第三十四話―スミレの願い
とんとんとんとんとんとんとん……
机を指先で叩く音が室内に鳴り響く。
規則的に叩かれるその音は、叩く人間の苛立ちを表しているようである。事実、叩いている本人はひどく仏頂面で、不機嫌さが全面に押し出されていた。
「なぁ、早いとこ答えてくれへん? ウチ、スッゴいイライラしてんねん。あー、イライラするイライラするイライラする。イライラするわぁ。めちゃめちゃイライラする。
イライラし過ぎてそこの木偶を実験てまうかもしれへんなぁ」
「………」
その苛立ちの対象となっている少女は紫紺の髪を床まで伸ばし、十二単のような絢爛豪華な衣装を着ていた。
瞳の色も髪と同じ紫紺。
首には漆黒のチョーカーが巻かれていた。
まだ幼い子供だが、凛とした顔立ちは端的に言って美形である。
部屋の中に正座で座り、いつかの時のようにぼんやりとただ一つの窓から閉ざされた灰色の空を眺めている。
もちろん、この少女はスミレである。
そのスミレを不機嫌そうな顔で睨み付けている小人族の女がいた。小人族は基本的に小さく、成長が早いので背の丈からは年齢を推察することは出来ないが、一目見た感じではまだ、十分子供のような顔つきである。
赤い、炎のような髪の毛を二つのお団子にしてまとめ、鋭い金の眼でスミレを睨んでいる。
「スミレちゃん……ワタシのことなんて気にしないで。死ぬ覚悟なんて反乱軍に入った時からできてるわ。こんな奴等に仲間を売るなんてこと、しなくていいのよ。
スミレちゃんが―――」
部屋の隅で太い鎖でがんじからめに縛られた男がそう言う。
だがただの男ではない。まず目を惹くのはその体躯。
竜人族のディアスよりもさらに大きな体躯である。三メートルはゆうにあるたろう。
小人族と対を為す巨漢の種族……巨人族である。
暗めのオレンジの瞳に、短く刈り上げられた白みを帯びたピンクの髪。肌は煤にまみれ、汚れていて、汚れの隙間から黄色の肌が顔を出している。体つきもよく、鍛え上げられた筋肉がより一層その体躯を大きく見せていた。
しかし、この男、見た目は確実に男なのだが、喋り方が女のそれである。
高い声は少し女性らしいものだが、その巨大な体格との違和感が凄まじい。
名をザフラという。エルが探し求めていた……反乱軍の人間である。
ザフラが諭すような口調でスミレに話しかけていたのだが、その言葉は暴力的に中断された。
「黙っとれこのオカマ!!」
「う゛っ!!!」
強烈な蹴りがザフラの腹に入る。
しかも、一発だけでは終わらず、溜まった鬱憤を晴らすように何度も何度も少女は蹴り続けた。
「そんなこと言うて! こいつが! 話さんくなったら! どうしてくれんねん!
それに! お前! こいつと! 仲良いん! ちゃうんかい!
なんで! お前で! 脅しても!
この〝道具〟は! 話さへんのや!!!」
ゴンッ!!
強烈な蹴りがザフラの腹に入れられ、苦悶の声が上がる。
ふんっ、と少女は鼻を鳴らし、踵を返して冷たい怒りを込めた目でスミレを睨んだ。
「ほんま、どういうつもりなん? ナメてんの?
今までずっと帝国の言いなりの〝道具〟やったクセに一丁前に反抗でもしてんの?」
「……」
「大概にせぇよ。さっさと情報吐かんかい。お前は帝国の〝道具〟や。〝道具〟が御主人様の言うこと聞かんとかふざけた真似しとんちゃうぞ、ボケ」
「……」
「言っとくけど、そこのオカマ連れてきたんはハッタリやないからな。
巨人族は実験材料にちょうどええ……なんなら今からこの部屋で実験たろか?
麻酔もなんも無しに身体切り裂かれるやつの声……痛みに呻く顔……お前の目の前で実演したろか?」
「……」
尚も無言を貫くスミレに再び堪忍袋の尾が切れたのか、鬼のような形相になった少女はスミレに近づき、乱暴に胸ぐらを掴んだ。
「ええ加減にせんかい! こちとらお前みたいな〝道具〟ごときに構ってる暇はないねん!!」
そして掴んだまま、片腕でスミレを部屋の壁に叩きつけた。苦痛の声が僅かに漏れるが意識は失わず、スミレは捕まれた片腕で壁に押し付けられる。
「もーーーーええやろ。三日も待ったんや。ウチは我慢できん。
時間とらせよってクソっ!! クソッ!!!
〝道具〟のくせに〝道具〟のくせに〝道具〟のくせにっ!!
あーーっ!! イライラするイライラするイライラするイライラするイライラする!!!」
叫びながら少女は腰のポーチからアイスピックのようなモノを取り出した。
先端は鋭くとがり、いとも簡単に人体に突き刺さりそうだ。
そしてそれをスミレの眼球の前に突きつけた。
後数ミリ動かせばスミレの目は光を失うだろう距離……しかし、スミレの目は動揺の色など微塵も見せていなかった。
氷のように冷たい目で、眼前の凶器を眺める。
「十秒やる。もしそれで答えられへんっていうなら、抉る。
さぁ、言え。
元反乱軍、魔具職人部隊隊長ジャックはどこにおるんや?」
十、九……とカウントダウンが進められていく。
わりと早く刻まれるそのカウントが五に達した頃……スミレの口が動いた。
「…………………………しょう」
「あ?」
「初めに言ったでしょう。私はダンゾウに用があるの。だから……」
「そんっな答え聞いてない!!」
ドンっ! と音がしてスミレが地面に叩きつけられる。
またも苦しそうに呻くスミレだが、あまり大きな感情の変化は見られない。
しかし、そんなスミレの様子に目もくれず、少女は明らかな怒りを持ってスミレに罵声を浴びせかける。
「ウチが知りたいんはジャックの情報や!!
ジャックの……あの一族の面汚しの! 腰抜けで! 逃げ出した! 裏切り者の! ジャックの居場所や!!
さっさ言わんかいボケ! 〝道具〟の癖にっ!〝道具〟の癖にっ!〝道具〟の癖にっ!〝道具〟の癖にっ!」
憤慨する少女を見てザフラは耐えられない、とばかりにため息を付いた。
「こんなのが妹だなんて……ジャックちゃんも苦労するわね……」
その言葉に過剰に反応する少女。
ぐるんと後ろを振り向き、先程よりもさらに厳めしい顔をした少女がオカマに向かう。
「今なんて言った?」
「こんなのが妹だなんて、ジャックちゃんも苦労するわね、って言ったのよ」
ゴンッ!!!!
再び蹴りが入れられる。今度の蹴りは相当力が込められていたのか、ザフラは壁まで飛んでいった。
「ウチは偉大なる〝ドンドン〟の血を引く小人族の族長や。あんな裏切り者の妹やなんかやない。
オカマ……それ以上口を開いたら無条件で実験したるからな」
ぺっ、と唾を吐きつける。暴れたことである程度、気が落ち着いたのか、再び椅子に座り、とんとんとんとんとんとんとん……と机を叩き始めた。
「エレナ・ドンドン」
急にそんな声がして、小人族の少女……エレナは驚いて後ろを見る。
すると、先程までは誰も居なかったハズの場所に顔中をターバンで巻いた男が立っていた。ターバンの隙間から見える群青色の瞳が部屋を見回す。
「ダンゾウか……」
「この場の状況を我に報告」
「何があったも何もそこの〝道具〟が急に口を割らへんくなってん。
それでウチはそこのオカマ……元反乱軍、補給部隊隊長ザフラをしょっぴいてきて脅しとった。
そうや、何や自分に話があるとか言うてたな……そこの〝道具〟は」
「了解……それで、話とは何だ、スミレ」
ターバンの隙間から覗かせた目でスミレを見る。
スミレ同様全く感情を感じさせない声と目がスミレに集中する。
そしてスミレも、身体をダンゾウの方に向ける。
姿勢を正し、目は伏せられていて、何を考えているのか、推し量ることは出来ない。
そして、紫紺の瞳が……開かれる。
「私を、帝国の部隊長にして」
短く……そう言った。感情を全く感じさせないものだった。
しかし、その他の人間にとっては……それは予想だにしない一言であった。
「スミレちゃん……?」
「なっ……! お前……!!?」
目を剥き、信じられないものを見るかのようにスミレを見る二人。部隊長ダンゾウだけがピクリとも動かない。
「それに対する我々のメリットを詰問」
「おいっ! ダンゾウ!?」
「私は積極的に帝国のために予知をする。
嘘も言わない。何か異変を視たら、知らせる」
「積極的に……の部分の詳細」
「前の規約は質問に対して答えることしか明記していなかった。
でも部隊長になった暁には普段からの予知で色んなモノを見る。帝国の実験。現在の反乱軍の動向。
将来反乱を起こすもののこと、闇属性、隠れている許されざる種族……それらを余すところなく伝える」
「なぁ、前の規約って何のことなん?」
「スミレが我々に捕らえられた二年前、我々とスミレの間に取り決められた規約のこと。
スミレの要求は仲間の命、我々の要求は【未来予知】。
結果として、帝国の質問にスミレは無条件に答えることを承諾」
「じゃあ今回破った分はどないなるんや?」
「そこの者を殺害することで不問……だが……ふむ……」
「どないしてん」
「スミレの提示した条件は、好都合」
「なぁ!?」
エレナはダンゾウのその発言に不満の声をあげる。信じられない、という風な瞳でダンゾウを見る。そしてそれは、床に転がるザフラも同じだった。
「元々闇属性の資格者は無条件で部隊長になれる権利を所有。それに加え、現在は部隊長の数が減少。スミレが我々につくのは僥倖。
だが……それも……
裏切る可能性が……なければの話」
それを聞いたエレナは露骨に笑顔を浮かべる。
「なぁんや、そういうことかいな。せやったらこんな〝道具〟は部隊長には出来へんな。
これは仲間のためならすぐに裏切りよるで。そんなやつなんか部隊長になれるワケあれへんやん」
「確かにその可能性は不可避の懸案。
だが、それを我々が分かってることはスミレは恐らく百も承知。
その上でこの交渉。まだ……何か手札が残っていると、我は推測」
ダンゾウの目がスミレに向く。
ターバンの隙間から見える群青色の眼は相変わらず感情を感じさせないが、それが逆に見られるものの恐怖感を助長させる。
「私の要求は一つ」
そんな目に晒されつつ同じように無感情の声でスミレは言う。
「お前、話くらい聞いてたやろ。ウチらが聞きたいんはお前の要求なんかやない。それに条件を出せる立場やと……」
罵声を浴びせようとしたエレナをダンゾウが手を前に出すことで押さえる。不満げなエレナだが、しぶしぶと言った表情でスミレを睨む。
「私の……命」
少々の沈黙の後、口に出されたスミレの要求はそれだけだった。
疑問符を浮かべるエレナをダンゾウは無視し、詰問を続けた。
その対応の仕方はまるで……その答えがダンゾウの求めていたものであるかのようだった。
「その願いを望むなら……元反乱軍のメンバーの始末を敢行。それを認可するか、否か」
「構わない。私はもう……自由になりたい。
運命に抗い続けることに疲れた。命を握られるのにも、皆の命を背負うのももう疲れた。
もう……疲れた。
この閉じられた帝国実験場ではこれから先、万に一つも私に自由は訪れない。いたずらに皆死んで……最後に私が残るだけ、命を握られ続けるだけ。
それなら……皆を……殺してでも……私は生きたい。
この閉じられた世界から自由を手に入れたい。広がった世界を自由に動きたい。
この交渉が飲めないなら、私はもう一切の情報を帝国に渡さない。皆が殺されたところで、私を拷問したところであなた達は永遠に【未来予知】を失うことになる。
当然……ジャックの情報も教えない」
そのスミレの告白に一番衝撃を受けたのはザフラだった。
てっきりジャックを売りたくないから今まで口を開いていないと思っていた。反乱軍の団結の強さゆえに……仲間を売らない鉄の精神ゆえに……話さないのだと、思っていた。
それならザフラは殺されても文句は無いつもりだった。仲間の為に死ねるなら、本望とさえ思っていた。
スミレを誇り、反乱軍の強さを胸に……死のうと思っていた。
でも……違った。スミレは言ったのだ。
自由になりたい、とその為なら元反乱軍のメンバーさえどうなっても構わない、と。こんな言葉がスミレの口から出るなんて信じられなかった。
誰よりも深く、反乱軍を愛し、大切に思っていたスミレが……自分の為に……反乱軍を売るなんて……。
思考がぐるぐるぐるぐると回る。ザフラは頭をハンマーで割られ、脳みそをミキサーで撹拌されているように感じていた。突き抜けた衝撃がザフラを酷く動揺させていた。
「スミレちゃん!? 一体どういうつもりなの!!?
反乱軍の皆がどうなってもいいなんて……嘘よね!!
そんなの嘘よね!!?
スミレちゃん……反乱軍の皆が大好きだったじゃないっ!!
ゲンスイ大将、ジャック、エル、ディアス、クレア……皆のことが大好きだったじゃないっ!!」
体に巻き付けられた鎖ががちゃがちゃと音を立てるが、そんなことはどうでもいいとばかりに、ザフラは喉が裂けると思うくらいに叫ぶ。大きく開かれた目が動揺の色を濃く表していた。
当然だろう。スミレが……あのスミレが仲間を売ったのだ。これが動揺せずにいられようか。
「私は……生きたい」
短く呟いたその言葉の迫力にザフラは押し黙る他なかった。
じっ、とダンゾウを見るスミレ。その目には決意だとか強い意思だとかそんな人間じみた感情は込められておらず、
機械のように……無感情だった。
「我はお前を認可」
数秒思案したダンゾウが呟いた。
「ただし、一つ条件を付加。
我がお前を信用すことは、現状では不可能。
信用をするには今までのお前が過剰に仲間へ傾倒。
故に……
元反乱軍のメンバーの全員の死を満了した後、部隊長入りを認可」
今までスミレが抱えてきたものすべてを捨て、帝国への忠誠を誓うことで部隊長になることを認める。
そういう意味の言葉だった。
家族同然の仲間の命を踏み台に出来て、初めて合格だ、認めてやる。
そんな意味を込めた眼を向けるダンゾウ。
推し量るように無機質な視線をスミレに送る。
「その条件で構わない」
「………っ!!? スミレちゃん!?」
スミレは一切揺らぐことなく、言い切った。
そして、それは……交渉成立の言葉となった。
「エレナ・ドンドン。ザフラを連行。後は自由にすることを認可」
「あ、あぁ……分かったわ……」
釈然としない様子のエレナはザフラの鎖を持って部屋から出ようとする。
そしてドアに手をかけたところで何かを思い出したようにスミレの方に向いた。
「おい、お前……積極的に【未来予知】する言うたよな。
やったらこの実験の結果を教えろや。
何をどうやったら、人体とモンスターは適合するんや?
今から実践して、お前のこと試したるわ」
この三日間飲まされた煮え湯を少しは晴らそうとしているのか、進まない実験に少々嫌気がさしているのか、本当にスミレを試そうとしているのか、エレナは何気ない様子を装ってそう聞いた。
しかし、その返答は……
「それで、ザフラが実験に成功して生き残ったら……ザフラが死なない限り私は自由になれない。
知りたいならザフラの実験が終わってからにして」
誰の予想もしない残酷な言葉だった。
その返答にエレナは……
変わりすぎて気味が悪い。
と呟き、部屋から出ていった。
連れていかれたザフラを見るスミレの目はどこまでも無感情だった。
――――――――――――――――――――
「ぬぁぁぁあぁあああ!!!」
「はぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
二対のランスと刀が激しくぶつかり合う。翼を生やしたリュウセイは互角にディアスと渡り合っていた。
突きが来れば、いなし、かわし、捌いて懐に潜り込み、凪ぎ払いが来れば、受けとめ、避け、飛び、攻撃に転ずる。
近づきすぎれば息吹の餌食だ。
加えて現在は尻尾による攻撃までリュウセイを襲う。
しかし、リュウセイは一歩たりとも遅れをとる様子がない。
刀一本、身一つでその全てに対処を取っている。
そんなリュウセイの様子にディアスは違和感を感じ始めていた。
――何故だっ!!?
何故こいつにゲンスイ大将の姿が重なって見えるのだ!!
それは、違和感というより既視感。
ゲンスイによる手解きを受けているリュウセイの動きに、ゲンスイの動きが重なって見えるのは必然とさえ言ってよかった。
しかし、ディアスにそんな事情が分かるワケもなく、ただただ動揺と焦燥だけが高まっていく。
しかも、現在リュウセイはわざとゲンスイの動作を強くイメージして刀を振るっている。
これも作戦の内なのだ。
そして、それがさらにディアスの持つ既視感を高めていた。
ギィィン……
刀と槍を打ち付けあった金属音と共に一端大きく距離をとるディアス。
一方のリュウセイは完全に作戦が嵌まったことにより、とても悪そうな笑みを浮かべていた。
「さぁ、終わらせようか」
そんな不遜な言葉と共にリュウセイはディアスに向かって突進する。
ディアスは魔具にさらに魔力を込め、炎の出力を上げてリュウセイを迎え撃つ。
ディアスは武器の有利を生かし、間合いに入った瞬間から攻撃を開始する。
炎を纏うランスがリュウセイに向かうが、リュウセイはそれらを紙一重で避けていく。
そして、リュウセイは己の間合いへと侵入することに成功。
大きく刀を振りかぶる構えを見せ、ディアスの胴を凪ぎ払おうとした。
だが、今までよりも大振りな動きに加え、僅かながら刀を握る手が緩んでいることに気がついたディアスは尻尾を使ってリュウセイの刀を上空に弾き飛ばした。
「取った!!!」
勝利を確信し、両手のランスを銛のように構えてリュウセイに向かって突きだそうとする。
だが、ここに来て、ディアスの既視感という違和感は最高潮に達していた。
――武器を上空に弾き飛ばし、勝ったと思い全力でランスを突きだした。
これはまるでゲンスイ大将と初めて手合わせしたときの……
そんなディアスの心情を見抜くようにリュウセイは笑う。
そして、パリ……と体に雷を纏ったかと思うと一瞬にしてディアスの懐にリュウセイの姿があった。
「なっ!?」
「これ、長いこと使えねぇんだ。
まぁ、これで終わりだし……関係ねぇよな」
雷の身体強化で一時的に肉体のリミッターを外し、ディアスを上回る身体能力を有したリュウセイは言う。
余りに酷似した状況に、ディアスは抵抗らしい抵抗をする戦意を失っていた。
ディアスはようやく気付いたのだ。
リュウセイが途中から自分とゲンスイとの手合わせをなぞっていることに。
そこからは知った体験だった。
突き刺したと思ったら懐に居たリュウセイに蹴りあげられる。
戦意はないにしても反射的にリュウセイのいる地上を見る。
そして、そこにはリュウセイがいない。
完璧なまでの既視感。
既に背後に回り込んでいたリュウセイは打ち上げられた刀を掴んで、ディアスの背後から思いっきり切りつけた。
ディアスは背中に衝撃を感じ、地面へと叩き付けられる。
そして、確かに聞いた。
ゲンスイが使った技の名を。
わざと相手に剣を弾かせ、予想の外から攻撃を加える技の名を。
かつて自分を敗北させた技の名を。
ゲンスイが……スミレの為に作った流派の技の名を。
「双葉流・種の舞・蒲公英」
倒れたディアスの首元に刀を突き付け、ディアスとリュウセイの勝負はリュウセイの勝利で終わった。
自分達の隊長がやられたことで完全に元反乱軍の面々は沈黙していた。
ある者は信じられないと目を見開き、またある者は膝を付き、うちひしがれている。
「おい……貴様……その剣……どこで覚えた?」
仰向けになったディアスが口を開く。
先程までの怒りはすでになく、そこにはある種の期待が込められているように感じられた。
そのディアスの口調に俯いていた面々が顔を上げ出す。
ディアスの質問に対する答えを言外に求められたリュウセイはニヤリ、と笑みを浮かべた。
「そいつぁ、ウチのボスに直接聞くんだな。さぁ……降りてこいよボス!!」
リュウセイが天井を見上げて……叫ぶ。
それに釣られてその場の人間は上を見上げた。
…………が、いつまで経ってもボスとやらが現れることは無かった。
ざわざわと騒ぎ始める元反乱軍。リュウセイは天井を見上げたまま冷や汗を流していた。
「「あっ! そういや、あたし達魔具取ってくる時に五月蝿いから縛ってきたの忘れてた」」
フィーナとマリンが口を揃えてそう言う。
ちょっと待っててねー。
と何とも間の抜けた声でトレーニングルームから出ていく二人。
しばらくするとリュウセイが見ていたトレーニングルームの天井が開いた。人一人通れる程の丸い穴が開く。
が、既に周りの空気は完全に緊張感を失なっていた。
元反乱軍はこそこそとお喋りを始め、クレアもはぁ、とため息をついた。ディアスも起き上がり、胡座をかいてぼんやりと天井を見ている。
ユナやカイル、エルは未だに天井を見つめて微動だにしないリュウセイをじとっとした目で見ていた。
それは言外に、カッコ悪いぞ……と言っているようだった。
そんなぐだぐだの空気で穴から急に何かが降ってきた。
うねうねと不自然な動きを見せ、んーっ、んーっ、と呻くような声をはっしている。
それは、全身をみのむしのように縄で縛られ、口には猿轡をされている……
かつての反乱軍における魔具職人部隊隊長……ジャックだった。
んーっ、んーっ、とひたすら何かを主張し、対して動けもしないのに、懸命に暴れている。
リュウセイは降ってきたジャックを確認すると魔力で造った刃でサッ、と猿轡を切り落とした。
「ぷはっ!! ちょっ!? リュウセイどないなっとんねん!?
全然当初の計画とちゃうやんけ!? なんでお前が戦っとんねん!!
計画ではカイルがディアスをぽんぽーっんってやっつけて、日頃反乱軍で惨めな扱いを受けていたワイが実はカイル達のボスでした、バーン!! って計画やったやん!?
エルを使って飛空挺に引き入れるとこまでは上手くいったやん!!
なんでそこで不必要なアドリブ入れてんの!?
ディアスに三回回ってギャォッスとかやらせようと思って色々やってたやん!?
っていうか何でワイ縛られてんの!?
五月蝿いからってマリンさんとフィーナさんにこんなんされてんけど!?
何やねんこの扱いの酷さ!!?」
「ほほう、三回回ってギャォッスと……俺にやらせるつもりだったのか?」
「おう! せやで! 他にもワイのパシりとか身の回りの世話とか色々やらせようと思っててんけどな!!
それもこれもリュウセイ……が……いらんこと……するか……ら?」
話している最中に今会話に割り込んだきた人物のことを思い出したのか、ギギギ、と効果音を付けてジャックは後ろを振り返る。
そこには鋭い牙を見せ、獰猛な笑みを浮かべるディアスの姿があった。
「よ、よぉ……ディアス……ひ、ひさしぶりやなぁ」
「あぁ、そうだな、久しぶりだな」
「い、いやー、懐かしいなー。お、おー、クレアもおるやんけ。
ど、どないしたん? 皆こんなところで?」
「それはだな、どこかの組織のボスがウチのエルを人質にとって俺達を利用しようとしていたらしいんだ。
全く許せないと思わんか?」
「ゆ、許されへんなっ! それは許されへん!!」
「ところで、リュウセイと言ったか?
お前に聞きたいことがあるのだが……」
「ボスじゃねーけどボスならそいつだぞ」
「おいぃいいい!!?
リュウセイ空気を読、ぎぃぃゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ジャックのこめかみにディアスの拳が当てられ、グリグリグリグリグリグリ……と竜人族の力を使い、拳をぐりぐりと捻じる。
「全く!! お前と言うやつは!!
いつもいつもこんな馬鹿な真似ばかり!!
少しは成長と言うことを覚えろ!!」
「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁあ!!
アカンアカンアカン!! アカンって!!
ギブっ!! ギブっううう!!!!」
「今度と言う今度は許さん!!
おい! お前らもやってしまえ!!!」
ディアスの言葉に一瞬顔を見合わせた元反乱軍の面々は示しあわせたように叫びだした。
「ジャックお前まだこんなことやってんのか!!」
「ちょっとは成長しろよ!!」
「テメー、昔からなんも変わってやがれねぇな!!」
「隊長!! 今回は悪ふざけが過ぎます!!」
「そうです!! だから隊長!!
覚悟してくださいっ!!」
「三回回ってギャォッスとか……ちょっと見てみたいと思ったじゃねーかよ!!」
「おい、スケイルちょっとこっち来い」
「え、やだなぁ隊長、冗談、冗談ですってぎぃぃぃやぁぁぁぁぁあ!!!!!」
「ちょっ! お前らの方こそ手加減ってもんを知れ!!
ワイは縛られてるねんぞ!!」
「「「「「「「「問答無用!!」」」」」」」」」
「そんな殺生な!?」
押し寄せる元反乱軍の全メンバーに揉みくちゃにされるジャック。
全員に寄ってたかられるジャックの様子は外から見ているメンバーからは伺うことは出来ない。
精々酷いことされてるなー、ぐらいである。
「これで良かったのか、エル?」
「はいなのです。ジャック隊長はああやって皆にめためたにされるのが一番似合ってるのです」
そう言って笑うエルにカイルは笑顔で返す。
この計画の変更はエルから言い出されたのだ。
ジャックがいつも通りの扱いを受けるところが見たい。
昔の反乱軍のようにめためたにされるジャックが見たい……とそう言ったのだ。
ジャック以外のメンバーはエルの作戦が面白そうだったのでエルの方になびいたのだ。
とは言え、エルの望みはとにかくぐだぐだにしてくれ、というようなものだった。
ぐだぐだになったら、皆が勝手に動いてくれる。
あまりに雑な計画に一同は笑ったが、それでも各々がぐだぐだになるように動いた結果こうなった。
それは、大成功と言えるだろう。
「本当に……懐かしいのです……ジャック隊長が……生きてるってことを……改めて実感したのです……」
昔の反乱軍ではよく見られた光景にエルは涙を流した。
そんなエルの様子を見てカイル達はお互いに笑顔を交わす。
上手くいったという満足感が自然とそれを引き出した。
「うふふふふふふふふ、ジャックちゃん、オイタした罰はきついわよ?」
「クッ、クレア!!? 何その手付き!?
えっ、ちょっどこ触って……アッ、アーーーーーーーーー!!!!!」