貴様等のようなゴミが帝王様の御名を呼ぶことすらおこがましいというのに……。帝王様に対する敵対行為、無礼な言動……万死に値する」
ウィルは剣に手をかける。腰の両剣はそれぞれ右が青色、左は黄色に輝き、抜剣すると水と雷を纏う。先程の兵士とは比べ物にならないほど大きな魔法を具現化させている。
そしてカイルも両手から炎を吹き出す。荒々しく燃え上がる炎は帝国兵を相手取った時とは桁違いの大きさだ。
先に動いたのはカイル。翼を含めた身体中の筋肉を使い、思いっきり真っ正面から突貫する。翼を使った突進で起きた風切り音がカイルの耳に届く。
だが、ウィルとの距離を半分ほど縮めた段階で左右から水と雷の“鞭”が迫る。
慌てて後退し、ウィルとの間合いを計ろうとするが今度は頭上から水の鞭が追撃する。その軌道を見切り、ギリギリのところでかわすが、避けた先には再び雷の鞭が……
「うっ!!」
カイルの身体を雷が駆け抜ける。横方向に振るわれた雷の鞭の勢いも食らい、そのまま建物の壁に叩き付けられる。
「カッ……ハッ……」
肺の空気が押し出される。呼吸が止まる。息をするのに集中してしまい、ウィルから注意を外してしまう。そんな致命的な隙をウィルが見逃すハズがなく、二つの鞭がカイルを狙い、迫ってくる。
「こんのっアホ!! 戦闘中に意識そらしとんちゃうぞっ!!」
ジャックがすぐさまカイルと鞭の間に割り込み、両手を地面につける。腕輪が輝き、彼は大地に魔力を流し込む。
「岩鉄壁!!」
大地が凄まじい勢いでせりあがる。高さ二メートル程の壁が半円状に展開し、カイルとジャックを鞭の追撃から守った。
「ちょーこっち付いてこい!!」
ジャックがカイルの腕を掴み、ウィルから逃げるようにその場から離れる。カイルは息を切らし、ジャックにされるがまま。
しばらく走るとジャックが急に立ち止まり、ウィルの方を向く。
「これがアンタの『間合い』やろ? 鞭使いのウィル」
「ほう……私の攻撃を知っているだけでなく『間合い』までバレているとは。これは予想外……。貴様一体何者だ?」
「それを教える義理はアンタにはない。
カイル、一度しか言わんから耳の穴かっぽじってよぉ聞け。アイツの双剣はフェイクや。ウィルが最も得意とする戦法は、あの剣から出す魔法を思いっきり伸ばして鞭みたいにしならせて攻撃する中距離からの攻撃や。その間合いは二十メートル。ウィルは魔法を魔力で制御すんのが上手いから、避けたところで鞭は追いかけてくる。普通に殴っても雷で痺れたり、水で窒息させられる。
絶対に避けるな。魔法には魔法や。鞭を自分の炎で弾け」
「分かった」
そしてジャックはカイルにだけ聞こえるような声で続ける。
「さっきの壁で、ワイの貯めてた魔力は全部使ってもうた。もうワイは戦闘には参加出来ん。こっからは、自分だけで戦うんや。けどな、今の自分じゃウィルに勝つんは百%無理や」
「なっ、そんなこと――」
「話を最後まで聞かんかいアホ。ええか、魔具を持ってない自分と魔具持ち、二属性のウィルとじゃ圧倒的な差がある。幸い自分は魔力はよぉさんあるみたいやからな、魔具があれば勝てる可能性はある。やから時間を稼げ、十分や。
その間は絶対に近付くな、間合いギリギリでウロウロしとき。
その十分の間にワイが魔具を見繕ったる」
「魔具を見つけたところでそれが俺に合うとは限らないんじゃないのか? その辺に落ちてる剣とか使っても俺は戦えね――」
「じゃあ任せたでっ!!」
「あっ、おいっ!!」
ジャックは走りだし、帝国兵の武器を何本か拾い上げるとそのまま脇道に入って見えなくなった。
「あの小人族、まさか--いや、捕まえてみれば分かること。
低俗男、助言を聞き入れたとて、無駄だ。我が二対の雄鞭は、躱そうと思っても躱せるものではない」
ウィルは大きく一歩踏み出し右の剣を振り下ろす。すると纏わせていた水が大きく伸び、鞭のようにしなってカイルを頭上から狙う。とっさに横に避けるカイル。
――避けたところで鞭は追いかけてくる絶対に避けるな……――
「しまっ……!」
気付いた時には遅かった。鞭の軌道が大きくねじ曲がり、頭上から下ろされたはずの鞭が右から追いかけてくる。それに加え再び頭上からは雷の鞭が落ちてくる。
――魔法には魔法や。鞭を自分の炎で弾け――
「んなろぉっ!!」
カイルは左手の炎で頭上の雷の鞭を、右手の炎で水の鞭を受け止める。水と雷が炎によって止められる。
カイルの炎は水によって消されることは無く雷が炎を貫くことはない。物理法則上有り得ない光景であるが、これは魔法の特性に関係している。
魔法で産み出されたものは現実のものと非なるものだ。普通の人間が生み出した魔法というのはただの魔力の塊のようなものである。つまり、一般の帝国兵程度の雷や火なら焼け焦げることはほとんどない。水に包まれても通常より長く息ができる。風や地も同様である。
そしてその特性は魔力密度が大きく関係している。魔法に込められる魔力の密度が高ければ高い程、現実の特性を帯びて、より高次元の魔法が使えるようになる。
魔力密度が高いと炎をより高温にしたり、雷を光速に近づけたり、ということもできる。
さらに密度が高いほど、質量が重くなるように、与えられる衝撃も強くなる。
そして魔法と魔法をぶつけるとどうなるか、それは様々な条件によって変化するものだが……
基本属性において同じ速度、同じ大きさでぶつかる魔法は込められた魔力の密度が濃い方が勝つ。
これだけは証明されている事実だ
しかしカイルはクリスタルの原石、ウィルはかなり性能のいい魔具を使っている。例え魔力でカイルが勝っているといっても魔法を具現化する効率は天と地程の差がある
「ぐぁあっ!!!」
炎が破られ水と雷の両方の鞭をまともに受けてしまう。再び壁に向かって飛ばされる。カイルは翼でなんとか体勢を立て直し、飛ばされる勢いのまま壁を突き破る。そのまま建物を突き抜け、上空に移動。ウィルとの距離は二十メートルほど。
間合いとしてはギリギリの位置である。
――上からの攻撃なら通るんじゃないか?
カイルは距離を保ちつつウィルの真上まで飛行し急降下する。拳には再び炎が灯り、攻撃の準備は整っている。
「フン……くだらん。俗物の浅知恵だな。そんな考えで私を討とうなど……身の程を知るがいい」
ウィルは上を見上げ、双剣を上に向ける。剣から勢いよく魔法が飛び出し、カイルに向かう。
――真っ向からぶつからなけりゃ大丈夫だ……鞭の先端を横から殴って軌道をそらせば一気に間合いを詰めれる……!!
カイルと鞭の距離が縮まる。五メートル……三メートル……一メートル……………
――ここだっ!!!
鞭の先端を横から殴り、軌道をそらす。勢いを落とさずに頭上からウィルに殴りかかる。ウィルは双剣でカイルの拳をいなす。地面に降り立ったカイルは追撃を与える暇無く足払いをかけるが、軽くジャンプして難なくかわされてしまう。頭上から二対の剣が迫る。手をクロスさせ炎を最大限大きくして、防御の姿勢になる。魔法がぶつかり合い、カイルの足が少し地面にめり込む。
だが、カイルにそれほどダメージは通っておらず、一瞬苦しそうな顔をしてから、すぐさまウィルを殴りにかかる。それは型など何もないただ無茶苦茶な殴打の嵐。炎がいくつもの線を引き、凄まじいラッシュを行う。ウィルはその攻撃を魔法を盾にして避ける。水の魔法を自分の正面に展開し、カイルが殴っても殴っても殴っても、その盾は壊れなかった。
「本気でどうにかなるとでも思っているのか? 言っただろう……身の程を知るがいいと」
水の盾の中心が黄色く光る。いや、水の盾が光っているのではない。水の盾の後ろでウィルのもう片方の剣が輝いているのだ。カイルがまずい、と思う間もなく水の盾の真ん中から一筋の雷が飛び出す。
「ぅぅうおおおおおお!!!!」
両手を合わせ、二つのクリスタルから出る炎で雷を迎え撃つ。吹き飛ばされはしないものの後方へと押し出される。踏ん張っている足は地面に削りながら地面に線を残す。
すると唐突に雷が止んだ。ウィルを見ると再び歪んだ笑みをその顔に浮かべている。
「二股の鞭」
剣から鞭を出すがその様子は変化している。一つの剣から出る鞭が真ん中から裂け、二本になった。左右合わせて合計四本。そしてウィルとカイルとの距離は五メートル。カイルは逃げも、攻撃も出来ない位置だ。
カイルを左右から水が、頭上からは雷が襲いかかる。カイルの炎では全てを防ぐことは不可能だ。とっさに頭上の雷を防ぐ方向に手を向ける。
しかし、当然左右はガラ空きになるわけで脇の下を水の鞭が襲う。
雷とは比べ物にならない衝撃がカイルを襲った。
水と雷、通常なら雷の方が圧倒的な熱量を持つが、これは魔法戦である。通常の雷など関係がない。より多く魔力を込めた魔法が強いのだ。
ウィルはカイルが雷の方に防御を回すと予測して敢えて雷にはあまり魔力を込めなかった。代わりに余剰の魔力を水の鞭に追加して込めたのだ。
「ぐぅ……ぁ……」
声が出ない。衝撃に吹き飛ばされて仰向けになったままカイルは動けない。
「終わりだ」
無防備なカイルを凶悪な四本の鞭が襲う――