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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第一章~集結~
22/157

第二十二話―私の英雄(ヒーロー)

 






「なぁ、アジハド」


「んあ? どぉしたい?」



 飛空挺の甲板で二人の部隊長が会話をしている。

時間はエアーズスクエア突入の少し前と言ったところか。相変わらずアジハドは酒を飲み、エリュアは仁王立ち。ドレッドの髪が風になびいている。



「第1部隊長のトイフェルがボロボロにされた話……聞いてるよな?」


「あー……そんなぁ、話もあったなぁ……。トイフェルは身体に十字傷を残した満身創痍の状態で帰ってぇ……きたんだっけかぁ?」


「あぁ、そうだ。ウィルがやられた反乱分子を追ってトイフェルは傷を受けた……らしい」


「でも、ありゃあ……相手が前の反乱の総大将だっからじゃねぇのか……?

逃げ込んだ先に偶然居たっていうよぉ……」


「アタイもそう聞いてる。アンタ、今回なんでカラクムルに向かってるか、ちゃんと分かってるよな?」


「睡蓮をぉ……ぶち殺すためだろぉ……?」


「そうだよ、だけど見てみなよ。ダンゾウの所で開発された〝暗闇の羅針盤テネブレ・コンパス〟をさ」



 アジハドが右手につけられた腕時計を見やると、時計の針が真っ黒に染まり、羅針盤の指針のようになっている。


 〝暗闇の羅針盤テネブレ・コンパス〟はダンゾウ・ハチスカ第8部隊長の元で開発された魔具である。

普段は普通の時計だが、闇属性の魔力を関知すると羅針盤へと切り替わり、その方向を指し示すのだ。

羅針盤ゆえに方向は分かっても距離が分からないのが難点と言ったところか。


 ちなみにこの暗闇の羅針盤は、量産の困難さから部隊長の中でも数名にしか配られていない。

配られる条件は、闇属性と接触しやすい者。例えば実験場に籠っているダンゾウなどには配給されていない。


 国民に公表はされておらず、この秘密を知っているのは帝国の中でもごくごく一部。大衆に知られてしまっては、隠れている闇属性や逃げ回っている闇属性に警戒されてしまうからだ。


 

「こりゃあ……驚いたなぁ……」


「どういう偶然か、あの街にゃあ闇属性もいるらしい。今んとこ確認されてる闇属性なら、まず話題の奴等で間違いないと思うね」


「んでぇ、俺にどうして欲しいんだぁ?」


「へぇ、アタイの指示に従ってくれんのかい?」


「おれぁ……考えんとかは苦手だからなぁ…。そーゆう方面はお前に任せるぜぇ……」


「ふん…………アンタには闇属性とその一味を潰してもらう。

暗闇の羅針盤テネブレ・コンパスの存在は隠せよ? そんでアタイは睡蓮を潰す」


「んな簡単な作戦でぇ……いいのかぁ?

“扇動”ともあろう奴が……。もーちょっとぉ考えたらぁ……どぉなんだ?」


「黙ってな“獣王”。アタイは“扇動”なんだ。

作戦を立てるんじゃなくて、人心を操るのが得意なのさ」


「おれにゃぁ……違いがさっぱりだぁ……」




 そうしてカラクムルの真上に到着したと連絡を入れられた二人は、甲板から飛び降りて、エアーズスクエアの頂点へと躍りたったのだった……




――――――――――――――――――――





 エアーズスクエアに居た民間人が上層に集められ、その周りを帝国兵が囲む。エアーズスクエアに居なかった者達も、帝国兵らによって、この場所に集められ、円は徐々に広がっていく。

そして頂点には、当然のごとく第五部隊長のエリュア、第七部隊長のアジハドが居座る。


 集められた人たちで、エアーズスクエアの上中層は混沌の様子を呈している。泣くもの、絶望するもの、喚くもの、騒ぐもの、それぞれが己の人生の終わりを肌で感じ取っている。



「なんで俺たちが死ななきゃいけないんだ……」「帝国なんて滅んじまえばいいのに…」「うわぁぁ………ぁあん……」「あぁ……どうか……」「ヒック………グスン……」


「くそぉ! お前らそこをどけぇ!」「死にたくない、死にたくない、死にたくないいいいいい!!」「嫌、嫌ぁぁあ!!」



 ジャックたち五人も、その混沌の中にいた。



(ユナちゃん、大丈夫か?)


(だ、大丈夫、です……)


(震えてるやないか…全然説得力ないわ…)



 群衆の中で周りの人に聞こえない程度の声で会話する二人。もっとも、絶望にうちひしがれている群衆には、例え大声で話したところで耳に入らなかったかもしれない。



(アジハドは魔力の“匂い”を感じれるって聞いたことがある。今は人が密集して“匂い”も紛れてるみたいやけど、一人一人調べられたら不味いかもしれへん)



 実際アジハドは魔力の“匂い”を感じ取れる。カイルの習得した魔力探知とは別のタイプの魔力探知だ。


 だが、アジハドはユナの“匂い”を感じ取っている訳ではない。

ユナの魔力量は一般人レベルであるため、このような群衆の中ではまず見つかることはない。アジハドは腕に着けている〝暗闇の羅針盤テネブレ・コンパス〟によってユナを見つけているのだ。すぐに行動に移さないのはタイミングを計っているだけにすぎない。



(もし……バレそうになったらワイが気を引くから……その隙に逃げえ。いや、もう隙を見つけたらすぐにここを離れるんや)


(そんなこと……っ)


(やらないと、ユナちゃんは終わりや。一生を帝国の奴隷として過ごすことになる)


(っ……!)


(安心せえ、ワイも死ぬつもりはない。

時間を稼ぐだけや。ユナちゃんはその隙に……リュウセイとカイルを呼んできてくれ。今のあの二人なら……もしかしたらあいつらに……部隊長に勝てるかもしれへん)


(はい……分かりました……)


(それと、これを渡しとく。身を守るときに--『おうおう、おもしれぇぐらいに絶望してやがんなお前ら』



 エリュアが再び放送を始める。

混沌とする群衆の前にして、至極自然体で普通なしゃべり方だ。人々はエリュアの方を注視して、怒りの矛先を向ける。背後に迫る死を感じて、半ば自棄になっているようだ。



「俺たちは帝国の言いなりになんかならねぇぞ!!」「死ねっ!死んじまえ!!」「私たちまで殺す必要なんてないでしょ!!」「鬼!悪魔!」「人でなしっ!!」



 口々にわめきたてる群衆は、波打ち、捻り、一つの巨大生物のようだった。そんな光景を前にしても一切動じることはないエリュアが放送を再開する。












『この街の全住人が集まったみたいなんでね……そろそろ虐殺を始めようか』









 決定的な死刑宣告。

今のこの街は完全に帝国軍の支配下にあった。

突きつけられた死の空気によって極限まで膨れ上がった風船のような大暴動の気配が漂い、何人かが暴走を始める。



「ふざけんなぁ!!」


「二人ぐらい、この人数でかかりゃあなんとかなるっ!!」


「やっちまえお前らぁあ!!」



 叫び出した三人を筆頭に、二十人ほどがエアーズスクエアの頂点に登る。

全員武器を構え、敵意を全身にみなぎらせている。

気配はまさに戦士そのもの、そこらにいる帝国兵よりも数段強そうである。



「冒険者だぁぁあ!!」


「いいぞ!! やっちまえ!!」



 モンスターと戦い、日々の銭を稼ぐ冒険者が一斉にニ人に襲いかかる。

魔法を放ち、魔具で突撃していく冒険者に期待の声が山のように押し寄せた。



「一人残せ」


「りょぉ~……かいっとぉ……」



 エリュアの言葉の後、アジハドがバスターソードに手を掛ける。

--刹那、勝利を疑わない冒険者たちの、その希望はいとも容易く打ち砕かれた。




 たったの一振り……それだけで……





 瞬きをしたときにはもう……血の海がエアーズスクエアに広がっていた。


 生き残りはいなかった。



「なっ、あぁ………っ!」



 いや、一人だけ、残っていた。

一番初めに飛び込んでいったその男は、一変した景色に狼狽している。



「理解したか、テメーら?」



 その一部始終を見せられた観衆も言葉を失い……放送機を通さないエリュアの声が全員の耳に届く。



「お前らみたいな奴等が、例え何万人居たところで部隊長一人にも届かねぇんだよ」



 じぃぃっ、とエリュアが残る男を見つめる。

赤い……赤い瞳が男を居抜き、化け物を見るような目でエリュアを見ている男の動きが……“停止”し始める。



「な……なんだっ!? か、身体が……!?」


「アタイらにとっちゃ、この程度の人数を殺すことなんざ、造作もないことなのさ」



 心の底まで見通すような瞳が男を貫く。

エリュアの言葉が催眠術のように群衆の頭にこだまする。



「ヒィィッ!! た、助けて……」



 口まで“停止”が進み、喋ることも困難になる。

男の瞳が……死の恐怖に侵される。




 男は……完全に動きを止めた。



「お前らの命は……アタイの手の中にあるってことを……よく覚えときな」



 パキィィィ………ン………。



 ガラスが割れるような破砕音。

尾を引くように響く音が破裂寸前だった暴動の空気を抜いていく。“停止”した男が粉々に砕け、砂のようになった元男が風に舞う。



 もうこの場で反抗心を見せる者は居なかった。



『さぁ、虐殺の時間だよ。



















 ………と言いたいところだが、お前達にチャンスをやろう』



 突然差しのべられた〝生〟へと繋がる糸。

絶望の袋小路に追い詰められていた群衆が、エリュアに注目する。



『お前達の手で、睡蓮をアタイの目の前に連れてこい。

それが出来たら、皆殺しは無しだ。疑わしいやつは全員連れてこい。アタイがまとめて始末してやるからさ』



 ざわめきたつ群衆。

睡蓮がやったことは自分達の街を救うことだ。

睡蓮には恩がある。

突き出すなんてことは出来ない……。


 










 そんな風に……思える理性はエリュアによって砕かれていたが。



 目の前で見せられた“死”


 背後から迫るリアルな“死”の気配


 どこを見渡しても、いつまで経っても……


 消えることのない“死”への恐怖




 そんな中で示された一本の“抜け道”




 群衆心理は……一つにまとまった。




「睡蓮を……見つけるだけでいいのか?」


「私達……助かるの?」


「生き……れるの…?」


「さ、捜せ!」


「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」『捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」 「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ !」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」『捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」『捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」



 睡蓮を捜せぇええええええ!!!!!


 


「どうだいアジハド? これが、アタイの“扇動”だよ。

馬鹿な群衆は、もう忠実なアタイの駒だ」


「えげつねぇなぁ……お前」



 何度も何度も見せつけ、感じさせた死の恐怖。

逃げ場のない絶望の袋小路に追い込んで……心を折る。

助からないと認識させてからは簡単だ。

生き残る方法を示せばいい。

それだけで……人間は簡単に残酷な兵士となる。




 “扇動”のエリュア。




 “軍師”の部隊長と肩を並べる。知略もこなせる部隊長である。





――――――――――――――――――――






 …… 恨むなら睡蓮の連中を恨むんだな』



――何で………こんなことに……。部隊長が二人もこの街に来るなんて。

それに、睡蓮が誰か分からないから、私達全員を殺すだなんて……無茶苦茶だわ。


 あの人達が正体を晒す訳ないのに。


 四年前の身の毛もよだつ暗い、暗い部屋を思い出してしまう。

いつ売られるのか、毎日怯えていた。

振るわれる鞭に抵抗できなかった。

謝っても謝ってもぶたれて、死のうかとも思った。

そんな日々から私を掬い上げてくれた睡蓮は一切の証拠を残さずにいつの間にか消えていた。


 孤児院に来てからは睡蓮の活躍を聞くたびに胸が踊った。

あの人達がどこかで悪を挫き、弱きを助けているのを旅の人から聞くと顔が熱くなってきて、胸も苦しくなった。


 絶望の縁から救ってくれた睡蓮を……恨むわけないじゃない。

私の英雄ヒーローを恨むなんて出来ないわ。



「ミーちゃん……わ、私達……死んじゃうの……?」



 相変わらず私にしがみついているフー。

私が孤児院に来た当初からいる、私の親友。

人見知りで、怖がりだけど、それ以外にもいっぱい良いところがある私の大事な親友。

泣きながらしがみつくフーの頭を撫でる。



「大丈夫……大丈夫よ……」



 何が大丈夫なのかは分からない。

でも私は親友にそう言うことしか出来なかった。

睡蓮が現れて、部隊長なんかやっつけてくれる。

そんな考えも浮かぶ。

浮かんで、消える。


 きっと睡蓮なら部隊長なんて難なく倒せちゃうんだわ。

でも……すぐに現れないってことは……もうやっぱりこの街に居ないのね……。

いつものことだわ。

次から次へと盗みを働く義賊の彼らが、二日前の盗みを働いた街に留まっているわけないもの。



「冒険者だぁぁあ!!」


「やっちまえお前らぁぁあ!!」


「きゃぁっ!」



 突然聞こえてきた竜の咆哮のような凄まじい大歓声に、ウサギの獣人のフーは驚いてうずくまってしまう。

すぐにフーを抱き抱えて原因であると思われるエアーズスクエアの頂上を見ると……



「っ!!」



 惨劇だった……久しぶりに見ることになってしまった人の“死”。

フーには見てほしくなかったから、強く抱き締めて視界を塞いだ。


 あ、あんな人数で襲いかかったのに……勝てないの?


 全員が冒険者でモンスターとも戦えるくらいの実力があるハズなのに、瞬きをする間に全員が殺されてしまった。これじゃあ……私達がいくら抵抗しても………



 パキィィィ………ン……



 最後の一人が粉々になる。

人間ってあんな風になっちゃうの?

怖い……怖いよ……。

どんなに大人ぶっても私はまだ十歳の子供なんだわ……強がっても……怖くて何も出来ない。

震えるばかりで、フーを抱き締めることしか……


 女の部隊長が何か話してるけど、何も耳に入らない。

身体を小さくして……この騒動が良い方向に終わってくれることを……祈るしか……


 再び地面が揺れる。

街の皆の声が響き渡る。

その声は少しだけ希望が込められている気がした。


 もしかして、何かあったのかしら……


 ジャックの方を見てみると難しい顔をしていて、ユナさんは顔が真っ白になっている。

サリナさんは何かを考えるように、じっと俯いている……。


 ジャックたちと街の皆の雰囲気が全然違うことにどこか違和感を感じる。

うるさいけれど、耳を澄まして何て言ってるのかを聞き取ろうとする。




「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」『捜せ!」「 捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」 「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」『捜せ!」「 捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」 「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」『捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」「捜せ!」



 な、何よコレ……皆同じことを口走ってる……?

まるで何かに操られてるみたい。

皆の目が怖い……。

こんな声を私は希望を込められているなんて感じるなんて……どうかしていたのかしら……。

それに捜せって……いったい誰を?



「ヨソ者は全員突き出せ!!」


「早くっ!早く捜せぇっ!」


「当たりが出るまで連れていくのよ!!」



 何……コレ……。

ヨソ者を探す……の?

なんで皆……そんな必死に……?

ヨソ者って……ユナさん達は!?

……ってアレ?

ユナさんが……いない?


 辺りを見渡してもユナさんらしき人影は見えなかった。

その代わりにジャックとサリナさんは近寄って来る街の人に囲まれていた。

皆の二人を見る眼が……怖い。


 一体……何がどうなってるのよ……誰を……捜してるって言うのよ……



「おい! てめぇらもさっさと部隊長様の所へいかねぇかっ!」


「はぁあ? なんでワイらが行かなあかんねん?



 自分可愛さに他人を差し出して満足か!!」



 あんな迫力のジャック……見たことない。

物凄い剣幕で街のヒトを威圧するジャックに街の人が一瞬たじろいだ。



「う、うるさいっ!! 俺らはまだ死にたくねぇんだ!!

恨むんならこの街に来た睡蓮を恨め!!」



 どうして?

どうしてこの街の人がそんなことを言うの?

みんな……睡蓮に助けて貰ったじゃない……。


 耳を澄ますと聞こえてくる怨唆の声。




 睡蓮のせいで私達は殺されるのよ。


 睡蓮がこの街にこなけりゃこんなことには。


 ぜんぶぜんぶ睡蓮のせいよ。


 早く見つけないと俺たちが殺される。


 睡蓮なんて死ねばいいのに。


 早く捕まれ。コソ泥。犯罪者。


 睡蓮を突き出せば私達は助かるのよ。


 薄汚い泥棒。正義の味方気取り。


 ほんと迷惑よ。何様のつもりだよ。


 さっさと出てこいよ。捕まっちまえ。





 聞きたくない。

こんなの聞きたくないっ!

どうしてよ……?

どうして皆……そんなこと言うのよ?

睡蓮は……私を助けてくれて、この街の不正も正してくれた英雄ヒーローじゃない。




 どうして誰も……睡蓮の味方をしないの?


 どうしてそんなに怖い目をしているの?


 どうしてジャックとサリナさんをそんな目で見るの?




 両手で耳を塞いでも、皆の口からこぼれ出る呪いの言葉を防ぐことは出来ない。


 憎しみ、恨み、怒り、それらの感情がエアーズスクエアに広がっている。



 皆が……睡蓮を憎んで


 皆が……睡蓮を恨んで


 皆が……睡蓮に怒ってる



 涙が不意に溢れでる。睡蓮が貶められることが、まるで自分のことみたいに感じてしまう。




 睡蓮を悪く言われて哀しくて……


 睡蓮を悪く言う皆が憎くて……


 睡蓮を悪者にした部隊長を恨んで……


 何にも出来ない私が……悔しくて……っ!





「ミ、ミーちゃん? 大丈夫?」



 フーが言葉をかけてくれる。

さっきまで私が慰めていたのに……この子は本当に優しい……自分も怖いだろうに、急に泣き出した私を心配してくれてる。



「おいっ! このガキ確か睡蓮に助けられたガキじゃなかったか!?」



 視線が私に集まった。フーがひっ! と声を上げて私にしがみついた。

皆の目は濁っていて、鬼気迫る顔で見つめられる。



「おいガキ! 睡蓮の特徴を教えやがれ!!」


「何か知ってるんだったらさっさと教えなさい!」



 口々にそんな言葉が浴びせられる。

威圧するような声……昔を思い出させる暴力的な気配。


 怖い、嫌だ、そんな目で見ないで、ごめんなさい、私が悪いですから、殴らないで、叩かないで……



「こんっの………おまえら恥ずかしくないんか!」



 ジャックとサリナさんが人混みを掻き分けて、私の前に立ってくれる。

サリナさんはフーと私を優しく抱き締めて、小声で大丈夫、大丈夫よ、と声をかけてくれた。



「こんな女の子に寄って集って威圧して! どーいう了見や! あぁ!? 恥を知れ!!


 睡蓮やって腐ったこの街を変えたやないか!

そんな奴等を自分可愛さに帝国に売って、みっともないと思わんのかっ!!


 恩を仇で返すような真似して……お前らこそ何様のつもりやっ!!!」



 ジャックが怒ってる。


 私の言いたかった事を……言ってくれた。

ジャックの迫力に……皆が圧されてる。



 でも………



(おい……あいつさっきからおかしくないか?)


(睡蓮を庇ってる)


(ヨソ者だぞ)


(あんな迫力、一般人に出せるのか?)


(もしかしてアイツが……)



 ジャックに疑いの目が向けられる。結構この騒ぎは大きくなっていたみたいで、私達の回りを物凄い人数の人が取り囲んでいる。


 皆……ジャックを疑っている。


 このままじゃ……ジャックが……っ!


 気が付くと私はサリナさんの腕を振りほどいて、ジャックと皆の間に立っていた。

足は震えて涙は止まらないけど、それでも……ジャックが睡蓮じゃないってことは言わなくちゃ……!



「違う! ジャックは「どうしたんだい? ここだけやけに人が集まってるじゃないか?」



 息が止まり、心臓が痛いぐらいに脈打つ。

どうして……部隊長がこんなところに……


 町の皆が作った円の中に、第五部隊長が降り立つ。

円が少し大きくなり、私達と対面する。すると周りから部隊長に声がかけられる。



「あ、あいつが睡蓮かもしれないんです! さっきから行動がおかしくて……」


「へぇ……そうなのかい?」


「違うっ!!」



 思わず声を出してしまう。皆の視線を感じて気が引けるけど、ジャックが睡蓮じゃないって言わなきゃ……怖いけど、やらなきゃいけないことなの……



「ジャックは……睡蓮じゃないわっ!!」



 私が出来る一番の声を出す。どこまで届いたかは知らないけど、このまま私の言いたいことを言ってしまおう。きっと皆も分かってくれる……。



「皆おかしいよっ! 睡蓮はこの街を救ってくれたんだよ!?

それなのに皆で睡蓮を悪く言って「うるさいよ、餓鬼」



 部隊長と目があった。

赤い赤い瞳に私の姿が写ってる。

あ……あれ……?

あ、足が……動かないっ!?

これって……さっきの人の……


 私……殺される……っ!!

あの人みたいに……粉々にされちゃう!!

嫌だっ!! 死にたくないっ!!

怖いよぉ!! 誰か……誰か助けてっ……!!



 急に目の前が真っ暗になる。

あぁ、私……死んだんだ……思ったより痛みもなかったな……。


 そう考えていると急に足の力が抜けて、地面にへたりこんでしまう。


 あれ? 足の感触が……ある。生きてるの?

でもなんでこんなに暗いんだろう?



「サリナさん……ミシェルを頼んでもええですか?」


「えぇ、分かったわ」



 この声……ジャック?

すごい力で後ろを振り向かされると、急に視界が開く。

サリナさんが私を抱き締めてくれる。フーが心配したんだよって私に言うから、たまらずごめんなさいって謝る。



「〝蛇眼族メドゥーサ〟の【能力】である【蛇眼へびまなこ】は目をあわせへんかったらそれだけで無効化出来る【能力】や。

それこそ、第三者に目を塞いでもらえば無効化なんて朝飯前やで」



 どうやら、私の視界が暗かったのはジャックが手で塞いでいたせいだったみたいだ。

でもなんでジャックがそんなことを知ってるの?



小人族(ドワーフ)にジャック………ねぇ。

あんたがこの街に居るってことは、カイルとかっつー有翼族も居るんだな?」


「さぁて、なんのことやらさっぱりやな。人違いやあらへんのか?」


「普通の奴がアタイの【能力】に初見で気づくハズがねぇ。しらばっくれるのも止めときなよ。


 元反乱軍幹部の一人にして魔具職人部隊隊長ジャック・ドンドン。

現在指名手配中の反乱者だ。この街にいやがったとは……予想外だよ」



 ジャックが……反乱者? どういう……ことなの?

周りがざわめく、そんな周りを無視して、二人は話続ける。



「やから、人違いや。

ワイはたまたまあんたの【能力】に気付いただけ。

ちょいとばかし博識なもんでな。反乱軍なんてワイには関係ない」


「なんで、そんなに否定するかねぇ……まぁ、いいさ。

あんたが誰であろうと、アタイが始末してやるよ」



 ピリピリと肌に刺激が与えられる。

もしかして……これは魔力?

魔力探知が出来ない私でも感じ取れる魔力なんて……一体どれ程の……


 周りの人も巻き添えを怖れて、どんどん逃げていく。

押し合い、へし合い、怪我人を出しながら、私達の周りから、人が消えていく。



「鉄鎖!!」



 ジャックが地面に手をつくと、巨大な鉄の鎖が四本、地面から飛び出して部隊長に向かっていく。

こんな凄いものをあの一瞬で生み出すなんて……!


 素直にそう思ったけれど、部隊長はまるで驚いた様子を見せない。



「腕輪の魔力鉱石の魔力を使っての攻撃か……。

そんなちっぽけな攻撃が通ると思っているのかい!!」



 そう叫んで、部隊長が左手を振るった。

手につけられた魔具が緑色の輝きを放つ。



「ラファーガ!!」



 台風のような強烈な風が吹いて、ジャックの鎖が砕かれ、砕かれた鎖の破片と暴風がジャックに襲いかかった。



「がっ……ぁっ…」



 吹き飛ばされて、苦しそうにジャックが呻く。

地面に擦った箇所から血が滲み、当たった鎖の破片によって、もしかしたら骨が折れたのかもしれない。

地面に頭を擦り付けたまま立ち上がらない。


 そんなジャックにどこからか出してきた短剣を携えて、部隊長がゆっくりと向かっていく。

まさか……っ!!



「戦闘部隊でもなかったアンタがアタイに勝てるわけねーだろーが。まぁ、運が悪かったと諦めるんだな」



 ジャックが……殺されちゃうっ!!

再び心臓が早鐘を打って、緊張が最大まで高まる。

ジャックが……死んじゃう……!

嫌よっ!! そんなの嫌よっ!!


 私の事をいっつも馬鹿呼ばわりして、喧嘩を吹っ掛けてきてるけど、なんだかんだ孤児院の面倒を見てくれた。

さっきだって、私の為に怒ってくれた。

喧嘩ばっかりしてるけど憎めなくて、ついつい私も喧嘩を売ってしまっちゃうような相手。

付き合いは短いけれど、だからと言って目の前で殺されそうになっているのを我慢出来るわけない!!



「ちょっと! どこに行くつもりなの!?」


「離してっ! ジャックを助けないと!!

ジャックが殺されちゃう!!」


「行ってあなたに何が出来るの!!

あなたも殺されるだけよ!!

悪いことは言わないから逃げなさい!

今なら混乱に乗じて逃げられるかもしれないからっ!!」


「嫌よっ!! ジャックを見捨てるなんて嫌っ!!」


「いい加減に……きゃっ!」



 今までじっとしていたフーがサリナさんを押し倒す。行動力のないこの子がそんなことをするなんて予想外だけれど、これで自由に動ける!!



「ミーちゃん!」


「フー!!」



 二人でジャックの元に向かう。

ゆっくりと歩いていた部隊長の前にフーと二人で立ちふさがる。

すぐ後ろにはジャックがいて、辛そうな顔でこっちを見てる。



「あぁん? 何だガキ? 何か用か?」


「馬鹿っ!! 何しに……きてん!!

さっさ逃げんかい……!!」



 ジャックの言葉を無視して、私は部隊長の前で手を大きく広げてとおせんぼをする。

フーも一緒だ。



「ジャックは殺させないわっ!」


「ジャックさんを殺さないでっ!」



 これで引くだなんて思ってないけど、それでも何かせずにはいられなかった。

相変わらず、足が震えて、心臓が早鐘を打つけど、後悔はしていない。



「消えな……殺すよ」



 怖い……怖い……怖い……怖い……!!

でもっ……でもぉっ……!



「退かないっ!!

私はお前なんかの言うことなんか聞かないっ!!

お前なんか……お前なんか……睡蓮にやられちゃえばいいんだっ!!」


「アタイの前で睡蓮の名を出すとは……よっぽど死にたいらしいねっ!!」


「止めろっ! エリュアぁぁあ!!」



 短剣が私に向かってくる。

フーも私も、怯えて固く目を閉じることしか出来ない。


 孤児院の皆、ごめん……私……死ぬ。

優しくしてくれた皆。

いっぱいの愛情をくれた院長さん……。

ユナさん、ジャック、サリナさん。

ごめんなさい。


 それからフーも……私に付き合わせて、死ぬことになっちゃって……ごめんなさい。

いつもいつも私と一緒にいてくれて、ありがとう。


 顔も見たことがない睡蓮の方達、一度でいいから会ってお礼を言いたかったな。

私を救ってくれてありがとうって。


 でも、最後に一つだけ……勝手なお願い……

自業自得なのはわかってる。

あのまま逃げてれば生きれたことも分かるけど……どうしてもジャックを見捨てられなかったの。

だから……後で絶対にごめんなさいするから……。



「助けて……! ゴードンさん、フリューゲルさん……!」



 私の勝手な、届くことのない願い。

夢見がちな少女の願い。

自分で招いたピンチなのに、王子さまみたいに颯爽と現れてくれ、と頼む。

都合のいい、ジャックに我が儘だ、って言われても仕方のないお願い。





 それでも…叶うなら……三人で生きたいから……。






「なっ!! この魔法はっ!!?」



 目の前からそんな声が聞こえた。

目を開けてみると、部隊長が降り下ろした短剣がさっきまでなかった木に深々と突き刺さっていた。

まだまだ小さい木だけれど、短剣をしっかりと絡めとり、簡単には抜けそうになかった。



「あ……あんたが……これをやったのかい!」



 部隊長が短剣を木に刺したまま後ろに下がって言った。この魔法を起こしただろう人物が、私の前に立つ。



「ええ、そうよ? 見覚えがあるでしょう?

アンタの飛空挺を盗むときにちょーっと見せてあげたもんね?」



 私の目の前に居たのは、とても綺麗な女の人で



「改めまして、私の名前は〝フィーナ〟

この街では〝サリナ〟と名乗ってたけどね」



 私には、その女の人が輝いて見えて



「それとも、こう言った方が分かりやすいかしら?



 俺は睡蓮の参謀、事務担当の〝ゴードン〟だっ!

……てね♪」



 紛れもなく、私の望んだ英雄ヒーローだった。




 

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