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CAIL~英雄の歩んだ軌跡~  作者: こしあん
第五章〜ノゾムセカイ〜
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第百四十三話ー永遠の契約

 


「やーット見つケタ。良かっタ良かっタ死んでなクテ☆ キミが死んでイタらボクも途方に暮れテ死んでいるトコロだっタヨ。ホラ、起きテ起きテ」



 ぺちぺちと頬が叩かれる感覚。柔らかな刺激が深く沈んでいた意識をゆっくりと覚醒させる。瞼が重く、全身にのしかかる倦怠感。身体に上手く力が入らず、手足の感覚がふわふわと宙ぶらりんになっている。できることならこのまま暫く眠らせて欲しい。この心地よい倦怠に任せ、意識を沈めていたい。が、頬の刺激が止むことは無く、安眠を許してくれない。誰だ、全く。記憶の片隅に引っかかる……そんな声に徐々に意識を揺り動かされ、起きることを渋々と決意。上手く動かない身体に動け、起きろと指令を送り、彼女--エレナ・ドンドンは薄目を開けた。



「ア、起きタ。大丈夫カナ? 意識はハッキリしテル? 身体は動ク? ボクの指は何本に見エル?」


「三……本」


「重畳。最低限の感覚はアルみたいダネ」



 視界を塞いでいた三本の指が下げられ、エレナの視界が開ける。その先にいた人物……白髪赤眼のアルビノの少年、トイフェルの姿を視界に入れた途端、エレナの意識は急速に覚醒した。



「トイ……フェ、っ!」


「無理に身体を動かさナイ方がイイヨ。キミの方も相当深手を負っタみたいダネ。急に動クと貧血でフラつクヨ。タダ……治療しタ人間の腕が良かっタらシイ。ドレだけ激しく動コウと、傷が開くコトは無さそウダ。感謝しておくコトダネ」


「うっ、さい! 離せアホ!」



 ふらついて、片腕で優しく抱きとめられて……それは屈辱で。エレナはトイフェルを突き飛ばした。小柄なトイフェルは簡単に足を取られ、仰向けになって倒れる。

小人族(ドワーフ)族長として歪められたプライド。ドンドンの真意を知ってなお、一度捻れた性根はそう簡単には戻らないらしい。ふん、と鼻を鳴らし、エレナはトイフェルを見下し--



「お前……」



 気付いた。トイフェルの片腕が肩口からバッサリと失われていることに。考えてみれば自分がトイフェルを突き飛ばせたこと自体異常だった。戦闘能力の無い自分が、“神童”

と称される戦闘の天才トイフェルに害的行為を為すことができるはずもない。為せたということはつまり、わざとか、トイフェルがエレナの攻撃を避けることができないほど消耗している、ということなのだろう。改めてよく観察してみれば、片腕が無いことに加え、火傷や裂創が全身に見られる。避け得ぬ理由が後者であることに間違いは無い。



「アハハ。ソウ、今のボクは瀕死でネ。コノまま放置されチャウと死んジャウくらいには弱ってるンダ。マァ、ちょっト前ナラそれでもいいカナ、って思っテタんだケド。……今はモウ少し、生きてタイと思うんだヨネ」


「……で、そんな満身創痍の部隊長サマが、ウチに何の用やねん」


「ハハ、話が早くテ助かルヨ。単刀直入に言えバネ、ボクを治療して欲しいンダ」


「治療……ウチが? ウチは魔具職人や、治療は門外漢やぞ?」



 エレナは生まれてこの方十数年、魔具製作の知識しか学んできていない。そんなことは当然この第一部隊長は知っているだろう。なのにどうしてわざわざ自分に頼むのか。--トイフェルはエレナの疑問を理解し、答えと共に『誘い』をかける。


 その時、彼が浮かべた笑みは……とても蠱惑的で、悪魔的だった。



「何を言っているノカ。人体改造とイウ治療法においテ、キミほどの専門家はいナイだろウニ。ソレに、キミは望んでイタんじゃナイのカイ?


 第一部隊長でアル--部隊長最強でアルこのボクを改造するコトを、サ」


「--ッ」



 ごくり、自然と喉が鳴る。そうだ。何を戯けているのか。自分は魔具職人だ。人間も(・・・)、魔具だ。片腕が無い? そんなもの新しい腕を付ければいいでは無いか。火傷? 裂創? 火傷など、魔具を作る際に飽きるほど発生する。治療法など、そこらの治癒師よりも詳しい自負がある。縫合だって得意だ。裂創くらい簡単に塞げる。

--だって私は、人体改造を専門とする魔具職人なのだから。



「ホラ、よく考えてみナヨ、エレナちゃん。ボクって存在は垂涎モノの、極上の素材(・・)ダヨ。コンなボクを改造でキルなんテ、魔具職人とシテ最高の機会なんじゃナイのカイ?」



 誘惑。きっとそれは悪魔の誘いだ。コイツは耳触りの良い言葉を口にして、その気にさせて、治療を受けたいだけだ。

だけど……それがどうした?


 『遥かなる魔具の高み』に到達すること。それが小人族(ドワーフ)である自分の存在意義であり、至上命題だ。利用されるからなんだ。この男を改造することができるなら何だっていいではないか。改造したトイフェルであの裏切り者を殺し、自分が最高の魔具職人であると証明すればいいのだ。


 エレナはトイフェルを見下し、昏い表情で笑った。



「ええで。その誘いに乗ったる--」


『おどれ、魔具作る時に何考えとんねん』



 エレナがトイフェルの改造を快諾しようとした時、不意に頭の中で声が響いた。声の主は、赤髪を逆立たせ、侮蔑の籠った金の瞳でエレナを見つめていた。

会ったことのない男だ。だけれど、自分はこの男を知っている(・・・・・)。焦がれ、憧れ、手を伸ばし続けた存在のことを分からないハズが無い。赤髪金目の小人族(ドワーフ)は腰に手を当て、叱りつけるように言葉を吐いた。



『生きてるモン魔具にして魂込めるんは大概失敗するんや。魂持ってるやつ無理くり弄じ繰り回して、こっちの魂ブチ込んでも拒絶するに決まッてるやろが。


 人体改造は、ちゃんと相手と己の魂合わせんかいダァホ』



 エレナは自分の身体を見つめる。阿修羅によって付けられた致命傷の悉くが治療されている。……エレナには、分かった。この傷が、魔具職人(・・・・)によって治療されたことが。縫合の後や、火傷の治療痕に魔具職人特有のクセがある。--そのどれもがエレナよりも出来が良くて。自分以外にそんなことができる人間を……エレナは一人しか知らなかった。


 ドンドン。


 エレナの父祖にして、歴代最高の魔具職人。エレナを含む、全小人族(ドワーフ)の目標とする人物。


 自分を死の淵から掬い上げたのは彼なのだと、エレナは素直に理解した。死の間際、ドンドンに会ったのは幻覚でも何でも無かったのだと理解した。

思い出した。

彼と交わした会話を。敬愛する人がくれたアドバイスを。


『相手と己の魂を合わせろ』


 エレナはドンドンに言った。


『もう一作だけでいいから、魔具を作りたい』


 エレナが望んだから。エレナの魂がもう一作だけでいいから魔具を作りたいと願ったから。ドンドンはエレナの望みに応え、エレナを治療した。


 だから、誤ってはいけない。今、自分が生きているのは『一作だけ魔具を作りたい』と願ったからだ。身を焦がすような魔具を作りたいという欲望に身を委ね、“遥かなる魔具の高み”へ辿り着きたいと望んだからだ。

二作目以降は、きっと“遥かなる魔具の高み”に辿り着けない駄作になる。エレナはそんな確信を胸に抱いていた。

誤ってはいけない。ジャックへの憎しみで魔具を作ってはいけない。

ドンドンが与えてくれた最後の火種をエレナの想いで燃え上がらせて、その火を以て魔具を作らなくてはいけない。


 否……その炎に、トイフェルの魂(・・・・・・・)も焚べて、炎とするのだ。轟々と燃える炎なら、エレナの望む魔具はきっと作れる。


 バチン!


 気合を入れて、エレナは倒れるトイフェルの傍に屈んだ。

トイフェルはエレナが治療を始めるのだと思い、顎でエレナの背後を指し示す。



「後ろに死体は沢山アル。戦争様々ダネ。キミが良いと思ウ左腕を持って来てヨ。それカラ、実は時間が惜シイんダ。なるベク早ク腕を--」


「待たんかいアホ。ウチは受けるって言うたけど、まだお前に条件を言ってないで」



 条件っつーか、質問やな、とエレナは口の中で続く言葉を留める。改造されるものの意思を聞く、というエレナにとって初めての試み。対人のコミュニケーションの八割を見下す、という体で過ごしてきたエレナにとって、対等な対話というものは何故かむず痒く、照れ臭い。それでも聞かないことには始まらない。“遥かなる魔具の高み”へ行くための、前提となる一歩なのだから。

しかし、何を口にすればいいのか分からない。魂について話せ、と言っても帰ってくるのは疑問符だけだろう。ならば、どうする。ドンドンは自分の何を聞いて治療を施した? 懊悩し、頭を抱えた末にエレナは……、



「……ウチは、お前のことが知りたい。お前のことを知らんと、改造はできへん。それが条件や。

お前がどうしたいんか。どんな風に、なりたいんか。望みは? これからの展望は? お前は何をしたい?


 お前の願いは……なんや?」



 直球。言葉を選ばず。包み隠さず。エレナはトイフェルに対して疑問を投げかけた。



「……なんデそんなコトヲ? ボク、急いでルっテ言っタヨネ?」



 そんなことはどうでもいいから早く腕を付けろ。と、言外の意味が殺気に乗せられ、エレナの身に襲いかかる。剣先が首筋に当てられているような鋭い殺気。命が剥き出しで晒される恐怖を感じる。

……そうだとしても、エレナは言いなりになることを選ばない。彼女の目的は“遥かなる魔具の高み”へ行くこと……トイフェルと魂を合わせることなのだ。そのためだけに、ドンドンに命を紡いで貰ったのだ。故に、引かない。胸に燻る種火で、エレナは恐怖を焼き払った。


 

「ウチは……あー、間違っとんたんや。人間を魔具にする時は、相手の人間と魂を合わせなアカンかった。相手のことを知って、相手の望みを聞いて、改造せなアカンかった……ことを、痛感した。魂の込もってない魔具に価値は無い。知っとったのに、ウチは今まで、相手の魂を無視して、ウチの憎しみで全部塗り潰してもうてたんや。


 そんな駄作を、ウチはもう作られへんのや」



 エレナはまず、己のことを話す。相手の魂の声を聞くために、己の魂を曝け出す。そうしなければいけない気がした。この胸に燻る種火を、トイフェルにも届けなければいけない気がした。



「トイフェル。お前は人間や(・・・・・・)。やから、魂があって、望みがある。それを教えろ。じゃないとお前を改造できへん。魔具にできへん。人間の魔具は……お前の声を聞かんと、作られへん。

--せやないと、“遥かなる魔具”を作られへんのや」



 エレナは、トイフェルを真っ直ぐに見つめる。意味の分からないことを言っている自覚はある。しかし、それでも自分にとっては重大な質問なのだ。まさしく一生に一度の願いなのだ。応えてくれ、答えてくれと願いを込めて、エレナはトイフェルを真っ直ぐに--



「クッ、ククク……は、ハはハ、ははははははははははははははははははははははははははは!!」



 見つめた先のトイフェルは、笑っていた。トイフェルは傷が開くのも構わず、大声を上げて、瞳の端に涙まで浮かべて高らかに笑っていた。突き抜けるような、今までのトイフェルとは明らかに異なる笑み。困惑するエレナに「ゴメンゴメン」と謝罪を入れ、トイフェルは首をエレナの方に傾ける。



「まさか、キミから……よりによって人を魔具のタメの素材としか見てなかったキミから、そんな言葉を聞くコトになるとは思わなかったよ」



 別にそんな目で人を見とらんわ、という反論は喉の奥まで出かかったが、トイフェルのことをそのような目線で見ていたことは否定できない。決まりの悪そうな表情を浮かべ、エレナは精一杯の反論をする--頃にはトイフェルはエレナから視線を外し、ぼんやりと空を見上げていた。

そして自分に言い聞かせるように、小さな声で呟く。



「……そうだね。ボクは人間だ。ハァ、全く。ボクの中の劣等意識--いや、優等意識か。ソレは相当に根深いみたいだね。コレから苦労しそうだ」



 一度、瞳を閉じてため息を吐くトイフェル。エレナからはトイフェルの言葉は聞こえなかった。

が、それでも。トイフェルが何かに思い悩み、向き合おうとしていることだけは何となく理解できた。--それは自分も、同じだったから。


 故にエレナは待った。トイフェルが望みを口にするのを。



「キミの望みは……“遥かなる魔具の高み”へ到達する魔具を作るコト。で、合ってる?」


「ああ、そうや」


「そっか。じゃあ残念だけどキミの願いには応えられそうにないや。ゴメンね」


「………………ぇ」

 

「ワーッ! 待って待って泣かないで! 今のはボクの言い方が悪かったよ! 少なくとも今は! 今は応えられないってダケ!」


「だ、誰が泣いて!」

 


 エレナは素早く目を拭い、涙を隠滅する。何故トイフェルに断られただけでこんなに動揺しなければならないのか。またあの恐怖を覚えねばならないのか。エレナは赤らんだ瞳でトイフェルを責める。



「えーと、ね。今のボクの願いは、一刻も早く、どんなのでもイイから腕を付けてもらうコトと、長刀ソロモンの代わりになる魔具を作ってもらうコトなんだ。

だから、手の込んだコトは要らない。必要最低限……動く腕と武器があればいい。


 そんな望みじゃあ……キミの望みは叶えられないでしょ?


 だからソノ後……コノ戦争が終わった後、好きなだけ改造すればいい。ボクの方からも希望は言うと思うけど、キミの全てを以ってボクを改造すればいい。望むようにすればいい。そうしたらボクが全世界に知らしめてあげるよ。


 キミの作った魔具が……“遥かなる魔具の高み”なんて軽々と超える最高の魔具なんだってね」



 受け入れ難い願いも改造したその後も、裏を考える思考も全てをすっ飛ばし、トイフェルの提案はエレナの胸を強く震わせた。そうなったら、どれだけ素晴らしいだろう。そうなったら、どれほど嬉しいだろう。トイフェルというエレナが見初めた相手が、進んで改造を望み、進んで魔具となってくれる。エレナの望みとこれほど合致する状況は、今を除いてあり得ないに違いない。だからエレナは尋ねなければならない。二度と間違えないために。胸の奥底から顔を覗かせる恐怖をひた隠しにして、詰め寄って、エレナは言葉を連ねる。



「投げやりになってへんか? 自棄になってへんか? お前はウチが改造した後、死ぬつもりやないやろうな? お前が望むことを為した後はどうでもいいとか、自分の人生にもう価値がないとか、悲観して、そんなこと言ってんちゃうやろな?」


「--ハハハ! ホント、今日はキミらしくない台詞をよく聞くね。

大丈夫だよ。初めに言ったじゃないか。ボクは生きたいんだ。人として、生きていきたいんだ。今までの罪を償うタメに。人間として認めて貰うタメに。


 もう少し具体的に言おうか--コノ戦争が終われば、無事に世界が続けば、ボクは旅に出るつもりなんだ。何ができるかは分からないけど、人として生きるための何かをするために。


 そうだ、不安なんだったらキミも付いてくるといい。いや、付いてきてもらうよ。それくらいは望ませて貰おう。

ボクを人間って言ったんだ。リュウセイ以外で初めてボクを人間と認めたんだ。……離すつもりは、ナイからね?」


「……上等や。あぁ上等や。望むところやアホったれ。ウチかて、お前を手放すつもりは無い。何があってもお前から離れたれへん。嫌や言われても付いてく。お前の側で、改良を続けて……で、お前を最高の魔具に--世界最強最強の男にするからな」


「はは、世界最強か。うん、いいね。そーゆーのも。目指してみるのも……楽しそうだ。ちょうど、超えたいライバルもできたことだし」


「ウチはしつこいことで有名や。クソ兄貴の太鼓判や。--後悔せーへんな?」


「そっちこそ。ボクに気に入られたんだ。--逃げられるなんて、思わないコトだね。」

 


 腹黒い笑みを交わし、二人は契約を結んだ。


 一人は一人を最高の魔具にする為に。


 一人は一人の最高の魔具に成る為に。


 一人は一人を人間として認めた故に。

 

 一人は一人が人間として認めてくれた故に。


 契約はここに結ばれた。革命の真っ只中。戦場の端。暗黒の空の下。少女が当初思い描いていた形とは少々異なる形で。売り言葉に買い言葉で旅に同行するという条件がいつの間にか付帯していたが。それでも。それは。



「--エレナ・ドンドン。小人族(ドワーフ)族ちょ--イヤ、違う、唯の小人族(ドワーフ)や。お飾りの地位なんていらん。ウチは一人の魔具職人として、お前だけの魔具職人として、お前の願いに応えたる」


「--トイ。ボクは……トイだ。今のボクは唯のトイ。何者でもない、一人の剣士。ボクはボク自身のタメに、キミの作る最高の魔具になるコトを、ココに誓う」



 この先、死が二人を別つまで、決して違われることの無い--トイと、エレナの……永遠の契約だった。

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