第三十一話―それだけで……ぼくは嬉しいのです
「うぇぇぇえん…………ジャックたいちょぉぉぉぉ………」
――まだ……泣き止まねーなぁ……。
ジャックの昔の仲間のエルって言う女が穴から落ちてきてから三時間は経った。
三時間だぜ?
その間こいつはずっと泣きっぱなしだ。嬉しいのは、まぁ何となく分かるんだけどなぁ……そろそろ泣き止んでくれないと話が進まないんだよなー。
リュウセイは泣き止んだら呼んでくれって素振りをしにトレーニングルームに行っちまったし、フィー姉とマリン姉はちょっと偵察に行ってくるって言ったきり戻ってきてねぇ。
待ってるのはユナと俺だけなんだけど、ユナは料理を作ってきますね、ってキッチンに行っちまった。
はぁ………もう泣き止むまで寝るか?
あ、あとこいつ臭うんだよな。風呂とかも入ってないんだろうし、何より血の匂いが強すぎる。まるでずっと死体を漁ってたみたいだ。
……漁ってたのか? 俺は帝国実験場の現実なんて全く知らないから何にも言えねーけど……。
だめだ、分からん。考えるのは苦手だ。
「エルさん、まだ泣いてるんですか?」
ユナが白で統一されたエプロンと三角巾を着けて戻ってきた。シュルル、と三角巾をほどいて手早くたたむ。
なんか、ユナがそーゆー動作をすると妙に似合うんだよなー。家庭的な仕草っつーのか? なんでなんだろうな?
………どうでもいいか。
「ああ……全然泣き止まねーんだよ。飯は出来たのか?」
「仕込みだけ終わらせてきましたので、あともう一手間で出来ますよ」
「先に食べよーぜー」
「ダメですよ。カイルさん全部食べちゃいそうなんですもん」
「そんなこと……」
無いとも言えねー気がするな……。出された分は平らげる……うん、平らげる。
あれ? これじゃダメなのか。
「とりあえず、エルさんにお風呂に入ってもらいましょうか。ご飯はそれからです」
「やっぱり臭うよな」
「それ、エルさんの前では絶対に言っちゃダメですよ」
一瞬、悪寒が走った。これは俺が何かいけない発言をしたときに感じるやつだ。エルの前では臭いって言っちゃいけない……。うん……覚えたぞ。
「あのー、エルさーん? ご飯が出来るのでお風呂に入ってきたらどうですかー?」
「おーい、エル? 聞いたか? とりあえず風呂入ってこい」
「グズッ…………るのです」
ん? 何かエルが言ったみたいだけどよく聞こえなかったな。ジャックの方もちゃんと聞こえなかったみたいでエルに聞き返していた。
「ジャック隊長も一緒に入るのです」
あー、これはダメなやつだ。俺は知ってるぞ。同年代の男と女は一緒に風呂に入っちゃいけねーんだ。カルト山で俺は………思い出したくねぇ。
ま、とにかくだ。常識なしの俺でも分かるんだ。
久々に会えたから一緒にいたいってのも分からなくもないけど、ここは常識に従って貰おう。常識に従う。俺の口からこんな言葉が出るなんて思ってもみなかったぜ。
思っただけで口には出してないんだけどな。
「んー、そやな。ワイも入らしてもらおっかな。エルのせいで臭くなったし。つか、エルお前ほんま臭いで? 自分で分かってるか?」
「……」
「ツッコめや!!」
そう言って二人は風呂場に向かっていった。
……っておい。
「なぁ、ユナ?」
「なんですかカイルさん?」
「同年代の男と女は一緒に風呂に入っちゃダメなんだよな?」
「一般にはそうですね」
「あの二人は止めなくて良いのかよ?」
「止める暇がなかったといいますか……エルさんから誘っていましたし、そういう関係なのかなって思いまして」
「そういう関係って?」
「ああいう関係です」
どういう関係だよ。分かんねー。世の中は分かんねーことが多すぎるぜ……。それにジャックのヤツ、普通に臭いって言いやがった。禁句じゃなかったのかよ。
「わたし、エルさんとジャックさんの着替えを届けてきますね」
「んー」
ユナが着替えを届けに行く。また一人になった。
さて……じゃあ……今度こそ寝るかな……。とか思ってたら視界が急に暗くなった。いや、目を閉じた訳じゃない。
手で目を押さえられてる。押さえられてるというより……抱き付かれてるな。頭の後ろで胸の感触がする。
「だ~~~~~れだっ?」
げっ、この声は姉だ。
いや、でもよく考えたらこの飛空挺にいるメンバーの中で胸があるのは姉達だけだったな。
それにしても懐かしいな。フィー姉とマリン姉は声だけでの区別が全くといっていいほどつかないから、こーいう遊びは割と難易度が高くなるんだよなぁ。
んー、どっちだろうなぁ? あ、魔力探知したら分かるんじゃね? え~~っと……ジャックみたいな魔力……ってことは地属性か?
なら……
「フィー姉」
「あらあら、当てられちゃった」
手が目から首に回され、視界が開ける。首を回すとすぐ横にフィー姉の顔があった。
茶髪……うん、間違いなくフィー姉だ。
「エルって子はどーしたの?」
「ジャックと風呂に入ってる」
「えっ!?」
やっぱり驚くよな? 常識なんだよな? ふぅ、よかった。俺は今回ばかりは常識的な人間だったみたいだ。
「うーん……まさかジャックとあの子がそんな関係だったなんて」
だからどんな関係だよ。
「そーいやマリン姉は?」
「リュウセイんとこ」
見えないと思ったらリュウセイのとこに行ってたのか。多分フィー姉と同じことをやりにいったんだろ。
「そーいや、カイルは抱き付かれても反応しないのね?」
「何が? 抱き付くなんて昔はよくやってただろ?」
「あたし成長したじゃない。ほら胸だってこんなに」
うりうり~、と抱き付いたまま胸を押し付けてくるフィー姉。正直何がしたいのか分かんねーな。
「いや……だから?」
「むむ? あんた女の子の胸にキョーミないの?」
「柔らかいなーって思うぞ?」
「カイル……あんた十一年も森の中で一人だったから不能になっちゃったの?」
「不能?」
「いや、いいわ。その調子じゃカイルが女の子を気にし始めるのはかなり先になりそうだから」
多分カイルは知識も十一年前で止まってるのよね……五歳で止まってるのかしら?
フィー姉、小声で言ってるけど抱きついてるせいで全部聞こえてるからな。もしかしてわざとやってんのか?
そーいや、最近分かったんだけど俺は十六歳らしい。んで十一年前は五歳ってワケだ。そこから森暮らしだったから俺の知識はフィー姉の言う通り五歳で止まってる……うわ、よく考えたらかなりヤバイ気がする。
「うぉぉぉおおおお!! 近寄んなぁ!!」
フィー姉に抱き付かれてから数分くらい経ったところでリュウセイが叫びながら部屋に雪崩れ込んできた。
何故かびしょびしょに濡れて、俺がフィー姉に抱き付かれてるのと同じようにマリン姉に抱き付かれてる。
ただ、リュウセイの顔が凄く赤い。マリン姉を見ては目をそらし、マリン姉を見ては目をそらし……を繰り返している。
挙動不審だな。なにやってんだあいつ?
マリン姉はマリン姉で凄くイイ笑顔をしてる。俺から見たら、だけどな。
普通のやつが見たら、絶対にこう言うんだよなぁ……。
悪そうな顔。
村のじいさんにイタズラするときとか、村の誰かの秘密を掴んだときにあの顔になってた。奥さんに隠してた秘蔵のお酒を掴まれてあの顔をされた時のアストルおじさんの顔は悲惨だったな。
「あらぁ~~? ど~したの~、リュウセェイ? こんなに顔を赤くしちゃってまぁ……」
マリン姉が流し目でリュウセイに言う。口元を耳に近づけて、最後の方は聞こえるか聞こえないかギリギリの声量だった。
「っだぁぁぁぁぁああ!!! いいから離れろっ!! 離れろ!!!」
ぐるんぐるん回って暴れるリュウセイ。
それでもリュウセイの首からマリン姉は手を離そうとしない。逆にさらに密着したような気がする。
「いや~~ん、こわ~~いっ」
やっぱりさらに密着した。
俺の時と同じ様に胸をリュウセイの背中に擦り付けてる。リュウセイの顔がさらに赤くなった。すげぇ、あんなにリュウセイの顔が赤くなったのを見るのは初めてだ。これはちょっと面白いかもしれない。
「~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!」
声が出てないぞリュウセイ。口しか動いてないなんて焦りすぎだ。
「もう……リュウセイったら口は悪いのに………ウブねぇ……実の姉にまで、そんな目を向けるなんて一体どうなってるのかしら? イヤらしい子……」
やっぱり耳元で囁くように言うマリン姉。
リュウセイは目をぐるんぐるん回してすごいことになってる。
「~~~~~~~~~っ!!!!!!」
「言いたいことがあるなら、ちゃんと言わなきゃ……女の子には伝わらないわよ?」
マリン姉の手がリュウセイの体を這うように動き回ってる。
蛇みたいな動きだな。リュウセイは完全に正気を失ってる。口が何かを言おうとぱくぱく動くけど言葉が出てこない。顔は真っ赤で目も回してる。
「~~~~~~…………」
あ、倒れた。顔から湯気を出してぷしゅーっ、ていう空気の抜けるような音を出して気絶した。口は動かし続けてるな。
「ふっ……リュウセイもまだまだね」
見下すようにマリン姉がリュウセイに言ってから、マリン姉がこっちに歩いてきた。
「いやー、リュウセイからかうの楽しかったわぁ」
だろうな。イイ笑顔してるしな。
「カイルはそういうの無いみたいね」
「そうなのよねぇ……ピクリとも反応してくれないの」
「何でリュウセイあんなに濡れてるんだ?」
会話の流れを完全に無視して聞く。
あんまり理解できそうにない内容だったからな。
大体そういうの、とかああいうの、とか分かりづらいんだよ。ちゃんと言ってくれたら分かるのに……多分。
「汗まみれのリュウセイに抱きつくのが嫌だったから水をぶっかけたのよ」
「なるほど……」
災難だなぁ、あいつ。でも可哀想とは思わねーな。
見てて楽しかったし、リュウセイだしな。
「……ちょっと目を離しただけのつもりだったんですけど……何があったんですか?」
お、ユナが帰ってきた。
でもなんでそんな呆れたような顔で俺を見るんだ? 今回は俺は何もやってねぇぞ。
「何があったかって言うとだな……」
うーん、言葉にするとなると言いづらいな。どのあたりから説明すればいいんだ? だ~れだ、のくだりくらいからか?
でもそれなら、小さい頃もやってたんだぜ、みたいな話もした方がいいのか……?
「久々に姉弟でスキンシップしてたのよ♪」
おぉ、スゲェ。一言でまとめたぞ。そうだよな。結局何やってたかっていうとスキンシップだよな。
「なんでスキンシップで気絶する人が……いえ、もしかしたらカイルさん達のスキンシップとわたしが考えてるスキンシップは違うのかも知れません。
スキンシップといつつ魔法を打ち合ってた可能性だって……現にリュウセイさんずぶ濡れですし……」
なんか凄い解釈しだしたぞ。
魔法を打ち合うって……………………………よくやってたけどな、今回は違う。これは訂正した方がいいのか?
横のフィー姉を見てみる。
うわぁ、イイ笑顔。これは放置しておいた方がよさそうだな。別に勘違いされても困る部分じゃないし。
「なんでぼくがこんなの着なきゃいけないのですか……」
「いや……やってそりゃ……プフっ!……まぁ、お前の宿命や。諦め……プフハッ!」
「隊長、笑いすぎなのです!!」
「クレアの奴がこれ見たら何て言うか……」
「止めてください……それはシャレにならないのです……」
おー、あの二人が上がってきたな。ジャックはいつも通りだけどエルは見違えたぞ。さっきまでとは全然違うじゃねぇか。
血と泥でくすみきっていた髪の毛は目が覚めるような輝く金髪になっていて、瞳は宝石のに輝く青色で肌はユナみたいに白い。
そんで耳がとんがってる。これは森精族の特徴らしい。
髪は随分手入れされていなかったのか、伸び放題だ。
邪魔そうな前髪は髪留めでとめて、目にかからないようにしている。身長は俺と同じくらいか少し大きいくらい。
マリン姉達よりは低い。胸はユナみたいだ。
服はユナのを貸したようで、白のワンピース。
ノースリーブのそれを着てるエルはまさに森の精って感じだな。森の中でたまに見かけた木精霊みたいな雰囲気が出てる。あいつら人かと思って近付いたら容赦なく攻撃してくるんだよなぁ……
「エル凄く可愛くなったじゃない! ジャックなんかには勿体ないくらいの美少女だわ!!」
「ほんとね! さすが美形が多いって言われてる森精族なだけあるわ!」
姉達が興奮し出した。
まぁ、こんだけ変わったらそうなるか。目を光らせて新しいおもちゃを見つけた子供みたいな目をしている。
ドンマイ、エル。俺は何もしないから。とばっちり食らうの嫌だしな。
「服もぴったりそうで良かったです。女の子なんですから、やっぱり身だしなみも気にしないといけないですよねっ!」
ユナも上機嫌だ。ニコニコしてエルに話しかけてる。
エルは今姉達に遊ばれてる。髪の毛を弄られ、ほっぺたをつねられ……同情するぜ。
「あ、あほぉー、ひょっ、ひょっひょほくのはらひをひいへふらはい」
あのー、ちょっとぼくの話を聞いてください、か?
「どうしたのー? エル?」
「らはら、ほくのはらひをひいへふらはい。
へいうかほくのほっへははらへをはらひてふらはい」
だから、ぼくの話を聞いてください。
っていうかぼくのほっぺたから手を離してください、だな。
それでも離さないフィー姉。きっと分かっているけど、わざとやってるんだ。間違いない。
その後ろでジャックが腹を抱えて笑ってる。
笑いながら芋虫みたいに動いてリュウセイを起こした。
顔は元にもどってる。ジャックがエルを指差すと、リュウセイも腹を抱えて笑い出した。
何がどうなってるんだ? さっぱり分からん。
「やーめーへーふーらーはーいっ!!」
手をブンブン振り回して抵抗するエル。
そこでようやくマリン姉達が離れた。
肩で息をするエル。しんどそうだな。
「もー、一体どうしたって言うのよ?」
「皆さんは……重大な勘違いしているのです……」
「勘違い?」
「ぼくは男なのですっ!!!」
「「「「……………は?」」」」
オトコ? ナニヲイッテイルンダ?
どこからどうみても女だろ。顔を赤く染めてるところも、見た目も、少し高めの声も……女だ。
よし、もう一回状況を整理してみよう。初めてあったとき、見た目は泥だらけだったけど、声は女声だし、線の細い体つきだから女だと判断した。
風呂から上がったとき、見た目はさらに女らしくなってた。服も女物になってたのが大きいな。
だって似合ってたし、誰でも女だと思うって。
リュウセイとジャックが大笑いする声が聞こえる。俺らは固まる。いや、だって信じられねーし。
「ジャック隊長……説明してくださいよ。ぼくがもう何を言ったって信じて貰えそうにないのです」
「あっはっはっはっは………お、おっけーおっけー了解や。あー皆、改めて紹介するわ。
こいつの名前はエル・ロットー。歳は十九で種族は森精族。
反乱軍時代のワイの部下や。数少ない同年代やったからそれなりに親しかったわ。スミレちゃんとも仲が良かったしな。
そんで……性別は男。ただあまりにも女に似てるもんやからこいつの性別は〝男の娘〟って呼ばれてたわ」
言い終えてからジャックは床に突っ伏して笑い出した。リュウセイも同じだ。エルは顔を赤くして黙ってる。やっぱ女だろ。世の中は不思議だな……もう何がなんだかさっぱり分からん。
――――――――――――――――――――
「おいしい………っ! おいしいのです………っ!!」
涙を流しながら、ユナの作ったご飯をかっ込むエル。必死に手と口を動かして、咀嚼もそこそこに胃のなかに食べ物を放り込んでいく。
「良かったです。たくさん作ったので、どうぞ、お腹が一杯になるまで食べてくださいね」
ユナの言葉に頷きで返し、エルは再び作業に戻る。
ジャックはそれを喜ぶような悲しむような表情で見つめていた。
「さて、エルがユナちゃんのご飯に舌鼓をうってるあいだにあたし達が上で見てきたこと、集めてきた情報を話すわね」
「まず、あたし達だけど、どうやら閉じ込められちゃったみたいでね……その上侵入されたこともばれちゃってるみたいなの」
「ハッ! だろうな。正直侵入が簡単すぎた。なんの障害も無かったんだ。地面からの侵入を考えてない訳じゃあるめぇし、それくらいのことはされてると思ってたぜ」
「閉じ込められてるってどう言うことだ?
普通に俺らが侵入したときの掘った穴からでりゃいいじゃん」
「どうやら結界魔法が発動してるみたいなの」
「外から加えられる力には弱いけど、内からの力なら破るのが難しい結界が張られてたのよ」
「そんな仕掛けがあったんか……それはワイも知らんかったな……」
「ただ、侵入したことはバレてても、どこにいるかまではバレてないみたいよ?」
「土の中で過ごしてればバレることは無さそう」
「だったら大丈夫じゃないのか?」
「まぁ、そうね。普通なら何も問題はないわ」
「ただ……色々見て回ったけど、ジャック達の話すスミレって子の情報がどこにも無かったの」
「無かったっていうかね……この街はある程度の集団でまとまって生活してるの」
「許されざる種族である〝一つ目族〟や〝妖精族〟のグループに〝反帝国戦線〟のやつらに〝元反乱軍〟のグループ」
「あたし達は〝元反乱軍〟のところまで行ってきた」
「でも……スミレって子はどこにも居なかった」
「家なんてみんなプレハブで隠れられる場所なんかないのに……いなかった」
「それって……」
「「彼女は帝国に捕まってるかもしれない」」
二人は声を揃えた。ジャックとリュウセイはこの展開を予想していたとは言え、やはり現実を突きつけられると辛いものがあるようだ。
「もし……彼女の【能力】を利用されたら、あたし達が見つかるのも時間の問題よ」
――――――――――――――――――――
「ごちそうさまでしたぁ………」
少し暗くなった空気の中を間の抜けた声が通る。うず高く積まれた食器の隙間からエルが顔を覗かせていた。
「料理……本当に美味しかったのです……。本当に……何年ぶりかに食べる……まともな食事でしたのです……」
再度涙を流すエル。ジャックと出会ってからずっと泣きっぱなしである。
「あー、もういい加減泣き止め? な?」
ジャックがエルを慰めにかかるが、エルは泣き止むどころかさらに涙を加速させた。
「隊長だぁ………隊長がいるのです……」
「お前……はぁ……なぁ、ここには誰がおるんや?
逃走組は全員おるとしても戦った連中も少なからず捕まってるって聞いたで?」
「ぐずっ……はい……そうなのです……ぼくとしては捕まってない人がいたことが驚きなのです……。ぼくらが捕まってから……二分されていた戦力が前線組のところへ向かったはずなのです。
当時……第一部隊長だったジャンヌも向かったのに……隊長は……ぐずっ……どうして生きていたのですか?」
「ワイは戦闘で気絶してもうてな、起きたとき戦いは終わっとってん。辺り一面血の海で全員倒れてたからワイ一人だけ生き残ったんやと思った。
やからワイは命からがら、その戦場から逃げ出してん。
多分、ジャンヌとは入れ違いになったんちゃうんかな……」
「そうなの……ですか……」
「それで、誰がおんの?」
「実は人数的には……現在逃走組と前線組を合わせても百に届くかどうかと言ったところなのです」
「百!? なんでそんな少ないねん!?」
「言ったじゃないですか、ぼくたちのところにはジャンヌが来たのです。スミレちゃんの【未来予知】でなんとか応戦したものの、戦闘ができる人は僅か……あっという間に……蹂躙されたのです……。
当初はもっといたんですけど、捕まったスミレちゃんを助けようとしてどんどん減っていってしまったのです。ゾフィさんも帝国軍を内部から破壊してやる、って言ったきり見ていないのです……」
「そうか……」
「今残っている人でジャックさんの知ってる人は……治療部隊隊長クレアさん、戦闘部隊隊長ディアスさん、後は魔具職人部隊の数名……と言ったところでしょうか……?」
「少ないな……」
「……はい、後は捕まってるスミレちゃんくらいなのです」
「やっぱり……スミレは捕まってるのか」
「はい……そうなのです……ところで皆さんはどういった人達なのですか?」
「こいつらは新しいワイの仲間や。ワイはまた懲りもせず反乱やっとるわ。
そこの黒髪の女の子がユナちゃん。
美人なおねーさんがマリンさんとフィーナさん。
青髪がマリンさんで、茶髪がフィーナさんや。
んで、あと二人はカイルとリュウセイ。
刀持ってる方がリュウセイで、持ってないのがカイルや。
ちなみにリュウセイはゲンスイの弟子でもある。この二年、あいつに刀を叩き込まれてたわ」
「ゲンスイ大将も生きてるんですか!?」
「死んだ。ついこの間……な」
間髪入れずにリュウセイが答える。
その言葉を聞いて一瞬喜んだエルの顔が陰った。
「そう……ですか……」
沈黙。流れる静寂が、この場の者の心境を表しているようだった。
「ほんま……待たせてすまんかったな……」
ジャックが……ぽつりと呟いた。
「生き残ったはええけど、ワイはお前らがこんなことになってるとは知らんかった。
こんなところにお前らをずっと置いといといてもうた。
お前らのことを探そうと思えばきっとこの場所にもたどり着いたやろうに、ワイはそれをしやんかった。
たった一人、生き残ってどの面下げて会えばええねんって……ずっと思っとった。
別に許してもらおうやとか、そんな気持ちからこんなことを話してるわけやない。
言い訳やとか、そんな風に言うつもりもない。
これはワイの懺悔や。ワイは勝手に決めつけて、お前らを救う機会を見逃しとった。
二年も……待たせてすまんかった……!!」
頭を下げるジャック。
それは彼の……心からの言葉だった。
後悔と謝罪の言葉がジャックから紡がれる。
ジャックにとってこの二年はどういったものだったのだろうか。
有事の時の為に魔具の研究を続け、反乱を起こす者を待つ日々。
逃走組に会おうと思っても自分の中の生き残ったことに対する罪悪感がそれを許さない。
感情の板挟みにあい、擦りきれてしまうような毎日はどれ程辛かっただろうか。
そんなジャックの謝罪の言葉を聞いたエルは……
「頭を……上げてください、ジャック隊長。
ぼくはジャック隊長を責めるつもりなんてないのです。
ぼくがジャック隊長の立場なら……何もできなかっただろうと思うのです。
でも隊長は来てくれたのです。生きててくれたのです。
それだけで……ぼくは嬉しいのです」
ジャック達と会ってから初めての笑顔で、エルはそう言ったのだった。