第百五十話--死にたがりの神様
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「儂は死にたかった。……決定的じゃったのは、悪夢じゃ。永き時の中で神域に至れたのが、自我のなくなった獣だけであったという事実。
そのような滅亡の危機に直面してなお、人は儂を認識しなかったという事実。神なる上位存在の認識を生み出さなかった事実。
その事実に耐えきれなかった儂は……死ぬことを決断した」
マリアの独白は酷く端的なもので、それが一層悲愴的で。鉛のような空気がこの場の人間の肺に沈んだ。
世界という概念の成り立ち。
通常ではあり得ない世界に対する認識のズレ。
女神に科された久遠の孤独。
世界崩壊の最中にあって、彼女の悲痛は初めて……この世界の人間に届けられた。
「しかし、神という存在はそう簡単に死ぬことはできなんだ。"死"という概念が存在せぬ故な。じゃから儂は、死ぬために"神"の座を降りることにしたのじゃ」
「"神"の座を……降りる?」
「そうじゃスミレ。先程までの『籠』の例えを使うなら、儂という存在は『籠』の中でしか死ぬことはできず、故に儂は、『籠』の中に入るべく、己が身を小さく刻んだのじゃ」
「刻っ--!?」
「物理的な話では無い。あくまでも権能的な話じゃ。まぁ、神としては肉体を刻むのも権能を削るのも似たような話なのじゃが……別に痛みがある訳でもない。
ともかく、儂はまず最もリソースの大きい【創造】を切り離した」
その名前は。その【能力】は。酷く聞き覚えのあるもので。
「次に【空間】ーー【魂】【破壊】を切り離した。後者らに対し、この世界を破壊するための『機構』としての役割を付加した。さらに同時に、それらの【権能】を維持するために使っていた膨大なる『魔力』を世界に放った」
次々に語られる神の【権能】。その全てに、心当たりがある。馴染みがある。
「最後に【時間】の【権能】を放棄し、『処理能力』をも捨て去って……儂は漸く、『籠』の中の世界に--焦がれ、愛し、憎んだ世界に降り立ったのじゃ」
カイルたちは--この旅路で、ソレらに出会っていた。
時に相対し、時に助けられ、共に在った。
「もう……気がついておるじゃろう。儂が切り離したモノとは【変異】。神の権能であるが故に、その魔力は五大属性のどれにも属さない闇属性となり、この世界で異物となった【チカラ】なのじゃ」
「ちょ、ちょっと……ちょっと待ってください! つまり、わたしの【空間】の闇属性や、スミレちゃんの【時間】の闇属性は……!!」
「儂が世界に廃棄した【権能】が、偶然的に宿ったものじゃ。それこそが、【変異】の正体。……闇属性だけではない。『処理能力』はトイフェル、『魔力』はヴァジュラに宿り、奴らもまた、【変異】となった」
「ハクシャクの……わたしの先祖、ヴィルヘルムが打倒した五百年前の悪夢の【固定】も、ですか?」
「……アレはまた別じゃが、【変異】と言えよう。何せ儂が与えた【チカラ】なのじゃから」
「……っ!!」
この国の運命を左右した者たち。常人ならざる力を得た強者、変異。
【魂】のジャンヌ・ド・サンス
【破壊】の帝王
【時間】のスミレ
【時】のユナ
『魔力』のヴァジュラ
『処理能力』のトイフェル
【固定】のハクシャク
そして、【創造】のルオーラが産んだルーツの異なる五名の【変異】。
『天使』のシュウ
『万能』のマリンとフィーナ
『龍』のリュウセイ
『不死鳥』のカイル
彼らこそ、神の力をその身に宿す隔絶者。この世界には元来存在しない突然変異。
「そんでもってミカゲは……異世界人やから。この世界には無い"隔絶者"やから、変異言うことか?」
「イエス。その通りだ。戦えねぇけど、異物という点で、俺ぁ変異なのさ。神様由来のチカラってのも、間違いじゃあねぇしな。家系がそういうアレなんだよ」
神影は肩を竦めてジャックの質問に応え、自己の特異性を口にする。
だが、彼は黙してそれ以上を語らない。あくまでもこの懺悔の主体はマリアなのだ。彼女がそう望んだが故に、神影はその役目を奪うことを是としない。
「ここまでが、儂が自殺をするために犯した悪逆じゃ。儂は自殺をするために、帝王やジャンヌをこの世界に放ち、世の平穏を脅かした」
「……」
空気すら沈黙したような静寂。咎められることを望む死にたがりの神様に、誰も、何も。言うことができないでいた。
糾弾することはできなかった。
マリアの哀しみに……訥々と語られた孤独に、憐れみを抱いてしまったから。
かと言って、元凶に対する煩悶とした怒りが消え去ったワケではない。
怒ればいいのか、悲しめばいいのか。振り上げた拳の抑えどころを見失い、余人は口を噤む。
「……別に、マリアが悪いワケじゃねーんじゃねーの? マリアは何もしてねーだろ」
と、張り詰めた空気を読むことのできないバカな男の声が響く。
「悪いのは全部帝王だろ? そういう反乱だったんじゃねーのか?」
「……じゃからの、カイル。その帝王という怪物を産み出してしまったのが儂なんじゃ」
「だから何だよ。マリアがこの世界に悲しみを振りまいたのか? 違うだろ。俺たちが許せないのは帝王で、マリアじゃない」
考えなしの、忌憚の無い愚直な回答。カイルという男の、素直な怒り。それはマリアに向けられるものではなく、打倒した帝王にこそ、向けられていた。
「マリアを責めたって、気持ちが悪い。だから俺はマリアを責めないし、怒らない」
毒気が抜かれた、とでも言うのか。周囲に蔓延っていた煩悶としていた空気は薄れ、肺に届く空気もどこか清々しいものになった。
そうして初めて、皆は冷静な思考でマリアを見ることができた。
彼女は確かに、この世界に齎した悲劇の元凶かもしれない。少なくとも彼女の願いを端に発し、帝王は動き、悲劇を振りまいたのだから。
カイルの言うように、産み出した者に罪はないのかもしれない。実際に悲劇を撒き散らしたのは帝王なのだから。
もしくは、同罪なのかもしれない。神であるマリアを顧みなかったのは、自分たち人間なのだから。悲劇とは正当なる罰なのかも、しれない。
考えても、悩んでも……正しい答えは出ないだろう。誰かにとっての正しい答えは、誰かにとっての誤りで。絶対的で完全的で、唯一間違いのない答えなんてない。
だから、だったら。
己が感情の導に従うのが、一番ラクだ。
ここでマリアを糾弾しても、カイルの言う通り『気持ちが悪い』。
短い間ではあったが、マリアは確かに仲間だった。
彼女の力を借りなければ、ここまで来ることはできなかった。
そんな彼女を嬲っても、胸に燻る怒りは収まりはしない。晴れることのない怒りに煩悶し、嬲ったことにより、罪悪感すら感じるかもしれない。
だから、責めない。
罰を望んでいた。糾弾を求めていた。嘲りを乞うていた。
そんな幼き神は--
「何故、じゃ……? 何故、お主らは儂を責めぬ?
儂が! この世界を襲った悲劇の元凶なのじゃぞ!?」
どうして、と。問う。
怒りや憎しみではなく、憐憫や許容を向けられることに困惑する。
「思い出すのじゃ! 反乱軍よ! 実験場にて囚われ続けた日々を! あの鈍色の空で過ごした地獄を! アレは! 儂が生み出したのじゃ!」
マリアはスミレ達に向かって叫ぶ。
思い出せと言う。怒りと、屈辱と、憎しみを。
それを自分にぶつけろと言う。
しかし、それらが向けられることはない。
誰もかれもが、哀しいものを見る目でマリアを見、首を横に振るのだ。
「っ……!」
思わず、マリアはたじろぐ。
向けられるべきでない感情に、恐怖を抱いた。
「ユナよ! お主の闇属性は儂が齎したものじゃ! お主が受けた迫害は! 不幸は! 儂が--!」
「違いますよ。それは……違います」
ユナは優しく、マリアの言葉を否定した。
まるで母が子にそうするように……諭すように、言の葉を紡ぐ。
「辛いこともありました。悲しいこともありました。
どーんと……たくさん、ありました」
「じゃったら!」
「でも、今。わたしは幸せなんです」
ユナは笑う。噛みしめるように、幸せを口にする。
「帝王の支配も終わって。もう……これからは、理不尽がない世界になって。そんな世界にわたしの大好きな人たちと一緒にいるのことができるのが……本当に、本当に幸せです」
「闇属性は……そりゃあ、嫌だなぁって思うこともありました。どうしてわたしが、って嘆いたこともあります」
「フィーネさんの時が一番、闇属性が嫌いになりました」
「ですけど、そんな闇属性のわたしだからこそ、為せたことがある。出会えた人たちがいる」
「だから、わたしはもう……闇属性であることを不幸だなんて思ってません」
「闇属性だったから。わたしは今、幸せなんです」
孤独は辛かった。裏切りは悲しかった。ひとところに留まることは出来なくて。人を信じることができなくて。目的を果たすために彷徨う渡り鳥だった。
敵と、敵かもしれない人しかユナの世界にはいなかった。
そうさせたのは、紛れもなく闇属性だったけれど。
闇属性だったから、あの樹海でカイルに出会えた。
闇属性だったから、この戦争で誰も死なせずにすんだ。
フィーナのことは、闇属性ではなく吸血鬼族であることを明かせなかった自分の弱さが、本当の原因だ。
だから、闇属性に対する恨み言はもうない。
闇属性は、この幸福な未来を見せてくれたから。
陽だまりのように柔らかな笑顔を浮かべるユナを見て、マリアはユナが語った言葉が、全て本心から来るものだと分かってしまった。
この場の皆が、自分を責めてくれないのだと理解してしまった。
罰を求めた幼き神。それすら許されない残酷な世界。彼女は再び、自ら創り出した世界に裏切られたのだ。
「……いい"世界"じゃねぇか、マリア」
「うるさい」
「ユニークで、摩訶不思議で、素っ頓狂で、ああ……最高の"異世界"だ」
「……っ、う、るさい……!」
その言葉を求めて幾星霜。
願われて作られた世界。生まれた神。
一方的だった献身が報われる。
ぐしぐしと瞼を擦る手は止まらなくて。
堪えきれないものが溢れてくる。
「っく、クカカ。あぁ、まっこと、儘ならぬ。
もはや、何も思い残すことはなくなったのう」
マリアは白い目元を赤らめて、愛すべき世界の、愛すべき"人"を見る。
「世界は今、管理者がいなくなったことにより、崩壊の危機に瀕しておる」
「この崩壊を止められるのは神のみ--つまり儂じゃ」
「じゃから儂は再び"神"の座に戻る」
「もう一度--この世界を愛してみせる」
「もう二度と、見捨てはせぬ」
「シュウと二人、永劫をこの世界のために捧げよう」
神は笑う。永遠を伴にする天使の手を握り。
これから先、再び永遠という牢獄に捕らわれようとも悔いはない。
愛した世界を、歩いて回った。
愛した世界を認めてもらった。
永遠を共にしてくれる人もいる。
やり残したことはなく。思い残しもない--。
「マリアちゃん……それは。それはまた、マリアちゃんに世界の管理を強いてしまう、ということですか? また、誰に見てもらえない孤独を……っ、ぁ!」
それは、ユナの口から不意をついて出てきてしまった。直後、ユナはその質問の罪深さを悔いて身を震わせる。
ユナは知っている。孤独という地獄を。
世界を救うためには、マリアに世界を管理してもらわなければならない。再び孤独を強いなければならない。
だというのに、強いなければならないのに。
この疑問は、徒らにマリアの恐怖を煽ってしまう。
地獄の釜に飛び込む者に、炎の熱さを説くようなものだ。しかもマリアは、その炎の熱さを既に知っているのだ。
「ごめ、ごめんなさい! でも、でもそんなのって!」
「……よい、よいのじゃ。此度の永遠は、一人ではない。そう言ったであろう?」
マリアはシュウを見上げる。繋いだ白く細い手は震えてしまっているけれど、大きな手はいつも通りの力強さで、安心を与えてくれる。
気絶した妹を抱えて離さないように。彼はきっと、自分を孤独にはしない。
「シュウ兄……」
「ああそうだ、僕の愛するカイル。僕はマリアと共に行く」
シュウは震えるマリアを片手で抱え上げ、カイルの元へ行く。
「僕は誓ったんだ。マリアの側にいることを。僕の愛する家族を守るために。マリアも家族も世界も全部……救うために」
片腕に家族を。片腕に神を。
両の腕で、己の最も大切なものたちを抱えるシュウ。
それらを守るために、シュウは--
「だから、ここでお別れなんだ」
「--っ!」
家族を、世界の手に委ねた。
「僕の愛するカイル--本当に、よく頑張ったね。僕の愛するカイルにしか、帝王を倒すことはできなかった。僕にさえ、それはできなかった」
「……全部、救うんじゃなかったのかよ。
全部救えるってシュウ兄が言うから! 俺は! 俺たちはここまで来たんだ!
そこにシュウ兄がいねぇじゃねーか!」
カイルは、目の前にいる長兄に吠える。エメラルドのような瞳の端には涙が溜まり、今にもこぼれ落ちてしまいそうだ。
世界の管理とは、即ち永遠の別離。
それは死別と、一体何が違うと言うのか。
「マリアだってそうだ! 俺は……っ! 誰も不幸にならないように! そのために戦ったんだ! 二人を不幸にするために戦ってたんじゃねぇ!」
話が違うぞ、と。カイルは哭く。
どうしようもないことなのは、何となく分かる。だけれど、そうならば。初めから言っておいて欲しかった。理解させて欲しかった。覚悟させて欲しかった。
自分たちはこの戦いの果てで、シュウとマリアに『死別』を押し付けるのだと。
それを聞かされて戦えたかどうかは分からない。
きっと、戦えなかったとも思う。
それでも……死に物狂いで掴んだ勝利が、喜びが、希望が、まやかしだったと言われるより、よっぽどよかった。
愛すべき兄は慈愛の顔を浮かべて。
まるで、本物の神父のように。
高尚な聖書を謳い上げるかの如く--
「大丈夫だよ、カイル。その悲しみも全部、無かったことにしてあげるから」
そう、宣った。
「--え?」
誰の疑問だったか。呆然とした声が、驚愕が響いた。
「僕は神の座についたマリアと共に、世界をやり直す。
帝国以前まで、時間を戻す。
父さんと母さん、そしてフィーナを蘇らせて、帝国の悲劇そのものを無かったことにする」
なんだ、それは。時間を戻す? 悲劇を無かったことにする?
……理解が追い付かない。何が起ころうとしているのか分からない。
「知人や友人、家族や恋人。それら全ては蘇り、十一年前から続くハズだった平穏な世界が再び始まる。皆が焦がれた大切な人との時間を取り戻せるんだ。
全員が幸せで幸福なハッピーエンドを、迎えるんだよ」
そうだろう? と言わんばかりの爽やかな笑み。シュウの語る未来が、幸福に思えてしまう。大切な人との思い出が心を過ぎり、輝かしい過去が心を埋める。
「……そのお話だと、私はどうなるのかしら。十一年前だと、私はまだ産まれてないかもしれないわ」
「大丈夫。時間を戻したところで、起きた出来事の記録まで無くなるワケじゃない。スミレちゃんはちゃんと生まれるようにするし、ゲンスイさんとも出会わせてあげる。
この十一年間で出会った人、生まれた関係、それを僕は奪わない。
出会わせてあげよう。愛させてあげよう。
これからの未来が完全無欠で幸福なものになると、保証しよう」
シュウは片手を胸に当て、宣誓する。慈しみの笑み浮かべて、この場の皆に目を向ける。
帝国が生まれなかったIFの世界を始めようと。
辛いことも悲しいことも全て忘れ、幸福な未来を刻もうと。
その未来では、マリンとフィーナは村一番の美人と悪童と唄われる、リュウセイは武者修行の旅に出てゲンスイとスミレに出会い、強くなる、カイルもリュウセイに負けないように旅に出て、とうとう自力で外の世界へ飛び出したユリシアとルミナスに出会う。
そんな未来を、作ってあげようと。
死んでしまった人たちと、過ごせるハズだった未来を過ごせる。
シュウの語る未来は甘美だ。誘蛾灯にさそわれる羽虫のようにその未来に向かって進みたくーー
「だからそこに、シュウ兄がいないんだろ!」
なる、ハズだった。
「違うんだ……シュウ兄がしようとしてることはきっと、違う。そんな未来……俺は嫌だ!」
カイルは、泣きそうな顔で叫んでいた。
シュウの語る未来は素晴らしいと思う。悲劇は無い方がいいと思う。父に会いたい。母に会いたい。ーー姉に会いたい。
焦がれるようにそう思うのに。
心の奥底の魂が、その未来を否定するのだ。
「僕の愛する弟のカイルーー僕を困らせないでくれ。気持ちはとても嬉しい。それだけで、僕は幸せだよ。大丈夫。そんな君の煩悶とした気持ちも全部消える。僕にまつわる記憶と共に」
「〜〜〜〜〜っ! だから! そんなのっ! そんな終わりを目指して俺たちはここまで来たんじゃない! 皆だってそうだろ!!?」
くるりと振り向いて、後ろにいる仲間たちを見る。だがーー返ってきたのは、沈黙だった。ディアスもザフラもパックもエルもクレアもヴァレインもサテラも、ジャックやユナでさえ、カイルの問いかけに……目を逸らす。
「皆……!」
「私は……いえ、多分ここの皆、カイルさんの気持ちと同じ気持ちよ」
声を上げたのはスミレ。未来を見据える紫紺の瞳は真っ直ぐとカイルを見つめる。
「幸せな未来を望んだけれど、都合の良い未来を望んだわけじゃない。
色んなものを喪い、傷ついて、『それでも』と歯を食いしばって求めて、ようやく手が届いた未来を、『こっちの方がいいだろう』と、手前勝手に挿げ替えられるのは不快だわ」
【時】の闇属性を司るスミレは、未来というものを切に求めてきた。誰も犠牲にならぬよう、人格すら変わるほどのトライ&エラーを繰り返してきた。
だからこその言葉。求め続けた未来が良いものだという自負があるーーにも関わらず、スミレの顔は悔しげだった。
その顔で紡がれるだろう『だけど』を聞きたくない。カイルが心の奥底でそう願えども、スミレの口は無情に動く。
「私たちもそう思う。カイルさんと気持ちは同じ……だけど、彼らに縋らなくて、どうすれば世界崩壊を止められるの?」
世界崩壊を止めるために、シュウとマリアは神の座へと至る。
シュウとマリアが神の座に至れば、彼らの思い描く理想の未来が訪れる。
選択肢など、ないのだ。世界崩壊を目前にしたこの瞬間において、未来を望むなら……それは一つだけ。
どう足掻いても回帰する結末を理解し、カイルは震えるほど、拳を握り込んだ。
「初めから……決まってたってことかよ」
「そう、全ては初めから決まっていたことなんだ。僕の愛する世界が壊れた日、誓いを立てたあの瞬間から。
僕の愛する世界の為なら……僕は自分でさえも捨ててみせよう」
それは、浮遊島の碑石に刻まれた誓いの言葉。自己を捨て、家族のためだけに。それがシュウという男の存在意義。家族のためなら世界すら作り替えることを善しとした男の覚悟だ。
迎えるエピローグは決まった。世界はシュウとマリアという人柱ならぬ神柱に救われる。
めでたし、めでたーー
「ハッ! 全部終わったと思って来てみりゃあ、随分愉快なコトになってるみてぇじゃねぇか」
剣呑な物言いで待ったをかける男ーーリュウセイ。トイフェルとの戦闘で片目を失ったシュウの最愛の末弟は、残った片目でシュウを睨みつけながら、空より舞い降りた。
「俺はゴメンだね。コイツの好きなように世界を弄り回らされるのなんざ。何が起こるか分かりゃしねぇ」
「だとしても、僕とマリアが神の座につかない限り、世界は救われないーーこれはそういう話なんだよ、僕の愛する弟のリュウセイ」
「……違うな。親離れの時期が来たんだよ、クソ兄貴」
唯一無二の異端者は、そう言って抜き放った刀の先を、神たちへと向ける。