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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第一章~集結~
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第二十話ー孤児院の来訪者

 





 


「七星流・参の型・明星!」



――モンスターの目の前で大上段に振りかぶって刀を降り下ろすフリをする。やっぱりこいつはある程度の知性があるようで、明星のフェイントにもあっさり引っ掛かる。


 楽でいいぜ。楽しくはねぇけどな。


 フェイントで降り下ろした手刀が熊みてぇなモンスターに防がれた瞬間、無防備にさらけ出された腹を左手に持つ小竜景光で横に凪ぎ払う。深く切り込んだが、まだ致命傷にゃ至ってねぇ。


 次でラストだな。


 ん? アイツの魔力が揺れてやがる……?

ハッ! 成る程……【暴走バーサク】か。そんな捨て身の【能力】じゃ俺は殺れねぇぞ!


 狂乱の熊が腕を振り回して襲いかかってくる。辺りの木々が軽々と薙ぎ倒され、【能力】によって腕力が上がっている事を示している。


 だが、【暴走バーサク】は過剰なパワーアップと引き換えに理性を失う諸刃の【能力】だ。もともとないような理性が消しとんで単調な反応しか返さなくなる。そんな見え見えの動きなんざ、なんら警戒する必要がねぇな。



「七星流・護りの型・其の弐・回星」



 攻撃のために伸ばしたこいつの腕が伸びきった瞬間、カウンター技である回星を使う。

柄頭で突き出された拳を思いっきり殴り付ける。伸びきった腕には衝撃の逃げ場はなく、打ち付けられた方の腕は使い物にならなくなった。さらにさっき切りつけた傷からも血が溢れ、ヤツの身体中を雷が駆け巡る。


 そして痛みに呻くソイツの腹の傷口に向かって止めの一撃を加える。



「七星流・壱の型・一ツ星!!」



 傷口に向かって雷が流れていく。狙い通り傷口に当たった一ツ星。理性を失った熊はグォォ、と短い断末魔を上げて前のめりに倒れると二度と起き上がることはなかった。



「終わったな」



 今日も手応えのねぇモンスターだな……日々の張り合いが少ねぇぜ。ったく……まともな修行も出来やしねぇ。今日は型を一通りやって、カイルにケンカ吹っ掛けて終わりにすっか……


 えーと……今日はアイツは湖に行くとか言ってやがったな……全部の型をやり終えたら行ってみるか……――








 これから約三時間後の夕方に差し掛かろうとする段階で、カイルの所に向かったリュウセイが見たのは、水かさが半分ほど減った湖と、湖畔に打ち上げられて、全身に火傷を負っているカイルだった。


 それを見たリュウセイは何が起こったのかある程度察知し、しょーがねーやつだな、とカイルが起きるまで側にいた……


 と言うことはなく、無理矢理起こして修行に付き合わせたというのが真実なのだが……



 それに嬉々として付き合うカイルもカイルである。






――――――――――――――――――――






「や、やっと寝れる……」



 午後三時を過ぎた辺りで、ようやく孤児院の清掃が終わり、孤児院の中をうろついていたジャックにようやく睡眠の時間が訪れる。


 一刻も早く眠るべく、ミシェル、フランの二人の仕事である庭の草むしりを手伝い、ちょうど終わったのだ。


 ユナは孤児院の前で『珍味櫓』の経営をしている。接客は手の空いた子供達だ。生意気な聞かん坊どもは今日のおやつをユナが作るという条件でアッサリと雇われた。売り上げは大通りに店を構えていたときほどのものではないが、必要な経費分は既に貯まっているとも言えるので、問題はない。旅をするのに必要最低限な物も買ってある。



「お疲れ様。ま、最低限の仕事はこなしたと認めてあげるわ」


「お疲れさまですぅ……」



 二人から労いの言葉をかけられ、応える気力も無く、フラフラと邸内に向かっていくジャック。

すると……

 


「ごめんくださーい、誰かいませんかー?」



 丁度来客が来たようで、玄関から声が聞こえた。



「私が行くから先に戻って寝てていいわよ」



 ミシェルが珍しくジャックに対して優しい言葉をかける。一晩中つれ回したことに、少しは罪悪感が芽生えたのであろうか。


 ジャックもその通りにさせてもらうわ、と言いミシェルが話を始めたらこっそり孤児院に入るつもりだった。







 その来客を視界の隅に捉えるまでは。







 女性だった。


 容姿端麗、才色兼備、そのような優美な美しさとはまた別の次元で美しい女性だった。

言うなればそう……〝庶民的な美しさ〟。


 気品を感じさせるユナのような美しさとは異なり、美しいまでも、親しみ易い雰囲気を纏っている。カラクムルの美人小町と言われればまず候補に上がることは間違いがない。


 民衆に溶け込みつつも、なお人を魅了する桜のように、ありふれているけれど、目を向けざるを得ないような美だった。


 肩より少し長めに整えられた髪は綺麗な光沢を放つマリンブルー。海の色をそのまま髪に閉じ込めたような神秘的な色だ。ユナのようにまっすぐストレートではなく、毛先にウェーブがかけられている。瞳の色は薄い緑で、猫目のそれは気の強そうな印象を与える。


 そしてスタイルも良い。出るところは出て引っ込むところは引っ込み、胸も大きい。大きすぎる胸を好まない人もいるだろうがそこまで大きな胸ではなく、普通に暮らしていたら胸が大きい部類。爆乳ではなく、巨乳。そんな感じだ。


 服は全体的に露出が多めで、胸の谷間も、おへそもしっかりと確認できる。手首と胸元には動物の羽毛のようなものがあしらわれており、耳にはピアスもつけている。腰回りには物がよく入りそうな機能性重視のポーチが巻かれている。


 その服装は、モンスターなどを退治してお金を稼いでいる冒険者のようなものだった。


 随分ワイルドで、魅力的な格好だ。



 その女性を視界に捉えたジャックはフィギュアスケート選手のように凄まじく回転しながら滑るように高速移動。早歩きだったミシェルをあっさりと追い抜き、その女性の前でぴたり、と止まる。


 片膝をついて、左手を自らの胸に、右手で女性の手を取る。あまりに素早い動作にミシェルもフランも呆然とする他なかった。



「当孤児院に何の御用でしょうか、ミス。

私はジャックと申します。この孤児院に住まわせて頂いている身にございます。よろしければ、お名前を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」



 それを受けて、動揺など欠片も見せずに女性は答えた。



「わたくしはエリザベス・シュバルツェン・エル・ヴィオラ二世と申しますわ。ジャックさん」


「なんとも、気品のあるお名前でございます」


「ありがとう。あなたも中々ありふれた名前で素敵よ」


「有り難きお言葉、このジャック痛み入ります」


「ねぇ、院長さんはいらっしゃるかしら?」


「えぇ、どうぞ、お入りになって下さい」



 女性、エリザベス・シュバルツェン・エル・ヴィオラ二世?の手を取り、孤児院の中に入ろうとするジャックに、ミシェルがやっと追い付いた。



「ちょっとちょっと!! アンタなにやってんのよ!寝るんじゃなかったの!?」


「はて、何のことでしょう? 私は眠くなどありません、この御方を孤児院にお連れするのが、今日の私の仕事ですよ?」


「そんな仕事命じてない!!」


「ミス、失礼します。この子は少々疲れているようなので……」


「疲れてるのはアンタでしょ!?」


「とりあえずお休みになってはいかがですか?」


「ムキィィイィイ!!!」



 足をダンダン、と踏み鳴らし、来客の前でも露骨に苛立つミシェル。なぜかいつもと立場が逆な事やキザったらしいジャックの態度が余計にミシェルの腹を立たせた。



「あのー、エリザベスさん。そこのジャックさんと言うちっちゃい人は女の人の価値を胸の大きさで判断するようなダメな人です。


 ミシェルちゃんにはいっつも突っかかるし、孤児院に住まわせてもらっているのにろくに働きもしません。


 平気で思ってもいないような事を口にして、女の人に商品を買わせていくようなタチの悪い人なので、付いていくと何をされるかわかりませんよ?」


「ユナちゃんっ!?」



 突然に割り込んできた声はジャックを酷く貶めた。


 ジャックが振り返ると、腰に手を当てて、無い胸を張るユナがいた。エプロンを着けたままで、仕事の最中に抜け出してきたことが伺える。



「今日はもう店仕舞いすることにしました。ジャックさんの毒牙にかかりそうな人が居ると聞いて、いてもたってもいられなくなったんです」


「い、いったい誰が……」



 そこまで呟いたところでユナの背中からひょこひょこと動く白い物体を発見したジャック。


 物体というか、ウサギの耳なのだが。



「フランかっ!!」


「よくやったわフラン!!」



 愕然とするジャックと喜悦の声を上げるミシェルにフランは耳だけをユナの背中から出し、ひょこひょこと動かして応える。



「ジャックさんのナンパは絶対に成功させません!」



 強い決意の眼差しでそう語る。その目には決意の炎が煌々と燃え上がっている。



「ま、まさか前の断崖少女って言ったこと……根に持ってたんか……」



 そう言われると、そんなことを言っていたようないなかったような……。

まぁ、言っていたのだろう。断崖少女の恨みは根深い。



「また言いましたね!!」


「ワイの恋路を邪魔する権利は誰にもあらへんねん!!」


「邪魔なんてしません! 破談させるだけです!」


「もっと酷いっ!?」


「ユナさん! 私もそれ手伝う!!」


「どんどんジャックさんの悪口を言っちゃって下さい!!」


「チビ! 無能! ケチ! 単細胞! ちび! 守銭奴! 女たらし! 女の敵! ミニマム! すけこまし! 穀潰し! 赤毛! ミニ! ボサボサ! 調子乗り! カッコつけ! スモール! 詐欺師! 犯罪者! 厚底! 嵩まし髪形! 無駄な努力! 高望み!」



「四個に一個身長のことを挟むな!! しかも最後! 嵩ましで何が悪い!

高望みして何が悪いんやぁぁぁああぁああ!!!」



 ユナも加わり、ミシェルと二人で口撃を行う。耳を澄ませば、フランも小声で、ちっちゃぃ……と呟いている。


 口撃に対して、ツッコミを返していくジャック。この四人の漫才は永遠にでも続いていきそうな雰囲気さえ纏っている気がした。



 それを終わらせたのは一人の声だった。



「あのさ」



 エリザベスが四人の口撃の隙間の縫って話す。大した声は出していないが、四人の意識は完全にエリザベスに向いていた。

客人であるエリザベスをそっちのけで盛り上がっていた四人は自分達の醜態を自覚し、みるみる顔が青くなっていく。


 エリザベスは自分に向けられる八つの目をしっかりと見据えて、目だけは笑わせないと言う黒い笑顔の猫なで声でこう言った。





「さっさと院長さんに会わせてくれない?」



 



――――――――――――――――――――










「ごめんなさい、本っっ当にごめんなさい!」


「別にいいのよ? 気にしなくても」


「いえいえ、どんな罰もそこのジャックが受けるんで、なんでも言っちゃって下さい」


「あらそう? じゃあ……」


「やめてっ! エリザベスさんもそんな簡単にこいつらの口車に乗らんとってっ!!」



 数分程経って、孤児院の中の来客間でそんな会話が交わされていた。フランは地味に広い敷地面積を誇る孤児院で院長さんを探しに出かけた。ウサギの耳は飾りじゃないから、すぐに見つけるとのことだ。


 余談だが、現在この孤児院には二十人ほど孤児が住んでいる。その中の最年長がミシェルだ。十歳であるにも関わらず最年長であるというのは珍しい話ではあるが、ミシェルの精神年齢は大人とも言えるので暮らしていく分には問題は無さそうだ。


 そして、ミシェルの呼んだエリザベスという名に当のエリザベスはしばらく無反応を示していたが、一瞬後には申し訳なさそうな仕草を取った。



「……あー、あたしのことか。ごめんねー。エリザベスなんとかって名前、嘘なんだー」


「えっ?」


「いやー、だってね? いきなり手をとられて貴族を相手にしてるみたいに話しかけられたらね、そりゃあうっかりそれっぽい名前を名乗っちゃうのも仕方ないと思わない?


 上品な感じにも喋れてたでしょ?」


「スゴいですねー。私じゃ……何? 気持ち悪いんだけど?

今すぐ離して。死んで。ぐらいしか返せないと思うなぁ……」


「そんな刺のある返事はいらん!

で、本当の名前はなんて言うんですか?」


「サリナよ。よろしくねー」


「なんて美しい御名前……このジャック胸に深く刻みました」


「はいはい、もう分かったから、あんたなんかさっさと寝れば?」


「流されたっ!?」


「あははははっ!」



 ミシェルとジャックの掛け合いに笑い声を漏らすサリナ。笑われた方はきょとん、とした顔になっている。



「いやー、ごめんごめん、つい笑っちゃった。今まで結構旅してきたけど、こんなに明るい孤児院は初めてよ」


「サリナさん、旅してるんですか?」



 ユナの質問に他の三人--特にジャックが食いついて、サリナの返答を待つ。



「えぇ、そうよ。あたしはこの大陸中を旅して回ってるの。水上都市、樹上都市、他にも色んな所を見てきたわ」


「す、スゴいですね…… 」


「でも、良い街ばかりってわけじゃ……ないんですよね?」



 ミシェルが聞きにくそうにその言葉を口にする。ジャックとユナは少しだけ、顔を曇らせた。



「そうねー……、そんな街も見てきたわ。

帝国のせいで荒みきった街……理不尽が横行闊歩している街……奴隷の街」



 ピクッ……と、ミシェルが最後の言葉に反応を示した。



「ま、色んな街の色んな場所に行ったけど、入るなり手を取られてナンパされるのは初の経験だけどね」



 ジャックを見て、肩をすくめて見せるサリナ。一瞬重たくなった空気が、軽くなるのを感じる。



「いやー、綺麗な女の人がおったら声をかけてしまう性分なんで」


「胸の大きい人の間違いですよね?」


「サイッテーね」



 ゴミを見るような冷たい目で、二人はジャックを見る。



「ワイの味方はこの場におらんのかっ!」



 大袈裟に反応をして見せるジャックのお陰で、重たい空気は一蹴された。

そしてこの好タイミングでフランが院長を連れてきた。


 フランは、相変わらず人の前では院長の後ろに隠れて、少しだけウサ耳を覗かせている。院長は部屋に入るなり、サリナに向けて深々とお辞儀をする。



「すいません、お待たせしました」


「全然待ってないんで大丈夫よ。楽しくおしゃべりしてたしね」


「そうですか、それは何よりです。それで……当院にはどういったご用件なのでしょうか?」



 いきなり本題に入る院長に対して、ゆっくりと五秒ほど間を取ってから、サリナは口を開いた。







「実は、この孤児院に寄付をしに来たの」






 その言葉に孤児院の面々は何も反応を返すことが出来ずにいた。

寄付ってなんだったかしら? さぁ?

みたいな事を頭の中で思うばかりである。院長の背中からはウサ耳がピーンと突き出たまま固まっている。


 動かない面々に、驚いた表情の住み込みの二人。自分の言葉がここまで強い影響を持っていたことに少し、引き笑いをするサリナだが、軽く咳払いをして、この膠着状態を破ろうとする。



「睡蓮が昨日この街に盗みに入ったのは知ってるわよね?」



 睡蓮というワードで現実に引き戻され、過剰に反応してしまうのはミシェルだ。固まっていたにも関わらず、すぐに覚醒した。



「ええ! もちろん知ってます!!」


「あたしはあの時、偶然西地区にいてね、睡蓮のおこぼれに預かることができたのよ。


 ただ、臨時収入があったところでそれほど欲しいものもないし、それならあのビラに書いてある通りに寄付しようかなー、って思ったの」



 サリナはポーチから拳二個分程の大きさの袋を取り出す。それを院長の目の前で軽く振るう。チャラチャラ、とお金が鳴る音がして、サリナは不敵な笑みを浮かべながらその袋を机の上に置いた。



「数えたんだけど、まぁ大体五百万マムはあるわよ」


「ご、ごひゃっ………」



 頭を押さえてよろめく院長。対照的にミシェルはとても快活だった。



「いいんですか!? 全部貰っちゃっても!」


「いいわよー、お礼ならあたしじゃなくて睡蓮の〝ゴードン〟と〝フリューゲル〟に言ってあげてね。あたしは運んだだけで何もしてないもの」


「い、いいえ……そういう訳には行きません。私たちは寄付をしてくださった方全員に感謝の思いを抱いています。額が額なので、感謝の言葉も薄く感じてしまうかも知れませんが、お礼だけはしっかり言わせてください。


 このような大金を寄付してくださって本当にありがとうございます」


「ありがとうございますっ!!」



 深々と頭を下げる二人、それを受けるサリナはほんのり顔を赤らめて、照れくさそうにしていた。そんな様子を見てジャックが興奮しだすが、ユナがジャックの脚を踏みつけることで、場の空気を乱さないようにしている。



「それじゃ、あたしは帰ることにするわね」



 照れ隠しのようにそう言い放って、帰ろうとするサリナを院長とミシェルが止める。



「そんなっ!? もうちょっとゆっくりしていってくださいませんか? もっとお礼をさせてください!!」


「そうですよっ! もっと睡蓮の話を聞かせてくださいっ!!」



 ミシェルの止め方が酷く個人的なものになってしまっている。

だが、止めようとする気迫は院長に微塵も劣っていない。そんな風に熱く説得されているサリナは飄々として……



「ごめんなさいね~。ツレを宿で待たせてるからもう帰らないと」


「お連れの方も呼んでいただいて結構ですから!」


「そうですよ!!」



 そんな帰る帰らないの論争を繰り広げている三人を尻目に、ジャックとユナが小さな声で会話をする。



「なんで、サリナさんはあんなに帰りたがるんでしょうか?」


「……ユナちゃん、それをワイに聞くんか?」


「へ?」



 ジャックが明らかに沈んでいる。今の質問のどこに落ち込むような要素があったのか、ユナは不思議そうだ。



「はぁ……分かってないとはニブいなぁ……」


「なんかジャックさんに言われると嫌な気分になります。で、なんでそんなに落ち込んでるんですか?」


「あのな……ユナちゃん。今なんでサリナさんは早く帰ろうとするのかって聞いたよな?」


「はい、言いましたね」


「そんなん決まってるやん……ツレが居るって言ってんで……そんなもんコレに決まっとるやん……」



 小指を立てる仕草をするジャック。そこでようやく合点がいったユナは納得した表情を浮かべる。



「あぁ! そういうことですか! 良かったです! サリナさんがジャックさんみたいな人の毒牙にかからなくて!」


「ワイのことを一体どんな奴やと認識してるんやっ!」


「しかし、それが理由ならわたしはサリナさんに手を貸します!」


「え?」



 ユナが論争を繰り広げている真っ只中に飛び込んでいった。



「院長さん、ミーちゃん、無理に引きとどめるのもいけませんよ?

お礼をしたい気持ちは分かりますけれど、相手の事情も考えないと。お連れの方もきっと宿で待っていらっしゃると思います」



 サリナの前に立ち、二人に説明するユナ。

お連れの方、の言葉のところで小指を立てるのは怠らない。もちろんサリナの角度からは見えないが。


 ユナのジェスチャーを正しく理解した二人は渋々ながらもサリナが帰ることを承知した。



「そ、そうですね……すいません、取り乱してしまいました。

ですが、私たちの感謝の思いは本当です。時間があるときにでもまた来ていただけませんか?

ゆっくりとおもてなしを致しますので」


「サリナさん、また来て睡蓮の話を聞かせて下さいね……」


「へ? あ、う、うん。それくらいならいいわよ?」



 いきなりの二人の転身に戸惑うサリナ。不思議そうに思案するが、いくら考えても答えはでなかった。



「あ、あのっ……!」



 今まで沈黙を保っていたフランがか細い声ながらも、言葉を発する。全員の視線が集まり、院長の裾をぎゅっと掴むが、ゆっくりと手を離し、サリナの前に出る。



「き、寄付して……くれて……ありがとぅ……ございました……」



 その絞り出すような声を皮切りに、この場はお開きとなった……







――――――――――――――――――――







「アジハド!! アジハドはいるかいっ!?」





 ここはルクセンの街の帝国軍の駐屯地。カルト山を挟んでヨークタウンの向かいにある街だ。この街には、帝国部隊長の一人が定住している。部隊長というのはダンゾウ・ハチスカのように土地を任されているものとそうで無いものがいる。土地を任されていないものは基本的に自由に大陸を移動しつつ暮らしている。

ちなみにウィルは後者だった。

部隊長は土地を任されていない者の方が多く、定住しないのが通例だが、一人だけ、変わり種が存在する。


 それがアジハドだ。土地を任されているわけでもないのに、ルクセンから頑なに動こうとせず、朝から晩まで酒を浴びるように飲んでいる。



「ぅーーうぃ~~っとぉ……んぁ?

おー、珍しー客がぁ…ヒック……いるじゃぁねぇかぁ……」


「酒臭ぇっ!! 近寄んな!」


「そーぉ言うなってぇ……つれねーらぁ……そんでぇよぉ……おれりぃ…何の用事だぁ?」


「カラクムルに睡蓮が現れたんだよ!」



 吐き捨てるようにそう言うとアジハドの目付きに僅かに鋭さが宿ったように見える。手に持ったとっくりの酒を豪快に飲み干して、アジハドは続ける。



「それでぇ……おれりぃ、どぉしろと?」


「アンタの飛空挺を貸せ。七番隊部隊長アジハド。

それとアンタの部下達もだ。カラクムルのどっかにいる睡蓮もろともカラクムルの街をぶっ潰してやる」


「うぃ~~~っと……ちょっとぉ聞いて言いかぁ?」


「あ? なんだよ?」


「なんでぇ、睡蓮にぃ……拘るんだぁ?

あとぉ、どうしてぇ…この街にアンタがいるぅ?


 五番隊部隊長のぉ、エリュアぁ……


 自分のぉ……飛空挺は、どうしたぁ?」


「チッ、質問が多いやつだぜ」



 露骨に怪訝そうな顔をするエリュア。もう一度舌打ちをしてから、質問に応えた。



「アタイがこの街に居るのはアレだ……睡蓮を追ってきたんだ。



 睡蓮の奴等がアタイに上等かましてくれやがったんでなぁ!」



 怒りを込めたその言葉と共にアジハドは……



「ダァッハッハッハッハ!!

そーかぁそーかぁ……おめぇ、睡蓮に盗みに入られたんだなぁ……!!


 んでぇ、飛空挺も盗まれたとぉ!!

ダァッハッハッハッハ!!」



 大笑いである。自らの膝を叩いて笑う。酒が入っているのでかなりの大声となって辺りに響き渡る。



「んん? でもぉ、なんでぇ…自分の兵を使わずにぃ……俺のぉ…兵を使うんだぁ?」


「そんなもん決まってんじゃねぇか





























 アタイが全員始末したからさ」



 冷たい…氷のような声音でそう言い放った。



「奴等はアタイの秘密を知ってる。盗みに入られた時、アタイの隊の兵にその秘密をバラ蒔いたからね。


 だからアタイは自分の隊の兵を皆殺しにしたのさ。秘密を知った奴には死んでもらわなきゃならねぇ。睡蓮には……あの街で死んでもらう」



 本気の殺意が、エリュアから溢れ出してくる。魔力が漏れだし、エリュアの周囲が歪んだようになる。



「一つだけぇ……条件がぁ……ある」



 指を一本立て、殺気を撒き散らすエリュアに、アジハドは言う。






「そのケンカぁ……俺も混ぜろぉ。久々にぃ、暴れてやるぜぇ……!!」



 

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