第三十七話―敵か味方か
「皆……できるだけ静かに入ってきて。ザフラが目を覚ましたわ」
ザフラを見付けてから三日が経った日のこと。漫然とした日々を過ごしてたカイル達は三日前話し合ったことを考えていた。
何をすればいいのか。
それを考えるために部屋に籠ったり、各々が自分のやりたいことをやったり、気を紛らわせたりしつつ三日間を過ごしていた。
しかし、誰も明確な答えを出せないまま、時間だけが流れていき、鬱々とした空気が溜まり始めていた。
反乱軍の人数集めのこと
脱出のこと
スミレのこと
ザフラのこと
自問自答の袋小路にぶち当たっていた面々は悩んでいた一つが動きを見せたことで少し安堵した。
それは、生死の境を彷徨っていたザフラが目覚めたことによるものと、そのことが……解決への糸口となるかもしれないという僅かな期待からだった。
クレアに連れられて七人が部屋に入ると、目を開けたザフラがベットの上に横になり、その横にはエルが木製の椅子に腰かけていた。
「よぉ……ザフラ……久し振り……やな」
「あらぁ、ジャックちゃん。どうしたの? そんなに暗い顔しちゃって」
ジャックは憔悴していた。ザフラの命こそ救えたものの、無くなった腕は戻ることはない。代わりに付いているのは赤黒い異形の腕だ。
自分のせいで……
ジャックは罪悪感からか、無意識に自らの胸の辺りを押さえていた。
「その……なんていうか……」
「気にしないで。生きてるだけで充分よ。
ワタシはあなたを責めたりなんてしない」
ザフラはそう言うが、その顔に陰りがあることは誰の目から見ても明らかだった。責めないと言う台詞そのものはザフラの本心なのだろう。
しかし、腕を失ってしまったことによる哀しみに似た負の感情は抑えられるものではなかった。
その反応がますますジャックを気落ちさせる。
「気分はどうなんだ」
見てられないとばかりにディアスがすぐさま会話を繋げ、ザフラもそれに応えた。
「結構、熱っぽいわねぇ……繋がってる部分が熱を持ってるみたいなのよ。
この三日の意識はないけど……酷かったってクレアとエルちゃんから聞いたわ。
それに、今も自分の中でこのモンスターの魔力が渦巻いてるのを感じる。自分の魔力が侵食される感覚と言うか……自分の中に異物が混ざっている感覚と言うか……
だから体調も気分も良いとは言えないわ」
「そうか……」
正常な左手で変わり果ててしまった異形の右腕をなぞる。ザフラのオレンジの瞳がゆっくりと左腕の動きを追い、右手を遠い目で見つめる。
無くなってしまった自らの右腕の幻影を追うように。
「はぁ……しょげていても仕方無いわね。状況を教えてもらえるかしら?」
「それなら私が説明するわ。
まず彼らが―――」
簡単にカイル達の紹介をするクレア。
そして、ジャックを含めた彼らがここに来た理由を説明する。
「仲間を集めに来たけど流石に私達だけじゃ心許ないし、そもそも脱出が出来るかどうかも怪しいってところね」
「ワタシが連れていかれてから色々あったのねぇ……」
「今はこれからどうするのかを決めるところなのです」
「そうね……それに関わるかも知れないことなのだけれど……いいかしら?」
「関わること……とは?」
「えぇ、そうね……ねぇ、あなた達はスミレちゃんのことは知ってるのよね?」
ザフラはカイル達の方を向く。質問を投げ掛けられてお互いにアイコンタクトを交わしてから、代表してマリンが答える。
「そうね、それなりに知ってるつもりよ」
「分かったわ……。
これから話すことは嘘かと思うかもしれない。
でも、紛れもなく真実。アナタ達にとって生死に関わる大切な話よ。
場合によっちゃ、反乱の仲間を集めるどころか、この実験場から出られなくなるかもしれない。
それから、ディアス、エル、クレア、ジャック。
これは……アナタ達にとっても……辛い話よ。
信じられないかもしれない。でも……事実なの」
「ザフラさん……?」
不安そうにするエルの頭を左手で撫でて、ザフラは自身の体験を話し始めた。
「ワタシが帝国軍に実験台として連れていかれてから三日、ワタシはずっとスミレちゃんの部屋にいたの。
久しぶりにスミレちゃんと会ったけど……一目見て……ゾッとした。
あの明るくて……快活だったスミレちゃんから一切の感情が感じられなかったの。
何があっても。何をされても。何を言われても。
ワタシがあの子の表情が変わるのを見ることはついに無かったわ。
二年……その時間がスミレちゃんにどれだけの苦しみを与えていたのか……想像するのは難しくなかった。
ワタシがスミレちゃんの部屋に呼ばれた理由は簡単。
スミレちゃんが【未来予知】の内容を話すのを拒んだのよ。
それを話させるためにワタシは呼ばれたの。簡単に言えばワタシの命を使った脅迫ね。
でも、それは無意味だった。あの娘はずっと、無感情だった。
殴られても、蹴られても、刃物を突きつけられてもよ。
そして、情報を話すこともなく三日が過ぎた時、部隊長会議からダンゾウが帰ってきた。
スミレちゃんは交渉を始めたの。
部隊長にしてくれ……ってね。
ワタシも耳を疑った。でも……事実なのよ。
それから……ワタシ達反乱軍全員の命と引き換えにスミレちゃんの部隊長入りが決まった。
そしてワタシは実験されて、今に至るわ」
語り終えたザフラは自分自身まだあの時のスミレがどういう気持ちであの言葉を口にしたのか分からない、と付け足した。
聞いた者の反応は一様して悪かった。
エルやジャックは信じられないと言う風に顔を青ざめているし、ディアスやクレアの目は大きく開かれている。
だが、一人、飛び抜けて悪感情をさらけ出している男がいた。
「おい……テメェ……いい加減なこと言ってんじゃねぇぞ」
怒気を放ちそう言うのは……反乱軍のメンバーの誰でもなく、リュウセイだった。
「いい加減なことも何もワタシは見聞きしたことを話しただけよ」
「それがいい加減なことだって言ってんだよ!!」
「ちょっとリュウセイ」
「落ち着きなさい、リュウセイ」
「俺は落ち着いてる! スミレはそんなこと言うような奴じゃねぇんだ! 何か理由があるに決まってる!!」
怒りと大声を撒き散らす。許せなかった。そんなデタラメなことを言うザフラが。リュウセイの知るスミレは。ゲンスイから伝え聞いた彼女の存在は――。
「あの娘は自由になりたいからって言ってたわ。もうワタシ達の命を背負うのに疲れたともね。それが理由じゃないのかしら」
「ハッ! アイツのことよく知りもしないくせにそんなこと言ってんじゃねぇぞ! アイツは誰より反乱軍のことを想ってたんだ! 反乱軍の奴等より自分を優先させるなんてことあるわけがねぇ!!」
「少なくともアナタよりはよく知ってるつもりだけれど。それにアナタ、スミレちゃんに会ったこと無いんじゃないの? それであの娘のこと、全部わかった気になってるなら随分と傲慢なのね」
「あぁ、ねぇよ。だけど俺は知ってるんだよ!!」
「乱暴ね。ワタシこそ言わせて貰うわ。あの娘のこと、知りもしないくせに知ったような口を聞くのはやめて頂戴。
それからあの娘のことをよく知ろうと知るまいと、ワタシの話したことは全て事実よ」
「なんだとっ!!」
「おい、落ち着けってリュウセイ」
熱くなってきた口論。ザフラに向かって飛びかかりそうになったリュウセイをカイルが間に立つことで止めた。
「何しやがる」
「いつものお前らしくねぇ。落ち着けよチビホシ」
「あぁ? んだとバカイル? 喧嘩売ってんのかテメェ」
「売ってんのはどっちだよ。それにそこの奴の言うことが信じられねぇってんなら、確かめりゃいいじゃねぇか」
「あぁ?」
「どうせここに居て考えたって結論なんかでないだろ。言った言わないなんてコイツしか分かんねぇじゃねえか。
お前がどうしても信じられないなら……実験塔に乗り込んでスミレを取り返してくればいい。そっから話すればいいじゃねぇか」
「……」
「俺はこの三日、ねぇ頭振り絞って考えたけど、この状況を変えれるようなことは何も思い付かなかった。
多分皆そうなんだろ?
どうせグダグダ考えてたって何も変わらねーんだ。
だったら考える前に動いて、流れに任せるってのもアリなんじゃねーか?
スミレを拐ってみるってーのも……アリなんじゃねーのか?」
スミレを拐ってくる。
そして、ザフラの言ったことの真実を確かめる。
幾らなんでもその為だけに実験塔に乗り込むのはリスクが高すぎると言っていい。
実験塔には当然部隊長のダンゾウも居るだろうし、それなりの戦力も用意してあるだろう。
さらにスミレが本当に帝国側になっていた場合、スミレを拐うなど絶対に不可能だ。
【未来予知】で、侵入から作戦から何もかもが全て筒抜けになってしまうからだ。
ではそれに対するメリット……利点はどうか。
それはほぼ無いに等しい。
スミレが帝国側なら、拐ったところで意味は無い。
まさに無駄足である。
しかし、何か行動を起こさなければならないのも事実。
食料にだって限りがある。
帝国実験場に居れる時間は限りがあるのだ。
行動を起こすなら早い方がいい。
最悪拐えずとも、話だけでも聞けばいい。
ザフラの言葉が真実なら、それで済むはずだ。
「ハッ! いいぜ、やってやる。確かに直接確かめた方が確実だな」
「ワイも……そやな。直接確かめてみたいわ」
「ちょっ、ちょっと待ってください! 本気なのですか!?」
「そうよ、危険が大きすぎるわ。行動を起こすにしてももうちょっと安全なのにしなさいよ」
エルや、フィーナ、マリンは反対のようだ。
メリットとデメリットが釣り合っていないことと、デメリットの危険があまりにも大きいことが彼女らが反対する理由だろう。
「危険……いや、そうでも無いと思うぞ」
「どういう意味ですか?」
鱗を撫でながらそう言ったディアスに、ユナが問う。
「現状この実験場での最高戦力は部隊長であるダンゾウだ。
ヤツは強い……だが、【能力】を考慮しなければ、俺やリュウセイ程の実力があれば戦えるレベルの相手だ」
「あれ? だったらディアスさん達でダンゾウを倒してしまえば良いのではないのですか?
そうすれば全部解決するような気がするのですけれど……ディアスさんとリュウセイさん、カイルさんが居れば負けるなんていうことは無いのでは無いですか?」
ディアスは強い。彼はリュウセイにこそ破れたが、先の反乱では“爆竜”という二つ名で恐れられた程の武人だ。エルの疑問も最もである。
「いや、そうもいかないのだ。今、我々がいる場所は帝国実験場だ。
つまり、この街には人体に有毒な薬品が数多く揃えられている。一般兵の武器にでも塗り込めば僅かな傷が命に関わるレベルの傷に発展するだろうな。それにダンゾウ自身の【能力】も薬が無いと厳しいところだ。
仮にスミレが敵だと仮定した場合、我々の行く道行く道で毒を付加された魔具による罠が正確に仕掛けられている可能性が高い。
そしてそれだけで全滅することもありえる。
なにせ我々には薬関係は何もないのだからな。
もし薬が充分にある状況ならダンゾウも倒すこともできただろうが……」
「えーっと……ますます何が大丈夫なのか分からなくなったんですけど……そんな物騒な話のどこに大丈夫な要素があるんですか?」
ユナは人差し指を頭に当てて首を傾ける。
毒とは最凶の武器だ。
毒虫竜を殺す、とはこの世界で有名な諺である。
どれほど非力な存在でも、毒という武装はそのものに計り知れない力を与えるのだ。
解毒剤も持たずに戦うことの危険さは、ディアスも十分承知している。
「確かに普通に考えれば危険極まりない話だが、ここにはジャックがいるし君も居る。
闇属性で姿を隠せる上、魔具による罠を見破り、解除することにかけて、ジャックの右に出る者はいない。
それにジャックは以前ここに帝国軍として来たと言っていた。ならば道案内も可能だろう」
「それでスミレの部屋まで行くってことだな」
「そうだ。後は俺と……もう一人陽動をしてくれる人間とジャックとユナの護衛をする人間がいれば大丈夫だろう」
「待った。スミレちゃんが敵に回ってるなら陽動も【未来予知】で見抜かれるんじゃないかしら」
「あぁ、そうだな。
だが、敵になっていないという可能性もあるのだ。
敵なら陽動は意味ないが敵でないのなら陽動は意味がある。見抜かれていてもやらないよりはマシだろう」
「だったらその陽動役は俺がやるぜ。派手に戦えばいいんだろ? だったら俺がもってこいだろ!」
「ハッ! なら俺はジャック達と一緒に行く」
「「ち、ちょっと待ちなさい!
何で行く方向で話がまとまってるのよ!」」
円滑にスミレ誘拐作戦が計画されていくなか、マリンとフィーナがシンクロしてストップをかける。
「姉たちは危険過ぎるって言うのか?」
「当たり前じゃない」
「ハッ! なら問題ねぇな」
「何がよ」
「姉貴たち、この実験場に入るとき言ったよなぁ。
危険があるって、それでも行きたいか……って。
俺たちはそれでも行くと言ったんだ。
それに姉貴たちも乗った。
つまり姉貴たちだってこれぐらいの危険は承知の上ってことだろ。
ここに来る前に、それについての話は終わってんだよ。
そうだろ? 危険だからってぇのは……俺らを止める理由にゃならねえぞ」
悪そうな笑みを携えて、誘拐に反対する二人の姉を見る。
二週間ほど前の二人の言葉を持ち出し、リュウセイは姉たちを完全に論破してしまった。
確かに帝国実験場に入る前に、マリンとフィーナは危険があるけど構わないか? と聞いた。
それに構わない、と答えたからこそ、リュウセイ達は今ここにいるのだ。
それにはマリンもフィーナも納得していた。
もう言い返せる余地がない。
自分の失策に至ったマリンたちは露骨に舌打ちをした。
「……チッ! リュウセイの癖に生意気ね」
「ほんと……何処で育てかたを間違えたのかしら」
「姉貴たちに育ててもらった記憶はねぇ」
「分かった分かった。降参、降参よ。さっさと拐ってきなさい」
先程と態度を一変させてそんなことを言う。
この話は終わった、というよりはもうこの話をするのは無意味だ、と考えているのかも知れない。
この辺りの折り合いの付け方は非常に男らしい二人である。
「おう、任せろ」
「あぁ、後誘拐するときの手順だけどまず猿轡は必須よ、それから縛り方だけど……」
「そんな拐い方はしねぇよ」
過去、本当に自分たちがやってきたかのように話すフィーナ。
いや、やっていたのだろう。
義賊・睡蓮の活動の中にきっとそういうことをするものがあったのだ。
たぶん。
「んー、じゃああたし達はここに残るってことになるのよねー」
「イヤなんですか?」
「イヤっていうかー、あたし達も何かやっておきたいじゃない? じっと待ってるのは性にあわないの」
何かないかなー、と腕を組んで思案する二人。
その動作は特に意識されたものではないのに、鏡合わせのように同じだった。
「「無難に仲間を集めて回ろうかしら」」
「良いのではないか?
どうせいつかはやらねばならぬことだろう」
「あっ、だったらぼくも付いて行くのです。妖精族ならぼくは知り合いがいるのです」
「エルちゃんが行くなら私も行くわ。
他の種族へのツテなら私にもあるし」
初めは否定していたエルもフィーナとマリンが説得されてしまったことで色々と諦めた
ようである。
そして、他種族との話し合いなら、とマリン達に付いていく意思を固めた。
「よし、ならスミレちゃん誘拐組と反乱軍勧誘組に別れてどうするか、相談しましょ。
いつまでもこの部屋に居てもザフラさんに悪いからね」
その言葉を皮切りに部屋の中にいた人間はぞろぞろと部屋から出ていく。
そして最後にディアスとクレア、ジャックだけが残った。
「はぁ……」
深いため息がこぼれる。ため息をこぼした張本人はベットに横になったまま、健全な左手で天を仰ぐ。
「ワタシ……何でスミレちゃんが敵みたいに話しちゃったのかしら……」
思い出されるのは先程のリュウセイとの口論。
熱くなってしまったとは言え、結果的にスミレが悪い、と言うような言い方をしてしまったことに自分でも驚いているようだ。
口に出すつもりは、なかったのに……。
「さっきの話は……本当なんだな……」
「あらぁ、ディアス……あなたまでワタシを疑うの?」
「疑いではない。ただ……信じたくないだけだ」
「……そうねぇ。ワタシも……悪い夢であったらと思うわ……ただ……」
変わることのない……戻ることのない右腕の存在が……嫌が応でも現実を押し付けてくる。
まだ熱を持つそれのせいで思考が靄ががったようになるが、そんなことは先程の物言いの理由にはならない。
悪い夢であったらいいのに
夢では……ないのだ。これは現実だ。
目の当たりにしたスミレの裏切りに黒い気持ちを持ってしまった。
冷静に考えると自分はスミレを裏切り者として見てしまっている。
そんな自分にも……ザフラは黒い気持ちを持ってしまう。
部隊の隊長ともなれば、時には非情な決断も迫られる。
正しい判断を常に下さなければそれだけ被害が出る。
だから……スミレを裏切り者と見るのは仕方ない。
ザフラはそう思った。
そんな自分が………イヤだ。
自分の目で見てきた。
スミレは完全に敵に回った。
自分が助かりたいから帝国に寝返った。
でも、もしかしたら演技かもしれない。
何か……考えがあるのかもしれない。
でもあの時自分を見捨てたから……スミレは裏切り者だ。
ザフラはそうみなした。
そんな自分が……イヤだ。
スミレがどれ程反乱軍を愛していたか。
どれ程大切に思っていたか。
自分より反乱軍を大切にしないことはないなんて……リュウセイに言われるまでもなく分かってる。
分かってるけど、スミレは裏切った。
ザフラはそう決めつけた。
そんな自分が……………イヤだ。
「ねぇ……皆……今この場所には……くしくも反乱軍の全幹部が揃ってるわよね」
「あぁ、そうだな」
「公平な目で、スミレちゃんを見てあげて。
あの娘の行動、言動から真意を読み取って……公平な判断を下して欲しいの。
ゲンスイ大将の孫だからとか、スミレちゃんが裏切るはずがないだとか、そんな先入観を取り払って……一人の反乱軍の人間として……見て欲しいの。
ワタシにはもう公平な目で見ることは出来ない。
何が真実なのか分からない。
アナタ達でスミレちゃんを見極めて。
取るべき手段を取らないといけないかもしれないから……覚悟を……決めておいてね」
そんな風に言う自分が……憎かった。




