第二十一話―イメチェン!?
「さぁて、次はあそこの肉屋に行くわよ!」
ビシィッ、と進行方向に向けて指を向けるミシェル。天真爛漫なご様子で、今日はいつになく嬉しそうである。
「ちょ……待たんかい……一旦、孤児院に荷物を置いてからにするっていう選択肢はないんか……」
「無いわ! そんなの時間の無駄じゃない! さぁ、行くのよジャック!!」
「頑張ってくださいジャックさん!」
「が、頑張って……」
「そう言うならせめて自分の足で歩いてくれへんかなぁ!?」
手で押すタイプの大きな荷台に乱雑に置かれた山のような食材。その荷台に二人の少女が腰かけている。雪のように白い体毛に真っ直ぐ伸びたウサ耳の少女、吸い込まれるような黒い髪の毛を持つ少女、フランとユナである。
ミシェルは荷台の縁で仁王立ちで、ジャックに指示を出している。幅の狭い縁に立っているにも関わらず、落ちるような危なげな様子はまるでない。抜群のバランス感覚だ。
言うまでもないが、荷台を押しているのはジャックである。小人族の腕力でもこの荷台を押し続けることは難しいのか、自作の【身体強化】魔具で足りない力を補っている。何時間も荷台を押しているジャックの額には玉のような汗がびっしりと浮かんでいた。
「今夜のパーティの為の買い出しなのよ! グダグダ言わずに働きなさい!!」
「それとこれとは話が違う!」
こんな風なやりとりを挟みつつ、盗賊も昼寝をするような気持ちのいい日柄の表通りを四人は進んでいく。
--先日の多額の寄付の使い道を話し合った結果、貧しい孤児院生活にもゆとりができた、一度くらいはパーティをしてみてもいいんじゃないか、やるならば豪華にやろう、ということになって、現在は買い出しの真っ最中である。
「ねぇ、ユナさん……」
「どうしたんですか? フーちゃん?」
「あれ……もしかして……サリナさん……かな?」
「どれどれー……うーん……た、多分?」
フランが指し示す方向をみたユナがそんな曖昧な返事をする。
「まぁ、ジャックさんに見てもらえば分かります。
ジャックさーん、あそこにいるのって、サリナさんじゃないですかー?」
奴隷の如く働かされていたジャックがサリナという単語に耳を僅かに揺らして反応し、目を動かしてサリナと呼ばれている人の姿を確認する。
その瞬間、ジャックは瞠目し、手に力が籠り、足が車輪のように回転する。疲れきっていたハズの身体にエネルギーが満ちて身体にまとわりついていた汗が煌めく滴となりジャックの背後に流れていく。不思議なことに魔具不使用の状態で荷車を先程とは段違いのスピードだ。
その急加速によって荷台の縁に仁王立ちしていたミシェルが慣性の法則に従って荷台の中に落ちる。鈍い音が荷台から聞こえた。それに全く気がつかないジャックは目標地点まで到達すると、昨日と同じように貴族に仕える騎士のように手を取る。汗は完全に流されて、気のせいか背後に薔薇まで見える爽やかさだ。
「お久しぶりです。ミス・サリナ。こんなところで会えるとは……このジャック感激の極みに存じます。どうでしょう? この再会を祝して「あんた何やってくれてんのよ!」グエッ!!」
荷台から勢いよく飛び出したミシェルのドロップキックがジャックの頭にきまる。なめらかな放物線を描いたミシェルの蹴りによってジャックは地面に叩きつけられた。
一方、蹴った方のミシェルも頭を押さえている。荷台に打ち付けた頭が痛むようだ。半分涙目になりながらでジャックを睨む。
「何すんねん!!」
「それはこっちのセリフよ! あんな急に加速したから荷台の中に落ちちゃったじゃないのっ!!」
「はぁ!? 荷台の縁に乗ってた時に『私はバランス感覚には自信があるのっ! あんたの運転ごときじゃ絶対に落ちないわっ!』って言ってたやないか!
そんなモン知るかっ!」
「限度ってものがあるでしょう!!」
ギャーギャー、と往来の真ん中でケンカを始める二人を尻目に、ユナとフランはサリナらしき人の元へ行く。
「こんなところで会えるなんて思ってもみませんでした。昨日はどうもありがとうございました、サリナさん」
軽くお辞儀をしたユナに合わせて、背中に隠れているフランも腰を折り曲げる。
「っていうか……サリナさん……ですよね?」
ここまで近付いて、お辞儀をしたにも関わらず、そんな質問をする。今更な気もするその質問に対して目の前の女性は答える。
「ええそうよ。昨日振りね」
「よかった~、昨日と髪の色が違うんで、もしかして別人なのかと思っちゃいました」
ユナやフランが今までこの女性をサリナと断定出来なかった理由がこれである。昨日会ったサリナという女性はとても美しい光沢を放つ海の色をそのまま髪に閉じ込めたような神秘的なマリンブルーの髪が特徴的だった。
……が、今のサリナは昨日のサリナとは違う髪をしている。今のサリナは自然な感じのミルクティブラウン、光沢も美しく、大地の恵みを一身に受けたような暖かい印象を受ける。昨日と比べてもその美しさに遜色はない。
茶色の髪に緑の眼。今日も昨日と同じ露出の多く、動きやすい服を着ている。
(黒髪の丁寧な口調……この子がユナで白ウサギの獣人族……フランね)
「? どうかしましたか?」
「えっ? ああ、いやいや、ううん。何でもないの、ちょっと独り言よ。ところで、あの二人のケンカは止めなくていいの?」
サリナの言葉でパッと後ろを振り返ってみるとミシェルとジャックの舌戦がデッドヒートしていた。
「あんたなんか一生彼女なんて出来ないわよ!」
「ハン! お前みたいなちんちくりんな女王様キャラで自分は彼氏出来るなんて思ってんのか!」
「女は自分より背の低い奴は受け付けないのよ」
「男はワガママな奴は受け付けへんぞ」
「女は―――」
「男は―――」
「子供みたいだね………」
「そうですね……」
ジャックはともかくミシェルは十分に子供なのだが、二人ともそのことには触れなかった。
「はぁ、仕方ありませんね。フーちゃんはミーちゃんを止めてくれますか?」
こくん、とフランは首を傾けて了承。よし、とユナも意気込んで、ジャックの元へ行く。
「ジャックさん、十歳の子供のミーちゃん相手になにやってるんですか。そんなみっともないことしてたら、サリナさんに嫌われますよ?」
「おっと、そうやな、子供相手にムキになっててもしゃーない。こんなことでサリナさんに嫌われてもうたら一生の損やで」
「ミーちゃん、ジャックさんと話してたら馬鹿がうつるよ?」
「あら、そうね。こんなのと話してても何も良いこと無いじゃない。このちっちゃいののバカ成分に毒されるところだったわ」
フランの説得の仕方に悪意が込められていると思うのは、きっと間違いではないだろう。まぁ、何にせよ、二人が自分達の矛を納めてくれたのは事実なので、そこには触れないでおく。
(小人族の変な子……ジャックね。それとケンカしてるのが……ミシェル)
サリナが小声で呟く。今回の呟きは誰にも聞こえなかったようだ。そして、ようやく四人がサリナの前に顔を揃える。
「あれ? サリナさん髪の色変えたんですか?」
「ええ、そうよ。昨日、染料を買って宿で染めたの」
「すごく綺麗に染まってますね。髪を染めると変な風になっちゃうって聞いたんですけれど……」
この世界で髪の色を変える方法は二つある。
一つ目は魔具を使うこと。ヘアピンタイプの【幻覚】系の魔具を購入し、発動させるのだ。このやり方でやると、髪を痛めることなく、ムラなく髪を染められる。ただし、そもそも【幻覚】系のモンスターを仕留めるのは困難なため、一般人にはすこしばかり手の届かないところにある。また、魔力鉱石に貯められた魔力が切れると、髪の色も元に戻ってしまうという欠点がある。
そして、二つ目はサリナの言っていた染料を使う方法だ。染料とは、薬草農家によって栽培されている薬草を配合して作られた薬品のことだ。
染料を約六時間程髪の毛にひたすことで髪の色は染まる。染料は安く、一般的に使用されているのもこちらだ。
だが、こちらは時間がかかる上染まるのにムラが出てしまう場合が多い。失敗してしまうとそれはそれは無惨な結果になってしまう上に、髪も痛んでしまう。
その無惨になった人の多さから、染料を使うと変な風になる、そんな噂が流れているのだ。
「ちゃんと使えば変な風にはならないわよ。ほら、きれいに染まってるでしょ?」
「ほんとですねー……でもなんで急に髪を染めたんですか?」
「えっ!? あー……えぇ~っとぉ……」
目を空に向けて、頬を人差し指で掻く。
痛いところを突かれてしまった。どうしよう、何か言い訳を考えないと、でも何て言い訳しよう、うーん、困った。
気のせいかも知れないがそんなサリナの心の声が動揺している様子から聞こえてくる。
「イ、イメチェンよっ!」
そして出た言い訳がそれだった。他に何か無かったのだろうか。言い訳にしては安直過ぎる気がする。
「イメチェンですか……」
「イメチェンなのよ!!」
(ちょっ! ユナちゃん集合!)
ジャックがユナに集合をかけ、イメチェンと言い張るサリナの前で四人が円になって話し合う。
(どうしたんですか?)
(なんでユナちゃんは気付けへんねや!)
(?? 何にですか?)
(サリナさんが髪を染めた理由や!)
(イメチェンって言ってたじゃない。馬鹿じゃないの?)
(じゃあなんでイメチェンなんてしようと思ってん)
(知らないわよ馬鹿じゃないの?)
(考えろやっ!)
(あっ、もしかして……)
(ユナさん……分かったの?)
(昨日帰ってからお連れの方と何かあったんじゃ…)
(あっ……!)
(それや! 分かったかミシェル? つまりはこういうことや!
昨日、あのあと宿に帰ったサリナさんは何かしらの理由で連れの男と喧嘩になり別れた……そこで心機一転イメチェンをしようと思って……というわけや)
(よくそこまで思い付くわね。馬鹿じゃないの?)
(ほほう、さっきからお前はワイに喧嘩売ってんのか?)
(ジャックさん落ち着いてください。つまるところわたし達は傷心のサリナさんをあの手この手で懐柔しようとするジャックさんを全力で阻止すればいいんです)
((了解))
(違うやろっ! もうこれ以上髪の話題に触れるなってことや!)
話がまとまって、円を解く四人。サリナは微妙な笑みを浮かべている。目の前で声は聞こえていないとはいえ、露骨な会議をされたら、誰しもこのような顔になるというものだ。
「ところで、サリナさんはこんなところに何しに来ているんですか?」
今までのやりとりなどなかったかのようにユナが切り出す。サリナもそれに対しては動揺を見せずに答える。
「旅に必要なものの買い出しってところね。必要なものがたくさんあるから、表通りをブラブラしようと思ってるわ」
「そうなんですか。じゃあよかったら一緒に買いませんか? 荷物はジャックさんが持ってくれるんで」
「まぁ、サリナさんの荷物なら全然問題はないな」
「調子のいいやつね」
「はいはい、そこの二人。いつもいつもケンカしない。そーねー、折角だし、頼んじゃおうかな」
「ぃよっしゃあぁあ!! サリナさんと買い物デートぉぉお!!」
「何言ってるのよ、荷物持ち。さっさと私達を運びなさい」
「さぁ、サリナさんも荷台に乗ってください」
こうして、サリナを加えた五人はカラクムルの表通りを進んでいくのだった……
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「んーっ、おいしいっ!」
「ありがとうございます」
カラクムルのちょうど中心に位置する大広場。そこは広場の中央を頂点にして円錐状のピラミッドのように段々と段差が設けられている。一段一段が大きく設計され、東西南北に伸びる階段からそれぞれの段へと移動するのだ。
天辺の段はカラクムルの街全体を見渡せる程の高度を誇っている。
カラクムル名物『エアーズスクエア』
まず、この街に来たものはエアーズスクエアの巨大さに目を引かれる。その高さは語るに及ばないが、エアーズスクエアは広さでいっても異彩を放っている。この街の全ての人を収容できるといっても過言ではない広さ。実際、犬猿会設立の際の演説大会では、この広場が使用された。
帝国建国よりも以前から存在するこの広場は名物であると同時にこの街の象徴だ。
さらにこの広場はジャック達が露天経営を行っていた通りに面しており、普段はカラクムルの町民や、観光客が食事をする場所として利用している。もちろん、天辺から見える景色を求めてエアーズスクエアに来る人もいる。
街並みを気軽に一望出来るこの広場はとても人気が高く、町民に親しまれている。そんな庶民的観光地エアーズスクエアで五人はユナの作った弁当に舌鼓を打っていた。具材は先日リュウセイが仕留めた熊とカイルが仕留めた大量の魚の残りである。
「いやぁ~ほんとにおいしいわねコレ!
ユナちゃんいいお嫁さんになるわよっ!!」
「お、およ、お嫁さんだなんて……」
「ユナさん……顔真っ赤だょ……?」
「な、なんでもないですよ!? いつも通り大丈夫です!」
「景色もいいし、サイコーね!」
顔を赤らめるユナと、弁当箱を膝の上に置いて伸びをするサリナ。天辺は人が多すぎるので中層辺りでの昼食だが、それなりの高度はあるもので、景色に飽きることはなかった。
「そうだっ! そんなにユナさんの料理が気に入ったんなら、今夜のパーティにサリナさんも参加したらいいんですよ!」
それは名案とばかりに手を打つミシェル。
まだ、サリナから睡蓮の話を聞くことを諦めてはいないようだ。サリナは残り僅かになった弁当を少しだけ口に含み、ゆっくりと咀嚼してからその提案に対する返事をする。
「ごめんね~、あたし、今夜にでもこの街を出ようと思ってるんだ」
「え……」
明るい顔から一転して、地獄の底に叩き落とされたような暗い表情をするミシェル。
いや、ミシェルだけではない。ユナもフランも悲しそうな顔をしている。
ジャックは荷物を運ぶのに体力と魔力を使いすぎてダウンしているが、サリナが街を出るという言葉だけはしっかりと耳に届いたようで、息を切らし、汗だくになりながらも、顔をサリナの方へと向ける。
一方のサリナは残りの弁当を本当に美味しそうに食べる。何度も何度も食材を噛み締めて、満足げな表情を浮かべる。そうして、全ての食材を食べ終わると、小さな声でごちそうさま、と呟いてから話の続きをする。
「あたしが大陸中を旅をしてるっていうのは前に話したわよね?
この街でやることはやったし、そろそろ次の街に行きたいの。色んな場所を巡るには、人生ってのは短すぎるしね。それで、今夜にでも街を出ようと思ってる。
ううん、今夜、この街を出なくちゃいけない。これだけは変えられないの。
わざわざ、夜に出る理由はね、ズバリ帝国兵が鬱陶しいからよ。知ってると思うけどこのカラクムルの街にも多少なりとも帝国の手は入ってる。あいつらは仕事はしないけど、昼間のうちは門を見張ってるの……
あたしみたいなか弱い乙女が一人で外に出ようものなら、喜んで後を付けてくるわ。
そしてある程度街を離れたら……ね。それを避けるためにも、夜のうちにこっそりこの街を出ないといけないのよ」
「そんな……急すぎますよ……。私達は五百万マムも寄付して貰ったのに……まだ何も返せてません……」
「あれはあたしのお金じゃないの。睡蓮のお金よ。あたしは彼らのお金を必要な場所に届けただけ……。何かを返そうと思うのなら……彼らに返しなさい」
「それは、分かってますけど……」
「気持ちだけで十分。ありがとね。もしまたこの街に来ることがあったら--」
サリナが言葉を急に止める。不思議に思ったユナがその視線を追うと一挺の飛空挺があった。
飛空挺は高級品である。一般人が手の出せる代物ではない。私的に所有している者はこの大陸も十人を超えない。
しかし、物事には例外というものが存在する。帝国の部隊長達は就任と共に部下と、魔具と、専用の飛空挺を与えられるのだ。
つまり、飛空挺は部隊長の私有物である可能性が高い。サリナが言葉を失ったのはそのためだ。
その飛空挺はエアーズスクエアの頂上よりもさらに上空で停止し、広場一体を薄闇が包み込む。そこまで来ると、流石に広場にいた人々も上を見上げて、飛空挺の存在を視認する。
そしてその中の一人が声を張り上げた。
「な、なにか降ってくるぞ!!!」
直後、エアーズスクエアの頂上にソレは飛来する。隕石のように一直線に飛来したそれは頂上の段を粉々に砕き、粉塵を巻き上げる。その場にいた人々の何人かは衝撃によって何段か下まで飛ばされるが、命に関わるほどの怪我をしているというわけではないようだった。
そして粉塵の中から人影が二つ現れる。
その内の一つは、女。
髪の毛をすべて編み込んであるドレッドヘアー。暗い緑色の髪の毛は毒々しい色彩である。瞳は異常なほど赤く、見れば呪われてしまうような危険さを孕んでいるような印象がある。
露出過多とも言えるようなギリギリの衣装を着けているが、見せている肌は弱々しいものではなく、男のような筋肉質のものだった。
両腕にはカイルと同じ腕輪型の魔具がはめられている。
片割れは、男。
赤い短髪に大きな黒目。酒が回っているのか、顔が赤い。腰回りには酒が入ったひょうたんが大量に下げられている。
そして何よりも特徴的なのは身体中に刻まれた虎模様と、毛に覆われた大きな四肢と爪であろう。
獣人族、である。
それも、肉食系統の。肉食系統の獣人というのは草食系統の獣人よりも身体能力が数段上である。ライオンなどの獣人族の膂力は【身体強化】をしているモンスターよりも高いとも言われている。同時に狂暴性も高いと言われているが……。
そんな男の背中には重厚な輝きを放つ巨大なバスターソードが差されていた。
キィーーーーーッン
高周波の音が街中に響く。
この音は以前ヨークタウンでカイル達が聞いたものと同じ、放送の前に流れる音だ。人々は不快感に顔をしかめたけれど、心のうちではこれから起こる展開を予想できずに困惑するものが多数だ。
『ごきげんよう、カラクムル在住の諸君。アタイは第五部隊長のエリュアだ』
『同じくぅ……第七部隊長のぉ……ウィ~。アジハドだぁ……ヒック』
『突然たが、帝国に仇なす犯罪者、睡蓮がこの街にいると報告があった……なんつったかな……猿の会だったか、犬の会だったか……そんな組織の被害者からだ。
まぁ、アタイら帝国軍人としては街に重大な犯罪者がいるってことは放っちゃおけねぇわな。
だからよ……睡蓮の野郎共をぶち殺すために、お前ら全員死んでもらうことになった』
空気がその瞬間を切り取って、張り付けたような静けさ。誰も、その言葉の意味を理解出来ていない。そんな沈黙も意に介さずにエリュアは続ける。
『睡蓮って犯罪者どもは、まだ誰も顔を知らねぇ。
だが、この街にいることは分かってる。
だから、この街の町民全員殺せば、睡蓮も死ぬことになる。簡単だろ? な? 巨悪を討つには多少の犠牲は仕方ねぇんだ。アタイたちも心が痛むよ。本当だ。だけど仕方ないだろ? 睡蓮を殺さなきゃいけないんだ。多少の犠牲は仕方ない。
恨むなら、睡蓮の連中を恨むんだな』
暴論すぎる話だ。
しかし、言ってる間にも飛空挺から帝国兵が次々と降りてくる。二人のように乱雑な降り方ではなく、飛空挺から紐をたらし、次々と広場に降り立っていく。
その命令を下したであろうエリュアは薄ら笑いをその顔に浮かべている。
『うぃ~~っと……おいおい、こいつあ、運がいい……おれのぉ鼻が言うには……この街に闇属性がいるぅ……みたいだぜぇ』
アジハドがそう放送で呟く。
視線はユナに向けられているわけではない。だがそれでも、その言葉に対して絶望の表情を浮かべて、両手を前でくみ、ユナは震えを抑えきれない。
そんな彼女の前に、疲労で重い身体を引きずってジャックが立つ。
フランは完全にミシェルの影に隠れて怯えてしまっている。
一方のミシェルは震えてはいるものの、毅然とした態度でエリュアを睨み付ける。
全員が目の前の光景でいっぱいいっぱいになる中、四人の背後に控える形となってしまったサリナの、ひどく……苦々しげに唇を噛んでいる様子は、誰の目にも留まることはなかった……。