第十八話―カラクムルの新たな日常
「ヘーイ! そこのイカしたお姉ちゃん達!! どうだいどうだい? ウチの料理、食べてかない?」
「あらヤダ。お姉ちゃんたちって、もしかして私達のこと?」
「もしかしなくても私達のことだよハニー達。麗しい貴女達が来てくれるだけで……あぁ!! 胸のトキメキが止まらないっ!! その美しさに……目も開けていられないよ……」
「あらー、嬉しいこと言ってくれるじゃない。しょーがない、その口車に乗せられて買ってあげようじゃないのさっ!」
「お一つ百マムにございます。あぁ、ですが美しい貴女方に出会えたことに何もしないのは心苦しい……そうだっ!!
五つ買ってくださるのなら、もう二つサービスでお付けしましょう」
「全く……商売上手なんだからっ。いいわよ。五つちょうだい」
「有り難き幸せ。五百マムにございます」
「あいよ、おいしかったらまた来るからね」
「またのご来店をお待ちしております」
歯の浮くような浮わついた台詞を並べて、近くを歩いている三十路を越えているだろう婦人達に手当たり次第に声をかけ、商品を買わせている男がいる……
「なんでしょう……物凄く悪どい商売をしている気になります」
「何を言っているんだい? ここは僕の接客技術を誉めるところだよ、ユナちゃん」
「その喋り方……気持ち悪いですジャックさん」
そう、ジャックだ。
彼は普段の小人族訛りを完全に捨て去り、年配の女性に媚びまくるセールストークをその口に装備していた。
「まぁ、正直ワイも気持ち悪いと思うけどな、でもそのお陰で今日も物凄い売れたやろ?」
「そうですけど……」
二人は今、カラクムルの出店が立ち並ぶ大通りで他の店と並んで、店を開いている。
カラクムルには夜の闇に紛れて進入出来たものの、お金がないことに気が付いた四人が急遽考え出したのがこの店だ。屋台など、必要な物はジャックがその腕を遺憾なく発揮して造り上げた。
そして看板には……
『珍味櫓』
と、書かれている。シェフはユナで、具材はカイルとリュウセイが修行と称して乱獲したモンスターだ。
ただ、一般家庭にモンスターが上がることはほとんど無い。食材は家畜の肉で十分であり、わざわざ好んでモンスターの肉を食すのは冒険者と呼ばれる者どもくらいだ。食肉用に調整された家畜の肉よりモンスターの肉が勝る道理も無く、街の人々にとってはモンスターの肉は忌避する--とまではいかないものの、進んで食べようと思う者も少ないのである。
まぁ。熟達したユナの腕で作られた料理なら、素材の誤魔化しなど容易い。肉の品質差など珍味で押し通せる。過度の供給のため、値段も安価。あとはジャックが通りがかりの女性を拐せば、安定した資金を得ることができる。
珍味ということに抵抗を感じる女性を、巧みな弁舌でその気にさせ、商品を買わせるジャックの働きは売り上げの半分を占めていたりする。
「なんか、ジャックさんの接客技術がナンパみたいです」
「フッ、ナンパも接客も変わらんねん。相手の警戒心をどれだけ削げるか……この一点に全てかかってんねや」
「はぁ……そうですか」
「ちょっと」
ジャックとユナが下らない話をしていると再び客が入ってくる。今日も『珍味櫓』の売り上げは絶好調らしい。
「はい、なんでございましょうか? 『珍味櫓』今日のメニューは牛(?)コロッケとなっております。
お一つ百マムとなっております」
牛(?)であるのは言わずもがな、モンスターの肉でつくってあるからだ。
そして、会話をしていたジャックの意識の切り替えは流石、というべきだろうか。ユナはお客が来たとあって屋台の中に引っ込み、料理の下ごしらえをする。
この屋台は注文を受けてから作るタイプなのである。
「五個買ったら二個おまけが付くんでしょう? 十個買うから五個おまけでつけなさいよ」
なんと、この客はいきなりこのような条件を突き付けてきた。
だが、道端で商売をやる限り、直接交渉は日常茶飯事であり、このような客を上手く捌くこともまた、良い店の条件の一つである。
これまでも節約根性の塊のような奥様方相手に、ジャックはあの手この手で対処してきた。今では手慣れたように誉めて誉めて、買って帰ってもらう技術を身に付けている。
だが……
「私達、孤児院で暮らしてるの。だからそんな私達を憐れんでもっとおまけしてくれたっていいのよ?」
「ミ、ミーちゃん……そんなにおまけして貰わなくても、二つ貰えれば十分だょぅ……。ここ一週間、おまけを貰ってばっかりで……この人達にも悪いょぅ……」
「何言ってるの。孤児院は今物凄い赤字なの。少しでも節約しなくてどーするのよ。使えるものはじゃんじゃん使って少しでも孤児院を助けるのよっ!」
こと、ここに来た人物に限り、ジャックの技術は通用しない。人物と言うか、目の前にいるのは幼さを残す少女が二人なのだが。
「なんや……またお前らか……」
「あら? お客に対して随分な挨拶じゃない」
「お客っつーか、疫病神や……お前ら二人で来るってことは金払う気ないや「あーっ!! ミーちゃんとフーちゃんじゃないですか!! 今日も来てくれたんですか!?」はぁ……」
ユナが屋台の中から顔を出してとても嬉しそうに声をかける。
「こんにちは、ユナさん」
「こ、こんにちゎ……」
ミーとフーと呼ばれた二人が挨拶をする。
ミーの方はとても爽やかな笑顔だ。裏がありそうな。
「こんにちは。ミーちゃん、フーちゃん。今日も孤児院の買い出しですか?」
「そうなんです。ユナさんの料理、孤児院の皆に大好評で買ってくるようにせがまれちゃって……」
「ふふふ、ありがとうございます。今日も腕によりをかけて作りましたよ。皆に持っていってあげてください」
「そんなっ!? 悪いですよ! お金くらい払わせてください!!」
「ダメですよー。孤児院の為にも少しでも節約しないと。ユナお姉さんの好意ですから、遠慮なく受け取って下さい」
「そ、それじゃあ……遠慮なく……いつもすいません……。ありがとうございます」
「あ、ありがとぅ……」
二人はユナから大量のコロッケを受け取り、頭を下げる。十個どころか二十個はありそうだ。ミーと呼ばれた少女が、ユナに見えない角度で笑みを浮かべているのを見て、ジャックは嘆息しつつ天を仰ぐ。
「どういたしまして、頑張って下さいね」
ユナは丁寧に頭を下げた二人の頭を撫でる。
すると……
「ふにゅ~……」
恍惚とした表情を浮かべ、目も当てられないほど緩みまくった“もふもふモード”になってしまう。
「はぁ……」
ジャックは完全にお手上げ、といった様子で頭を掻き、接客衣装をたたみ始める。
「今日もありがとうねー。ジャックお・に・い・さ・ん♪」
「黙っとれ腹黒幼女」
ジャックは忌々しげに目線が同じ高さにあるミーと呼ばれた少女に対して毒づく。
ミーは金髪碧眼。可愛らしい顔立ちだが、つり目が気の強そうな印象を作ってしまい、初対面だと気後れしてしまいそうだ。ジャックからすれば小憎たらしい美少女--美幼女である。
そして、もう一方の少女、フーと呼ばれた方は未だにユナに頭を撫でられている。いや、抱え込まれて強制的に撫でられているといった方が正しいだろう。少女は嫌がる素振りこそしていないものの、どこか気まずそうな表情だ。
その少女の頭の上には白く伸びたウサギの耳が生え、お尻からは球状のふわふわした尻尾が生えていた。この世界で言う〝獣人族〟である。出で立ちから察するに彼女はウサギの獣人なのだろう。新雪のように真っ白な耳と尻尾は現在ユナによって遊ばれている。
「幼女だなんてひっどーい。私はもう十分レディーなんですけどー?」
「上に腹黒が付くけどな」
「失礼ね。わたしは経営難の孤児院の為に奮闘してるだけよ」
「初日にウチの店をチェックしに来たやろ?
二日目の時点でユナちゃんがあーなるんに気付いた腹黒幼女は三日目以降全ての来店においてウサギの〝獣人族〟のフランちゃんを連れてきて一切代金を払うことなく商品を強奪。
これを腹黒と言わずに何て言うんや!!」
「わたしはユナさんの望みを叶えて商品を貰ってるの。正当な取引と言って欲しいわね。
それに新しい店をチェックしに来るのは当たり前じゃない。開店セールで安くなりやすいんだから」
「お前はほんまに十歳か?」
「もちろん、正真正銘の十歳よ」
「おばさんみたいな考えしてんなあ」
「大人びていると言って欲しいわね。あぁ、それと………
フーがあの状態で動けないし、わたしの腕はか細いから…今日も荷物運び、お願いね♪」
振り向いて可愛い表情でウインクをキメる。なまじ顔が可愛いだけに気取っている様子には取られないが、ジャックはそれに悪意しか感じなかった。
「分かっとるわくっそ……この疫病神め……ユナちゃんが寵絡されてなかったらこんなやつの言うことなんか聞けへんのに……!!」
抵抗は全て無意味。それは小悪魔の女王のようなこの幼女が現れた時点で分かっていた。料理担当のユナが機能しなくなった時点で『珍味櫓』の敗北は確定なのだ。抵抗のしようが無い。
「にゃぁあぅ~~……」
「うぅ…ユナさん…くすぐったいですぅ…」
「はい、これと、これと、これもお願いね」
「他の店のやつも持たせんなやぁあ!!」
生意気な幼女に怒鳴る小人族。
兎の幼女をモフりたおす少女。
ここ一週間でお決まりになってしまった光景が……そこにあった。
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「いつもいつも本当にすいません。フランとミシェルがご迷惑をお掛けしまして……」
「まぁウチの身内もあーいう風に遊ばせてもろうてる訳ですし、えーですよ。丸め込まれてるんはワイらなんで……」
ジャックが視線を泳がせた先にはユナと子供達がいた。ユナの回りにはフランはもちろんのこと、それよりも幼い人族の子供達と獣人族の子供達がいた。見たところ三〜八歳程度の子供達のようだ。ちなみにフランはミシェルと同じで十歳である。
赤、緑、青……様々な髪の色と耳の色がひしめく中でユナは依然“もふもふモード”だ。
ジャックが会話しているのはこの孤児院の院長だ。柔らかな表情を顔に浮かべ、人の良さそうな女性である。顔に刻まれたシワと黒髪の中に見れる白髪が、今までの苦労を思わせる。
「あの子ら……皆孤児なんですよね……」
「痛わしいことです……本当に」
「あ、いや、そんな重い話やなくてですね……逞しいなぁ、って思いまして……」
「あぁ、すいません。ついそういう風に考えてしまって……そうですね、あの子達はとても逞しいですよ。私の仕事も手伝ってくれて……特にミシェルはすごく働いてくれてとても助かっているんです。
あの子はこの孤児院で一番歳上ですから」
「ですよねー」
再び視線を泳がせた先にはミーと呼ばれた少女のミシェルがせっせと洗濯物を干していた。脚立を使い、シワにならないよう丁寧に干していく。ミシェルと同年代らしき女の子達もミシェルの回りで洗濯物を運んだり干したりしている。
「前から疑問に思ってましてんけど、よー孤児院なんてやろうと思いましたね? 帝国からの援助なんかあるわけないやろうからここは私立ですやろ?」
帝国が孤児院などというもののために金をだす筈がないのだ。この国は清々しいくらいに利己的で、勝手なのだから。
国民には基本的に無関心、無干渉である。
孤児院も帝国建国前は各国に多数存在していたが、経営難に財政難でその多くは取り潰されていた。
故に、現在孤児院が経営を続けるには個人の財力によって成り立つ私立でしかありえないのだが……
「いいえ、ここは私立ではありませんよ」
院長の言葉は、それを否定する一言だった。
「へ?」
「ここは、皆さんの寄付で成り立っているのです」
「き、寄付っ!?」
「はい、そうなんです。失礼ですがジャックさんは今おいくつですか?」
「じ、十八です……」
「十一年前、ジャックさんが七歳の時に帝国が建国されました。その後は孤児院に一切のお金が回って来なくなったのは知っていますか?」
「そりゃあ、まぁ…知ってますよ……」
「元々あった経済の流れや、税金の仕組みも全て壊されてしまいました。税金は定期的に一定額を納める制度へ変わり、国が行っていた政の機能の一切が停止しました。孤児院も停止した一つです。
だから、孤児院を始めとする国営だった機関、施設は収入がなくなり、全てが廃業になってしまったのが現実です。
しかし、この街には大きな〝自営団〟があります」
「〝自営団〟?」
「はい、簡単に言うと今まで国がやっていたことを肩代わりする組織です。下水道の整備、公共施設の運営、経済の安定などを計る組織です。
帝国が建国されてすぐに、当時の町長さんが混乱を防ぐために設立なさったのです。
それが功を奏し、この街は安定した生活が確約され、大きな街となったのです。現在の荒れ果てていない街も自営団はあるんですよ?
ただ、一番始めに自営団を作ったのはこの街なんです。
国の税金とは別にお金を払う義務がこの街にいる限り発生しますが、そのお陰でこの街は帝国建国後も僅かながらも発展を続けられ、自営団からの寄付で孤児院も成り立っているのです」
自治体……とでも表現すべきなのだろうか。帝国建国後、荒れる街を予期して作られたのが自営団のようだ。
そしてそれを聞いてジャックはポンッと手を叩く。
「あ、もしかして“犬猿会”って名前ですか? その自営団って」
「あら、知っていらっしゃったんですか?」
「店を出すのにお金がいるとかなんとか、って押し掛けてきたもんで……
その辺はユナちゃんに任せてるんですけど、その組織が犬猿会とか言ってたような……って訳ですわ」
「そうですね、お店を出すのにもお金を払わないといけません。そのお金で孤児院は回って、この子達の生活のお金になっているんです」
「よー出来てはりますねー」
「でも最近思うようにお金が集まらないらしくて……孤児院に入ってくるお金もだんだんと減ってきているんです。
初代の自営団長……つまりは先代の町長さんが昨年お亡くなりになって……そこからは以前のように上手くいかなくなっているらしいんです」
「やからミシェルは節約節約って言ってたんか……」
ここ一週間のミシェルの言動を思い返す。
何かにつけては節約と言っていた十歳の少女の労力を少しだけ理解できた気がした。
そう言えば先程から子供達とユナの騒ぎ声が聞こえない。遊び疲れたのか、仕事で疲れたのか、ユナがフランを抱き抱えて眠ってしまっている。抱きつかれているフランの方もすやすやと、気持ちよさげな寝息を立てている。
「さってと、ユナちゃんもフランも眠りましたし、今日はもうそろそろ帰りますわ」
「そうですか、いつも本当にありがとうございます」
「そんなんええですよ。ワイもユナちゃんも孤児院の子達に同情してるだけですから」
「それでも貰ったものに対してはお礼を言わなければいけませんよ。子供達の前ではしっかりとした大人にならないと」
「ハハッ、院長さんも大変ですなー」
言いながらジャックはユナを起こしに行く。子供達に埋もれて幸せそうなユナを起こすのは心苦しいものがあるが、仕方のないことだと割り切る。
「ユーナちゃーん? もう帰る時間やでー?」
「むぅう……もう…そんな時間ですかぁ……?」
「もう日は傾いてるな。そろそろカイル達も宿に帰ってくるで?」
「わかりましたぁ……帰りますーぅ……」
ユナは子供達を起こさないようにそっと起き上がる。随分物分かりが良くなった、と思うかもしれないが、これには確かな努力の裏打ちあってのことである。
孤児院初日はそれはそれは大変だった。
駄々をこねて、ワガママを言う。
帰りまいとして隠れては、逃げる。
それをなんとか捕まえて、無理矢理連れて帰って、カイルで妥協させて寝かし付ける。
そして翌朝の正常な思考を持っている状態のユナに出来るだけ駄々をこねずに帰ってください、とジャックが嘆願しての、この物分かりのよさなのだ。
「おねーちゃんかえっちゃうのー?」
ユナが離れたことで、どうやら寝ていた子を起こしてしまったようだ。眠そうに目を擦りながら起き上がってくる。
「ねーちゃ?」
「かえゆの―?」
一人が起き上がると連鎖的に固まっていた子供達が起き上がる。一人が二人を起こし、二人が四人を起こす。そんな風にネズミ算式に起こされる子供達は口々にユナのことを口にしている。
「とまっちゃえばいいのにー」
誰がそれを言ったのだろうか、一度それを思い付いた子供達の勢いは止まることを知らなかった。
それは子供達の間で急速に波及する。
「そーだよ! とまればいいんだ!」
「ねーちゃ! とまろう!」
「おねえちゃん、いっしよにねようー?」
「おねーちゃんはわたしとねるのー!!」
「ぼくもいっしよにねる……」
「ゆー! ねー! ねゆー!!」
ユナの回りで寝ていた子達が大声で主張を始める。いつのまにか議論はユナが孤児院に泊まることではなく、誰と一緒に寝るのかに刷り変わっているが。
「泊まりますぅーっ!!」
ユナの“もふもふモード”が再び発動してしまった。これはもう止められないだろう。
「あらあら、ユナさん……随分と皆に好かれてしまいましたねぇ……」
「こうなったこの子達は止まらないわよ」
いつのまにやら、洗濯を終えたミシェルが会話に混ざる。
「はぁ……ですよねー……。ユナちゃんも暴走してるし。院長さん、ほんまにすいませんけど泊めてもらってもいいですか?」
「えぇえぇ、構いませんよ」
「泊まるなら家事とか手伝いなさいよ。ユナさんは料理とかしてくれそうだから喜んで泊めるけど、ジャックは何かしないと泊めてあげないから」
「お前はなんかワイに恨みでも持ってるんか!」
「タダで泊めてもらえると思うなんて随分と図々しいことだと思わない?」
「言ってることは正しいのに凄い腹が立つのはなんでやねんっ!!」
「さぁ、働きなさい! ナーデルみたいにトロかったらむち打ちだからね!!」
「仮にも客人になんてことすんねん!!!」
「にゅ~、ジャックさぁん」
「ん?どないしたん?」
“もふもふモード”ユナが、“つっこみモード”ジャックに話しかける。ジャックの努力の甲斐あって、ユナの精神年齢がなんとか会話出来るまでになったようだ。
まぁ単に、重要なことを思い出してたまたま少しだけ理性が戻ったという可能性もある。
今回は後者のようだが……
「カイルさんと、リューセーさんたちはどうするんですかぁ~?」
「あ……」
ユナの言葉にハッとなるジャック。
最近は朝から晩までモンスター狩りと修行に勤しみ、朝出掛ける時と、夜帰ってくる時にしか四人が顔を会わせることはなかった。
だからついうっかり、この場にいない二人のことを失念してしまったのも仕方がない……
というのはジャックの言い訳であるが。
ユナはしっかり覚えていたので理由にはならない。
まぁ、つまるところ……
忘れてしまっていた。
のである。
それに気が付いたジャックは院長先生に向き直り、普段の口調を消し去った接客口調で、腰から上を綺麗に九十度折り曲げて言う。
「すいません。泊まる人数、二人追加で」
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住民達が寝静まる真夜中、当然孤児院の皆も例外なく睡眠を取り、騒ぐものはいない。
誰もいない深閑とした街。
風の音だけが、乾いた音を立て、夜をさらに奥ゆかしい物に変える。
夜の闇、それに紛れるものさえも眠ってしまっているような静けさ。
それが普段のこの街の夜だった。
その大事件が………起こるまでは
バァン!!
孤児院の来客就寝スペースの扉が勢いよく開かれる。リュウセイ、カイル、ジャックがいきなりの音に驚いて起きてしまう。
その音を起こした張本人である少女ミシェルは夜だと言うのに息づかいが荒く、肩は大きく揺れ動いて、肺が空気を取り込もうと必死に活動している。一緒に入ってきた院長先生も手を胸に当て、苦しそうに息を吐く。
「たい……へんなの……」
先に口を開けたのはミシェルだった。
その声はとても小さかったが、夜の静けさのおかげで、とてもはっきり聞き取ることができた。
「なにが……あったんや?」
「とう……ぞくが……盗賊……〝睡蓮〟が……
犬猿会に盗みに入ったのよ!!」