第三十話―帝国実験場に侵入せよ!
「食料は?」
「空き部屋が全部埋まるまで積みました」
「飛空挺の魔力は?」
「「全部充電してきたぜ」」
「機体の改造はどうなってるの?」
「たった今……終わったで……」
魂が抜けたようにヘロヘロになっているジャック。彼はこの一週間、ほぼ徹夜で飛空挺の改造を続けていたのだ。
それというのも、帝国実験場に行き、元反乱軍を助け出す! と決めたところまではよかったのだが、フィーナもマリンも残りの者もどうやって侵入するのかは考えていなかったのだ。
当初は闇属性を使って侵入する方法が濃厚だった。
だが、自分達は帝国実験場の実情も知らない、そこにまともな食料があるとも限らない……ならば、移動手段であり宿泊場所でもあり、食糧庫の役割を一手に担う飛空挺ごと侵入することになったのだ。
しかし、ここで問題が発生する。
帝国実験場は空から侵入するのは不可能なのだ。
どんな手段を使っても無理だと断言できる。少なくとも、カイル達の目的のための――隠密行動に沿うならば。
帝国実験場は巨大な施設だ。
それは半径十キロの半球を少し平べったくした外形をしている。巨大施設。街だといっても遜色ないほどの広さを誇る施設だ。
けれど、間違ってはいけない。これは街ではない。
あくまで〝実験場〟なのだ。
実験場が建てられたのは乾ききった乾燥地帯の荒野。地面はひび割れ、草木が成長を諦めるような無毛地帯の一角である。
そんな地帯に中華鍋が逆さに置いてあった。
もちろん、これは比喩である。
それでもこの比喩はほとんど正鵠を射ているといっていい。半径十キロの黒一色の円形ドーム、それが帝国実験場の正体である。黒で構成されたそれは単一な色で統一されているにも関わらず、太陽の光に当てられて怪しい色を放っている。
なぜ、ドームの形を取っているのか。それは一重に脱走を防ぐ為である。
例えば、鳥人族や一部の虫人族は空を飛ぶことができる。彼らは一応帝国に認められているため、許されざる種族ではない。
だが、帝国に半旗を翻し、この場所に幽閉されているものもいるのだ。そんな彼らが空を飛んで脱出出来ないようにするためのドームである。
空から侵入しようと思えばドームの天井を破壊するしかない。
だが、それをやってしまうと確実に帝国に気付かれる。元反乱軍のメンバーと連絡も取れていないのに強行手段を取るのは憚られた。
そこで出された案が飛空挺の改造である。
飛空挺としてのスペックを保ちつつ、地中を進めるように改造し、地下から帝国実験場に侵入する。
そして地下に潜伏して、元反乱軍とコンタクトを取っていく……これがカイルたちの作戦である。
「お疲れ様、早速だけど操縦方法教えてもらえる?」
「あいよー……潜水艦は操縦したことある?」
「あたしもフィーナもあるわよ」
「大体はそれと一緒やと思ってくれたらええわ。
飛空挺も潜水艦も乗れるなら問題はないはずや」
「分かったわ」
フィーナが操縦席に座り、眼前に広がるボタンやレバーを慣れた手つきで操作していく。機体が稼働し、物凄い勢いで高速回転を始めた。
ジャックが施した改良は飛空挺を飛行用と、地中用という二つのモードに変化させるものである。
地中用のモードでは飛行用での魔法の噴出口にドリルが出てくるようになる。地中を掘り進む時はそのドリルと、機体全体が回転を始め、機体上部にある魔法噴出口を推進力にして進むのだ。
「「さぁ、皆!! 帝国実験場に突入するわよ!!」」
「「「「おう(はい)!!」」」」
六人は、こうして帝国実験場に乗り込んだ。
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――一体あれから何年たったのでしょう……?
これを思い浮かべるのは何回目なのでしょう。
千なのでしょうか? 万なのでしょうか? この常闇の街じゃ、今が昼か夜かも分からないのです。
今日は……何人がこの街に来たのでしょう。
何人が実験塔に連れていかれたのでしょう。
そして……何人捨てられたのでしょう。
三日前、とうとうザフラさんまで連れていかれてしまったのです。おおらかで明るい性格のあの人にどれだけぼくは……ぼく達は助けられたことでしょう。
今日もそんなことを思って廃棄場に足を運ぶのです。
廃棄場というのはここに居る人達に呼ばれている通称なのです。実験に失敗した人達が、捨てられる場所なのです。捨てられた人達はどこかしら欠陥していて、良くて四肢の欠損、悪くて――。
どちらにせよ、何の治療もされていないその人たちは一日と待たずに死んでしまうのです。
うずたかく積まれたヒトだったものを初めて目の当たりにしたときは三日間何も喉を通らなかったのです。ザフラさんに無理矢理食べさせてもらわなかったら今頃死んでいたかもしれないのです……。
でも今は大丈夫。もう慣れてしまったのです。
そう……死体……ここにあるのは全て死体なのです。
そんなことは分かってるのに、どうしてもあの人の顔が見たくて……足が進んでしまうのです。死体となってるあの人を見るのは怖いのです。
でも、もしかしたらまだ生きてるかもしれない……クレアさんに見せたら治してくれるかもしれない……薬も何もないこの場所で、そんなことを望むのはまやかしの希望だって分かっているのです。
分かっていても……捨てたくないのです。
『希望を持っている限り、我らに敗北はない』
ゲンスイ大将の言葉が、捕まったあの日から頭を離れないのです。
いや、ぼくが自分で離そうとしないのです。こんな場所で希望を持つことは難しいけれど、持っていると思い込まないと壊れてしまいそうになるのです……。
自分が自分でなくなるのが怖いから……いつまでもその言葉にすがってるのです。
すがるだけで、何もしないくせに。
そこまで考えたところで、ぼくは廃棄場に到着したのです。今日も……新しい死体の山が出来ています。
まず新しい山をぐるっと眺めてみるのです。
一目見た限りではザフラさんの姿は見えません。
あるのはヒトらしきものの残骸だけなのです。
最近はヒトにモンスターを無理矢理くっつけたような死体が多い気がするのです。
頭がオーガになっていたり、腕や脚が何かのモンスターになっていたり………全身がスライムみたいにドロドロになっていたヒトに突っ込んでしまったときは盛大に吐きました。
いや、スライムみたいというかあれはスライムなのです。何をしたらああなってしまうのか……ぼくには見当もつかないのです。
……思い出したらまた吐きそうに……うえっ……
死体の山に吐瀉物を吐き出してしまうのです。
そうはいっても口から出るのは胃酸だけ、ろくなご飯もないこの場所でそれ以外何を吐けって言うのですか。
手の甲で口を拭ってから、死体の山を少しずつ退かしていく作業を始めるのです。腕が重い……こんな時、森精族の非力さが憎いのです。魔力がいくら多くても、魔具もクリスタルも無いんじゃ何の役にも立たないのです。
せめて黒森精族くらいの身体能力があればなぁ……。
まあ、ないものねだりをしても仕方がないのです。
ぼくに出来るのは黙々と手を動かすことだけなのですから。誰とも知れない死体を……横に放り投げていくのです。
まだ、微かに息がある人もいました。
それでもぼくは構わずにその人を投げ捨てるのです。
ここでは他人の命にまで構ってられないのですから。
だからぼくは下半身が砂漠鮫になってしまったヒトの助けを求める声を無視したのです。
ルーチンワークを続けるのです。ひたすらひたすら腕を動かすのです。
そして最後まで続けても……とうとうザフラさんの姿を見つけることは出来ませんでした。山が均されて、所々小さな山が散在しているのです。
今日もダメでしたか……いつになったらザフラさんにもう一度会えるのでしょうか。
はぁ……ため息を声に出すのも億劫なのです。
心の中でため息をついて、居住地の方へ足を向けるのです。
どうしても気分が重くなってしまい、自然と首が下を向いてしまうのです。
俯いた先の地面は人の血で赤黒く染まっており、まるで食人植物の口の中に立っているようなのです。
いつでもお前なんか食べられる、そんなことを言っているような気さえしてくるのです。
もこっ。
赤黒い地面を見つめていたら急に地面が盛り上がってきたのです。
大きさにして拳一個分くらいと言ったところなのです。
なんなのでしょうか、と思った次の瞬間、盛り上がってきた土がさらに盛り上がり、弾けたのです。
それほど派手なものではなく、傍に居たぼくくらいしか気づいちゃいないことでしょう。
弾けた後にはぽっかりと穴が出来てたのです。
大きさは人が一人通れるくらいでしょうか。
どうやらこの実験場にまた侵入者が出たようなのです。
実はこの街に入ってくるのは簡単なのです。
地面を掘り進めば、いとも簡単に侵入できるのです。それも、地属性の魔力を有する者がいればさらに楽なのです。
実際、今まで何人も侵入してきた人を見てきたのです。
その代わり、出ることは叶わないのです。一種のネズミ返しのようなものなのです。
入る分には対した労力はいらない、ただ、内側から出ようとすると強力な結界魔法が発動するのです。
中心から半径十キロにまで広がり、この実験場をすっぽり覆ってしまう巨大な魔法。帝王自らが込めたと言われる闇属性の魔法なのです。
そんな結界を張るくらいなら天井なんて作る必要無かったのではないのですか? と前にザフラさんに聞いたことがあるのです。
ザフラさんは、万一結界が破られた時、逃走経路を制限できるから、と言っていたのです。
そうやってここに捕まってる人を助けに来た人でさえも、帝国は捕まえてしまうのです。そうして使うのです。実験に。
ここに居る人はモルモットであり、新たなモルモットを誘き寄せるための誘蛾灯でもあるのです。
ぼくはその穴を傍観することにしたのです。
とは言っても、そこに何か思惑があるわけでもなく、どんな人が侵入してきたのか、という単純な興味からなのです。
入ったことはもう第八部隊長のダンゾウにバレていることでしょう。そんなことも知らずに外を歩けば一発で見つかるのです。誰を助けに来たのか知らないですけど、そんなことは不可能なのです。
僅かに残ってた元反乱軍の皆も捕まってしまったのです。もう外の世界にあの頃の皆より強い人はいないでしょう。
それにしても中々出てこないですね……。何かあったのでしょうか。
ちょっとだけ近づいてみるのです。すると穴の中から声が聞こえてきたのです。
「ちょっと! 上に人が居るじゃないのよ!
魔力探知くらいできるでしょあんた! 掘る方向くらい考えなさいよ!」
「だ、大丈夫やって! 上におんのは味方やから!!
とりあえず状況とか聞くためにわざとここに繋いでんて!!」
どくんっ……心臓が大きく跳ね上がったのです。この声……この小人族特有の話し方……、まさか……いや……あの人は死んだハズなのです……。
でも……確かにこの声は……!!
高鳴る胸の鼓動をどうにかして落ち着けようと、手を胸に当ててゆっくりと穴に近寄るのです。言い争いの声が大きくなるけど、それがますますぼくの心臓を動かしたのです。
そして覚悟を決めて思いっきり頭を穴の中に突っ込むのです!!
「「あいたっ!?」」
思いっきりぶつかったのです。
向こうもかなりの勢いで頭を穴から出そうとしたみたいで正直かなり痛いのです。
涙目になってしまうのです。
それでもぼくは薄目を開けて……目の前の人の姿を確認したのです。
同じ様に薄目を開けていたその人は昔と何も変わらない笑顔と声で話しかけてきたのです。
「ひっさびさやなぁ、エル。大丈夫やったか? 助けにきたで!!」
ライオンの鬣のようにセットされた赤い髪に、キラキラと黄金色に輝く金の瞳。
身長は相変わらず小さいのです。
厚底の靴で嵩ましをしているのも相変わらずなのです。
そして何より、腰に巻かれた数々の道具。
どんな服を着てもその職人道具だけは必ず身に付けていたことを今でも鮮明に思い出せるのです。
懐かしくて、輝き、色付く思い出の中の人が今……目の前に……!!
助けにきた。
それは不可能なことだと分かっていても、ぼくは嬉しくなってしまうのです。
生きてた……生きててくれていた。
また会えた……。
「た、たい……ちょう……ジャック……たいちょう……」
「おう、そやで……待たせてすまんかったな」
懐かしくて……懐かしくて……溢れる涙が止まらなかったのです。
夢にまで見た声が耳から入ってくる。
夢にまで見たその姿が目から入ってくる。
今きっとぼくはひどい顔なのです……。
涙と鼻水が顔を覆っているのがわかるのです。
でも……
「ジャックたいちょおおおおお!!!」
「ちょっ、うわっ!! エル危な――!」
また会えた嬉しさで……ぼくは気がついたらジャック隊長に抱き付いていたのです。
そのときの勢いが強すぎて、抱き付いたジャック隊長がぼくの衝突を受け止めきれずに二人とも穴に落ちてしまったのは別の話なのです。
そして、そのせいで怒られたのもまた別の話なのです――
――――――――――――――――――――
ここはとある街のとある家。
その家はとにかく物でごった返していた。
何かのレポートが床全体に散乱し、三角フラスコ、メスシリンダー、シャーレ、その他多数の化学的な物品が至るところに置かれている。
その上、置かれているのは化学的な物品だけではない。
魔法的な物品も数多く置かれていた。
魔法だと思われる雷や炎がビーカーの中に保存されていたり、魔具やクリスタルまで置いてある。
さらにそれだけではない。
モンスターの素材、魔力鉱石、果ては日用品、食糧まで部屋の至るところに散らばっている。汚い、非常に汚い。
一言で表すなら……そう……ゴミ屋敷だ。
「だれの家がゴミ屋敷だコノヤロウ。人ん家の中丁寧に描写してんじゃねぇっ。プライバシーの侵害で訴えんぞっ」
そう言って何もいない中空に悪態を垂れる中年の男がいた。
黒髪に黒目、無精髭を剃ろうともせず、来ている白衣にはフケが乗りまくっている。
目の下には深い隈が出来ており、その姿と相まって不健康そうな印象を与える。
「随分な紹介だな!! ったく……こっちの世界でも俺に対する扱いが酷すぎるったらありゃしねぇ……」
「クカカカ! 神影よ、何を読んでおるのかは知らんが、きっとそれは事実じゃぞ?」
「そんなことは俺が一番分かってるよ……。
折角こっちに来て一旦は見えなくなってテンションあがったのに……扱いが良くなるって期待したのに……なんだこの仕打ち。
苛めか? 俺は苛められてるのか?
世界は俺の敵なのか?」
「そんな紹介をされたくなければもっとちゃんとした容姿になることじゃな」
「ルックスか!? ルックスがいけないってのか!?」
「なぜそこまで熱くなる……身だしなみを整えろと言うておるだけじゃ!」
全身を白でコーディネートされた幼女、マリアが神影と呼ばれる男を糾弾する。
「おー、お前の名前が出てきたぞ」
「何を当たり前のことを言うておるんじゃ。出てくるに決まっておろう。
今の儂はマリアじゃ、それ以上でもそれ以下でもない」
「はいはい、そーですねー、マリア様はマリア様ですよー」
「む……何か気に障る言い方じゃの。
……まぁ、よいか。それより神影よ。何か面白い話でもせい。儂は退屈じゃぞ?」
「それを人は無茶振りと言う」
「よいではないか、よいではないか。苦しゅうないぞ。もっと近う寄れ。そして話を聞かせたもれ」
「いつの時代の人間だお前は」
「そりゃあ今じゃろ」
「とりあえず明治時代辺りから現代語を学んでこい」
そうマリアに吐き捨てる。
はぁーっ、と大きくため息をつき、机の上のゴミの山からコップを取り出し、別のゴミ山からポットを取り出し、コーヒーを注いだ。
立ち上る湯気にふーふー、と息を吹きかけてから、神影はゆったりと格好付けてコーヒーを飲む。
「そうじゃ!! 今日は主の黒歴史について聞かせてもらうとしよう!!」
「ぶーーーーーっっ!!!!!!!」
盛大にコーヒーをぶちまけた。部屋の中にコーヒーの香りが漂う。
気管にもコーヒーが入ったのか、神影は酷くむせ始めた。
「うぁげっほ!! げっっほっ!!」
「汚いのう」
「誰のせいだ誰の!!」
「儂でないことだけは確かじゃ」
「お前のせい以外の何者でもねぇよ!!」
うがーっ!! と怒りを露にしてマリアに襲いかかる神影。
幼女のマリアに対して両手を広げて襲いかかる神影の姿はどこからどうみても変質者そのものだった。
「ちょっ、主!! 何をするか!!」
神影はがっちりとマリアをホールドし、脇の下に手を伸ばす。
「うぇっへっへっへ、もぉ~逃げらんねぇぞ? マ~~リアちゃん?」
「な、なにをするかっ!?
ぬ、ぬしはこんな幼女の身体に欲情しておるのか!?
主がそんな特殊な性癖を有しておるとは儂はついぞ思いもしなかったぞ!!
くそ!! こんなところで儂の純潔を散らしてしまうことになるとは……
もっと……もっと早くお主の異常に気付いてさえいれば……こんなことには……!!」
『自身が受ける辱しめを想像してマリアは顔が青くなる。
その顔は絶望を形容し、堪え辛い未来に恐怖すらしているようだった。
神影はそんなことには目もくれず、マリアの身体をまさぐる。
身をよじり、マリアは苦しそうに身体を曲げる。
唇を結び、神影を睨むが、そんなマリアの表情は赤みを帯びていてそれを上から眺めた神影は高鳴る気持ちを押さえきれずに嗜虐心を抱く。
辛そうにするマリアの表情でさえ「んやめろーーーっ!! 俺はノーマルだぁぁあ!!」
神影がいつの間にか近くにいた隻翼の青年に向かって怒鳴る。
そしてその青年の手には『自身が受ける辱しめを想像してマリアは顔が青くなる。
その顔は絶望を「繰り返すなぁぁぁっっ!!!」
……と書かれたプラカードがあった。
ぜぇぜぇ、と肩で息をする神影。既にマリアは解放されており、むすっとした顔で神影を睨んでいる。
「おいロリコン、何か弁解はあるかの?」
「くすぐっただけじゃん?
むしろよくあるスキンシップだって。
それをシュウが変なプラカードを出しやがるから変な風に解釈されるんだろうが」
「うぇっへっへっへとか言うておったじゃろうが」
「サァ? キオクニネエナ?」
「うわー、白々しいのお……」
「ってかシュウお前、いつの間にそんなプラカードを作ってたんだよ」
「君がマリアに変なことをすることを想定していてね、前もって準備しておいたんだ。
君が見えてる世界を想像して作ってみたんだけど」
爽やかな笑顔で彼はそう言った。
「何が爽やかな笑顔だよ……ったく……それで?」
「うん、そろそろ出ようと思うんだ」
「目的地は?」
「帝国実験場」
「なんでまたそんなところに……」
「カイル達が居ると予想を立てたんだ……当たってるかな?」
シュウの予想は当たりである。
カイル達は今まさに帝国実験場に侵入したところだ。
しかし、予想だけでこうも簡単にいくものなのだろうか? このシュウという修道服の男……ただの信徒というわけでは無さそうである。
「正解だ。今まさに帝国実験場に入ったんだとよ」
「そうか、ありがとう神影」
「クカカ、便利じゃのう、主の能力は」
「随分運任せな気もするけどな」
「それでも君の見たものは必ず正しい。それだけでも十分凄い能力だよ」
「そうでもねぇよ、フラグとか立てられる時には間違った情報が出るときもあるし……いや、まぁ、あれは間違いっつうか俺の勘違いっつうか……」
恋愛フラグとか……あれはホントに罠だぜ、と深くため息をつく。哀愁漂うため息だった。
「ふらぐ? なんじゃそれは?」
「帰ってきたら教えてやんよ。とりあえず行ってこい」
「ふむ、絶対じゃぞ!?」
「はいはい、りょーかいしましたよ」
「……あんまり変なことは教えないでね」
懐から出した魔具を使って翼を形作り、白の翼と対をなす、鈍い色をした翼となる。
マリアはいつも通りシュウの背中に乗り、その首に腕を回す。
「じゃあいってくるよ」
「行ってくるのじゃ」
「い、行ってらっしゃいなんて言ってあげないんだからねっ! ……自分で言ってて気持ち悪くなってきた……」
そんなやり取りを交わしてシュウは飛び立った。
そしてあっという間にその影は雲に隠れた。
その姿を見送った神影は遠くの空を目を細めて眺め、小さな笑みを口元に浮かべた。
「さぁ、これで物語はどうなるのかねぇ……『承』か『転』か……何だかんだ言ってあいつらが行ったときにゃ『結』だったりしてな……ま、あいつらならちゃんとやってのけるだろ。
さぁーって、稀代の天才科学者神影様は今日も実験に勤しむとしますかねぇ」