第二十八話―白の幼女と隻翼の青年
カルト山周辺の森の中、ゲンスイの墓前に二つの人影があった。
一人は白い幼女。
真っ白い髪は膝の裏までまっすぐに伸び、癖は全く無く、屈んでいるのでその髪は地面についてしまっている。
瞳の色さえ白だ。
握れば折れてしまうような細い手足、言うまでもなく胸はない。
見た目は十そこそこ、ミシェル達と同じような年齢といったところか。
全身を白でコーディネートされた服を着て、地面に手を当てうんうんと唸る姿は幼女ながら、なまなかなものではない知性を感じさせる。
だが、一方で、華奢な体と真っ白な風体をしているこの少女はどこか儚げで、まるで触れられそうで触れられない夢の中の存在のような……手の届かない神秘的な雰囲気を携えていた。
もう一人は、青年。
太陽の恵みを一身に受けたような明るい栗色の髪。
ぼさぼさで、所々寝癖が見受けられるが、気にしている様子はない。
眼が悪いのか、眼鏡をかけている。
長方形の横長レンズで、メタルな縁にシンプルなデザイン。
レンズ越しに見える緑色の眼はエメラルドのようだ。
背は高いが、ひょろ長いと言う印象はなく、かといって筋肉隆々というわけでもない……どっちつかず。
そんな印象を受ける。
少女が地面に手を付き、唸る様子を見つめる様子は白衣を着せればその中途半端な体格や眼鏡にあいまって学者に見えないこともない。
だが、青年が着ているのは神に祈りを捧げる為の神父御用達の修道服である。
神父に全く見えないのにどういうわけなのだろうか。
そして……背中に空けられた穴からは、真っ白な羽毛に包まれた翼が生えていた。
しかし、その翼は片側からしか生えていない。彼は隻翼だった。
「だめじゃの。魂は既にここにはない。呼んでも来ん。
転生は出来ん筈じゃから、恐らく予期しておった最悪の結果、ということになろう」
そう話すのは幼女。
地面から手を離し、やれやれと言った感じである。最悪の結果、という割には言葉は軽い。老成したような話し方なのは元々なのか、青年も特に気にした様子はない。
その喋り方はミシェルとは別に年齢とはかけ離れたものを感じさせた。
「そうか……手遅れだったのか……」
応えるは隻翼の青年。
軽い調子の幼女とは反対に顎に手を当て、少し苦々しげな表情だ。
「まぁ、仕方あるまい。こやつが死んだかどうかすら……我々は正確に掴めておらんかったのじゃから」
「カイル達が動き出していたからもしかしたら……と思っていたけど……こんな形になってしまうなんてね……」
「気にするな。元々あやつらが動き出す時期に狂いがあったのじゃろう?
こやつの元で修行をさせていたリュウセイとやらが皆を探すのではなく、森にいたカイルとやらが姉弟達を見つけたと言うではないか」
「そこなんだよね……カイルが一人で森から出る筈がない……誰かの介入があったことは確かだよ。ジャックとユナ……と言ったかな?
彼らのどちらかが……カイルを森から引っ張り出したんだろうね」
「偶然に偶然が重なったのか……はたまた運命か……どうじゃろうな?」
「運命、ね。君がそれを口にするのかい?」
「口にするくらいよかろう? 儂も今や普通の人間なのじゃ」
「普通の……かどうかは怪しいけどね」
「変異のお主がそれを口にするのか。
クカカカ、滑稽じゃのう」
「……どうしたの? その笑い方?」
「クカカ、よいじゃろう? 神影の奴に教えてもろうたのじゃ。
儂のキャラをより強くするためには自分独自の笑い方を手にいれると良いとな。
それでじゃ、笑う度に威厳を振り撒けるような……そんな笑い方はないのか、と聞いたらこれを教えてもろうた……という訳じゃ」
――何をマリアに吹き込んでるんだよ神影……。
しかも妙に悪役チックじゃないか……マリアも気に入ってるみたいだし……これは後で問い詰めないと……――
「なんじゃ? 難しい顔をして……具合でも悪いのか?」
「いやいや、なんでもないよ。それより、問題のことを考えないと。
ゲンスイさんにリュウセイを預けて、鍛えてもらったのは良いけれど、修行は完全に終わったのかな?」
「それを儂に聞かれてものう……知らぬ、としか答えようがない」
「そもそも、ゲンスイさんが殺られるなんて……第一部隊長でも来たのか?」
「それは有り得るのう。こやつは変異にも匹敵する実力の持ち主じゃったのじゃから」
「そんな僕らを化物みたいに言わないでよ」
「普通の人間にとっては十分化物じゃよ」
「そうかなぁ……」
「変異はどいつもこいつも押し並べてどこかしら異常じゃよ。それを化物と言わずして何と言う?」
「失礼な。僕はただ魔力量が多いだけだよ」
「その魔力量が異常なのじゃろうが」
ちょっぷ。……だが届かない。
「むう、届かぬか」
「逆に聞くけど届くと思ったの?」
「儂ならばきっと太陽にだろうと!!」
「届かないよ」
チョップ。脳天直撃。ただし優しく。
「ぐあっ……う、上からとは卑怯な……」
頭を押さえて、痛がる演技をする幼女。
よくみると涙まで出している。
「……最近本当によく思うんだけど……僕と初めて会った時と性格変わりすぎじゃない?」
「言うな。アレは儂の黒歴史……」
「くろれきし? 何だいそれ?」
「えっとのう……神影の奴に聞いたのじゃが……主に十四歳の少年が発病する〝チュウニビョウ〟とやらの弊害らしい。
過去に自分が行った恥ずかしすぎる行動を後から鑑みて、その恥ずかしさのあまり七転八倒、抱腹絶倒してしまうような内容のことを黒歴史と呼ぶらしい。
人には言えない暗黒の歴史……それが黒歴史じゃ!!」
「何となく分かったけど、その場面で抱腹絶倒はおかしいんじゃないかな?」
「字感が似ておるからノリで使ってみたのじゃ」
「そういうことは止めなさい」
何故か得意気に胸を張る幼女をチョップ。
ちょっと強めに。
「ぉ、おぉ~~……っ!
こ、こんないたいけな幼女に手をあげるなど……お主は外道か!! 鬼畜か!!」
「考えなしにものを言うからだよ。これは健全な教育だ」
「いーやっ! これは暴力じゃ!! 儂は暴力を振るわれた!!
ゲンスイに会ったら抗議してやるぞ!! 泣きついてやるからな!!
クカカカ! その時に儂に泣いて謝っても知らんからなっ!!」
「なんて他力本願なんだ……しかもソレ真剣に僕の命が危ないから。あの人自分の欲望に忠実過ぎるんだから……性癖だっておかしいし……」
「いや……儂は主だって相当なものじゃと思うがの……」
「え? 何が?」
「何でもないわい。それより先に対策を立てた方がよいのではないか?
さっきから話があっちこっち寄り道しすぎておるぞ?」
「おっと、いけないいけないそうだったね。
じゃあ、一つずつ問題を挙げていこうか。それに対して対策案を考えていこう」
「まずはゲンスイの魂について、と言ったところかの」
「あー、それは重要な問題だけど……」
「持ち去った奴が分かりきっておるし、儂らにはどうにも出来ん問題じゃな」
「そうだよねー……それについては放置、静観を決め込もう」
「なら、次は……リュウセイとやらの成長度合いか?」
「それは見てみないと分からないね。それとその問題はカイルやマリン、フィーナにも言える」
「見る……なら会いに行くのか?」
「様子見……ぐらいにしておいた方が良いと思う。
リュウセイもカイルも僕が望んだ段階まで達していない可能性がある。
そうだった場合最後の記憶が戻ったとき、取り返しがつかないよ。
また自分の変異に呑まれてしまうかもしれない。
だからカイル達をこっそり後ろから付けていこうと思う。十分な力を持っていたら、僕はカイル達に顔を見せるよ」
「もし基準に達していなかったらどうするのじゃ?」
「本当に残念だけど……成長するまでこっそりカイル達を尾行する」
「ストーカーじゃな」
「バレなければ問題ないよ」
「ストーカーであることを認めたじゃとっ!?」
「さて……じゃあ次の問題だけど……」
「そして華麗にスルー!? 儂の言うことを受け流すなど許さんぞっ!!」
じゃんぴんぐちょっぷ。………………だが届かない。
「せめて……肩くらいには……届くかと……思ったのじゃが……無念なり……ガクッ」
「ゲンスイさんが居なくなったことによる最終的な戦力の低下だよね」
「……泣くぞ? そんなスルーされたら儂……泣いちゃうぞ?」
「あの人がいることで残ってる反乱軍の士気も上がると踏んでたんだけど、それも期待できそうにないよね……再び立ち上がった反乱軍……ってことで十一年前に滅んだ国にも働きかけて兵を募るつもりでいたのに……ゲンスイさんという名前がなくなったらちょっと厳しいかな……本人の戦力も馬鹿にならないし……彼には帝国兵三万か部隊長のどちらかを相手してもらうつもりでいたし……うん、こうやって考えると中々の戦力ダウンだよね。
この差をどうやって埋めよう?」
「しくしくしくしくしく、いいんじゃ……儂なんて……どうせスルーされるんじゃから……もういい、死のう……」
「自殺までの決心が早い!? まるで僕と初めて会った時の……」
「じゃからソレは黒歴史ぃぃい!!」
じゃんぴんぐちょっぷ。…………………だが届かない!
白い幼女は三角座りで周りに陰鬱なオーラを振り撒きながらいじけ始めた!
「はいはいごめんごめん……僕が悪かったから……機嫌直してよ……」
「ぐすん……もう儂のこと無視しない?」
「しないよ」
「儂の言うことを受け流さない?」
「流さない」
「儂のことをスルーしない?」
「しない」
「なら許す!!」
すっくと立ち上がり、機嫌を直した幼女が微笑ましくて、隻翼の青年はついついその頭を撫でる。
完璧なまでに艶やかな白髪の上を青年の手が滑っていく。
気持ち良さそうに撫でられる白の幼女の顔を見て、青年の顔も柔らかくなる。
「一旦神影の所に戻ろうか。彼のところでもう一度考え直そう。何か良い案がでるかもしれないし」
「そうじゃの。これ以上ここにおっても何も収穫はなかろうて」
隻翼の青年は修道服の内側から大きな鉄球の形をした魔具を二つ取り出した。
その魔具が緑色の光を放ったかと思うと、青年の背中に鈍い光を放つ鉄色の翼が、純白の翼と対となるように生えていた。
無骨な印象な翼だが、細工は細かく、完全にもう一方の翼を模写している。
「さ、乗ってよ」
「うむ、苦しゅうないぞ」
屈む青年の背中に手慣れたようによじ登る幼女。
いつかのリュウセイのように抱きつき型だが、青年に恥じらいの感情は伺えなかった。
しっかりと首に手を回すのを確認した青年は大きく翼をはためかせ、大空へと飛び立った。
「あぁ、そうじゃ……今日の主の服……似合っておるぞ」
「はいはい、ありがとう。マリアも似合ってるよ」
「うむ、そうかそうか! 似合っておるか!!」
「ま、僕はいつでも修道服だけどね」
「神が言うておるぞ。主は修道服が一番似合っておると」
「それじゃあこれからも修道服を着続けよう。
なんてんたって僕はこの世界で一番信心深い信徒だからね」