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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第二章~絶望の帝国実験場~
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第三十五話―ザフラを救え!

 






 くぁ……とディアスは大きく欠伸をする。

竜人族ドラゴニュートは人間よりもむしろ竜に近い種族だ。牙も爪も槍先のように鋭く尖っており、欠伸をしようものなら、そのノコギリの刃のような牙があますところ無く白日の元に晒される。反乱軍に入ったばかりのジャックが、ディアスが欠伸をする度に怯えてたのは懐かしい話である。


 ここは先程のトレーニングルームなのだが、現在は元反乱軍による宴会場になっていた。

あちらこちらで涙を流す者、一心不乱に食べ物を掻き込む者、酒を飲む者。色んな者がいるが、皆一様に笑顔を浮かべていた。

久しぶりに見るその光景にディアスは目を細める。



「うぅ、なんでワイまでこんな目に……」


「それはぼくのセリフなのです……主犯はジャック隊長なのです……」



 今回の騒動の主犯のジャックと黒幕のエルが文句を垂れながら、食事を運んでいる。二人は悪ふざけの罰として、この宴会の給事係に任命されたのだ。


 ……メイド服を着せられて。



「え、エルちゃん可愛いわぁっ!! ジャック君も悲しまないで! 似合ってるわよ!! ふふふ、ふふふふ……。三日分くらいの活力は頂いたわね」



 メイド服を着せた張本人であるところのクレアが鼻血を吹きながら悶えている。ディアスはやれやれ、と言った表情でクレアを見て、手元の食事を口に運んだ。



「あっはっはっは! 何回見ても面白れぇな! ジャックの女装!!」


「女装言うな!!」


「そうよ! カイル君! これはメイドよ!」


「クレアさん、それも何か違う気がするのです……」



 楽しげな談笑が心地好いな、とディアスはそんな事を思う。辺りを見渡すとそこかしこで似たような談笑が聞こえる。ここは帝国実験場の中のハズであるのに、どこか別世界のようだ。



「カイルの方こそ女装したとか言うてなかったか!?」


「そうなのっ!? カイル君!?」


「いやっ、あれは……」


「そういやそんなこともあったわね。あたしとフィーナの服を着せて、リボンを付けて……母さんの口紅も使ったわねー」


「マリンねぇっ!! 違うだろあれは!! 罰ゲームで仕方なく……」


「ってことはやったのね!? どうっ!? もう一回やってみない!?」


「するかぁぁあ!!!!」


「そういや、何の罰ゲームだったかしら?」


「ハッ! さぁな。そこまでは覚えてねぇよ」



 ワイワイ騒ぎ立てる楽しげなカイル達を見て、ディアスは真面目な話はもう少し後でするか、とリュウセイの戦いで疲れた身体を休める為に横になったのだった……。









――――――――――――――――――――






「ディアスさん、起きてくださいなのです」



 エルはディアスを揺さぶった。ディアスは軽い振動を感じるとすぐに目を開ける。眠気らしきものは全く感じさせず、すっきりとした目覚めだ。



「……む。宴会はどうなった?」


「今はある程度落ち着いたのです」


「そうか」



 ムクッ、とディアスは上体を起こす。周りを見ると騒ぎ疲れて寝てしまった者がほとんどのようだ。



「よう、疲れは取れたか」


「ああ、大丈夫だ。問題ない」



 ディアスの周りにはリュウセイ、カイル、マリン、フィーナ、ユナ、ジャック、エル、クレアの八人が思い思いの形で寛いでいた。

例えばクレアで言うと、未だにメイド服を着せられているエルに抱きついてその頬に自分の顔を押し付けてスリスリしている。

ユナは正座だ。ジャックは胡座。だがメイド服を着たままなので素直に気持ちが悪い。



「さて、じゃあここらで自己紹介でもしましょうか」



 ぱん、と手を叩いてフィーナが切り出す。



「まず、あたしはフィーナ。

突然変異の亜人族で【能力】は【スイッチ】って呼んでるわ。

属性は主に地よ。今日はマリンの双子の姉でカイルとリュウセイのお姉ちゃんでもあるわ」


「そしてあたしがマリン。

マリンと同じ突然変異の亜人族。属性は主に水ね。

今日はフィーナの双子の妹。

それで【スイッチ】は………見てもらう方が早いわね」



 そう言ってフィーナとマリンはポーチからそれぞれ三つの魔具を取り出す。

フィーナが茶、黄、緑の指揮棒タクトを、マリンが青、赤、緑の指揮棒タクトだ。


 何をするのか、とディアス、エル、クレアは二人を注視する。



「「まずは地属性と水属性」」



 それぞれ茶色と青色の指揮棒タクトを手に取り、魔法を発動させる。

指揮棒タクトの先からは水と土がそれぞれ具現化される。

ここまでは、まぁ何の変鉄もない光景だ。



「「じゃあ次行くわよ。〝チェンジ〟」」



 ぱぁん、と一回ハイタッチ。

するとマリンの青い髪が燃えるような赤い髪に。

フィーナの茶髪がレモンのような黄色い髪にそれぞれ変化した。



「「「……は?」」」



 これがディアス、クレア、エルの三人の声であることは言うまでもないだろう。



「「次に火属性と雷属性」」



 今度は赤色の指揮棒タクトと黄色の指揮棒タクトだ。

そして指揮棒タクトからはそれぞれ火と雷が具現化された。この時点で三人の口は大きく開かれている。



「「んで、最後ね。〝チェンジ〟」」



 今度はマリンが緑の髪に、フィーナは元の茶髪に変化した。



「風属性よ」



 心地よい風がマリンの指揮棒タクトから流れた。



「ちなみに風はあたしもなれるから」



 もう一度ハイタッチをすると今度はフィーナが緑の髪に、マリンが元の青い髪に。

フィーナはこれ見よがしに先程と同じ風を具現化させる。


 一通りの説明が終わったのでフィーナとマリンは二回ハイタッチをする。

マリンは赤になり、青になり、フィーナは黄になり、茶になり……二人は元通りの髪色になった。



「フィーナちゃんと、マリンちゃんは……と、三属性保有者トリニティなのかしら?」



 少しの時間を置いて、クレアが呆然としたまま口をきいた。



「ううーん、三属性トリニティとは少し違うわね……」


「だって、三つの属性を同時に出せる訳じゃないしそれに……」



 三属性保有者トリニティとはその名の通り三つの属性を有する人間だ。

だが、これは珍しいなんてレベルではない。

なにせ、このグラエキア大陸でも未だ一人しか確認されていないのだ。なんと闇属性よりも珍しいのである。



「この【スイッチ】には色々制限があるの」


「まず、一人につき一属性しかなれない」


「二人が同時に風属性になることは出来ない」


「「属性を変えるときにはあたし達はどこかしら触れていなければならない」」



 それでも十分凄い【能力】だ。とは全員が思ったことだ。

事実、二人で合成魔法マグヌスマジックを行使できるフィーナとマリンにとってこの【能力】はまさに鬼に金棒。もしくは鬼姉に笑顔、といったところだろう。





 そこからの自己紹介は淡々としたものだった。

カイル、リュウセイ、ユナがそれぞれ無難に自己紹介を終える。

そして……



「改めまして、ぼくはエル・ロットーと言うのです。

種族は見ての通り森精族エルフなのです。

性別は男なのです。断固として男なのです!


 部隊は魔具職人部隊だったのです。

あっ、属性は隊長と同じ地属性なのです」


「俺はバスコ=ルーズ=ディアス。

種族は竜人族ドラゴニュート

部隊は戦闘部隊、そして隊長を務めていた。属性は火だ」


「私はクレア・エムプーサ。

種族は淫魔族。

部隊は治療部隊でディアスやジャック君と一緒に隊長をやっていたわ。属性は水。歳は秘密よ♪

そして性癖は男の子に女の子の服を着せて、それから私の全てをもって愛であいたっ!!」



 ディアスが危うい言葉を口走りそうになったクレアの頭を叩いた。クレアを叩くその動きはとてもスムーズで淀みない。

手慣れていた。



「すまんな。変なことを口走ろうとしたので黙らせた」


「別に変なことじゃ無いでしょっ!?」


「変だ」


「変じゃないわよっ!?


 ねぇユナちゃん、淫魔族についてどれだけ知ってる?」


「えっ!? わたしですか? え、えぇ~っとですね……。








 その……お、大人の遊びをするために特化した種族です」


「……なんか逆にやらしくなった気もするけど……まぁ、ほとんど知らないみたいね。


 私達はね、ある一定以上体が衰えることがないの。

つまり永遠に若い姿のままなのよ。

でもその為に淫魔族はあるエネルギーを必要とするの。


 淫魔族はね、自身の興奮をエネルギーとするのよ。

その為にてっとり早いのが大人の遊びってわけ。

男や女に不自由しないようにフェロモンを操ることが出来るようになった種族なの。


 ただ……私はね、そんなモノじゃ興奮しないの……そう……私が興奮するのは可愛い男のあいたっ!!」


「つまりはそう言うことだ。

クレアは普通の淫魔族とは違う。

そのエネルギーを得るには……うん、まぁそう言うことだ」



 言葉を濁すディアス。

だが、カイル以外の全員はそれを理解した。

そして、現在そのエネルギーを供給しているのはエルであることは疑いようもない。なんというか、残念な女である。



「ところでリュウセイ殿」


「呼び捨てで構わねぇよディアス」



 普通は逆のはずのやり取りである。なぜ、上から目線なのか。態度のでかさは幹部クラスのリュウセイである。



「ではリュウセイ、お前は何故双葉流を使えるのだ?」


「そりゃあ俺に剣を教えたのがゲンスイだからだよ」


「「「なぁっ!?」」」



 三人が目を剥く。

唐突に出たその名前はある程度の予想はしていたディアスにとっても予想外過ぎる言葉だった。



「あの人は……生きているのかっ!?」


「…………………いや、死んだ。

最近まで俺はジジイに剣を教わってた。双葉流はその途中で覚えた。使ったのはさっきが初めてだがな」


「そ、そうか……」



 死んだよ、とそう言うリュウセイの目に暗い影が落ちたのを見て、三人はそれ以上深く踏み込むことは出来なかった。

ジャックの方をそれとなく見ると……また後でな、と声には出さず口を動かしていた。

それもあってこの話題についてはこの場で語られることはなかった。



「まぁ、とりあえず今日はここまでにしませんか?

色々話したいことも話さなきゃいけないこともありますけど、もう夜も遅い時間帯です」



 カイル達が実験場に入ってたのは昼頃だったが、そこからエルの大泣き、ジャックを嵌める作戦、さらに大宴会となり、すでに外は暗くなっている時間帯である。

最も、帝国実験場では太陽の光は届くことはなく、常に闇の世界であるのだが、その辺りは気分の問題だろう。



「そうだな……俺も一眠りしたとは言え、少々眠い」


「じゃあ私達も寝ましょうか、ねぇエルちゃん?」


「ジ、ジャック隊長!!」



 助けてください、とばかりの視線をジャックに送る。

きっちり両腕でホールドされたエルに逃げ場はない。



「まぁ、頑張れやー」


「酷いのです!!」


「何言ってるの? ジャック君も一緒の部屋で寝るのよ?」


「いやー、ワイは遠慮させて貰おうかな………」


「どこか空いてる部屋はあるか?」


「もちろんあるわよ。出て左に行って突き当たりの角をもう一度左に行けば部屋が五、六はあるからそこを使ってもらってかまわないわ」


「助かる」


「聞いたわね? さぁ、行きましょうか? ジャック君にエルちゃん?」


「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ………」」



 ジャックとエルがクレアに連れていかれ、その後ディアスもトレーニングルームから出ていく。残った面々は後片付けは明日やろう、いや、やらせよう、と決めてから各々の部屋へと向かい、睡眠をとるのだった。




――――――――――――――――――――




 


「さて、では詳しい事を聞かせて貰おうか」


「せやな。お前らには話すのが筋ってもんやろ」


「あの……ぼくなんかが聞いてしまってもいいのでしょうか?」


「お前は先程のリュウセイの話を聞いていただろう。

もう聞いてしまっている以上、別にどうと言うことはない」


「その代わり他言無用やで、エル。今さらあいつのことを蒸し返すと変に混乱するからな」


「分かったのです」



 ここはエルとジャックとクレアが寝る予定の部屋だ。

だが、寝る前に先程の話の詳細を聞こうとディアスがやってきたのである。



「まず、ジャック君のことから聞きたいわね。貴方はどうやって撤退戦を生き残ったの?」


「ワイはなぁ……」



 以下、エルにしたのと同じ説明をジャックは語る。

そして反乱軍が終わってから何をしていたのかも話した。













「――そんな気まずさとかを勝手に感じててワイはクレア達のことを探そうともしやんかった。

それは……ほんまに悪いと思ってる」


「気にするな。俺がお前なら同じことをしていた」


「ジャック君はジャック君の精一杯をやったじゃない。別に悪く思う必要はないわ」


「お前ら……」



 久し振りに会ったのに昔となんら変わらない二人にジャックはほんの少しだけ涙腺が刺激される。



「それで……ゲンスイ大将の話だが……」


「あぁ、おう。せやな。あいつも何とかして撤退戦を生き延びたらしいねん。

でもそこから……〝命の恩人〟の頼み……とかでリュウセイを鍛えることにしたらしい」


「〝命の恩人〟……?」


「リュウセイがそう言っとったわ。

詳しくは話せへんかったらしい。それから……」











 ジャックは語る。

ゲンスイとリュウセイの二年間を、そしてゲンスイが死んだ嵐の夜のことを。



「あのチビが第一部隊長やとか……正直信じられへんわ」


「トイフェルか……あいつはこの二年で新たに部隊長となったやつだ」


「やろうな。ワイも聞いたことなかったわ」


「まぁ、とりあえず今日はここまでにしましょう?

さっきも言ってたけど夜も遅いし、エルちゃんも眠そうなのよ。

私達の現状はカイル君達も交えて話した方がいいでしょう?」


「ふぇ……? クレアさん……なにいっへるんへふか?

ぼくはまだらいひょうふれすよ?」


「んもうっ、一々可愛いんだからっ!!」



 ぽふっ、とクレアはそのはち切れんばかりの爆乳にエルをうずめる。

意識の飛びかけているエルは大して抵抗もせず、されるがままにその谷間に挟まれている。



「では俺も寝るとしよう」



 ディアスは立ち上がり部屋から出ていく。ジャックもそれに便乗して出ていこうとするも……



「あらぁ~? ジャック君もこの部屋で寝るのよ~?」


「………くっ」




 襟首を捕まれたジャックはもう逃げることは叶わず、エルと一緒にベッドに引きずりそまれてしまったのだった。


 もちろんメイド服を着けたまま。






――――――――――――――――――――








 それは唐突に起こった。

起こった……と言うのも少し違う。

見つけた、と言う方がしっくり来る。

だがしかし、ある点で見ればそれはやはり起こったのだろう。

何が、と言われればあの騒動が。

何を……と言われれば……



 変わり果てた、ザフラを、だ。



 慌ただしい声と廊下を駆ける音。

聞こえる声は必死さがありありと現れており、駆ける音には少しでも速く、と言う意思が表れていた。



「―――さんっ!! 

クレアさんっ!! ディアスさん!! 

クレアさん!! ディアスさん!!!!!」



 最後の一言でエルがバンッ、と扉を乱暴に開け放った。

汗を酷くかいており、折角風呂に入ったのにその身体は血に汚れ、腐臭と血の臭いを漂わせていた。



「ん、どうしたんだエル。なにか「ザフラさんがっ!! ザフラさんがっ!! まだかろうじて……息が……!!」なにっ!!?」



 ディアスはエルの言葉を聞いた途端に部屋を飛び出した。

クレアも急いでディアスの後を追う。

同じ部屋にはカイル達も全員揃っていた。



「エル……ザフラが……なんて?」


「隊長にも……来て……欲しいのです……っ!!」



 そう言って再び走り出そうとするも、今までの走りで体力を使い果たしてしまったのか、よろけて壁にぶつかってしまった。



「おいおい、そんなフラフラで無理すんな。背負っていってやるから道案内してくれ」


「お、お願い……するのです」



 カイルは即座にエルを背負い、ジャックとエルと共に部屋を出る。残った面々も何か不穏な空気を感じ取って三人に付いていく。



「おいっ! エルにジャックにカイルさん!!

ザフラさんは今トレーニングルームに運ばれたぞ!

行くならそっちだ!!」


「分かった!!!」



 道中すれ違った元反乱軍の一人の忠告に従い、カイル達は全速力でトレーニングルームへと向かう。

すると入り口にはディアスの部下二人が門番の様に立っていた。



「っ!! 来られましたかっ! さぁっ! 中へ!!」



 開けられた扉に突っ込むカイルにジャック。


 そして、突入したトレーニングルームの真ん中にはディアスとクレアともう一人、巨漢の男が居た。

二人が声をかけているが、既に意識はない。

額からは滝のように汗が流れ、苦しそうに呻いている。

まるで悪夢にうなされているようだ。


 薄いピンクの髪に、暗めのオレンジの瞳。

そして種族的な特徴である三メートルはある体躯。

ディアスよりも、もう一回り大きく、身体に付いた筋肉がさらに身体を大きく見せる。


 だが……その体躯は完全ではなかった。


 無いのだ。腕が。

右の手が肩からごっそり切り取られている。

そして、その代わりに腕にはモンスターの腕が付けられていた。


 それは人間型のモンスターの腕……ではなかった。

虫型の……カマキリのようなものだった。


 赤黒い甲殻に恐怖さえ覚える鋭い銀の刃。

その銀の刃は艶やかな光を放っており、同時に見たものを狂気的な気分にさせるような光だった。

赤黒い甲殻は黒がベースの甲殻に、赤色が波打つような紋様。

ザフラの身体に合うほどそれは大きく、なおかつ半端ではない圧力を感じさせた。

高位のモンスターの物であることは言うまでも無いだろう。



「何だよ……コレ………」


「ザフラさん……ザフラさん……っ!!」



 唖然とするカイルに、泣き出してザフラに駆け寄るエル。


 すぐにリュウセイやマリン達も部屋に入ってきたがカイルと同じ様な反応をすることしか出来ない。



「クレア……治せるか?」


「治せると思う? 薬も……治療道具も無いのよ?

私に出来るのは、鎮痛フェロモンを出して痛みを和らげてあげるくらいよ……」


「すまん……」



 辛そうに顔を歪めるクレアを見て、ディアスは思わず謝罪の言葉を口にした。




 もう……助けられない……




 そんな重い空気が場を支配するなか、一人の男が声を荒げた。






「くっそっっったれぇっ!!!!!!!」





 どんっ! という激しい音がした。

その声と音に驚いた人間が音の発信源を振り向く。

するとそこには、地面を自らの拳で強く打ちつけたジャックの姿があった。

呼吸が乱れ、取り乱している様に見える。



「はぁ……はぁ……くそっ!

あの実験をほんまにやるとか……何考えてんねん!!


 何が……〝遥かなる魔具の高み〟やねん……!!」


「ジャック……?」


「あぁ、くそっ……いや、考えるんは後やな。先にザフラを助けんと……」



 そのジャックの一人言のような小さな呟きは全員に少なくない衝撃をもたらした。



「治せるのかっ!?」


「ジャック君!?」


「隊長!! ザフラさんを助けられるのですか!?」



 その答えに難しげな顔をするジャック。

カイル達も不安そうにジャックを見ている。



「治す……っつーよりは……命をとりとめられる……かも、しれへん。


 ……言っとくけどワイもこんなことしたことないから……成功するかも分からん。


 ザフラの気力次第なところもあるから……あんまり期待されても……」


「構わない、ザフラの命が助かる可能性があるなら、やってくれ、ジャック」


「……分かった。

正直……ここから先はかなりエグいことをする。

やから無理だけはせんといて欲しい。

手伝って貰えるのは嬉しいけど、気分が悪くなったら……すぐに出ていってくれ」



 ジャックの顔には普段の軽い調子のジャックは現れていなかった。

代わりに張り付いていたのはザフラを助けるという強い意志と少しばかりの不安と緊張だった。

自分の問いかけに力強く頷いて見せた周りを見て、ジャックは軽く安堵の吐息を漏らす。



「まず、クレアはそのまま鎮痛フェロモンを出し続けておいてくれ、出来たら沈静フェロモンもだしてくれると有難い」


「分かったわ」


「そんでディアスにカイル、多分ザフラは暴れるから死ぬ気で押さえてくれ、ワイが手に処置してる間は出来るだけザフラを動かさんようにしてくれ」


「分かった」


「任せろ」


「そんで、マリンさんはワイの魔具作る道具と傷口を熱水で消毒して欲しい」


「任せなさい」


「リュウセイ以外の残りのメンバーはタオルとかの準備、ほんで手が足りなさそうなところを手伝ってくれ」


「分かりました」


「りょーかいよ」


「分かったのです!!」



 そして、ジャックはリュウセイを見る。

まるでここからが本番だと言うように。







「そんでリュウセイ、お前は……










 ワイが合図したら、ザフラのモンスターの腕を切り落としてくれ」





 

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