第三十三話―この小娘は頂いた!!
「この小娘は頂いた!!」
カイルがエルを腕に抱えて叫ぶ。
それは、抱えると言っても抱き抱えるというような穏やかな抱え方でなかった。首に手を回し、強く締めてエルはガッチリと固められている。抱えられているエルは苦しげな表情を浮かべながら、カイルの腕を引きはなそうと、その小さな手をカイルの腕に置いていた。
そしてそのカイルの前には百人ほどの様々な種族がカイルに対して恨みを込めた視線を送っている。まるで仲間の仇を見るような強い感情の視線だった。
「貴様等……一体何のつもりだ」
カイルに恨みの視線を向ける百人の前に立つ竜人族の男がドスの聞いた声で糾弾する。
身長は二メートルをゆうに超え、ワニのように長細い顔に、刃物のように鋭い牙が立ち並び、全身は青い鱗で覆われている。
瞳は黄色の成分が強い金。臀部から生える大きな尻尾は強力な武器になりそうだ。
「ハッ! どういうつもりか……だと? こんな小娘を使ってやることといったら一つだろうが……あぁん?」
竜人族の男のドスの効いた声に負けじとカイルの傍にいたリュウセイが言い返す。口の悪さという点ではリュウセイは負けていない。
例えそれが演技でも。
「あなた達は一つ重大な間違いをしているわ……」
竜人族の男とリュウセイが口で言い合いをしていると竜人族の隣に立っていた女が一歩前に出てそう言った。
黒髪に赤と青の綺麗なオッドアイ。胸はこれでもか、と言うくらい大きく、ボン、キュッ、ボンを体現するようなグラマラスな身体は、ユナには到底出せそうもない大人の色気を放っていた。
そんな女が真剣な顔をしたかと思うと、エルを指差しドヤ顔で言う。
「その子は……〝男の娘〟よ!!」
「「な、なんだってー!!」」
カイルとリュウセイが驚いた声をあげるが、その驚き方が少しわざとらしい。台詞も棒読みなのだが、竜人族の男もその隣の女も気づいた様子はない。
「あら? いいじゃない? 顔は女の子なんだしあんた達で楽しめば?」
「新しい扉が開けるかもよ?」
後ろに控えていたフィーナとマリンがその言葉に対してそんな言葉で返す。からかうような言い方はいつも通りな二人だが、その台詞は予め決められていたものだ。
「エ、エルちゃんが……あの二人に……」
そこまで言ったところでオッドアイの女が大量の鼻血を吹き出した。タラタラ流れるような貧弱なものではない。水道の栓を限界まで捻った時に流れる水のような勢いだ。
「ディアス……私はもう駄目……敵の策略に嵌まってしまったわ……」
水道鼻血は直ぐにやんだが、それでもなお女は鼻から大量の鼻血を吹き出し、ディアスと呼んだ竜人族の男にもたれ掛かった。
「もう……私は戦えない……エルちゃんがあの二人にいいようにされるのを見てみたい私がいるの……」
一同絶句。
カイルもリュウセイも口を開け、捕まっているエルでさえも口を開けている。事前に聴いていたとは言え、こんな状況でそんなことを口にしたオッドアイの女に対して……驚きを隠せなかった。
「く、クレアさん!! 馬鹿なこと言ってないで助けてくださいよ!!」
一瞬固まったエルから出たのは心からの叫びだった。
と、同時に全員の気持ちの代弁であることは間違いない。
「ごめんね……そんなかわいい服着せられてるエルちゃんを見せつけられたら……私……もう我慢できないの……」
鼻血全開でエルを見るクレアは恍惚とした表情を浮かべて、幸せそうに頬に手を当てる。
なぜ流れ出る鼻血を止めようともしないのか甚だ疑問である。ちなみにクレアの発言から分かる通り、エルの服装は女物のままである。
「クレア……」
そう呟いたディアスは自身にもたれ掛かっていたクレアを無造作に投げ捨てた。
それはもう、ゴミを見るような冷たい目をしながら。
「いやんっ」
古典的な叫び声をあげるクレアだが、言うほどのダメージは負っていないように見える。
鼻血を流したまま、妄想の世界へとトリップしてしまったクレアを一瞥し、竜人族のディアスはリュウセイを睨む。
「……もう一度言う。何のつもりだ」
仕切り直しだ、と言わんばかりの眼力でリュウセイを睨みつけるディアス。
竜人族特有の鱗が逆立ち、隙あらば襲いかかろうと身構えているようだ。怒りのせいか、口からは僅かに炎が漏れだしている。
「だから俺らはこいつを「本当にそのつもりなら、わざわざここまで足を運ぶ必要はないだろう」
カイルの言葉に被せるようにディアスが言う。
ぐっ、と悔しそうな顔をして、言い返そうとするカイルをリュウセイが手で抑える。
自分達の思惑がバレたことに対して一切の動揺を見せず、上から目線で口汚いリュウセイの口が動いた。
「ハッ! その通りだ。俺たちはこの街のあるグループを救いに来たんだ。それでちょっとばかり人手が欲しい。
だが、どうも人数が少ないもんでな、元反乱軍戦闘部隊隊長--"爆竜"ディアス。
あんたの力を俺らの〝ボス〟が欲しがってんだよ」
カイルを抑えていた手をディアスに向ける。向けられた指の先にいるディアスは苦虫を潰したような顔だった。
「なんの抵抗も出来ない少年を人質にとり……誰かを救うなど……そんな救いがあってたまるものか」
「おいおい、俺たちが求めてる答えはイエスかノーかだ。そんな返答求めてねぇんだよ」
リュウセイはおもむろに腰の刀--小竜景光を抜き、エルの首元に当てる。
ヒッ、と短い悲鳴をあげるエル。ディアスはさらに怒気を流したが、クレアはさらに鼻血を流した。
「さぁ、俺達の言うこと聞くのか聞かねぇのか……どっちだ?」
エルが怯えたような目でディアスを見る。
エルは優しい少年だ。日頃からクレアにオモチャにされ、ザフラにも狙われ、二年前はスミレとも……今はいないジャックとも仲が良かった……。
撤退戦では泣きながら自分達を見送り、ジャックとゲンスイが死んだと聞いたときには、人目も憚らずに泣き叫び、ザフラが帝国に連れていかれてからは、毎日ザフラを探している……
その全てを、ディアスは知っている。
彼がどれだけ反乱軍を愛していたか……知っている。
故に……その視線を受けたディアスは心を決めた。
「聞く……だが、先にエルを解放しろ」
「おいおい、会話の主導権はこっちだぜ? 何勝手に条件だしてんだよ。さぁ姉貴、繋いでくれ」
「はいはーい」
フィーナは腰のポーチから植物の指揮棒を取りだして、上から下に降り下ろす。
それだけの動作で土の地面がくり貫かれ、なだらかなスロープが作られる。そしてその先には飛空挺の入り口がぽっかりと口を開けていた。
「「じゃ、先に行ってるから」」
フィーナとマリンがサッと飛空挺に乗り込む。
二人が入ったのを横目で確認したリュウセイは視線をディアスに戻した。
「さぁ入れ。もちろんお前ら全員だぜ?」
「必要なのは俺だけではなかったのか」
「人手が足りない……と、そう言ったはずだが? つべこべ言わずにさっさと入れ」
「女子供もいるのだぞ」
「人質は多い方がいいんでな」
悪びれもせずにそういうリュウセイに牙を思いっきり噛み締めるディアス。思わずリュウセイに飛び掛かりそうになったところで、その圧倒的な二つの霊峰を揺らしながら、クレアが立ち上がった。鼻血は止まっているが顔は血まみれである。
「いいわ。行きましょう」
「おいクレア……っ!」
「冷静になりなさい、ディアス。いくら貴方が強くても、魔具を持っていない状態じゃ勝ち目は薄い。悔しいけど主導権は完全にあっちが握ってるのよ」
先程までとはうってかわって冷静になるクレア。
しかし、こちらが普段のクレアであるのか、周りはそれに対して言及することはない。
「だが……っ!!」
「貴方は一時の感情と仲間……どちらが大切なのかしら?」
お前が言うな。
この場にいる全員がそう思ったことは言うまでもない。
「私は行くわよ。入ったところで直ぐに何かされるわけでも無いだろうしね」
そう言ってゆっくりとした足取りで地面に作られた道に近寄っていくクレア。エルの横を通り、道の前までいくと、振り向いてその姿を確認する。
「絶対に助けてあげるから待っててね」
そう口にしたクレアは飛空挺へと乗り込んで行った。
「……………さぁ、まずは一人だ。さっさと入れ」
少しの間、固まっていたリュウセイが抜き身の刀を残りの人達に向けた。
「貴様……いつか地獄に落ちるぞ……!」
「言ってろ」
二人の間で火花が散る。一触即発の空気の中、意を決したような表情を見せたエルがカイルの腕の中で暴れだす。
「ディアスさん! ぼくのことはもういいのです!!
ぼくの不注意でこんなことになってしまったのです……ぼくのことなんて……放っておいてください……!
ぼくのせいで皆さんが怪我でもしたら「暴れるなっ!」うっ!」
カイルがぐっと腕に力を込め、エルをきつく固定する。急に締められたため、言葉が詰まり、苦しそうに咳き込むエル。
「貴様っ!!」
「ハッ! 助けたきゃ、さっさと入れ」
これ以上、話すことはない。
とばかりに刀を鞘に納め、穴付近のプレハブにもたれ掛かるリュウセイ。エルは懇願するような視線をディアスに送っている。
その澄んだ蒼い瞳からは……涙が流れていた。
「ぼくのせいで……皆がいなくなるのは……見たくないのです……」
そんなエルを見たディアスはギリリ、と牙を噛み締め、口から僅かに漏れる炎を何とか戻して、後ろを振り向いた。
何をするのかと思えば、ディアスは急に頭を下げた。
自分の部下もいるだろう集団に向けて腰を曲げ、深く……頭を下げる。
「すまん……お前達の命……俺に預けてくれ。
正直何が待ち構えているか分からん。入って奴隷のように働かされるかもしれん。酷い目に合わされるかもしれん。
だが、耐えて欲しい。
エルを……俺達の仲間を助けるために一時の屈辱に耐えてくれ。
これは命令じゃない。俺の頼みだ。何かあれば、俺は君らの為にこの身体の全てを、この命の全てを使うと約束する」
エルの言葉に反し、飛空挺に入ってくれと皆に頼み込むディアス。その言葉を聞いた周りの人々は意を決したように精悍な顔つきで次々と飛空挺に乗り込んでいく。
そして、最後にディアスだけが残った。
「エルは……必ず取り返す」
捨て台詞を最後にディアスも飛空挺に乗り込んでいった。
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「ちょろいな」
「ディアス隊長ちょろいのです……」
カイルがエルを放すと自然とその口から同じ言葉が溢れでた。エルは既に涙を止めている。
「ハッ! にしてもクレアってのにバレたときは焦ったぜ」
「ぼくはバレると思っていましたのです」
クレアが飛空挺に向かうとき、その速度が非常にゆっくりだったのを覚えているだろうか。クレアはすれ違い様、エルと言葉を交わしていたのだ。
『エルちゃん、ディアスを暴れずに連れ込もうと思うなら、泣くくらいした方がいいわよ』
短い言葉であったが、完全にカイル達の演技を見破った台詞に三人は肝を冷やしたのだった。
「にしてもお前よくすぐに泣けたな」
「あー、あの人に〝男〟を落とす〝マル秘テク〟を無理矢理教え込まれてて……その中に泣き落としって言うのがあったのです」
遠い目でそう言うエル。何かを思い出してしまったのか、数瞬後、身体をぶるっと震わせた。
「ま、何にせよ第一段階はクリアだな」
「ハッ! 全く回りくどいことさせやがる。面白れぇから別にいいんだが、あいつがボスってのは気に食わねぇな」
「バラした時がドキドキなのです! さぁ、ぼく達も行くのです!」
エルが先頭で飛空挺に入る。それに遅れて二人も入り、入り口はエルの魔法によって塞がれた。
ジャック発案の“ドッキリ! 得体の知れない敵のボスはジャック隊長でした!”計画は第二段階へと移行する――。
――――――――――――――――――――
飛空挺に乗り込んだディアスらはトレーニングルームへと案内された。
広々としたトレーニングルームの真ん中に元反乱軍は四角形に整列し、四方をディアスの部下四人が囲む。
そして全員の前に代表としてディアスとクレアが立っていた。これはディアスが指示したもので、より安全を確保するための策だ。
だが、そんな心配をするまでもなく、トレーニングルームは不意討ちなどが出来るような場所ではない。
ただ広いだけの空間である。家具や器具は何も置いておらず、直方体のだだっ広い部屋だ。
カイル、リュウセイはエルを連れたまま、四角形に並んだ元反乱軍の右前方辺りに、フィーナ、マリンは左前方にそれぞれ立っていた。
「おい、ボスとやらはまだ来ないのか。人を呼びつけておいて、随分と無礼な輩と見える」
唸るようにディアスが言うが、それに対してフィーナがふっ、と鼻を鳴らす。
「あら? もう貴方の目の前に居るのに……見えないの? 戦闘部隊隊長の肩書きも大したことないのかもねぇ」
「何を……っ!?」
瞬間、闇が晴れ、その中からユナが姿を表す。突然目の前に現れたユナにディアスは目を大きく見開いた。
そして、ユナは薄く笑って、
「ずっとあなたの目の前に居たんですよ? いつ気づくのかなーって、思ってました」
闇属性を纏うことで姿を隠していたユナが急に目の前に現れたことで、ディアスだけでなく、他の元反乱軍の面々も驚いている。
「闇属性だと……!?」
「ええ、そうですよ? 見るのは初めてじゃないんですから、そんなに驚かないで下さいよ」
「どういう意味だ」
「とぼけたところで無駄ですよ。スミレちゃんが闇属性だってことは知ってるんです」
ユナらしからぬ見透かしたような口調と人を小馬鹿にするような薄ら笑いでユナはディアスからゆっくりと離れていく。
「貴様っ! どこでそれを知った!?」
「それがわたしの【能力】だから、とだけ言っておきます」
これは嘘だ。実際はゲンスイから聞いたし、ここにいるメンバーが、全員スミレが闇属性であることを知っているということはエルから聞いた。
闇属性の【能力】など使ってはいない。
「まぁ、そんなことどうでもいいじゃないですか。良いボスには有能な闇属性がついて回るものです。
わたしはボスの代弁者です。ボスの命令をあなた方に伝えに来ました」
「あら、あなたがボスという訳ではないの?」
クレアが横から口を挟む。ユナはちらっとクレアを見てから――その胸にたわわに実った爆弾を恨めしそうに睨んでから、その答えを口にした。
「――ええ、そうです。わたしはボスではありません。ボスの言葉を伝えるメッセンジャーです」
「余程、お前達のボスは臆病と見える。姿すら我々の前に出さないとはな」
「その発言に対してはわたしは何も答えません。
さて、それではボスからの伝言です。ディアスさん、あなたはあそこに居るリュウセイさんと戦って下さい」
「俺の実力を疑うのか?」
「はい、闇属性も見破れなかったくらいですから」
「ぐっ……!!」
「場所はこの場所。封化石をこの部屋は使用しているので、帝国からの魔力探知を受ける心配もありません。
魔具はこちらで用意した刃を潰した物を使用してもらいます」
封化石とは、魔力を封印する石の事だ。封化石は魔力を通さないという性質を持ち、その硬度も並大抵の物ではないため、檻や手錠等によく使われている物質だ。
「ほら……これが……あんたの魔具よ。受け取りな……さいっ」
いつの間にかマリンは手に大きなランスを持っていた。どうやらユナが話している間、トレーニングルームから出て、魔具を持ってきたようだ。
柄の部分が約五十㎝、円錐状の刺突部分は底の半径が約三十㎝、高さが約三mと言ったところか。
訓練用のため、しっかりと先は潰されている。超大型の騎士用ランスはマリンにとって重いのか両手で引き摺るようにして運んでいる。
そして同じものをフィーナも運んでいた。
「ふんっ………」
不愉快だというようにディアスは二人が重そうに運んでいた二つのランスをその両手で軽々と持ち上げる。
「……?」
持ち上げたはいいが、そのランスをどこか不思議そうに眺め出すディアス。握りしめたり緩めたり、構えてみたりとどこか納得のいかないような顔をしている。
「おい、代理人」
「なんでしょう?」
「少し……振ってもいいか」
「ええどうぞ、その間に皆さんはすぐに二人が戦えるようにこの部屋の端に移動しておいて下さい」
元反乱軍が入って左の壁沿いに集まり、カイル達はその対辺に集まる。
周りに誰もいなくなったことを確認したディアスはランスを振り回し始める。
突き、払いから始まり、下方突き、上方突き……目の前に仮想敵を置き、その動きは一つ動きを終える度に洗練されていく。
「クレア隊長」
「ん、どうしたの? 貴方は確か……ディアスの部下の……」
「はい、スケイルと申します」
「それで? どうしたのかしら?」
「隊長は先程不思議そうに奴等のランスを見ておりましたが……もしかして奴等が何か細工でもしたのでしょうか?」
そう言うスケイルの後ろには先程四隅を警戒していたディアスの部下が並ぶ。皆、一様にディアスのことを心配しているのだ。自分達の隊長の実力は疑うべくもないが、魔具に細工をされたのでは勝てるものも勝てないのではないか、と危惧している様子だ。
そんな心配を抱える四人に対して、クレアはクスッと笑った。
「それは心配いらないわ。あの顔は魔具に対する違和感の類じゃない」
「では、一体……?」
「貴方、今の彼の顔……どう見える?」
貴方と言われた魚人族がディアスの方を見やる。
動きはさらに激しくなり、本当に相手がいるかと錯覚させるほどだ。
そして、当のディアスは凶暴な牙を剥き出しに、目は爛々と輝いている。口からはチラチラと炎が見え隠れし、頭の上から尻尾の先まで続くトゲが、いつもより尖って見える。
「楽しんでらっしゃる……?」
「楽しむ……と言うよりは喜んでいるわね」
「つまり……どういうことなのでしょう?」
クレアの言わんとしていることを計りかねる四人。
答えを知っているクレアは必死に考えを巡らす四人を可愛いわね、と思い笑みを浮かべる。
そして同時に、久しぶりにあのような顔を見せるディアスに対しても、似たような感情を抱いていた。
「相手方には余程優秀な魔具職人がいるようね、それこそジャック君と肩を並べるくらいの」
「ジャック隊長と!?」
「あの顔は、あのランスが予想以上に自分にしっくりきて喜んでる顔よ。あの顔を見るのはジャック君に作って貰った魔具を手に取った時以来だわ」
――初めの頃は、ジャック君のことも敵視してたものだけど……ね。
少し、寂しそうな顔を見せたクレア。撤退戦後、ここに連れてこられることがなかった小さな職人が脳裏に浮かぶ。
ディアスが連れてこられた時、必死に彼のことを聞いたのに……ディアスは首を振るだけで何も答えなかったのだ。
「おい、そろそろ始めようぜ、充分身体は暖まったろ?」
クレアがそんなことを考えていると、座っていたリュウセイが立ち上がり、ディアスのランスと同じように刃を潰された刀をディアスに向けた。
「フゥーーーーッ……良いだろう。どこからでもかかってくるがいい」
「おいおい、そりゃ俺の台詞だぜ? 試してんのは俺なんだから……よっ!!」
その言葉と共にリュウセイが前に出た。脇構えに刀を構え、雷が刀から迸る。
対するディアスの構えは、ランスの柄を背後で交差させ、槍先を完全に外に向けてしまっている。
横に広がるランスは凄まじい炎を吹き出しており、それだけで呑まれてしまいそうだが、リュウセイは怖れることなく突き進む。
リュウセイがランスの間合い三mに踏み込んだ瞬間、ディアスは一歩踏み込んで左手のランスで鋭い突きをリュウセイに放った。
洗練された動き、彼にとって定石とも言えるその動きは二年のブランクがあってなお、衰える様子を見せず、鋭いものだった。
「七星流・護りの型・其の肆・天海星」
しかし、しっかりとリュウセイの中心を捉えていたディアスのランスだが、あえなく空を突くことになった。リュウセイがいた場所の空気を切る音がトレーニングルームに反響する。
天海星は移動技術だ。
動作に緩急をつけることによって相手の感覚を狂わせ、攻撃のタイミングをずらさせる技。
それ故に早めに突かれたディアスの突きを、リュウセイは難なく躱して懐に特攻する。
ディアスは自分の突きが躱されたのを見ると右手に持っていたランスで凪ぎ払いにかかった。
「七星流・護りの型・其の伍・五茫星」
それをちらりと確認したリュウセイは左手で刀を持ち、空いた右手で空中に五茫星を素早く描く。
軌道上に描かれた五茫星はディアスのランスを防いだ。雷がバチバチと迸り炎が轟轟と音をあげる。
左手を突きだし、右手を止められたディアスにリュウセイは肉薄する。
「っぜぁ!!」
リュウセイが空いた身体に斬り込む。ディアスと同じように凪ぎ払われた刀だが……
ギィン!!
そう甲高い音がしたと思えば、リュウセイの攻撃はディアスの尻尾に防がれていた。ディアスの尻尾とリュウセイの刀が競り合いを続け、ギャリギャリ、と人の身体から出るのはあり得ない音が発生している。
「おいおい……今は防具つけてねぇじゃねぇのかよ……! どんな鱗してやがる……!!」
「刃を潰された刀では俺の鱗は斬れんぞ。雷で多少は痺れはするが……な!!」
軽く息を吸い込んだディアスにリュウセイは慌てて引こうとするが、少し遅かった。ディアスの口から炎が吹き出され直線に伸びたそれがリュウセイを襲う。
「っつ!!」
何とか体を反らし、直撃こそ免れたものの軽く火傷を負ってしまう。
ディアスは深追いするようなことはせず、再びランスを構えた。
「ったく……反則みてぇな身体してやがんな……」
「生態系の中でも強者である竜の力を宿した種族だ。
その戦闘能力は多くの種族の中でも最高クラスに位置していると自負している」
竜人族。
全身が強固な鱗に覆われ、鋭い尻尾は鞭や槍となり、二メートルはある大きな体躯は脆弱な種族を寄せ付けず、頑強な顎を使えば、獲物の肉を食い破ることなど容易い。
そして極めつけは体内に竜と同じような【息吹】を吐くことが出来る器官が備わっていることだ。
圧倒的なポテンシャルを誇る竜人族はこと戦闘においてまさに最強種と言えるだろう。
「人族の男……リュウセイと言ったか?
剣線は良いが力が足りん。先程の一太刀も刃が潰されていようと、ある程度の力があればダメージはあったハズだ」
「……」
「そのか細い腕では、俺の鱗を穿つことなど出来はせんぞ」
それはお前の力では俺を傷つけられないから諦めろ、とそう言っているに等しい。
だが、リュウセイはそんなディアスに対して不適な笑みを浮かべた。
「ハッ! ハハハッ! おいおい、さっきの一合だけで、もう勝った気かよ? 随分と自信家なんだなぁ?」
「……俺は客観的な事実を述べただけだ」
「ハッ! 確かに俺をただの〝人族〟だと見なしてるなら、その評価は正しかったかもな」
「………??」
「いいぜ、そろそろ本気と行こうか」
リュウセイの背中が黄金色の光を放つ。
カイルの暖かい赤色の光とは違う、雷のように鋭く迸る黄金の光に、初めてそれを見る者は目を細めた。
その光が穏やかになり、光源体であるリュウセイを見てみると……どこか先程と意匠が異なることに気が付く。
それは……翼だった。
先程までは何の特徴も無かった男の背に……大きな翼が生えていた。
未だに少し黄金の光がまとわりついてはいるが、その輪郭は間違いなく翼であった。
リュウセイは竜が空へ駈ける時のように翼を勢いよく大きく広げる。すると翼にまとわりついていた光は霧散し、リュウセイ本来の翼が姿を見せる。
骨格部分には余すところなく黄金の鱗が覆い尽くし、翼膜は薄いが容易く破れそうな印象はない。翼の先端には婉曲した角のような物が生えており、充分武器として使用できそうだ。
竜にあって竜人族にないもの。
有翼族にあって竜人族にないもの……。
「竜の……翼……だと……!?」
驚愕の声を上げるディアス。
そんなディアスを見て楽しそうにリュウセイは笑う。
「さぁ、第二ラウンドと行こうぜ……戦闘部隊隊長……"爆竜"ディアス!!」




