第百四十七話-世界中に響く"希望"
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間一髪のところで神影を救い、全快した魔力を全て注ぎ込んだ一撃。死より蘇ったその男は、恐怖を克服したその男は、改めて。
己自身に言い聞かせるように、喉を震わせた。
「俺は……負けねぇ! それが! 失って失って……。馬鹿な俺でも、やっと! 辿り着いた答えだから!」
飛空挺の駆動音が聞こえる。仲間たちの声が聞こえてくるような錯覚を覚える。背後を一瞥し、頼もしい仲間の姿を幻視する。
そうだ、これが己の守るもの--己の敗北で失われるものだ。一度は失われる未来に竦んでしまったが、今はもう"大丈夫"。
【破壊】の闇のせいで抵抗なく吹き飛んでいった、この戦い全ての元凶である存在に向けて。伝聞ではなく直接、この衝動を、あの時の激情を--知らしめるために。
天高く掲げた指先を、正面に向ける。
「よぉおーっく聞きやがれ、帝王!!!
俺はカイルっ! お前が許されざる種族とかにしやがった有翼族のカイルだっ!」
許されるとか、許されないとか。何だ。
そんな縛りは窮屈で、始まりのあの街では"嫌な"空気が漂っていて。息が詰まった。
それに加え、今は故郷を滅ぼされた恨みも確かに覚えている。許されざる種族に認定されたから、自分たちの家族は、一族は滅ぼされてしまった。そんな理由で。そんな理由で、だ!
「俺は……お前が気に食わねぇ! お前の身勝手に付き合ってられるか! 俺たちはお前の遊び道具じゃねぇ!」
ユナはずっと苦しんでいた。泣いていた。
孤独に喘ぎ、寂しいけれど、人を信じられないと能面のような顔で言っていた。
腹が立った。
理不尽に対し、憤った。
どれだけ偉いのか知らない。どれだけ強いのかなんて知らない。逆らうことの無意味さとか、愚かさとか。それを理解する知能なんて持ってない。分からくて結構だと声を上げた。
疑心暗鬼に囚われていたユナの傍に居るために。
絶対強者に向けて、叛逆を叩きつけた。
そして--今!
「やっとだ、やっと! ここに立てた! ここに来れた! 今からお前をぶん殴って! 吹っ飛ばして! お前を帝王じゃなくしてやる!!」
その絶対強者は目の前にいる。
理不尽の元凶が目の前にいる。
手の届くところにいる!
「この有翼族のカイルを敵に回したことを!!!」
帝王の椅子から引き摺り下ろす。理不尽を正す。
謝罪なんて要らない。そんなモノを求めてここに来たんじゃない。
望む未来のために。希望溢れる自由のために、だ!
だから、帝王に求めることは--
「精々、後悔しやがれぇええええええ!!!!!」
今まで与えた理不尽を!
僅かでもいいから感じる心だけだ!
無限再生する魔力。【破壊】を貫く【再生】。帝王にとっての唯一の理不尽が--カイルなのだから!
『破壊する』
無毛の大地と化した地で、闇が吹き上がる。黒渦を複数内包し、内に秘め得る広大な闇--暗黒物質。それは徐々に人型を取り、宇宙を体現した巨人が顕現する。
ソレはこの世界のどの山よりも高く、天を覆うほどの威容。巨人が大地に落とす影だけでも、容易に国一つを併呑して見せるだろう。その体躯を以ってして、全身が【破壊】の闇。絶対無比の最強の矛である最強の盾なのだ。矮小な人間如きでは、巨人の歩みすら阻むことは出来ない。
『この世界は破壊されなければならない。破壊こそが真理。破壊こそが神命。その為に……お前が邪魔だ』
……肌が震える。隔絶した存在の気に当てられ、魂が敗北を叫ぼうとする。たじろぎそうになる。
かつて、第一部隊長トイフェルが体験した帝王の"威"。幼子であったとしても、天賦の才を持つ埒外の神童をして『勝てない』と思わせた"威"を前に、カイルは、
「やっと、底を見せたな」
笑った。
恐れは一瞬だった。カイルは震えた魂を砕き、【再生】して再起した。抱いた恐れは錯覚だ。神影だって言っていたではないか。帝王の魔力は無限に見えても底がある。対して自分は--言葉通りの無限の魔力!
この巨人は、感じる"威"は、帝王の最期の足掻き。
「空の彼方までぶっ飛ばして--」
右手に全ての魔力を注ぐ。拳に握りしめた二段圧縮の炎。漏れ出す極光は太陽の光。その日輪は、闇に染まった天の下で、暗黒物質の巨人の前で、燦然と輝き、絶望に反する希望となる。
『潰えよ。まやかしの希望と共に!』
天が、落ちてくる。
眼前に広がる、暗天よりも深い闇。空を覆う暗黒物質の掌。五指の先すら見えない絶望を前に、カイルは右手の太陽を解き放った。
「それで! 終わりだぁああああっっ!!!!」
世界を揺るがす--局所の超新星爆発。太陽の創生。【再生】する太陽の輝きが巨人の鉄槌を阻む。
その隙にカイルは魂の【再生】を済ませ、左手に新たな太陽を宿し、指の隙間から巨人の懐に向けて突貫する。
『終わるものか! "終焉"はもはや止まらぬ! お前たち人間は! それを指を咥えて見ているしかないのだ!』
「知った、ことかああああああああ!!」
次いで迫る拳に対してシリウスをぶつけ、前進。翼をはためかせ、白炎を纏い、再生し蘇る不屈の男が天に向かって昇って行く。
「シュウ兄は言った! 俺たちは帝国の"終焉"を止めるために! 今日この日を戦いの日にしたんだって!!」
巨人の腕から、カイルを絡めとらんと触手のような闇が分岐し、迫る。それを躱し、時に迎撃し、時に受け、再生し、巨人の懐を目指してカイルは翔ける。
「だから、止まる! "終焉"はきっと止まる! 俺は家族を信じてる!!」
巨人の懐。目の前に広がる底知れぬ宇宙。銀河と星々を呑み込んだ黒海。眼前に広がり、カイルまでもを取り込まんと蠢く闇に対し、カイルは右手に宿る太陽で応える。
「ビッグバン・シリウス!」
迫る闇を吹き飛ばし、圧縮された爆発は衝撃となり、大気を打ち、轟音は世界に轟く。白色の煌炎は闇の中でも褪せること無く、彼方までも照らす輝きとなって、カイルに対して"先"を示す。
「おおおおおおおおおおおお!!!」
一つ目の太陽が吹き払った闇の--その先。四方八方が【破壊】の闇の、暗黒物質の宇宙の中にカイルは沈む。黒く、暗く、昏く、圧し潰さんとしてくる闇の中を、カイルは拳を以って殴り進む。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
殴って。死んで。【再生】して。カイルは進む。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
蘇る度に、輝きは増していく。強く、強靭に【再生】する。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
巨人の足が浮く。拳の連打に、腹の中で巻き起こる無数の超新星爆発に、巨躯が浮き上がる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
綺羅星のように。数多の希望を体現するように。闇に包まれた世界を極光が翔け抜ける。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
硝子の割れる音が聞こえた。決定的なナニかが壊れてしまった音が。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
--カイル!!!!
赤毛の小人族の声が聞こえた。体は小さいけれど、その懐は誰よりも大きな仲間の声が。
--カイル!!!!
弟の声が聞こえた。不器用で、生意気で--言葉にはしないけれど、最も認め合える家族の声が。
--カイル!!!!
姉の声が聞こえた。乱暴で凶暴だけれど--誰よりも優しい、二人分の家族の声が。
--カイル! カイル! カイル! カイル! カイル! カイル! カイル! カイル! カイル! カイ----
多くの声が聞こえてくる。旅をして出会った全ての人の声が。希望を求める人たちの声が。魂を砕く度に聞こえてくる。まるで自分が世界が繋がって、彼らの叫ぶ声が直接聞こえてくるかのよう。
何故やどうしてを思考する知力をカイルは持たず。期待や希望や激励--様々な願いが込められて叫ばれる三文字を楔に、カイルは何度でも死の淵より蘇る。
闇を切り裂き、太陽が昇る。
そして--
『--!!』
内奥に潜む巨悪に肉薄した。
籠手が破壊されたことにより剥き出しになった白く細い腕が帝王の居場所をカイルに知らせる。
かの王は諦念を持たず、闘志を滾らせて白い拳をカイルに振るう。
カイルは避けもせず、その拳を身に受けて魂を砕く。
--カイルさんっ!!!!
聞こえたのは、始まりを告げた彼女の声。孤独に苛まれながらも心折れず。泣きながらも前に進み。守るべき民のために抗い続けた少女の声。
助けたいと思った。守ってやりたいと思った。
始まりは……たったそれだけだった。報復の心も、義憤の念も、所詮は後付けに過ぎない。ただ、少女の側に居てやりたい一心で、カイルは帝国を敵に回したのだ!
魂が【再生】する。眩い白炎を伴って。
カイルは原初の誓いを胸に秘め、全ての魔力を右手に注ぐ。幾度も幾度も蘇り、輝きを増した太陽は、もはや存在するだけで、闇を照らし、カイルを守った。
『有翼族の--カイル----!!!』
「そうだ! お前を倒す!! 男の名前だぁああああああああああああぁああああああああああああ!!!!!!!!!!」
懐に、拳が一閃。煌めきと同時に閃光が視界を埋め尽くし、暴力的な轟音と共に遍く存在の悉くを照らす太陽が巨人を蹂躙する。帝王を核とした巨人は内部で炸裂した白の極光で染まり、世界を揺らす衝撃が訪れた瞬間、霧散した。
地上の神影からも、飛空挺のカルミアの全員からも見える--巨人を蹴散らした眩き恒星。
天に向かい、吹き飛ばされる帝王。
……その光景は、誰の記憶にも残り続けるだろう。
闇に包まれた空の下、天照す太陽。
暫く後、破砕音と共に天が割れ、白い光が直下に伸びる。
朱色の翼をはためかせ、朱金の尾羽を高らかに広げる金髪緑眼の男。
「--------------!!!!」
その男の、言葉にできない勝利の咆哮。疵を負い、悲しみを受け入れ、誓いを果たした男の歓喜の雄叫び。
それは--散り散りになった家族との再会の旅路だった。
それは--理不尽を覆す叛逆だった。
それは--悲しみを伴う戦いだった。
仲間と出会い、家族と出会い、大切な人たちを失った。言葉にできない、一様に表すことのできない鮮烈な旅。その果ての景色を、カイルは掴み取ったのだ。
「----------------!!!!!」
到底言葉になどできはしない。だけれど、溢るる想いを塞きとめることもできない。雛鳥が巣立つ高鳴きのように。新たな世界を臨んだ者は万感に浸り、叫ぶ。
世界中に響いたと言われる咆哮は……永く虐げられた人々にとって、まさしく"希望"の音であったと。そう、語り継がれることとなる。