第十七話―嵐が去って
「ハァ…………ハァ……………」
――生きてル……みたいダネ。一瞬の交錯でゼノを捌かれて、縦一文字にバッサリいかれちゃっタ。さっきの傷と合わせて十字傷ダヨ。
……正直勝った気がしないネ。殺し合いでいうならボクは確かに勝ったんだケド、勝負でいうナラ、負けたのはボクだ。
素手でゼノを捌くなんテ、なんて無茶をするんだろうネ。ヤレヤレ……ボクもまだ弱いってことカ………
「ハァ……今日ハもう帰って寝ようカナ」
楽しかっタけど、疲れちゃったヨ。
「バーイバイ♪ ゲンスイさん☆」
あーァ、闇の子、逃がしちゃうことになっちゃうナァ、コレはジャンヌに怒られちゃうヨネ……――
トイフェルは帰る。帝王の座す城へと……
――――――――――――――――――――
「起きろよ」
カルト山跡地。トイフェルが去って、その後。
雨で地面がぬかるみ、歩く度に泥が周囲に飛散する。風と雷は止み、嵐は去ったが、
雨は未だ……止むことがない。
止めどなく降り注ぐ、バケツをひっくり返したような激しい豪雨を四人の少年少女は抗おうともせずに享受する。
雨音だけが、耳元で鳴り響いている。
「起きろよ」
同じ言葉を繰り返す。拳を固く握りしめ、唇も、声も震えていた。雨音の中、絞り出すような掠れた声が聞こえる。
起きてくるものだと、起き上がるものだと
必死に、誰かに、言い聞かせるような
そんな声
少女の咽び泣く声がする。顔を手に埋めているのだろうか? 膝を落として崩れているのだろうか? 誰かの胸を借りているのだろうか?
分からない。
ただただ、その姿は悲痛だった。
子供が泣き叫ぶ時のような大粒の涙が、降りしきる雨の中でも少女の顔にはっきりと跡を残していく。それほどまでに涙しているというのに、少女は必死に声を押し殺して、咽ぶ。
咽ぶ。泣く。咽ぶ。泣く。泣く。泣く……
繰り返される悲痛が留まることなく流れてゆく。
泣く。泣く。泣く。泣く。泣く。泣く……
「起きろって」
言葉が少し柔らかくなるが、それに伴って声量も小さくなる。掠れた声では末尾の言葉は雨の音によってかき消されてしまう。
少年の一人は幽霊を見ているかのように茫然と立ち尽くす。目を大きく見開いて、現実ではない何かだと、疑うような視線を送る。
幻か、夢か、そう信じて疑わないように。
口が少し開いて、呪詛のような言葉を繰り返し口にしている。雨に紛れてしまうようなか細い、弱い声で。
目の前の光景が偽物であることを望む、そんな風な意味の言葉を延々と、口にする。そんなわけがない。嘘だ。ありえない、と。
焦点は既に定まっていない。
「起きてくれよ………頼むから」
ついに嘆願の言葉に変わる。ますます拳は固く握られて、震える口から出る言葉が雨にかき消されてしまう。
弱く、儚い言葉は本人にしか届かなかった。
頬を伝う雫は雨か、それとも………
後ろの少年が、近くにある岩を殴り付ける。拳からは血が流れ、岩の表面に赤い血が一筋伝っていく。強く歯を食い縛り、歯軋りの音も聞こえてくる。
頭を垂れ、雨が髪の上を流れ地面に落ちていく。髪の隙間から、雨とは違う速さの雫が落ちていくのが見えた。
だが、声は出さない。
耐えるような、堪えるような表情で
静かに……静かに……雫を落とす。
「なんで、起きねぇんだよ……」
べちゃり、と膝が力無く地面に落ちる。手はだらんとして指先がぬかるんだ地面に触れている。
顔を曇天の空に向けて、顔で雨を受け止める。流れ落ちる雨に見向きもせずに、曇った灰色の空を悲壮な顔で見上げる。
答えを求めるように見上げた空は
無辺の灰色と雨でしか応えてくれなかった。
そんな辛辣な空を少年は生気の無い表情で見つめ続ける。
「なんで……なんでなんだよぉっ――!!」
詰め込まれた思いが溢れ、一人の慟哭が重く他の三人の心を締め付けた。
雨が止み、雲が晴れ、朝が来るまで
哀しみを讃えた慟哭が止むことはなかった。
――――――――――――――――――――
ゲンスイの遺体はカルト山周辺にある森の泉の畔に埋められた。
カルト山跡地に埋めたら、帝国の手によって掘り起こされる可能性がある、というジャックの考えによってだ。
現在四人は泉近くで野宿をしている。カルト山に置いてあった荷物は山の崩壊に巻き込まれ、取り戻すことは出来ない。ナーデルも逃げたか、山の下敷きになったかだ。
全員、食べ物が喉を通らない。
昨日まで存在していた“団欒”はもう無くなっている。淡い夢のように、儚く、消えてしまった。
「カイルさん」
「どうした?」
泉の畔にカイルとユナが腰かけている。二人の目の前には少し盛られた土と手頃な大きさの石が置かれたゲンスイの墓があった。
「翼……出してください。お願いします」
「あぁ、いいよ」
カイルの翼が大きく広げられる。その翼は相変わらず柔らかそうに膨らんでいて、朱い色をしていた。
ぽふっ……とユナがそれに顔を埋める。いつものように崩れた顔になり、幸せな表情になる……ということはなかった。
顔を埋めて、両手でしがみつくだけ
「カイルさん」
「んー?」
「実はわたしって、もふもふってしてるものが大好きなんです」
「おう」
「好き過ぎて、一旦スイッチが入ってしまうと我を忘れてもふもふしてしまうんです。その時のわたしは普段のわたしでは考えられないような言動と行動になってしまうんです」
「うん」
「そんなことがこれから起こるので、どうか今から話すことは聞き流してください。
忘れて下さって……構いませんから」
ぎゅぅぅ、と翼を握りしめて、涙声で言う。
しっかりと握りしめられている手は、小刻みに震えて、ユナはカイルの背中にピッタリ張り付くような形となる。
「わたし……家族のことを思い出していたんです。リュウセイさんと、カイルさんとジャックさんと、ゲンスイさんと一緒にご飯を食べて、笑って、怒って、呆れて、そんな何気ない日常が……幸せで……家族みたいだなぁって……。
日常なんて、望んでも手に入らないって思ってたのに、気がついたら、目の前にあったんです。
帝国のこととか、全部忘れて、ここでずっと暮らしたいなぁ……って……思ってました。
それは無理でも、五人でこれからも一緒に居られる。家族みたいに、幸せな日々が送れる。
そう考えて……いたんです」
なのに………なのに…………っ!
「わたしは、ズルい子なんです。
今一番辛くて、苦しんでいるのはリュウセイさんとジャックさんなのに……たかだか二週間一緒にいたわたしがこうしてカイルさんに泣きついて……慰めてもらおうとしているんです。
一番それが必要なのはあの二人なのに!
追手があんなに強かったのも、きっとわたしが居たからなんです。わたしが……闇属性だから……。
もしわたしが――!!」
「ユナ」
泣きじゃくって、言葉が強くなり始めたユナにそっと語りかけるカイル。
ユナにその先を言わせないように。これ以上、自分を傷つけさせまいと、優しく言葉をかけた。
「俺だって思ってたさ。家族みたいだなって。
リュウセイもいたし、本当の家族ってヤツを思い出しそうになってた。ずっと続いたらいいのに、って思ったさ。
たかだか二週間とか言うなよ。俺らが辛いと思うこの気持ちは本物だ。慰めてもらって何が悪いんだよ。
それに、ジャックは知らねぇけど、リュウセイは絶対俺に泣きついてなんか来ないぞ?
あのリュウセイが来るわけねぇんだ。俺に涙なんて絶対見せねぇ。俺だけじゃなくて、人前で泣くのも絶対にしねぇ。俺らは双子だからな、そういう所は似てるんだ。
それと、闇属性が目当てで、あんなやつが来たわけじゃないぜ。ユナが狙いなら戦いの後、ユナを拐いに来ないのはおかしい、ってジャックが言ってた。
あいつも、踏ん切りつけようとしてるみたいだ。
ユナが多分俺に泣きついて来るから、そういう風に言っといてくれって……。
あぁ、それとな
お前がそんな風だと、あのじいさんは悲しむと思うぜ? そんな風にため込んでても……辛いだけだ。
だから今は……我慢せずに……泣いていいんだ。その為の翼なら、いくらだって貸してやる」
「か、カイル……さん……ぇぐ……わ、わたし……ヒック……ぅぅ……」
止まらない涙としゃくりでもうまともに喋ることも出来ない。
心のたがが外れ、感情が吐露される。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああぁあん!!!!!」
カイルの背中で、全ての思いを乗せた泣き声が響く。きっとこれも気が済むまで続いて、起きたときには忘れているだろう。
「大丈夫だ。このことはちゃんと忘れてやるから……だから……お前も……」
俺が泣いてること、忘れといてくれよ?
目尻を押さえて、カイルは聞こえたかも分からない小さな声でそう言った。
――――――――――――――――――――
カルト山跡地。カルト山の瓦礫が山の中心地点を爆心地にして散乱している。
その爆心地に一人の少年が胡座をかいて座っていた。小竜景光と幻海を脇におき、手は力無く放り出され、目は濁り、項垂れている様子からはまるで生気を感じ取れない。
その少年、リュウセイは墓を作ってからずっとこの場所でこうしている。
無くしてしまった物が大きすぎて、彼の心の中ががらんどうになってしまったようだ。
そんなリュウセイに忍び寄る影がある。
「おい、リュウセイ」
近づいてきたのはジャックだった。
「お前、いつまでこうやっとるつもりや?」
「関係ないだろ」
冷たい、冷たい、感情の籠っていない声だった。心配するジャックを拒絶し、自らに迫る優しさだとか、救いの手だとか、そんなものを全て寄せ付けない。その上、差しのべてくる手を傷つける刺の鎧を纏っている。
だが、そんな程度でジャックが引くことは無い。
「関係ないことあらへんがな。お前のこと、カイルとユナちゃんが心配してんねんで?」
「関係ねぇっつってんだろ!!!」
刺の鎧が、ジャックに対して牙を剥く。
「ジジイと俺は二年間、あの山で過ごして来たんだぞ!! 二週間一緒にいただけのあいつらが俺の気持ちなんか分かるもんかよ!! お前だってそうだ! 二年間死んだと思ってたやつが死に直しただけだ! そんなやつに俺の気持ちが――」
怒鳴って、自分の思いの丈をぶちまける。ゲンスイがいなくなってしまったことで、情緒が安定しないリュウセイがカイルとユナを貶めるような事を言い出す。自棄になり、止まらない負感情のループが精神を蝕んでいるように見えた。
ジャックは、そんなリュウセイに対し、
「甘っっったれんなやぁぁぁ!!!!」
小人族の卓越した腕力の、力の限りで顔面を殴り付ける。その顔は猛然としていて、怒っているようにも、呆れているようにも見えた。
膝をつき、倒れるリュウセイ。無様を晒す男に近付いて、ジャックは胸ぐらを掴み、吐き捨てるように言い放つ。
「なにしやがん「自分が不幸のドン底みたいな顔してんちゃうぞ、ボケ。
不幸自慢して、俺の気持ちは誰も分かってくれない、でなんか解決するとでも思ってんのか? あ?
人の気持ちなんて、元々誰も分からんわ。
それを被害者面して、憐れんで貰おうとすんな。虫酸が走る。気持ち悪い。泣いて泣いて、喚いて、踏ん切りをつけようとするあの二人の方がよっぽど人間出来とる。
人は死ぬんや。
ワイは反乱のとき、死ぬほどそれを見て、経験して、体感した。
一つの戦いで何人も何人も仲間が、同士が、顔見知りが、友達が、死んでいくんや。
お前は自分の気持ちを分かるわけが無いって言うたな。自分のこの世界で一番辛い気持ちは分かってもらわれへん、とそう言ったな。
じゃあ、お前はワイの気持ちは分かんのか?
ドン底の気持ちは他人に理解出来んと言うなら、お前が理解出来へんワイの気持ちはドン底やないんか?
違うやろーが!!!
人の気持ちなんてもんは誰にも理解出来るわけないんや!! 不貞腐れて、絶望してんちゃうぞ!!!
『終焉は絶望為らず、終焉に悲懐を抱けど、絶望を抱くべからず。終焉なる者は虚空の存在と成り果て、積重の思いは届くこと能わず。
残影は幻、残月を望むべからず。
日輪の産まれを望み、彼方への歩みを進めよ』
なんもすることがないんやったら、この意味を考えとけ。ゲンスイの奥さんの、ありがたい遺言や」
じっと睨み付けていた視線を外し、乱暴に掴んでいた手を放し、森に向かっていく。残されたリュウセイは再び胡座をかいて座る。
ジャックの言葉の意味を考えながら……
――――――――――――――――――――
「なんや、寝てもうてるやん」
ジャックがリュウセイに発破をかけた後、ゲンスイの墓の前に行ってみると、明らかに泣き腫らした赤い目をした二人が重なるようにして眠っていた。
朱色の翼が二人を包むようにして……。
「あいつがこれ見たらなんて言うか……」
ジャックは摘んできた花を墓の前に供え、座る。
もちろん、供えたのは菫の花だ。
「ゲンスイ--お前も死ぬねんなぁ……。
反乱軍幹部の生き残りも、ワイだけになったんかな? あぁ、スミレちゃんに付いていったザフラとかはまだ生きてるかもしれへんな。
ほんま、世知辛い世の中やで。お前が反乱起こしたんも分かるわ。
今から思えば、お前はスミレちゃんの為に反乱起こしたんやろうな。
お前のロリコンは魂にでも刻まれてんのか。
あの遺言、使わせてもろたわ。ああでもせぇへんとお前の弟子は立ち直れそうになかったからな。
ワイはもう大丈夫や。
仲間の死も……見飽きる程見たしな。ショックやったけど、受け入れな、進まれへんから……
冷めたやつとか言うなよ?
ワイやって、涙くらい……流したるから」
ジャックは泣いていた。
もしかしたら最初から泣いていたのかもしれない。
そう思わせる程に、ジャックの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、赤くなっていた。
「一緒にスミレちゃんのとこ行くって……言うたやないか……ハゲぇ……何を勝手に…死んどんねん……」
――――――――――――――――――――
「『終焉は絶望為らず、終焉に悲懐を抱けど、絶望を抱くべからず。終焉なる者は虚空の存在と成り果て、積重の思いは届くこと能わず。
残影は幻、残月を望むべからず。
日輪の産まれを望み、彼方への歩みを進めよ』、か
回りくどい言い方するんだな、あんたのカミさんは」
翌朝、夜が明けるまで悩み抜いたリュウセイが墓の前に立っていた。いつもの服に、幻海と小竜景光を差している。その顔に昨日の暗い影は見えなかった。
他の三人は出発の準備をしている。準備と言っても、森の食材を使って昼の弁当を作るだけだが、それを口実にリュウセイがケジメをつける時間を作ったのは確かだ。
これ以上ここに居ると悲しさに呑まれてしまうから。
リュウセイが来たらすぐに出発する腹積もりだ。
「これって要するに、
死んだやつはもう居ない。そんなやつの思い出にすがって堕落するな。さっさと前を向いて進め、ってことだろ?
こんだけのこと言うのにどんだけ文章難しくしてんだよ。……まぁこんな文章でも」
吹っ切れたのは、事実だけどな
つっけんどんに言うが、その言葉の裏には感謝の意が感じ取れた。
昨日までのリュウセイは、もういない。
心を空っぽにし、周囲を拒絶していたリュウセイはすっかりナリを潜めていた。
悲しみは癒えてはいないだろうが、それでも前へ、歩こうとしているようだった。
「早いもんだな……ジジイと会ってからもう二年もたったんだ。つーか、アレ誘拐だろ?
『ワシの命の恩人の望みなのでな、しょーがなく、ロリでも無いお主に刀の扱い方を教えてやろう。ちなみに拒否権は存在せんぞ?』
そんな風に言って、【幻夢】使って眠らせて……起きたときにはカルト山だ。テメーは弟子だなんだっつって七星流を教えたけど、お前が俺に師匠と呼ばせたことは無かったな。
『師匠と呼ばれるのはロリで無いと感動せん。故にお前がワシの事を師匠と呼ぶのは許さん』
ふざけんなよ、思いっきり私情じゃねーか。
それに、よく考えたらお前犯罪者じゃねーか。誘拐なんてしやがって。犯罪者予備軍とかジャックに言われてたけど予備軍じゃねーよ。
よかったな、いたいけな少年を誘拐した犯罪者
これで晴れて犯罪者だぜ。
--------ハッ! こんな風に言っても何も返ってこねぇ……いつもならどんなに離れても殺気飛ばして、切りかかってくんのにな。
『終焉なる者は虚空の存在と成り果て』ってやつだな。
死んだやつは死んだんだ。反応を期待して話しかけても、絶対に反応なんて返ってこねぇ。返ったと思えばそれは幻影で幻……
だよなジジイ。
あんたは死んで、どっか遠い所に行っちまったんだ。
手の届かねぇ……所に」
リュウセイが少しだけ、悲しみの表情をうかべたような気がした。
「分かってた事だけど、改めて確認するとクルもんがあるな……。
何かしらの反応があるんじゃねぇかって……女々しく思ってたよ」
悲しげな表情のまま、腰に差している幻海を鞘ごと抜いて墓の前に突き刺す。
「こいつは置いてく。魔力に還ったアンタにゃあ必要ねぇだろうが、アンタの刀だ。どうせ俺に扱われたくはねぇだろうよ。
俺はこれからカイル達と一緒に行く。打倒帝国の旅に出る。ま、ただの逃亡生活になるってあいつらは言ってたけどな。帝国に宣戦布告したのも成り行きだし、のらりくらり、旅して、戦う必要があったら戦う、帝王の敵になるとは言ったけど、反乱するつもりはねぇんだとよ。
それも、まぁアリかなって思っちゃいるけど、カイルのことだ。--それに俺のことだ。
多分最終的には帝王と戦うことになるだろう。
あんたと……同じ道を進むんだろうぜ。
その時になったら、俺は戦う。あんたから受け継いだ七星流で、あんたの……仇を取る」
刀を強く握りしめて、ゲンスイを前にしてそう語る。揺らぐことの無い、決意の目が爛々と光っていた。その光は復讐の光か、それとも他の何かなのかは分からないが、リュウセイにとって、それは確かに前進だった。
「師匠」
禁じられていた呼び名で語りかけるリュウセイ。
それを咎める者はいない、だからリュウセイは初めてその言葉を口にする。募った想いはもう決して届かないけれど、それでも自分の気持ちを吐き出すことで、届いたことにすればいいのだ。
自己満足の行動でも、それでも前に進めるのならば、それはきっと……素晴らしいことだ。
「二年間……お世話になりました……っ!!
俺みたいなのを…ここまで強くしてくれて……本当に…ありがとうごさいました……!!」
頭を下げるリュウセイの目からは大粒の涙が溢れていた。悲しみと感謝の気持ちが混ざりあった涙は、静かにリュウセイの頬を伝っていく。
「行ってきます!! 師匠!!!」
頬に涙を伝わせながらも、顔を上げて、笑顔で師匠にリュウセイは言ったのだった。
――――――――――――――――――――
「待たせたか?」
「いーや、全然待ってねーぜ」
「そうですよ、ちょうど今日のお昼ご飯作ったところです」
「今日のお昼は豪華やぞっ、リュウセイ!」
ゲンスイに別れの挨拶をしてきたリュウセイを、三人が暖かく迎え入れる。
悲しみの想いはあるけれど、四人はそれを受け入れて、前へ進むことを選んだ。立ち直れたとは言い難いが、一歩を踏み出せたことは大きいだろう。後は時間が解決してくれるだけである。
「へぇ、どんな料理だ?」
「えーっと……ノコギリフィッシュのムニエルに、グラウンドアンコウの煮付け、鮎の塩焼きですね」
「全部骨抜いてねぇ魚料理じゃねぇかっ!」
「鮎はワイが捕まえてんで!
いやー、釣り上げるんは苦労したわ……」
「そんなことどうでもいいんだよ!
嫌がらせか! 嫌がらせだよなあ!!」
「まぁ、頑張れよ、骨取るの手伝ってやるからさ」
「そうですよ、何事もチャレンジです!」
「ハッ!もういい……。んで、俺達はどこへ行くんだ?」
「ここから一番近いんはルクセンとヨークタウンやねんけど、カルト山があんなんになってもうたから、多分警戒してるやろ。
やからちょっと遠いけど、カラクムルに行こうと思ってる」
「ふーん、どんなところなんだ?」
「えっとですね、おっきい街です」
「ザックリしてんなぁ……まぁその通りや。
広さで言うとヨークタウンの10倍はあるやろな。大きい街ほど、警備に穴が出るからな。
そこでついでに生活に必要な物資を揃えるつもりや」
「了解、っとそろそろ行こうぜ。
遠いってんなら早めに出た方がいいだろ?」
「そやな、んで早く昼御飯にしようや。リュウセイが苦しむ様子を早く見たいわ。ワイが提案した〝骨骨弁当でリュウセイを苛めてやろう計画〟の達成を皆で楽しもうや!!」
「テメーが主犯かぁ!!」
「うわぁっ! しまったつい本音がアイダダダダ!!」
「ちょっ!リュウセイさん落ち着いて!」
「それ以上やったらジャックの顔が……あぁ、もう手遅れか」
「え、嘘やん?今ワイの顔ってどうなってアイダダダダ!!
リュウセイ! もうこれ以上はぁぁぁあ!!」
森の中を歩く四人は、いつも通りのバカなやり取りを繰り広げて、次の街、カラクムルを目指すのだった。