第百四十八話--カミサマ
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「おっ前ほんっま!!! お前はほんま!!! とうとうやりおったなカイルゥ!!!」
「カイルさん!! わたし、わたし……!!!」
地上に降りたカイルは、ジャックとユナによって揉みくちゃにされていた。ジャックはまるで息子を可愛がるかのようにカイルの頭を撫で回しては背中を叩き、ユナは言葉にできない歓喜をカイルの胸板にぶつけている。そんな熱烈な凱旋を迎えた当のカイルはと言えば、何を返すわけでも無く、笑いながら二人の感情を受け止めていた。
「--成し遂げたのか。本当に」
「信じられない?」
カルミアの幹部たちは--そしてスミレは、地上に降り、遠巻きにそんな三人を眺めていた。反乱の中核を担った功労者たちの、不可侵の団欒を邪魔したくなかったのだ。
呆然とした様子の次期国王ヴァレインの呟きに、悪戯っ子のような表情で彼女は応える。
「夢ではないかと、思う。それ程までに、彼の者の支配は強固だった」
「何だったら、頬でも引っ張ってあげましょうか?」
「--頼もうか」
冗談だった言葉を真に受けられ、スミレは一瞬の逡巡を覚える。何しろ彼の頬に背が届かない。故に、足の小指を踏んでやることで、望みに応えた。
「痛いでしょ」
「あぁ……痛い。だが……生き返った気分だ」
ヴァレインの頬には、涙が伝っていた。最愛の娘を喪い、帝国に恭順し、張り詰め続けた日々の終わり。万感の思いが込められた言葉は、この場の多くの者が抱いている心情そのものなのだろう。……スミレは、その感情に覚えがある。
だから--彼を少し、一人にさせてあげることにした。
過ぎた喜びに浸る時間は……きっと必要だ。心の整理が必要なのは、悲しい時だけではない。そのことをスミレと、実験場に居た全員が知っている。故に今度は、実験場の時にカイルたちが果たした戦後直後の役割を、心の整理がついている自分たちが全うしなければ、と。スミレはカルミアの同志に向き直る。
一つだけ、聞かなければならないことが残っているから。
「連れてきたわよ、スミレ総大将」
「そんな犯罪者みたいな言い方はよくねーよクレア隊長。俺だってアレだよ? 割と体張ったよ? こう……帝王を打倒する最後の激励をカイルに届けたんだぜ?」
淫靡なサキュバスに連れられてやってきたのは、胡散臭い白衣の男--神影。カイルの攻撃の余波で満身創痍になった彼は最低限の治療を施され、足を引きずりながらもスミレの前に立つ。
スミレの抱いた一抹の不安。消えた神影。そして、シュウやマリアのこの戦いにおける動機。今更なことをどのように聞いたものかと、スミレは少々気後れしながら--
「あー、いや、まぁ。説明してなかったのは悪かったけどよ。それもちょっち事情があったってゆーか」
「……あら、どうして連れてこられたのか、その自覚はあるのね」
「自覚はあるってーか今読んで気づいたというか……まぁ、そうね。そろそろ全部丸っと話さなきゃいけねーんだろうけど、さ」
「けど、何?」
歯切れの悪い物言いをする神影に、スミレは険のある質問を投げかける。対して神影はあー、とかうー、とか意味を成さない言葉を発し、目を逸らし、天から降ってくるソレを目にして、
「落ちてきた帝王を見てからの方が、話は通じやすいと思ってな」
この場の全員の体が一瞬、浮き上がる衝撃。直前の神影の言葉と、衝撃の発生源に漂う砂塵を前に、カルミア幹部の警戒は最高潮に高まった。
「大丈夫だ。心配しなくても、もう終わってる」
起き上がるのではないか。死んでいないのではないか。にわかに立ち込めた疑念を無視し、神影は上空からの飛来物に向かって、大股で歩み寄っていく。
「ミカゲ--!」
スミレの引き止める声を聞き流して、彼は砂塵の中に入ってしまった。ヒリヒリと、総毛立つ空気。スミレも闇属性の魔具であるチョーカーに手を掛け、事態の推移に対応できるよう、構える。
……砂塵が晴れる。そこに居たのは--、
「あ、あれ? コレどうやって外すん--どぅわっ!?」
黒い兜をすっぽ抜いて尻を着いた神影だった。痛てて、と呟く彼の手の内に抱えられているのは、見間違えるハズもない帝王の兜。つまり、彼の足元には……素顔を晒した帝王!
誰も顔を知らない。種族も性別すらも分からない。魔族、魔王と呼ばれ、恐れられた存在の正体。生唾を嚥下し、スミレやこの場の面々は--ゆっくりと諸悪の根源に近寄っていく。
長く、艶やかな黒い髪。
褐色というより、黒に近い肌の色。
儚げで、触れ難い神秘的な相貌をした--女。
この場の全員が、初めて目撃する帝王の素顔。
しかし、この場の誰もが、その面差しに心当たりがあった。眠るように死んでいるその女の面差しは--!
「マリ、ア--?」
誰が口にしたのか分からない、動揺に満ちた名前。
目の前の帝王とは対称的な、全身を白で表すことのできる--常にシュウと行動を共にし、【変異】を操るという【変異】という奇妙な力を持った幼女。
帝王は、色素こそ反転していれど、マリアの面影を強く残していた。というより、マリアを成長させた姿が帝王である、そんな思考が正しいものであると感じるほど、楽しげに笑う純白の幼女の姿を彷彿とさせた。
スミレは、抱いた懸念が一抹以上に膨れ上がるのを感じる。
どうか、何もかも杞憂であってくれますように。無駄だと分かっていながらも、スミレはそう願わずにはいられなかった。
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「さて、何から話したモンかな。先に、そだな。スミレちゃんの質問に答えようか。俺たち--シュウ、マリア、神影の三人は何を想ってこの反乱に参戦したのか」
全員の抱いた疑問を分かっていながら、神影は無視を決め込み、話を始める。食い入るように帝王の姿を見つめていたこの場の全員の視線が、己に向くのを感じる。カイルを除いた者たちの視線はどこか猜疑心を含んでいて、悲しいような、無条件の信頼が面映ゆいような。
しかし、それも仕方がない。自分たちはそれだけ重要な事実を秘密にしていたのだ。
白衣の男は両ポケットに手を入れ、背筋を伸ばす。
最後から二番目となる、神影の戦場に立つ。
「--"終焉"を止める為。その為に、俺たちは反乱に参加した」
偽らざる本心。伝えてきた建前と同じ文言。それが、今までとは違う響きを以って伝播したのは、前提が違うから。
「まず一つ、すまんかった。お前たちに伝えてた"終焉作戦"っては……嘘なんだ」
神影は頭を下げ、謝罪の意を示す。無音の静寂が、責め立ててくるように感じる。そんな静けさに晒されながら、神影はただ、謝意を示し続けた。
「あ、それ俺聞いたぞ。 "終焉"ってのは、帝国ができる前から進んでたモノなんだって?」
彼が頭を上げるより前に、呑気な声が静寂を破る。視線が自分から外れたのを感じた神影は頭を上げ、その声の主--カイルを見やる。なんでお前が、という驚きの視線を向けられているこの戦いの功労者は真っ直ぐに、信頼をこちらに向けていた。
「帝王から聞いたのか?」
「ああ。"終焉作戦"なんていう勘違いは許さないって言ってた。俺が勝ったとしても"終焉"は終わんねぇとか言ってたな」
「--そっか」
神影は瞑目した後、足元の帝王に目を向ける。『勘違いは許さない』その言葉は翻せば、正しい認識を求めていた、ということである。認識に対する執着。認められることへの欲求。帝王の言動の裏に隠れた心理を察し、神影は少しばかり、彼女を偲んだ。
「"終焉"ってのは……帝国誕生よりずぅっと昔--『最初の変異』である【創造】を持って生まれた--カイルたちの母親、ルオーラが産まれた時点から始まった」
「な--!」
「世界は【創造】という機構を失い、使われる予定だった魔力が世界に流れ、飽和した。次に、容量の大きい【空間】が失われ、最後に【時間】【魂】【破壊】を切り離されたことで、"終焉"は決定的に進んだ。"終焉"は、大陸破壊作戦なんてモンじゃなく、世界そのものの"終焉"を指すんだよ」
一息に結論まで話し合え、吐息を零す。世界の終わり--即ち"終焉"。聖書における終末と言い換えてもいい。兎にも角にも、そのことを理解してもらえないと始まらない。
ただ、敢えて言葉を少なくしたのは、その為だけではない。
「言葉が足りないわね。貴方はそんなに語り下手だったかしら?」
「分からないことは聞いてくれ。必要最低限の言葉に留めたのは、聞いて欲しいからだ。--この件に関して、俺とアンタらでは常識に差があり過ぎる。
何が分からないのかが分からないんだよ。ある程度は察せられるかもしれないけど、自分勝手に話すと何か重要な論点を落としちまうかもしれねえ。
だから、俺がべらべら長話をするより、質問を投げかけて貰った方が円滑に進むと思う」
「常識に差があるって、お前も俺と同じってことか?」
「あぁカイル……お前の変わらなさは癒しだぜ全く。勿論ノーだ。そういうおバカなニュアンスじゃねぇよ」
「なら、どういう意味なのかしら?」
「おおう、初っ端からソレ聞くのか。聞いちまうのかスミレちゃん」
いつかは語ることになるだろうとは思っていた。だが、まさか一番はじめに突き付けられる疑問がソレになってしまうとは。慎重に言葉を選ばなければ、意図せぬ方向に話が脱線しかねない。
「--俺は、異世界人なんだよ。スミレちゃん」
「異、世界……?」
「ああ、異なる世界だ。意味は文字通り、違う世界だ。魔法が無くて、代わりに科学って技術が発展してる世界。ジャック--お前は何となく、分かるんじゃねえか? 俺の言ってる意味がよ」
神影はこの戦場を共にした戦友に。この世界にロボットという概念を生み出した天才に問う。
赤毛の小人は、神影の言葉を聞いても他の人ほどの驚きを示さなかった。それは一重に--
「お前の発想は非凡やった。ドワリオンを作ってる時にも、変なヤツやと思ったんや。ドワリオンは……ほんまやったらもっと長い時間を掛けて作られるべき魔具やった。技術的に不可能な点が多かった。
けど、お前はそれを可能にする技術を知っとった。キャタピラとか、モーターとか、多関節とか。--閃いたんやなくて、知っとった。魔法の介在せえへん、科学っちゅう技術を。
今なら分かる。アレは……お前の世界で当たり前やった技術やねんな」
「ん、当たり前と言われるとそうとも言えないけど……そんな感じだ」
ジャックという男は薄々、気が付いていたのだ。神影が有する、この世界の常識とは基盤を異にする発想から、彼の出自が自分たちとはかけ離れているということを。
「文化が違うだけで、相互理解は難しい。世界が違うのならば尚更。お前の言うことはそういうことやな?」
「オフコース。そーゆーこった」
「異世界人--そもそも、世界という概念がどういったものなのか、疑いたくなる言葉ね。だけれど、ええ。飲み込みます。貴方は私たちとは全く異なる知識を有する人。その認識で構わないかしら?」
「もち。飲み込んでくれただけで上等だ」
大仰に頷き、神影はスミレの意見を肯定する。違う世界。神影もその辺りの概念を正確に理解しているワケではない。彼は凡百の人間であり、彼の世界の創作物--神影が好んでいたものの多くが異世界に関する物語であったが故に、自分の陥ってしまった状況に納得しているだけだ。
「……」
「じゃあ神影、質問を続けるわ。具体的に"終焉"とは、どのような災害なの? 何が起こるのかしら」
数多の【予知】を繰り返したが故に、この場で最も、"対処能力"が高いスミレ。彼女は他の誰が口を開くより先に質問を投げかける。
その態度に、カルミアの幹部やカイルたちは言われずとも察する。『任せて』と、最も頼れる軍師が雄弁に語っていることを。
「そうだな。それを話す前に、まず空を見てくれ」
神影としても、場が無秩序に進行されなくなったことは喜ばしい。進行役が物事を俯瞰で見ることのできるスミレならば尚更。
彼は視線をスミレに向けながら、天を指差す。
「帝王の【未来破壊】により、空は暗黒に染まった。この世界の端から端まで真っ黒だ。だが……少し前から、その闇は剥がれつつある」
空は確かに、果てまで漆黒に染まっていた。それが今は、罅割れが目立つ壊れかけた空だ。罅や欠けた空からは白い光が降り注ぎ、大地に伸びている。それは一見して、帝王が打倒されたことにより、正常な世界に戻っている最中に見える、神秘的な光景。神々しささえ感じる美しい景色--見る人が見ればまさしく、世界に齎された救済の光と映ることだろう。
「帝王が打倒されたから? 違うね。打倒されたことによって【未来破壊】が終わったのなら、暗黒の向こうに見えるのは青色の空のハズだ。だけど、先にあるのは白い空だ。この世界の空だって……青かったよな?」
「っ!」
「今のこの世界は罅の入った卵みたいなモンだ。見えてる空は世界を包む"卵の殻"。殻が壊れりゃ中身はどうなるかなんて自明だろ? 俺たちゃそうと気付かねぇ内に死んで……どことも知れない"無"へと消えちまうのさ」
淡々と告げた世界の終わり。"終焉"という終末。帝国建国以前より進行していた現象の結果。幾重にも響いた息を呑んだ音が、受けた衝撃の大きさを伝える。
大陸破壊などという規模ではない--世界破壊。
全てが無に帰す最悪の末路。
その重みを……この場の面々は漸く、自覚した。
「貴方は、"終焉"を回避するために動いている言ったわね?」
「言ったな」
「方法は……あるの?」
素に戻ったようにも聞こえるスミレの不安げな声。大陸破壊なら、希望を持てたのだろう。回避するためには帝国を打倒すれば良かったのだから。結果のための過程がハッキリと見えていた、故に安心できた。その回避は決して見えない道のりでは無かったから。
しかし、聞かされた"終焉"はどうか。原因を聞いていないにしろ、世界という全くの未知なる概念の破壊。分からないものの崩壊をどのようにして防げば良いのか。
【予知】も経験も全く通用しない事象に、彼女は逸る動揺を隠せないでいる。
だから神影は、ここで断言する。
「ある。誰も犠牲にならない、いつか全員が笑っていられるハッピーエンドが、ある」
必要以上に、強い語気を込める。動揺を吹き飛ばす目的と、もう一つ--(もう一つは、八つ当たりじみた自己嫌悪だよコンチクショウ)
「方法は?」
「……それを説明するにゃあ、まず"終焉"の原因から話さねーとな」
「そんなに悠長にしていて大丈夫なの? この世界はもう崩壊寸前なのでしょう?」
「今に始まったことじゃねえ。もう数時間は大丈夫だ。全部を話す時間はまだある」
「……あと、数時間」
世界終了のタイムリミットは刻一刻と迫ってきている。"終焉"はもう目前まで来ているが、残された時間が皆無ということではない。
刻限が訪れるまで、幾ばくかの猶予はある。神影は、その許された僅かな猶予を使い、語る。
「--これから俺が言うことを想像してみてくれ」
神影は両の人差し指を使い、空中に四角を示す。
「お前たちは、ペットを飼っている。広い広い籠の中で。数は想像できる限り多く」
種類も……そうだな。多ければ多いほどいい。
「犬、猫、虫、あー、モンスターも入れてくれ。ナーデルみたいな優しいのも、ゲッズウルフみたいに荒いのも一緒くたにして」
そしたら、籠の中はどうなるだろう? 籠の中はどんなだ?
「森があって海があって山があって……」
想像できる範囲でいい。できなきゃペットの数を減らすなりしてくれ。
「そうしてできたペットたちの住まう"籠"。さて、なら次はどうする?」
住処は用意されてる。餌は草を食う奴もいれば、籠の中の動物を食う奴もいるだろう。……ユナちゃん? 例えだから。例え。ペットの食い合いとかリアルに想像しないでくれ。
「きっとどこかで何かの生物が絶滅しそうになるだろう。--絶滅したとしようか。なら、それを食べてた生き物がいなくなって、次にそいつを食べてた生き物もいなくなる」
自然界の食物連鎖じゃあ下位の生き物や近縁種が爆発的に増えたりするが、あいにく籠の中の世界。絶滅したモンは増えねぇ。……って考えてくれ。
「だったら、どうすればいい? 絶滅しそうになりゃあ新しく籠の中にその生物を投入する? 近縁種を入れる? 間引く? ああ、それもいい。そのどれもが正解だ」
そうやって生物のバランスを保ち、環境を保ち、籠の中のバランスを保つ。それが飼い主の務めだな。
「他にもそうだな。植物に水をやる。溜まったゴミの処理。……籠の修復、とかな。しなきゃなんねぇ」
え? もふもふを楽しむ? す、好きにすりゃあいいんでない?
「さて」
さて
「さて。勘の良い奴は気付いただろう。この例えの"籠"こそが世界だって。飼い主が居なくなりゃあ、籠の中は酷いことになる。絶滅、飢餓、籠そのものの崩壊……今起こってんのはまさに、最後のだな」
飼い主--管理者の不在。
それが"終焉"の、根本的な原因だ。
「世界の……その、管理者という存在がいて、だけど、世界を管理しなくなった。それが"終焉"を招いたと?」
「そうだ。気付いてねぇだけで、世界ってのは管理することが多いんだぜ? ブラック企業も青くなるくらいな」
「つまり解決策は……管理者に世界を再び管理させること?」
「さっすがスミレちゃん。鋭いねぇ。その通り」
「その、管理者っていうのは?」
来た。
そう、コレだ。この質問だ。
コレを知ってるから、この認識のズレを知ってるから、俺は一人で勝手に語りたくなかった。
断裂した認識の違い。隔絶した世界の常識。
人間が人間である以上、産み出されるものだと思っていた概念。
悲劇の元凶となる哀しい言葉を、俺は口にする。
「"神様"だよ、管理者っていうのは、"神様"だ」
だだっ広い荒野。何も無い、荒涼とした大地。カイルと帝王がぶち空けた孔から漏れ出すマグマのぐつぐつという気泡の弾ける音と、風鳴りだけが吹き抜けていく。
静かな、生唾を飲む音が聞こえる静謐。
俺を見つめる、二十の目には……
「じゃあ、その"カミ"って奴を見つけて、世界を管理して貰えばいいんだな!」
「カイルさん、それは違うかもしれません"カミ"っていうのは世界という籠の外側にいるって言ってました。ミカゲさんはその外側にいる"カミ"に会いに行く方法を知っているんじゃないでしょうか」
「その上で、"カミ"に世界を管理させる方法を知っとるってワケやな!」
「さて、どうでしょうね。"カミ"に代わる管理者を見つけたのかもしれないわ」
"カミ"という"人物"を捉え、問題解決に向けて邁進しようとする、明るく……一方で残酷な光が宿っていた。
単純で純粋な前向きさ。それが今は、とてもムゴいと感じる。
「……違うんだ皆。"神様"ってのは--」
「口を噤むのじゃ神影。そこから先は、主の領分ではない」
背後から、俺に向けて届けられた言葉。幼く、淡白な声音。……意図して感情を排そうとした声。
けれど、俺はその言葉に秘められた哀切に気付いてしまう。共感してしまう。……停滞してしまう。
そうして生まれた間隙を滑るように、気を失ったマリンと憂いの表情を浮かべるマリアを抱えた天使が、目の前に降臨した。
「おい、マリア--」
「神影、頼むよ。これはマリアが望んだことだ」
「……わざわざ傷付くために、タイミングを図ってたのか」
「それは違うよ。傷付くことになっても、マリアは自分の口から語りたいんだ。マリアはもう、"籠の中"に在るんだから」
「……そうかよ、なら好きにしやがれ」
マリアは俺とシュウの会話を意に介さず、俺の足元に倒れる帝王の側で膝を折り、その顔に手を伸ばす。
慈しむような、愛おしむような、悲しむような。複雑に織り重なった感情。事情を知っている俺でさえ、アイツが今何を思っているのかは分からない。
ただ……俺から見たマリアは、儚い泡沫の夢のような表情をしていた。
「説明役が……代わるということで、いいのかしら」
「--ああ、そうじゃ。ここより先は、儂が話す」
焦りを含んだスミレちゃんの催促を皮切りに、マリアは帝王に触れていた掌を引き、立ち上がり、二十の視線の前にその身を晒す。
白い髪。
白い肌。
白い瞳。
白い装束。
何もかもを純白で染め上げたマリアは凛、と。前を向く。
その身に纏う風格は幼女のものに非ず、人智に収まるものに非ず。
彼女は……この場に集った人間たちに告げる。
「その者の愚は、この叛逆の端々に存在した」
告白する。
「五百年前、闇属性の魔力を持つ悪夢と呼ばれる吸血鬼が世界を蹂躙した時も」
供述する。
「変異と呼ばれる特異な者たちが誕生した時も」
告解する。
「帝国という国が創られた時も」
独唱する。
「その者が原因で引き起こされた。その者のせいで、世界は滅亡の危機を迎えた」
宣言する。
「その者は神と呼ばれる任を負うものであり」
謝罪する。
「ジャンヌや帝王から"母"と呼ばれる者であり」
解答する。
「神の権能たる【変異】を操る【チカラ】を持つ者であり」
懺悔する。
「……今、ここに立つマリアという者なのじゃ」
一陣の風が吹き抜ける。誰も二の句を告げることのできない静寂の中、この世界の神様は泣き出しそうな顔をして--この世界の人間の審判を待つ。
この物語の……悲劇の"元凶"として。
裁きを、待つ。