第二十六話―六人の反乱者達
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「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
絶叫しながら、四人は目覚めた。
四つに並べられた布団で寝ていた兄弟姉妹全員が一様に冷や汗で全身をべったりと湿らせ、今まで呼吸をしていなかったかのように激しく息を荒げる。
目が何処か遠い過去の情景を追うように小刻みに揺れ動き、固く握られた手は布団に深いしわを作っている。
そして四人の悲哀に満ち満ちた絶叫に驚いて叫び声を上げたのはミシェルだ。
布団で寝ているフィーナとマリンの傍でずっと看病をしていたらしいミシェルは突然の覚醒と絶叫に腰を抜かしている。
「ここ……は?」
「あれ……あたしたち……一体……」
四人が顔を見合わせる。
お互いがそこに居るか確認するように
生きていることを、確かめるように
ゆっくりとお互いを見やるが、冷や汗で髪が肌に張り付いて、息を荒げているお互いの様子から、自分も正常な状態でないことを突きつけられただけだった。
「な、ななななんやあああ!!? 敵襲!? 敵襲なんかっ!?」
「い、一体何ですか!? 今の叫び声!?」
四人の間に微妙な空気が生まれた頃、ドタドタと走る音と共にユナとジャックが雪崩れ込んできた。
「って起きとるやんけ。よー寝とったなぁ、お前ら」
「寝て……た……のか?」
頭を押さえながらカイルはジャックの言葉の意味を考える。周りをもう一度見渡して、状況を確認すると、他の三人も全く同じ動作をしていた。
「あぁ、もしかしてその辺の記憶も曖昧か? 自分が倒れたんは分かってるか?」
「倒れた……のは覚えてる」
万力で締め付けられるような痛みを感じてすぐに意識がブラックアウトしたことを四人は心の内で回想する。確かにそこでお互いが倒れる様子を確認した。
そして倒れてから見た過去の情景。
最後のワンシーンがフラッシュバックして、カイル達は吐き気を覚える。
鮮明に映し出される光景に目眩すら覚えた。
四人が四人ともそんな状態になり、しばらく他の面々が介抱してから、ジャックが話の続きをする。
「もう大丈夫なんか? んなら続きを話すで?
あの後色々あってんけどな、自分ら……
三日間寝っぱなしやってんで?」
「「三日!?」」
カイルとリュウセイが驚いた声音で叫ぶ。
そして、未だに頭を押さえているフィーナとマリンに対して心配そうにミシェルが声をかける。
「フィーナさん、マリンさん、まだ気分が悪いですか?」
「え? あぁ、いや、多分……大丈夫……かな?」
「あたしも……多分……?」
「何か気分が悪かったら言って下さいね?」
「「分かったわ……ありがとうミシェルちゃん」」
「…………で、あの悲鳴はなんだったんですか?」
少しばかりの沈黙の後、ミシェルが布団に倒れ込んだ二人に尋ねる。三日間眠りっぱなしだった四人がいきなり絶叫しながら、飛び起きたのだ。傍にいたミシェルの驚きの程は想像に難くない。
「あー……やっぱ気になっちゃうわよね?」
「まぁ、ワイはある程度は予想付いてますよ。ユナちゃんもある程度はついてるやろ?」
「えぇ、まぁ……」
マリンが気まずそうに答えて、ジャックとユナが分かったように顔を見合わせる。
この二人はカルト山でのリュウセイとカイルの邂逅の際に起きた現象を実際に聞いているので、フィーナ達とカイル達が倒れた際にすぐにその可能性に思い至った。
さらに二人は〝許されざる種族〟という種族の断罪の果てを知っている。
その中でも亜人族がどのような対処で〝種族選別〟から生き残ろうとしたのか、なぜその手段をとるのか……
そして封印された直前の記憶の惨劇を……
知っているが故に、絶叫の理由も予想することは容易いのだ。
「ハッ! 多分……その予想であってんぜ……」
「どういうことなの?」
「えっとな……あー、うん……どない言ったもんかな……」
「何を言い淀んでるのよ。ちゃんと説明しなさいよ」
「ミーちゃん、落ち着いて聞いてください」
「なぁに? ユナさん?」
「説明を聞いちゃったらミーちゃんは犯罪者になってしまう可能性があるんです。それでも……聞きたいですか?」
ミシェルに対して、先程の絶叫を説明しようと思えば、まずカイルとリュウセイが記憶喪失であることを説明しなければならない。
記憶喪失である理由を言おうと思えば、カイル達が有翼族という〝許されざる種族〟であることの説明が必要不可欠である。
理由を知った上で関わりを保とうとすれば、それは帝国内においては犯罪行為と見なされる。
嘘を話せば、それは一番丸く収まるのだろうが、ミシェルに対してそのような行為をするという選択肢は全員の心に微塵も存在していなかった。
だから、問うのだ。
十歳であるにも関わらず、思慮に富んだミシェルに対して。
秘密を背負う……覚悟があるのか。
「別にそれぐらいいいですよ」
あったようだ。寸分の迷いもない返答を聞かせてくれた。
「そうですよね……やっぱりそんなこと言われたら………え?」
逆にユナの方が出鼻をくじかれるというなんとも間抜けな事態になってしまっている。
そんなユナにミシェルはさらに言葉を重ねた。
「別に犯罪者になるくらいどーってことないですって言ったんです」
「お前……本気か?」
「ええ、本気も本気よ」
「なぁ、俺はずっと町の外にいたからお前のことはよく知らないんだけどさ、何でそこまで俺らのことを知りたがるんだ?」
「それは………ごにょごにょ」
「え、なんて?」
「そ、それはいいからっ!
早く教えてよ。犯罪者になったところで、私の思いは変わらないわ。
私は子供だけど……それくらいの覚悟は持ってる」
一歩も引かないとばかりに言い張るミシェルに……この場の面々は食い下がるしかなかった。
「わぁーった。わぁーったよ。話してやるよ。
マリン姉もフィー姉も別にいいよな?」
「「あんたが説明したら余計こんがらがるから止めなさい。リュウセイ、よろしく」」
「おいっ!?」
「ハッ! しゃーねーな……そだな……まずは……」
リュウセイは語り始める。
自分たちが有翼族という〝許されざる種族〟であるということ。
有翼族の父と人族の母のハーフであるということ。
フィーナとマリンは翼を持たないが突然変異による亜人族であること。
一族の誰かの手によって記憶を封印されていたこと。
その記憶が兄弟に出会う度に甦っていたこと。
今回全ての記憶が戻ったこと。
そして……
……最後に見たのが、母さんが、操られた父さんの手で首をへし折られてるところ……だ。
理解できたか? ガキ?」
「おいリュウセイ、お前はオブラートに包むとか、歯に衣着せた物言いとかを覚えた方が良いと思うぞ?」
ミシェルはとても怖がっていた。
歯はがたがたと高速で鳴り、体も連動するように震えている。両手で自分を抱き締めるも、一向に震えが止まる気配はない。
実はリュウセイ、記憶が戻って視た情景の部分を懇切丁寧に生々しく話して聞かせたのだ。
アストルおじさんがイリーナの眼を潰した だとか
カズトが父の手によって殺されただとか
逃げるアンナの目の前で母親が槍に貫かれただとかを
とても分かりやすく、目の前にその光景が浮かんでくるように語り聞かせたのだ。
「な、ななななななるほほどどど………
ぜ、ぜっきょうのわ……わけははは……
りかかかいできたたわわわわ……」
「おう、そりゃあ何よりだ」
「リュウセイさん!! 語りすぎです!!
何処かの語り部ですかあなたはっ!?」
「ミシェルちゃん、ちょっと待っててね、ちょっとこの愚弟を……シメるから」
「加減を知りなさいこの馬鹿!!」
マリンとフィーナのゲンコツがリュウセイの頭に注がれる。鈍い音が、その衝撃の重さを全員に伝えた。
「~~~~~~~っっっっ!!!!」
「うわぁ……」
「ミーちゃん、大丈夫ですか?」
「な、なんとか……大丈夫……でふ」
「噛んでるやないか」
「う、うるさいっ!!」
ジャックの軽口に言い返せるくらいには大丈夫なようだ。
「あ、あの………み、みなさん……」
少し騒がしくなり始めた頃合いで、ドアの隙間から白いウサミミを覗かせた少女が自信なさげな弱々しい口調で言葉を滑り込ませた。人見知りは、全く治っていないようだ。
そして今回もフランの一言でこの場はお開きとなる。
「ご飯の用意……出来ました……ょ」
四人のお腹が……一斉に空腹を訴えた。
――――――――――――――――――――
「ねぇ、フィーナ」
「なぁに、マリン?」
既に夜も更けて、月光がカラクムルの街を照らすような時間帯。フィーナとマリンは孤児院の屋根上に昇り、二人で夜空を眺めながら話し合っている。
「なぁーんか……ビックリしちゃった。
急に記憶が戻って、十一年振りにカイルとリュウセイに会って、嫌な思い出見せられてさ」
「そうねぇ、カイルとリュウセイに会えたのは嬉しいけど、折角の再開なのにあんなの見せられたら興醒めだわ」
「ほんとよ。あたしの記憶を封印したやつに会ったら絶対文句言ってやるんだから」
「手伝うわ。おねー……って、今日は決めてなかったわね」
「ほんとね。今日はあとちょっとしかないけど、決めちゃおっか?」
「りょーかい……じゃあいくわよ……」
「「最初はグー! ジャンケンポン!」」
マリナはパーを、フィーナはグーをそれぞれ出した。
毎日の習慣のことではあるが、その反応は毎回毎回新鮮である。
「うわっ……! また負けた……」
「へっへーん、またあたしの勝ちねフィーナ」
「明日は絶対勝つからねおねーちゃん!」
「明日も勝ってやるわよフィーナ!!」
そう言って二度手を打ち合い、一度髪の色を変化させて元に戻す。
これは特に意味のある行為ではなく、二人の習慣的な行為だ。
姉妹決めのジャンケンの後や何か景気付けの際に毎回行っている。
黄と緑、赤と青が入れ替わり入れ替わり、夜の黒を彩っていると、孤児院の屋根の一部が開き一人の少女が顔を出した。
「あ~っ! フィーナさんにマリンさん、こんなところに居たんですか? やっと見つけましたよ!」
ミシェルだった。そのまま屋根の穴から両手を使ってよじ登り、マリンとフィーナの前に座る。
……何故か正座だった。
「見つけたって……もしかして探してたの?」
「はい、どうしても話したいことがあったので」
それを聞いたフィーナとマリンは少し微妙そうな顔をする。
――も、もしかしてあたし達の話を聞きに来たのかしら……ずっと睡蓮の話を聞きたい睡蓮の話を聞きたいって言ってたものね……
それともアレかしら……またあたし達を褒めにきたのかしら。
それはちょっと勘弁して欲しいわね……っていうかそれはないと信じたいわ。
でもなー……この子十歳だし、十歳くらいの子供って全っ然遠慮しないから、もしかしたら――
二人が全く同じ思考に至った時、ミシェルは深々と、屋根に付くかと思うくらいに頭を下げた。
「フィーナさん、マリンさん、三度も私や孤児院のことを助けて下さって本当にありがとうございました」
――へっ? あれ? どういうこと? 予想してたのと全然違うじゃない。わざわざお礼を言うためにあたし達を探してたの?
それに……三度って一体何のことかしら?
「まず、一度目はエアーズスクエアで私達のことを助けてくれたこと」
うん、助けたわね。それで一度ね。
「次は財政難の孤児院に寄付をしてくれたこと」
あー、はいはい、そういやしたわね……。あっ、そっか、あたし達お礼言われる度に……“睡蓮にお礼を言って、そのお金は睡蓮のものよ”って言ってたわね。
パーティに誘われる度に断ってたし。まぁでもアレは仕方なかったのよ。
一回目はフィーナが宿に居たからね。連れも一緒に……なんて言われたけど二人ともサリナって名乗る訳にもいかなかったし……双子ってバレるのは避けたかったのよ。
二回目は情報が有ったから。
エリュアがあたし達を追ってカラクムルに向かっているって。
だからあたし達は早く別の街に言って盗みを働かないといけなかった。出来るなら、被害は出さずに済ませたかったからね。
まぁ、結局。
アジハドと協力することは予想外で、エリュアをこの街に引き入れちゃったんだけとね。
あれ? でも三度って言ってたわよね?
最後って一体何かしら? フィーナがあたしの知らないところで何かやったのかしら?
「最後は私を助けてくれたことです」
具体的なことは何も話さないまま、ミシェルちゃんは顔を上げた。
その瞳に……大粒の涙を浮かべながら……
「「えっ?」」
ちょっ、ちょっと待ってよ!!
あたし達何か泣かせるようなことしたかしら!?
いや、でもお礼言ってたのよ? そんな泣くほどのこと……何かしたかしら……
駄目っ! 思い出せない!!
ど、どどどどうしよう……っ。あー、もうフィーナもこっち見ないでよ!!
どうせ考えてることは一緒なんだから!!
そう、そうね……何をしたのかは分からないけどミシェルちゃんの言ったことに対して口裏を合わせましょう。
こんだけ泣いてるのにお礼を言うのが実はあたし達じゃなかったなんて気まず過ぎるわ。
言い訳とかをするのは得意よ。村でもあたし達の評判は凄かったんだから!!
〝村の天才少女〟のフィーナとマリンって言われてたのよ!!
悪い方向で……だけどね。アハハ……
「私……四年前、奴隷として売られかけていたんです……
奴隷の教育だ、って言われて毎日毎日鞭で打たれて、怒られて殴られて……蹴られて……気が狂った人は〝処分〟されていっていく地獄の毎日……暗い部屋で過ごす日々に絶望していました。
そんなところから、お二人は私を救い上げてくれました……。
こうして私を人間らしい生活を送れる場所まで……
お二人は嫌がるかもしれません。
でも私にとって睡蓮は……〝ゴードン〟と〝フリューゲル〟は……フィーナさんとマリンさんは……
私を救ってくれた英雄なんです!!」
涙ながらに話してくれたミシェルちゃんをあたし達はそっと抱き締めた。二人分の抱擁がミシェルちゃんを包む。
全く……いらない心配だったみたいね。
こんな子を前に言い訳することを考えていたなんて……恥ずかしいわ。
「別に嫌がりはしないわよ」
「あたし達は無責任に責任を押し付けられるのがイヤなだけ」
腕の中で涙を流しているミシェルちゃんのことをあたし達は思い出す。
言われて始めて思い出したわ。
こんなに想ってくれてたのに、薄情ね……あたし達は。
四年前……奴隷商人の噂を聞いたあたし達はまず潜入捜査をした。
酷いもんだったわ。
豚みたいな……いや、それは豚に失礼だわ。
醜悪の権化みたいな気持ち悪いデブが捕まってる人達に乱暴を繰り返して……〝使えなくなった人〟を〝処分〟していた。
それから六歳くらいの女の子を痛め付ける様子を見て……あたし達はコイツは徹底的に潰すと決めた。
記憶が封印された頃のあたし達はその子と同じくらいの年齢だったから……ダブったのかもしれないわね。
結果として捕まってた人達は全員解放された。
デブは自分の所業を暴露されてからどうなったのかはしらないわ。
そして……痛めつけられていた子が……このミシェルちゃんか……
安心したわ。この子が……ちゃんと幸せで。
「フィーナさん……マリンさん……ずっと言いたかったんです……。
わたしを……助けてくれて……ありがとうございましたぁ……っ!」
それから、あたし達はミシェルちゃんの気の済むまで……抱き締め続けた。
――――――――――――――――――――
「あれ? ミシェル寝てんのか?」
「しーっ! 分かってるなら起こしちゃ駄目よ?」
孤児院の中の一室、フィーナとマリンにあてがわれた部屋でミシェルが心地いい寝息を立てている。
部屋に入ってきたカイルそれを発見して、フィーナがそれを諌めた。
(そっか……じゃあマリン姉にフィー姉、俺らの部屋に来てくれ)
((はいはい、分かったわよ))
ミシェルの頭を少し撫でて、二人は腰を上げてカイル達の部屋に向かった。
「連れてきたぞー」
「「連れてこられてやったわよー」」
「こんばんはー、フィーナさんにマリンさん」
「ご機嫌麗しゅう、ミスフィー「めんどくせぇからそれ止めろよジャック」
ジャックに再び変なスイッチが入ったところで、リュウセイがバッサリ叩き切った。
最後まで言ってないやないか……、とジャックがぶつぶつ呟いているが全員が完全に放置を決め込んでいる。
「さて……と、じゃあ話し合おうか」
切り出したのはリュウセイだ。研ぎ澄まされた刀のような鋭い眼光で場を睨む。
「話し合うって言ってもね~、多分皆考えてることは同じじゃないかしら?」
「強いて言うならユナちゃんがどうするかじゃない?」
「っていうかユナちゃんとかジャックってどうしてカイル達と一緒に行動しているの?」
「え~~っと、それはですね………」
以下、ユナとカイルが出会ったところから今までの経緯を詳しく説明。長くなったので詳細は割愛する。
「なるほど……闇属性……か……」
「はい、そうなんです……意外と普通の反応なんですね……」
「アジハドがそんなようなこと言ってたからそこまで驚きはないかな……
それからユナちゃん……辛かったらいつでもお姉さん達に言いなさいよ?
こんなムサい連中ばっかりじゃ言えないこともあるでしょう? 闇とかそんなのあたし達は気にしないからさ」
「ふふ、やっぱり姉弟なんですね……。
闇を気にしないなんて普通の感性じゃありえないですよ。
今はお気持ちだけいただいておきます。
わたしはもう一人ぼっちじゃない……だから……大丈夫です」
「もうっ!! 可愛いんだからっ!!」
「うわっ……ぷ。マリンさ……ん……く、苦し………………」
ぎゅ~~っと、マリンがユナを強く抱き締める。マリンの胸に、ユナが埋もれる。
マリンの大きな胸に貧乳のユナが埋もれる。
マリンの大きな胸に貧乳のユナが埋もれる。
大事なことだから二度言った。
ユナが羨ましそうにその二つの双丘を見てしまうのも仕方がない。
それを見たフィーナがニヤリと笑みを浮かべる。
睡蓮の参謀担当の悪巧みが始まった。
「リュウセイも……辛かったわね。
フィーナお姉ちゃんの胸のなかで泣いていいわよ?」
「ハッ! 悪意しか感じねぇからイヤだ」
「マリンさん! ワイも辛かったです!!
やからその胸のなかで泣かせてください!!」
「下心しか感じないからイヤよ」
悪巧みという名のからかいから場が少し盛り上がってきた。
ジャックとフィーナとマリンとユナの四人がわいのわいの騒ぎ立てる。一方でカイルはリュウセイの話の最中に完全に夢のなかに入ってしまった。
リュウセイは大事な話をするつもりだったのにフザけ倒す兄姉達に対して苛立ちを感じて、額に大きな筋が入っていた。
「おい……バカイルに姉貴達にその他二人……何の為に集まったのか……分かってるよなぁ……?」
バチっ……!!
場を一筋の黄色い閃光が駆け抜ける。
怒りに満ちたリュウセイを体現するようなそれは真っ直ぐにカイルに向かっていった。
「んがっ!!?」
寸分違わずカイルの頭で弾ける雷。
額に焦げ跡を刻み込んだカイルが目を擦りながらのろのろと起き上がった。
「……リュウセイ、話終わったか?」
「終わったからさっさと目ぇ醒ましやがれバカイル」
んーーっ、とカイルが伸びをしている間に他の面々もばつが悪そうに初めの位置に戻った。
「さて、話をする体勢にゃなったか?」
「は、はい。大丈夫です」
「問題なしやで」
今度こそ……とばかりに二度目となる睨みを効かせるリュウセイ。
だが、それをするまでもなく、皆の顔は真剣さを帯びていた。
「お前らは……どうしたい?」
リュウセイが誰に言うでもなくそう言った。
真夜中の僅かな星明かり、明かりが、リュウセイの顔を輪郭を照らす。
強い意思に満ちた顔が問いかけた質問を重いものにした。
「帝王の野郎をぶっ潰したい。
帝王にした宣戦布告を……現実にしてやる。
帝国を敵に回す手っ取り早い手段だった宣戦布告を……“本物”にしてやる。
追手を倒すために強くなるんじゃなくて、帝王を倒すために強くなりたい。
一族の皆がどんな思いで俺らの記憶を封印したのかは……分かってるつもりだ。
それでも……俺はこの気持ちが抑えられない。
俺は帝国を……ぶっ潰したい。
そう思うぜ」
一番に口を開いたのはカイルだった。
ユナの信用を得るための手段であった帝王に対する宣戦布告。
逃亡ではなく敵対したい、とカイルはそう言った。
「ワイは始めからそのつもりやで。
待ち構えるんやなくて潰しにかかるっていうならそれは願ったり叶ったりや。帝国を打倒するって決めたんなら、ワイからは特に何も言うつもりはないわ」
続けてジャックが発言する。
その顔に浮かぶ表情はいつになく好戦的に映って見え、元反乱軍としてのジャックが顔を出す。
「あたし達もそれで構わないわ」
「あんな光景見せられて……黙っていられるような育て方はされてないしね」
「元々そんな気持ちから始めた睡蓮だし」
「盗みからちょっと方向転換するだけよ」
「「そういうリュウセイはどうなのよ?」」
二人の姉から話を振られたリュウセイは目を伏せて、思案する素振りを見せてから自分の考えを言う。
「俺はジジイを切った奴を切るだけだ。
その道の途中に帝国があるなら……いいぜ、全部ぶった切ってやる」
墓の前での誓いを復唱するように、揺らめく激情を讃えた目を光らせてその問いに応答する。
「後は……ユナだな。お前はどうなんだ?
俺たちと一緒に帝国を倒したいのか?」
カイルの質問にユナは……
「--わたしは、皆さんと一緒に居たいです。
闇属性のわたしが居れる唯一の居場所を失いたくありません。ここで倒したくないと言ってその居場所を失うくらいなら、帝国を打倒して……わたしの居場所を守りたいです」
漆黒の瞳に映るカイル達は笑っていた。
達観したようなその表情は何を意味しているのか。
無謀な挑戦をする己への嘲笑か
足並みが揃った事への安堵か
帝国を倒したその先に見る希望か
交わり乱れる思いを乗せた顔をしているこの場の六人は柔らかに笑い続けていた。
軍とも呼べないような少人数である。
たったの……たったの六人だ。
これまでの反乱の常識を度外視している。
炎を操り、朱色の翼を抱くカイル
雷を操り、竜の翼を抱くリュウセイ
五属性全てを司るマリンとフィーナ
魔具を生み出す小人のジャック
闇をその身に宿すユナ
前回の反乱からニ年経ったこの孤児院で……
帝国を揺るがす反乱者が……今、誕生した。