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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第五章〜ノゾムセカイ〜
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第百四十六話-黄昏

(3/10)

 




『それが、恐怖だ』


「違うな。カイルが抱いた恐怖は……お前に対してなんかじゃない」



 折れない意志とは裏腹に、敗北を自覚した身体は震えていた。怖くて。恐ろしくて。恐怖していた。カイルが恐れていた未来が現実になろうとしていたその時、タイミングだけはいいその男--神影が帝王の前に立ち塞がった。『どうやって』という疑問は視界の端で墜落して行く小型の飛空挺が答え、次いで浮かぶ疑問は、『何故』。



「決まってんだろ。お前に--最後の勝利の鍵を伝えるためだよ」



 にやり、とその男は不敵に笑って見せ。

 たったその一言で、カイルは瑣末な疑問を全て忘れ去った。



「切り替えが早いのはグッドだ。これを聞け。それに全部吹き込んである。俺はそこの帝王サマと"お話し"してくるからよ。俺が殺される前には……まぁ、【再生】してきてくれると助かる」



 カイルは無造作に投げられた投影型の伝達魔具を掴み、一も二もなく起動させる。礼も感謝も全て後回し。今はただ、齎されたこの可能性だけを信じるだけ!



『魂を燃やして魔力に変換しろ』



 魔具により中空に投影された神影は、前置きもおふざけもを吹っ飛ばし、本題を簡潔に述べる。



『お前は【超再生】のトレーニングで自分の魂の形を覚えた筈だ』



 魂を【再生】で膨張させ、【超再生】で自らの魂を正常な形に--元より大きな形に整えて画定させる。常軌を逸したカイルにだけ行える魔力増強トレーニング。自我が増えていく感覚、自分という濁流に呑み込まれそうな感覚は忘れようったって忘れられるものではない。意識を向ければ、己の魂はいとも簡単に見えてくる。


 大雑把で、無駄に大きくて、炎のように燃える魂。


 二層ある筈の魂は表層である魔力を全て使い果してしまったため、今は一層になってしまっている。だが、外炎が無くなり、炎心だけが燃えているような状況であっても、その魂は力強い熱を放っている。



『魂だけに限らねぇ、モノってのはただそこにあるだけでエネルギーを持ってるんだ』



 カイルはそうなのか、と理屈をすっ飛ばして理解する。信じると決めたから、それが正しいかどうかは関係が無い。いくら風体が胡散臭くても、花園の時、ユナの時、特訓の時と三度も助けてくれた。だからカイルは信じれる。受け入れる。


 例え"物理学"というこの世界には無い理論であっても。



『だから、特訓で死ぬほどデカくしたお前の魂を燃やせ。その膨大なエネルギーを魔力に変換しろ』



 カイルは理解する。魂の魔力への変換については理解はするが、その意図(・・)が分からない。何故なら、それは……。



『ああ、多分、お前の考えてる通りだ。俺はお前に死ね(・・)と言っている』



 魂を"破壊"して魔力にするということは。

 カイルの魂が壊れて消えるという事だ。

 つまりそれは、死ぬという事だ。



『死んで……その魂を表層の魔力ごと【超再生】しろ』



 次いで届いた言葉は、カイルにとってまさしく天啓だった。



『帝王の魔力は無限に見えるが、底がある(・・・・)。対してお前は! 言葉通りの無限の魔力だ!』



 魔力が尽きても、魂を燃やして魔力を【再生】する。再び尽きても、また魔力を【再生】すれば、その魔力は尽きることはない。

失敗の代償は死よりも重い消滅。だとしても、バカでも見える勝利への道!



『日頃お前が言って憚らなかった底なし(・・・・)の魔力は現実になる』



 ハッキリと高揚を自覚する。昂ぶる精神が体を隅から隅まで巡り回る。


 恐怖していた。己の無力さに。


 恐ろしかった。自分のせいで誰かが死んでしまうのが。


 帝王に対してでは無い、自己に向けた侮蔑に似た恐怖。カイルが抱いた恐怖は絶対強者に対するものではなく、己の死に対するものでもなく、死を超えた先にある恐怖だった。

 それを克服したカイルは、もう己の死を恐れない。

 例え、それが自らの魂を砕いて燃やすという自殺行為であっても躊躇わない。リスクを考慮しない。考えない。


 それが、カイルというバカな男なのだ。


 意識を向ける。外炎を失い、炎心だけが残る炎の如き魂に。カイルという男を構成する魂の深層に。

心の内側の無意識の中で、カイルは魂を右掌に乗せた。


--熱い。重い。


 抱いた感想は、そのままカイルの魂を表現している。

積み上げてきた思い出は炎のように鮮烈に。戦いに臨む覚悟は一人だけのものではない。これまでの旅路、生きてきた人生が詰まっている。

そして、それら全ての熱量が、重みが、カイルの手にのし掛かってくる。


 だけれど--。



『最後に一つ、無粋なことを言わせてもらうけどよ』



 意識の中に入り込んできた神影の声。魂を砕こうとする直前に差し込まれたメッセージに、耳を傾ける。



『俺の世界(・・)じゃあ、不死鳥ってのは死なないから不死鳥って言うんじゃねえ。死んで蘇る(・・・・・)から不死鳥って言うんだぜ?』



 そんな神影の無粋な激励に対し、カイルは口角を吊り上げて、



「悪ぃなミカゲ--何が無粋か分かんねぇや!!」



 昂ぶる魂を握り潰した。




---------------------------





「うぃっす帝王。花園ぶりだな」


『何をしに来た。異邦の者よ』


「なぁに、ちょっと世間話でもしようと思ってな」


『くだらない時間稼ぎだ。耳を貸す道理も無い』



--あの野郎、やっぱりジョークの欠片も持ち合わせてねぇな。カイル殺す気マンマンじゃねぇか。

けど、させるワケにゃあいかねぇんだ。日本で培った俺の煽り力。ちょっとやそっとで無視できると思うなよ……!!



「"お前"って個人は、一体どこにいる?」



--止まれ、と念じた成果があってか、俺の後ろにいるカイルに向かって歩みを進めていた帝王の足が止まる。聞き入れたことに安堵し、瑣末なことと無視される前に、畳み掛ける。



「帝王サマよぉ。お前、頑なに一人称(・・・)を口にしねぇよな。そりゃあ一体どういう理由なんだ?」



--機先を制し、動き出そうとした足を釘付けにする。戦うことのできない俺の武器……言葉とハッタリ。ハリボテの度胸で胸を張って、竦む足を押さえつける。不敵に笑え。意味深な言葉を放て。アイツの意識を俺に向けろ。



「聞かせてくれよ。『俺』とか『私』とか『妾』とか『拙者』とか『我』とか『ワタクシ』とか『僕』とか『我輩』とか『わっち』とか『ミー』とか『オイラ』とか『俺様』とか『あたい』とか『ウチ』とか『儂』とか『アタシ』とか『拙僧』とか『(やつがれ)』とか『余』とか『まろ』とか『朕』とか。あるだろうが。


 "お前"を示す言葉がよ!」



--ここが、俺の命の張りどころだ!



『……そのような言葉を使用することに意味など無い』


「それはお前がシステムだからか? この世界の破壊機構として産み落とされたからか?」


『そうだ。そのような存在に、自らを示す言葉など不要だ』

 


--言葉を返した。足を止めた。俺を見た。目の前の"コレ"は俺を容易く殺せる存在で。とても安直にブルっちまう。だけど……


 不快(・・)の感情を発したことに、俺はほくそ笑んだ。



「おいおいおい。だったらジャンヌはどうなる? あいつだってお前と同じ機構だろう? だけどアイツは"女"って性別を持ち、絶望を好み、"妾"っつぅ一人称を、自我をしっかり持ってんぞ?」


『アレは【魂】を司る闇属性を得たが故の誤作動だ。多くの魂に触れ、それに影響を受けたに過ぎない。趣向も自我も、全てが虚構の創作だ。アレも結局はこの世界を破壊する一機構であり、その心情に自我など皆無だ』


「ああ、そうかよ。だけどな、そのジャンヌは、お前が機構と呼んだ女は--」



--さぁ、頼むぜカイル。間に合ってくれよ……!



「自らを誇り、昔と今のマリアの敵として在る為に、自ら命を絶ったぜ?」


『……!』



--帝王は、明らかに動揺(・・)した。帝王にとってジャンヌ・ド・サンスという女は自らを写す鏡であり、信頼(・・)のおける同族(・・)のハズだった。それが意思を持ち、自死したということはつまり、



「お前にも、自我はあるんだよ!」



--例え始まりは機構だったとしても。冷徹な破壊の化身だったとしても。コイツには意思があり、感情がある。そんなの--初めから分かっていたことだ。



『あり得ない。この身に意思など--』


「あー! 言ったな! ついに言ったな! 『この身』っつったな! はーい言質とりましたー! 一人称を口にしましたー! お前に自我はありますぅー!」



--感情があるなら揺さぶれる。神経があるなら逆撫でできる。コイツの意識は今、カイルから外れ、完全に俺に向かっている!



『揚げ足を--!』


「お、怒っちゃう? 感情を発露しちゃうか? いいぜ、癇癪を起こせよ。溜まったフラストレーションを発散してみろよ!」



--コイツの根源を穿て。触れられたくない感情を暴け。最も屈辱的なコイツのココロを、言葉に落とし込め!



「そうだ! お前は実は子供みたいな癇癪持ちで! 目を向けてもらえないから拗ねて! 仲間に対してはちょっと心を許して! そんな自我ある存在だろうが!」


『なにを……っ!』


「否定するか? じゃあ【闇集め】はどうなんだよ? 神の権能を持つ変異(パンドラ)を集めようとしたのはどうしてだ? トイフェルやヴァジュラを側に置いていたのはどうしてだ? あの花園で! 殺されそうになったヴァジュラを助けたのはどうしてだ!?」



--この世界の人間には、この帝王という存在は酷い暴君に見えただろう。自己中心的で、この国をオモチャか何かだと思っているように見えただろうさ。



『そんなこと--!』



--だけど、全部の事情を知る身からしたらよ。



「寂しかったからだろうが!!!」



--全然、そんな風には見えなかったよ。



「自分と同じような存在! 世界の歪みによって産まれた変異(パンドラ)! それを集めて! 世界に対する憎しみを共有して! 安心したかったんだろう!? 口にできない憎しみを! 仲間の言葉に託したんだろう!? 同類が欲しかったんだろう!?」


『違う!』


「違わねぇ!!!!」



--この一言を口にしたら。帝王は間違いなく俺を殺しにくる。それはかなりの恐怖だったけど。カイルに死ねとか言っちまったし。それに、自分のココロから目を背け続ける馬鹿野郎にガツンと言ってやりたくて。



「じゃあ何で産まれてからすぐに世界を破壊しない!? お前ならできただろうが! それを【種族選抜】とか回りくどい方法で終わらせようとしやがって! 圧政なんて手段を使いやがって! そんなことをする奴が機構だぁ? アホ抜かせ! 感情が無いなら最善手で行動しやがれ!」



--大きく息を吸い込んで。



「お前は世界を滅ぼそうとする自分を!」



--決定的な一言をぶち撒ける。



殺して(すくって)欲しかったんだろ!!!!!!!」



--気がついたら目の前に帝王の手があった。あ、死んだ。なんて思う暇すら無かった。瞬きの内に目の前とかファンタジー過ぎるわ自重しろ。や、でもこんなことを考えていられるのもファンタジー過ぎるというかご都合主義の賜物というか主人公補正というか……!



「おせーよ。危うく死ぬとこだ」



--腰の抜けた俺の前で舞い踊る白炎。煌々と、高々と吹き上がるソレは歓喜に打ち震えているように見える。燃え滓の灰から蘇る鳥。死して蘇る幻獣。現世に舞い戻る度により強く美しく成長していく鳳凰。


 ギンギンに魔力を滾らせたカイルが、帝王の拳を受け止めていた。



「間に合ったんだからいいだろ! それと--」



--拳に握るは二重の極炎。全力全開の、全身全霊の、持てる魔力を全て注ぎ込んだ最高火力! ああそうだ! それでいい! やってやれカイル!


 それは迸る生命の奔流。天照す白炎。太陽の極光。


 闇を照らす--超新星の輝き!



「助かった! ありがとう!」



--左拳を【再生】し、全快した魔力を惜しむことなく注いだ光球を握りしめた拳を、カイルは腰を入れて振りかぶり、



「ビィィッグバン--!!」



--慌てたように【破壊】の闇を集中させた帝王の顔面に向かって、



「シィィイリゥウウウウス!!!!!!」



--振り抜く!


 打撃と同時に"世界"に轟く爆発音。誇張なく世界が揺れ、その小規模の大衝撃に震える。空間が灼け、迸る太陽の光が【破壊】を貫き、炎熱による爆風が傍に居た俺を吹き飛ばす。ゴロゴロと無様極まりなく、締まらないのはもうご愛嬌でいいだろう。

 都合二十メートルは吹き飛び、満身創痍になった俺は頭だけを動かしてカイルに視線を向ける。


 綺麗な円の軌跡を残して振り抜いた拳。その勢いの反動と、魔力を使い果たしたカイルは地面に向かって倒れこむ--が、その途上で奴を包む白炎。爆発のように発生した、魂を燃やした【再生】は惚れ惚れするほど美しく、煌めく炎が無数に空間に広がっていく。

そして、その炎が過ぎ去ったあとには、完全無欠の不死鳥が復活を果たしていた。


 あぁ、もう安心だ。帝王はもうカイルに勝てない。


 首の力を抜いて天を仰ぎ、懐から煙草を取り出して火を付ける。肺に染み入るニコチンが打ち身の痛みを誤魔化し、天に向かって--



「……マジかよ。神様がいるって、信じちまいそうだ」



--都合よく現れたカルミアの飛空挺団に向けて、肺に溜めた煙を吐き出した。


 


---------------------------





「おいおいおい!? なんや今の!? 何で魔力が【再生】しとんねん!?」


「カイルさん……! 無事みたいで良かったです!」


「スルーなん!? そこスルーなんユナちゃん!?」


「あんらぁ、別にどーだっていいじゃない。どうせカイル君のやることなんて誰も予測できないわよん」


「ってゆーかなんでミカゲがあんなトコにいんのよ! 戻ってきたら女王のお説教食らわしてやるわ!」


「止めてやんなよじょーおーさま。アイツなんかボロボロだぜ? きっとカイルのために体張ったんだよ」


「確か、ここにはキルウェア火山があった筈だが……?」


「ヴ……しゅ……」


「ディアス。アンタ喉やられてるんだから喋るの禁止よ。この場に居るのだって私はあんまり認めたくないんだからね。大人しくしてなさい。それとヴァレイン様? 信じられないかもしれませんが、キルウェア火山は多分、戦闘の余波で消し飛びました」


「クレア隊長マトモなこと言ってる時くらい僕の髪を食べるの止めてくださいなのですー!?」


「……待って。カイルさん、何か言ってるわ」



 騒々しい管制室には、ユナ、ジャック、そしてカルミアの隊長格が勢ぞろいしていた。この場に居ないのはリュウセイ、マリン、シュウ、マリア、そして随行している龍たちくらいである。

誰も彼もが思い思いのことを口走り、全く統制が取れていない。驚きや驚愕、安堵や悲鳴を叫んでいる。

 そんな混沌とした状況下で、カルミアの総大将であるところのスミレは、冷静にカイルの声を拾う集音の魔具を起動させた。


 映像に映るカイルは吹き飛ばされた帝王に向けて指を指し、



『よぉおーっく聞きやがれ、帝王!!!

俺はカイルっ! お前が許されざる種族とかにしやがった有翼族のカイルだっ!』



 叫んだその"宣戦布告"は、あまりにも記憶に残りすぎていて。

騒がしかった管制室を、飛空挺全体を鎮める力を持っていた。



『俺は……お前が気に食わねぇ! お前の身勝手に付き合ってられるか! 俺たちはお前の遊び道具じゃねぇ!』



 ヨークタウンで。孤独に震えるユナを救うための。ユナの信頼を得るためだけの宣戦布告。彼のこの言葉から全てが始まったのだ。戦いの発端にして、カイルという反逆者の始まりの言葉。誰しもの心に反乱という炎を燻らせた布告。


 ユナは勿論、伝聞で聞いた者たちも、その"始まり"に耳を傾ける。"始まり"によって抱いた感慨を、気骨を呼び醒す。



『やっとだ、やっと! ここに立てた! ここに来れた! 今からお前をぶん殴って! 吹っ飛ばして! お前を帝王じゃなくしてやる!!』



 誰しもが、諦めていた。


 絶対的な暴君に打ちのめされ、希望を失っていた。


 そんな折、唐突に。帝国に向かって宣戦布告したバカがいた。



『この有翼族のカイルを敵に回したことを!!!』



 そのバカの快進撃は留まることを知らず。


 気が付けばその男に希望を見ていた。


 今度こそ。


 今度こそと。自分たちはその太陽に集ったのだ。



『精々、後悔しやがれぇええええええ!!!!!』



 あの宣戦布告が現実となる。


 そんな予感を誰しもが感じ、自然と漏れ出した心からの雄叫びが……天を揺らした。






 

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