第十五話―大山鳴動して人外二人
「双葉流・草の舞・鷺草」
――左手で幻海を、右手で魔力で精製した脇差しを握る。双葉流は剣を学びたいと言ったスミレの願いから生まれた流派じゃ。
本当は剣など持って欲しくはなかったのじゃが、〝剣舞〟という形で妥協してしまったのじゃ。
双葉流とは種、草、花、実の四つの舞から……とそんな説明をしている場合ではないの。長くなってかなわん。
鷺草は相手を中心に円を描くように動き、遠間からは刀、つまり幻海で、近間では脇差しで切りつける剣舞じゃ。それだけ? と思うかもしれんが、実戦で使える剣舞など、そんなものじゃよ。
まぁ、双葉流は実戦特化の剣舞の流派じゃから、きちんと習得すれば、それだけの動作でも大抵の奴に負けることはない。
ちなみに相手を円の中心から動かさないようにするのがコツとなる。相手を動かさず、防戦一方を強いらせるのが鷺草の特徴じゃ。
「アハハハハ! 楽しいネ!!」
……末恐ろしい童じゃ。先程から幻海で切りつけても、脇差しで突いても、刀を絡めても、全て捌ききっておる。
防戦一方には違いないが、わざとこちらの思惑に乗っかってきているような……そんな風な気もするの。
「獣剣術・虎砲」
「うワッ!!」
外したか、中々鋭いやつじゃ。
虎砲は脇差しの柄頭を刀の峰で打ち付けて、飛ばす技じゃ。一ツ星で飛ばすのが魔法ではなく、脇差しになった、と言えば分かりやすいじゃろう。躱されたがの。しかし、ほんの少し隙が出来た。ここを見逃すワシではないぞ?
「獣剣術・狼牙」
大きく一歩を踏み出し、間合いに踏み込んだ瞬間、腰の回転を利用し、ワシの最大の間合いから繰り出される片手の平突き。幻海は獲物を仕留める狼の牙のようにトイフェルの首もとに襲いかかる。
「ケルタっ!!」
「むっ!?」
避けた? どうやっ--なるほど、理解した。
「お主、雷属性じゃな?」
ワシの刀が喉元に食い込む寸前、トイフェルの身体から魔力を感じた。刀から雷を発し、それを自身の身体に流して、反応速度を上げたのか。なんという無茶を……一瞬じゃから良いものの、長時間そんな真似を続けたら、身体中の筋繊維がズタズタになるぞ?
「初見で見抜くなんテネ! 多分考えてる事もあってるヨ!
アルマっ!!」
突き、か意趣返しというやつかの。恐らく寸前で再び身体に雷をながし、異常な加速をするじゃろう。それが分かっておるなら……
「七星流・護りの型・其の壱・柳星」
不自然な加速も、来る場所さえ分かっておれば、対処は出来る。柳星は刀の腹でそっと敵の攻撃を流し、そのまま攻撃へと転じさせることが出来る技じゃ。
予想通りの加速に柳星で合わせることに成功する。
柳星で突きをいなしつつ、刀を逆手に持ち換えて、突きで隙が出来ている胴を狙う。
「暗殺剣・通魔」
すれ違い様、前方に大きく跳躍し、身体を回転させ、その回転でトイフェルの胴を切りつける。さらに、魔力の刃で両腕、両足にも攻撃を与える。一度すれ違うと、普通なら五体不満足になる技が暗殺剣・通魔。
普通なら、じゃがの……
「ケルタ!」
雷の身体強化による超反応。刀を使わず、その身体を僅かに動かし、最低限の動きで四つの魔力の刃を全て避ける。そして胴を狙った幻海は魔力の刃を使い、防ぐのではなく、いなす。レールのようにワシの刀を魔力で誘導し、五つの斬撃を全て処理して見せた。
激しい攻防。刀と刀の、魔力と魔力のぶつかり合い。にも関わらず、互いに無傷。草の舞を崩さず、トイフェルを見つめる。歪な笑みは崩さず、この戦いを楽しんでいるようじゃ。さて、そろそろワシも魔法を使うとするか。
そうなると……
「この洞窟ともお別れじゃのう」
「何ダイ? もう終わりなのカイ!?」
露骨に嫌そうな顔を向ける。戦闘狂と本人は言うておった。確かに戦闘狂なのじゃが、こやつの本質はもっと別のところにある気がするのう。知ろうとも思わんが。
トイフェルが初めて自分から仕掛けてくる。右上からの切り下ろしから始まり、切り合いが再開される。
「そういう意味ではない。ただ単純に、洞窟に住めなくなるというだけじゃ」
「それハ、どういうコトなのカナっ!?」
切り結びながらも会話を続けるとは、まだまだ余裕があるのう。ワシも、お主も。
ま、これからはそうはいかなくなるがの……!!
「切斬舞」
単純な技じゃ。剣先から高密度の水の魔法を弾丸のような速さ、かつ途切れずに伸ばし、かつその断面積は限りなく小さくする。
あの胡散臭い、科学者を名乗る男の言葉を利用するなら……ワシの魔法は有り得ない長さを持ちながら、切れ味が恐ろしいウォーターカッター、と言うらしい。
まぁとりあえず剣先からウォーターカッターを出し、そのまま周囲を切り刻む。
それだけの技じゃ。
まぁワシくらいになると水の魔法の及ぶ範囲もかなりのものになり、それを四方八方に向けて振り回すのだから……
「山ヲ切るなんテッ! 全クやってくれル!」
そう……山を、カルト山を切ることになる。この洞窟を中心に幾つもの切り込みを入れられたカルト山は自身の重さに耐えきれずに崩壊することになる。もう少ししたら、滑らかに切断された断面から滑り始め、そこを起点に重心が不安定となり、崩れていくじゃろ。
既に入口は崩壊させて出れなくしてある。逃げ場はないのじゃ。どこにもの。
「さぁ、この状況……どうする?」
この山は至るところが切られ、崩壊を待つのみじゃ。いやな地鳴りがして、天井が崩落を始める。岩や石の破片が落下し、家具に当たっていく。ベットや机等には既に大きな岩が落下しており、家具としてはもう使えそうにない。下方向にも切り込みは入れてあるので、床も不安定になり始めた。あらぬ方向へ傾き、バランスを保つことも容易ではない。さらに巨大な岩がトイフェルとワシの間に落ちてくる。床を砕き、完全に奴と別離されてしもうた。足元の床の傾斜角もそれなりのものになってくる。
もはや立つこともままならぬ。
高密度の魔力を足場として、宙へと躍りたつ。もう限界じゃな、崩壊するぞ。
あ、ユナちゃん達の荷物とか全部潰れてしまう……まぁよいか。仕方のないことじゃな。
ワシも逃げる準備をせねば……――
山が崩壊を開始する。
それは一瞬の出来事だった。もし外からこの崩壊を見ている者が居たならば……いや、カイル達がいるのだが、カイル達ではない一般人が居たならば、きっと己の目を疑っただろう。そして思うはずだ。
ありえない。きっとこれは夢なのだ。と。
単純な現実逃避、脳が状況を理解出来ないのだ。カルト山は千メートル程の山が二つ連なってできている山だ。登るのは簡単、降りるのも簡単、そんなに険しい山でもないごく普通の山である。
そんなごく普通の山とは言え、山は山だ。人間がどうこうできる代物ではない。トンネルを掘るにも何百人もの人手と何ヵ月もの時間が必要になるし、山を崩すとなると年単位の時間がいるだろう。
そんな既存の常識を嘲笑うような事象が起こっている。見物人は山が崩れるという自分の容量を越えた事象よりも山が崩れる原因という理解しやすい事象を求めるだろう。
のだが……
カルト山の片側の山、そこから急に一筋の線が飛び出してきた。それが何かは分からない。長い長いその線は、どれだけ雨に打たれても、どれだけ風に吹かれても、曲がらず一つの線であり続ける。
その真っ直ぐなそれは何故か刀を連想させた。
ゲンスイの意思が魔法の隅々まで染み込んでいるのか、はたまた見ただけで思い起こさせるほど、完成された魔法なのか。
そしてその刃の魔法は動き出す。
縦に、横に、斜めに、下に、山の中の何処か一点を中心に置き、そこから魔法の刃が変幻自在に動かされていく。切るように、切断するように。カルト山で自由に暴れる刃は直ぐに止んだ。すぐに止んだからと言って安心はできないが。見間違いでなければ、その刃はカルト山の片割れを切ったのだ。それが何を引き起こすかと言うと……
地鳴りが響く、地面が揺れ、山の生物がざわめきだす。鳥は飛び立ち、獣は地を動き回る。
しかし、そんなことが出来るのも短い時間だけ。カルト山は崩壊した。
崩壊は一瞬だった。切られてから崩れるまで持ちこたえた時間よりも短い。重心が定まらず、主要な柱を全て折られてしまったビルのように、ぺしゃん、と潰れた。ただ実際はぺしゃん、などと言う生易しい音ではなかった。鼓膜のみならず、全身を震わせる、巨大な轟音。爆弾を数百個一度に爆発させたような……
そんな一瞬の爆音が響き渡る。
岩や瓦礫、砂ぼこりが舞い上がる。だが砂ぼこりが周囲に広がり、目や身体の自由を奪うということは起こらなかった。幸いにも雨が砂ぼこりを抑え、風が僅かに残った砂ぼこりさえ吹き飛ばした。
そうして見えたのはカルト山の残骸だった。跡形もなく崩れ、残るのはただの大きな岩山のみ。生き残ったカルト山の片割れが横に存在していることが、岩山がカルト山であったことを証明している。
これは天災なのか、人災なのか。そんなことは考えるまでもない。
これは天災だ。
人がこのようなことを起こせる訳がない。きっと神様がなんらかの理由でお怒りになり、山をお崩しなさったのだ。そういう風に、いもしない見物人は解釈した。
突発した天災のような事態の中、神の所業とも言えるこの人災を起こした張本人は、岩山の上に堂々と鎮座していた……。
「ふーむ……すっきりしたのう。これで戦いやすくなった」
――狭い洞窟内では魔法での戦いはやり辛いからの。それに今は嵐じゃ、これを利用しない手はない。
「全く無茶苦茶するんだカラ!」
その声が聞こえた途端、前方の岩山が切られ、トイフェルが飛び出してくる。ワシも重い腰を上げ、刀を構える。
無傷……か。まぁ致し方ない。切斬舞は攻撃のために使った技じゃないからの。
ここからは……加減なしじゃ。
「五月雨一角」
トイフェルの足元から水で出来た槍が襲う。それも一つではない、避ける度に足元から槍が現れ、後ろから前からあらゆる場所からトイフェルを攻撃する。そして、ワシが見ているだけというのは……有り得ないのじゃ!
幻海に魔法を纏わせる。刀としての性能を阻害しないように、薄く、薄く、目視すら難しい程に薄く……
それでいて魔力密度は濃く、山をいとも容易く切り裂けるレベルまで濃く。ワシが使うことにより、比類なき切れ味を発揮する刀〝幻海〟。本懐を果たそうと、うち震えているようにも見える。
左足に体重を乗せ、思い切り踏み込む。開いていた距離が一瞬にして縮まり、幻海で首を狙う。
「アハハハ!! 楽しイ! 楽しいヨ!!」
トイフェルも一瞬の内に魔法を纏わせる。刃が黄色く光輝き、この曇天の中でその光はより一層輝いているように見える。
ワシのように全体に纏わせるのではなく、刀の内に帯電させている。刀の内に高密度の魔法を発言させ、切られるとそれが身体に流れ込み、感電するようじゃの。気を付けねば、やられてしまうのう。
首を狙った幻海を長刀の刃元で受けられる。しかし、動きが止まったトイフェルに背後から五月雨一角による水の槍が三本襲いかかる。
「サンクトゥス!」
水の槍の進行方向に小さな雷の円状の壁が現れる。直径は五センチ、と言ったところじゃ。その壁により五月雨一角は全て防がれてしまう。
「ハァッ!!」
「むぅっ!」
鍔迫り合いをしている状態から、一気に刀を振り抜かれる。長刀と幻海が火花を散らし、ワシは後方へ吹き飛ばされてしもうた。
じゃが、吹き飛ばされながらもワシはトイフェルから目を逸らさない。見失えば、殺られる危険度が増すからじゃ。奴が足に体重をかけ、飛び込んでくる。長刀を脇構えに構えて、思い切り横に振り抜く……!!
「くっ!」
なんて膂力じゃっ! 後方へと吹き飛ばされていたワシの軌道を無理からに変えて、横に吹き飛ばしおった。幻海で受けて傷はないものの、異常な程の力じゃ。
そもそも、あやつは異常じゃ。ワシは三百年程、生きておる。超人族としてもかなり長生きの部類じゃ。ワシは妻と出会ってから彼女が死ぬまでの半世紀程、魔力と技術の研鑽に費やした。肉体は衰えてきたが、それでも常人、達人では届かない領域にワシはおる。それこそ、化物、怪物などと言われる類の者でないと、ワシと渡り合うなぞ不可能なのじゃ。
帝王のような……な。
しかし、この童はそんなワシの攻撃を受け、防ぎ、対抗しておる。
見た目が十に届いておるかも分からんこの童がじゃ。なにかが根本的に違うのじゃ、生物として、ワシとあやつはなにかが違う……!
トン、と衝撃を緩和して着地する。トイフェルはそんなワシに追撃を仕掛けてくる。
今度は大上段からの一太刀、それをかわし、上からトイフェルの長刀を幻海で押さえつける。
「何ノ真似だイ? こんなことをして時間稼ぎデモするつもリ?」
「いやいや、少し聞きたいことがあっての」
異常な技術、異常な魔力、異常な力、その異常に説明がつく答えがワシの中に一つだけ存在する。
「ヘェ、何だイ?」
あの胡散臭い科学者は、その異常をこんな風に言っておったのう……。
「お主は、変異か?」
トイフェルの顔が驚愕の色に染まる。ワシから逃げるように後退し、探るような視線で、ワシを見る。
「……ソノ情報は何処で知ったのカナ?」
「それは、ワシの答えが正解……ということかの?」
ハァ、とトイフェルは溜め息をついて肩に方を担ぎ、緊張を解く。が、目だけは爛々と輝いている。疑いの視線は取れそうにないのう。
「そうだヨ、ボクは変異ダ」
「……そうか。ということは、“終焉”は着々と進んでおるのじゃな」
「ドコまで知ってるんダカ……。ボクも話したんだからサ、情報の出所教えてヨ」
「それは叶わぬ話じゃな」
「そうカイ。まぁ、いいサ。最初カラそのつもりだったケド、キミには死んで貰うヨ。楽しませてくれタお礼に良いものヲ見せてあげル」
トイフェルの全身が黄色の魔力で包まれる。魔力は本人を覆い隠し、その姿を隠す。嵐の中、金色の光を放つそれは神々しさを持っていたが、感じる圧力はそのような綺麗なものではなかった。
今のうちに切った方が良い、と本能が告げているのに……動けない。かかる圧力に圧されて、指一本動かすことが敵わない。頭の中で警鐘が鳴り響く、しかし逃げることも叶わない。
これが、変異の真の力か……
変異は変異でしか倒せない。そんぐらい生物学的に大きな差がある。チートなんだよ、あいつらは。だからじいさんじゃ元々、反乱を成功させるなんてことは無理だったんだ。
まぁ、戦闘に向いていない変異もいるけど。俺とかまさにソレだ。戦うとか無理無理。
……戦闘能力に特化している変異には勝てないと思った方がいい。反乱軍全軍総大将のゲンスイさん。
あの科学者の言葉が頭をよぎる。こやつは戦闘特化の変異じゃと見ていいじゃろう。ワシではこやつに勝てない……のか?
いや、心をしっかり持てゲンスイ! 臆さなければ、勝利の可能性はあるっ!
そうこうしている内に金色の光が消え、トイフェルが姿を現す。
目は赤いままじゃが、それ以外の何もかもが変わっていた。身体が巨大化し、不釣り合いじゃった長刀がピタリと嵌まっていた。
髪も、肌も、身体の全てが黒く闇のように染まっていた。頭からは螺旋のように捻れた角が後ろに向かって生え、腎部からは尻尾が、背中からは翼が生えていた。細い尻尾の先は逆三角形になっており、武器のような鋭さを備えている。翼はやたらと大きい。カイル君のような形状の翼じゃが、巨大な体躯の倍程の大きさがある。
この姿はまるで……
「悪魔……」
おとぎ話にでてくる悪魔そのものじゃった。
「正解ダヨ。ボクは悪魔族なんだからネ」
「そんな種族……聞いたこともないぞ」
「当然さ、ボク一人しかいナイんだもノ」
「帝王と……同じということか」
あまりの強さゆえに魔族と呼ばれた彼の男と……同じ……。
「ちょっト違うネ。帝王サマもボクもたった一人の種族だけレド、彼は、初めから一人だっタ。けどボクは自分で一族を滅ぼしたンダ」
「なん……じゃと?」
「悪魔族は昔から存在していタ【形態変化】の【能力】を持つ亜人族の種族ダ。
細々とこの世界の隅で暮らしてたんダヨ。
そんナ場所に生まれたボクだケド、ボクは変異。普通の悪魔に【形態変化】するワケがなかったンダ。
ボクは悪魔の中でも最大の悪魔、“悪魔王”へと【形態変化】スル。
そして滅ぼしたノサ。日陰でコソコソ暮らす弱い弱い我が種族をネ」
「貴様、それでも情の通った人間か」
「悪魔だって言いたいのカイ? それハ残念。
これでもボクは人間ダ。ダッテ……」
帝王様を倒すのに努力を重ねてるんだもの。
何故か、流暢に話したその言葉が胸に残る。
しかし、そんなものはすぐに消え去り、凶悪な殺気がワシを襲う。
「キミに敬意を表しテ、ボクの最高の技で止めを刺してあげルヨ」
一瞬、いや、刹那の時間じゃった。ワシが見えたのは刀を鞘に戻すまで。そこから先は……
「ゼノ」
ワシの目がそれを捉えることはなかった。
じゃが……
「ぬぉおおぉぉおおお!!!」
見えずとも、ワシには幾万もの戦いの経験がある。それによって読んだ刀の軌道になんとか幻海を置く。限界まで魔法を具現化し、なんとか、その剣撃を凌いだ。
なんという……速さの居合いじゃ。零閃よりも数段速い。音速さえも凌駕しただろう剣線に対し、先読みの防御が精一杯じゃった。
「凄イっ!! 本当に凄いヨ!!
ゼノを見切るなんテっ!! ゴメンゴメン。変異じゃナイってコトでちょっと舐めてタヨ!!」
「瀑布!!」
雨を魔力を使って集め、巨大な滝のようにトイフェルに浴びせる。毎秒数トンもの圧倒的重量がトイフェルを襲う。中にいる人間はすぐに押し潰されるだろう。
じゃが……
「水掌!!」
荒れ狂う水の流れに魔力を纏わせた掌底を当てる。衝撃は伝導し、中に居るものにダメージを与える。外部ではなく内部に伝導するこの技は鎧通しとしても使え、内臓に攻撃する。
「クゥアエダム」
ワシの攻撃をものともせず、トイフェルはそのように言った。瀑布が、いや周囲の雨すら一気に蒸発する。水が一気に蒸発し、急激に上昇した体積がワシを襲う。水蒸気爆発、それにより、カルト山の残骸である岩山さえも吹き飛ぶ。
岩が各所に当たり、爆風で身体が軋むが、なんとか持ちこたえる。水に当てていた右手が熱にやられ、火傷を負ってしまう。
一拍して、爆心地を見ると雷で出来た三叉槍を持つトイフェルの姿があった。あれで、水を蒸発させたのか……。あの圧倒的な熱量、雷を完全に具現化させるとは……。
なんという……。
「いやー、ビックリした。ゼノを止めるなんて思って無かっタヨ。ウン。これは何かお礼をするべきカナ?」
「このまま見逃してくれるとありがたいのう」
「それはダメだヨ。そうダナー………」
戦闘中にも関わらず、考える仕草をするトイフェル。それをするほど、ワシとあやつの間に大きな差があるということになるのか。ワシはもう余裕を感じる暇など無いと言うのに……
ゆっくり考えた後、トイフェルは思い付いたように顔を上げる。
その顔に浮かぶ笑みは、やはり歪んでいた。
「そうダっ! そうダヨ! これがイイ!
キミが愛シテ止まナイ孫娘、スミレちゃんについて教えて上げヨウ!」
………………変じゃのう。戦闘で耳でもやられたか……?
聞こえてはいけない言葉が聞こえた気がするぞ。どうしてこやつが……スミレの名を口にする? 口に出来る?
「確かネ……キミが死んだト言われてイル反乱軍撤退戦」
「アノ時、帝国軍は軍を丁度半分に割って、キミ達と逃走組を追撃したらしいンダ」
「逃走組の方にはジャンヌも居たそうダヨ。逃走組を潰して、前線組の生キル希望を失わせてカラ、挟み撃ちにスル作戦だったらシイ」
「だけどソレは叶わなかっタ」
「逃走組カラ予期出来ない攻撃があったカラ」
「マ、最後は帝国軍が勝っタんだけどネ」
「最後にジャンヌ達が見たノハ僅かな戦闘員とソノ前に立つ少女」
止めろ……
「ソノ少女は言っタそうダヨ」
『私は闇属性を扱えます。帝国の役に立つので、どうか皆を殺さないで下さい』
「ソレを言うマデに、ジャンヌは色々したらしいケドネ」
「結果オーライってやつサ」
「少女、スミレちゃんは現在帝国の為にソノ能力を発揮してくれてイル」
「実を言ウと、コノ場所を教えてくれたノも彼女デネ。ボクの愛刀ソロモンを持っていった方がイイって言ったノモ……」
「黙れッッッ!!!!」
世界が色を失う。
もう何も考える事が出来ない。
やらなくてはならないことがある。
あぁ、まずはその前に……
コイツヲコロサナイト……――